2008年07月04日

本店?

 昼休みにちょっと散歩していたらセブンイレブンがありました。ビルの1階に入っている、というよくあるパターンなのですが、なぜかこの店は2階まで吹き抜けみたいになっていて、天井がやけに高いのです。空間が広いのはいい事でしょうが、その分、家賃が上がるわけで経営者はよくこんな所でやるな、などと思いました。
 ところが、何度目かに行った時、意外な事に気づきました。そのセブンイレブンが入っているビルの奥のほうに、「セブンアンドワイ」の大きな看板が出ていたのです。もしやと思って調べてみたら、ここがグループの本社でした。
 つまり、この店は本社ビルで営業しているわけです。したがいまして、個人経営のセブンイレブンとは訳が違います。空間がふんだんに使えるのも当然なわけです。おそらくは、レジにいる人も全員幹部候補の社員なのでしょう。
 ちなみに、店の扉には「千代田区二番町店」と書いてありました。それを見たときは、どうせ本社の中にあるのだから、「セブンイレブン本店」とでも名乗ればいいのに、などと余計な事を思ってしまいました。

2008年07月03日

測量

 テレビを見ていたら、コロンブスの時代に外国人が作った日本地図が出てきました。かなり歪んではいましたが、九州・四国などの位置関係はきちんとしています。当時、外国人がどのくらい日本に来ていたかは知りませんが、そうそう隅から隅まで測量できたとは思えません。
 にも関わらず、それだけの地図が作れるわけです。測量についての知識などありませんが、その時代の測量技術の凄さに驚かされました。
 自分も土地勘は悪い方ではないつもりです。しかしながら、いつまでたっても職場の最寄り駅である四谷駅で、列車の方向が分からなくなったりします。それだけに余計、飛行機もない時代にあれだけの地図を作った、という事に感心させられます。

2008年06月25日

四ヶ月で三度目の宮崎・鹿児島

 5時半に起きて飛行機で宮崎入りして仕事をし、さらに夕方に移動して鹿児島で少々仕事しました。3月に今の会社に入って以来、三度目の宮崎・鹿児島です。
 さすがに四ヶ月で三度も行くと、なんか事務所で仕事しているのとそんなに変らない感じです。そんな事もあり、「宮崎らしさ」を感じたのは、移動中の道路で中央分離帯に南国植物が植わっていたくらいで、「鹿児島らしさ」を感じたのは、宿泊地の近くのコンビニで「飲み切り用鹿児島芋焼酎」を買った時くらいでした。もちろん、いずれも今年に入って三度目に見たり買ったりしたものなので、新鮮さはありません。
 しかしながら、「日の長さ」については、新鮮な驚きがありました。関東とは東経が9度違います(ちなみに、経度が15度ずれると時差1時間)。そのうえ、夏至直後なので、いつまでたっても空が暗くなりません。結局、「暗くなった」と認識できたのは、19時50分頃でした。もちろん、このような経験をしたのは産まれて初めてです。
 他が変わりばえしなかっただけに、より一層印象に残った「遅い日の入り」でした。

2008年06月23日

所変われど・・・

 今日は部署の飲み会がありました。いわゆる「会社の金で親睦会」というやつです。
 今の職場は私にとって三番目になります。それぞれ、規模も社風も全然違います。ところが、この「会社の金で親睦会」をやると、不思議と雰囲気が同じになります。妙にタダ酒を喜ぶ一部の人々と義務的に参加している人々の温度差や、いろいろな意味で疲れる含みのある会話など、どの職場でも同じ空気になるのです。
 最初の職場にいた時は、これは当時の職場ならではの事なのか、と思っていました。しかし、今となっては、これが「会社の金での親睦会」の定番なのだろう、と思うようになっています。
 今日は、開始前からその雰囲気を感じ取り、なるべく無難な人と無難な会話をすることにより、「被害」を最小限に食い止めました。しかしそれでも、気のあった人との飲み会はもちろん、家での晩酌と比べても、あきらかに不味い酒になってしまいました。
 分かっていた事ではありますが、義務で飲む酒と楽しみで飲む酒は、味が全然違うものだと改めて思いました。

