2008年06月09日

名物が見あたらず

 出張で今日から名古屋の栄に泊っています。せっかくだから夕食は名古屋らしいものを食べようと、繁華街に出ました。しかし、味噌カツ屋も、きしめん屋も、味噌煮込みうどん屋も見あたりません。
 一方で、「本場長崎ちゃんぽん」とか、「熊本直送馬刺し」や「広島お好み焼き」などといった看板は目に入ります。
 結局、10分くらい歩きましたが、それらの店は見つからず、チェーン店風の定食屋で夕食をすませました。
 せめて、何か名古屋らしいものを、とメニューを見たのですが、とんかつ定食はあるものの、かけるのは、「とんかつソースかデミグラスソース」の二択となっており、味噌ソースはありません。
 というわけで、結局食べたのは、野菜炒め定食でした。明日はもう少し情報を集めるなどして、何とか「名物」を食べたいものです。

2008年01月14日

道義のレベル

 ここのところ不入りだった大相撲が、本日は早々と前売り券が完売したそうです。理由は、「人殺しに関わった力士よりも重い、大相撲史上最大の制裁」である「二場所連続出場停止処分」を受けた朝青龍関の再出場でした。そして、相撲で快勝した朝青龍関には大歓声が。数ヶ月前の「全国民の怒りを買った」みたいな報道は何だったのか、と改めて思いました。
 もっとも、いくつかのスポーツ紙のサイトを見ると、相変らず、偉そうに朝青龍関の事を批判している記事もありました。それはまあ、「言論の自由」だからいいのですが、その記事の下には、毎度の事ではありますが、「Ads by Google」による、胡散臭げな「副業紹介サイトへのリンク」が記載されていました。
 母国政府の要請により数十分間サッカーイベントに出るのと、このような胡散臭い商売の宣伝に荷担する事と、どちらが道義的に問題があるのでしょうか。「道義」にうるさいスポーツ紙および、その親会社である商業新聞の連中に、一度検証してほしいものだとつくづく思った、今日の相撲報道でした。

2007年12月31日

2007年を振りかえって

 今年は、昨年同様、さまざまな貴重な経験をすることができた一年でした。現在の目標に向けて、ある程度手応えを感じる事もできました。そういう意味では、ある程度、有意義だったとは言えるでしょう。
 ただ、惜しむらくは、それらの経験を積む材料となったもののうち、ろくでもない人間による言動が少なからずありました。確かに、そこから反面教師的に学べたものは多いのですが、やはりあまり気持ちのいいものではありません。来年は、またいろいろあると思うのですが、出来ることなら、優れた人の言動から学ぶ機会を得たいものだと思っています。
 この一年、当サイトを訪れていただき、有り難うございました。また来年もよろしくお願いいたします。

2007年12月28日

なくなるのは一瞬

 職場の向かいににある民家が、ついに地上に屈して立ち退いてしまいました。まだ家の解体工事は始まっていないのですが、それに先駆けて、樹の枝だけを刈るという作業が行われました。作業者に乗った人が電動のこぎりで手際よく枝を落とし、短時間でその樹は幹だけになってしまいました。
 半年前の猛暑日、ここの木陰から涼を得て心が安らいだ事がありました。そこまでの木陰を作れるだけの枝振りになるまで何十年かかったか分かりません。しかし、なくなるのは一瞬です。いずれこうなるとは分かってはいましたが、やはり物寂しさを感じました。

2007年12月27日

割れた瞬間

 夕食中、味噌汁のお椀を持ち上げたところ、下に水たまりができていました。食卓には飲物や汁物が何点かあったのですが、こぼしたりした記憶はありません。「もしや、今しがたこぼした記憶が欠落してしまったのか?」と一瞬自分の脳をうたがいました。しかし、お椀をよくよく見てみると、縦に裂け目が入っていました。そこから味噌汁がこぼれたようです。
 後で台所周辺を確認したのですが、味噌汁のこぼれた跡はありませんでした。ということは、机に置いた時、その衝撃(?)で裂けてしまったと思われます。もちろん、普通に置いたのですが、限界直前だったお椀にとっては、それがトドメになったのでしょう。
 限界直前の状態だと、わずかな刺激で壊れる、というのはよく聞きます。しかしながら、それを実際に目の当たりにしたのは生まれて初めての事でした。

2007年12月26日

終わって感じる贅沢さ

 昨日までは、街中および店の中はクリスマスの飾り付けがされていました。クリスマスと関係なさそうな忘年会客で賑わう和風居酒屋にも、ツリーが置いてあったりしました。
 それが一斉に撤去されているわけですが、その状況を見て、クリスマスグッズの収納が気になりました。ツリーを筆頭に、置いておくにはそこそこの場所が必要です。もちろん、一店舗くらいでは大した場所はいらないのでしょうが、これだけ津々浦々の店舗がクリスマスの飾り付けをしているわけですから、合わせれば相当の面積になります。さらに公共施設の大がかりな飾り付けもあるわけですから、全部合わせれば島一つ分くらいに相当する収納スペースとなるでしょう。
 それだけの面積が、一年の一割に満たない期間のための装飾品を置くために使われているわけです。そう考えると、クリスマスというものはかなり贅沢なイベントなのだな、と別の意味で実感させられました。

2007年12月23日

自ら名乗る「絶品」

 ロッテリアが大々的に宣伝し、登場直後は売り切れも続出したと言う「絶品チーズバーガー」というのを食べてみました。まあ、確かに従来のチーズバーガーとは、パンや肉の歯ごたえが違うようにも感じました。とはいえ、格が違う、というほどではありません。また、胡椒の味付けがやけに強いのも気になりました。
 これが、まだ「新チーズバーガー」くらいの名前だったら、別にどうという事もありません。しかしながら、名前が名前なだけに、「何だ、仰々しい名前をつけてこんなもんかい」と思ってしまいました。
 やはり、「絶品」とかいう言葉は、他人が評価する形で出てくる言葉であり、よほどの事がない限り、自分から名乗る言葉ではないな、と改めて思いました。

2007年12月22日

冬至

 天気が悪かったのでずっと家にいました。いろいろやっていてふと外を見ると、もう真っ暗でした。「えっ、もうそんな時間が経っていたのか?」と驚いたのですが、時計を見たらまだ17時前です。その時、はじめて今日が冬至という事を思い出しました。
 当然ながら、今日だけ日が短い、という事はありません。ここしばらく、少しずつ日が短くなっていたわけです。しかしながら、普段は仕事しているので、気がついたら夜になっている、という生活です。それがたまたま休みだっただけに「冬至らしさ」を実感できたわけで、そういう意味では得したようにも感じました。
 というわけで、冬至記念と言うこともあり、夕方の買い物では「ゆずの入浴剤」を30円で購入しました。せこいですが、これでさらなる「冬至気分」を味わおうと思っています。

2007年12月21日

未確認を確認していない?

 一部の政治家が「UFO論議」をやっています。暇だなと思う一方で、まあ「本来の仕事」をしようとするとろくな事にならないから、むしろこういう事に熱意を注いだほうがマシか、などとも思っています。
 それはそうと、福田首相の談話「私はまだ(UFOを)確認していない」と語った。には驚きました。UFOを日本語訳すると「未確認飛行物体」です。したがって、この談話は、「私は未確認飛行物体を確認していない」という意味になってしまいます。言葉として何の意味もありません。
 まあ、「UFO=宇宙人の乗り物」というのが基本概念にあるから、そのような発言になったのでしょう。とはいえ、もう少し言葉の本来の意味を認識してほしいものだ、と思いました。

2007年12月19日

謎のマナー

 電車の液晶TV広告を見ていたら、「年賀状のマナー」という宣伝をやっていました。なんでも、それによると、最もマナー違反の年賀状は「文面が全てワープロ文字だけ」との事でした。
 自分的には、別にそのような年賀状を貰っても、マナー違反とは思いません。機械的とはいえ、自分宛に安否の報告をしてくれただけで、十分価値があると思います。逆に、慣例化している相手に年賀状を出す際も、特に書くことがなければ、印刷だけですむと思っています。
 広告主が誰だかまでは確認しませんでした。しかし、これを真に受けたら「マナー違反の年賀状を送るくらいなら、最初から何も送らないほうがいい」と思う人が多発して、郵便事業株式会社が損するのでは、とは思いました。まあ、これまでと違って、一民間企業になったので、別にその会社が得しようと損しようと知ったことではないのですが・・・。

2007年12月18日

やることなすこと

 昨日は、相方が出かけていたので一人で外食でした。で、どのような店を選ぶか、という事ですが、その直前に帰りの電車で失敗を重ねており、自分の選択に自信が持てない状況になっていました。そこで、いろいろ迷った挙げ句、最初に思い浮かんだ店に行ったのですが、これがやはり失敗。やけにしなびた鮭を食べる羽目になりました。
 何をやってもダメな時、というのは確かにあるものだ、と思いました。こんな事ならいっそ、カロリーメイトで夕食をすませれば良かったか、とまで思ったほどでした。
 というわけで、つかない一日もあったものだと重いながら、風呂に入りました。すると、出る時にバスタオルを取ろうとしたら、棚からかごが落ちてきて顔面を直撃。怪我はありませんでしたが、久々に目の中に火花が飛ぶ経験をしました。
 最後まで一貫して悲惨な日でした。まあ、その反動というわけでもないでしょうが、今日は平穏無事な一日を過ごせました。

大は小を兼ねない

 とある、東日本を代表する大企業に打ち合わせをしに行きました。社のイメージそのままの巨大なビルが駅前にあり、一番下のフロアを歩いただけでしたが、迷路のように感じました。しかも、これは本社ではなく、支店だというのですから驚きです。
 入ってすぐに、「打ち合わせブース」みたいな仕切りが何カ所もあるのですが、そこは先約で満杯だったのか、別の所に通されました。なぜかそこは、高価そうなソファーがあり、奥には絵がかかり、扉は天井まである、というやけに豪華な部屋です。どうみても、業者とちょっと打ち合わせをするような部屋ではありません。

 まあ、単に他に場所がなく、空いた高級応接室を使った、という事なのでしょう。しかし、「大は小を兼ねる」というわけにはいかず、このテの打ち合わせにはあまり便利ではありませんでした。ちなみに、ソファには空きがあったものの、招待者である大企業の社員は、わざわざ別の椅子を持ちこんでいました。部屋の意味がわかっているだけに、おそれ多くて座れなかったのでしょうか。
 というわけで、豪華さと裏腹に、えらい不便な形で話はすすみました。やはり、どんなものにも「分相応」というのはあるものだな、などと思ったひとときでした。

2007年12月16日

人気キャラの使い場所

 本屋のビジネス書のあたりを見ていたら、いきなりケンシロウが目に入りました。なんだと思って見てみたら、「日本はもう死んでいる」なる題名の本での帯でした。帯といっても、表示の7割くらいの大きさですから、実質的には表紙イラストのようなものです。著者は70過ぎとの事ですが、「北斗の拳」のファンなのでしょうか。
 内容は、日本財政のふくれあがった借金を憂う、といったものでした。財政についてはさほど知識がないので、この本の内容が参考になるかどうかは断言できません。ただ、あの「帯」を見た限りでは、この本の内容を信じるのは、「この世には一子相伝の暗殺拳が存在し、その修得者は、体の特定部位を突いたり蹴ったりするだけで、相手を爆発させる事ができる」という話を信じるのと同レベルなのでは、と思ってしまいました。

 確かに、いまでもパチスロ屋の看板の一つであり、復刻版も出ればスカパーでアニメの再放送も行われている大人気作品です。とはいえ、このような題材を扱った本の実質表紙イラストにふさわしいかどうかは、別問題なのではないでしょうか。
 まあ、本屋で平積みになっていたわけですから、私のような考えをするのは少数派で、むしろ「北斗」世代が買っているのかもしれませんが・・・。
 とはいえ、やはり「社会科学と北斗神拳」という組み合わせには、違和感を強くおぼえました。

2007年12月12日

テレビの魔力?

 何となくJスポーツをつけていたら、身内の通っている高校が出ていました。バスケットボール番組で、「高校バスケ部員に尋ねる、好きなプロバスケットボール選手ランキング」とかいう企画でした。
 その時思ったのが、「そう言えば、彼女は野球部のマネージャーとか言っていたっけ。これが野球番組だったら出れたかもしれないのに、残念」と思ってしまいました。
 別にTVに権威など感じることは一切ありません。だいたい、仮に出ても一瞬ですし、それによって何かいい事があるわけでもありません。
 にも関わらず、「身内が映ってほしかった」と思ったわけです。「TV出演」というものが持つ魔力を感じさせられた一瞬でした。

2007年12月11日

気付くタイミング

 見込み客となる外資系のホテル会社へプレゼンしに行きました。すでにお客となっているホテル会社が別にあるのですが、そこは普通のオフィスビル内に事務所があります。今日行ったところも、普通のビジネスビルと思わしき建物でした。そこで、てっきりここも事務所で、ホテルは別の所にあるものだろう、と思って入りました。
 そして案内されるまま、エレベーターで目的の階に行きました。そこで降りるといきなり、高級ソファが置いてありました。「お、さすがは外資系、事務所の入口も一味ちがうな」などと驚きながら奥に進みました。するとさらに、「SPA→」みたいな案内表示が出てきました。「うーん、ここまで事務所をホテル風にしているのか」などと、まだ気付かずに歩き、角を曲がったら、そこにはフロントがありました。
 さすがにその時点で、自分が来ているのがホテルそのものだと気付きました。いくらそれらしい看板や表示がないとはいえ、普通はエレベーターを出た瞬間に気付くとしたものです。思いこみによる勘違いは今に始まった事ではありません。ただ、振り返ってみると、かなりマヌケだと我ながら思いました。
 エレベーターを出てから歩いている間、同行した人にそれらの「感想」を口走らなかったのが、不幸中の幸いでした。

2007年12月09日

立ち枯れ

 普段歩かない所へ散歩に行きました。道に沿って花が植えてある所を歩いたのですが、途中で奇妙なものを見ました。向日葵と紫陽花が、花が咲いた状態のまま立ち枯れているのです。特に紫陽花は、6月に咲いた形そのままで、花びらと葉が茶色になったまま植わっている、という状況でした。
 そのあたり以外は、普通に秋桜などが咲いているだけに、余計、不思議な感じでした。何か病気でも発生したのでしょうか。
 花が散りゆくさま、というのは寂しさを含んだ美しさがあります。それに対し、立ち枯れた花には、「実を結ぶ」という本来の目的が達せられないまま命を失ったというような、無念さみたいなものを感じさせられました。

2007年12月08日

漫画単行本と子供向けメニュー

 ロイヤルホストに行きました。テーブルにメニューが置いてあり、その中に「キッズメニュー」というものがありました。当然そこから選ぶ事はないのですが、そのメニューがやけに気になりました。かなりの既視感があるのです。
 なんでお子様向けメニューに既視感が?と思って頭を捻らせているうちに、かしましハウスの表紙を思い出しました。
 店にあるメニューは、サイトに載っているものと文字の背景色が異なっています。そしてそれは「かしましハウス」題字の背景色と同じです。そして、文字も色の濃淡と模様の有無の違いはあれど、同系列の色を使っています。これなら、既視感をおぼえるのも無理はありません。
 なぜこのような類似デザインが誕生したかは分かりません。それはともかく、おかげでメニューを見ている間、「かしましハウス」が頭の中から離れませんでした。

2007年12月04日

他人に感動を伝える

 1990年代はプロレスにかなりハマり、月刊誌を二つ買っていた時期もありました。それからいろいろあって離れてはいましたが、スカパーのプロ野球セットでG+が見れた事もあり、毎週月曜および、特別中継のノアは可能な限り見ていました。
 そんな中、昨年、小橋選手が腎臓ガンで離脱したと聞いて驚き、しかも片方の腎臓を摘出しながら、リング復帰を目指すと聞いて、再び驚きました。
 そして二日には復帰戦がありました。諸事情により、生中継は入場シーンしか見れず、深夜の再放送での観戦となりました。その中で、「病み上がり」という事を感じさせない小橋選手の戦いぶりは、強く心を揺さぶられました。さらに、同じく大病から復帰した経験を持つタッグパートナーの高山選手、さらには長年の仲間である小橋選手に対し、容赦ない攻撃を加え、最後は、通常以上の必殺技を出して勝利した三沢選手と秋山選手の戦いぶりも、これまた素晴らしいものでした。
 久しぶりに「他人に感動を伝える」という姿を見たように思いました。小橋選手は大変な闘病が続くでしょうが、これからも頑張り続けてほしいものです。

2007年12月02日

タイヤとグルメ

 ちまたで、「東京版ミシュラン」という本が話題になっています。私は、食通とは縁遠い人間ですが、さすがに「三つ星」とか「恨ミシュラン」なる単語により、ミシュランなる、星印の数で店の格付けを行う食通ガイドブックが存在する事くらいは、以前から知っていました。
 一方、勤め先のすぐそこに、フランス企業の「ミシュランタイヤ」の日本本社があります。これは、今の社屋に来るまで会社の存在も知らなかったのですが、なかなか立派な事務所です。あと、入口には奇妙な形のイメージキャラクターの像が飾ってあり、異彩を放っています。

 ところが、その「グルメガイド」と「タイヤ販売業」が同じ会社によるものだということに、ごく数日前に指摘を受けるまで、気付いていませんでした。冷静に考えれば、どちらも名前が同じ上に、フランス発なのですから、同じ会社がやっているに決まっています。ところが、なぜか頭の中で、二つが全く別世界のものとして分類されていたようで、言われるまで気づきもしませんでした。
 毎度の事ですが、思いこみによる誤認識というものは不思議なものです。この年になるとなかなか難しい事は分かってはいますが、もう少し頭の柔軟性がほしいものです。

2007年11月29日

シウマイが発売停止に

 私の大好物の一つである、崎陽軒の「シウマイ」が、原材料表示順序がJAS規格に違反していた、という事で、自主回収となったそうです。
 一瞬、「白い恋人」みたいに、半年くらい消えるのか、と心配したのですが、12月1日には販売再開との事なので、一安心しました。
 報道を見る限り、なるべく印象のいい材料を上に表示しようという策を弄したゆえの事のようです。しかしながら、そんな順番を気にして購入する客など普通はいないでしょう。少なくとも、私は何十回も買っていますが、そんな表示、見た記憶がありません。

 今回の件で改めて思ったのは、当然のことながら「嘘はいけない」という事でした。別に正しく表示をしていたところで、シウマイの売上げには関係なかったでしょう。それをこざかしい事をしたために、数日とはいえ、販売できない羽目になったわけです。
 個人的にも、何人か嘘を平気でつく経営者を見ていましたが、皆、最後は自業自得の結果になっています。全ての情報を正しく開示する、などという事は確かに不可能です。とはいえ、もう少し正直にしたほうが、会社のためにはもちろん、自分のためにもいいのでは、と改めて思いました。
 自分の大好物がこのような形で報道されるのは、かなり辛いものがありました。ぜひとも、このような事はこれで最後にしてもらいたいものです。

2007年11月28日

オタク丼を食べる

 9月頭に見かけたオタク丼を売る寿司屋の近くにある客先に、昼前に行く仕事が入りました。というわけで、当然ながら昼は念願の(?)オタク丼を食べました。
 内容については、既にネットで知っていたので、特に驚くことはありませんでした。とはいえ、その「上の具とその下の御飯を食べると、また具が出てくる」というのは、面白い上に、食べやすいと思いました。

 ちなみに、前回通ったときにはなかった新メニュー「萌え丼」もメニューには載っていました。何でも値段はオタク丼の倍以上となる2,550円です。ランチメニューとしてはかなり高価な部類に入るかと思われます。
 早速、帰宅後にネットで調べたところ、具が豪華なのに加え、火の付いた線香花火が刺さって出てくるとのこと。線香花火の刺さった寿司とは、すごい事を考えるものです。ただ、どうせなら、「頼むと近所のメイド喫茶の店員さんが持ってきてくれる」くらいのネタをやったほうが受けるのでは、とも思いました。
 「オタク」「萌え」ときたのですから、是非とも次は安永航一郎先生考案の「コミケ寿司」(具は鱒・牡蠣・鯛)をやってほしいものだとも思いました。

2007年11月27日

坊主めくりと蝉丸

 昨日、実家で義兄と5歳の甥と三人で坊主めくりをしました。最後にやってから30年近くたっており、ルールなど覚えていません。そこで、ウィキペディアで確認しました。
 基本ルールは、「普通の男が出れば手札に、坊主が出れば手札を場に出す、女性が出れば場の札を貰える・場に札がなければもう一枚引ける」というものでした。これについては、おぼろげながら記憶していたものと同じでした。
 そこまでは普通なのですが、ウィキペディアではさらに、「さまざまなローカルルール」が紹介されていました。そこで非常に気になったのは「蝉丸」の存在でした。

一応、坊主の一人ではあるのですが、他の坊主よりさらに強力な設定になっているとのことです。中には、「蝉丸を引いたら、全員の手札を自分の手札にできる」などといったローカルルールも紹介されていました。これだと、たとえば、99枚引かれた時点で、1枚も持っていなかった人でも、最後に蝉丸を引けば逆転勝利できる事になります。カードゲームの知識はないのですが、ここまで強力な「切り札」はそうはないのでは、などと驚きながら、通常ルールで競技を始めました。
 ゲームは普通に盛り上がりました。しかし、「ローカルルール」を採用しないながらも気にしていた蝉丸は出てきません。見落としていたかと思って、終了後に確認しましたが、やはり彼はいませんでした。どうやら、何らかの理由で紛失してしまったようでした。それを知ったときは、通常ルールであるにも関わらず、なんか損したような気分になりました。
 ゲームを振り返ると、40歳・30代末・5歳という異色の三人組で行ったにも関わらず、特に手加減することもなく、普通にゲームは盛り上がりました。そう考えると、「坊主めくり」とはなかなか凄いゲームだな、と改めて感心させられました。次はぜひ「蝉丸ルール」でやりたいものです。

2007年11月25日

TV屋にとっての「悲劇」の価値

 昼過ぎにTVをつけたら、「サンデースクランブル」なる番組をやっていました。先週発生した三人行方不明事件を取り上げているのですが、画面の見出しに「点と線、三人不明」みたいに書かれていました。
 このTV局では、昨日・本日と、松本清張さんの「点と線」のドラマを放映していました。かなり大がかりに宣伝しているようで、夕方には30分かけて宣伝番組もやっていました。どうやら、これもその宣伝の一環のようです。
 しかしながら、今回の事件は、普通の人が不運にも巻き込まれた不幸な話です。以前から、TVの犯罪報道などで、遺族に対する非礼極まりない「取材」は気になっていました。それが今回の件で、いつも気になっていた「視聴率さえ取れればいいのであって、被害者やその周りの人の心情など知ったことではないようだ」のという推測が正しかった事がよくわかりました。
 それにしても、見ず知らずの人の悲劇を、「商売ネタ」にするというのも因業な商売だよな、と改めて思いました。

2007年11月24日

意外にカレーにあった食べ物

 カレーのランチバイキングをやっている店に行きました。そこでは、カレーとナン・米ならず、種類は少ないとはいえ、サラダ・飲物・デザートが食べ放題で値段は一人900円弱でした。
 かなりお得で、カレーの味もかなり私好みでした。ただ、ナンの作成ペースがやけに遅いのです。一応、店内から見えるような形で、専用窯を用いて焼いているのですが、供給が需要にあっていません。

 あまり、インドカレーを米で食べるのが好きでないので、ちょっと困りました。その時、ふと隣に盛られているサラダに気付きました。
 サラダは好きなのですが、ドレッシングが好みでないので、さほど食べていませんでした。しかしながら、カレーでしびれた口直しなら、ドレッシングなしでも十分サラダを楽しめるのでは、と思いました。そして、カレーを何もつけずにたべ、口の中が辛さで一杯になった頃に、何もつけずにサラダを食べる、というのを繰り返しました。
 結論だけ言えば、やはりインドカレーにはナン、サラダには好みのドレッシング、というのが最善だと再認識しました。とはいえ、次善の策としては、なかなか有効だと思いました。
 世の中、いろいろな組み合わせが存在し得るものだ、と思いました。同時に、できたらもう少し頻繁にナンを焼いてくれたら、とも当然ながら思いました。

現状逃避

 作業中に足をぶつけました。台車に巻き込んだような感じで、一瞬痛みも走りました。
 本来なら、すぐに靴を脱いで状況を確認しなければならないはずです。ところが、「まだ作業中だし、怪我が判明したら手当てしなければならない。ならば、終わるまで確認するのは待とう」という考えが浮かんできました。
 冷静に考えれば、怪我していながら作業を続けたら、さらに悪化する危険性があります。したがって、ありえない考え方なのですが、なぜかその時はそう思ってしまったのです。

 もっとも、このような、現実の危険から目を背ける、というのは私に限ったことではありません。第二次大戦末期の大日本帝国政府が代表例ですが、ちょっと自分の足元を確認すれば済むのに、そこから目を背けて悲惨な結果になったというのは、無数に発生しています。
 そのようなニュースや歴史的事例を見る度に、「なぜそこで冷静に現状を認識しないのだ」と思っていたのですが、いざ我が身に降りかかると、同様の事をしてしまったわけです。
 やはり、人間というのは、嫌なことから目をそむけようとする本能があるのだろうか、と思いました。もっとも、致命的な失敗を防ぐためには、その「本能」をいかに制御して現状を認識する必要があるわけです。
 ちょっとした事故でしたが、思わぬところで自分の欠点と対策を認識することができました。

2007年11月19日

思いこみの怖さ

 客先に行くことになりました。場所はかつて通っていた大学のすぐ近くで、最近はご無沙汰しているものの、高校時代から20代半ばまでずっとうろついていた所で、土地勘には自信のあるところです。
 客先の地図を見たところ、「ファミリーマートのあるビル」と書いてありました。あのあたりなら、距離感はつかめているから、適当に歩けばファミマはすぐに見つかるだろう、と思い、地図を印刷することなくでかけました。

 ところが、いざ目的地の周辺に着いたのはいいのですが、肝心のファミリーマートはありません。ローソンとサークルKはあるのですが、なぜかファミマはないのです。この時点ではある程度時間に余裕を持っていました。そこで「まあ範囲はつかめているので、適当に歩けば、すぐ見つかるだろう」とタカをくくっていました。ところがどうしても見つかりません。
 やがて時間が近くなり、どうしようもなくなったので、ついに人に尋ねました。住所から確認して該当する場所に行くとびっくりしました。そこには先ほどから散々みていたサークルKがあったのです。
 なぜか頭が、勝手に「サークルK」を「ファミリーマート」に変換していたわけです。我ながらなんでそんな事になったのか分かりません。
 とはいえ、せめて地図を印刷していれば、こんな結果にはならなかったわけです。ある程度地理感覚には自信があり、ましてやかつての地元みたいな所、と完全に自己過信に陥っていました。その報いがこのような形で来たわけです。
 どんなに自信・経験があることでも、基本を怠れば意味がない、という事を改めて自覚させられた一件でした。

2007年11月18日

コアラ生活?

 金曜の夜、ちょっと夜更かしして3時くらいに寝ました。そして目が覚めたら12時過ぎでした。「まあ、夜更かしがたたったか」と思いながら起きて、朝食兼昼食を取ると、再び睡魔に襲われ、気がついたら日が暮れていました。
 そして再び起きて夕食を取ると、再び睡魔が。気がついたら23時になっていました。
 さすがに寝過ぎたと思いつつ、サイトの更新をして夜食を取りました。これで寝付けなかったら生活リズムが狂うな、と心配していましたが、それは杞憂に終わり、そのまま眠りました。
 そして朝、一度は目が覚めた物の、テレビを見ていたらいつの間にかまた寝てしまい、気がついた時は再び12時過ぎでした。17日の3時から18日の正午までで考えると、33時間中、29時間くらい寝ていた計算になります。一日20時間寝るというコアラ並みの生活でした。したがって、マリーンズのファン感謝デーも欠席となってしまいました。

 確かに先週は、普段の仕事が忙しかったのにも加え、日曜もかなりハードな日程を過ごしていました。その疲れがどっと出たのでしょう。とはいえ、我ながらよく寝たものだと、驚きました。
 逆に言えば、金曜の時点でかなり疲れていたにも関わらず、それを自覚していなかった事になります。土日が休みだから良かったものの、もし用事を入れていれば本格的に体調を壊していたかもしれません。
 疲れを自覚できない、というのはその時点ではいいのでしょうが、やはり体には良くないものです。なかなか暇になりませんが、体感できないまでも。自分の行動から、「疲れている」という事を認識する必要があると、強く思いました。

2007年11月17日

閉店セールのおまけ

 千葉駅近くの家具屋が閉店セールをしていました。せっかくだからのぞいたところ、前から相方が欲しがっていた椅子が定価の六割引くらいで売っていました。
 座り心地も悪くないようだったので、即時購入を決めました。そして購入手続きをしたところ、店員さんから粗品を貰いました。閉店のための餞別といったところでしょうか。
 帰ってあけてみたところ、それは「シュレッダー鋏」なるものでした。鋏の刃の部分が三重になっており、切った部分がシュレッダーをかけたような感じになります。試しにクレジットカードの請求書を切ってみたのですが、シュレッダー状態にするには、十回以上も鋏をかける必要があります。到底、シュレッダーの代用にはなりませんでした。
 確かにこれでは、売れるわけないでしょう。そのため、「家具屋の閉店セール時のおまけ」になったわけです。いろいろな意味で、消えゆく店の「閉店セールのおまけ」にふさわしい商品だとは思いました。

2007年11月15日

電車待ちついでに「里帰り」

 実家の近くで仕事がありました。その後にも別の出先での仕事を入れていたのですが、予定より早く最初の仕事が終わったため、15分ほど余裕ができました。
 普段なら、どこかの喫茶店で時間をつぶすところです。しかし、駅から歩いて5分のところに実家はあります。ならば、5分でも慣れた所で過ごそうと思い、急遽「里帰り」を実行しました。
 しかし、電話を入れたところ誰もいませんでした。事前に連絡を入れていれば誰か待っていてくれたかも知りませんが、元々行く予定ではなかったのですから仕方ありません。一応、中で5分ほどくつろいだ後、再び駅に戻りました。
 一人きりで5分いただけですが、喫茶店などで30分くらい休むよりも、疲れが取れました。
 普段も1~2ヶ月に一度は顔を出してはいます。しかしながら、「定例行事」となっている上に、さほど遠いところにあるわけでもないため、「日常生活の一部」という感じでした。したがって、他の人が言う「故郷のありがたさ」という感覚が今ひとつ分かりませんでした。しかし、今回の5分間のおかげで、少しはそれが分かったような気分になりました。

2007年11月12日

スポーツ新時代

 数日前、チェスの大会参加者が、ドーピング検査で反応が出て、資格停止になる、という事件がありました。何でも、「アジア室内大会」というスポーツ大会の種目にチェスも入っており、そのため、他競技と同様にドーピング検査も行われたとのこと。その結果、服用している血圧の薬が規定にひっかかってしまった選手が出てしまった、という顛末だったとのことです。
 かなり昔から、チェスの団体は、オリンピックの競技種目に加わろうと運動しているそうです。それに向けて順調に進んでいたわけですが、「思わぬ副作用」が発生してしまった、という事でしょうか。

 ちなみに、よりスポーツ度を高めたチェス(?)として、チェスボクシングなる競技があるそうです。(※リンク先はIOC承認・国際チェス連盟加盟の日本チェス協会公式サイトです)
 こちらは、チェスとボクシングを交互に行い、チェスで勝つか、ボクシングでKOするかのいずれかで勝敗が決まる、というものです。そのため、3年半ほど前に初めて日本で行われた試合では、片方が詰まされながらも、まだ持ち時間が残っているからと投了せずに次のボクシングのラウンドで一発逆転KOを狙った、などという戦術が駆使されたとのことです。
 調べれば調べるほど、チェスが「スポーツ化」している事を知り、驚かされました。もう何年かしたら、大学の体育会に「チェス部」、さらには「チェスボクシング部」が加わっていたりするのだろうか、などと思いました。

2007年11月10日

数字遊びと数学

 野球の話とかぶりますが、今日のアジアシリーズでは、第一試合が終わった時点で、三チームが決勝に進出する可能性がありました。しかも、日韓・日台・韓台の三パターンが考えられます。
 そうなると、第二試合でどのような結果になると、どの組み合わせになるか、というのが非常に気になり始めました。そこで、得失点パターンを表にして、試算しました。
 どうせ数時間後には分かることですし、試合内容から見れば、日韓になることはほぼ分かります。とはいえ、そんなのに時間を費やすのですから、そういう数字に基づいた予想をする事自体が楽しいのでしょう。

 他にも数字に関するデータを扱ったり、結果を予想したりするのは好きです。しかしながら、学生時代の数学にはあまりいい思い出がありません。
 小学校の時の「旅人算」だの「植木算」あたりから追いつけなくなりはじめました。その後、義務教育レベルはなんとかなったものの、受験レベルでは完全に苦手科目に。そして大学は文系志望だった事もあり、高校数学は、共通一次に出題範囲以外は全くもって覚えていません。
 自分で言うのも何ですが、数字が好きなのに数学に苦手意識、というのは残念なものがあります。もう少し、素人の(?)数字好きにも楽しめるような数学教育があっても良かったのでは、などと思いました。
 まあ、どの教科でも、「楽しみながら学べる」などという事が出来れば、教えるほうもも教わるほうも、苦労することはないのでしょうが・・・。

2007年11月07日

北海道らーめん 魚らん坂

 実家の近くの交差点に、1・2階が飲食店になっているビルがあります。1階部分はかつてはカフェバーでしたが、ある時、改装されて、うどん屋になっていました。数年で閉店しましたが、内装はそのままラーメン屋に。その後も、数年に一度閉店しては別のラーメン屋になる、というのを繰り返して現在に至っています。
 今の店は2003年に開業した「北海道らーめん 魚らん坂」という店です。聞き慣れない言葉ですが、単に店の近くにある坂の名前をつけただけです。余談ですが、その「魚らん」という言葉ですが、これは、坂の中腹にある魚籃寺というお寺から来ています。

 ところで先日、この「魚らん坂」に支店がある事を知りました。ネットで調べてみたら、首都圏に5つほどあるようです。当然ながら、「魚らん坂・○○店」と名乗っているわけです。
 子供の頃から地名の「魚籃坂」やバス停「魚籃坂下」という言葉に慣れ親しんでいた身として、この「魚らん坂・○○店」という言葉にはかなりの違和感がありました。
 とはいえ、売れている以上、チェーン店展開をするのは当然の事です。ぜひとも、この調子で成長し、「魚らん坂」の名を全国に広め、ゆくゆくは、逆上陸して「魚らん坂・札幌店」を開業してほしいものだと思いました。

2007年11月04日

極めて分かりやすい「ビジネスモデル」宣伝

 電車の広告で、三井住友銀行が、「個人ローンの金利が6%から12%」という広告を出していました。借金しないのでよく分かりませんが、金利を売りにする、ということは、サラ金よりは安い、という事なのでしょう。
 しかし、銀行がこのような宣伝をする、というのはどうなのか、とも思いました。この銀行に1千万円を1年預けると、年利は0.4%だそうです。すなわち、利息は4万円です。一方、「6%」というのは、500万円以上借りた場合の利子だとの事なので、1000万円を1年借りれば、60万円になるわけです。

 金融業界の知識はないのですが、とりあえずこれだけ見ると、この銀行は誰かから1年間1000万円を預かり、それを別の誰かに貸し付けるだけで54万円儲かる、という計算になります。
 もちろん、銀行というのは、この利ざやで儲けるわけですから、双方の利率に差があるのは当然です。とはいえ、それを電車の中でまで宣伝する、というのはどうかと思いました。
 とにもかくにも、久々に銀行の利率というものを考える機会を得ました。そして、改めて「定期預金は年利5%」の時代からの移り変わりを感じさせられました。

2007年10月31日

好評につき、急遽第二期分を建てた?

 扉に、「好評につき第二期募集開始」と書かれたマンションのチラシが入っていました。これが食べ物か何かだったら、「好評だったから販売量を増やし、さらなる利益を求める」という発想は普通です。しかし、マンションで「売り出してみたら好評だったので、もう『第一期』完売直後にもう一棟を建てる」などということはありえないでしょう。
 だいたい、このマンションの訪問売り込みは、今月だけで二度も我が家に来ています。そこまでして懸命に売っているのに、「好評」なわけありません。
 私などは、もともとマンションを買う気はないからいいのですが、実際に検討している人でも、このチラシを見たら、考え方を変えるのでは、と思うほどの浅はかな広告でした。書いた人は、読み手の思考能力をどのくらいだと想定したのでしょうか。まあ、そのような事も考える能力がないからこそ、あのような宣伝文を書けてしまうのでしょうが・・・。

2007年10月30日

謎のまま消えた宣伝文句

 リストラをしようとしたところ、予想以上に希望退職者が多くて、既存の店舗の多くを閉鎖する羽目になったキオスクが、半年ほど前にエフ・スタッフ募集なる広告を大々的に出しました。
 何でキヨスクで働く人が「エフ」なのか、皆目見当がつきませんでした。しかし、その謎の造語の効果はなく、相変らず、シャッターを降ろしたキオスクは減りませんでした。そして、その後も募集ポスターは出ていましたが、そこではかつてよりかなり小さい文字で「エフ・スタッフこと契約社員を募集」という文字が書かれたポスターに変わりました。
 それでも閉店したキヨスクの営業再開はなく、そして出た募集ポスター第3弾からは、ついに「エフ・スタッフ」という文字は消えていました。まず確実に、このまま永久に封印されるでしょう。そして、この「キオスク」とも「契約社員」とも関係がない「エフ・スタッフ」の意味を知る日も永遠に来ることはなくなりました。

4500km

 ちょくちょく書いていたように、今月は出張ラッシュでした。今日の日帰り出張で一段落付いたので移動距離を数えたところ、約4,500kmに達していました。学生時代は、長い休みを利用して、北海道や九州を半月くらいうろついた事がありましたので、自己記録というわけではありません。しかしながら、仕事でこれだけ、と考えると、我ながら驚いてしまいます。
 ちなみに今日も、空港から目的地に直行し、そのまま一歩も出ずに、仕事が終わってまた空港に直行、という行動パターン。もちろん仕事ですから当然ですが、わざわざ数百キロ移動して・・・というのは、かつての旅行好きとして、残念なものがあります。
 先週、札幌に行った時も思いましたが、いつの日か、金と時間に余裕ができたら、今月行ったところ全てに旅行に行き、今月の借り(?)を返したいものだ、と思いました。

2007年10月27日

台風接近の秋葉原

 諸事情により、都内に行く必要が生じました。用事自体は10分程度で済んだので、先日、切らしてしまった、録画用DVDメディアを買いに、秋葉原に行きました。仕事で何度か通りはしましたが、遊びに行くのは、かなり久しぶりでした。ここ数年、常に何か変わっている街なだけあり、久々に歩くと、色々変わっていました。
 駅周辺に何本も建てられているビルも何本か完成していました。また、半年ほど前に閉店した、かつて愛用していたパーツ屋は完全に取り壊され、跡地は工事現場になっていました。そして、そこにかかっている札には「まんだらけビル・地上10階地下1階」とのこと。「まんだらけ」になる事は知っていましたが、10階建てとは思わず、驚きました。中野ブロードウェーの古本屋時代から知っており、初めて渋谷に支店を出した時にはちょっと驚いた記憶があります。それが今ではこれだけ巨大化しているわけです。あらためて驚かされました。

 その一方で、閉店した「ラオックスコンピュータ館」は、当然ながらシャッターが閉まっていました。長年使っていた店だけに、情報で知っていたとはいえ、実際にその様を見ると、改めてもの寂しさを感じさせられました。
 それにしても、台風接近というのに、よく人がいるものだ、と感心させられました。特に、外国人観光客の多さには驚かされました。何がそこまで、国外の人を秋葉原に惹き付けるのか、興味深いところです。
 ちなみに、すっかり「秋葉原になくてはならないもの」となったような感じの、「ビラ配りメイドさん」も、台風の中、上着を着て仕事をしていました。これでは、肝心の「メイド服」は一切見えないので、意味はないようにも思えます。しかし、これももはや一つの「定番」なのだろう、などと思いました。

2007年10月25日

紅葉

 結局、丸一日以上札幌にいたものの、屋外に出たのは、札幌駅と仕事先でもあるホテルの往復と、そのホテルから道の向こうにあるコンビニに買い物に行った時だけ、という仕事漬けの出張に終わりました。
 というわけで、ほとんど外は見ていないのですが、空港と札幌を往復する電車の中などで見た紅葉は印象に残りました。黄色にしろ赤にしろ、本当に色鮮やかでした。特に昨日の電車では、快晴の青い空との対比がまた良く、短い間でしたら、かなり楽しめました。
 振り返ってみれば、これまで、あまり立派な紅葉を見た記憶がありません。学生時代も秋は旅行に出ることはありませんでしたし、就職してからはなおさらです。それだけに、短い時間ながら、紅葉が印象に残ったのかもしれません。
 いつの日か、秋に休みを取って、のんびり「紅葉狩り」が出来る日がくれば、などとも思った、慌ただしい札幌出張でした。

土地勘が狂う悔しさ

 出張で札幌に行きました。8月末に行った時と同じホテルに泊まりました。前回は、空港から直通のバスで行ったのですが、今回は、札幌駅から歩きました。駅の地図で確認したところ、ホテルの場所が、前回想定していたのと、全然違うところにある事に気づきました。
 札幌に行ったのはこれでやっと七度目ですし、滞在期間は最長で三日です。当然、土地勘などはありません。しかしながら、子供の頃から、どこにいようと、「自分の実際の居場所と、地図などで認識している居場所」が一致しないと、強い違和感を感じる、という奇妙な感覚を持っています。そのため、前回、自分がおかした「位置誤認識」を非常に悔しく思いました。
 なお、目的地に着いた後は、ずっと仕事でした。そのまま建物内でビールを飲みながら夕食を食べ、部屋に戻ったら意識が飛んでしまいました。今頃になって目が覚めましたので、「このまま中にいたまま、というのも・・・」と思い、コンビニに買い物に行きました。その時、吐く息が白くなっていました。とりあえず、今日はそれが唯一の「北海道に来た実感」でした。

2007年10月24日

時間の流れが違う店

 先輩に誘われて、とある食堂に入りました。日本橋の界隈で交差点に面し、地下鉄の出口から歩いて10秒という非常に恵まれた立地にある店です。
 何の気なしに入ったのですが、店を見て驚きました。テーブルも椅子も古びており、しかも椅子は不揃いです。そして、いずれも今ではあまり見なくなった、二昔前に作られたようなデザインでした。さらに店内をよく見たところ、奥の方には古びた扉があり、「社長室」という札がついていました。一方、壁際には二つの岡持を紐でつなげて作った「手動エレベーター」があり、それが二階にラーメンなどを運んでいましたた。

 壁に貼られたメニューの一番右にあった450円のラーメンを頼んだところ、これまた二昔前のような外見と味でした。たとえていうなら、チェーン店などのメニューにある「昔ながらの中華そば」を、さらにレトロにしたような感じです。
 懐かしさを覚えながら食べていたら、それを見抜いた先輩に「昔あった店にいったような感じだろ」と言われました。確かにその通りで、内装も味も、1980年代前半に戻ったような感じです。
 一時期「昭和三十年代を再現した飲食店街」などというのが流行っていました。しかし、それらにいくら当時の看板などを飾っても、それは「現代社会に人工的につくったもの」でしかありません。対して、この店はまったくもって普通に「1980年代を再現」していました。
 いつできた店だか分かりませんが、何十年もの間、この店の中では外とは違う時間の流れ方をしていたのだろうな、などと、少々感慨に浸ったりもできました。なかなか貴重な昼食時間を過ごすことができました。

2007年10月21日

和菓子の消費期限偽装

 「白い恋人」に続き、「赤福」の消費期限偽装問題が発覚し、話題になっています。相次ぐ、色の名前をつけた有名菓子の不祥事だけに、次は「金つば」あたりが危ないのでは?などと馬鹿な事を考えたりもしています(もっとも、「金つば」は一つのメーカーの商品ではありませんが・・・)。
 しょうもない冗談はともかく、はたから見れば、普通に売っていれば安定して儲けることができるように見える企業が、なぜ、このような事をする羽目になったのでしょうか。単に「特定企業の不祥事」というだけで片付けることができるとは思えません。財界トップが、自社で違法な偽装請負をやっている事を指摘されて、「法律を変えるべきだ」などと言うような、日本の経営者の体質に潜む根源的な問題まで掘り下げて考え、かつ改善しないことには、このような事件は後を絶たないのでは、と思っています。

「パン食べ放題」の謎

 いきつけのレストランの一つに、焼きたてパン食べ放題を売りにしている店があります。普段は、昼でも夜でも、パン食べ放題を組み込んだセットメニューがあり、それを普通に頼んでいました。
 ところが、今日は、昼と夜の境目という微妙な時間帯に行きました。すると、ランチは終わっており、ディナーはまだなため、セットメニューがありません。そこで、通常のメニューを見たところ、奇妙な事に気づきました。
 メニューによってはパン食べ放題がついたりつかなかったりするのですが、なぜか「パン食べ放題」の単品メニューがありません。たとえば、サラダを単品で頼むと、パン食べ放題をつける方法がないのです。

 そこで、メニューをさらに見ていると、奇妙な事に気づきました。350円のグラスワインを飲むと、パン食べ放題がついてきます。しかしその一方で、パン食べ放題とドリンクバーを組み合わせたセットが680円で売っていました。ちなみに、ドリンクバー単品は350円です。
 こうやって見てみると、一体、「パン食べ放題」の値段はいくらなのか、分からなくなってきました。いずれにせよ、グラスワインを頼めば、350円で腹一杯になるまでパンを食べれる、というのは安上がりだな、などと思いました。

2007年10月14日

グリコ男の一日

 明日の仕事に備え、大阪入りしました。護岸工事が行われた道頓堀の水面を見た後、近くにある、今月末で閉店になるという、キリンビールの「館内で作ったビールを出す店」に入りました。
 通された席は、ちょうど道頓堀が眼下に見える窓際のカウンター席でした。そして、右斜め前を見ると、道頓堀名物の一つである「巨大なグリコ電飾看板」が目に入りました。
 一人で飲んでいる事もあり、その看板をしばらく見ていました。すると、その看板がただ巨大なだけではないことを知ることができました。
 まず、暗闇の中、グリコ男が立っています。すると、空が白み初め、やがて朝焼けとなります。すると、グリコ男の背後には、大阪城・通天閣・大阪ドーム・あと一つよくわからない建物が見えてきます。

 グリコ男の足下は、陸上競技場のトラックと思われます。まわりは緑色ですから、芝生なのでしょうか。その中で、定期的にトラックの模様が動きます。これは、グリコ男が走っているのを意味しているようです。
 そんな中、夜明けだった空は、いつの間にか青空となります。雲が流れたりと変化はありますが、相変らずグリコ男は定期的に走り続けます。
 そしてやがて、空が暗くなり始めます。すると、大阪城がライトアップされます。そして夕焼けを経て、さらに空が暗くなると、通天閣もライトアップされます。その中を、グリコ男は、定期的に走り続けるわけです。
 そのうち、星が光り出し、空は真っ暗になります。そしてしばらくすると、大阪城が、さらには通天閣のライトアップも終了し、背景には高層ビルが白く映るだけとなります。
 そんな中、グリコ男の足下は、定期的に動きます。夜を徹して走っているのでしょうか。そしてやがて夜が明け、最初の風景に戻りました。
 ただ巨大なだけだと思ったグリコ男でしたが、実は過酷な一日を過ごしていたようです。ライトアップのタイミングなど、背景の芸の細かさにも感心させられました。
 思わぬ所で、貴重な「大阪見物」ができました。あと余談ですが、グリコキャラメルは一粒300mだそうですが、間欠的に走り続けるグリコ男にとって、必要なキャラメルは一日あたり何粒なのだろうか、などとしょうもない事が気になったりもしました。

2007年10月13日

ボクシング騒動雑感

 先週行われたボクシングの世界戦で、マスコミが煽っている「ボクシング一家」の次男である選手が敗北した上に、反則を連発した、という事で騒動となっています。私は、試合があることを当日夕方に知り、しかも、長男が出ているものだと勘違いしていた程度の感心しかありませんでした。したがって、試合内容や反則についての論議は今ひとつよくわかりません。
 ただ、今回の騒動のニュースを見て、今更ながら、今回試合をした選手が、あまりボクシングが好きではなさそう、という事を知りました。まあ、あの父親の目立ちぶりから、子供の才能を知ってボクシングをやらせた、というよりは、父親の「夢」をかなえるために、子供達をボクシング漬けにしていた、という事は何も知らない私でも分かってはいましたが・・・。

 そうやって考えると、反則を指示したとする長男の選手を含め、この兄弟がなんか可哀想に思えてきました。彼らとしては、親の期待に応えようと頑張っているだけなわけです。不評を買っている言動にせよ、親にあわせているようにも思えます。そう考えると、親の期待に応えようといい学校や会社を目指して頑張っている若い人たちとさほど変わりがありません。
 その一方で、何年も前からこの兄弟を大袈裟に取り上げてきた報道機関には改めて不快感をおぼえました。本来なら、取り上げるのは世界タイトルを獲得してからでもいいはずです。それを、過剰に取り上げた結果、今に至っているわけですが、少なくとも、それが兄弟にとって幸せをもたらせているとは思えません。
 世の中には、たまにこのような「仕込み親」がいます。あのような取り上げ方をしていれば、それらの親も「自分もいつかはマスコミに」と思い、より子供を熱心に仕込む事でしょう。それが子供にとって幸せになるとは思いがたいです。
 そういう悲劇を生まないためにも、報道する人には考えてほしい、と言いたいところです。しかしながら、そんなものを求める事自体、いまの商業マスコミ相手には無理だということが分かっています。それだけに、よりやりきれないものを感じました。

2007年10月11日

時間の考え方

 やや急な用事で週明けに大阪に行くことになりました。新幹線で行くというような話をしていると、そばにいた、時間の使い方が雑で定評のある人が、「新幹線で行くのか?3時間も車内で大変だな。値段も朝なら飛行機のほうが安いぞ」、見下すような口調で話しかけてきました。どうやら、その人は大阪へは飛行機で行く派のようです。
 言われるまでもなく、大阪行きに飛行機を使った事は何度もあります。したがって、乗っている時間だけなら1時間対2時間半と大差ですが、空港と市内への移動および、空港での待ち時間を考えれば、時間差はかなりなくなる事も重々承知しています。

 ついでに言うと、料金についても、かなり前から早割の類で買うならともかく、一週間前くらいに航空券を買った場合、空港と市内の交通費を考えれば、こちらもほとんど値段に差がなくならない事も分かっているわけです。
 私の場合、元鉄道ファンという事もあり、このへんは知識として持っています。しかしながら、飛行機も新幹線も東京-大阪間はともに多くの本数を走らせている、という事実だけ見れば、別に細かい知識など必要はありません。両者が値段・時間ともに、明確な差はさほどないからこそとも本数が多い、という事は、ちょっと頭を使えば分かるはずです。
 逆に言えば、日頃から時間の使い方の下手さに定評があるからこそ、そのような発言が堂々とできるとも言えます。そう考えると、日頃の言行と一致した発言なわけで、良く言うと軸がぶれていない(?)わけです。言っている事はともかく、その一貫性だけは評価に値するか、と思いました。

2007年10月08日

スイッチ

 疲れていると、出来ると分かっている事ですら、なかなかできません。この三連休も、取りかかれば30分程度で終わるのが分かっており、最初の日に片付けておこうと思っていた事がありました。ところが、精神的なスイッチがなかなか入らず、手に着いたのは日曜の夜でした。
 38年と少々生きているのですが、この「スイッチの入れ方」というのはどうにも分かりません。もちろん、目の前に期限が迫っていればやらざるをえません。しかし、そうでない状態の時、不思議とスイッチが入らないのです。これが自由にオンオフできれば、かなり楽になる事は分かっているのですが・・・。せめて「不惑」に達するまでには何とかしたいものです。

2007年10月07日

千葉県の「鼻先」

 再来年に千葉で行われる体育大会のポスターを見ました。イメージキャラは、千葉県の形をした犬です。銚子のあたりが耳で、九十九里が腕で、房総半島が胴体と、特徴的な地形と体のパーツをあわせています。さしずめ、舌はディズニーランドを意味しているのでしょうか。
 そんな中で、気になったのが、犬にとって重要な器官である鼻先でした。やけにとんがっており、さらに全身が赤いのに対し、ここだけ黒く塗られています。

 この部分にあたるのは野田市になります。千葉県の他市と接するのは市境のうちの総延長のうち南の六分の一ほど。残る六分の五はほぼ均等に埼玉県と茨城県に接しています。
 さらに言うと、4年ほど前まで、この野田市の先端部分は関宿町という別の自治体でした。この町はさらに極端で、南の一部が野田市と接するだけで、残りは埼玉県・茨城県と接するという、「行政区分上の岬」とも言える町でした。
 地図を見ると、ちょうど分かれたばかりの利根川と江戸川に挟まれた部分にあたります。両河川がそれぞれ千葉県との境界線の役割をしているので、接続している部分が短いながらも、千葉県になったのでしょうか。
 犬の鼻を見ていただけで、それら色々な事が頭に浮かんできました。いつか暇が出来たら、このような地史をじっくり調べてみたいものです。

2007年10月05日

万引きと生命

 ここのところ、万引き犯を捕まえた店員が、犯人に暴行して死に至らしめた、という事件が多数報道されています。私は、「相手の罪に対して暴力で裁く」という行為は否定するという考えを持っています。したがって、殺人犯を法務大臣の命令で絞殺する事だろうと、「国際社会の要請でテロ撲滅」の名目でイラクやアフガンで民間人を大量虐殺する事だろうと賛成できません。したがって、殺した店員を擁護する気は毛頭ありません。
 とはいえ、死んだ犯人の盗んだものが「126円のパン」とか「漫画本一冊」だったとか言って、あたかも「たいした事をしていないのに殺された」というように報道する姿勢もどうかと思います。では仮に、これが「126億円の芸術品」だったら、殺されてもかまわないのか、という論法になりかねないからです。

 ただ、その論議とは別に、犠牲者の死を無駄にしないためにも、一連の悲劇は活用できないかとも思っています。今だと、万引き防止の啓発といえば、「万引きは犯罪です」とか「万引きすると、金額の多寡によらず、家族・学校・職場に通報します」といったものくらいです。これを、「万引きした事が原因で、命を落とした人が多々います」とすれば、犯罪防止に役立つでしょう。ついでに、店内には「万引きは犯罪です。万引き犯を殴るのも犯罪です」という標語を貼っておけば、「二次犯罪防止」にも役に立ちそうです。

2007年10月04日

2ヶ月前ながら遠くなった過去

 朝、出勤途中で工事が行われていました。見てみたら、コンビニの上にあった喫茶店の撤去作業でした。「○月○日をもって閉店します」という張り紙もあります。
 この喫茶店に入った事は一度だけありました。2ヶ月ほど前、客先から帰る途中の昼下がりに、同行していた先輩と後輩と三人で寄りました。ただでさえ二階という立地の悪さに加え、周囲にはより安価な喫茶店が何店かあります。そういう事もあって、店の中はガラガラでした。そう考えると、この閉店も仕方ないと言えるでしょう。
 その時一緒に入った後輩は、その時点ですでに辞表を出していました。そして、先輩のほうも、それから半月後に辞表を出し、先月末で去っていきました。
 その二人と行った喫茶店が閉店したわけです。その結果、ほんの二ヶ月前にここで過ごした一時は、同行者という点においても、空間という点においても、二度と再現できない時間になったのだな、などと、撤去工事をしている人たちを見ながら、感傷にひたりました。

2007年10月01日

連日の戦い

 金曜の夕方から「風邪のひきかけ状態」がちょくちょく出現しています。そんな時に限って、土曜は昼が仕事で夜はナイター。今日は朝から晩まで将棋大会でした。というわけで、土日も休養ができませんでした。しかしながら、来週もバタバタしており、のんびり風邪をひく余裕(?)はありません。
 そこで、厚着を初め、オレンジジュースおよび暖かい飲みの物大量摂取を行い。何とか発症を抑えています。そんな中、喉の痛みが引くと、ちょっと「勝った」というような気分になります。
 今日も症状が出たり出なかったりで一日を過ごしましたが、何とか抑え切れました。この調子で、未発症のまま根絶させたいものです。

2007年09月30日

忘れ物のおかげ?

 昨日、会社に忘れ物をしました。当初は残っていた仕事は風呂敷残業する予定でした。しかし、それならばついでにと思い、土曜出勤することにしました。
 その行きがけに、突如携帯が鳴りました。内容は、仕事関係で、緊急出勤せざるをえないような予定外の事件が発生した、というものでした。
 もちろん、最初から行くつもりでしたので、特に問題なく、そのまま出勤しました。当然ながら予定より時間は取られましたが、問題もなんとか片付き、何とかナイターにも行くことができました。
 結果的には、昨日の忘れ物のおかげで、精神的な損失感もなく、土曜出勤できたわけです。昨日、忘れ物をしたことに気付いた時は、かなり凹んでいましたが、結果的には、それに感謝する事になった一日でした。

2007年09月28日

今更になって大きく報道しても・・・

 今更になって7月に発生した「稽古場で序の口力士が不審死」が、警察が立件した事により、大きく報道されています。この事件は、発表当時から「しごき」が原因かと思われていましたが、各マスコミは、事故死程度の扱いでしか取り上げていませんでした。
 その一方で、場所後のモンゴルで三日前まで本場所で相撲を取っていた朝青龍関が国の要請でサッカーイベントに出演したら、何かとんでもない大事件であるかのように大々的に報道。本人の行動はもちろん、朝青龍関の診察をした医師の情報、などというどうでもいい事まで大事件のごとく報じていました。
 同じ相撲界で、かたや人の死ぬ事件が発生しているにも関わらず、どう考えても「人命」よりは重要度のない「イベント出演」を大きく扱っていたわけです。
 そして、警察発表が出たとたん、あたかも「衝撃の真実が発覚した」かのような大報道をしているわけです。

 数年前、当時ライブドア社長の堀江現被告が、フジテレビの経営権を得ようとした事件がありました。その時、堀江氏が「マスコミなどはただ発表した事を流すだけ」みたいな事を言ってバカにしたところ、各メディアは一斉に「自分たちの調査報道に価値がある」みたいな反論をした事がありました。
 しかし、今回の一連の流れを見る限り、堀江氏の発言は、あながち間違っていなかったのでは、と思えてきます。
 各紙は今更ながら、「相撲界の体質が」などと書いています。しかし、そんな事は発生直後に調べて書くべきものです。そんな二ヶ月遅れの記事を書く暇があったら、もう少し自分たちの体質を見つめ直してほしいものです。

2007年09月26日

スカイライナー

 午前中に都内で仕事をした後に、午後に成田で仕事、というスケジュールになりました。京成を使うことになったのですが、これまでスカイライナーに乗った事はありません。しかも、幕張本郷に住んでいると、まず乗る機会がありません。そこで、折角の貴重な機会という事で、通常特急でも間に合うにも関わらず、ライナー料金自腹で乗ることにしました。
 上野ではガラガラでしたが、日暮里で大量の海外旅行客が乗ってきました。皆、大きなスーツケースを持っています。空港特急なだけに、大荷物置き場も設置されているのですが、そこに置ききれない人もいるくらいの繁盛ぶりでした。連休が明けたばかりではあるのですが、海外旅行する人にはそんな事はあまり関係ないのでしょうか。

 同じ車両に乗っていても、自分はこれから仕事で、明日からも同様の日常。対して、この人たちは、明日には何千キロも離れた国外で過ごすのだ、などと思うと、ちょっと不思議な気分になりました。
 一瞬、そんなことを思いつつも、あとは車窓を見ていました。京成には年に数回乗りますが、同じ車窓でも、ロングシートに乗って見るのと、リクライニングシートで足を伸ばして見るのでは、何となく違うように見えました。また、家の近くを通り、散歩する時に使う跨線橋の下を通った時は、これまた何とも言えない面白さみたいなものを感じました。
 短いながらも、「これが最初で最後のスカイライナーかもしれない」という事もあり、貴重な時間を楽しく過ごすことができました。

2007年09月24日

準黄金週間?

 先週、今週と三連休が続きました。期間限定の週休三日制とでもいったところでしょうか。もちろん、四月から五月にかけての連休に比べれば休める日数は少ないです。しかしながら、「四勤三休」が二週間続く、というのは、一週間近い休みが続くのとはまた異なるお得感があります。
 また、今日で終了しますが、黄金週間と違って、「終わってしまうのか・・・」という気分にもあまりなりません。そう考えると、色々な意味でなかなかお得な休日だと思いました。いっそのこと、秋分の日も「9月第四月曜」にして、この「準黄金週間」を毎年の恒例にしてもらえないだろうか、などとまで思ったほどでした。

2007年09月23日

蜘蛛の糸

 なんか知りませんが、ここ数日、虫が家の中に入ってきます。昨日は午後の間、ハエが室内を飛び回り、うっとうしくてなりませんでした。あまりのうるささに、網戸に張り付いたところを潰そうとしたら、勢い余って網戸を外してしまったほどでした。
 そして、今日はふと脇を見ると、蜘蛛が歩いていました。しかし、ジョロウグモみたいな巨大で不気味なものではなく、数センチの小蜘蛛です。それがノロノロと歩いていても、別にうっとうしくはありません。むしろ、安全に外に出してやりたい気分になり、何とか紙切れに乗せて、ベランダに出しました。

 その蜘蛛を見ていたら、ふと芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を思い出しました。話のきっかけは、極悪人のカンダカが、道ばたで見た蜘蛛を救った事から始まります。結論だけ言うと、彼は一瞬の希望を見ながらも、結果的に再び地獄に落とされるという、より悲惨な結果になりました。
 もしあの時、彼が見かけたのが蜘蛛でなく、ハエやゴキブリだったら、蜘蛛と同じようには扱わず、殺していたのでは、と思いました。そうすれば、結果的にはより深い絶望を味わわずにすんでいたでしょう。
 小説上の人物ながら、その不運さ(?)に同情したくなりました。あと、あの話ですが、冷静に考えて、彼でなくても、細い蜘蛛の糸に何十人もぶらさがっていれば、不安になって怒鳴りたくなるでしょう。あの話に出てくる「お釈迦様」はかなり性格が悪いな、と改めて思ったりもしました。

実在から想い出へ

 中学の頃だったか、家から歩いて5分くらいの所にセブンイレブンができました。当時は近くに24時間営業のコンビニはなく、昼夜問わず重宝していました。
 その後、時がたち、近くに地下鉄の駅ができたこともあり、その店の周辺も変わっていきました。通りの向こうは、かつては花屋やラーメン屋などが並んでいましたが、そこには巨大なビルが建ち、有名出版社や最近人気のデパート系スーパーなどが入り、かつての面影はなくなっていました。
 そして昨日、実家に行ったところ、その店が閉店した事を家族から聞かされました。最後に行ったのは一年以上前ですし、愛用していたとはいえ、店そのものに特に思い入れがあったわけでもありません。とはいえ、その日の帰りはわざわざ大回りをして、閉店したことを確認しました。跡地をのぞいてみたら、次の準備のためなのか、連休中の夜だというのに、工事が行われていました。
 何が入るのか分かりませんが、いずれにせよ、新たな街における風景の一つになるのでしょう。
 これでまた一つ、自分が子供の頃から慣れ親しんでいた風景の一つが、実在するものから、想い出の中にのみ存在するものとなりました。もちろん、40年近く生きているのですから、そんなことはいくらでもあるわけです。とはいえ、何度経験してもやはりこういう移り変わりを見ると、何とも言えない物寂しさを感じてしまいます。

2007年09月21日

「取材商法」の活用法?

 社長が問題を起こして消息不明になった、とある企業を調べる必要が生じました。とりあえずググってみたところ、一番上に、その社長が失踪する前に行われたインタビューが掲載されている雑誌のサイトが載っていました。
 最初は、「こんな輩を取材するなんて、見る目のない雑誌だな」と笑いました。せっかくだから記事も読んでみたのですが、その記事の程度の低さにまた苦笑させられてしまいました。そしてページの脇にはライター紹介欄があったので、どんな奴が書いているのか、と思って読んでみました。すると、そこにいたのは物書きのプロでなく、一流とは言えないタレントでした。

 一瞬、なんで文章の下手なタレントが、冴えない社長のインタビューをする雑誌なんか、どうやって採算を取っているんだ?と不思議に思いました。しかし数秒後に「取材商法」という話を思い出しました。
 これは中小企業の社長や自営業者に「記事にするから取材させてくれ」と言い、いざ「取材」をすると掲載料を請求する、という商売です。念のため、その掲載誌で再度ググったところ、やはり「取材商法」に関する記事が大量に出てきました。
 最初にこの「商法」を知ったときは、やるほうもセコいし、カモになるほうも間が抜けている。規模も小さいし意味がないな、などと思っていました。しかし、今回の「失踪社長」の件で少々感覚が変わりました。
 こんなしょうもない商売にひっかかるような人が経営しているわけです。今回のように、冴えない結末になるのもある意味必然でしょう。そう考えると、「この雑誌に載る人々」というのは、「つきあいや取引は考えたほうがいい人」である可能性が高いと言えるでしょう。つまり、この雑誌は「ダメ紳士録」として考えると、意外に役立つ事に気づかされたのです。世の中、どんなしょうもないものでも、使い方というのはあるものだな、などと、失踪社長の間の抜けたインタビュー記事を読みながら、別の意味で感心しました。

2007年09月20日

「台形の面積」の重要性

 「小学生の算数で台形の面積計算を復活させる」とかいうニュースを見ました。確か数年前、これが外れると決まったときも、妙に騒がれた記憶があります。
 やけに大きく騒がれますが、これってどのへんが重要なのでしょうか。私も、かつて習った「(上底+下底)×高さ÷2」は、一応覚えています。もっとも、覚えてはいるものの、習って以来、学生時代も社会人になってからも、一度も使った記憶がありません。
 まあ、土地でも扱う仕事についたり、台形の土地を買う機会でもあれば、使う機会もあるのでしょう。しかし、前者は極めて限られた職業ですし、後者など、一般人にとっては一生に一度あるかないかです。ちなみに、私が日常生活で「台形」と関わる機会があるのは、プロジェクタの設定をする時だけです。もちろん、その際に面積を求める公式は何ら役に立ちません。
 「何を教えるか教えないか」を論ずるのはまあ結構です。しかし、「それを教えることの意味」についての視点が大きく欠如しているように思えます。「円周率を3で教えるか3.14で教えるか」もそうですが、それを教えない事もしくは教える事が、子供にとってどんな意味があるか、という観点をもう少し持ってほしいものです。私としては、そんな事より、利息計算あたりを教えたほうが、よほど有意義だと思っています。

2007年09月17日

31種類の配分

 昔から、朝に野菜ジュースを飲む習慣があります。その中で最近愛飲しているのは、キリンの製品なのですが、何と31種類の野菜が入っているとの事です。子供の頃、「V8」というのを飲んで、「八種類とは沢山入っているものだ」と驚いた事がありますが、その4倍近くの種類が入っているのだからすごいものです。
 といっても、その味は、トマトジュースを渋く重厚にした、という他社と同じ「野菜ジュース」です。そう考えると、31種類も8種類も大して関係ありません。

 そんなことを思っているうちに、各野菜の配合比率が気になり出しました。目の前のコップ一杯の中に、どの野菜がどれだけ含まれているか、という事です。
 目の前のコップの中に入っているジュースが240gとすると、おそらくは半分はトマトでしょう。となると、残り120gの中に30種類の野菜がひしめいて(?)いるわけです。単純計算すれば4gずつ入っている計算になります。
 そのように考えると、なんか31種類といっても印象が変わってきます。カボチャ4gにセロリ4gとか言われても、あるのかないのか分からないくらいです。これなら、むしろ8種類くらいのほうが、有難味(?)があるのでは、などとも思いました。まあ、別にどんな野菜がどのくらい入っていても、美味しければ別にいいのですが。

2007年09月15日

21世紀の御輿

 夕方、出先から会社に戻ろうとしたら、道路の端で交通規制が行われていました。何事かと思って見てみたら、御輿が見えました。どうやら地元の秋祭りのようです。当然ながら、一番最初に来るのは警官です。そしてその後には、半被を着た人が現れました。ところが、この人、半被の上に道路工事の人が身につける反射板をつけています。確かに事故の警官に続いて公道を歩くわけで、事故の危険性があります。便利なものが開発された以上、身につけるのは当然ではあります。
 さらにその「反射板半被」の人に続いて御輿の方向を見ながら後ろ向きに歩いている人がいました。しかし、その人達は先導しているわけではありません。それぞれ手にデジカメだかデジタルビデオカメラだかを持ち、我が子とおぼしき人を熱心に撮影していました。
 この「半被の上に反射板」が現れ、続いてデジカメ、というのはかなり「祭り」というものから異なっているように感じました。もっとも、私の持つ「祭り」というものに対する概念も、あくまでも20世紀後半以降のものです。それだって、江戸時代の祭りを知っている人にとっては、「似ても似つかないもの」だったでしょう。
 そう考えると、これも世の中の流れの一つなのだな、などという気分になりました。

2007年09月13日

ないときに感じる有り難み

 今日の午前中は、何回かに渡り、数十分間豪雨が降る、という奇妙な天候でした。不運にも、出勤時間にその時間帯が重なり、靴の中まで浸水しました。そこで、とりあえず乾かすために、古新聞を詰めようと思いました。
 ところが、数日前に古新聞はまとめて処分したとのこと。勤め先は、宅配で新聞をとっていないため、それだと社内に新聞は一枚もない、という事になります。
 ちなみに、我が家は明日が資源ゴミの回収日なので、古新聞は大量にあります。それを思うと、需要と供給のバランスの悪さに、損したような気分にまでなりました。
 困りましたが、ないものは仕方ありません。一瞬、「雨が弱まったら、コンビニまで行って新聞を買ってそれを詰めようか」などと本末転倒極まる事まで考えてしまったほどでした。
 もちろん、それを実行に移すことはなく、そのまま放置していました。その結果、10数時間たってもまだ湿気が抜けない靴で帰宅する羽目になりました。意外なところで、「新聞の重要性」を認識させられた一日でした。

2007年09月12日

大ベテラン記者を追放処分にする末期的団体

 相撲アナウンサー歴50年を越える、杉山邦博さんという方がいます。中学生時代は私も相撲が大好きでした。そして、場所中の中継を楽しみにしていた人間にとって、杉山さんは、向坂(さきさか)さんとともに、相撲中継の頂点とも言うべき人で、今でもよく覚えています。
 その杉山さんに対し、日本相撲協会は、相撲記者クラブの取材証を返上させたそうです。理由は、朝青龍関が一部報道機関の中傷により迷惑を被った一連の件に関わる事だそうです。何でも氏は、TV番組出演した際に相撲協会の行いを批判する発言にうなずいたから(※自身が相撲協会を批判する発言をしたわけではない)とのこと。ところがそれが、理事長氏の逆鱗にふれたらしく、返上を迫られたとのことです。

 私は、「記者クラブ」なるものが、いかに日本の報道の品質を落としているかも承知はしており、その存在価値を肯定する気のない人間です。また、かつては、相撲協会に似た、社会人として最低限の常識すら持ち合わせていない輩が頂点になっている組織と関わった経験もあります。したがって、あのような運営形態の組織は、最低限の社会常識すらもちあわせていないおそれがあることも、十二分に承知しています。とはいえ、さすがに今回の「措置」にはかなり呆れました。
 そこで驚いて、杉山さんをネットで調べたました。すると、かつて熱烈な初代貴ノ花関(先代二子山親方・故人)のファンだったという事を知りました。当時は現理事長の北の湖氏の最強時代でした。しかしながら、端麗な顔で、小柄な初代貴ノ花関のほうが人気は上。その彼を倒す北の湖関(当時)は勝てば勝つほどブーイングを浴びるような存在だったそうです。
 今回のようなしょうもない件で、「出入り禁止」になるのは、いくらなんでも非常識すぎます。そう考えると、もしかしたら北の湖氏は、当時のひいき(?)中継の恨みが忘れられず、何かの機会で杉山氏に復讐(?)する機会を探していたのだろうか、などとまで思ってしまいました。
 いずれにせよ、8月に入って以来、やればやるほど、悲惨さをあらわにする相撲協会には笑うよりありません。ぜひともこの勢いでさらに衰退し、「力士経験者のみによる運営」という、19世紀の遺物みたいな経営形態が一日でも早く改善されることを、かつての相撲ファンとしては切望しています。

2007年09月09日

携帯料金

 ドコモが、「申し込むと基本料金半額」という広告を出していたので、ドコモショップに手続きに行きました。申込をしたところ、「2年間の契約すれば半額になるが、中途解約の場合は、1万円弱の支払い。しかも2年後の10月に解約しなかった場合は、自動継続で同様の条件になる」との事でした。
 かなり厚かましい内容だとは思いました。しかしながら、色々あって、携帯会社はドコモ以外使う予定はありません。というわけで、予定通り契約しました。とりあえず、これで月額1,800円ほど節約できるようです。

 というわけで、節約記念(?)に久々に携帯の料金明細を見てみました。すると、無料通話料金となっている部分はほとんど使っていない事が判明しました。まあ、固定電話を含め、仕事上の必要性を除けば自分から電話をかける事はないので、当然と言えば当然でしょう。逆にパケ・ホーダイのほうは大活躍。帰りの電車などで野球の動画中継を見ている事もあり、1パケット0.2円で計算したところ45万円になるパケット料金が3,900円で抑えられている事が分かり、これは得した気分になりました。
 そう考えると、割引制度の恩恵はかなり受けているわけです。とはいえ、無料通話分での損失感(?)は否めませんでした。とりあえず、これからは固定電話から発信している簡単な用件は、携帯からかけようと思った次第です。まあ、それで節約できる固定電話の料金は微々たるものでしかないのですが・・・。

2007年09月05日

宝くじの「大安吉日」

 職場近くの宝くじ売り場に「本日、大安吉日」という札が出ていました。今日はお日柄がいいから、宝くじを買えば当たる確率が上がりますよ、という宣伝文句かと思われます。
 その訴求心はわからなくもありません。しかしながら、この表示を見たときに極めて不可解に思いました。まだこれが、「○○座の人に限っての幸運日」とでもいうなら理解できない事もありません。しかしながら、「万人にとっての大安吉日」というのでしたら、全くもって意味がありません。この日に宝くじを購入した人全てが「大安吉日」である以上、もし、本当にその「お日柄」に御利益があったとしても、同じ日に購入した他の人と「幸運度」は同じわけです。
 「大安吉日」が自分だけに御利益があるもの、とでもいうわけでもない限り、まったくもって意味がない宣伝だと思いました。しかしながら、そのような宣伝が続いている、という事は「そのような日に宝くじを買うと当たる確率が上がると思っている人がいる」という事なのでしょう。今ひとつ理解しがたいのですが、世の中には色々な「宣伝効果」が存在するものだな、と驚かされました。

2007年09月04日

「絶景」ではない名風景

 TVの温泉旅行番組を見ていたら、中国山地の山あいにある昔ながらの温泉が出てきました。何でも、源泉のある場所に建っているということで、湯船に直接温泉がわき出ています。
 その温泉宿の部屋に通されたリポーターさんが、窓の外を見るや、「絶景です」と言っていました。しかしながら、そこに出てきた映像は、低い山あいに流れる川と田んぼがあるだけで、電線なんかも見えています。だからと言って、つまらない景色、というわけではありません。特に目立った物はないながらも、何とも言えない落ち着きを醸し出しています。特に仕事に疲れた身としては、こんな所に行って、温泉につかりながら、こののんびりした景色を見て一日を過ごしたいものだ、と思ったほどでした。
 とはいえ、その風景は「絶景」という言葉とは縁遠いものです。このような情景をうまく表現できる言葉があれば、この番組はより面白くなっただろうに、などと、少々もったいなく思いました。

2007年09月03日

流しの餃子

 ちょうど小腹が空いたと思ったとき、外から拡声器を通した音声が流れてきました。このあたりに来るのは、たいていは電気製品の回収です。そこで、今日もそれかと思ったところ、そのうち、「餃子~」という音が判別できました。どうやら、流しの餃子販売のようです。
 外を見たら、ちょうど車が我がアパートに沿って曲がるところでした。これなら捕まえられる、と思い、財布を持って進行方向へ先回りすることができました。
 声をかけたところ、車の中から、小柄で人の良さそうな老人が出てきました。注文したところ「焼きますか」と尋ねられたのでお願いしたところ、車の中で餃子を焼き始めました。なんとものんびりした商売です。しかし、しばらくすると、別の人が現れて注文をしました。そう考えると、この「車を止めて焼く」というのも商売技術のうちなのか、などとも思いました。
 メニューには、肉・野菜・キムチ・カレー・ゴボウとありました。その中で、野菜を頼んだのですが、まあ12個500円には見合った味でした。ただ、せっかく多種揃えて12個単位で売るなら、各種を混ぜたセットを売ってもいいのでは、と思いました。せめて、基本と思われる、「肉」と「野菜」のハーフ&ハーフは用意してほしかったものです。
 まあ、購入時の雰囲気も含め、いろいろ楽しむことができました。次にもし来る機会があれば、また頼んでみたいものです。

2007年09月01日

伝統と新文化の融合体

 客先に行くため、秋葉原の中央通りの一間向こうの通り(総武線鉄橋下から湯島駅へ向かう通り)を歩いていました。ちょうど御茶ノ水と秋葉原の中間あたりに位置するだけあって、この通りの左側が「一般社会」であるのに対し、右側にはアキバ系の店と、昔ながらの店が混在していました。
 メイド喫茶と歴史のありそうな寿司屋が交互に並ぶさまを見ながら歩いていたら、交差点の手前に面白い店がありました。店そのものは、古めかしい寿司屋です。ところが、店の前のメニューには大きいアニメ絵が描かれており、そこには「秋葉原名物オタク丼」と書かれていました。

 WEBで検索したところ、具が米の上ばかりか中にまで入っているほどの海鮮丼だとか。そして「おいしい・たくさん・くえる」という事で「オタク丼」だそうです。
 古くからの飲食店とアキバ系の店が混在している中、最後に出てきたのが、その双方を兼ね備えた店、というのはなかなか面白いオチでした。
 今回は時間の都合もあって店頭で見ただけでしたが、機会があったらこの「オタク丼」を食べて見たいものです。

2007年08月31日

サービス料?