2008年06月22日

生家

 書店の廃墟写真集コーナーに行ったら驚きました。「団地写真集」という本の表紙に、私が生まれ育った団地の建物と、うり二つの棟が載っていたのです。違いといえば、四階建てと五階建ての差くらいです。建物のみならず、その前にある通路や芝生の構成までそっくりでした。
 興味を持って読んでみたところ、この建物は、かつての住宅公団が1960年代前半までに、全国の団地に造っていたスターハウスという形式のもの、との事でした。団地マニア(?)の間では、かなり貴重なもので、そのため、表紙を飾ったようです。

 自分にとって、この「スターハウス」は産まれてから8年くらい住んでいた建物です。つまり、自分にとって「家」という最初の概念は、この建物でした。
 それが実は、40数年前を最後に造られなくなった形式であり、もはや、「廃墟」に分類されつつある、というのは少なからぬ驚きがありました。
 ちなみに、二年前に都市機構が発信した情報を見たところ、上のリンク先にも載っている我が生家は、「建替事業計画に伴い、入居者の募集を停止しているところですが、このたび、建替え着手までの間、定期建物賃貸借契約(定期借家契約)により募集を再開」という位置づけで、2010年までの期間限定で募集をした、とのことでした。
 すでに「廃墟」に近い存在なうえに、二年後の取り壊しまで決まっているわけです。それが世の常とはいえ、やはり寂しさを感じました。

2008年06月18日

車内での携帯通話

 帰りの電車に乗っていたら、目の前に立っていた人が携帯で会話を始めました。その後、隣に座ったのですが、間断なく通話をし、「今、○○駅に着いた」などと言っています。
 私は別に目の前だろうと隣だろうと、携帯での会話は気になりません。特に今日はそれまで隣に座っていたのが、活発に会話する学生さんだったので、より気になりませんでした。
 とはいえ、世間一般ではこれは「マナー違反」となります。気の短い人がいたら、この人を怒鳴りつけていたかもしれません。
 こういうのを見ると、以前にも書きましたが、携帯通話を自由にできる車両を作り、気兼ねなく会話できる環境も提供しては、と思います。ついでに、着信音も可にすれば、なかなか面白い車内風景になると思うのですが・・・。
 優先席のない六扉車あたりで実験的に行なってみたらどうか、などと、隣の人による間断ない通話を聞きながら思った、帰宅時のひとときでした。

2008年06月16日

筋肉痛とラジオ体操

 昨日は散歩したりと体を動かしていたのですが、今日になって先週の長期出張での疲れが筋肉に来て、体を動かすのがきつくなりました。筋肉痛は、年と共に日を置いてやってくる、というのは知っていましたが、実際に経験すると、改めて自分が年を食ったことを実感させられます。
 というわけで、当初は夕方に二軍のナイターを観に行くつもりだったのですが、体が動かず断念。結局、床屋と買い物に行った以外は、ずっと家にいました。
 あまりの筋肉痛ぶりに、相方には「普段からラジオ体操でもやって体をほぐしたらなどと言われ、動画サイトのラジオ体操を紹介されたりしました。確かにそのくらいしないと、今後、より一層体がなまってしまうかもしれない、などと思いつつ、筋肉痛に悩まされながら一日を過ごしました。

2008年06月14日

防火ポスターと、のぞみ通過駅

 東海地域出張時に印象に残った話を二件ほど。
 一つは、名古屋の街中で見かけた、ドラゴンズの岩瀬投手と山井投手を起用した、警察による「犯罪・交通事故シャットアウト!」というポスターでした。言うまでもなく、昨年日本シリーズ最終戦の「完全継投」を意識して作ったものと思われます。
 興味深いのは二人の位置関係で、岩瀬投手が前面に出て、山井投手は背景みたいになっています。8回まで無走者に抑え、試合翌日の報道でも「主役」になったのは山井投手だったわけですが、やはり、普段の活躍度からすると、岩瀬投手が「主役」になるのが名古屋的には自然なのだろうか、などと思いました。

 さて、最後の仕事は静岡で、そこから新幹線で帰りました。駅の時刻表を見たところ、日中は一時間につき、ひかり一本に、こだま二本というダイヤでした。ここの所、出張で何度か新幹線を使っていましたが、のぞみ停車駅ばかり使っていました。そこでは、それこそ10分で3本くらいの割合で発車したりしていました。
 静岡も県庁所在地なわけですが、それでもこの本数なわけで、のぞみ停車駅とそうでない駅のギャップに驚かされました。
 さらにこれが掛川とか新富士とかいった、ひかり通過駅だと、一時間に二本とさらに減るわけです。
 もちろんそれでも、新幹線の駅がない所に比べれば格段に便利なわけです。とはいえ、同じ東海道新幹線でも、駅によってこれだけ差がある、というのには少々驚きました。

2008年06月13日

12勤1休(?)