 昨晩、ちょっと寝付きが悪かったので、寝酒ついでに北海道料理でもと思い、ホテル近くの居酒屋に入りました。とりあえず、座ってメニューを見ようとすると、いきなり最初の注文をせかされ、いきなり、なんだかな、と思わされました。
 さて、座った席はカウンターで厨房も見えます。そしてしばらくすると、板前さんが、私の頼んだトマトサラダを作り、台に置いて声をかけました。しかし、サービスの人は誰も反応せず。板前さんもその後もフォローはありません。このまま、トマトサラダが棚晒しにになるのも嫌なので、こちらで声をかけて、持ってきてもらったのですが、特に詫びらしき事もありませんでした。

 その後に来た魚料理も口にあわず、早々と退散することにしました。そこで勘定したのですが、伝票を見ると、「サービス料」として飲食代の一割が加算されていました。居酒屋でサービス料というのもなかなか見ません。しかも上記のようなサービス内容です。一瞬、その分の支払いを拒否してやろうかと思いましたが、それも大人げないので、普通に支払って店を出ました。
 そして今日の夕食でも店の選択を失敗してしまいました。どうも、今回の出張は、仕事以外ではかなりツイていなかったようです。
 今回が札幌は6回目ですが、2度目の時も似たような事がありました。また、4回目の時は、そのような失敗はなかったものの、同行者が体調を崩すという事がありました。どうも偶数回の札幌はゲンが悪いようです。逆に言えば、もし次に行く機会があれば、「当たり」の可能性が高いわけです。まあ、それを楽しみにしよう、と思うことにしました。

2007年08月29日

サッポロクラシックと時計台

 今日は一日中札幌。とはいえ、仕事なので、朝起きてから日が暮れるまでで外に出たのは、ローソンに買い物に行った時だけでした。
 そして何とか終わって、軽く一杯という事に。洋食の店なので、名物を食べることはできませんでしたが、飲み物にサッポロクラシックの樽生があったので、それを頼みました。ビールの細かい味の違いは分かりませんが、大いに満足できる味でした。
 そして宿泊地に向かう途中に時計台があったので、せっかくだから携帯で撮影しました。雪の時計台は何度か見ましたが、夏のしかも夜の時計台は初めて。ライトアップされて夜に浮かぶ時計台というのも、なかなか風情がありました。

※クリックすると大きな画像が同窓で開きます。
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久方ぶりの「自然な涼しさ」

 出張で札幌に行きました。旅行では計5回行ったことがありましたが、8月に行くのは初めてです。そして新千歳空港で飛行機の外に出たのですが、まだボーディングブリッジに立っただけだというのに「涼しい外気」が体に当たりました。空調の作ったものとは明らかに違う、「自然の涼しさ」です。
 関東でもたまには暑さが収まる日はありましたが、「涼しい」と言うよりは「暑くない」という感じでしかありませんでした。そう考えると、このような「自然の涼しさ」を感じたのは1ヶ月ぶりくらいかもしれません。
 そして温度計を見たら18度でした。気温が10度台というのを見たのも、いつ以来だろうか、などと思いました。
 これまで行った5回のうち4回が冬で1回が初夏でした。その時の豪雪や日の出の早さに比べれば、驚きは少ないだろうと予想していたのですが、いきなり驚かされました。それにしてもボーディングブリッジで「違い」を感じることができるのですから、すごいものです。

2007年08月28日

第三者の一言

 一年半ほどの付き合いがある人で、どうしても理解不能な人がいます。一応、会社を経営しているらしいのですが、創業者であるにも関わらず、「起業家らしさ」が感じられません。本人の話を聞いた限りは、苦労して今の地位に上り詰めたかのようなのです。しかしながら、具体的にどのような苦労をしたかは本人の口からもほとんど聞かれません。そしてたまに聞く苦労とやらも、現実的に考えると、「いくら何でもそんなことあるわけないだろう」という内容のものです。もちろん、その苦労に裏付けられた実力のようなものも一切感じられません。
 というわけで、知り合い同士で不思議に思っていました。そんな中、ほとんどその人を知らない人と話す機会がありました。そしてその人の話をしたところ、しばらくすると「金持ちのボンボンが、親の金で会社をやらせてもらったのでは?」と素朴な疑問を口にしました。
 言われて見ると目から鱗で、かなりの辻褄があいます。
 もちろん、それが真実なのかどうかは分かりません。とはいえ、先入観を捨ててちょっと視点を変えると、それまで思いつかないような、かつ整合性の高い考え方ができるものだ、という事に気づき、非常に参考になりました。

2007年08月25日

正露丸

 夏ばてなのか、前日のムチャ呑みがたたったか、朝起きたらひどい腹痛でした。あまりにきついので、正露丸を飲む事にしました。通常なら、あのきつい香りと味は、顔をそむけたくなるほどのものがあります。ところが、腹痛がきついせいか、あのにおいが鼻に入ると、むしろ気持ちが落ち着きました。さらに、口の中に広がる味も、美味と感じました。
 「辛さを救ってくれる」という心が、臭覚と味覚を変えたのでしょうか。それとも、体が欲しているために、そのような感覚になったのでしょうか。
 このまま、この状態が続くと「正露丸中毒」にでもなるのでは、などと冗談半分に思いました。もっとも、正露丸の効果は抜群で、飲んでしばらくすると腹痛は収まったので、それ以上飲む必要性は生じませんでしたが・・・。

2007年08月23日

かばん新調

 ここのところ、仕事でノートパソコンを持ち歩く機会が激増しました。これまでの鞄は、今のノートPCを買う前に購入した物。当然ながら、持ち運びを前提にした大きさではありません。そこでこれまでなんとかパンパンになった鞄で我慢していました。しかし来週にはついにノートPCを持参しての出張まで入りました。そこで、いい機会という事で、ヨドバシでPC対応の鞄を購入しました。
 そして早速ノートPCを入れてみたのですが、どうもおさまりがうまくいきません。PC自体はきちんと入ります。しかし、他にも多数のポケットの類があるのですが、それに物を入れると、どうもうまく鞄がしまりません。せっかく一回り以上大きい、PC対応のものにしたにも関わらず、結局、以前同様、鞄をしめるのに一苦労している有様です。
 もっとも、昔から買った瞬間から使い勝手の良かった鞄、というものはありませんでした。おそらく、この鞄も使い込んでいくうちに、自分にあったものになるのだろう、などと思いつつ、何とかジッパーがしまるように収納をしました。

2007年08月22日

立て替えに便利な額

 仕事での外出ついでに、出先近くの店で昼食を取りました。ところが、いざ勘定となった時に、同席した人がお金をおろし忘れた事に気づきました。そこで、とりあえず立て替えたのですが、やはり後でいくら請求すべきか、一応気になります。
 そこで、メニューを再確認したところ、何と金額は税込みで「893円」でした。おそらくは、850円に消費税をかけて四捨五入した金額なのでしょう。しかしながら、この「ナニワ金融道」の自動車のナンバーのような額は、その「税抜き価格」以上に覚えやすい額でした。
 仮に、同席した人に不備がなければ、別々勘定で千円札を出して、そのまま額も確認せずにお釣りを貰っていたでしょう。当然ながら、価格も意識する事はなかったでしょう。そういう意味では、この貴重な(?)金額を知ることができただけでも、同席者の「おろし忘れ」には感謝しました。

2007年08月21日

豪暑

 夏が暑いのは今に始まった事ではありませんが、今年の暑さは桁違いな感じです。今日も日が暮れた後に駅に隣接したビルでちょっと重い物を買い、それを持って駅に入ってホームまでエスカレーターで登ったら、それだけで汗だくになっていました。他にも、賞味期限をわずかに過ぎた袋入りサラダを開けたところ、熱で発酵して漬け物のにおいがしていた、などという事もありました。
 子供の頃から夏が好きで、比較的暑さには強いと自覚していたのですが、さすがにこれだけ暑いとこたえます。職場では何とか頭を働かせていますが、帰宅すると頭を使う気が起きないほどです。
 この調子でさらに暑くなるのなら、将来はどこか北のほうか山の中に移住しないとやっていけないのでは、などと思いつつ、熱帯夜を過ごしています。

2007年08月18日

地震頻発

 ここ数日、千葉では毎日何度も震度3くらいの地震が起きます。寝ている時に発生して、何事かと飛び起きた事も一度ならずあります。
 実害は何もないのですが、これだけ頻発すると、大地震の予兆ではないかと不安になります。もっとも、阪神淡路大震災の時はいきなり予兆もなくあれだけの地震になったわけです。それを考えると、これだけ小刻みに地震が起きているのは、まとめると大地震になる地殻変動エネルギーを分割して出している、という見方もできます。
 まあ、素人が勝手に考えても仕方ありません。とりあえず、最悪の事態を想定し、被害を最小限におさえる対策を考える必要がある、という事だけは確かなようです。

バリアフリー疑似体感

 家からカートに荷物を乗せて、満員の通勤電車を含む3路線乗換してビッグサイトに行きました。人が使っているのはよく見ましたが、自分で使うのは初めてです。
 たかだか数キロの段ボールを乗せたカートを引いて歩くだけですが、それだけで、自由に歩ける区間が大幅に制限されました。とにかくまずエレベーターのある場所を気にするようになります。特に西船橋駅で武蔵野線に乗換えた時、二つの経路から一つを選んだところ、エレベーターのない乗換口に来てしまった時は、「エレベーターの有無の案内表示がなんでないのだろうか」などと思いました。

 他にも色々と苦労の末に何とか暑い中、往復することができました。ちょっとしたバリアフリー問題を体感できたわけです。
 確かに駅でのエレベーター設置など、かなり便利にはなっています。ただ、施設は確かにできているが、それをいかに便利に使ってもらうか、という事についてはあまり考えていないように思えました。今日の私は、最悪、カートごと抱えて持てば、階段での移動も可能です。しかし、そのような事ができない人にとっては、まだまだ動きにくい世の中なのだな、という現状を痛感させられました。
 それにしても、あの小さいカートを引くだけで、そのような体験ができるとは思いませんでした。

2007年08月17日

結果の有無で印象が百八十度変わる台詞

 「ウルトラマンエース」に、「梶さん」というキャラがいました。ウルトラシリーズ定番の、「主人公も所属する防衛組織」であるTACの一員なのです。ただ、この人はかなり異色で、絶体絶命の非常時でもなければ戦闘には加わらない、純然たる技術専門職なのです。とはいえ、戦いの場面がないと、やはり目立つことはできません。そのため、各隊員に一回くらいはある「隊員個人のエピソード話」も作ってもらえませんでした。

 ところが、その彼が非常に印象に残った話がありました。それは、彼の開発した新兵器が設計図ごと破壊された、という時です。しかし、彼は平然と「設計図はもう一枚あります」と言い放ちます。そして、いぶかる皆の前で、自分の頭を指さしました。つまり、もう図を見なくても作れる、という自負なのです。そして有言実行で見事新兵器を作り直し、それで敵を倒していました。
 この場面の印象が強く、おかげでこの「梶さん」という名前は今でも覚えています。それくらい、この「頭の中にある」は、心に残る決め台詞でした。
 ところが先日、ある仕事をしているときに、全く同じ台詞を聞く機会がありました。その人が「梶さん」を知っているかは不明です。いずれにせよ、かつてTVで見た場面同様、自信満々の態度で彼は自分の頭を指さしました。
 しかしながら、「梶さん」とその人には決定的な違いがありました。彼は、その「頭の中にあるもの」を、どこにも具現化できていないのです。それではただの「脳内設計図」でしかありません。結果だけ考えれば、何もしていないのと同じです。
 小学生の時にその話の再放送を見たときはは純粋に感心させられた台詞でした。しかし、それから30年近くたって初めて「この台詞は、言うと同時に結果を出せるから凄いのであって、出せなければみっともないだけだ」という事に気づきました。
 それに気づかせてくれた、という意味では、この「脳内技術者」には感謝すべきなのでしょう。もっとも、仕事でこんな人に関わってしまった人にとっては、迷惑以外の何者でもないでしょうが・・・。

2007年08月14日

熱波発生装置

 夕方、秋葉原駅の乗換階段を下りようとしました。すると、急に上から熱波がきました。ただでさえ暑いなか、「熱さ」が加わったので、驚いて上を見たところ、年代物の鉄製屋根がありました。この屋根が、朝からの厳しい日差しを吸収し、そのため込んだ熱を、下を歩く人に浴びせていたのです。
 歩いているだけでこれだけの熱なのですから、表面温度はどのくらいになっていたのでしょうか。冗談抜きで、目玉焼きくらい作れたのでは、と思えたほどでした。
 もっとも、各所で改装が続いている秋葉原駅ですから、この階段部分が建て替えられる日もそう遠くはないでしょう。そう考えれば、この「天井からの熱波」も、もう数年すれば「想い出」になるのだろうか、などとも思いました。

2007年08月13日

小変貌と大変貌

 三日の間に二回ほど田町に行く機会がありました。最初はかつて住んでいた方向である慶応大学の近く、二度目は反対側の東口のほうでした。
 慶応のほうにいった時は、通りが拡張され、沿道の建物が変わっていました。特に慶応の東門が、門でありながら高層ビル(?)になっていたのは驚きました。
 しかし二日後に東口に行った時、その程度の変化で驚いていた自分の甘さ(?)を痛感させられました。かつては、駅から出た所は狭い道みたいになっており、「田町駅東口」バス停に行くには少々歩く必要がありました。ところが、10数年ぶりに降り立った東口は、駅前がバスターミナルになっており、駅への階段のすぐそこにバス停ができていました。様々な再開発を見てきましたが、ここまで駅前が変貌したのはあまり見ません。おかげで、かつての土地勘がまったくなくなってしまい、どの方向に何があるのかの見当すらつかなくなってしまっていました。
 ごちゃごちゃした駅前を整理して、バスが入れるようにしたい、という欲求は少なからぬ駅にある要望でしょう。現在の隣町である幕張も、そのために色々と苦労しているようです。それが、既に成立している街である田町で成し遂げられていたとは思いませんでした。改めて、都心部の「再開発」の豪快さに驚かされてしまいました。

2007年08月11日

重要な情報を伏せる煽り報道

 中田英寿氏が、朝青龍関の問題について、問題とされているサッカーイベントでの状況紹介を含め、見解を書いています
 中田氏は、イベントの直前に朝青龍関が優勝した事に言及し、サッカーイベントに出演できない体調ではないが、怪我の具合は良くなく、巡業を休んで治療する事がおかしいとは思わない、という旨の記述をしています
 至極当然の話です。先日、「朝青龍仮病事件」の報道についてで書きましたが、優勝したのが22日、サッカーイベントに出演したのが25日で、その間に怪我はしていません。この事実だけで、「25日のサッカーイベントに出演したから仮病」という論理が成り立たないのは明白なのです。

 ところが、中傷を意図した報道はもちろんですが、状況説明に徹した報道でも、この時間軸を書いたものを見たことがありません。たいてい、「千秋楽の後に帰国し、25日にサッカー」です。報道がキャンペーンを張ると、どんな非論理的・非常識な事でも鵜呑みにする人が多いですが、さすがに、「サッカーの三日前が本場所千秋楽だった」という事に気づかれると、煽りが失敗する危険性があると思っているのでしょうか。
 2年半ほど前に、JR西日本が百人ほどの死者が出る大惨事を起こした事がありました。ところがその「犯人」であるJR西日本が何ら関係ない社員が飲みに行った事をリークすると、事件そのものの問題より、そちらのほうがが大々的に報道されました。その煽りは成功し、その結果、「百人が死ぬほどの事故を起こした会社」より「関係ない社員が飲みに行った事」に腹を立てる人が大量に発生しました。
 今になって冷静に考えれば異常きわまりない事ですが、当時のマスコミの煽り報道を真に受けると、普通にそういう感情になってしまう人が少なからず発生してしまうのです。
 もちろんこんな事は今に始まった事ではありません。それこそ、1940年代前半には、連日のように新聞は大嘘を書いていました。そこから何ら進歩せずにここまで来ているわけですが、なぜか不思議と、読者・視聴者は煽られ続けます。
 奇妙かつ不思議な気分になると同時に、「煽りの対象がもっと物騒なものだったら・・・」と恐怖感も覚えます。

2007年08月09日

かつてのブーム商品

 外出先での昼食となり、マクドナルドに入りました。すると、冬の限定商品として大人気を博した「メガマック」が再び限定商品として売られていました。
 半年前は、どの店でも早い時間に売り切れて、実際に売られている所を見たことがありませんでした。そのあまりの人気ぶりに、ビッグマックすら食べたことのない私でも、一度食べてみたいものだ、などと思ったほどでした。
 しかし、今回の限定販売では、半年前のような事はなく、普通に販売されています。当時の事も思いだし、せっかくだから食べてみようかとも一瞬思いました。しかし、この暑い中に写真を見ると、それだけでお腹いっぱい、という感じになり、結局注文する気はおきませんでした。冬のブーム時とは対照的な在庫状況もあり、「暑い季節には向かない商品だよな」などと思いました。
 もっとも、一緒に食事した20代前半の後輩によると、よく友達と「メガシリーズ」を食べているとのこと。それを聞くと、ただ単に私が年をくっただけなのかもしれませんが・・・。

2007年08月08日

エレベーターまで挨拶

 ある程度立派なビルに入っている会社に行くと、用事がすんだ後、向こうの人がエレベーターまで見送りにきてくれます。すぐにエレベーターが来ればまだいいのですが、巡り合わせが悪くてエレベーターがなかなか来ないと、その間の時間というのは間が持たず、困ります。また、帰る客が重なったりすると、挨拶する人達も加わるため、エレベーターホールに多数の人がいることとなり、通行しづらくなります。一方、見送られる身としては、事務所前だろうと、エレベーター前だろうと同じこと、どこで別れても同じことです。むしろ、エレベーターの扉が閉まるまで気が楽にならず、わずかとはいえ、気疲れしてしまいます。
 こうやって考えれば考えるほど、この「エレベーターまでお見送り」は、見送るほう、見送られるほう、第三者のいすれにとっても面倒な制度だと思います。よほど虚礼にこだわる人を除けば、廃止して困る人はいないでしょう。たいした実害がない事とはいえ、何とかならないかと、見送られるたびに思います。

2007年08月06日

本屋と地域性

 仕事で客先に行く間の空き時間を利用して、ビル内にある本屋をのぞきました。売れ筋ランキングを見ると、仕事に関係する分野で、なかなか興味をひく内容のものがありました。その時は時間がないのでほとんど立ち読みもできませんでした。
 そこで休みの日に、内容の確認と場合によってはの購入を目的に隣町の丸善に行きました。しかし、そのビジネスビル内で人気ランキングに入っていた本は、どこにも見あたりません。ビジネス書などの場所をかなりじっくり探して見たのですが、それらしき物すらないのです。
 千葉に来てそろそろ10年たちます。これまで、筆者の住むような、都内への通勤者が多い地域の大型書店なら、都内とほぼ同じ品揃えだと思っていました。ところが、実は全然違っていたわけです。
 本と本屋に関しては、子供の頃から好きな分野で、いろいろ知っていたつもりでした。しかし、ちょっと興味の対象をずらすと、思ってもいなかった事が分かったわけです。あらためて、世の中の広さみたいなものを認識させられました。

2007年08月04日

悲惨な通り雨

 昨日の朝、家を出たら、ちょうど小雨が降り出しました。そこで慌てて一度傘を取りに戻りました。
 その時点では、「降り出したのがもう1分も遅ければ、ぬれていた。ツイていた」などと思っていました。
 ところが雨はすぐ上がって快晴に。困ったことに、昨日は客先直行です。カラッと晴れているのに、傘を持って現れた私を見て、一緒に客先に行く社員に不思議そうな顔をされ、「家を出たときは降っていた」と事情説明をする羽目になりました。
 午後にも別の客先に行く予定があったのですが、一度会社に戻る時間的余裕がありました。ところが、戻ろうとして地下鉄のホームに降りたのとほぼ同時に、「保安設備故障で運転見合わせ」のアナウンスが。代替経路で戻ると、約束の時間にに遅れるか、昼食抜きかの二択になってしまいます。そこで、仕方なく、傘を持ったまま、次の客先に向かいました。そこでは別の社員と現地待ち合わせでしたので、再度、傘を持っている理由を説明する事になってしまいました。
 家を出た時点では、空の色もかなり暗く、折りたたみを持っていくような雰囲気ではありませんでした。まあ、「雨が降るのに傘を持たず、ずぶ濡れになる」に比べれば実害はないわけだし、と自分を納得させる事にしました。

2007年07月30日

地域と性格

 「薩摩隼人」とか「土佐のいごっそう」など、地域とそこの出身者の性格を結びつける言葉があります。そういう事もあり、ついつい、出身地を聞くと、その地域出身者らしい性格を想像してしまいます。
 ところが、先日知り合ったある県の出身者は、その「地域的性格」と百八十度違う性格の持ち主でした。
 最初は少々驚きました。しかし、冷静に考えれば、同じ地域の出身者だからだといって、皆が同じ性格をしているわけではありません。もし、一定の地域で全ての人の性格が同じだったら、非常に不気味です。
 ちょっと考えてみればすぐ分かる事です。しかしながら、その人に出会うまで、なぜかその事を気づきもしませんでした。先入観というのは恐ろしいものです。

2007年07月28日

子供向けサッカー教室と相撲巡業は運動量が同じ?

 この前の名古屋場所で優勝した朝青龍関が、腰の疲労骨折で夏巡業の休場届を出しながら、モンゴルで政府や日本外務省の依頼を受けて子供を指導するサッカーイベントに10数分ほど出場して、中田英寿氏のパスを受けてシュートなどをしたそうです。
 これをフジテレビが報道したところ、例のごとく「朝青龍バッシング」が発動。産経新聞などは「引退勧告すべきだ」などと騒いでいます。

 記事を見ていると大事件が発生したようですが、果たしてそのような大騒ぎすべきことなのでしょうか。仮にこれが「朝青龍関は、相撲の横綱とモンゴルのプロサッカー選手を兼任しており、相撲は休んだにも関わらず、モンゴルの公式戦には出た」などという事なら、確かに力士として問題があるかもしれません。しかしながら、出場したのは、子供向けの行事です。別に全力を尽くしてサッカーをやったわけではありません。少なくとも、相撲を取ることに比べれば、散歩レベルに等しい運動量でしょう。
 対して、相撲の夏巡業は、群馬を起点に東北さらには北海道を回り、最後は群馬に戻る、という行程で、ほぼ毎日異なる場所で、お客さんの前で稽古・土俵入り・花相撲などを行う、というものです。子供向けサッカー教室とは消費する体力・怪我の悪化の危険性とも、次元が違うのは明白です。
 だいたい、朝青龍関は先週の日曜日に本場所で優勝したばかりです。そして千秋楽の一番で怪我したわけでもないようです。その横綱が、場所終了の数日後に行われた子供相手のサッカー教室に出れないほどまでの状態だった、というのでしたら、むしろそのほうが異常です。
 とくにこのバッシングで大袈裟に騒いでいるのが、日頃から「愛国心教育」を宣伝している産経新聞だというのが笑えます。普段の論調からすれば、「夏巡業に出れないほどの故障をした朝青龍関だが、母国政府、さらには第二の故郷である日本の外務省の要請もあり、あえてサッカー教室に出演し、シュートまで放った。これぞ愛国者の鑑だ」とでも褒め称えるべきではないでしょうか。
 一連の報道を見て思ったのは、相も変わらずバッシングを繰り広げる商業マスコミの「品格のなさ」と、高砂親方はまた弟子の足を引っ張るような発言をしているな、という事だけでした。もちろん、同様に感情的な発言を続ける協会幹部にも呆れています。朝青龍関については、こんなに身内に対して冷たい部屋・協会には早く愛想をつかし、33回目の優勝をした時点で相撲は引退して別の格闘技に転向し、そちらで頂点を目指すほうが、人生として得なのでは、とまで思えてきてしまいます。

木陰

 昼下がりに外に買い物に出たら、ムワっときました。日差しが肌に刺さるかと思えるほどの熱波でした。店舗の脇を歩いていて空調の室外機の風が当たったら、それが心地よく感じるほどの暑さでした。
 そんな中、改めて周囲を見回すと、一本の大きな木が目に入りました。以前にも書きましたが、職場の周囲は現在再開発の真っ最中。建築中のマンションが多々ある中、築40 年くらいの民家があり、その隣は地上げ済みで駐車場になっている、といった風景があったりします。その目に入った大きな木は、そのような民家の庭に生えていました。その葉で道を覆い、ちょっとした木陰を作っています。
 マンションやビルには当然ながらそのような木は生えておらず、そういう意味でもその民家と木の存在は際だって見えました。
 見ていると、周囲にいくら高層マンションが建とうと、この民家と木だけは残ってほしい、と思えてきました。それほどまでに、猛暑の中に安らぎを感じさせられた木陰でした。

2007年07月26日

1億8千万では足りない?

 以前書いたように、5月に携帯を代えました。その時、携帯屋さんから提示された番号は20くらいあったのですが、その中から語呂の良かった「090」で始まる番号を選びました。
 ところが、この番号、携帯を買ったその日から間違い電話がかかってきました。その後も月に何人かの割合で間違い電話が。しかも、かけてくる人はいずれも50代と思しき人ばかりです。しかもいずれも携帯からかかってきます。つまるところ、登録された番号にかけてきているわけです。中には深夜1時に平然とかけてくる人もいて、少なからず困っています。

 明らかに、私の番号は、彼らの知り合いである人がかつて持っていた番号だったわけです。携帯の番号は8桁で、しかも「090」と「080」があるわけですから、「0*0-0***-****」という番号がないと仮定しても、約1億8千万ほどの番号が存在しうるわけです。したがって、5千万くらい解約があっても、日本人一人あたりに異なった番号を割り振れる計算となります。しかしながら、何の手違いか知りませんが、私にはその解約済みの番号が割り当てられてしまったわけです。
 既に、解約済みの番号を割り当てざるをえないほどの状況に達しているという事なのでしょうか。このままでは、「090」「080」に続く携帯局番を作るか、東京や大阪の固定電話のように、携帯番号の桁数をさらに増やしでもしない限り、私のような被害者が発生し続ける事でしょう。いずれにせよ、当面の間は携帯を新規契約する際に「090」で始まる番号は選ばないほうが無難なようです。

2007年07月22日

街頭テレビ

 夕方、津田沼の昭和堂に行きました。帰りがけに階段を下りると、なぜか人だかりがしています。不思議に思って近づいてみたら、皆、壁についているTVの相撲中継を見ていました。ちょうど、朝青龍関と白鵬関のという、約五年ぶりとなる「横綱同士の一番」でした。それを20人くらいの人が見ていたのです。もちろん、年配の人が多くいましたが、中にはかなり若い人もいました。
 相撲のほうは、朝青龍関の快勝でした。終わった瞬間、隣の人は残念がっていました。もし負ければ琴光喜関との優勝決定戦となり、結果如何では約一年半ぶりの日本人力士の優勝の可能性があったわけです。やはり、多くの人はそれに期待していたのでしょうか。
 そのTVをとりまいて、結果に一喜一憂する人たちや、通りかかってその輪に加わる人などを見ているのはなかなか面白い物でした。かつて存在した「街頭テレビ」というのは、こんな雰囲気だったのだろうか、などとも思いました。

2007年07月21日

約束を守れない体質?

 ある人と待ち合わせの約束をしました。すると、当日になって「1時間遅れます」という連絡が来ました。次の待ち合わせをした時は、当日の変更はありませんでした。しかし、約束の時間に彼は来ませんでした。その言い訳は「待ち合わせの場所につかない電車に乗ってしまった」でした。
 そして3回目、前日に電話がかかってきました。「さすがに二度も遅れたのだから、今度は気をつかっているのかな」と思って話を聞いたところ、いきなり「待ち合わせの日は明後日でしたよね」などと言われました。会う約束をした時に、曜日を指定していましたし、相手がそれを手帳に書くのも見ています。したがって、勘違いが生じる可能性がありません。

 というわけで、おそらく、別の約束を予定の日に入れてしまい、ごまかして変更しようとしたのでしょう。実際、私が「明日でしたよね」と言ったら「あれ、そうでしたっけ」などとわざとらしい反応をしていました。本当に明後日に約束したという確信があるのなら、向こうだって予定というものがあるのですから、「いや、明後日でしたよ」と主張するはずです。まさしく、語るに落ちる、といったところでしょう。
 別に一日ずらしても差し支えがなかったのですが、あまりにも不快だったので、会うのをやめました。向こうはまだ会いたいみたいな事を言っていました。次回約束して、今度はどういう破り方をし、どう言い訳するかを聞きたい、という好奇心はあります。もっとも、ここまで約束を守れない人間と関わっても、百害あって一利なしなので、仮に会ってもそれが最後になることは間違いありませんが・・・。

ギザ十

 財布の中の小銭を確認していたら、「ギザ十」が出てきました。1950年代に発行された縁にギザギザがついている十円玉です。
 小学三年くらいの頃、なぜかこの「ギザ十」がクラスで流行した事がありました。その頃ですら「貴重品」だったわけですから、それから30年近く経った今ではさらに珍しい存在と言えるでしょう。
 その小学校の頃を思い出したりしながら製造年を確認したら、1953年との事でした。それから54年もの間、ずっと流通し続けているわけです。その間、どれだけの人が、どのような使い方をしたのだろうか、などと、ついつい考えてしまいました。
 珍しいとはいえ、流通量が多いので、収集品としての価値は全くないそうです。とはいえ、そのギザギザだけで、懐かしさをおぼえたり、その歴史に思いを馳せたりできたわけです。そう考えると、非常に価値の高い十円玉と言えるかも、などと思いました。

2007年07月20日

添加物が売りの飲料

 電車の中に「微糖缶コーヒー」の広告がありました。「微糖ながら美味さを出すため」という事で、原材料の紹介をしています。しかしながら、そこで売りになっているのは、「主役」のコーヒー豆ではありません。それどころか、水・牛乳・砂糖といった、「脇役」すら書かれていません。
 代わりに書かれているのは、「ラクトJ」「L-アラビノース」「中鎖脂肪酸」なるものでした。宣伝文によると、これが、微糖コーヒーの美味さを引き出すのだそうです。しかし、そのへんの食品工学(?)が分からない私が見る限り、それは化学の説明文にしか見えませんでした。
 かつては、食べ物に人工の物質を入れるというのは、負の印象しかありませんでした。それが今では、その物質が売りになっているわけです。意外なところで「時代の変化」というものを痛感させられました。

2007年07月18日

中国にカレー屋はない?

 最近、たまに聞く投資話に「中国でカレーのチェーン店を展開する。これまでなかったから、高確率で成功が見込める」というのがあります。
 実際に中国に行った事はないですし、もちろん資料を調べた事もありません。しかしながら、この話を聞いただけで「本当なのだろうか?」と思います。
 何せ、あれだけ人口がいるわけです。それだけ、多様な商売が存在するわけで、その中にカレー屋だけがない、というのはちょっと考えにくい物があります。
 さらに言うと、中国とインドといえば、それこそ三蔵法師がお経を取りに行ったほど、昔から交流があるわけです。それだけのつきあいがあれば、カレーが伝わらないわけがなく、逆にそれで中国にカレー屋がないのでしたら、よほど中国人とカレーは相性が悪いことになります。
 というわけで、何の情報を持っていなくても、とりあえず信用できなそうな話です。にも関わらず、一度ならず耳にするのですから、不思議なものです。
 なお、念のため、「中国 カレー」で検索しましたが、予想通り中国には「カレー食文化」はいくらでも存在していました。

2007年07月16日

先祖の祟り・その二

 以前、一人の「先祖」に対しての子孫の数を考えれば、一人の(もしくは複数の)先祖が特定の子孫に対し、「供養が足りないから祟る」などという事はありえない、という事を書きました。
 まあ、これだけでも十分といえば十分なのですが、別の観点が浮かんだのでちょっと追記します。
 今の日本の家系制度から考えると、ちょっと母系に進むと、すぐに先祖が分からなくなります。それらを調べ、さらに遡って「供養」するなど、どう考えてもできるわけがありません。よほどの名門でない限り、母親の母親の父親の墓がどこにあるか、など知っている人はいないでしょう。

 まさか、父系だけは供養しなければ祟るが、あとの祖先は放っておいても問題ない、などという事はないでしょう。というわけで、結局、「供養で先祖の祟りを防ぐ」なる事は絶対不可能なのです。
 結局、このテの商法は、「振り込め詐欺」と同レベルなのでしょう。冷静に考えれば分かるのですが、予想しない状況で心が落ち着かないところで、予想しないことを言われて、ついつい信じてしまうわけです。
 まあ、いくら広報しても「振り込め詐欺」がなくならないのですから、それより伝統のある「先祖の祟り商法」がなくならないのも無理はないでしょう。それにしても、他人の辛い状況を金にしよう、というのは、本当に嫌な考え方だと思います。

2007年07月14日

フリードリンクの罠?

 セルフサービス焼肉居酒屋でランチを食べました。ソフトドリンクがセルフサービスで飲み放題、というのはランチとしてはまあ普通の設定です。ところが、この店は夜もビールやサワーをセルフサービス、というシステムになっていました。
 ちょっと早い昼食だったので、店は開いたばかりで、客は我々だけでした。暑い中歩いていたので、早速ウーロン茶をセルフサービスで注ぎ、飲みました。
 ところが、飲んだ瞬間、口の中には、予想外の味が広がりました。ウーロンはウーロンでも、茶だけでなく、焼酎の味も混ざっていたのです。

 酒を飲むのは大好きですが、さすがに午後からも仕事があるのに飲むわけにはいきません。コップごと交換してもらう際に店員さんに確認したところ、昨日のウーロンハイの設定を変更していなかった、との事でした。おかげで、本日最初の客であった私が、不幸な(?)犠牲者となったわけです。
 それにしても、暑いとはいえ、湿気が高かったのであまり水分を欲していなかったのは幸運でした。これが、日の照りつける暑さだったら、一気に一杯開けていたかもしれません。もしそうしていたら、今日の午後の仕事はどうなっていただろうか、などと肉を食べながら思いました。

2007年07月13日

発想自体は鋭いと思うが

 かつては、「納豆には醤油をかける」というのは常識と言ってもいいほどでした。しかしながら、20年くらい前に、醤油に鰹だしなどを入れた「納豆のたれ」が同梱されるようになると、それが一気に一般化しました。中には、「おろしだれ納豆」などと、本家の納豆より、たれのほうが主となる商品名まで誕生したほどです。
 私も、それらのたれを納豆ともども愛用しています。しかし、最近ちょっと困ったたれが入っている納豆がありました。普通、たれは透明なビニール袋に入っているのですが、その商品のたれは、アメリカンドッグのケチャップ・辛子やマクドナルドのドレッシングに使われている、「両端をつまむと、中の液体が出てくる」というパックに入っています。それ自体は、袋を切る手間が省けて便利です。ところが一つ問題があります。それは、その「たれパック」に、辛子が同梱されている事です。
 納豆に辛子を混ぜる人は、ワンタッチでたれと辛子を同時に混ぜ込めて、非常に便利でしょう。しかしながら、その風習がない身としては、押す際に、辛子の部分が破れずに、たれだけ入るよう、細心の注意を払う必要が生じます。これなら、ちょっと手間をかけて袋を切った方がまだ楽です。
 切らずにたれが出せる、という発想のすばらしさは素直に認めます。しかしながら、できれば、もっと「たれのみ入れる派」の事ももう少し考えてほしかったものだ、とこのテの納豆を食べる度に思います。

2007年07月10日

酒飲みにも関わらず

 一年のうち三百日以上飲酒する生活を二十年近く続けています。それだけ酒を飲んでいる身ですが、実はいまだに「一合」という単位がよく分かりません。おそらくは徳利一本分か、升酒一杯分のいずれかとは思っていますが、正確なところは未だに分かりません。
 別に日本酒が嫌いな訳でもなく、出てくれば喜んで飲みます。しかしながら、「一合」という言葉はあまり聞いた記憶すらありません。不思議なものです。
 ちなみに、「一升」が1.8リットルであることは理解しています。こちらはいつの間ににか覚えていました。

迷った末の決断なだけに

 ショッピングセンターのレストラン街で夕食を取ることになりました。三店ほど候補があり、うち一店は、私が二番目に好きなビールの銘柄が店頭に置いてありました。かなり心ひかれたのですが、飲みに行くわけでなく、主は食事なので、メニュー優先で別の店に入りました。
 そこでビールを頼んだところ、よりによって、私が唯一苦手としている銘柄が出てきました。飲み屋だったら同じ会社の黒ビールなどを頼んで回避できるのですが、レストランですので、それもできません。迷った末の決断だったので、失望感は高いものがありました。料理自体は期待通りだったので、失敗とは思いませんでした。とはいえ、あらためて「最初の一杯」の重要性を認識させられた一件でした。

2007年07月07日

 客先に行く用事がありました。少々待ち合わせ時刻より早く着いたため、事務所の前にある公園のベンチで待っていました。その公園は道路沿いにあり、さほど広くもないのですが、鳩と雀がかなりいました。普通、これらの鳥は人間が近づくと逃げるとしたものです。ところが、面白いことにこちらがずっとベンチに座っていると、特に警戒もしません。
 そのうち、雀が近づいてきました。1mも離れていないところをピョコピョコ歩いています。いつも逃げられていたこともあり、こんな近くで雀を見たのは初めての事でした。目や体の模様もくっきり見えます。そうやって見ると、これまで持っていた雀の印象とかなり違うものがありました。
 このまま動かずにいればもっと近寄ってくるのでは、などと期待していたのですが、残念ながら、少ししたら雀は飛び去っていき、それ以上の観察をすることはできませんでした。

2007年07月04日

通園路に工事車両

 職場のあたりは「再開発」真っ盛り。数カ所で高層建築の工事が行われています。敷地内には大きな機械がが色々と設置されており、それに関連して工事用の大型車両も少なからず通ります。
 しかしながら、その大型車が通る道は、1~1.5車線。交差点ですれちがう乗用車が動けなくなって仕方なく後退するほどです。
 さらに、このあたりには幼稚園があるため、私が出勤する時間帯は、前後に幼児とその手を引く母親がたくさんいます。
 ある朝も、そんな園児が歩く中、長さ10mもあるトラックが角を曲がっていました。しかも、曲がろうとしたのを見て、現場の誘導の人が走ってやってきて「オーライ」と言い始めるといった案配です。子供がちょっと走り出したりしたらどうなるんだ、と見ているだけで怖くなるような風景でした。

2007年06月30日

風邪の功名?

 水曜日に風呂に入った後、大量の汗をかきました。そこで思い切って冷やしたのですが、それが悪かったのか、夏風邪をひいてしまいました。というわけで色々大変なのですが、一つだけいいことが。
 実はこのところ、極度の不眠に悩まされ、2時に寝れればいいほう、という生活を送っていました。ところが、風邪で体力を消耗したのか、あるいは頭が回らなくなったために精神的ストレスが減少したのか、昨日は22時過ぎくらいに就寝。気づいたら翌朝になっていました。体は不健康でしたが、睡眠に関してはここしばらく経験しなかったほど「健康的」なものでした。
 風邪をひくのは不本意ですが、一つでもいい事が生じたのは喜ばしい事でした。もっとも、当然ながら健康で規則正しく寝るのが一番いいに決まっているのですが・・・。

二色の夕焼け

 昨晩19時ごろ、職場から外を見ていたら、夕焼けが出ていました。赤いのはまだ見慣れていますが、一部が輝くような黄色になっているのには驚きました。ちょうどビルの真上に出ていたので、一瞬、火事にでもなったのか、と思ったほどでした。
写真をクリックしますと、同じ窓で大きい画像が開きます。
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2007年06月28日

縮図?

 広島の無人島が、大量の虫に岩盤を食われ、波の浸食もあって消滅の危機にある、というニュースを見ました。
 もし本当に島が消滅したら、同時にこの大量の虫も一斉に水死するわけです。しかしながら、虫たちはそんな事は分かるわけないですし、仮に分かっていたとしても、生きるためには岩を食べ続けるでしょう。
 そう考えると、その消滅の危機をむかえる島が、地球そのものと重なって見えてしまいました。我々はその虫と違い、「消滅の危機」を考える事はできます。しかしながら、発達した文明を用いて、分かっていながらむしろ積極的に地球を破壊するような事を多々行っているわけです。それは、地球と人類の未来をどちらの方向に導いているのだろうか、などと柄にもなく考えてしまいました。

2007年06月27日

気を遣われているのか、興味を失われたのか

 幼稚園の頃からの趣味の一つに将棋があります。しかしながら、今世紀に入ってからはすっかりご無沙汰しており、年に将棋の駒に触るのは多くて7日、という生活になっています。そんな中、日曜には今年二度目の将棋大会に参加しました。
 するとその日は当たりに恵まれました。特に最終戦で相手がおらず不戦勝できたのが大きく、二年半ぶりとなる、「一日フル出場して一回も負けない」という望外の結果に終わりました。

 というわけで、打ち上げでも調子こいて酒を飲みまくり、意気揚々と帰宅しました。しかし、相方は私の結果を尋ねてくれません。別に将棋に興味がないわけではなく、先日のプロ名人戦で大逆転があった時は、わざわざその事を私に教えてくれたくらいです(※ちなみに現在の私は、プロの将棋にはほとんど興味はありません)。にも関わらず、尋ねないのはおそらく、この2年半の間、「どうだった?」「勝てなかった」を繰り返していたため、傷をえぐるのはまずいと気を遣ってくれたからなのかもしれません。それとも、負けてばかりの私の成績に関する興味を失ってしまったからでしょうか。
 本来なら、ここで自分の成績をひけらかすのが筋としたものでしょうが、次回以降、また通常時に戻って、「いつものやりとり」が復活するのも情けないものです。というわけで、こちらからも結果について触れるのはやめました。
 今はともかく、若い頃は将棋の上達のために努力していた時期もありました。とはいえ、こんな考え方をするくらいですから、強くなれないのも無理はありません。まあ、自分が弱い代わりに、身内や後輩の将棋で幸せな思いをしているので、能力の割りには恵まれた将棋人生(?)を送れているとは思っているので、後悔はしていませんが。

2007年06月23日

空見

 夏至の日は、可能な限り夕方に外を歩き、日没時刻の遅さを堪能する、という趣味があります。かつては、その時期に西の方に旅行して、関東よりさらに遅い日没を見たり、逆に道東に旅行して、朝4時前に日が出るのを見たりした事すらありました。
 夏至だった昨日は天気が悪かった事もあり、今日の夕方に散歩し、「遅い夕暮れ」を楽しみました。
 別に今日一日だけの事でもないのですが、「19時になっても空が青い」というのを見ると、何か感心してしまいます。「月見」「雪見」「花見」なども好きですが、夏至の「空見」もなかなか楽しいものです。折角なので、今日はその「19時の夕暮れ」を記念撮影しました。
 写真をクリックすると、同じ窓で大きい画像が開きます。
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2007年06月20日

一串10円

 最近行きつけになった店が「定価100円の串を本日に限り10円」という企画をやっていました。元々安いため、普段から入るのにも注文するのにも一苦労、という店です。そこがこのような企画をやるのでは、ちゃんと店に入れるのか?と不安になりつつ向かいました。
 そして店のほうは予想通り。遠くから見ても店の前に人垣ができているような感じでした。そしていつも以上に苦労して注文をすると、その「10円串」が出てきました。とはいえ、乗っているのが紙皿になっている以外は、見た目も味も普段と変わりません。
 職場の仲間と二人で行き、そこそこ飲んでいたのですが、お勘定を頼んだら「1,300円」との事。一瞬、何事かと思いました。それにしても、これまで何百回も飲みに行きましたが、逆はあっても、「請求金額が安すぎて驚いた」というのは初の経験でした。ちなみに本当の請求額は二人で3,000円弱。もちろん、飲み食いした量を考えれば、これでも十分破格です。
 なかなか貴重な物を食べることができました。あと、その繁盛ぶりをみて、これで固定客が増えるなら、今日の値引きも企画宣伝費として元が取れるのだろうな、と感心させられました。

2007年06月16日

「優勝者」を失う

 職場で一挙に二人の退職者が出ました。十数人しかいない職場ですが、「二人まとめて」という事については、誰も驚きませんでした。なぜならば、その二人は社内の誰もが知る「不倫カップル」だったからです。
 職場で堂々とそんな事をしているくらいです。当然ながら仕事の能力についてもその精神状態同様でした。したがって、「辞める前にやらかしていた事の処理」は皆が心配していますが、「いなくなった後の損失」について困る人は誰もいませんでした。
 とはいえ、私もその不倫カップルの存在に恩恵(?)を受けた事はあります。それは半年ほど前、とある飲み会で「職場にいる変な人コンテスト」みたいな話題が出た時でした。「大遅刻して仕事もせずにIMを堂々とやる」だの「相手にされないにも関わらず、一回り下の社員にちょっかいを出す」だの「同僚の事をボロクソに書いたメールを上司に出す」などと言った、それぞれ強烈な人々が「出場」しました。しかしながら、その中で優勝(?)したのは、我が職場の「不倫カップル」でした。
 その会の参加者が、いずれも私にとって尊敬に値する人柄並びに観察眼の持ち主だっただけに、それを制した喜び(?)はひとしおでした。
 1年数ヶ月の短い付き合いでしたが、そこで優勝(?)させていただいた事の一点だけは、感謝しています。

2007年06月15日

三位転落

 2年ほど前から、ページごとのアクセス数を集計しています。普通のサイトの場合、トップページが一番人気になるとしたものですが、ここは違います。圧倒的1位はJRの6ヶ月定期を、不正なしに定価より数千円安く買う方法のページです。アクセス数はトップページの倍以上です。
 まあ、たいした手間をかけずに、人によっては年間1万円以上節約できる方法が書いてあるわけです。それだけ「実用的」なのですから、自己満足的な文章が載るトップの倍以上人が来るのも当然かもしれません。

 そして、表題にもあるように、このトップページが今回めでたく(?)3位に転落しました。追い抜いたのは結婚式で歌うのに最もふさわしくないのは、「死ね死ね団のテーマ」であるという、全くもって実用性のない記事です。ところが、不思議と検索エンジン(特にYahoo!)と相性が良く、「結婚式 歌われる歌」などで検索してきた人がクリックしてきます。
 特に今月はジューンブライドの季節という事なのかアクセス数が多く、ついにトップページを抜き去ってしまいました。
 毎日のように何か書いている頁が、一度書いたきりの頁より人気がない、という事には敗北感のようなものをおぼえます。しかしながら、その一方で、そのような高いSEO効果(?)がある、というのは嬉しいことでもあり、複雑なものがあります。まあ、どちらも自分が書いたものなので、複雑な気分になるのは当然なのですが。
 これからも、もう少しトップページの地位を高めるような雑記を書きつつ、「定期」「結婚式で死ね死ね団」に続く人気ページを書ければ、という半ば矛盾した思いを持ちながらサイトを続けていきたいものです。

2007年06月13日

多目的ビル

 職場近くの駅前にかなり大きな本屋があります。ちょくちょく利用していたのですが、普段は、正面入口から入って出てそのまま駅に向かう、という経路しか使わないので、その建物は本屋部分の正面からしか見る機会がありませんでした。
 ところが、ちょっと寄り道した関係でその建物を別の角度から見る機会がありました。すると、驚いた事に、そこにはプロテスタントの立派な教会がありました。しかも、1887年創立で、1929年に現在の地に移ってきたというのですから、かなり伝統があります。そして、20数年前に建て替えた際に、現在のビルとなったようです。教会による多角経営なのでしょうか。
 それにしても、同じ建物でも、教会正面から見るのと、本屋の正面から見るのでは全く印象が違うので驚かされました。
 あと余談ですが、こんな構造の本屋で、いかがわしい本などを買ったら、罰でもあたるのではないか、と無神論者の私ですら思いました。

2007年06月10日

6月定番の組み合わせ

 散歩をしていました。道ばたの紫陽花をふと見たら、午前中の雨の影響もあってか、花の上に小さいカタツムリが乗っていました。「6月の紫陽花にカタツムリ」というのはある意味定番です。しかしながら、小学4年くらいに当時の家の近所で見て以来、30年近くごぶさたしていました。懐かしさをおぼえると同時に、なぜ約30年前の事を覚えていたのか、我ながら不思議になりました。
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2007年06月09日

新聞の読み方を指導(?)する暇があるなら

 以前から、JTが喫煙マナーの向上をうながす広告を電車内などに出しています。あくまでも対象は「歩きたばこ」や「ポイ捨て」など論外にあたるものばかりが対象で、本質的な問題である「どんなに正しく吸っても隣の非喫煙者には迷惑でしかない」事並びに、「吸う人にとっての健康への悪影響」については何らふれていません。しかし、喫煙マナーを少しでもまともにするこの広告には、まあ好感は持っていました。
 ところが、最近に見たものは、意匠はそのままでしたが、内容がちょっと変化していました。広告の半分は従来通りの「喫煙マナー」です。ところが、残り半分は「電車内で新聞を広げて読むと迷惑だ」みたいな、喫煙と関係のない「マナー向上」をうながすものになっていたのです。
 しかしながら、今の通勤電車で、新聞を広げて読むような人はいません。今更JTなんぞに言われなくても、皆、可能な限りたたんでいます。
 そのようなほとんど存在せず、かつ自社の製品と何ら関係ない事についての「マナー向上」をうながす必要がどこにあるのでしょうか。そんな金と広告紙面があるならば、最初に書いたような本質的な問題について掲載すべきだと強く思いました。

2007年06月08日

立ち飲み屋

 仕事帰りにちょっと一杯、という時に、会社近くの立ち飲み屋を愛用しています。待たずに必要な時間だけ飲めるため、短時間ですみ、そして何より値段が圧倒的に安くすみます。同じ事を考える人は少なくないようで、いきつけにしている店は、19時ちょっと過ぎに来ても既に満員で入れない、という事も少なくありません。
 そして仕方なく駅まで歩くと、途中でチェーン系の居酒屋の店員さんが路上でチラシを配っていたりします。それを見ると、立ち飲み屋の人気ならびに、会社員が帰宅前の一杯に費やせる予算が減っている事をあらためて実感させられます。まあ、人のことは言える立場ではないのですが・・・。

2007年06月07日

「6月6日」のコックさん

 「6月6日」を代表する歌(?)と言えば「かわいいコックさん」でしょう。落ち着いて考えてみれば、蛙が家鴨になり、さらにコックになるというのは奇妙な話ではあります。だいたい、彼(?)をコックさんたらしめている、フライパンとコック帽については、「絵描き歌」の歌詞には含まれていません。その部分は「あっという間に」で片付けられています。
 子供の頃から何も考えずに歌っていましたが、考えてみれば、かなり奇妙な歌だなと思いました。

 あと余談ですが、中学の時に読んだ「うる星やつら」で、高橋留美子先生がこの絵描き歌を実践していました。もちろん、超一流の漫画家が描いても、ほとんど変わらない「コックさん」ではあります。ただ、この絵描き歌にはオチ(?)があり、最後にこの「コックさん」が一礼します。この「礼をするコックさん」は読んでから24年近く経った今でも、非常によく覚えています。

2007年06月06日

和風エアロビクス

 通勤経路の曲がり角に、「かっぽれ教室」のポスターが貼ってありました。妙齢の女性が「かっぽれ」のポーズを取っており、宣伝文句として「江戸芸・かっぽれ」とともに「和風エアロビクス」と書かれていました。毎朝見る度に「和風エアロビクス」とはすごい宣伝文句だな、心惹かれるが、さすがに「かっぽれ」教室に通う気も時間もないしな・・・と思っていました。
 ところが今日、いつもの角を曲がろうとしたら、そのポスターがありません。教室が終わってしまったのでしょうか。気になって調べてみたら、ポスターに出ていた女性は先代の家元で、4年前に70歳になったのを機に跡を譲った、などと書いてありました。
 もちろん好きだからとはいえ、自ら「和風エアロビクス」と言うほどの激しい動きを人に教えていたわけです。もしかしたら、限界を悟って教室をやめたのだろうか、などと思いました。
 そうなってみると、入門は無理とはいえ、一度「和風エアロビクス」を見学くらいしておけば、と少しばかりですが残念に思いました。

2007年06月03日

紫陽花

 外を歩くと、至る所で紫陽花が咲いています。色・咲き方もさまざまで、違いを見ているだけでも飽きません。それにしても、この季節になるたびに不思議なのですが、普段は同じ所を歩いていても、紫陽花の存在にすら気づきません。もちろん、花が咲いていないから目立たないのは当然です。しかし、同じ「季節モノ」でも、桜だと、その幹を見れば一年中存在は分かります。そして、「これだけの並木なら、季節になればさぞ壮観なのだろう」などと想像することもできます。
 しかし、これが紫陽花だとそうはいきません。よく散歩するところに「あじさい通り」と名付けられたほど植わっている場所があるのですが、そこでも今の季節以外は「紫陽花」という存在を認識する事はありません。
 花以外にこれといった特徴がないからなのでしょうか。我ながらちょっと不思議です。

2007年06月02日

残業代がわりの珍経験

 仕事が一通り終わり、後は連絡を一通だけ出す、という状態になりました。ところが、その連絡文書をチェックした人が「修正」を入れたのですが、その部分がとんでもない内容になっていました。再修正を依頼したいところですが、その人は重大な打ち合わせに。おかげで、それが終わるまで待たされる羽目になりました。
 余計な事しなければ、この文章を出してもうとっくのとうに帰っているのに・・・などと思いながら空しく待っていました。ところが、その打ち合わせでシャレにならない大変な事があったようで、その担当者は精神状態の平衡を失っていました。おかげで、普通に働いていたら聞く機会がまずなさそうな、貴重な奇言・珍言を沢山耳にする事ができました。これだけ聞ければ、延々と待った甲斐もあったか、と思えたほどでした。
 今日も含め、普段から他人の尻ぬぐいで遅くまで残らざるをえない事が多々あります。そのたびに空しい思いをしたものですから、たまにはこんな役得(?)があってもバチはあたらないだろう、などと思いました。

2007年05月31日

「顔の一部」を破損

 午前中、仕事をしていたら、左耳付け根に違和感をおぼえました。触ってみると、眼鏡のつるの所に変な感触があります。外して見てみたら、つるの先端がポッキリ折れていました。朝起きてからずっとかけていたのですが、それまで気づきもしませんでした。不思議なものです。
 この眼鏡は8年ほど前に買いました。度があわなくなったので、現在は室内専用として使っています。ただ、購入時に紆余曲折があった事もあり、少なからぬ思い入れがあります。そのため、今のところ、特に問題はないのでこのまま使い続ける予定です。
 それにしても、いつどこで折れたのか、さらにはなぜそれに気づかなかったのか、ともに不思議でなりません。思い入れがあるだけに、破片が見つかったら修理に出そうと思っているのですが・・・。

2007年05月29日

「いいですか?」と言われても

 ある取引先に電話して担当者を呼ぶと、「少々お待ちいただいてよろしいですか?」と言われます。当然ながら少々待つと担当者と話ができるわけですが、たびごとにこの「問いかけ」が気になります。仮に「待てぬ。すぐに出せ」と言ったところで、つながるまでの時間が短縮されるわけがありません。したがって、ここでの「いただいてもよろしいですか?」は、単なる「ください」と全く同じ意味です。ならば、存在し得ない選択肢など出さず、率直に待つ必要があると説明すればいいと思うのですが・・・。
 ほんの数十秒の待ち時間ですが、言われるたびに気になると同時に、「よろしくないですな」と言いたくなる衝動にかられてしまいます。

ニッチなトップメーカー?

 今月に入って職場に後輩が三人入りました。仕事の事のみならず、雑事でも尋ねられたら、可能な限り答えるようにしています。そんなある日、後輩の一人から、「黒糖梅酒で有名なメーカーはありませんか?」と尋ねられました。
 確かに私は酒好きに加え、奇妙な飲み物が大好きです。そういう意味では、職場の中でその質問を受けるのは私が最適だったのかもしれません。とはいえ、さすがに梅酒のメーカーなど、「チョーヤ」しか知りません。だいたい、黒糖梅酒なるもの自体、聞いたことも飲んだことがありあません。そこで素直に「梅酒といえばチョーヤだろうけど、黒糖梅酒は分からない」と答えました。
 後ほど、個人的興味をかねて、「黒糖梅酒」で検索したところ、一番上にはその「チョーヤ」が出てきました。そう考えると、私の回答(?)は正しかったようです。もちろん、「黒糖梅酒」自体を知らなかったので意味はないのですが・・・。
 それにしても、世の中にはいろいろな事を尋ねる人がいるものだと、驚かされました。

2007年05月26日

ドラ猫

 ドラ猫といえば、最長寿アニメ「サザエさん」の歌の冒頭に出てくる言葉であり、かつそれに次ぐ長さを誇る「ドラえもん」の語源となった言葉でもあります。それだけ一般的ながら、私は38年生きてきて、いまだかつて「ドラ猫」というものを見た事も聞いた事もありません。以前住んでいた家は、隣の公園が猫のたまり場みたいになっていました。しかし、その猫の事を「ドラ猫」と言う人は、年齢を問わずいませんでした。もちろん、自分でも「あ、ドラ猫」などと思った事はありません。
 ネットで調べてみても「野良猫がなまった」とか「ドラ息子から転じて」など、はっきりした由来は確立していない感じでした。
 存在も意味もはっきりしていないにも関わらず、二つのアニメのおかげで、極めて一般的な言葉になっているわけです。有名な割りには謎の多い「ドラ猫」なる生物、ある意味、ツチノコに近い存在なのかも、などとも思ってしまいました。

2007年05月22日

相撲界と連動するサイト?

 昨日発売の週刊現代が、新たな「相撲界八百長疑惑」を報じていました。おかげで、当サイトのアクセス数が増加しています。
 当サイトに載っている相撲関係の記事は三つしかありません。しかしながら、その扱っている対象が、元横綱双羽黒の北尾氏と元小結の板井氏と横綱審議委員会なのです。そのため、数年前に朝青龍関について、スポーツ界並びに言論界で大不評を買っている某横綱審議委員(当時)が、「双羽黒のように辞めさせる事ができる」などと発言した直後は、「双羽黒・北尾」で検索して来る人が続出し、トップだけでも通常の5倍以上の人が来たりしました。
 また、板井氏に関する文章に、アメブロニュースの八百長報道に関する記事からリンクが張られているため、今回のような八百長報道があるたびに、来る人が増えます。

 ちなみに、個人的には、「相撲の八百長疑惑」だの「関係者の証言」だのと言った記事は見慣れすぎているので、少々の事では何とも思いません。もしそのテの記事で私が衝撃を受けるとしたら、「2004年名古屋場所の朝青龍関-琴ノ若関(当時)戦は実は八百長だった」か、「2001年夏場所優勝決定戦で、武蔵丸関(当時)は、実は何が何でも勝つつもりで土俵に立っていた」のいずれかくらいでしょう。
 ところで、話が少々ずれますが、これに関連した、非常に気になっている事があります。それは、今回のように、相撲の「八百長ネタ」はその記事自体をニュースとして、他メディアが取り上げます。ところがこれが「読売球団の裏金ネタ」だと、同じ週刊現代の記事であるに関わらず、記事そのものはニュースにならず、「読売球団が提訴を検討した」という形でしか取り上げられないことです。
 同じ雑誌が書いた同じような水準の記事なのに、なぜここまで扱いが違うかは非常に不思議です。

2007年05月21日

留年する夢

 たまに、学校を留年する夢を見ます。つい最近までは、「授業をさぼっていたら、履修届けも出さず、大学の留年が決まる」というものでした。ところが、昨晩は、夢の中の自分が若返っており、「高校の授業が全然分からず、留年を覚悟する」というものでした。この調子だと、次の夢では中学卒業ができなくなるのでしょうか。
 別に、学生時代にそのような過去があったわけではありません。お世辞にも「優秀な生徒・学生」ではありませんでしたが、普通にやることをやって、無難に卒業していました。にも関わらず、なぜこんな夢を何度も見るか、不思議でなりません。
 単なる偶然なのか、ぞれとも自分の深層心理が何かを訴えかけているのか分かりません。いずれにせよ、目覚めが悪いので、あまり見たくないシリーズの夢です。

2007年05月20日

五日がかりで書いた短文

 こんなサイトをやって毎日のように何かを書いているくらいですから、巧拙はともかく、文章を書くことは好きです。また、仕事で文章を頼まれた時も、かならず期限内に「納品」する自信があります。
 ところが、実はこの五日間ほど、ある文章を書こうと思ったにも関わらず、なかなか思ったものが書けなくて苦心していました。字数にして百字たらずですから、ここの「身辺雑記」より短い内容です。しかも、内容は28年来のつきあいがある人の紹介文です。思い立ってから毎晩、文案を書いては満足できず、翌日のばしにしていました。それを三日ほどやってついに諦め、週末のまわしてしまいました。
 そして今日、何とか数時間かけて仕上げました。ただ、読み返しても満足がいく内容ではありません。まあ、これまで28年にもわたっていろいろ助けてもらった人です。それだけの積み重ねがあるだけに、的確に書こうと思えば思うほど、うまくいかないのは当然かもしれません。というわけで、自分としては完璧にほど遠い内容ですが、なんとか書きあげました。
 あらためて「自他共に満足できる内容の文章を書く」という事の難しさを認識させられました。文章力・感性ともに修行をつみ、いつの日か満足できる紹介文を書きたいものです。

2007年05月19日

お出口

 一般的な日本語では、「出口」「入口」に「お」をつけません。ちなみに、「お入口」で検索をかけたところ、一番上は、その表記について強い違和感を覚えた人のブログ記事でした。
 ところが、電車の車内放送では、長年にわたって、駅到着時にどちらの扉が開くかを案内する際に、「お出口」という言葉が使われ続けています。いわゆる「お出口は右側です」というやつです。ちなみに私は子供の頃、車内放送の真似をするのが好きだったのですが、最初、その「お出口」をなぜか「こ出口」と聞き間違えており、電車の中で車掌さんの声にあわせて「こ出口は右側です」と言っていたものでした。
 そう考えると、「お出口」は、「電車放送用語」なのかもしれません。

 話は大きく変わりますが、「お出口(出口でも同様)」で検索をかけると、一番上にはYahoo!のトップページが出てきます。もちろん、そのページに「出口」などという言葉は一言もありません。
 しかしながら、少なからずサイトが、リンク集を「お出口・出口」と表記し、その多くにYahoo!が記載されています。そのため、「お出口・出口」と書かれているページから最もリンクされている、という事でYahoo!が一番上に来るのでしょう。意外なところで、検索エンジンの習性を知ることができました。

2007年05月17日

つかめないきっかけ

 ちょっとした会合がありました。用件は完了し、時間は22時をまわります。しかし、なぜかとりとめのない雑談が続き、誰も帰ろうとしません。場所は都内なのですが、私を含め、参加者のほとんどは県境を越えての帰宅です。ところが、誰一人帰ろうと言い出しません。
 その時、近くに出かけていた嫁さんから、用事が終わったとのメールが入りました。そこで、渡りに船とばかりに、お先に失礼させてもらいました。すると、それまで雑談をしていた人が皆、私についてきました。もちろん、その会合で私が中心人物というわけではなく、むしろ、チョイ役的な位置づけです。にも関わらず、それがきっかけで「深夜の時間つぶし」は終了しました。
 その素早い解散ぶりをみると、どうやら皆、帰ろうという意思はあったようです。それが、皆が周りに気を遣ってしまい、お互いが牽制(?)していたようです。
 やはり、こういう時は、余計な気など遣わずに、「帰りたい」と率直に本音を言うのが正解なのだろうな、とつくづく思いました。

2007年05月16日

JAPAN+Net=?

 ジャパンネット銀行という会社があります。名前の通り、インターネット専業銀行です。諸事情により、たまにこの会社の事が話題になる事があります。ところが、その際、七割方の人が正しい名前を呼びません。ついみんな「ジャパネット銀行」と呼んでしまいます。
 本来なら「ジャパンネット」のほうが正しいわけです。しかし、発音するにあたって「ン」の次に「ネ」が出るのは言いにくいのもまた事実です。
 それに気づいたとき、正式名称より発音のしやすさを優先して名前をつけた「ジャパネットたかた」の名付けの感覚がすごさに気づきました。さすがは町のカメラ屋さんを一代で誰もが知る通販会社にしただけの事はあるな、などとも思いました。

2007年05月15日

姓と名

 ある会社から、メールをもらいました。その会社のルールなのか、メールアドレスは、「姓.名@企業名」となっているのですが、差し出し者は「名.姓」をローマ字表記、となっています。もちろん、これが平凡な名前でしたら、「oono.takasi@企業名.com」で差出人名が「takasi.oono」となっていても、何という名前の人か間違える人はいません。
 ところが、そのメールのCCに入っている宛先の中に、姓名とも「姓にも名にも使える文字」が使われているのです。たとえて言うなら、「syouzi.izumi」と言った感じです。
 一瞬、この人はどちらが苗字でどちらが名前なのだろうか、と悩みました。もちろん、他の人のメルアド・差出人名から類推した結果、どちらが苗字かはすぐに分かりました。とはいえ、そそっかしい人だと逆だと思いこんで、相手先に電話するときに、苗字のつもりで名前で呼び出してしまい、「あつかましい人だ」と誤解されるのでは、などと心配してしまいました。まあ、これは単に自分がそのような「そそっかしい人」であるがゆえの杞憂なのですが・・・。

2007年05月13日

巻き爪

 数年に一度、足の親指が痛くなります。12年くらい前、最初に発症した時は原因が分からず病院に行きました。すると、足の爪が指の方向に伸びて刺さる「巻き爪」だ、と言われました。
 その後、足の親指が不思議と痛くなるたびに「なぜだ?→思い出した、巻き爪か→じゃあ食い込んでいる爪を切ろう」というのを繰り返しています。そして、そのたびに「指先を守るために堅くなったはずの爪が自らの指を痛めるとは理不尽な」などと我が事ながら不快に思います。
 まあ、そのように体の機能が本来の働きをせずに、逆に体に害をなす、という病気は少なくないので、仕方ないのでしょう。あと、巻き爪になるたびに、「次からこまめに爪を切ろう」と思うのですが、何年もするとすぐ忘れ、再発してしまいます。典型的な「喉元過ぎれば熱さを忘れる」なわけですが、我ながら困ったものだと思っています。

2007年05月11日

改ざん広告

 とあるビール会社がサッカーの全日本とタイアップした広告を出しました。ところが、「満員の日本代表サポーターの球場」の写真を作るのに、Jリーグの浦和レッズの試合を改ざんして使用。レッズサポーターの赤で一色となった球場の赤を青にして「サポーターで青く染まった球場」を作ったとの事です。
 サッカーの事は全然分かりませんが、これがかなり非礼である事くらいはよく分かります。少なくとも、作った側には、その球場にいたサポーターが改ざん写真を見たらどのように思うか、という想像力が完全に欠如していたようです。
 ちなみに、改ざんが判明した時点でビール会社のサイトにはお詫びが載っていました。しかし、今日帰りに乗った電車には、その「改ざん広告」がそのまま載っていました。一度出した広告をどのように管理しているか知りませんが、速やかに撤去する努力をしなければ、詫びたことにならないのではないでしょうか。仮に自分がレッズサポーターだったら、これを見た時点で、二度とここのメーカーのビールは買わないだろうな、などと、その改ざん写真を見ながら思いました。

2007年05月07日

連休ボケ?

 四日ぶりに会社に行きました。特に連休明けだからといって、何事もなく、普通に仕事をしていたはずでした。そして、いつものように客先に電話したところ、折り返すとの事なので会社の番号を言おうとしました。すると、自分の会社の番号をど忘れしている事に気づきました。おかげで、十数秒後に思い出したため、事なきを得たのですが、その十数秒間は妙に長く感じました。
 意外なところで「連休ボケ」があったようです。それにしても、普段出先から電話する時に何度も番号を打っているのに、なぜたかだか四日休んだだけで、一瞬とはいえ、記憶から飛ぶのでしょうが。頭の作りというのは不思議なものです。

2007年05月05日

「気味」が抜けない

 2日あたりから喉が痛く、風邪気味です。そういう事もあり、連休中はあまり出歩かず、マリンスタジアムに行くのも控えました。おかげで悪化はしないのですが、なかなか抜けず、風邪気味の状態のまま4日ほど経過しています。
 悪化しなかったのは連休のおかげでのんびりできたおかげとはいえます。そういう意味では幸運と言えるかもしれません。とはいえ、やはりせっかくの連休を万全の体調で過ごせなかったのはちょっとした損失感があります。まあ、結論だけ言えば、やはり常に健康なのが一番、という事なのでしょう。

2007年05月03日

ガリガリ兄妹

 仕事していたら、なぜか60円のアイスキャンディーの差し入れがありました。折角だからと袋を見たら、名前はガリ子ちゃんとのこと。この会社の主力商品の「ガリガリ君」なるキャラの「かわいい妹」との事です。
 他の類似商品は全てガリガリ君で統一されているのですから、これだってそのブランドでもいいはずなのに、わざわざ「妹キャラ」を作ったわけです。何らかの期待が作り手にあったのでしょうか。

 ただ、この「かわいい」という宣伝文句は、見る側としはて微妙なものがありました。もちろん、「かわいい」というのは主観によるものです。とはいえ、口の部分が、目から上の部分の3倍くらいもあるキャラを「かわいい」と思うのはかなり難しいのでは、と思わざるをえません。
 まさか、ちまたの「妹萌え」に便乗しようとしたのだろうか、などと肝心のアイスキャンディーの味よりそちらのほうばかりが非常に気になった、午後のひとときでした。

2007年05月01日

人前では行えない肩こり対策

 春先あたりから、肩こりに悩まされるようになりました。色々あって、これまで以上に仕事でパソコンに向かう時間が増えたのと、年齢によるものかと思われます。一度マッサージを受けて、そこそこ楽になったものの、時間がたつとまた戻ってしまいます。毎回毎回マッサージを受けるわけにもいかないので、対策をいろいろ考えてみました。
 そこで思いついたのが、休みの日に行う散歩の活用でした。当然ながら、歩くだけでは下半身の運動にしかなりません。その間は、肩の周辺は何も運動していないわけです。
 というわけで、散歩に上半身運動を加えて見ることにしました。歩くときには手が動くわけですが、その振りを大きくして、肩さらには脇腹の筋肉も動かすようにしたわけです。

 自己流ながらそこそこ効果がありました。とりあえず、同じ距離を歩いても汗をかく量が違います。さらに、狙い通り、普段動かさない上半身の筋肉を動かすようにしたことにより、肩こりもだいぶ楽になりました。
 というわけで、それ以降、愛用をしているのですが、一つ重大な問題があります。そのような派手に腕を動かして歩く姿は、想像するだけでかなり奇妙です。街中でそんな歩き方をして許されるのは、デューク更家さんくらいなものでしょう。
 別に近所に知り合いがいるわけではありませんが、やはりそのような歩き方をして他人に変な目で見られるのは嫌なものです。そこで、なるべく人通りの少ない道や人気の少ない公園を探して、この「肩こり対策散歩法」を行う習慣ができつつあります。

2007年04月28日

連休開始

 大型連休が始まりました。今年も運良く、暦通り休めます。とはいえ、予定と言えば野球観戦と、都内の実家に里帰り(?)するくらいです。
 というわけで、初日の今日は、特に何もせずに過ごしました。しかしながら、不思議と一日が長く感じました。ちょっと得をした気分ですが、おそらく、5月6日には、毎年のように「あっという間の連休だった」と思っているのでしょう。やっておきたい事はいろいろあるので、せいぜい有意義に過ごしたいと思っています。

過去の共有と現在

 大学時代を一緒に過ごした人と飲む機会があります。その時、在学中の話で盛り上がることがよくあります。20年くらい前の話なのですが、話していると、つい先日の事のように思えてくるから不思議です。
 一方、前の職場の人とも飲む機会があります。当然ながら、私がいた頃にあった事が話題になるのですが、これがまた不思議です。相手にとっては、現在につながっている事なのですが、私にとってそれは、現在の生活とは切り離された思い出です。そうなると、ほんの数年前の事でも、向こうとこちらでは全然違う感覚になっている事が話していてわかります。
 同じ、「共有している過去」でも、現在とのつながり方の違いによって、会話している時の感覚が全く異なってくるから不思議なものです。これからも、色々な人と会っていくのでしょうが、どんな形で過去を共有できたりできなくなったりするのだろうか、などと思わされた一連の会話でした。

2007年04月26日

一度見てみたい光景

 昼下がり、急に空が暗くなったと思ったら雷が鳴りました。さらに雲が切れて日が差したと思ったら、同時に激しい雨が降り出しました。日が差すのと同時に豪雨、というのは生まれて初めて見ました。
 変な天気だと話している内に、隣の席の人が、かつて「雨と晴れの境界線」を見た話をしてくれました。何でも、数メートル先では雨が降っているのに、自分のいるところは晴れていたとの事でした。
 若い頃、鉄道旅行をしていた時、ある場所から突然雨が降り出した事がありました。そしてしばらくしたら、すぐにやみ、そこでは雨の気配すらなかった、という事がありました。それを見て以来、一度その「雨と晴れの境界線」を見たいと思ったものでした。それを実際に見た人が身近にいるとは思わず、驚きかつうらやましく思いました。
 「経験者」の存在を知ると、余計見てみたいもの。よほどの運がないと難しいでしょうが、ぜひとも生きている間に一度は見たいものです。

2007年04月25日

いくら何でもその名前では・・・

 mixiには「足あと」という機能があり、自分のページに誰が来たかが分かります。そして、自分の所に知らない人が来ると、ついつい誰なのか興味を持ち、その人のページに行くのは、私のみならず多々います。
 その機能と性格を利用し、胡散臭い商売をやっている輩が、手当たり次第に「足あと」を残す、という事が少なからずあります。私のページの「足あと」でも、知らない人に関しては、半数近くがその類です。そして、クリックしてしまい、胡散臭い宣伝文を見た後は「またかよ・・・」と不快な思いをします。

 ところが、今日の「足あと」にもそのテの輩がいたのですが、そのページを見て不快な思いをする事をせずにすみました。何しろ、そこにあった名前は、あからさまに「私はインチキ商売をやっています」と宣言しているようなものだったのです。
 どこの誰だか知りませんが、おそらく、懸命に「足あと」をつけまくっているのでしょう。そして教わったほどその「効果」がないことに悩んだりしているのだろうか、などと思い、苦笑させられました。そのような商売をやる事自体はもちろんですが、そのあからさまに怪しい名前をつける事も、私の理解の範疇を越えています。
 世の中には色々な人がいるものだと、改めて思わされました。

2007年04月20日

差別化の方法

 職場の前で、公明党の候補者が選挙運動をしていました。ピンクの法被を着た集団で練り歩き、マイクを持った人間が「今、○○候補が歩いて皆様の町にやってきました」などと言っています。
 以前、別なところで、「今、××は自転車に乗っております」などとマイクで言いながら選挙運動した輩を見たことがありますが、歩いたり自転車に乗ること自体が宣伝文句になる意味がよくわかりません。
 どうせ、他と違うことをやって目立とうとするなら、自分たちしかできない事をやって差別化をはかってほしいものです。それこそ、支持者と一緒に「本業」をやりながら、「今、○○候補がお題目を唱えております!」などとやれば、歩くより百倍は印象づけられると思うのですが・・・。
 ついでに言うと、歩いたり自転車に乗れる事を売りにする、というのは、身体的な理由で歩いたり自転車に乗れない人にとって失礼にあたるのでは、とも思いました。

2007年04月17日

意外に長かった時間

 朝、電車で端の席に座れたので、脇に傘をかけて寝ていました。そして下車駅について降りて、ホームを歩きかけたとき、「本日、傘の忘れ物が多くなっています」という放送が。その時、自分が傘をかけっぱなしにしていた事に気づきました。
 既にかなり歩いていたのですが、とりあえず電車に飛び乗り、一車両分ほど歩いて座っていた席に行き、傘を発見しました。乗り直した時は、次の駅まで行ってもいいと思っていたのですが、運良く、まだ扉が開いており、「駆け下り降車」しました。
 急いでいて動きが速かったせいもあるのですが、意外に停車時間とは長いものだと感心しました。ただ、自分がいい思いして言うのもなんですが、このような「駆け込み」 駆け下り」は運行上、いいものではありません。そう考えると、社内はともかく、ホームでの「傘の忘れ物注意」放送は一考の余地があるのでは、などとも思いました。

2007年04月16日

買う気が消える効果のあるチラシ

 マンションのチラシが入っていました。それ自体は日常茶飯事です。ただ、そのチラシは、これまでのものとは違っていました。マンションにつきもののローンの条件がかなり目立つのです。しかも、そこには、対象となる条件として、「借金をしている方」さらには「他でローンを断られた方」などと書かれていました。
 このような文面は、街中に貼ってあるサラ金よりさらに利率の高い金融業の広告によく書かれているものです。同じ「借金」とはいえ、まさかそれをマンションのチラシで見るとは思いませんでした。
 マンションの写真自体はなかなかこぎれいでした。しかし、こんな宣伝文句を並べるような業者だと、仮に買う意思と金があっても、絶対に取引できないな、と思いました。

2007年04月14日

キャッシュレス

 床屋に行くために外出しました。家を出た瞬間、鞄を持っていない事に気づきました。一瞬、何かまずいような気がしましたが、「まあ、床屋に行って帰るだけだから、手ぶらでいいだろう」と思い、そのまま向かいました。ところが、数百メートルくらい歩いた時、重大な事に気づきました。それは「財布は鞄の中に入っている」という事です。
 別に、たまたま休みの日だから、というわけではありません。半年ほど前にポケットの中に入れていた財布を落として以来、財布は鞄の中に入れると決めています。

 にも関わらず、手ぶらだと知っていても引き返さなかったのは、財布を使う機会が激減したからです。たいていの支払いは携帯に入っている電子マネーですんでしまうからで、最近では三日ほど現金に触れない日も珍しくはありません。そのため、「財布の入っている鞄を持たない」という事の重要性をあまり自覚できなかっったのです。
 ちなみに、財布がないと気づいた時も、目的地が千円札専用の床屋であるにも関わらず、「携帯で何とかならないか」と思ったほどでした。
 きっかけは極めて間抜けなものでしたが、おかげで、時代の変化に伴う自分の感覚の変化、というものを自覚できました。

2007年04月12日

「お詫び」に見る自負の表れ

 大規模家具販売店舗で知られる、IKEAのサイトを見る機会がありました。すると、トップページの真ん中あたりに、赤い「×」マークが点滅していました。「×マークとは面白い宣伝だな」と思ってよく見たところ、不良品のお知らせでした。何でも、ある花瓶の底が抜け、世界中で7人が怪我をし、うち5人が病院で治療を受けた、とのこと。そして、返品する際の注意事項まで細かく書いています。
 客に迷惑をかけた時に、トップページに「お詫び」を載せるのはまともな企業なら当然の行為です。とはいえ、何の興味もない人にもわざわざ気づくように目立たせる、というのはあまり知りません。このあたり、会社の姿勢、さらには自社販売製品に対する自負心まで伝わってきました。いろいろな意味で大変に参考になった「目立つお詫び」でした。

2007年04月07日

日本語ブログの数が

 何でも、日本語のブログの数が、英語を越えて世界最多となったそうです。全人口の50分の1以下程度の使用者数である日本語が、ブログの数で一位になると言うのは興味深いものです。
 もちろん、これには識字率やPC・携帯の普及率の高さがあるのでしょう。ただ、そういう要因の他に、「表現をしたがる」という風土もあるのかも、とも思います。たとえば、個人が作った漫画などを売るコミックマーケットに1日10万人も集まる(一説によると世界最大規模の屋内イベントだとか)わけです。
 そのあたりから考察すると、これまで言われたのと違う「日本人論」が作れるのかも、などと思いました。
 私としても、これからも「世界一」を維持する一助となるために、今後もいろいろ書いて行ければ、と思っています。

2007年04月06日

席の需要と供給

 毎朝の通勤で座れなかった場合は、途中の西船橋で降りて、始発列車に乗り換えます。というわけで、今日も整列乗車をしていたのですが、目の前の人が自分は余裕で座れるにもかかわらず、なぜか両腕を広げて私の進路を塞ぐのに執着していました。おかげで座れずに、もう一本待つことに。今度は余裕で座れたのですが、私の隣の席には何故か誰も座りません。周囲には立っている人がちらほらおり、ホームには、その次の列車を待つために並んでいる人すらいます。
 普段なら別にどうとも思いませんが、直前に妙な妨害にあって座れるものが座れなかっただけに、なんかすごい奇妙な気分になりました。数分してやっと隣の席が塞がった時は、不思議と安心感をおぼえたほどでした。それにしても、朝からこんな割りの悪い思いをするとかなり損した気分になります。

2007年04月04日

これが本当の風花?