 今月は今日まで休みが一日で、しかもその貴重な休みの日にかなり体力を使う用事を入れて、一日中外出していました。しかも、今週は4泊5日の出張という強行日程。休みの日の用事は自分の意思で入れたのですから、自業自得に近いものがありますが、さすがに疲れました。
 まあ、終わってみれば、これもいい経験になったと思っています。
 ちなみに、一年半ほど前、二日間の激しい肉体労働を含む11日連続勤務した時は、翌週に帯状疱疹でぶっ倒れました。今回は、同様の事がなきよう、明日と明後日は休養し、体調を整えようと思っています。

2008年06月10日

名物を食べまくり

 昨日、「名古屋名物を食べれない」などと書いたのですが、その後、0時過ぎに再度街に出たところ、名古屋コーチンの手羽先を出す店に遭遇、早速、名物を楽しみました。味もそうですが、手羽先と一緒に、手ふきが二枚出てきたのが印象に残りました。
 そして、昼は会社の人に味噌カツ丼の店に連れて行ってもらいました。その店の昼のメニューは味噌カツ丼だけ、といった徹底した所で、有名人の写真なども飾ってありました。一方で、店員は味噌汁セットを頼んだにも関わらず持ってこない、などと言ったサービスぶり。さらに、店内の至る所に「写真撮影禁止」と書かれていたのも、何だかな、と思いました。
 まあ、味としては味噌カツを堪能できたので十分満足できました。

 夜は21時帰着だったので、さすがに店を探す気にはならず、コンビニですまそうと思いました。すると、麺類のところに、ざるきしめんが売っていました。関東のコンビニで、きしめんを売っているのを見たことはありません。そう考えると、これまた立派な名古屋名物と言えるでしょう。
 というわけで、一転して、名物を堪能できた一日となりました。残るは味噌煮込みうどんと、大須観音周辺見物ですが、何とか仕事を上手く片付けて、その二つも堪能したいものです。

2008年06月09日

究極のセルフサービス?

 昨日の事ですが、朝から用事ででかけていました。そして、小腹がすいたので、出先の近くにある立ち食いそば屋に入りました。食券を買おうとすると、「当店はそばのみの提供となります」とのこと。それを見たときは、「もしかして、立ち食いながら、本格的なそば屋なのだろうか、などと期待もしました。
 ところが、実際に店に入ったら驚きました。何と机の上には三人分の器が、そのまま置かれているのです。別に忙しくて片付ける間もない、というわけではありません。店員氏は、カウンターの中で、何やら仕込みをしています。

 このまま、器に囲まれたまま食べるのは嫌なので、机の上にある器を、全て台の上に出しました。今まで、いろいろなセルフサービス店舗を利用しましたが、他人の器を下げたのは初めてでした。
 さすがに、そんな店で食べても美味く感じる事などできることなく、270円の盛りそばながら、やけに高く感じました。
 それにしても、飲食店で働いていて、机の上に器が残っているにも関わらず、仕込みをするという、店員氏の常軌を逸した神経には、別の意味で感動させられました。世の中には凄い人がいるものです。
 ちなみに、場所は都営三田線春日駅すぐそばで、文京区民センターの隣です。もし見かけても入らないことを強くお勧めします。もっとも、金を払って他人が使った器を下げる、という経験をぜひしたい、というの人にとっては「お勧めの店」になりますが・・・。

2008年06月07日

カラーコピーが進化した象徴?