 昼下がり、職場の窓から外を見たら、何か飛んでいました。4月になって雪?などと思って見てみたら、散った桜の花がビル風に煽られて舞い上がっていました。10階まで届くのですからすごいものです。その空中を舞う花びらは、なかなか美しいものがありました。「風花」とは雪を花びらにたとえたものですが、これこそ本当の「風花」だなと、数分の間ですが、珍しい経験ができました。
 なお、後で知ったのですが、今日の激しい雷雨の中、都内では本当に雪も観測されたそうです。桜の散り際と雪が同じ日、というのもかなり珍しい事かと思われます。

2007年04月01日

プチ花見

 昼前に近所の公園まで花見がてら散歩に行きました。昨日の夕方外出した時は、小雨模様という事もあったので、かなり肌寒いものがありました。しかし今日は、Tシャツの上に薄物一枚来ただけなのに、ちょっと歩いただけで汗ばむほどの陽気でした。
 昨日の暴風があっただけに、桜のほうはどうなっているかと思いましたが、何もなかったかのように咲いていました。意外に強いものです。
 バタバタしていて、なかなか本格的な花見はできそうにありません。というわけで近場で代用しましたが、それはそれで楽しめた「プチ花見」でした。

2007年03月31日

送られたり送ったり

 職場の後輩の送別会がありました。気もあったし、いろいろ助けてもらった事もありました。また、いなくなった来週からの事を思い不安になる、という事もありました。というわけでで、1年にも満たないつきあいながら、いろいろな意味でもの寂しい送別会となりました。そんな中、自分と一緒に仕事をできて良かった、と言われたのは嬉しいことでした。次の職場でも頑張ってほしいものです。
 それにしても約1年前には、自分が前の職場を去ったわけです。それから364日後に、新たな職場で後輩を送る立場になるとは、夢にも思いませんでした。巡り合わせというのは面白いものです。来年の今頃、自分は一体何をやっているのだろうか、などと思いもしました。

2007年03月29日

10万アクセス

 トップページのアクセスカウンタが10万をこえました。当然のことですが、これも全て読んでいただいた方々のおかげです。どうも有り難うございました。次なる区切りである100万アクセスに向け、今後も頑張って参りますので、今後もよろしければ読んでいただければ幸いです。

2007年03月28日

最強の眠気覚まし

 夜勤というものを経験しました。ある程度の休憩は問題ないので、その間に、ここを更新していたりもしていました。とはいえ、一寝入りするわけにはいきません。そこで、あまり疲れない単純作業をまとめてやっていました。一応、「眠気対策」として、「眠眠打破」などを買って机の前に立てていました。
 ところが、事前に立てていた計画に大変な齟齬があり、「単純作業」のはずが、大変な事になってしまいました。おかげで、「眠れぬ夜」を過ごすはめにになりました。
 考えようによっては、夜勤の仕事を全うできたとはいえます。とはいえ、こんな目にあうくらいなら、眠気と戦っていたほうがいいに決まっています。あらためて、計画の重要さを再認識させられながら「26時間ほぼ起き続け」を達成しました。

アムパム

 造語なのか、出身地の方言なのか知りませんが、嫁さんは「AM/PM」の事を「アムパム」と呼びます(ちなみにセブンイレブンは「ブンレ」)。それが私にもすっかりうつり、我が家では、この両コンビニを正式名称で呼ぶことは全くもってありません。
 さて今日の仕事中、で近くの「AM/PM」に行く用事が生じました。そこで周囲の人に、つい「アムパム行くけど、ついでがあったら何か買うよ」と言ったら、当然ながら変な顔をされました。長年使っているうちに、頭の中に染みつき、それが「家庭内限定」である事すら忘れてしまっていたようです。内輪用語というのは使っている分には面白いのですが、あまりなじみすぎるのもまた危険なものだとつくづく思いました。

2007年03月20日

エフ・スタッフ?

 駅の壁に「エフ・スタッフ募集」という張り紙がありました。よく見てみると、キオスクの契約社員募集でした。なんでキオスクだと「エフ」なのか、と不思議に思いました。帰宅してネットを見ても、なぜ「エフ」なのか分かりません。ひょっとして「フリーター対象」という意味なのだろうか?などとまで思いました。
 NHKが不評を買っていたときに、受信料集金人を「フローラルスタッフ」と称して募集をかけた時は、その意図は何となくわかりました。しかし、この「エフ・スタッフ」はまったくもって分かりません。普通に「キオスク契約社員」ではいけないのでしょうか。とりあえず、サイトくらいには「エフ」の意味を書いてほしいものです。

二日後に来る徹夜疲れ?

 金曜日に、年甲斐もなく夜更かしし、布団に入ったのは5時ころになりました。しかしながら、土日は休みだったので、少々寝坊しつつ、野球観戦くらいしか外出らしい外出もせず、のんびり過ごし、普段通りの時間に寝ました。
 これで普通に月曜から生活できると思っていたのですが、なぜか朝から絶不調。財布を忘れる上に、午前中から眠くてたまりません。しかも、昼休みに寝たにも関わらず、午後にも眠気は取れません。昼過ぎにに近所で火事が発生し、その煙を会社の窓から見たときの衝撃で、やっと目が覚めたほどでした。
 年をとると、筋肉痛が二日後に来るといいますが、徹夜の疲れも同様なのでしょうか。若い頃は普通に徹夜明けにバイトしたりしていましたが、もはやそんな事は遠い昔の話なのだな、とつくづく思いました。

2007年03月08日

取材(?)された理由

 サイトの感想が届いていました。長年やっていますが、いつになっても、いただいた感想を見るのは嬉しいものです。ところが、今回届いたのは、嬉しさの感じようがないものでした。
 その内容は。ある看板の旧バージョンを知っているなら、今日の夕方までに教えてほしい、というものでした。確かに、以前、電車の窓から見えるちょっと奇異に見える看板をネタに雑記を書いた事はありました。とはいえ、単なる語感の印象であり、その会社の詳しい事など、一切書いていません。

 こんな厚かましいメールを送りつけるなんてどんな奴だ、と思ってメルアドのドメインを見たら、某TV局のアドレスでした。どうやら、その看板に書かれた文字で検索すると、このサイトに載っているが一番上に来たから問い合わせてきたようです。とはいえ、いくら「一位」とはいえ、書かれている事を読めば、私がそんなもん分かるわけないことくらい分かると思うのですが・・・。にも関わらず、問い合わせてきたのは、締切りに迫られて、藁にもすがる思いだったからなのでしょうか。それとも、何も考えていないだけなのでしょうか。
 思わぬ所で、TV製作の裏事情(?)を知ることができました。それにしても、そんな感覚で集めた情報で作った番組にどれくらいの価値があるのでしょうか。これは珍しい例なのでしょうか。それとも、今のTV界における「普通の取材」なのでしょうか。ちょっと気になりました。

懐かしの(?)味

 うどんを作りました。希釈式のつゆを使ったのですが、かけうどんにしたにも関わらず、何を寝ぼけたのか、「つけ」の希釈率でつゆを作ってしまいました。普段より黒いとは思いつつも、まあ、書いてある通りに薄めたのだから大丈夫だろう、間違って関東風のつゆでも買った(※私は関東生まれですが、うどんのつゆは関西風至上主義者です)のだろうか、などと思っていたのですからおめでたいものです。そして一口すすったところ、その濃さに驚きました。
 それでも「これが設定なのだろうから仕方ない」と思って食べているうちに、ある味を思い出しました。子供の頃、近所の蕎麦屋で出前を頼むと、関東風のつゆの上に、作ってから届くまでの間に、つゆが染みこんでうどんが褐色になっていました。その時の味とよく似ているのです。
 食べた後もおかしいと思って、再度つゆの入っている瓶を見直し、初めて、自分のおかした過ちに気づきました。我ながら情けない話です。
 それにしても、間違えて「つけ」の濃さにしたつゆと同じような味を記憶にしみつけた、かつて近所にあった蕎麦屋のつゆ、というのもなかなか凄いものだとあらためて思いました。

2007年03月06日

先入観と遠近感

 一年半ほど前に、飯田橋で大江戸線から総武線に乗り換えようとしたことがありました。そのあまりの距離の長さに、よほどの事がない限り、この乗り換えは二度と使うまい、と思ったほど歩きました。
 また、五年ほど前に、新宿NSビルから都庁前駅まで歩いて大江戸線に乗った事がありました。学生時代の就職活動でこのビルにはよく行ったのですが、その時は新宿駅から10分近く歩いたものでした。それに比べると、都庁前駅は近く、「便利になったものだ」と思った記憶がありました。

 そして今日、飯田橋の会社からNSビルに行く用事が生じました。天気も崩れがちという事もあり、新宿で外を歩くよりは、と思って大江戸線の飯田橋を利用することにしました。最初は「またあの道を延々と歩くのか・・・・」と思っていたのですが、いざ歩いたら、意外に短く感じました。一方、都庁前駅で降りてNSビルまで歩いたのですが、こちらはやけに長く感じました。
 どうやら、それぞれ「えらく歩いた記憶」「近くに駅ができ、かつてより便利になった記憶」が強すぎたようです。それゆえに、ともに、思ったのとちがう距離感が生じたのでしょう。先入観というのは面白いと思うと同時に、それに振り回されないようにせねば、と改めて思いました。

2007年03月04日

早くも春が

 例年ですと、暦が3月となっても、最初の一週間は冬の続きのような感じです。しかし、その感覚で昨日、冬の服装のまま電車に乗ったら、非常に暑く、驚きました。そして今日も、昼を過ぎたら窓を開けたくなるほどの室温に。散歩に行くときも上着はいらず、さらに帰宅したら運動(?)したせいか、かなり汗をかき、しばらくは半袖で過ごしたほどでした。
 さすがに、東京で一日も雪が降らなかった暖冬なだけあり、既に春になっていたようです。普段、仕事で室内にこもっているので、なかなか気づきませんでした。
 この調子だと、今年の桜はいつ咲くのでしょうか。この気温が続けば、春分の日を待たずに咲きそうな感じです。

2007年03月03日

意外なところで分かる真価

 先日、中華街のお土産にチャーシューをもらいました。とりあえず冷蔵庫に入れ、翌日に切ってラーメンに乗せ、「これぞ本場のチャーシューメン」などと期待して食べたのですが、とりたて印象に残るような味ではありませんでした。
 さらに数日後、夕食のおかずにと切って食べたのですが、やはり前回同様の感想しかありませんでした。結局、全部食べきれず、残った分は翌日の弁当のおかずにしました。
 これまでの経緯があるので、特に期待せずに弁当を食べたのですが、一口食べてその美味さに驚きました。肉と脂の部分の比率が絶品で、しつこくなく、口の中でとけるような感じなのです。弁当箱の中にあった間に、適度に温まり、食べるのに最適の状態になったようです。
 考えてみれば、基本的に温めて食べる肉なのに、冷蔵庫から出してすぐ食べて、本当の味が出るわけがありません。「残った物を弁当に入れる」という事を思いつかなければ、一生、この「真の姿」を知ることがなかったわけです。
 これを運がいい、というのか、単に最初が考えなしすぎただけだったのかは自分でも何とも言えません。それにしても、チャーシューに限った事ではありませんが、一度や二度の判断ではなかなか本当の事はわからないものです。

2007年03月02日

暇な時?

 たまに、「暇なときにやっておいてね」と物を頼む人がいます。という事は、暇になるまで、それはやらなくていいわけで、すなわち、期限は存在しないはずです。ところが、そういう人はたいてい、思い出したように「この前頼んだあれ、まだやってないの?」などと言ってきます。
 本当に暇なときがあると思っているなら、その「暇なとき」を前倒しさせて、今すぐやれ、と指示すればいいわけです。言い換えれば、こちらが現在も未来も暇ではないことをわかっているわけです。にも関わらず、さらに仕事を詰め込んでやろう、という魂胆が見え見えなわけです。
 というわけで、とりあえず「暇なときなんてないんですよ」と返事をしておきました。ちなみに、こちらに暇がないのは、そのような仕事の頼み方をする輩の手抜き仕事の後始末をさせられるためだったりします。したがって、本当はその前に「おかげさまで」とでもつけたかったのですが、さすがにそれは大人げなさ過ぎるのでやめておきました。

2007年03月01日

懐かしの感覚

 仕事で電話する相手の大半は若い女性です。などというと自慢話でもしたいのか、と思われるかもしれませんが、全くもってそのような事はありません。いろいろあって、私にかかってくる電話の大半は苦情電話です。若い女性だろうとおじさんだろうと、怒られてしまえば何ら変わりがありません。おかげで、いろいろな「人の怒るパターン」を習得することができました。

 そうやって、若い女性の怒りの電話の集中砲火を浴びていると、ふと昔の事を思い出しました。10数年前の一時期、「ギャルゲー」をやりこんだ時期があったのですが、そのゲームでは、主人公が女性に不評を買うと、そのキャラの心理状態に爆弾が出てきます。そして、それが破裂すると、その女性のみならず、他のキャラにも不評を買ってしまい、最悪な状態になると、女性キャラに会うたびににらみつけられる羽目になります。
 いろいろあって、苦情電話が増える時の状態は、その「爆弾が登場した」状態と似ています。そして、破裂でもしたら、より厳しい怒りの目をむけられる(実際は電話越しなので目は見えませんが)状態になるのも同じです。
 そういうわけで、かつてハマッたゲームの感覚を、久々に感じることができています。できれば、そんな感覚は二度と味わいたくはなかったのですが・・・。

2007年02月25日

洗濯と確定申告

 先週の松山帰省からそのまま、嫁さんが年に一度の長期帰省中です。しかも、飛行機の割引の関係などもあり、例年より少々滞在期間が長くなっています。そのため、洗濯をやる必要が生じました。これは、結婚直前に数ヶ月一人暮らしをしていた時以来、約10年ぶりです。
 その時は確か、衣類に洗剤をかけた後、スイッチを入れただけで何とかなりました。しかしながら、同じ「全自動」でも時代とともに機能が進化しており、今は洗剤や柔軟剤そそれぞれ定められた場所から注がねばならなくなっていました。その場所を探すだけでなぜか一苦労していました。それにしても、洗濯機が進化すると手間が増える、というのも奇妙な話です。
 なんとか干すところまで終えた後、午後は確定申告に。昨年4月に転職したため、「二箇所から給与の支給を受けた」という事で対象になりました。こちらは生まれて初めての経験です。

 便利なもので、国税庁のサイトでリンクをたどって源泉票の記載事項を入力していくだけで、自動的にPDFで確定申告書が作成されました。とはいえ、なにぶん初めてなので、それをすぐ出すのも不安です。幸い、税務署が特別に幕張メッセで特別相談窓口を開いているので、そこに行きました。そして確認してもらったところ、問題ないとの事。そこで隣に設置してある提出所にて無事、初の確定申告が完了しました。余談ですが、源泉票の控えを取り忘れたので現地でコピーしたのですが、幕張メッセでのコピー代はA4を一枚で20円でした。
 ただ、打ち出した紙に源泉票を張って渡しただけですが、何か大儀を果たしたような気分になりました。もっとも、このような気分を感じるのは今回限りでしょうが・・・。
 というわけで、10年ぶりの洗濯に、人生初の確定申告と、午前も午後もやりなれない事をした、貴重な一日でした。

2007年02月24日

足を踏み入れられない場所

 仕事で、前の職場のすぐ近くを歩いて客先に行く事になりました。約11ヶ月ぶりにかつての最寄り駅を降り、目的地に向かいます。実は、そこまでの最短の道のりは、前の職場がある建物の真ん前を通る経路です。そこにいる人でも親しかった人とは今でも交流があります。また、後ろめたい形でやめたわけではありません。しかしながら、ほんの少しとはいえ、わざわざ遠回りをして、その前を歩くのは避けました。
 まあ、現実問題として、偶然知っている人に会って話しかけられたら、同行している現在の同僚に迷惑がかかる、という意味もあるのですが・・・。とはいえ、やはりそこに行きたくないという心理は、自分でも奇妙なものでした。それが、単なる気まずさなのか、それとも、そこはもはや現在の自分の行く場所ではない、という意識によるものなのか、興味深いところです。

2007年02月23日

記憶から消去していた具

 私の大好物の一つに水炊きがあります。20歳の時に博多に旅行した際には、「本場」という事で、一人で店に入って水炊きを食べた、などという事もありました。しかし、今の生活では諸事情により、家で食べる機会はありません。また、食事や飲みに行っても、鍋物を用意する店はありますが、それ中に水炊きはありません。というわけですっかり「好きなのに幻の味」となっていました。
 ところが本日、他に入ろうとした店が5店ほど満員で、やっと入った飲み屋の壁を見たら、大きく「水炊き」と書いてありました。カウンター席だったのですが、あえて注文。10年ぶりになるかもしれない再会を楽しみにしていました。ところが、出てきた鍋には、鶏肉や白菜と同じくらいの量のキノコが多種入っていました。キノコを見るだけで食欲が減退する身としては、「これではキノコ炊きだ・・・」一気にげんなりしてしまいました。そして、きのこをよけながら、ちまちまと鶏肉と白菜をつついていました。
 家に帰って、水炊きは違うだろう、と思ってネットで検索してみたら、意外にも大半のレシピにはキノコが複数種類入っていました。10年近く食べていない間に、水炊きの良かった部分だけが美化されて記憶に残ってしまったのでしょうか。
 次に水炊きを食べる機会があったら、迷わず「キノコ抜きで」と注釈つきで注文しよう、と心底思ったほど残念な「キノコ炊き」でした。

2007年02月19日

山門の守護者?

 とある寺の門を見たら、看板のすぐ脇に、奇妙な石像がありました。私も仏教にはさほど詳しくなく、臨済宗というと、鎌倉時代に栄西が日本に伝えた事しか知らないのですが、まさか、こんな仏様(?)をまつっていたとは思いませんでした。
 おそらくは、寺で経営している幼稚園の客寄せのためなのでしょうが、なかなか面白い事をするものです。
 この石像がずっとこの形を保ち、何百年かたって、「重要文化財・○○寺の山門と石像」みたいになったら面白かろう、などと思ってしまいました。
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(クリックすると同じ窓で大きい画像が開きます)

2007年02月17日

ないほうがいい能力

 知人に、嘘をつく能力がずば抜けている人がいます。ちょっと困ったり、都合が悪くなったら、即座にその場をごまかす嘘が出てきます。その頭の回転の速さと口のうまさには、脱帽させられます。決して見習いたくはないですが。
 ただ、この優れた能力を使っていくらその場をごまかせても、時間がたてばそれはバレます。そうすると、残るのは「嘘をついた」という事実、さらには「あの人間は信用できない」という評判です。そうなると、せっかくの(?)嘘をつく技術も無意味です。どんなにうまい事を言っても、「あいつの言うことだから信用できない」で終わってしまいます。
 結果として、その頭の回転の速さが自らに災いしているわけです。その、信頼を失いながらも嘘をつき続ける姿を見ていると、「人間、少々不器用でも正直に生きた方が、結局は得するものだよな・・・」と思いました。

2007年02月14日

目的と手段

 出勤時の電車では原則として寝ています。そして、ついつい深く眠って寝過ごしてしまうことがあります。その対策のために、下車駅の到着予定時刻で携帯のアラームを鳴らす事を始めました。
 電車がダイヤ通り走れば何時に着くかは携帯で検索すればわかります。ただ、通勤時には定刻通りに電車が動くことはまずありません。そこで、ある程度の遅れを見越して何時に鳴らすかを決めます。加味する要素は、他線の事故情報から天候まで様々です。それらを元に推測した到着予定時刻が的中した時は、かなりの爽快感があります。
 先日、予想が完全に的中し、下車駅にさしかかった瞬間にアラームが鳴りました。ただ、その日は、前日によく寝たせいか、電車内では眠っていませんでした。その時、ふと「ここまでぴったり的中したのに起きていたとは勿体ない。寝ていれば喜びも倍増だろうに・・・。などと思っていました。
 というわけで、本来の目的である「寝過ごし防止」とは大幅にズレてしまいましたが、この「到着予定時刻あて」は、毎朝のささやかな楽しみとして続いています。

2007年02月11日

20数年後の出世

 最近、携帯の増加数で首位を維持しているauが、新たな広告キャラとしてペンギンのカップルを採用しました。このペンギン、20数年前には、サントリービールの広告キャラとして採用されていました。長い時をあけての復活という事になります。
 ちなみにその当時、当時のビール業界でのサントリーは、ブランド的に他の三社とはっきり差をつけられていました。
 何度か書いたように、私は1985年に後楽園球場(当時)でサントリービールを売っていました。当時は、タンクもなく、缶と紙コップを持って売っていました。その頃の缶にはペンギンが印刷されていましたが、いくらペンギンが人気でも、お客さんの反応は厳しく、「何だ、サントリーか、いいや」と言われた事も何度となくありました。
 というわけで、個人的経験もあって、あのペンギンにはキャラそのものとは別に「負け組」という印象が強くありました。それを20数年たった今、絶好調の携帯ブランドの広告キャラとして復活をとげたわけです。
 というわけで、あの広告を見た時は、当時の事を思い出し、その「出世」ぶりにちょっとした感慨までおぼえてしまいました。

2007年02月09日

時代を選ばぬ商売

 職場の近くには大学が多く、今は時節柄、駅前には入試会場への案内看板がいろいろと出ています。その看板の中に一つ、「電報屋にご注意下さい。本学とは何の関係もありません。合否結果はインターネットで見ることができます」というような注釈がついているものがありました。
 それを見ていたら、19年前、自分が大学受験をした時も、似たような注意があった事を思い出しました。ちなみに、その当時は、大学からの正規の合格通知は、「レタックス」というFAXしたものを郵送する、というサービスによって行われていました。
 それから19年たち、ネットなど情報伝達の手段は大きく進歩したわけです。にも関わらず、そのテの商売はずっと存在し続けているわけです。このような胡散臭い商売に好感を持つことはできませんが、その息の長さには感心させられました。
 それにしても、この「電報屋」の人々、普段は何で商売しているのでしょうか。そして、どうやってこの季節だけその本業を休んで、大学構内に出没できるのでしょうか。いろいろな意味で興味がつきません。

2007年02月07日

「仲間」のいる心強さ

 横浜の出先から都内の客先への移動で、昼食を取る時間が取れなくなりました。ただ、移動に使うのは京浜急行の快速特急なので、5割以上の確率でクロスシートのある車両が来ます。そこで、「クロスシートでなら様になるだろう」と、横浜駅で崎陽軒のシウマイを買って車内で食べようと思いました。
 ところが、運悪く、来たのはロングシート車でした。しかも、混雑こそしてはいないものの、そこそこの乗車率です。一瞬、「この車内でシウマイを食べるのもアレだよな、しかしここを逃すと他に時間はないし・・・」と躊躇しました。すると偶然、向かいに座った人が袋から飲み物とサンドイッチを取り出して食事を始めました。その自然なふるまいを見る限り、その人にとっては日常よくあることなのでしょう。
 おかげさまで、こちらも堂々と、シウマイを味わうことができました。別に、周りにいる全ての人が赤の他人であるにもかかわらず、「仲間」がいるかいないかでここまで気分に違いがあるとは思いませんでした。心理というのは面白いものです。

2007年02月03日

オンとオフ

 不本意ながら、休んでいる日に仕事をするという状況は生じます。これには、「突発的な事が生じて、休みの日に仕事せざるをえない」という予定外のものと、「残業するのも面倒だから、休みを一時間くらい割いて仕事を入れよう」という予定内のものの二種類があります。
 前者は迷惑といえば迷惑ですが、ある意味仕方ない部分があります。むしろ問題は後者です。つい「休みなのにわざわざ仕事しているんだ」という感覚になってしまいます。それゆえ、気が抜けて、予想外の失敗をしてしまったりしてしまいます。ついついオフ感覚で働いてしまうのでしょう。
 むしろこういう予定内の「休日仕事」の時のほうが、オンとオフのスイッチをきっちり切り替えに注意を払う必要がある、と言えそうです。まあ、それ以前の問題として、休みの日に仕事を入れないよう努力する必要があるのでしょうが・・・・。

2007年02月02日

千葉目的地宣伝

 2月1日より「千葉ディスティネーションキャンペーン」なるものが始まりました。県の公式サイトによると、これはDestination(目的地・行き先)とCampaign(宣伝)という意味の合成語とのことです。
 要は、「千葉を目的地・行き先にしてもらえるように宣伝しよう」という事なのでしょう。それはいいのですが、「ディスティネーション」などという聞き慣れない英語をなぜ使うのか不思議です。そういう意味で使うなら「みんなで千葉に行こう!」とでもしておいたほうが、よほど分かりやすいと思うのですが・・・。なんでわざわざ二つの英単語を合成してほとんどの人に意味が分からないような言葉を作るのか、理解しがたいものがあります。
 まあ、言葉はともかく、せっかく観光宣伝をするのですから、千葉県民の端くれとして何かやりたくなります。というわけで、4月までの間、当サイトでも地元観光(?)ネタにちょっと力を入れていこうかと思っています。

2007年01月29日

「高い見識」から出た本音

 厚生労働大臣が、女性の事を「子供を産む機械」呼ばわりしました。その発言を受けての首相の談話は、厚労相を評して「高い見識を持った方だ」でした。
 これが追い打ちを意図した嫌味だったらなかなかのセンスと言えるかもしれません。しかしながら、ご本人は純粋に彼をかばうつもりでそのような発言をしたようです。それこそ「呆れるほど高い見識」とでも言えるでしょう。
 率直に言って、厚労相発言のニュースを見たとき、特に驚きませんでした。自民党政府の高官が、国民に対してそのように思っていることは以前から十二分に承知しています。ついでに言えば、労働者に対しては「財界に収益を挙げるための機械」とでも認識しているのでしょう。さらに言えば、彼らがそのようはひんしゅくを買うような「本音」を隠せるような能力すら持ち合わせていない事も、これまた十二分に承知しています。
 とはいえ、その発言者に対し「高い見識の持ち主」とフォローする首相の神経まではちょっと予想がつきませんでした。
 ちなみに、かなり昔に読んだ永井豪さんの漫画で、悪の組織が女性を捕らえて身動きできなくして「悪の戦闘員を産む機械」として扱い、「奴らは女の幸せを満喫しているのだ」などと哄笑する場面がありました。さすがの永井氏も、数十年後にその悪役と同じ神経を持った閣僚が登場するとは夢にも思わなかったことでしょうね。

2007年01月28日

表札と家の格

 近所を歩いていたら、ちょっと豪華な家がありました。家はもちろん、表札もなかなか高価そうで、透明のアクリル板みたいなもので覆われています。
 それはいいのですが、肝心の表札の文字に驚かされました。偶然、私と同じ苗字なのですが、パッと見た限りいわゆる「金釘流」というやつなのです。特に「大」という文字は鏡文字なのか、と一瞬思ってしまったほどでした。まあ、それでも私が書くよりはずっと上手くはあるのですが・・・。
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 しかしながら、これだけ豪華な家で、しかも覆いまでされている表札です。そんなところに、ただの下手な字を持ってくるとは思えません。私の知らない書道の流派があり、そこではこれが正しい書き方なのだろう、と思うことにしました。
 これが冴えない家だったら、そうは思わないでしょう。やはり、家の構えというのは大切なのだな、などと思いました。もっとも、私としては万が一立派な家を建てる機会に恵まれても、自筆の表札を作る気は毛頭起きませんが・・・。

2007年01月26日

「富士見」今昔

 今の職場は「富士見」という町にあります。ちょっと小高くなったところにあり、名前からして、かつてはここから富士山が見えたのでしょう。しかし、それも今は昔、かなり高い階に事務所はあるのですが、窓から見えるのは人工の建造物ばかりでした。
 ところがある晴れ渡った日の朝、窓の外を見ていた一人が驚いたように「富士山が」と言いました。言われた方向を見ると、確かに頂を白く染めた富士山が見えました。それを聞いた他の人も驚いたようにその方角を見ていました。
 それにしてもかつて「富士山が見える」という事で名付けられた所にも関わらず、天気がいい日の高層階でやっと富士山が見えるわけです。改めて、東京にはいろいろな物が建った、という事を実感させられました。

昆布焼酎

 飲みに行ったら、メニューに「昆布焼酎・礼文島」というのがありました。1年ほど前に札幌で飲んで、かなり美味だった記憶があるので、注文しました。お湯割りを頼んだところ、店員さんが「これは梅干しを入れたほうが美味しいですよ」と進言(?)しました。店で焼酎を頼んだのは百回を越えますが、相手から梅干し入りを勧められたのは初めての事です。
 そこまで言うのなら、と頼んだのですが、残念ながら大はずれ。せっかくの昆布の風味が梅干しに負けてしまい、ただの「梅入り焼酎」になってしまいました。
 悔しいので、続いて梅干しなしのお湯割りを頼んだところ、これは1年前に味わったのに近い昆布の風味がありました。
 というわけで、焼酎一杯分損したような形になりました。とはいえ、店員さんに悪意があったとは思えません。むしろ自分が損したながらも、「他人に『美味』を勧めるのは難しいものだな」と思いました。
 というわけで、店員さんを恨む気は毛頭ありません。ただ、せめて梅干し入りを勧める前に「お客さんは昆布茶と梅昆布茶とどちらが好きですか?梅昆布茶が好きなら、梅干し入りがお勧めです」くらいの気遣い(?)があれば・・・などと思いました。

2007年01月23日

バケツリレー方式

 一定以上の荷物を5人以上で運ぶ場合、二つの方法があります。一つは、各人が出発点から目的地まで自分の担当する荷物を運び続ける方法で、もう一つは出発点から目的地の間に全員を配置し、荷物を手渡しにする「バケツリレー方式」です。
 一見、後者のほうが効率が良さそうに見えます。ところが、実際にはこれを採用すると、ある地点の人のところに荷物がたまり、それを処理する間に他の人の手が止まってしまうという「ボトルネック」が生じてしまう事が多々あります。それが面倒になって、一人で最初から最後まで運ぶに切り替えてしまうことも少なくありません。
 かなり規模の小さい荷物運びでも、「バケツリレー方式時のボトルネック」は発生してしまいます。それを体験する度に、「こちらのほうが効率がいいはずなのに・・・」というもどかしさを感じます。
 かなり前に書かれた、「工場生産におけるボトルネックをなくす方法」を書いた本はいまだに多くの人に読まれていると聞きます。同様に誰か「ちょっとしたバケツリレー方式での荷物運びの際のボトルネックをなくす方法」を理論化してくれないものでしょうか。そのような本が出たら即座に買うのですが・・・。

2007年01月20日

納豆ダイエット番組続報

 昨晩「TV番組のせいで納豆が高騰」をネタにしたところ、今日になって、放映局のサイトに「番組の中身は事実でなかった」という「おわび」掲載されていました。昨晩は「全ての人にあてはまるわけではない」と書きましたが、どうやら誰にもあてはまらない「ダイエット法」だったようです。そんなもんのために20円高い納豆を買わされたかと思うと、より一層呆れさせられました。
 もっとも、このテのTVによる「健康法」に問題があるのは今に始まった事ではありません。昨年にも「TVで紹介された『健康食品』を食べて体調を崩した人が多発」という問題が発生したばかりです。

 改めて考えるまでもない事ですが、TV番組の企画を行うのは医学の専門家ではありません。あくまでも最優先されるのは企画者の考え(「○○はダイエットに役立つ」など)なわけで、番組中に出てくる「専門家」はそれに「お墨付き」を与えるために出てくるわけです。少なくとも、番組が意図する結論と反対の説を主張する学者にはお呼びはかからないでしょう。
 結局、「TVに出ているから」という事で思考停止して信じず、自分なりに掘り下げて調べる必要がある、という事なのでしょうね。
 話は変わりますが、その「お詫び文」を見るために番組名でググって公式サイトを見たところ、「このページには絶対にリンクを張らないでください」なる記載がありました。本当に直接リンクを張られたくないなら、検索エンジンよけくらい施しておけ、と突っ込みたくなります。まあ、流している番組からすれば「同レベル」というやつなのかもしれませんが・・・。

自分の利害とブーム

 TVだか雑誌だかで「納豆はダイエットに有効」と報じられたため、納豆の売れ行きが急増しているそうです。メーカーが品切れになってしまい、売れすぎて困っている、などという記事も見ました。その影響なのでしょうが、値段自体もあがっているようです。嫁さんが「これまで120円だったパックが140円になっていた」と言っていました。
 物心ついた時から納豆を食べ続けている身として、最初は「納豆が広まることはいいことだ」などと気楽に思っていたのですが、こうなってしまうといい迷惑です。だいたい、どんな例が報じられたのか知りませんが、肥満にもいろいろあるわけで、その全てに納豆が有効と実証されたわけでもないでしょう。そんなことも考えずに安易に「納豆ブームとは安直なことだ、と心底思いました。
 これまで、「ブーム」というものは全くもって他人事でした。それが、ここまで身近に感じる日が来るとは夢にも思いませんでした。それにしても「20円値上げ」でここまで怒るとは我ながら」大人げないものだとは思います。
 まあ、納豆のおかげで物心ついたと時点で「経済学のゲーム理論における・・・」を習得した実績(?)があるわけですから、この年になって納豆によって大人げなくなっても」いいか、とも思ってはいるのですが・・・。

2007年01月15日

サービスによって引き立つ味?

 職場の仲間と猪料理店に行きました。猪を食べるのは生まれて初めてです。料理自体は新鮮な美味しさがあり、十二分に満足できました。ただ、店員さんのサービスは別の意味での新鮮さがありました。なにせ、別席の客の注文と我々の料理を一緒に持ってきて、別席の客の分を配った後、我々の料理は畳の上にほったらかす、という水準なのです。他にも、追加注文しようと部屋にあった「呼び鈴」を何度か押したものの、注文を取りに来ることは一度もない、などという事もありました。
 これだけのサービス水準にも関わらず、現在も存続しているという事は、よほど猪の肉の評判がいい、という事なのでしょう。それが肉そのものの美味さなのか板前さんの腕なのかわかりません。いずれにせよ、あの水準のサービスで店が存続できるほどの肉の味、と考えると、自分が直接感じた以上にすごい「猪肉の美味さ」を感じさせられてしまいました。

2007年01月14日

リアル地下鉄漫才

 ある狭い道を歩いていたら、角の駐車場に大型バスが止まっていました。長さは普通の乗り合いバスの1.5倍くらいあります。その道幅は3mあるかないか、という感じです。その狭い道にこの入れるのか、極めて不思議です。それどころか、駐車場に入るためには方向転換する必要があるわけですが、素人目ですと、どこで曲がっても、バスの後尾が道ばたの建造物にぶつかりそうに見えてしまいます。
 もちろん現実問題として駐車場に収まっているわけですから、狭い道の走行も駐車場に入るための転回も出来たことは確かです。しかしながら、免許のない私のみならず、一緒にいた免許を持っている嫁さんにもその過程は想定できませんでした。
 その不思議さは、昔の漫才にあった「地下鉄はどうやって車両をトンネルに入れるか」に近いものがありました。もちろん、実際には運転手さんが技術を用いたのでしょう。しかしながら、「駐車場の中でバスを組み立てた」と言われても信じてしまいそうな、道の狭さとバスの大きさでした。

2007年01月12日

今更ながら紅白歌合戦

 大晦日から元旦にかけては、嫁さんたっての希望で、スカパーの「今日のホームラン・1年分」を見ていました。したがって、紅白歌合戦は1秒も見ていなかったのですが、その後の報道で急に関心が高まりました。
 ある歌手のバックダンサーが、はたから見ると全裸に見えるようなボディスーツを着て踊ったところ、全裸と勘違いした視聴者からの抗議電話が殺到したとか。その後、文部科学大臣が不快感を表明するなどし、ついには「事情聴取」だの「謝罪文」だのといった騒動になりました。
 個人的には別にどうでもいいと思います。ただ一つ気になったのは、NHK側の「リハーサルでは水着だったのに」とかいう発言でした。という事は、そのバックダンサー達は、リハーサルではボディスーツの上に水着をつけた形で踊りを終えたのでしょうか。そしてスタッフもそれを見て違和感がなかったのでしょうか。かなり不可解なものがありました。
 世の中にはもっと問題のある報道はたくさんあると思うのですが・・・。奇妙な騒動もあるものです。

2007年01月11日

挨拶対ビラ新調

 市議選が近くなったせいか、最近、毎朝のように駅前で選挙運動をする人がいます。ただ、実際に政治や生活の話をする候補はほとんどいません。毎度の事ながら「おはようございます」としか言いません。
 そんな中、今回の選挙では異色の(?)候補が現れました。彼は挨拶はしません。代わりに言い続けるのは「ビラが新しくなりました」です。新しくするのはいいのですが、そこで何を主張しているかを言わなければ意味はないのでは、と思います。
 ちなみに先日は、この候補と、挨拶しか言わない人が並んで選挙運動をしていました。片方が「おはようございます」と言い続け、もう片方が「ビラが新しくなりました」と言い続ける場面は、なかなか笑える構図でした。ただ、こんな連中によって市の財政や条例が決められる可能性がある、と思うと笑えないものがありましたが・・・。

2007年01月10日

他人の悲劇を喜ぶ神経

 昼間にYahoo!を見たら、相変らず、トップのトピックスに先週発生した殺人事件の「新情報」が載っていました。また、今日発売の週刊誌は、ともに大特集。毎度ながら中吊り広告の一番目立つ所に被害者の顔写真を大きく載せていた所もありました。
 一連の記事を見ると、だいたいが「家族関係がどうこう」と「遺体をどうしたか」といったもののみ。ともに社会的な報道価値があるとは思えません。特に後者に至っては悪趣味としか言いようがありません。
 それらの「報道」を見ていて思い出したのが、数ヶ月前に問題になった「事故死した子供の写真を勝手に載せて冒涜するようなコメントを載せたサイト」でした。そのサイトと、一連の「遺体をどうしたか」報道はどのへんが違うのでしょうか。「事件だから」という名目を使って、編集者だの記者が、問題になったサイト運営者と同じ欲求を満たしているだけなのでは、と思いました。

2007年01月06日

もし北方領土が

 日ロそれぞれの高官が、北方領土問題の解決案について発言しています。そんななか、ふと思ったのが、北方領土の対岸である北海道東部の事でした。かつては、オホーツク沿岸のほとんどには鉄道が敷かれ、「オホーツク縦貫線」という構想もありました。しかし、ローカル線廃止という「国策」により、北海道の鉄道は半分以上が廃線に。オホーツク沿岸でも網走以北の鉄道は全てなくなりました。
 そのような状況に思いをはせた時、仮に北方領土がずっと日本領だったらどうなっていたのだろうか、という考えが頭をよぎりました。北海道本土ですら過疎が進んでいるのに、その離島ですから、より一層厳しい状態になっていたのでは、と思ったわけです。それこそ、TVの「過疎特集」の定番として国後島が出ていた、などという可能性もあります。そう考えると、奪われただけに、あれだけ関心を持ってもらえるというのもちょっと皮肉なものだ、と思いました。もっとも、その関心もソ連崩壊後に激減していますが・・・。
 今後どうなるか全くわかりません。ただ、個人的には、自然を破壊しないまま、日本人が自由に出入りできるような形になればいい、と思っています。

2007年01月04日

初詣行列

 職場の近くに大きな神社があります。どうやら、由緒ある神社のようで、昼休みに外に出たら、境内のみならず、道路まで行列ができていました。しかも、その後夕暮れ時にまた下に降りた時も、まだまだ道路に行列がありました。何人か警備の人もおり、尋ねる人に「一時間待ちですよ」などと言っています。
 それに驚きながら、今まで、初詣に行く人や破魔矢を持って帰路につく人は見ても、実際に神社仏閣に行って初詣をする人を見るのは初めてだ、という事に気づきました。

 というわけで、37歳にして初めて「初詣の現場」を見たわけですが、非常に奇異に感じたことがあります。普段、この神社に参拝者の行列ができることはありません。ならば何も正月休みに寒い中道路に並ばずとも、暇な週末にでも行って拝めばいいのでは、と思います。私自身は「やおろずの神」などは信じていませんが、仮にいたとしても、三が日にまとめて来た一人の祈りより、空いているときに来た人の祈りのほうが届きやすいのでは、と思ってしまいます。
 もちろん、「三が日」というのは年に三日しかない特別な三日間である、という事は分かっています。しかしながら、せっかくの貴重な休日なのに、寒い中道路に一時間近くも並ぶのは色々な点において勿体ないのでは、と他人事ながら気になりました。

2007年01月01日

寝正月兼仕事始め

 例年、元旦と言えば何もしないのですが、今日の日中は例年にもまして何もしない寝正月でした。昼頃目が覚めて、雑煮を食べた後、なんかまた眠くなって昼寝をしてしまいました。昨晩寝たのは2時前だったので、10時間寝た後にまた昼寝をした事になります。普通ならありえないのですが、これぞ「寝正月」という感じです。
 このまま一日中TVを見ながら寝っ転がって過ごそうかとも思っていましたが、夕方 に電話が入り、仕事をするはめになりました。まあ、ある程度は予想していたのでさほど驚きはしませんでしたが、いきなりの「仕事始め」となってしまいました。もっとも、昨年は元旦の午前1時くらいから仕事をしていましたから、半日ほど遅い「仕事始め」でもあるのですが・・・。
 というわけで、「寝正月」と「仕事始め」を同時に体験できるという元旦になってしまいました。はたして来年の元旦はどうなるのでしょうか。

2006年12月31日

2006年を振り返って

 今年も本日で終了します。この2006年は、私にとっては、人生で最大とも言っていいほどの激動の年となりました。ただ、まだ落ち着いたわけでもなく、来年もこのようなバタバタしてかつ不透明な状況は続きそうです。
 今後、自分がどんな人生を歩むかわかりません。出来ることなら、何年か経ったときに、この2006年を振り返って「この年があったから今の自分がある」と思いたいものです。そのためには、来年以降、今以上に努力していく必要があります。何とか頑張っていきたいものです。

2006年12月30日

年末スイッチ

 スーパーに買い物に行ったら、年越しそばなどを売っていました。それを見てはじめて、ああ年末なんだなと思いました。もちろん、今日が12月30日だという事は頭では分かっています。しかしながら、年末らしい事を特にしていない上に、土曜である今日から年末年始休暇という事もあり、なかなか年末年始感覚になりませんでした。それがスーパーの年越しそばを見てやっと年末スイッチが入ったような感じになりました。
 もっとも、だからと言ってやることと言えば年賀状作成くらい。我が家では毎年10月に大掃除を行うので、特に掃除もやりません。また、飾り付けも一切やりません。他に年末らしいことと言えば、明日の本欄などで一年を総括するくらいです。まあ、このように年末らしいことをあまりしないため、スイッチの入り方が遅くなる、というのもあるのでしょう。

2006年12月29日

思いこみ

 朝、嫁さんのコミケ搬入の荷物持ちをし、会場に20分ほど滞在してから出勤しました。すると昼過ぎにメールがきました。内容は、嫁さんの作った本は既に完売、私の本(※このサイトに載せた野球見物記をまとめたもの)は、それぞれ2~3部ずつしか売れていないが、もう撤収していいか、というものでした。
 まあ、私のほうはジャンル違いなうえに発表済みの文章を再編集したもののわけです。それを売るために残るのも効率がよくないだろう、と思って「それがいいのでは」という内容で返信しました。

 とはいえ、やはり自分の作ったものがほとんど売れない、というのは悔しいものがあります。「やはり自分はもう同人誌作成は引退かな・・・」などと思い、帰宅しました。すると嫁さんから「メールした後も何人か買ってくれて、見本誌以外は完売」と言われました。一瞬、え?と思いましたが、確かにメールを見直したら、「2~3部ずつ残っている」となっています。どうやら、自分の先入観で「売れるわけがない」という思いこみが強すぎ、文章を逆に読んでしまったようです。我ながら間抜けな話です。
 もっとも、逆だったら救いようのない話だったわけです。そういう意味では「害のない思いこみ」とは言えるかもしれませんが・・・。
 なお、このように書くと大売れしたみたいですが、要は10部刷って8部売れただけの話です。念のため。

2006年12月26日

電車に野鳥

 津田沼始発の電車に座って出発を待っていました。すると、いきなり「ピーピー」というけたたましい鳴き声が響きました。声の方向を見ると、野鳥がいました。谷津干潟が近いこともあって津田沼駅前には野鳥が多いのですが、その中の一羽が紛れ込んだようでした。当然ながらこんな体験は初めてでしょう。隣の車両と行ったりきたりしながら、必死そうな鳴き声を挙げつつ、不可解な状況を打破しようとしていました。
 扉は開いているのですから、そこから出ればいいのに・・・、と端から見ている身としては思います。しかしもちろん、その鳥にそんな事は分かりません。もっとも、この鳥を哀れむことはできません。我々だって、結果的には簡単な出口があるような状況で、迷宮に紛れ込んでしまう、というのはよこうある話です。
 そのうち、鳴き声は聞こえなくなりました。無事外に出れたのか、ずっと向こうの車両に行ってしまったかはわかりません。いずれにせよ、その「すぐそばの出口に気づかない」という姿は、他人(鳥?)事には見えませんでした。

2006年12月25日

ある意味理想的

 出勤前にコーヒーが飲みたくなったので会社の近くの喫茶店に入ろうとしました。遠くから店を見ましたが、電気はついているものの、客の気配はありません。まだ開店準備中かとも思いながら入口を見たところ、遠くからでは気づかない小さい看板があり、そこに「OPEN」と書かれていました。そこで扉を開けようとしたのですが、これがやけに立て付けが悪く、入るだけで一苦労しました。
 中に入ると、所在なげに店員が立っていました。250円のブレンドコーヒーを注文すると、さほど愛想もなくコーヒーメーカーから淹れてカップを渡されました。ミルクがどこにあるかの案内もありません。

 飲み終わるまで他には客は誰一人入りませんでした。そして飲み終えて席を立とうとしても、何の案内もありません。そこでわざわざこちらから片付ける場所を尋ね、そこにカップを置いて立ち去りました。
 必要最小限のサービスしかないのだな、と思って、再び開けにくい扉の所に行くと、ふとスタッフ募集の張り紙がありました。そこには早朝から10時くらいまでのと夕方以降の時給は1,000円以上となっていました。近隣のどの店より頭一つ抜けています。
 あのサービスでこの時給とは心底驚きました。もっとも、考え方を変えれば、この少しでも従業員から搾り取ろうという時勢の中で、ここまで従業員に手厚い待遇をしているわけです。そういう点においては、経営者に好感が持てました。それにしても、これでどうやって経営が成り立っているか、非常に気になるところではあります。

2006年12月24日

縄ばしごを登るサンタ

 ここ数年、クリスマスにあわせてサンタやトナカイなどの派手な電飾を自宅に施す家が増えているように感じます。我が家の近くにも何軒かあるのですが、その中の一軒が奇妙な飾り付けをしていました。なぜかベランダに縄ばしごがかかり、それを三人のサンタがよじ登っている(降りている?)のです。
 一般的にサンタといえば、空からトナカイのひく飛行ソリに乗ってやってくるとしたものです。それに対し、このサンタたちは、何故、わざわざ縄ばしごをかけてよじ登ってくるのでしょうか。しかも、トリオを結成しているわけです。
 近くを通る見るので、かなり見慣れたはずなのですが、その奇妙な三人のサンタを見ると、思わず足が止まります。考えてみれば、あの飾り付けは、通行人に見て貰うために行うわけです。そうなると、その奇妙さで私の足を止めるわけですから、その飾り付けは大成功なのかもしれません。もしかすると、そのために業者が知恵を集めて、「奇妙なサンタ」をデザインしているのかも、などとも思いました。

2006年12月22日

備えなければ・・・

 普段通っている所に、いつもと違う駅から行く機会がありました。一応、事前に地図で調べていたのですが、調べ方が雑で、駅から出てすぐに自分の位置に自信が持てなくなりました。一応、頭の中のイメージ通りに歩いたのですが、ある地点に達した時、違和感が強くなりました。そこで、近くの地下鉄の駅に下り、周辺地図を見ました。すると、一つ手前の角を曲がれば目的地に着くことが判明しました。
 というわけで、結果的にはほとんど道を間違えることなく到達できました。それにしても、正しい道からほんの少し外れた直後に不安になる、というのは我ながらなかなかの直感だと思いました。もっとも、事前の調査をもう少しきちんとやっておけば、わざわざ地下鉄の駅に下りる必要もなかったわけです。直感に助けられたために大事に至らなかったとはいえ、やはり「備えがなければ憂いがある」ものだとつくづく思いました。

2006年12月21日

人気の名前と縁のない家

 子供につける名前の順位が発表されました。男の子は「陸」が初めて首位に立ったそうです。子供の名前の傾向といるのがどうなっているのか知りません。発表した生命保険会社のサイトによると、昨年の今頃に放映されたTVドラマに「陸」という役の人がいたとの事ですが、そのあたりの影響もあるのでしょうか。
 子供ができる予定は今のところないのですが、私の名前が「隆」なだけに、紛らわしくて仮に男の子を授かっても「陸」とは名付にくいとは思いました。ネタとしては、長男を「陸」、長女を「睦」にして、家族名簿を間違い探しみたいにするのも面白そうではあります。もっとも、そんなことをしたら一生恨まれかねませんが・・・。
 ちなみに、男の子の二位は、昨年首位だった「大翔」だとか。これも苗字や嫁さんのHNを考えると、自分の子供に名付けるのは無理そうです。いつの間にやら、我が家は「子供にメジャーな名前をつけるのが難しい家」になっていたんだな、などと感心(?)しました。

2006年12月20日

冬の視界

 夏の間に通っていた横浜の仕事場に久々に行きました。窓の外からベイブリッジが見える所にあります。ただ、夏には橋までしか見れなかったのですが、今回は、その向こうにある房総半島の山並みまで見えました。別に、特別に空気が澄んでいる日ではありませんでした。となると、やはり夏と冬では海上の視界が異なるのでしょうか。
 それにしても、千葉からはるばる1時間半かけて通勤してきた仕事場の窓から、海を隔てて千葉県の一部である房総半島を見る、というのはなかなか趣がありました。

2006年12月19日

戦乱のおかげで幸せ?

 子供の頃、アフリカの戦乱に巻き込まれて飢えに苦しんでいる子供達の写真を見せて「君たちは辛いとか言うけれど、この子供達に比べればずっと幸せだ」などと言った人がいました。
 確かに、「その日の食料が確保されている」だけでも、その飢えた子供達よりはよっぽどいい環境なわけです。したがって、その戦乱の被害者達に比べれば自分たちのほうが「幸せ」というのは事実だろうな、などと当時は言いくるめられていました。
 しかし、今にして思えば、片方で高度な文明(?)が謳歌されている時代に、「いつまで生きていられるのか分からない子供達」が多数存在する事が異常なだけな話です。それを見て幸せだと感じる、というのは「戦乱を起こして子供達を飢えに苦しませている首謀者たちのおかげで自分たちが幸福感を得ている」という事になってしまいます。
 もちろん必要以上に自分が不幸だと思う必要はないでしょう。とはいえ、この「飢えた子供達に比べれば」という論法で「幸福」を説くのはちょっと違うのではないか、と最近になって強く思うようになりました。

2006年12月17日

空いていても忙しい

 あるファミレスで夕食を取りました。ちょっと遅い時間という事もあって、空席が目立ちました。しかし、注文した後、なかなか料理が来ません。やっとサラダが来たのですが、食べ終えた後、他の料理が来るまで、かなり待たされました。
 空いているのにこれだけ待たされるという事は、相当人数を絞っているのでしょう。とにかく現在の風潮は「人件費節減」なので、ある意味仕方ないのかもしれません。しかし、それって「サービス業」としてはどうなのでしょうか。少なくとも私はこの店にまた行こうと思いませんでした。
 まあ、今の「儲けるためにはいかに従業員をこき使うかがカギ」という感覚が続く限り、このような状況が改善されることはなさそうです。どこかで、「従業員をこき使わなくて儲ける」みたいなビジネスモデルを開発されれば、従業員のためにはもちろん、利用者である我々のためにもいいのだが、などと思いました。

神霊の居場所

 ネットで祈祷するサービスをする神社が増えている事に対し、神社本庁が「ネット上に神霊は存在しない」と、今年初めて自粛を求める通知を出したそうです。宗教には興味がない私でも、「なぜネット上には存在しない事が判明しているのに、オフラインの世界では存在が確認できるのか?」という事が不思議でなりません。たとえば、神社に出向いて祈ったら100%の確率で願いがかなうが、ネット経由で神社に祈ると0%になる、みたいな実証結果でもあるのでしょうか。
 どのくらい神道の修行を積んだ人が決めたのかわかりませんが、よくわからん事を言うものだな、と思いました。
 なお、余談ですが、実世界よりネット上のほうが「神」は大量に存在しているように思われます。もっとも、ネット上の「神」はかなり粗製濫造気味ではありますが・・・。

2006年12月16日

唐変木

 昔の小説などを読んでいると、「唐変木」というけなし言葉がちょくちょく使われていました。これまで、普通の単語として認識していましたが、なぜか急にこの語源が気になりました。文字を見て分析すれば「唐の時代の中国に生えていた変な木」となります。誰かが中国でそのような木を見て驚き、それが日本に伝わったのでしょうか。新たな語句になるほど印象に強い「変な木」とはいったいどのような枝振りだったのだろうか、などとついつい考えてしまいました。

2006年12月14日

酒飲んで若者に人生語る?

 飲み屋でトイレに行き、出ようとしたらいきなり学生さんに声をかけられました。何でも、現在3年で就職活動中なのだが、会社員とはどういうものなのか、教えてほしい、とのことでした。しかもなぜかその学生さんの連れが続々と現れ、せまいトイレに7人くらいの集団ができてしまいました。
 結局、語れた事と言えば、別ブログでちょくちょく書いているような、「今の日本経済はごく一部の得する人と、その下敷きとなって損をする多くの人に分かれつつある」とか「人件費を減らして儲けを得ようとするため、社員はどんどんこき使われる」などという事でした。これから社会に出ようとする若者に対し、夢も希望もあったものではない話ですが、なぜか彼らは好意的に聞いてくれました。まあ、そこそこ的外れではないと思ってもらったのでしょうか。
 それにしても、いきなりの「講演依頼」にはかなり驚きました。冷や汗かきながら何とか話し終えた後、ふと「これって『酔って若者に説教するオッサン』だよな」と思いました。自ら進んでの事ではないとはいえ、まさか自分がこのような事をする日がくるとは夢にも思いませんでした。

 10年ほど前、当時いた職場でえらくひどい評価され、「窓際以下」の扱いを受けた事がありました。はっきり言って、その扱いに、仕事に対するやる気はかなりなくなっていました。
 しかし、その最悪の環境のなかで、貴重な出会いをすることができました。その人は守衛さんだったのですが、物の考え方・見識・責任感と、あらゆる点において当時いた職場の最高職の人間より圧倒的に格上でした。いろいろな事を教わりましたが、特に忘れられないのは前の職場が放火された時の事でした。火元となった一室にその人は飛び込み、初期消火に成功。後でその部屋に入ったら、蛍光灯が溶けるほどの火勢でした。もし、その人の活躍がなければ、建物が全焼していたかもしれません。
 いずれにせよ、その人に直接的・間接的に多大な指導を受けました。仕事の事はもちろん、初めて後輩の結婚式のスピーチを頼まれ、何を言えばと悩んで相談した時も、的確な助言をもらいました。その通りに話したところ、主賓である後輩に後で感謝された、などという事もありました。
 それらを含め、その人のおかげで自分もそこそこ成長することができました。おかげで、当時は不快きわまりなかった「左遷」も、いまではその人の指導を受ける事ができた、という点において、振り返ってみれば貴重な経験だったとすら思っています。

 その後、その人はガンをわずらい、闘病生活に入りました。しかし、その大病についても、風邪をひいたのかと同じような感じで対処しており、平然と「ガンなんだよね」と笑っていました。昨年の夏に再入院された時にお見舞いにいった時も、逆に見舞った私を気遣っていただき、恐縮したほどでした。
 その後も季節の挨拶はしていたのですが、夏にいただいたお中元の伝票が、これまでの手書きだったのが印刷になっており、気にはなっていました。そして昨日帰宅したところ、訃報が届いていました。大病なだけにある程度覚悟はできていたものの、やはりかなりの喪失感がありました。
 本人にも照れくさくて言えませんでしたが、私にとっての「人生の師」と言える方の一人でした。これから自分がどうなるのかわかりませんが、その人の教えを受けた事を誇りに思って人生を全うしたいと思っています。ここで書くのもなんですが、本当にありがとうございました。そして、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

2006年12月12日

象徴的な建て替え

 3年半ほど前に嫁さんのマシンを組んだ時にパーツのほどんどを調達し、その後もちょくちょく買い物をしていた秋葉原のパーツ屋がありました。角地にあるなど、立地条件もよく、3年前は店内を歩くのにもちょっと苦労するほどの盛況ぶりでした。
 ところが、しばらく前に通ったところ、つぶれていました。その時点では閉店の案内しか出ていなかったのですが、先日行ったところ、跡地に「まんだらけ」が地上5階のビルを建てる、という表示が張ってありました。
 最近のPCパーツ業界の事はよくわかりません。しかしながら、かなりいい立地にあったパーツ屋がつぶれ、その跡地に同人ショップのビルが建つ、というのはなんか象徴的なものを感じました。

2006年12月11日

替え刃

 電気カミソリの刃が欠け、毎朝、痛い思いをしながら髭を剃っていました。しばらくは我慢していましたが、ある日ついに限界を感じ、量販店に新品を買いに行きました。剃刀売り場で「次は何にしようか」と思っていろいろ見ていたところ、ふと「替え刃はこちら」という表記に気づきました。それを見たとき、「そうか、刃がダメなのだから、本体はそのままで刃だけ替えればいいんだな」と今更ながらに気づきました。
 一度帰宅し、型番を調べた後、替え刃コーナーに行って購入。早速装着して髭を剃ったところ、新品同様のそり心地でした。替え刃自体はさほど安くない値段ですが、もちろん本体よりは安いわけです。また、何ら異常のない本体を捨ててしまう、という無駄も避けることができました。
 それにしても、これまで何度か電気剃刀を替えていたわけですが、その際になぜ「替え刃」という発想に至らなかったのか、我ながら不思議です。一度気づけば、当然きわまりない事なのですが・・・。

2006年12月10日

年のせいなのか品質低下なのか

 津田沼から無料送迎バスが出ているビアホールがあります。ここの売りはラム肉のジンギスカンで2千数百円で食べ放題にすることができます。今のアパートに来た9年前は、まだ20代という事もあり、何度か行ったことがありました。
 今日、思い立って、その店に久々に行きました。ところが、出てきたラム肉を見ると、かつてのものとはかなり雰囲気が違います。しかし、「まあ、7~8年ぶりだから記憶もあやふやなのだろう」と思って焼き始めました。
 ところが、食べてみてもそのジンギスカンは明らかに違う味です。私は、ラム肉は大好きで、スーパーの特売品を野菜炒めにしたものでもそこそこ満足できるほどです。しかし、その肉からはラム特有の香りが感じられず、代わりにきつい脂肪の味がしました。

 こんなはずはない、と思っていろいろ焼き方を変えましたが、やはり味は変わりません。結局、脂で胃もたれしてしまい、食べ終わった後、コンビニで「黒烏龍茶」を急いで買ったほどでした。
 肉の質が落ちたのか、かつてはこの程度でもおいしく食べれたのが、年のせいでダメになったのかはわかりません。いずれにせよ、この店に行くことは二度とないな、と思いながら這々の体で店を出ました。

2006年12月02日

沈む瞬間

 夕方、見晴らしのいい場所にいました。西のほうを見ると、真っ赤で大きな夕陽が、ちょうど沈むところでした。しばらく時間に余裕があったので、ちょくちょく見ていたのですが、見るたびに太陽の面積が狭くなり、やがて一筋の光だけが残る、という状態になりました。そして、次に見たときは、太陽はの姿はなく、夕焼けだけが残っていました。
 毎日行われている日没に、これだけの味わいがあるとは思いませんでした。やや暇をもてあましていた一日で閉口していたのですが、それが見れたので、いい一日だったと思うことにしました。

2006年12月01日

確かに「燃えるゴミ」だが・・・

 我がアパート専用のゴミ収集所に、粗大ゴミの不法投棄が行われています。一つは炬燵でもう一つはガステーブルです。ご丁寧な事に、ガステーブルは、市指定の可燃物用ゴミ袋に包まれています。まさか正気で、こうすれば回収されると思っているわけではないでしょう。となるとやはりこれは、「燃えるゴミ」にひっかけたギャグなのかな、などと思っています。
 冗談はさておき、清掃車は回収しないまま一週間以上たっています。このまま誰かが個人的に持っていかない限り、放置され続けるのでしょうか。鬱陶しいので、自腹で回収費用を負担して、粗大ゴミとして持っていってもらおうか、などとまで思っています。
 このような不法投棄をなんとかしない限り、ごみ回収の有料化というのは、まともに袋やシールを買って捨てる人が損をする仕組みなのだな、とつくづく思いました。

2006年11月27日

けたぐり

 昨日まで行われていた大相撲九州場所において15戦全勝で19度目の優勝を果たした朝青龍関に対し、横綱審議委員会が謎のいちゃもんをつけたそうです。この場所の八日目に、朝青龍関は稀勢の里関に対し、立ち会いで変化するや「けたぐり」を放ち、一瞬で勝利を決めました。
 確かにあっけない勝負でしたし、稀勢の里関を応援していた身としては残念さもありました。しかしながら、朝青龍関はそこからも全部勝って全勝優勝したわけです。そう考えてみると、この「けたぐり」はいいアクセントになったと言えるのではないでしょうか。もちろん、15日間全部「けたぐり」では困ります。しかしながら、どうせ15勝するわけです。ならばその1/15くらい、そのような奇妙な事があってもいいのではないでしょうか。
 それを、揚げ足を取るように、「勝ち方に品格がない」などと言う横綱審議委員会には毎度のことながら呆れました。中には、「『けたぐり』という言葉自体、品がない」などと、大相撲の伝統を真っ向から否定するような戯言を話した輩までいたそうです。

 以前も書きましたが、昔も今も、横綱審議委員会という連中はろくな事を言ったためしがありません。少なくとも、私の知る限り「横審のあの一言をきっかけに土俵が活気づいた」などという事はありません。無意味な事を言えばいいほうで、放っておくと今回のように、力士を不当に中傷します。
 今の相撲界を見ても、そんな「けたぐり」より重大な問題がそれこそ山積しているはずです。そんななか、こんな無意味な事を言って、圧倒的な強さを見せた横綱を貶めようとしているわけです。また、そんな戯言を真に受けてそのまま報じるマスコミもマスコミです。どうせこの一件を報じるなら、このような発言をする横綱新議員会の「品格」について、記者自身の頭で考えて記事を書いてほしいものです。

2006年11月25日

匠味

 モスバーガーの高級品「匠味」を食べてみたくなりました。かつては販売時刻や一日の販売個数を制限していた製品だったので、それがなくなった今でも簡単に食べれるものではないかも、と思い、あらかじめ店に電話で注文してから行きました。
 特に電話では「店内」とも「持ち帰り」とも言わなかったのですが、どうやら「電話してくる客は持ち帰り」というのが一般的なのか、店に着いたら、「持ち帰り用紙袋」が準備されていました。それを店内で開いて食べたのですが、持ち帰り用として「匠味」は本体とソースが別になっていました。しかも、そのソースは二種類あるのです。
 どちらかお好みのほうをかけるのか、それとも二種類をあわせてかけるのか、などと疑問に思いましたが、さすがに店員さんに食べ方を尋ねるのも間抜けかと思い、一口食べる度に別々のソースをかけてみました。
 そのソースのかけかたが悪かったのか、せっかくの高級バーガーなのに、どのへんが普通のと違うのか今ひとつわからないまま食べ終えてしまいました。高級品というのは扱いが難しいものだと改めて感じました。

2006年11月24日

わかりづらすぎる案内図

 仕事でとあるデパ地下の店に行く用事が生じました。たいして広くはない事は分かっているのですが、念のためサイトで店の場所を確認しようとしました。ところが、そのデパートのサイトは非常に構成が分かりづらく、地下街の案内図にたどりつくまで一苦労しました。
 さらにそのやっとたどりついた案内図が非常に分かりづらいのです。全体図を見ても字が小さすぎて何が何だかわかりません。部分をクリックすると拡大図が表示されるのですが、それを見ても目当ての店がなく、しかも隣の部分の拡大図にはリンクされていなく、いちいち全体図に戻らねばなりません。
 これで探していてはきりがない、と思い、ぶっつけ本番で現地に行ったところ、比較的分かりやすい場所に目的の店がありました。というわけで、結果的には迷わずにすみましたが、そのサイト構成およびサイト内の地図のわかりにくさは非常に印象に残ってしまいました。
 さすがはバブル期に店舗を巨大化させすぎ、そのあおりを喰って数年前に経営破綻したデパートなだけの事はあるな、と別な意味で感心させられました。

2006年11月21日

やることなすこと

 昨日の帰り、会社を出た直後に傘を忘れた事に気づいたのですが、「まあ、降っていないからいいや」と思い、そのまま帰りました。そして電車に乗っていると、なぜか急にCDが買いたくなり、津田沼で途中下車しました。すると、外はかなりの雨でした。しかし、「一度降りたのだし」と3分ほど雨に濡れて店に行きました。
 ところが、買うつもりだったCDは店になく、再度雨に濡れて駅に戻り、さらに幕張本郷から自宅までも雨に濡れて帰りました。
 すると翌朝から風邪気味に。ただでさえ帯状疱疹が治りきっていないのにそんな事したのですから、ある意味当然の帰結といえます。
 病気の疲れもあって、やや思考力が鈍っていたのでしょうが、我ながらアホな事をしたものだと思いました。やはり病気の時は、治りきるまでは可能な限りおとなしくすべきです。今更悟っても遅いのですが・・・。

2006年11月20日

謎の人材募集

 今年に入って「とりあえず安価にコーヒーが飲める店」という事でマクドナルドを使用する機会が増えました。そのたびに気になるのは、トレイに乗っている紙です。以前は、キャンペーンなどによって月ごとだか季節ごとで代わっていたように記憶しています。しかし、今年度に入ってからは、いつ見ても「スタッフ募集」というものしか見ません。しかも写真・宣伝文句も同じです。
 それだけ見ると、よほどの人手不足か、などとも思えます。しかし、本当に積極的に募集したいのなら、半年以上も使い回すような事はしないでしょう。ちなみに、「人手不足倒産」なる言葉が存在したバブル最盛期の1990年頃は、店頭に大きな垂れ幕で「朝や昼の一時間だけでも可」などと、今よりずっと高い時給でバイト募集をしていました。それらを考えると、さほど切羽詰まっているとは思えません。
 というわけで、様々な点で非常に奇妙な「募集広告」だなと、100円のコーヒーを飲みながらつい考えてしまっています。

2006年11月19日

頭の休め方

 帯状疱疹は薬のおかげで落ち着いたので、昨日の夕方あたりから普段通りの生活に戻そうとしたら、夜にぶりかえしの傾向がありました。そのため、今日はおとなしく、朝から晩までほとんど布団の中で過ごしていました。
 療養する事を最優先すれば、何もしないでいるのが一番のように思われます。ところが、布団の中で目を閉じたりしていると、あまりいい事が考えられません。なぜか知りませんが、攻撃的な事ばかり考えてしてしまい、一人で怒ったりしてしまいました。
 というわけで、何もしないとかえって精神を疲れさせそうなので、漫画や軽い内容の本を読むことにしました。あまり難しいことを考える材料を読むとまた疲れそうなので、それで頭を休めようとしたわけです。その後は、考えて疲れる事はなかったので、どうやらこの方法は成功だったようです。
 いずれにせよ、こんな事を考えずにすむよう、健康には注意すべきだと改めて実感させられた「療養生活」でした。

2006年11月15日

嫌われる努力?

 帰りの電車に乗っていたら、すぐ近くから「今電車の中だから」という女性の声が聞こえてきました。よくある「電車に乗っている最中に携帯がかかってきた」というやつです。普通ならここで会話が終わるはずです。ところが、それからもその女性は不快そうに話し続けています。そしてしばらくして「どうせ○○さんのほうが好きなんでしょ」と言って強引に切ったのですが、即座にまた着信音が鳴っていました。
 どうやら、恋愛がらみで嫌われた男が執拗にかけてきている感じです。それにしても、普通の電話ですらそんなのは迷惑だというのに、電車の中なわけです。電話を受ける方の迷惑も倍増するでしょう。これでは頼むから心から嫌ってくれ、と言っているようなものです。
 まあ、本人が分かっていないだけで、誰から見てもどう考えても最悪の事をやっている、というのは意外にある話です。そう考えると、その「彼」の事をうかつに嗤えないのかもしれませんが・・・。

2006年11月10日

分かってはいるけれど・・・

 職場の近くに、昼はミルクスタンドで夜は立ち飲み屋、という店があります。色々と興味深い作りをしていたので、興味はありましたが、いつも前を通り過ぎるだけですが。今朝もその前を通ったら、「ミルクソフトクリーム100円」という張り紙がしてありました。
 私はソフトクリームが好きで、かつては阪急三番街でビッグソフトクリームなどを食べていました。しかし、年をとるたびに甘い物の許容量が減少し、最近では標準サイズを一つ食べるのにも苦労するほどです。しかしながら、「ミルクソフトクリーム」という、牛乳に自信のありそうな名前と、100円という値段が気になり、一度は通り過ぎたものの引き返して注文しました。
 一口食べたところ、期待にたがわぬ牛乳の味が口の中に広がりました。その美味さには正直感心しました。しかし、年による甘い物の許容量低下は相変わらずで、最初の数口を過ぎると味を感じなってしまい、後は何とか食べきったという感じでした。
 まあ、最初の一口だけで100円の価値は十分あったので、自分の選択には後悔していませんが・・・。

2006年11月04日

携帯の損益分岐点

 3月末に新規契約したばかりの携帯を紛失してしまいました。購入10ヶ月未満の「買い増し」は非常に高くつくのを知っていたので、ドコモショップに解約の相談をしに行きました。すると、「紛失の場合は、10ヶ月以上の料金で買い増しができる。新規の場合、事務手数料のみならず、いちねん割引の解約手数料もかかる」と言われました。
 そこで、試算を依頼したところ、9千8百円以上の携帯を買うなら、ドコモショップで買い増しの手続きをしたほうがいい、と言われました。
 最新機種へのこだわりもない上に、携帯番号を知らせている人はさほど多くなく、番号が変える事による不利益もありません。そこで、当初の予定通り、9千8百円以下の携帯を新規購入することにしました。

 昨日、秋葉原に行った際に調べたところ、902iなら3千円程度で買える、との事でした。7ヶ月前に買った時は、安くて2万8千円くらいだった機種です。毎度の事とはいえ、携帯の値下がりというのはすごいものです。
 とりあえず、どの902iにするかを考えてから出直そうと思い、帰宅して調べました。そして今日、千葉に買い物に行ったところ、ちょっとのぞいた小面積の携帯専門店で、昨日の調査の結果「本命」にしいていた機種が、無料で売られて(?)いました。もちろん、無料にするためにはいくつかの条件があるのですが、その条件も、7ヶ月前に秋葉原のヨドバシで前の機種を3千円で買ったときより面倒でありません。
 これ以上安くなるわけがないので、即座に購入を決定。購入の際に色々な「携帯販売の裏技」を知ることもできました。
 先日なくした機種は、機能はもちろん、他の様々な点で不満だらけだったので、今回の買い換えは様々な意味で「成功」でした。もっとも、携帯のみならず、秋に入ってから少なからず重要な落とし物をしています。それ自体は非常によろしくない事なので、この「成功」を喜ぶわけにはいかないのですが・・・

2006年11月03日

魔法の砂

 夜遅く電車に乗ったら、床に「酔っぱらいの記念品」がぶちまけられていました。しばらくすると駅員さんが片付けに来たのですが、持っているのはワックス入れみたいなバケツと箒・ちり取りでした。
 あの粘度のたかい物体を箒とちり取りで片付けられるのか?そしてそれをバケツに入れるのか?などと不思議に思いました。すると、駅員さんはバケツの中から茶色い砂のようなものを出し、「物体」にかけ始めました。その後、箒を使うと、あの粘度の高かった物体が、土塊みたいな感じでちり取りに片付けられていました。
 その手早さには、華麗さみたいなものを感じたほどでした。世の中には便利な砂もあるものだ、と感心させられました。これまで車内で「酔っぱらいの記念品」を見かけた時は、極めて不快な気分になっていたものですが、今日は違いました。もっとも、だからと言って、再度このような光景を見たいとは思いませんが・・・。

2006年10月30日

必修単位問題

 少なからぬ高校が「必修」と定められた科目の授業を行っていなかった、という事が、なぜか急に、毎日のようにニュースになっています。その影響で自殺者まで出たほどです。
 率直に言って、なぜこの事が大きく騒がれるのか理解できません。私の場合、高校時代に「自主的必修科目未履修」を行っていました。大学受験において、共通一次(当時)は受けるものの、二次や私立では三科目しか受けない事を二年の時に決めていたため、それに役立たない授業は、睡眠もしくは、受験科目の勉強(俗に言う内職)にあてていました。したがって、化学や二年以降の数学については、学んだ記憶がありません。

 その後の受験科目について具体的に調べた事はありません。とはいえ、電車に出る大学の広告を見る限り、試験科目が減ることはあっても、増える事はなさそうな感じです。そのような現状において、ほとんどの生徒が大学進学を希望している学校が、文科省の定めた「必修科目」の代わりに、「入試に出る科目」を教えるのは当然なのではないでしょうか。
 仮に今後、「必修科目」の授業実施が徹底されたらどうなるのでしょうか。その科目において、定期試験に備えた知識を一時的に覚えるための手間が増えるだけです。それによって「必修科目を履修した」という事実が残っても何の意味があるのでしょうか。
 今回の件は、むしろ「文科省の定める必修科目」の存在意義を見直すための契機にでもしたほうがいいのでは、と思っています。世の中で生きていくために必要な「科目」はもっとあるはずですが、それとかけ離れた次元で「世界史の授業がどうこう」などとあたかも大事件であるかのように報じる記事や談話を見ると、笑うを通り越して呆れてしまいます。

2006年10月29日

「リベンジ」の代償

 昭和30年代風味を売りにしている、「東京厨房」という店に昼食を食べに行く機会がありました。色々面白いメニューがあったのですが、他人のおごり、という事もあり、一番豪華な「東京厨房グリル」というのを頼もうとしました。ところが、注文の聞き間違いか、出てきたのは「グリル」でなくて「プレート」でした。「グリル」が量のある肉料理の盛り合わせであるのに対し、「プレート」は会席料理風で、小皿に各種の料理が乗っているという感じです。空腹だったから「グリル」を頼んだにも関わらず、少食向けの「プレート」が来た、という形になり、極めて不本意な結果になりました。
 ところが雪辱(?)の機会は意外にすぐにやっていきました。翌日もまたスポンサーのおごりで昼食だったのですが、気に入ったのか、また同じ店になったのです。そこで今度は間違いなく「グリル」のほうを頼み、二日越しの悲願達成に満足することができました。
 それは良かったのですが、困った副作用がありました。他の人たちは無難にハンバーグやカツを頼んでいる中、一人で二日続けて「オリジナルブランド」を注文したため、すっかり「あいつは奇妙なメニューを頼む性癖のある奴だ」と思われてしまったのです。おかげで、今後、同じメンツで食事に行った場合は、常に非凡なメニューを頼まねばならなくなった、という雰囲気が場に漂ってしまっていました。

2006年10月28日

かじめる

 職場の引っ越しがありました。それに関連していくつかの作業があったのですが、その中に「かじめる」というものがありました。37年間生きていましたが、その言葉を聞くのは初めてでした。ちなみにこれは、LANや電話線の両端についている接続用端子を線とくっつける事です。つまり、これはインターネットをやっている人の大半にとってなくてはならない作業なわけです。
 普段、当たり前のようにLAN線を使っていたわけですが、それを使うために、このような作業があり、また、そのための用語が存在するとは思いませんでした。あらためて、世の中には身近ながら自分が知らない事がたくさんあると痛感させられた次第です。

2006年10月27日

かけ流しの天然温泉?

 車内吊り広告見ていたら、どこぞの温泉施設の広告があり、「掛け流しの天然温泉」と大きな文字で出ていました。ところがその広告の「注意書き」を見てみると、「一部の浴槽には加熱・加水・循環濾過をしている所もございます」という記載があります。
 宣伝する立場としては、「掛け流し天然温泉」も確かにあるのだから、それを宣伝しても問題ないし、それ以外に加水・加熱・循環をしている施設があっても、嘘ではない、となるのでしょう。しかしながら、やはり「かけ流しの天然温泉」を大きく謳っているにもかかわらず、下に小さい文字で「注意書き」を入れているのはいかがなものかと思いました。
 私も温泉にさほど詳しくはないですが、かつて行った「掛け流しの天然温泉」では、その温泉を融雪用として、道路に流していました。風呂自体も良かったのですが、それ以上にその「掛け流しぶり」に感心したものでした。それに比べれば、「全体のうちのほんの一部の風呂で『掛け流しの天然温泉』を実現させている」ことなど、宣伝する事自体どうかと思われます。
 せっかく高価な設備投資を行って開設したのですから、もっと後ろめたくない部分で宣伝して欲しいものだ、とつくづく思いました。

2006年10月26日

企業価値侵害の判断基準

 会長が盗聴を指示した事で有名なサラ金屋が、買収防衛策を発表したそうです。何でも、社外取締役で構成される独立委員会が企業価値が侵害されると判断した時に防衛策が発動されるとの事です。
 盗聴の他にも、批判する記事を書いたら、それが事実でもあるにも関わらず、事実無根呼ばわりして裁判を起こす、などという事もやっていました。さらにこれはその会社に限った事ではありませんが、利息制限法を上回る「グレーゾーン金利」で貸し付け、そこで儲けた金を政治家に献金して、利息制限法違反対策の骨抜きをはかろうとしているわけです。
 そのような会社の「企業価値が侵害」というのはどういう状況を指すのか、興味深い所です。暴力団系企業の買収ならOKだが、慈善団体とつながりのある企業だったら防衛策が発動されるのか、などと思いました。

2006年10月24日

気がついたら晩秋

 今朝は冷たい雨が降っていました。ホームで電車を待っていたら、息が白くなっており、コートを羽織っておけばよかったか、などとまで思いました。つい2週間前まで夏用スーツを着ていたのが遠い昔であるかのようです。
 もっとも、考えてみれば10月もあと残り1週間しかないわけで、次はもう11月。いわば「秋の終わりの始まり」という時期なわけです。
 しかしながら、これらの暖かさもあり、「気がついたら秋の終わりになっていた」と思ったほどの、急な冷え込みでした。

2006年10月23日

忘れやすい場所?

 先週行った客先で忘れ物をしました。仕方ないので仕事が終わってから取りにいったのですが、探している間に、今度はいつの間にか傘を忘れてしまいました。雨が上がって晴れた日なら分からなくもないですが、電車に乗る時に小雨の降る道を歩いているわけです。にもかかわらず、傘を忘れ、しかも気づかないのですから、我ながら呆れました。しかも、探そうとした前の忘れ物もみつからず、ただ忘れ物を追加するだけの結果に終わってしまいました。
 私にとって、忘れ物をしやすくなる何かがある客先なのかも、などと思いました。次に行く時に何を忘れるのか、今から不安でなりません。

2006年10月21日

画面と声

 TVを見ていたら、「ウルトラセブン」のパチンコの広告が流れていました。ファンを意識して、実際に放送された場面に声だけ吹き替えて流す、という方策をとっています。そして、使ったのは「アパートの一室でモロボシ=ダンとメトロン星人が会話をする」という評価の高い場面を選んでいます。
 これだけ見ると、「分かっている」かのように思われます。ところが、この広告、一番重要な所を見落としていたために、とんでもなく冴えないものになりました。
 広告のほとんどは、メトロン星人による商品紹介で締められています。ところが、その声は、あれを名場面たらしめた、あの落ち着いた太い声ではありませんでした。おかげで、同じ画像を使いながら、まったくもって別の場面という印象になってしまいました。
 もっとも、声がどうであろうと、話している内容は、パチンコ台の宣伝です。逆に言えば、声優さんまで吟味して、本来の声に近い人を選んだ場合、より一層、パチンコをやらないファンにとっては不快だったかもしれません。そう考えると、あの「メトロン星人の声」はむしろ適切な配役なのか、とも思いました。

2006年10月18日

「いじめ事件報道」の「抗議電話」

 福岡の「いじめ自殺事件」は、教師が関わったという情報が流れた事により、報道が盛り上がっています。そして、報道の一覧を見ると、半分くらいの記事に「教育委員会に『抗議の電話』が殺到している」などという「国民の怒りぶり」が書かれています。中には、そのような電話の内容までわざわざ紹介している記事があります。

 ところで、その「教育委員への電話」というのは、どういうものなのでしょうか。かけている連中は自分たちが正義だと思いこんでいます。そして、抵抗できない事を承知の上で町教育委員会の事務員に電話をかけ、「報道された教師を厳しく処分せよ」などと言っているわけです。
 つまり、このような電話をかけている輩は、自分が正しいと思って、抵抗できない相手に言葉の暴力をふるっているわけです。これって、直接か電話越しかの違いがあるだけで「いじめ」の構造と全く同じです。
 そして、このような、いい年こいても「いじめ」を続けている輩の非常識な行為を、何か立派な事であるかのようにマスコミは報じているわけです。こんな報道が存在し続ける間は、「いじめ」がなくなる可能性はゼロでしょうね。

2006年10月14日

終電寝過ごし

 昨晩、そこそこ飲んで終電で帰りました。飲んで寝過ごすのは何度か経験しているので、携帯のスケジュールアラーム機能を使い、幕張本郷到着直前に音が鳴るようにしました。それに安心したのか、目の前の席が空いたので座り、そのまま寝ました。その後の記憶は定かでないのですが、一度携帯が鳴ってすぐに音を消した記憶がおぼろげにあります。そして気づいた時は二つ離れた新検見川駅でした。
 さすがに二駅分歩く体力はなく、タクシーに乗りました。ただ、あまり持ち合わせはなく、しかもその車の表示を見るとカードが使えなさそうな感じです。おかげで、乗っている間、ずっとメーターを凝視する羽目になりました。
 幕張本郷に来てちょうど9年目になりましたが、タクシーで帰るのは初の事でした。これからは、「終電では席が空いても座らない」くらいのつもりでいなければならないようです。もちろん、それ以前に、終電になるまで深酒をしない事がより重要なのでしょうが。

2006年10月11日

睡魔

 昼下がりの特定時刻になると睡魔に襲われます。休み時間の昼寝や刺激の強い菓子など様々な対策を取っていますが、どうしてもこの「襲撃」には勝てません。まだ、パソコンに向かって仕事をしている時はいいのですが、問題は取引先との打ち合わせの時です。普段と違い、ちょっと席を外すわけにもいかず、足をつねったりして何とか耐えている、という状況になってしまいます。
 そんなに眠いなら帰ってすぐ寝れば、という事になりますが、そう都合良くはいきません。日によっては1時を過ぎても全然寝付けない、などという事もあります。そして翌日の午後は・・・という完全な悪循環になるわけです。
 本来、人間の体は日中に起きて夜に眠るようになっているそうです。しかし、どうもその基本設定に一部狂いが出ている模様です。それにしても、寝たいときに寝れないで、寝てはならない時に眠くなるあたり、まさしく睡「魔」という言葉がぴったりです。この言葉を考え出した人は偉いな、などと思いながら、今日も睡魔との辛い戦いをしてきました。

2006年10月07日

3枚あっても・・・

 ANAから封書が届いていました。特に何の申請や手続きをしたわけでもないのに何だろう、と思って開けてみると、EDY機能つきのマイレージカードが入っていました。何らかのキャンペーンで、EDYなしのマイレージカード会員宛に、無料でEDYつきカードを送付していたようです。
 ちなみに私にとって3枚目のANAマイレージカードです。元々持っていた1枚に加え、今年からマリーンズとANAが提携した関係で、FC登録の際にもう1枚届いていたからです。実は、最初にANAマイレージにEDYがついたとき、カードを変更しようかと思ったら有料だったのでやめた、という経緯があります。さらに、マリーンズFCの関係でカードが来たときも、折角だから二枚のカードをまとめてEDY機能を使えるようにしようと思ったのですが、平日の日中に電話しないと手続きができない、との事でこれまた断念していました。
 結果的に、500円も払わず、電話もせずに既存のマイレージカードがそのままEDY対応になったわけです。すなわち、何もしなかったのが正解だったわけで、そう言う意味では得したと言えるでしょう。

 既にクレジットカードさらには携帯までEDYに対応しているため、これでEDY機能を持つものが、ANAの2枚をあわせ、計4枚となりました。カードの利用ポイントもANAのマイルもEDYになるため、普通に暮らしたり飛行機に乗ったりするだけでEDYが増えるわけです。ただ、それぞれのカードにたまったEDYをまとめる機能はありません。EDY対応携帯同士なら、そのような機能はあるのですが、カードからだとできないのです。おかげで、複数のカードに少しずつEDYが溜まる、という効率の悪い状態が生じてしまいました。
 まあ、かつて500円払わないとできなかったANAマイレージカードのEDY対応が、何もしなくても向こうからEDYカードを送付してきたわけです。この調子なら、そう遠くないうちに、この「EDYまとめ機能」も誕生すると思われるので、あまり気にしてはいませんが。
 いずれにせよ、ANAマイレージカードが3枚あって仕方ありません。初代と二代目は今後使われる事のないままとなることでしょう。

強風雨

 昨日は雨が強く、また、各地で電車が遅れるほどの強風でした。そのため、ただでさえ風が強い幕張本郷では、強風日の名物とも言える、「風で破壊されてそのまま道ばたに捨てられたコンビニビニール傘」が少なからず見受けられました。
 そんな中、アパートに戻りました。我がアパートの建っている所はちょっと小高くなっており、裏手の駐車場のところは坂になっています。その坂から敷地に入ったところ、強雨の影響で、小さな川ができていました。さらに駐車場にはかなり巨大な水たまりが。その端のところが「決壊」して川になっているのです。
 思わぬ所で、山頂の湖とそこから流れ出す川の小型版(?)を見ることができました。今日は雨が強い時間帯に外を歩く用事があるなど、強雨の被害を受けました。しかし、その水たまりと川を見ていると、このような強雨も捨てたもんじゃないな、という気分になりました。

2006年10月06日

約20年前の生徒手帳

 掃除していたら、高校3年の時の生徒手帳が出てきました。中身を見ると、さすがに受験に関するメモがほとんどです。しかし、それに混じって受験生らしからぬ事も色々書いてありました。あるページなど、右側に大学願書の取得方法がメモしてある反面、もう片方には当時なぜかハマっていた、2時のワイドショーの題名がメモされていました。我ながらなぜこんなもんを生徒手帳にメモしたのか、今となっては理解できません。
 一方、暦の所には試験の日程などの他に、タイガースの成績が書かれていました。しかし、7月頭を最後に途絶えています。もっともこれは受験勉強に専念するため、というわけではなく、ただ単にタイガースが負けすぎて頭に来たからかと思われます。この年1987年に球団創設2度目の最下位となったタイガースはそこから15年間でAクラスは1回のみでした。いわば長期暗黒時代の最初の年です。今その成績を見ると、改めてその負けっぷりには驚かされました。
 それにしても、真面目な事や変なこと、さらには野球の結果などを好きなように書き連ねる、というのは考えてみれば今とそう変わりありません。もちろん、その間の約20年間には当然ながらいろいろあり、ものの考え方をはじめ、色々と自分の中も変化しました。その中で、変わらないところは変わらない、というのはまた面白いものだと思いました。

2006年10月04日

「こだわり」の水準

 セブンイレブンに「こだわりのバタピー」という製品があります。税込み105円にも関わらず、量がそこそこあり、駅売店の130円のバタピーと同じ量です。しかも、「こだわりの」と言うだけの事があり、質的にもなかなかのもの。安い落花生製品にありがちの、しなびた豆が混ざっている、という事もなく、粒がそろっていました。
 そのため、よく食べていたのですが、ある時期から、変化が生じました。これまではなかった質の低い豆が入っているなど、はっきり味が落ちました。まあ、利益を出すことを考えると、仕方がないのでしょう。こちらも105円しか払っていないのですから、さほど偉そうに文句も言えません。
 まあ、「こだわり」にも色々な水準があるという事なのでしょう。出来ることなら、いつかまた、かつての「こわり」を復活させてほしいものですが・・・。

2006年10月03日

酔っぱって運転してはいけないもの

 福岡の死亡事故がきっかけになったのか、飲酒運転の摘発が厳しくなっているようです。私は免許は持っていないどころか、ここ25年ほど自転車すら保有していないので、「飲酒運転」の経験は一切ありません。とはいえ、そこそこ酒が入った時に生じる運動能力・思考力の減退を考えると、飲酒運転という行為がいかに危険な行為かという事くらいは分かりますし、ぜひ撲滅してもらいたいものです。折角ですから、「一度でも飲酒運転をしたら免許を取り消して二度と運転できないようにする」くらいに「厳罰化」してほしいもだと思っています。
 いずれにせよ、思考力・運動力ともに異常をきたすので、飲酒して運転してはいけない、というのは周知の事実です。ところが、それと似たようなもので、ある意味より危険度は高いのに、公然と行われている不可解な事があります。それは、「料亭政治」に代表される、「夜の酒席で重要な事を決める」という長年の習慣です。

 車の運転のように運動能力は使いませんが、飲酒が判断力に影響を及ぼす事は確かです。そのような状態で、極めて重要な事を決める、というのはいかがなものでしょうか。ちなみに、どこかの経済界の重要人物は、夜はかならず「会合」のために空け、そのために早朝から仕事をするとか。そんなに頑張るなら、何も夜に酒を交えずに、昼間の頭のすっきりした時間に普通に会議をすればいいと思うのですが・・・。それとも素面では言えないような無茶苦茶な事でも話しているのでしょうか。
 個人的にもかつて関わっていた仕事がらみでこの「夜の重大会議」によってとんでもなく愚かな事が決められ、非常に不愉快な思いをした経験が一度ならずありました。そのため、より強くそう思います。
 いずれにせよ、車にせよ政治にせよ経済にせよ、アルコール抜きで「運転」してほしいものです。
 なお、最初に書いたように私は飲酒運転には厳しく対処すべきだと思っています。とはいえ、最近になって急に「飲酒運転摘発」のニュースが増える、というのはまた奇妙な事だと思っています。それこそ、何かの事情があって「最近、自動車事故が増えたのは、飲酒運転に代表される運転手のモラル低下だけが原因で、自動車やそのメーカーのせいではない」などという風潮を作る必要でもあるのだろうか、などとまで思っています。

2006年10月01日

知らないものを検索?

 最近、電車内や駅に貼られる広告に「詳しくは『○○』という言葉で検索して」と書かれているものが増えました。私は、帰宅するとすぐパソコンの電源を入れるという生活をしています。それでも、車内や駅で見たその「○○」という語句をパソコンが立ち上がるまで覚え続けるのはなかなか容易な事ではなく、結局、一度もその言葉で検索した事はありません。
 その中でも、最近、特に奇妙な広告がありました。幕張本郷駅あたりに何枚も「マクハリタマゴ」なるものの広告が出ていました。しかし、実際にそれが何なのか、全然わかりません。広告は複数種類があるのですが、いずれも「×月×日に全貌がわかります。詳しくは検索してください」という感じのものばかりでした。
 先述の理由で検索もしないまま、その「発表日」を迎えました。すると何とその正体は本郷と海浜の間に新築されるマンションでした。
 一般論として、マンションを買うことができる層というのは限られています。にも関わらず、ただ「検索しろ」というのはどうなのか、と思いました。実際に検索した人がどのくらいいたか分かりませんが、少なからぬ人にとって、それは時間の無駄になったのではないでしょうか。
 1枚の紙で表現しきれないものを「詳細はサイトで」という事自体はまあ悪くないとは思います。とはいえ、やはり少なくとも「何の宣伝なのか」くらいは書いておいたほうが読む人にとって親切なのでは、と思いました。

2006年09月28日

視点の変化

 仕事で客先に行きました。その会社の場所は、かつての勤務先の近くでした。したがって、駅からの道はついしばらく前まで何度も歩いた道です。最後に歩いてからさほど時間が経っていないので、町並みは全然変わりません。強いて言えば、建設中だったビルが完成したくらいです。しかし、見慣れたはずの道でしたが、かつて見た印象とはかなり違っていました。もちろん、街が変わったわけではなく、自分の視点が変わっているのです。
 一番驚いたのは、交差点の脇にある「広告スペース」でした。以前からここにはさまざまな派手な広告看板が出ており、そればかり印象に残っていました。ところが今日そこを通った時、その看板が立っている場所が草の生えた空き地だという事に気づきました。それまではなぜか看板ばかりしか見ておらず、その下がどうなっているかなど、意識すらしませんでした。ところがなぜか今日はその「足下」に目がいったのです。
 なぜ今になってそこに気づいたのか、自分でも分かりません。ただ、理由はともかく、この半年近くの間で自分が変わった事を、歩き慣れた場所を久々に訪れた事により知った、というのは面白いものだと思いました。

2006年09月21日

秋の訪れ

 朝出勤して、いつものように事務所の窓を開けたらキンモクセイの香りがしました。ちょうど今日から咲き始めたのでしょう。これまでも道を歩いていてキンモクセイの香りがするたびに秋の訪れを実感していたのですが、このような形で明確に「秋の訪れ」を実感したのは初めてでした。
 ちなみに、今いる事務所は近日中に引っ越す予定で、来年の秋には同じ所にはいません。そう考えると、「もしかしたら、このように、『窓を開けた瞬間に秋の訪れを感じる』というのは最初で最後の経験かも、などとも思いました。

2006年09月20日

やけに善良そう

 駅で振り込め詐欺警告のポスターが貼ってありました。手口を解説しており、詐欺師が巧妙に「本人役」「被害者役」「警官役」などを設定して事に当たるという旨が絵で解説しています。それはいいのですが、そこに出てくる各「役者」の顔はやけに善良そうで、本物の「警官」や「被害者」みたいでした。まあ、文字もよく見れば「振り込め詐欺」を意味している事は分かります。とはいえ、もう少し凶悪そうに描かない事には、あまり注意を喚起する効果はないのでは、と思いました。

2006年09月16日

高遭遇率

 現在使っている携帯は、春先に型落ち品を3,000円で買ったものです。この携帯、閉じると黒いが、広げると文字盤部分の上が赤で下が銀、というかなり奇妙な色合いをしています。変わった色なので、他人が同じのを使っているとすぐ気づきます。と言っても、あれだけ携帯は多種多様で、しかも同じ機種でも複数の色があるわけですから、そう同じ物を持つ人を見る機会がありません。
 ところが今週は、駅や電車のなかで、やけに同じ色の携帯を持っている人を見かけました。シールを大量に貼って使っている女の子を見る機会もありました。当然、見た目は大きく変わっているのですが、やはりその「黒・赤・銀」の配色は目立ちました。
 今の携帯は通算5台目ですが、こんな事は過去にもありませんでした。偶然同じ機種を持っている人を目撃しただけなのか、あるいは、同じ配色で似た形の新機種ができたためなのかは分かりません。というわけでちょっと奇妙な気分になった一週間でした。

2006年09月14日

高セキュリティの欠点?

 インターネットバンキングを使おうとしたら、エラーが出ました。ID・パスワードとも問題ないはずなのですが、何度やっても入れません。サポート電話にもかけてみたのですが、先方も「何らロックはかかっていません」と返事をするのみでした。
 そこで諦め、日を改めて再び挑戦しました。このネットバンクは固定のID・パスワードに加え、先方から送られてきたカードに乱数表があり、画面に指示された座標に記載されている文字を入力するとログインできる仕組みになっています。ところが、一晩経ってそのカードを見直してみると、該当する座標の印刷がかすれ、別の文字に見えていました。確かに違うものを入力しているのですから、入れるわけがありません。
 高度なセキュリティを持つインターネットバンキングが、「印刷のかすれ」などという古くからある問題によってログインできなかったわけです。そのギャップには、我が事ながら苦笑するよりありませんでした。

2006年09月13日

よほどショックだったらしい

 朝から、想定していなかった事態が発生し、半ば頭がパニック状態になっていました。まあ、呆然とし続けていても仕方ないので、地下鉄に乗って次の目的地に行こうとしました。そこの駅は都営と東京メトロの接続駅なのですが、ショックがさめやらなかったのか、東京メトロに乗るつもりなのに、都営専用の階段を下りていました。
 気を取り直して地上を歩き、別の入口から階段を下りました。こちらは、両鉄道共用で、地下1階が東京メトロに、地下2階が都営になっています。ところが、これまた気づいたら都営の改札口に。今度は1階分戻るだけで事なきを得ましたが、あまりにも間が抜けています。
 どうやら、頭のほうが事態から立ち直れていなかったようです。おかげで、倍くらいの時間をかけて東京メトロの改札にたどりつきました。ある程度見当がついていれば、多少の困った事態にも何とか対応できます。しかし、今回はあまりにも予想外すぎて、復元力が麻痺してしまったような感じでした。なかなか、逆境に強くなるのは難しいものです。

2006年09月10日

最後の猛暑?

 昼前に買い物に出たら、相変らずのムッとくる暑さ。明日から9月も中旬だというのに、その日差しは、肌に刺さるような厳しさがあります。「相変らず暑いな」と思って歩いていたら、ある店の集客用黒板に「今日は暑いですが、明日から寒くなります。体調管理には気をつけて」と書いてありました。
 帰宅して確認したら、確かに明日の予想最高気温は33度。今日よりも6度近く下がります。そうなると、あの肌が痛くなるような暑さも、「これが今年の夏の最後か」と思うと、むしろ寂寥感みたいな印象に変わりました。もっとも、一度は涼しくなるとはいえ、最近の気象だと、また暑さがぶり返すかもしれませんが・・・。

2006年09月06日

新聞での「列島中」

 夕方に外出する用があって電車に乗ったら、向かいの人の読んでいた夕刊紙が目に入りました。そこにはデカデカと「列島中が祝福」と書いてありました。帰りに乗った電車で向かいの人が読んでいた夕刊にも似たような事が書いてありました。
 しかし、我が職場では、朝、出勤してきたら、一人の人に「前から性別は分かっていたようだね」と声をかけられたくらい。しかも、会話はそこで終わりでした。後は、職場の雑談のタネになることすらありませんでした。
 そういう事もあり、自分にとっては、新聞の中だけで騒いでいる、という感じでした。だいたい、偉い人が「格差はある。再チャレンジの機会を作ってやるからそれで我慢しろ」などと公言している世の中で、その「格差社会の頂点」みたいな家の事を、格差の犠牲になっている人たちが我が事のように喜ぶのか非常に疑問です。
 ところで、あのテの記事・番組には「喜びにわく街の声」みたいなのがよく出ます。実際に不特定多数にインタビューをすれば「全然興味がない」と答える人もいるはずです。でも、そういう人たちは列島にいない事になってしまうのでしょうね。

2006年09月05日

視点の変化

 先月末までいた仕事場には、「月刊ガソリンスタンド」という雑誌がありました。ガソリンスタンドなど、18年ほど前に大学の先輩の車に乗せてもらった時以来、ずっと行くことはありませんでした。
 まあ、そうそう読む機会がないので、昼休みなどに読んでいたのですが、これが思いのほか面白く、ハマりました。基本的には、「儲かるガソリンスタンドを学ぶ」という記事なのですが、そこに書かれている体験談は、ガソリンスタンドと縁のない私でもいろいろと考えさせられるものでした。
 というわけで、すっかりガソリンスタンドに詳しく(?)なったわけですが、そうなると、街を歩くときの視点が変わります。これまで、ガソリンスタンドの前を通っても何とも感じませんでした。しかし、今では、まず遠くに見えるガソリンスタンドの看板に敏感になり、「これは○○系か」などと気になります。さらに前を通ると、「フルかセルフか」はもちろんの事、「洗車はどうなっているか」だの「車が入った時の従業員の反応ぶり」だのまで気になるようになってしまいました。
 約1ヶ月半の1日数分の「読書」がこれだけの影響をおよぼすとは思いませんでした。我ながら意外なものに影響を受けたものだと驚いています。

2006年09月03日

快適ながら不思議な環境

 休日出勤しました。朝、誰もいない事務所に入ると、ちょっと空気が淀んでいたので、ちょっと窓を開けることにしました。まだ午前中という事もあり、外の空気もさほど熱されておらず、爽やかとまではいきませんが、風が吹いてきます。そして、外からは、もう9月になったにも関わらず、遠くから蝉の声が聞こえてきます。
 最初は、なかなか快適な朝のひとときを味わっていたのですが、そのうち、奇妙な事に気づきました。今の職場は、近隣に比較的大きな公園、さらは高級ホテルが二つあるなど、比較的緑が多いところにあります。ところが、窓を開け放しているにも関わらず、虫が入ってくる事はありません。蝉の声は相変らず響いているのですが、窓辺に蝉が飛んでくる事すらありません。
 おかげで、窓を全開にできて無事空気の入れ換えがすんだわけです。しかし、この虫一つ入ってこない、というのは、原因が分からないながら、ちょっとした怖さの混じった不思議さを感じてしまいました。

2006年09月01日

8月31日の定番

 かつて、8月31日と言えば、「長い休みが終わる日」でした。ある年などは、宿題の絵がどうしても終わらず、徹夜して描く、などと言った子供向け漫画のキャラみたいな思い出もあります。しかし、高校卒業以降は、ただの「8月が終わる日」でしかなくなりました。
 ところが今年、いろいろあって、8月31日までの終えねばならない業務が生じました。もっとも、子供の頃の夏休みと違い、毎日仕事に行っているわけですから、「つい怠けて31日になって慌てて・・・」という事はないはずでした。ところがいざ31日になると、仕上げの段階でなぜか予定外の事件が発生し、ほんのわずかですが慌てる羽目になりました。その時思ったのは、「二日前くらいに完全に片付けておけば・・・」という、子供の頃に感じたのと同じ後悔でした。人間、意外に成長しないものだと我が事ながら苦笑させられました。

2006年08月29日

世界が広がる

 とある所から買い換えで余った21型TVを入手しました。これまで7年くらい14型のTVを見ていたのですから、1.5倍に広がった事になります。まだ、1日しか経っていないこともあり、パッと画面を見た時にその広さに驚いたりしてしまいます。
 まあ、毎日見るものですから、すぐに慣れて、それが当たり前になってしまうのでしょうが・・・。とりあえず、慣れるまでの当分の間、1.5倍に広がった世界を楽しもうと思っています。

2006年08月28日

寝坊猫

 朝、仕事場への道を歩いていたら、マンションの軒先で猫が寝ていました。やけに気持ちよさそうな寝顔なので、携帯で撮ってみましたが、見たときほどの寝顔の気持ちよさは、私の携帯撮影技術では表現できなかったようで、ちょっと残念です。

neko.jpg
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2006年08月26日

248分の76

 冥王星が惑星から外れるというニュースがあり、かなり話題になりました。実生活には何ら関係がなのですが、やはり子供の頃から「水金地火木土天海冥(20世紀末は冥海でしたが)」という言葉に慣れているだけに、多くの人が喪失感を持ったのでしょうか。。
 それにしても、1930年に発見されたわけですから、76年間の惑星人生(?)だったわけです。冥王星の公転周期は248年だそうですから、「惑星」になってから太陽を一周することもなかった事になります。星のスケールから考えると、「ほんの一瞬だけ惑星だった」といったところでしょうか。
 というわけで、ここ数日の地球での大騒ぎをよそに、今日も冥王星は普段通り自分の軌道をまわっているのだろうな、などとニュースの記事を読みながら思ったりしました。

2006年08月24日

見なくなった看板

 町を歩いていたら、「月極駐車場」という看板を見ました。かつては、至る所にあるため、「『げっきょく』駐車場は全国どこにもある超大手だ」などという定番みたいなギャグがあったほどでした。しかし、いつの間にか、全然見なくなりましたため、その看板を見たときは、懐かしさみたいなものを感じました。
 私は車に乗らないから詳しいことは分からないのですが、貸駐車場の料金は月単位で表示されています。ある不動産系の検索サイトを見ても、トップページの「駐車場」という所をクリックしたら、「トップ>月極駐車場」となっていました。もしかして、「月極」が一般化しすぎて、表示する必要がなくなったために、「月極駐車場」という看板を見なくなったのでしょうか。
 あと、蛇足ですが、時間貸しの「Times24」という駐車場は、北は北海道から南は鹿児島まであるそうです。かつては冗談のネタでしかなかった「全国各地にある駐車場の超大手」が実在する、というのもまた時代の変化を感じさせられます。

2006年08月18日

最善の盛りつけ

 仕事場にあるカフェテリア形式の食堂で冷やし中華を頼みました。普通、冷やし中華というと、麺の上に具が乗って出てくるのですが、そこでは効率化のためか、丼に盛った麺に汁がかかり、それと別に作り置きした具の乗った小皿が出てくる、という方式でした。
 冷やし中華は大好きですが、千切りの胡瓜が麺に混じるのが苦手な私としは、この形式は大歓迎でした。というわけで、具は具で食べて、麺だけを賞味しました。胡瓜のみならず、細切りの具を混ぜるより、こうして食べたほうが私にとっては美味なのです。
 そういう訳では、最善の状態で出てきた冷やし中華でした。しかし、味のほうは残念ながら「並の社食以下」でした。まあ、550円の冷やし中華にそこまで期待しても仕方ないのでしょうが。

2006年08月15日

生命力の強さは認めるが

 舗装の隙間から生えたブドウが実を結んだ、というニュースを見ました。しばらく前には、同じような状況で大根が生えた、というニュースがありました。いずれも生命力の強さをたたえる美談みたいな感じで記事になっています。しかし、本当にこれは喜ばしいものなのでしょうか。
 我が家の近くには陸橋が何本かありますが、いずれも草が豊富に生えています。特に中央分離帯のあたりは、かなり背丈の高い草もあり、ちょっとした草むらになっています。もちろん、これも「生命力の強さ」ではあります。しかし同時に、その根が舗装の中を伸びる事により、強度を落とすわけです。さらにそれが枯れて土になり、新たな草が生えて根を伸ばす、というのが繰り返されるわけです。これが続くと、いつか大変な事になるのでは、とその草の「生命力」を見る度に心配になります。
 もちろん、ブドウも大根も陸橋に生えているわけではありませんから、実害はないでしょう。とはいえ、この「舗装の中から植物が生える」という事の問題点をもう少し考えてみてもいいのでは、とも思います。

2006年08月14日

ほぼ同時に

 横浜駅から京浜急行に乗り換えたら、電車遅延との事。総武線快速・横須賀線はほぼ提示だったので、その時点では京浜急行だけかと思っていました。ところが、仕事場に着いた後で大規模停電があった、との情報を得ました。記事をみたところ、朝7時半過ぎに江戸川河口近くで船のクレーンが送電線に接触したためだとの事でした。その時間は既に電車に乗っていたのですが、時刻表で確認したところ、ほぼ同じ頃に、ちょうど江戸川を渡っていました。
 総武線快速なので、現場とはかなり離れてはいます。とはいえ、ちょうど事件が発生した頃に同じ川の上にいて、それによって発生した被害を知ったのは、約1時間後の横浜だった、というのは、なかなか奇妙な感じでした。
 それはともかく、電線三本で140万近い世帯が停電とは驚かされます。意外なところで、「ライフライン」のもろさを知らされました。今後、対策は施されるのか、ちょっと気になります。

2006年08月12日

稲妻

 昼下がりにいきなり雷の音が響きました。今日も仕事だったのですが、ビルの外を見ると、西の方向の空が真っ暗になっていました。南のほうは薄日がさしているような明るさなのに、対照的です。そしてしばらくすると稲妻が間断なく光り出しました。高いビルから見ているためか、文字通りの「稲妻」という感じで、暗い空に一筋の電光が一瞬だけ光ります。しかも、度ごとにその光の柱が長く・近くなっていくので、いくら室内にいるとはいえ、ちょっと怖さを感じたほどでした。
 その時は、限られた一帯の空が暗かったので局地的なものだと思っていたました。ところが、帰宅してニュースなどをみたところ、雷の影響で山手線が止まり、ナゴヤドームで停電が起きるなど、かなり広範囲で落雷があった模様。雷の仕組みはよくわからないのですが、広範囲で落雷が発生するような大気の状態だったのでしょうか。
 ちなみに、各所で雷サージによるPCの被害も続発したとか。そういう話を聞いた時や、稲妻に恐れおののいている間は、4~5千円くらい出費して雷ガード機能付きの電源タップでも買おうかなどと思います。しかしながら、少し時間がたつと、「まあ、我が家は被害に遭わなかったことだし・・・」という気分になって買う気がなくなります。どうも自分は、典型的な「喉元過ぎれば熱さを忘れる」的な思考の持ち主のようです。

生存競争

 家に入ろうとしたら、扉の前に猫がいました。わざわざアパートの2階まで何をしに来ているかと思ったら、その前にはザリガニがいました。そこにザリガニがいる事は、猫がいる以上に奇妙ですが、おそらくは同じ階に住む子供が飼っているのが逃げたのでしょう。
 というわけで、その猫はザリガニを食べようと狙っていたようです。しかしザリガニもハサミを振り上げて威嚇しており、猫は手を出し切れず、膠着状態という感じでした。
 私の姿を見た猫はいったん退却をしました。しかし、再び扉を開けて様子をみたら、また「にらみ合い」になっていました。せっかくだから写真でも撮ろうと思ってデジカメを引っ張り出したのですが、再度扉を開けたらザリガニの姿はなく、ちょうど猫が立ち去るところでした。どうやら、猫の勝利に終わったようです。
 こんな間近で「生存競争」を見るのは初めての経験でした。それにしても、この猫は、どうやってザリガニの存在に気づいたのでしょうか。こちらが知らないだけで、普段からアパート2階の共有部分を「調査」しているのだろうか、などと気になりました。

2006年08月07日

青空と入道雲

 現在、仕事場になっているビルはガラス張りのうえに事務所が13階にあり、しかも周囲に高層ビルがありません。そのため、以前も書きましたが、休憩室からの見晴らしはかなりのものです。普段はそこから市街やそこを走る電車・海およびそこにかかる橋を見ていますが、今日はちょっと気分転換に視点を上げてみました。すると、晴れ渡った青空にはいくつもの入道雲が浮かんでいました。
 子供の頃は、「夏=入道雲」というくらいよく見ていましたが、ここ何年もの間、昼間に空を見上げる機会はありませんでした。以前の仕事場からは空はあまりよく見えませんでしたし、休みの日に外に出ても、暑さのために空を眺める余裕がなかったからです。
 というわけで、久々に「夏の入道雲」をじっくり見る機会を得ることができました。毎日のように入道雲を見ていた子供の頃から20数年たち、当然ながら自分もその周辺もいろいろ変わりました。しかし、夏の青空とそこに浮かぶ入道雲は昔と変わっていませんでした。
 「世の中は移り変わるものだけど、変わらないものは変わらないんだな」などと、あらためて感じた昼休みでした。

2006年08月05日

着実に縮小

 久々に津田沼のユザワヤに行きました。一通り館内を歩き、最後に地下に行ったところ、一部がゲームコーナーになっていたものの、フロアの6割くらいは何もない「空き地」になっていました。
 ここのユザワヤ、開店当初は地下1階地上3階だったのですが、3階部分は現在はダイソーになっています。そして、地下もこの状態ですから、売り場面積は開店当時の半分近くにまでなっているわけです。
 ほぼ駅前という好立地条件なのですが、なかなか商売というのは難しいもののようです。隣接する元ダイエー津田沼店跡も、相変らず地下から3階までが空き室のままという事もあり、何かもの悲しさみたいなものを感じました。

2006年08月04日

的中した占いの制作費

 弁当のおかずで入っていた冷凍食品の紙小皿(?)を見たら、星占いが書いてありました。なんでも、山羊座の人と仲良くするといい事がある、との事です。山羊座と言えば、確か嫁さんがそうだったはず、と思い、帰宅して確認するとやはりそうでした。まあ、嫁さんと仲良くして悪いことがあるわけないですから、これは的中しています。身内に占師がいるにも関わらず、星占いをはじめ、あらゆる占いを一切信じない私ですが、これだけは正しいと思いました。
 そこで、この御利益のある占いの作成経費はどのくらいなのか、などと考えてみました。この冷凍食品はおかずが6個入って200円弱ですから、1個33円くらいです。その33円から原料費・加工費・利益などを算出すると、占い一つ当たりの「見料」は5円くらいでしょうか。そんな占いでも当たる時は当たるわけですし、一方で著名な占師が的外れな事を言うわけです。おかげで、的中したにも関わらず、これまでの占いに対する認識はますます強化されてしまいました。

2006年08月03日

判定と抗議電話

 昨日行われたボクシングの試合で、判定に不満を持った人の「抗議電話」でTBSの電話回線がパンク状態になったそうです。さらに、ボクシングの運営団体や、他の各報道機関にも、「抗議電話」が大量に寄せられたと、各紙が報じています。
 ボクシングの判定基準など、かなり専門的なものだと聞いていますが、その基準に詳しい人がそんなにいるとは思いませんでした。意外に日本にはボクシング通が多いようです。
 とはいえ、判定は判定、仮にTV局の電話回線が10日間麻痺するほどの「抗議電話」を殺到しても覆るものではありません。ましてや電話を受けるのはボクシングの専門家でなく、TV局の事務員です。いくら電話したところで、納得のできる回答など得ることは絶対にできません。

 というわけで、そのような「抗議電話」などは、先方の業務の滞りとNTTの収益に貢献するだけでまったくもって無駄な労力だと思います。ところが、そのような無意味な事をもとに、マスコミも「世間の声」みたいな感じで記事を作るわけです。「言論機関」なのですから、もっと高度な方法で報道してほしいものです。
 まあ、もともと、今回の試合の盛り上がり自体が、マスコミの熱心な煽りによるものです。それに対する報道ですから、品質もこの程度が妥当、と言えるのかもしれません。

 8/4追記・趣味がボクシング観戦、という方のブログで、その試合と判定に関する興味深い記述がありました。「世間の声」とはかなり違う内容です。

2006年08月01日

価値観

 居酒屋チェーンの社長がインタビューで「一生楽して暮らせる金を稼いでいてもまだ働くのを辞める気がない」みたいな事を言っていました。さらに、その考えを社員にも「共有」させようとしているような事も言っていました。自分がどう考えようかは自由でしょうが、部下とはいえ他人に強要するのはどうなのでしょうか。さすがにそこまで社長の権限は及ばないとおもうのですが・・・。
 あと、一生楽して暮らせる金があるならば、後は金儲けではなくて社会貢献などに費やしたほうが人生として有意義なのでは、と思います。もっとも、そんな事を考えているようでは「一生楽して暮らせる金」などは稼げないのかもしれませんが・・・。

2006年07月30日

永久に覚えられない作業

 ジーンズを買いました。今世紀に入って初めてです。かなりのペースですが、これは普段スーツで過ごす上に、体型も変わらないので、新しいのを買う必要がないため、こうなりました。
 スーツを近所の洋服屋で買うときは、一応店員さんがついてくれるので、比較的に何も考えずに自分の体にあったものを買うことができます。しかし、1本2千円のジーンズでは当然ながら店員さんがついてくれる事はありません。
 というわけで、サイズの見積もりから試着さらには裾上げの長さ設定まで全て自分でやるわけです。6年ぶりの経験なので、当然ながら前回どうだったかなど覚えていません。とういうわけで、手探り状態でかなりの無駄な動きをやりながら、何とか一連の手順を踏んで買うことができました。まあ、約6年ぶりですから仕方ないでしょう。そして、この経験が生きることはなく、数年後に行われる予定の次回のジーンズ購入の際もまた戸惑うに違いありません。

2006年07月29日

朝に強くなった?

 先週の月曜日から13日間連続で早起きをしました。うち平日の10日間は6時半起きで、土日も7時起きでした。あらかじめこの予定が決まった時は、自分でもやっていけるのか、と不安でした。しかしいざやってみると、うち3回ほど飲み会があったにも関わらず平然とこなせました。途中、「起きるのが辛い」という事は一度もありませんでした。
 10代のある時期からすっかり朝が弱くなり、「自分は朝は強くない」と思っていたのですが、この「実績」を見るとそんな事はなかったようです。もっとも、考えようによっては、「早起きが苦にならない年齢になってしまった」と言えるのかもしれませんが・・・。

2006年07月27日

時代を反映した誤植?

 日経新聞の国際面を読んでいたら、ヘッジファンドに関する記事で「規制導入に積極的な民主党系委員と共産党系委員による規制反対派が」という記述がありました。一瞬、驚きながら「欧州の話か?しかしそんな二大政党の国あったっけ」と思って読み返してみると、「米証券取引委員会が」という文字がありました。どうやら、「共和党」と「共産党」を誤植したようです。最初は、「一文字違いでここまで意味が違う誤植も珍しいな」と思いました。
 しかし、よくよく考えてみれば、中国のように、高度経済成長の影で格差拡大に公害問題多発、などという政策を行っている「共産党」もあるわけです。そう考えれば、さほど米共和党との違いがないと言えるのかもしれません。それこそ、自国の利になると思ったら「ヘッジファンドの規制反対」をしてもさほど驚かないでしょう。
 そんな事もあって、記事を書いた人も校閲した人もつい見逃してしまったのかもしれません。ある意味、時代を反映した誤植と言えるのかも、と思いました。

2006年07月26日

「かき」と「かけ」

 以前から「かき揚げ」があまり好きではありません。天ぷら自体は好きなのですが、中の具が苦手でもないのに、なぜか食欲がわきません。自分でも不思議に思って苦手になった原因を思い出そうとしたところ、20年ほど前の一つの体験にたどりつきました。
 当時、高校生だった私は、日曜に模試などを受けたときの昼休みに立ち食いうどんに行くのを楽しみにしていました。当時は一番安いところで、かけうどん一杯が150円でした。それだけで昼食をすませられる、という事がなんかえらく得したような気分になったものでした。

 そんなある日、初めていく立ち食いそば屋で昼食に入りました。いつも通り「かけうどん」と言ったのですが、店員の言った請求額は300円を越える額。「品書きを見間違えたか?」と不思議に思っていると、出てきたうどんにの上には「かき揚げ」が乗っていました。店員が「かけうどん」を「かき揚げうどん(かきうどん?)」と聞き間違えたのでしょうか。
 予算を上回る「高額請求」に、頼みもしない具、そしてそのおかげで油っこくなってしまったつゆと、その短い食事の時間は辛いものがありました。
 振り返ってみると、どうもそれ以来「かき揚げ」が苦手になったようです。子供の頃の嫌な体験というのは妙な形で残るものだと思いました。

人生を左右する布一枚

 乗り換えようと駅の中を歩いていたら、前方に床に座り込んでいる女子高生がいました。最近ではすっかり路上や車内で地べたに座り込む人も珍しくなくなり、そのくらいでは変だとは思わなくなりました。しかし、この女子高生はさらに変でした。そのしゃがんだ体制のまま、野球の捕手のような姿勢で立ち上がったのです。そちらの方向に歩いていた私は、その「一部始終」を見てしまいました。
 距離はかなり離れているので、分かるのは「制服を着ている」「足の姿勢が通常ではない」という事だけで、それ以外は何もわかりません。しかし一瞬、その立ち上がる様を目撃したのが、何かすごい事であるかのような気分になってしまいました。

 著名人だの新聞記者だの教師だのが、「その一枚」を携帯カメラで撮影しようとして地位も名誉を失ってしまうニュースをよく見ます。そのようなのを見たり聞いたりするたびに、「何でそんなしょうもない事で」と思っていたのですが、いざ経験してみると、彼らの心境が少しは理解できるような気がしました。
 しかし、その一瞬が終わって冷静な状態に戻ると、やはり布が一枚が一瞬見えただけの事でしかない、という事に気づきました。当然ながらそれによって何ら得るものもありません。もしかしたら、その布一枚のために人生を棒に振った人たちも、後になって同じような心境になって後悔しているのかも、などと思いました。
 というわけで、そのような「踏み越えてしまった人々」の心境の一片を理解(?)できた、という点においては貴重な経験ができました。

2006年07月24日

本当に困れば

 今の仕事場はいろいろと面白いのですが、数少ない欠点として「椅子が低い」というのがあります。一番最初に座った時に、あまりの低さに高さ調節レバーを引こうとしたらそれらしきものがないので、そのままにしていました。
 おかげであまり足のほうは快適ではないのですが、まあ何とか過ごしていました。ところが昨日は、私にとっては年に5回ある「商談机とパイプ椅子を運びまくる日」でした。そこでちょっと頑張りすぎたのと、その前の10日ほどの「低い椅子」の相乗効果か、夜半当たりから軽い腰痛と背中の筋肉痛を併発してしまいました。
 おかげで、普段以上に低い椅子に苦しむ羽目に。いっその事、空いている椅子を借りようかと思い、他の椅子を見ていたところ、同型の椅子の付け根に大きなネジみたいなものがあるのに気づきました。
 自分の椅子も確認したら、やはり同じものがついています。そして、それをねじったところ、見事(?)高さの調整ができました。そこからは楽な姿勢で仕事ができたおかげで、夕方には痛みも引いていました。
 やはり本当に困らないと、必死になって解決策を探さない、という事なのでしょうか。まあ、最初に調べた時にそのくらい気付よ、と自分自身に突っ込みを入れたくもなりましたが・・・。

2006年07月23日

何をやってもダメなとき

 将棋大会に出場しました。もともと将棋は弱いのですが、今日はとくにガタガタ。相手の玉が簡単に5手で詰んでいるのにその手が分からずに逆転負けをするほどでした。
 あまりの頭の状態の悪さに、少しでも栄養をつけようと、コンビニにドリンク剤を買いに行きました。奮発して500円のを飲もうとしたのですが、なぜか商品棚を見間違えて、200円のを買っていました。それほど脳が疲弊しているのですから次の対局もいわずもがなの惨敗でした。
 まあ、頭が働かない時は何をやってもダメという事でしょう。仕方ないので「今日はどうせ勝てなかったに違いない。ならば間違えたとはいえドリンク剤の料金を300円節約できたので、得したとも言えるだろう」と思うことにしました。まあ、自分で振り返っても負け惜しみ以外の何者でもないのですが・・・。

2006年07月22日

特定の目的においては優れた体質?

 年に数回、指と手のひらの皮がむけます。父親もそうなる事があると言っていたので、遺伝なのでしょう。別に痛かったり出血したりはしませんが、うっとおしいもので困っています。
 とはいえ、これまでは特に実害はありませんでした。ところが先日、ある所で指紋認証の実験をしたところ、そのボロボロさゆえか、機械が私の指紋を認識してくれませんでした。その認証機の能力にも問題はあるのでしょう。とはいえ、この時季に限ってとはいえ、「指紋が認識されない」というのは、なんかすごい事のように思えました。それこそ、仮に何かやらかして、その時の指紋が残っていても、通常の状態に手が戻ってから照合すると、「別人」となる可能性もあるわけです。
 そう考えると、もし犯罪者だったらこの体質はかなりの利点になるのでは、と思いました。もっとも、犯罪をやる予定はないので、宝の持ち腐れ(?)でしかないのですが・・・。

懇親会

 今の仕事場は複数の会社の人で構成されており、その仕事場主催による「懇親会」がありました。事務所にはいるものの、会話する人は非常に限られた環境で普段仕事をしています。そういうわけで、ちゃんと会話ができるのだろうか、などと不安に思っていました。しかし、厳しい専門家だと思っていた人が、純朴かつ爆笑トーク連発の人だったなどと、意外な一面を知ることができました。
 これまで、飲みに行くと言えば、気心のしれた仲間と行くのと、前の職場主催の義務的なものばかりでした。前者はもちろん非常に楽しいのですが、後者についてはいろいろあって、常にえらく疲れさせられました。おかげですっかり、「仕事での飲み=義理で参加する苦行」という認識になっていました。
 しかし、同じ「仕事でのつきあい」でもこれは全然違いました。というわけで、そこから1時間半かけて帰宅したにも関わらず、疲れを感じる事もありませんでした。まあ、偶然、いい人が近くにいた、というのも要因もあったとは思いますが・・・。いずれにせよ、転職しなかったら絶対に分からなかった貴重な経験をすることができました。

2006年07月20日

一面差し替えで感じる地域差

 毎朝、駅の売店で日経新聞を買って電車の中で読んでいます。今朝、私が幕張本郷で買ったものの見出しは「郵貯カードにSuica機能搭載」でした。ところが、仕事場に行ってつるしてある日経を見たら、「昭和天皇はA級戦犯合祀に反対して靖国参拝をやめた」に差し替えられていました。よほど締切りギリギリに入った「特ダネ」だったのでしょう。
 それにしても、東京からの距離はさほど変わらないのに、千葉版では入らずに横浜版には入る、というあたりに、両県の地位の差を感じました。
 なお、個人的には経済新聞なんだから、別に「郵貯カードにSuica」のままでもいいのでは、とも思っています。また、差し替えられた記事のほうですが、「あいつらのせいで負けたのに、なんで拝まなきゃいかんのだ」という感情だったのだろうか、などと思いました。

2006年07月17日

同姓同名の格闘家の試合を見る

 TVをつけっぱなしにしていたら、いきなり、名前を呼ばれました。驚いて画面を見ると、格闘技をやっており、「大野崇(たかし)」という選手の紹介をやっていました。それがキックボクシングなのかシュートボクシングなのかK1なのかも分からなかったのですが、字が違うとはいえ、同姓同名のよしみ(?)で、観戦しました。
 相手の選手はオランダのデンデレ選手。名前だけ見るとデレデレしている感じですが、もちろんそんな事はなく精悍な外見をしています。
 というわけで、ルールはもちろん、種目すらわからずに見ていたのですが、途中、大野崇選手の素人でも見事と分かるハイキックが命中し、ダウンを奪います。結局、これが大きく、その後ともに決め手を欠いて判定になるものの、三人の審判全てが大野崇選手の勝利と判定しました。
 単に名前の呼び方が同じだけの赤の他人ではありますが、TVから「大野たかし、勝利!」などという声が聞こえてくるとやけに嬉しくなりました。今後もどんどん活躍してほしいものです。(参考・試合経過

2006年07月13日

故郷と絶景

 夏の間、横浜に出向するような形で働くことになりました。7時前に家を出るなどいろいろ大変ですが、仕事場に着くと、不思議に落ち着きます。実は、私自身は東京生まれですが、父は横浜の生まれで、20代の頃まで本籍地も横浜でした。もしかしたら、その遺伝子みたいなものが、「横浜への愛着」を本能に伝えているのかも、などとも思っています。
 あと、昼食はビルの見晴らしのいい所で食べているのですが、そこからは鉄道三路線を一望することができます。ほんの十数分の間に、10種類以上の車種を見ることができ、これはまさしく鉄道ファン冥利につきる絶景です。
 というわけで、期間限定の横浜生活(?)を可能な限り楽しもうと思っています。

2006年07月12日

忘れて気づく最大用途

 朝、電車に座り、予定を確認しようとしたら、携帯を忘れている事に気づきました。最近になってから、コンビニの買い物にも携帯を使うほどなので、一瞬、青くなりました。しかし、今から家に戻ると遅刻なのであきらめるよりありません。まあ、緊急の電話なら職場にかかってくるだろうし、と思って開き直りました。
 実際、仕事中も特に不安になることはありませんでした。ただ、問題は仕事が終わって帰るとき。この時間はメール速報に球団公式サイト、さらに今月から加入したパ四球団動画中継まで駆使(?)して野球観戦を楽しむ事にしています。しかし、携帯がなければ当然ながらそれはできません。実際、帰宅して携帯を確認したら、緊急でない留守電一件の他は、全部野球関係のメールでした。
 もちろん、他にも帰りがけに不慣れな所に行ってATMを探すのに苦労した、などの携帯がないゆえの不便さは感じました。しかしながら、少なくともシーズン中の自分にとっては携帯の最大の用途は野球観戦だ、という事を自覚させられた一日となりました。

2006年07月10日

ものの貴賤

 昔読んだ「ドラえもん」に「友達の従兄弟がスポーツカーを自慢するのを悔しがるのび太のために、機械に催眠術をかける道具を使って、そのスポーツカーをごみ収集車のように思わせる、という話がありました。
 車の「貴」がスポーツカーで、「賤」がごみ収集車、という感覚なのでしょう。確かに、これは世間一般の感覚として普通かと思います。しかし、仮に全国のスポーツカーが全て一週間動かなくなってもたいした事はありません。しかし、全国のごみ収集車が一週間動かなくなったらどうなるでしょうか。そう考えてみれば、自ずとどちらのほうが重要な存在であるかがわかります。
 この漫画に限った事ではないのですが、本質的な価値でなく、一般的に見た目の印象で物事を上下を決められるような風潮が少なくありません。何とかしたいものです。

2006年07月07日

質の低下

 新聞の匿名囲み記事で、「大学生の質の低下」について書かれていました。なんか現在の就職活動の状況にかなりお怒りのようです。しかし、それは大学生の問題ではなく、企業の問題だと思うのですが・・・。にも関わらず、「3年の頃から就職活動をするような学生は」だのと批判するのですから、これぞ本末転倒の典型例みたいな話です。どの学生だって、好きで3年の頃から就職活動してはいないと思うのですが・・・。
 というわけでこの記事を読んで大学生の質は心配にはなりませんでしたが、マスコミの質の大幅な低下については大いに気になりました。

2006年07月06日

関東ローム層

 渋谷のあたりの小道を歩いていたら、水たまりがありました。前日の雨の名残なのでしょうが、面白いことに、そこに溜まっている水は赤茶色をしていました。よく見てみたところ、水たまりの底の舗装にひびが入っており、そこから下の地面の赤土が染み出して、水たまりに溶け出しているのです。
 その赤い水たまりを見て、「東京西部は富士山の火山灰が赤土になって堆積し、関東ローム層と呼ばれている」と子供の頃に習った事を思い出しました。別に知っていて何か役に立つわけではありません。とはいえ、そのような幼少時の知識を生かせる(?)のは嬉しいことでした。それにしても、何百・何千年も前に富士山から跳んできた土が、その後アスファルトに封じられながらも、このような形で地上に出てくる、というのですから、自然というのは面白いものです。

2006年07月04日

昔の自分への評価

 ある雑誌を見たら、表紙に見慣れたものが写っていました。背景用の一種の小道具なのですが、極めて用途が限定されたもので、そんなものを貸し出している事業所は関東に数カ所しかありません。そのうち、雑誌の表紙用で話が来るほどの「大手」は一つだけです。なぜそんな事まで分かるかというと、今から8~9年ほど前に、私がその小道具を貸し出す仕事をやっていたからです。
 雑誌の表紙になった小道具は、えらくみすぼらしく、表面も汚れていました。もともと、貸し出し用ではなく、日常で使っているものを余っている時に貸し出しているものです。そのため、貸し出しを前提とした手入れなど、ほとんど行っていませんでした。その「前例」が今でも続いているのでしょう。

 自分がその業務を行っていた時は、見てくれがどうとか、どのように使われたかなどは全然気にしていませんでした。その後、その業務を離れ、さらには仕事も変えました。そのような状況になって「他人の目」で見たその小道具のみすぼらしさはかなりのものでした。
 ある意味、自分がかつて行っていた仕事の粗さを見せつけられたようなものです。まあ、それがショボいと気づけるだけ、当時よりは成長した、とも言えるかもしれません。
 8~9年後の自分がどのような人生を送っているかわかりませんが、その時に今を振り返って恥じるような事のないように今の仕事を頑張りたいものだ、とその表紙を見てつくづく思いました。

2006年07月03日

酒盛りに適した駅?

 毎晩、帰りは西船橋駅で乗り換えています。その時に乗った車両によって、乗り換え通路は変わります。さらに乗り換え時間が少々長い場合は、エキナカの本屋に寄ったりすることもあります。
 というわけで、駅構内の色々な所を歩くわけですが、毎晩必ず、缶チューハイもしくは発泡酒を片手に談笑している一団を見受けます。場所は様々で、中には踊り場のほんのわずかな隙間を占拠して酒盛りをしている人々もいます。また、年齢もたいていは中高年の男性達なのですが、たまに若い人がいたりします。「駅の片隅に缶チューハイで」などと言うと、かなり金銭的に窮している印象がありますが、服装を見ると「普通の仕事帰り」人がほとんどです。
 もちろん、基本的な理由は格差拡大による低賃金化のため、「飲み屋に行く金も勿体ない」というものなのでしょう。しかし、あの盛況ぶりを見ると、この駅に「構内で酒盛りをしたくなる何か」があるのでは、とも思ってしまいます。その連日の盛況ぶりを見ていたら、「立ち飲み屋」ならぬ「立ち缶チューハイ屋」でも開くと儲かるのでは、などとまで思ってしまったほどでした。

2006年06月30日

急速な融合

 深夜に地上波TVを見ていたら、三井住友銀行が広告を出していました。内容は「キャッシング」でご丁寧に最後には「ご利用は計画的に」という決まり文句まで入っていました。しばらく前にサラ金業者を系列化し、その業者が「三井住友グループ」と名乗るようになりましたが、親会社がそんな広告を出すようになったわけです。他の大銀行でも系列サラ金との合弁会社による金貸し広告が置かれたりしています。
 「放送と通信の融合」はいろいろ問題があってなかなか進みませんが、その一方で「銀行とサラ金の融合」は急速に進んでいるようです。それにしても、かつて「大財閥」が二つくっついた銀行が、「ご利用は計画的に」とはなわけです。
 この状況を見ていると、資本的には銀行がサラ金を系列化していますが、実際は逆に乗っ取られているのでは、などとも思えてきました。

2006年06月26日

足がつった時の二つの意識

 早朝にふくらはぎの激痛で目覚めました。急に足がつったようです。とりあえず激痛を回避するために必死で親指を引っ張りました。そうやって痛みに耐えている意識と別の意識で、足がつった時にいつも感じる「ふくらはぎの筋肉が変形して固まっているような感じ」が気になりました。気のせいなのか、本当に変形しているのか、いつも不思議に思っているのです。もっとも、それを確認するには、電気をつけて眼鏡をかけて両ふくらはぎが見れるように足を組まねばなりません。もちろん、そんな事をする前に、痙攣はおさまりました。
 一度痛みが引くと、その「変形」の事ばかり気になります。一瞬、「もっと足がつっている時間が長ければ確認できるのに・・・」などとつい数分前の激痛を忘れて勿体なく思ったりするほどです。これこそ典型的な「喉元過ぎれば熱さを忘れる」というやつなのでしょうね。

2006年06月24日

「公共放送局」を維持する意味

 なにやら、NHK受信料の義務化が具体化しそうな雰囲気です。我が家では受信料は支払っていますが、それでもこのニュースを聞くと「何で義務化するんだ?むしろ逆だろうに・・・」と不可解に思います。
 昔なら、災害などの普遍的な情報を確実に提供する、という意味で、「国民から集めた金で運営する放送局」というものの存在意義もあったのかもしれません。しかし、これだけWEBが発達した現在において、そのような物に存在意義はあるのでしょうか。
 仮に生活において、何か公共的な情報を入手したければ、役所などのサイトを見ればいいだけの話です。もちろん、それらのサイトを見るための費用は特別に発生しません。そのような時代に、「公共的情報を提供するために、国民から負担を義務づける」というのは無理がありすぎるでしょう。

2006年06月23日

W杯最大の恩恵?

 朝、いつもの時間に電車に乗ろうとしたら、普段に比べると駅で待つ人の数が少なく感じました。気のせいかと思って電車に乗ったら、これまた混雑度が普段よりかなり低いのでし。一瞬、二時間くらい寝坊したのに現時刻を間違えているのか、と思って時計を確認しましたが、やはりいつもの時間です。
 さらに地下鉄に乗り換えたのですが、これまたいつもより行列が短く、普段なら一本待つかもしれないところが、余裕で乗ることができました。
 かなり不思議に思い、「今日は複数の大企業グループ合同の特別休日なのか?」などとまで思いを巡らせた末、ついに「早朝4時からのW杯」という情報にたどりつきました。
 前にも書いたように、私自身はW杯に全くもって興味がありません。したがって、今日のブラジル戦も、完全に関心の範疇外だったわけです。もっとも、電車が空いている状況を三度見た時点で気づいたわけですから、そこそこ関心があったとも言えますが・・・。
 というわけで、「これだけ電車が空いてくれるなら、もっと日本代表が勝ってくれれば・・・」などと、多くのサッカーファンとは180度違う観点で、本日の日本代表敗退を残念に思った次第です。

2006年06月22日

巨大な人専用?

 男子用トイレの小便器には、一定以上の身長が必要なものと、身長に関わらず使えるものがあります。前者を主としている所でも、一番手前のものに限っては、子供や体の不自由な方のために、「全身長型」を設置しているのが普通です。
 ところが、先日行った九段下駅のものは、極めて特殊でした。基本的には「全身長型」なのですが、なぜか一番奥のものだけ、一回り大きいのです。なぜ一つだけ、しかも一番奥のものが・・・と不思議に思いました。武道館が近いだけに、一つだけ大柄の格闘家仕様のものでも作っておいたのでしょうか。長年生きていると、いろいろと不思議なものを見ます。
 あと、そんなことに思いを巡らせているうちに、「そういえば、小さい頃、電車のつり革につかまることと、『身長制限型』の小便器を使うことを目標にした時期があったな・・・」などという事を思い出したりもしました。

2006年06月21日

一年でこの日時にしかない幸運

 今日は夏至でした。私はこの「一年で一番日照時間が長い日」になぜか強い思い入れがあります。かつては夏至の日の仕事が終わってから19時まで散歩した事もあったほどでした。
 今日は電車で一時間ほどかかる地方での仕事のため、散歩は出来ませんでした。ちょっと残念に思っていたのですが、仕事が終わったのがちょうど18時前。そのまま直帰で電車に乗りました。気も曇りで日は出ていません。また、観光地に行ったわけでもないので、車窓風景は市街と田んぼと平原だけです。とはいえ、18時台だというのに暗くならない車窓風景を1時間近く見続ける事ができました。もちろん、夏至だけ日照時間が長いわけではなく、前日でも翌日でもかまわないとはいえます。しかし、私にとっては、この日のこの時間帯に電車に乗って車窓を見れるというのは、偶然得ることができた大幸運でした。
 仕事そのものは不本意な事もあったのですが、この帰りの「夏至の車窓」のおかげで、それも吹っ飛んだと思えたほどでした。それにしても、こんな事で喜ぶのは広い世間でも私くらいしかいないかもしれません。

2006年06月16日

「エキナカ」ならでは

 乗り換えで使っている西船橋駅には「駅ナカ」の書店があります。なかなか品揃えが多い上に、乗り換える総武線のホームに直通するエレベーターがすぐそばにあるので、乗り換え時間がある時は、よく寄っています。
 普段は見るだけなのですが、今日はちょうど買いたい本があったので手にとってレジに向かいました。するとレジは大行列でした。乗り換え時間を有効に使うつもりが、並んでいるうちに電車が一本行ってしまいました。そしてやっとの思いで支払いをすませて振り返ると、自分の後ろにもまた行列ができました。本屋には何千回と行っていますが、ここまでの行列を見たのは初めての事でした。
 3路線が交差するという交通の要衝の「駅ナカ」ゆえの繁盛なのでしょう。駅から歩いて1分の所の本屋が潰れ、それ以降いまだに本屋がない我が地元の幕張本郷とは偉い違いです。それだけ「改札内」には集客力がある、という事なのでしょうか。
 よく、報道で「駅ナカ」が繁盛しているというのは聞いていましたが、これほどまでとは思いませんでした。この勢いなら、そのうち、乗り換え駅の中に、2階建ての本屋が開業する日もくるかも、などとまで思いました。

2006年06月13日

花火の魔力(?)

 帰りの地下鉄東西線で座ることができず、30分ほど立ちっぱなしで電車に揺られる羽目になりました。つり革につかまりながら雑誌を読んでいたのですが、江戸川を渡るあたりでふと顔を上げると、ちょうどディズニーランドの花火が打ち上がっていました。
 もちろん、数キロ離れている上に窓越しなので、さほど臨場感はありません。しかも私は、日曜日にマリンスタジアムで「生花火」を見たばかりです。にも関わらず。やけに嬉しくなって「これが見れたなら、30分間立ちっぱなしの元が取れた」と思ったり「逆方向を向いていて気づかない他の乗客に教えてあげようか」などと思ったりまでしました。
 花火の美しさそのものよりも、「花火を見る」という事自体にありがたみを感じているのですから、我ながら奇妙なものです。これまで、夏の隅田川や江戸川の花火に行く人たちの混雑を見るたびに、「なんであんな辛い思いをしてまで」と思っていたのですが、何となくその気持ちが分かりました。

2006年06月12日

W杯経過を教えてくれた番組

 夜の10時に、スカパーのチャンネルを適当にまわしていたら、「亀ちゃんのタイガースに檄!」という題名通りのタイガース応援番組があったので見ることにしました。すると冒頭にいきなり司会の亀山つとむ氏(元タイガース)が、「ワールドカップの日本戦が・・・」と言及しました。おかげで、「そういえば先ほど始まったんだな」と思い出しました。一応、知識として月曜の夜10時から試合をやることは知っていましたが、興味がないのでその時点ではすっかり忘れていたのです。
 さらに番組終盤で亀山氏は、「今、日本が先制したそうです」とまで速報。まさか、野球番組で、しかも亀山氏の口からW杯の途中経過を知ることができるとは思えませんでした。
 もっとも、普通に見ている身としては、「そんな事言っている暇があったら、先週のタイガース戦で、かつての相方(?)の新庄選手がやった天井パフォーマンスについて言及してほしかった。だいたい、サッカーのほうに興味のある人は最初からこの番組見ていないだろうし」というのが率直な感想でしたが・・・。
 なお、私がW杯に興味がないのは、サッカーや日本代表が嫌いだからというわけではありません。単にW杯を楽しむための知識を持っていないからというだけの話です。念のため。

2006年06月10日

脳の酸素

 サントリーが「酸素入り清涼飲料」を新発売し、電車の中に広告を載せていました。その広告には、「会社を辞める決心をした男がタイの旧跡に旅行し。そこで『生きる』という事を再認識した」というような文章がダラダラ書いてあります。そのうち10行分くらいは、「寿限無」みたいな長さの固有名詞が4度に渡って出てきます。それでさえうんざりするのに、この文章、改行が一切ありません。そして最後に「この文章を読み飛ばしたあなたは脳の酸素が不足しているかもしれません」というオチになっています。
 この「無改行」といい「長ったらしい固有名詞の無意味な繰り返し」といい、この文章は読む側の事を考えていない典型例みたいなものです。しかも書かれている事自体、新鮮さはありません。私はちょうど下車しようと立ったところでこの広告が目に付いたため、降りるまでの時間つぶしにその文章を全部読みましたが、そのような状況でなければ、「読み飛ばす」以前に読むのを辞めていたでしょう。
 最初に商品だけを知った時は興味を持ったのですが、この「悪文広告」を見たため、興味が大幅に減退しました。客の心配する前に、そちらの脳の酸素不足を心配しろよ、という感じの広告です。

2006年06月07日

不思議な人種

 「口ばかりよく回って立派そうな事を言うが、実際にやる事は人並み以下」という人がいます。先日、その典型例みたいなのがバイトに来ました。うるさい上に、すぐ遅刻して後から嘘くさい言い訳をしてきます。私は、そういう類の人は、関わることすら苦手なので、なるべく敬遠するようにしています。しかし、無断遅刻があまりにも多いと、周りにも迷惑がかかります。そこで仕方なく、ちょっときつめの注意をしました。すると、あきらかに不愉快そうな顔をしましたが、口では「ためになる言葉、大変参考になりました」などと言います。それからしばらく、確かに無断遅刻はありませんでした。その代わりに(?)無断欠勤をしたのですが・・・。

 そうこうしているうちに、最後の日がきました。こちらはなるべく関わらないようにしていたのですが、向こうから話しかけてきました。仕方ないので相手をしたのですが、その物言いは「注意された事を根に持って、遠回しにけなしたい」という意思がよく伝わってきます。相手にしても時間の無駄なので、適当に聞いていました。とはいえ、「何でこいつは黙っていればまだいいのに、こうやって少しでも自分の印象を悪くするような喋りをするのだろうか」と内心では呆れ果てていました。
 そう若くはない人間なのですが、これまでその自分の「口だけ」という属性の問題点を気づかせてくれる人はいなかったのか、とも思いました。もっとも、遅刻を注意しただけで逆ギレして変な嫌味を言ってくるわけです。これまでも仮に親身になって注意する人がいても、同様な態度を取って生きていたのでしょう。
 自分だけが思っている「口のうまさ」が、実は災いとなってふりかかってきているわけです。こんな事で将来大丈夫かな、とも思いました。しかし、まあ自業自得だし、今後二度と会うことのない自分の知ったことではない、と割り切りました。

2006年06月05日

飼食兼用?

 スーパーの鮮魚売り場に行ったら、「沢蟹一匹40円」という札が立っていました。山奥の温泉旅館などで沢蟹料理が出る、というのは聞いたことがありましたが、まさか、街中のスーパーで売っているとは思いませんでした。
 驚きつつ、よく見てみると、箱の中の沢蟹はまだまだ元気で、普通に動いています。そこだけ見ていると、ペット売り場みたいです。思わず、「飼うとしたら、まず水のカルキ抜きをして、水槽に陸地を作って・・・」などと考えてしまいました。
 一匹40円で食べてもよし、飼ってもよし、というならばかなりお得なのかも、とも思いました。もちろん、食べ方もわからないし、飼ってもすぐ死なせてしまう事は分かっているので、思っただけですぐに通り過ぎましたが・・・。

2006年06月02日

校名にしたい地名

 用事があって表参道駅で降り、そこから目的地に向かいました。すると、道の右側に青山学院大学がありました。ところがその道をよく見ると、左側は確かに港区南青山なのですが、大学のある右側は渋谷区渋谷なのです。つまり、青山学院大学は青山にはないわけです。
 それで思い出したのが、そこから数キロ離れた所にある都立青山高校でした。この学校、校内に区境があり、半分が港区北青山に、残りが渋谷区神宮前にあります。それで青山を名乗っているのですから、所在地も港区北青山かと思いきや、なぜか渋谷区神宮前を所在地にしています。
 所在地を渋谷区にしているのだから、「渋谷大学」や「神宮前高校」とすればいいと思うのですが、なぜかともに、「青山」を名乗っているわけです。当時の青山がどういう所だったのか分かりませんが、やはり「本当は青山にないけれど名乗りたい」と創設者たちに思わせるほどの高級感のある地名だったのでしょうか。
 なお、青山という地名の由来は、青い山があったわけではなく、徳川家家臣の「青山忠成」という武士の屋敷があったからなのだそうです。

2006年06月01日

オゾン層と寓話

 寓話に「北風と太陽」というのがあります。通りすがりの旅人の上着を脱がそうと北風と太陽が競う、という賭の対象となった人にとっては、急に寒くなったり暑くなるという、風邪をひきかねない迷惑な話です。
 その賭は、「太陽の熱で旅人は上着を脱ぐ」という形で決着をみます。まあ、今でも実際にこのような状況になれば「太陽の勝ち」になるでしょう。
 しかし、オゾン層の破壊により、降り注ぐ紫外線の強さは、年々厳しくなってきます。昔は、「日焼け」と言えば「黒くなる」でしたが、最近はすっかり「赤くなる」に。黒く焼くには相当の工夫が必要なようです。
 こんな状況が続くと、そのうち、「日差しが強くなったから、一枚羽織ろう」などという時代が来て、あの寓話は「強い日差しが無害だった頃の昔話」になるのでは、などと思ったりもした、夏の初日の暑い一日でした。

2006年05月28日

儲けた気分

 朝、起きたらなぜか月曜日だという気分になり、出勤モードになっていました。歯を磨きながら、今週の仕事予定を考えたり、先週を振り返ったりしているうちに、日曜日の記憶が全くない事に気づきました。確かに最近、飲みに行ったら、帰り道の記憶が完全に欠落していた、などという事はあります。とはいえ、一日丸ごとの記憶がない、というのも変だ、といろいろ頭の中を整理しているうちに、「今日は日曜日だ」という事を気づきました。
 確かに先週はえらく時間のたちかたが早く、あっという間に金曜日になっている、という感じでした。その感じ方が週末になっても持続されていたのでしょうか。
 いずれにせよ、一度月曜かと思ったのが日曜だったわけです。単に自分が勘違いしていただけとはいえ、えらく儲けた気分になりました。

2006年05月26日

注文前に大満足

 津田沼パルコの6階にある韓国料理店に昼食を食べに行きました。半年ほど前、開店直後に行ったときは、プロジェクタを使って店内の壁で流していた韓国映画の宣伝映像ばかりが印象に残り、味のほうの記憶はあまりありませんでした。
 今回は、宣伝映像がないので、落ち着いて食事に専念できると思い、席につきました。当然ながら、店員さんがメニューと水を持ってきます。と思ったら、その水には色がついており、一口飲んだら、10数年前に当時住んでいた家の近くにあった韓国料理店で口にして以来、忘れられない味となったコーン茶でした。その後、ネット通販で飲んだ事はありましたが、店で飲んだのはその時以来です。真面目な話、この一杯だけで満足してしまいました。

 その後頼んだ冷麺もそこそこ美味く、満足できました。ところで、その冷麺が出てきたとき、持ってきた店員さんが「このままだと長いので、鋏を入れますか?」と尋ねました。了承すると、用意していた鋏で麺を切ったのですが、実はこれも10数年前の「初コーン茶」の店以来の体験でした。韓国には「コーン茶を出し、冷麺に客の前で鋏を入れる」というのがセットで習慣になっている地域があるのでしょうか。
 次は夜にこの店に行き、これまた10数年ぶりの「韓国焼酎のコーン茶割り」をぜひとも注文したいものだ、と強く思いました。

2006年05月24日

ハブ茶

 ある店で飲み物のメニューを見たら、漢方系のハーブティー(?)のメニューがあり、その中に「ハブ茶」がありました。解説もあり、それによればこのハブ草の別名は「決明子(ケツメイシ)」だそうです。(なお、あるサイトには「ハブ茶≠決明子」と書いてありました。実際のところどうなんでしょうか)。
 「ケツメイシ」といえば、人気の音楽グループの名前です。しかし、この薬草の名を知らない私は、意味が分からず、勝手に「尻に挟んで名刺を出す楽団」を想像していました。視覚的印象としては、久米田康治さんの漫画に出てくる変人キャラみたいな感じです。まさか、そんな凝った由来だとは思いませんでした。
 話は全く変わりますが、そのハブ茶を飲みながら、ふと「ハブ茶とハブ酒って名前は似ているけれど、全然違う原料だよな」などという事に気づいたりもしました。

2006年05月22日

四周目

 本日をもって37歳になりました。よく、同じ干支になる12歳差を「一回り違う」という表現をします。それにならえば、人生の四周目を迎えた、と言えるかもしれません。
 そしてこの一周が終わった時はもう48歳。「初老」になっているわけです。12年後の夢として明確なものは既にあります。それを実現させるためにもこの「四周目」を頑張っていきたいものです。

2006年05月21日

うまく出来ている

 昨日も書いたように、貰ったタダ券でのデーゲーム観戦に行きました。普段使っている席は、屋根の下で仮に雨が降っていても傘なしで観戦できます。当然ながら、日差しも入ってきません。ところが、昨日の席は、日光が直撃する場所でした。しかも、最低気温21度という暑さですから、その日差しは強烈。半袖で行った嫁さんは、腕が真っ赤に焼けてしまいました。
 一方の私は長袖を着ていたので、腕は全くもって無事でした。その時は、自らの服装の選択を自慢していたのですが、夜、風呂に入って顔を洗っているとき、額の手触りがなんか変な事に気づきました。上がって鏡を見ると、額と鼻の頭が真っ赤に焼けています。やはり、特に対策せずに激しい日差しにさらされて、完全に無事、というわけにはいかなったようです。
 そこで、今後もし同様の事が生じた場合の対策を考えました。日焼け止めを塗るとか、目出し帽をかぶる(!)とか考えたすえに、「顔の上半分くらいへの日差しを避ける帽子があればいい」という結論に達しました。で、それはどんなデザインの帽子だろうか、と考えた結論は「野球帽」でした。
 もちろん、野球帽は選手のためのもので観戦する人のために作られたわけではありません。とはいえ、考えた末の結論がそこにいきつく、というのは、我ながら面白いと思いました。

2006年05月20日

99%

 カカオに含まれるポリフェノールの抗酸化機能が健康にいい、という事で、カカオに比率を高めたチョコが発売されています。その中の究極的存在である「99%」というのを嫁さんが買ってきました。
 幼少時はチョコが好きだったのですが、年とともに甘いものが苦手になっていき、縁遠くなっていました。ところが、このチョコは名前の通りカカオ99%ですから、砂糖はほとんど入っていません。したがって、私をチョコから遠ざけた「甘さ」がないわけです。そのため、この「99%」は、私にとっては「チョコから苦手な部分を取り去ったもの」となりました。
 というわけで、ちょっとしたお茶うけはもちろん、酒のつまみなどにも愛用しています。まあ、普通の板チョコ半分くらいで210円と高価なので、そうバリバリと食べることはできませんが・・・。
 ちなみに、この商品で一番心配なのは「ポリフェノール」の存在だったりします。先日、あれだけ有り難がられていた「イソフラボン」が、実は摂りすぎると問題が生じる、という報告がありました。同様に、ポリフェノールについても、「それだけを摂りすぎる」というのは不自然なのでは、という気がしなくもありません。というわけで、次はぜひ、「砂糖不使用・ポリフェノール抑え気味でその分安価」の「99%チョコ」を開発してもらえれば、と思っています。

産地を書くのはいいのだが・・・

 とある居酒屋に行ったら「北海三色丼」というのがありました。いくら・鮭・蟹の乗った丼です。飲みに行く時に御飯ものは食べないので、別に注文はしませんでした。
 その後、勘定のとなってレジのほうに行きました。すると、そこには紙が張っており、メニュー全ての材料が記載されています。大豆製品に関しては、複数の原産国を記載するほど徹底しています。その中には「北海三色丼」もありました。ところが、いくらと蟹は確かに北海道産なのですが、鮭はチリ産となっていました。まあ、北海道で生まれた鮭は太平洋を回遊するそうですから、チリで取れても「北海産」と言えるのかもしれません。
 別に注文しなかったから、個人的には何もありませんでした。とはいえ、仕上げなどに「北海三色丼」を食べた後にレジに行ったら「うち一種は南半球産」と知ったらちょっと残念に思うのでは、などと思いました。

2006年05月19日

「名曲」の元となったCMソング

 駅でキリンビバレッジの「ポストウォーター」の広告を見ました。会社のサイトやプレスリリースでは「新発売」とうたっていますが、10年ちょっと前にも同名の商品は出ています。
 その商品そのものはたいして飲まなかったのですが、CMソングはよく覚えています。その曲は筋肉少女帯の「君よ、俺で変われ」という曲なのです