 電車に乗っていたら、ヤングジャンプの中吊り広告が目に付きました。その中に、原寸大バスト!!ぷるるん袋とじ。カラーコピーして封入という文字がありました。
 使われている語句自体、なんだかな、という感じですが、それよりも、その「特別付録」そのものに驚きました。別に、女性タレントの胸部を強調したければ、接写写真をグラビアに載せればいいだけと思うのですが、それをわざわざコピー機を使って複写(?)する事に何の意味があるのか、不思議でなりません。
 まあ、そのような事をするくらいですから、カラーコピーの技術が進化し、より精緻に複写できるようになった、という事なのでしょう。それが分かった、という点では、貴重な情報源となった広告でした。
 それにしても、そのような「コピー」が売りになるとは驚きです。改めて、自分が一般的な漫画雑誌を読む層から離れてしまっている事を自覚させられました。

2008年06月06日

年不相応

 昼休みに弁当箱を洗っていたら、通りかかった同じ部署の先輩女性に「偉いわね」と言われました。これ自体は、どこでもある会話で、前の職場でも、その前の職場でも経験しています。
 というわけで、そこまでは別に慣れた会話でした。しかしながら、その先輩は、続いて「お弁当、○○さんが作ったの?」と尋ねてきました。
 ○○の部分がよく聞こえなかったのですが、とりあえず、「ええ、家内が」と答えました。すると、その先輩は驚いたような顔をしていました。その反応から見るに、先ほどの質問は「お母さんが作ったの?」だったようです。

 遺伝子の関係なのか、我が家の人間は年より若く見られます。したがって、初対面の相手に年齢を言った時に相手が驚くのも慣れてはいます。そのうえ、今の会社では入社3ヶ月の「新人」です。
 とはいえ、半年前に結婚10周年をむかえ、来年は「不惑」という年であるにも関わらず、「就職したてで、親に弁当を作ってもらっている青年」であるかのように思われたのには驚きました。一般的に若く見られるのは嬉しいことではあります。しかし、そこまで勘違いされると、さすがに複雑なものがあります。
 年相応に見られるべく、なにか外見を工夫すべきだろうか、とまで思ったほどでした。やはり人間、年齢相応に見られるのが無難です。

2008年06月05日

規則正しい(?)生活

 昨日と一昨日は、仕事の忙しさがほぼ同じでした。そういう事もあり、同じ時刻に退勤し、秋葉原からホームライナーに乗って、缶入りアルコール飲料を飲みながら帰り、帰宅後は風呂に入った後、また缶アルコール飲料を飲みながら夕食と、二日続けて判で押したような生活をしていました。
 この生活パターンと、心身の疲れの度合いがあうのか、二日とも、自分的にはかなり早い時刻に眠気が襲ってきました。というわけで、昨日などは、ここの更新も行えずに眠りにつきました。

 で、今日は少々仕事に余裕があり、1時間ほど早く帰宅しました。そして、アルコール片手に食事しながらナイターを見ていました。1時間早く帰るのですから、その分早く寝れると思われるのですが、そのような事はありません。というわけで、昨日だったら眠くてたまらなかった時刻に、このようにサイト更新をしているわけです。
 このあたりの兼ね合いは不思議で、40年近く生きているにも関わらず、いまだに自分の体がよく分かりません。これを自由に調整できれば、より生活が楽になると思われます。しかしながら、それを会得するのはそう簡単にはいかなさそうです。
 とりあえず、21時まで働いてホームライナーの中で酒を飲んで・・・とやると0時くらいに眠くなる事は確かなようです。しかしながら、さすがにそれを毎日やる気は起きません。もっと早く帰宅して、自分の都合のいい時刻に寝れるような生活術を身につけたいものです。

2008年06月02日

ドコモダケの老夫婦

 電車の中で、すっかりお馴染みとなっている「ドコモダケ」が出ている広告を見ました。相変らず、茸の一家が三世代でほのぼのと(?)暮らしています。
 しかしながら、よく見ていると、気になる事が生じました。「ドコモダケ」の祖父母は、紫色のかさに斑点が入っている、という意匠です。一般常識から考えると、そのような派手な色合いの茸は、毒キノコというのが相場です。
 一度そうやって見ると、茶色系の親子のほうも、その赤みを帯びた色と、祖父母ゆずりの(?)斑点から、毒キノコのように見えてきました。
 まあ、これには自分が筋金入りのキノコ嫌いだから、というのが原因で、ついそのように見てしまう、というのもあるのでしょう。
 とはいえ、一般的に「毒キノコ」と言われている色合いで「擬人化キノコ」を描く、というのはやはり変なのでは、と思った次第でした。

2008年05月31日

ミックスナッツ

 ビールのつまみにミックスナッツを食べ、何気なく袋の裏面を見ました。すると、そこには構成物とともに、原産国が書いてありました。なんでも、ピーナッツは中国、クルミとアーモンドはアメリカ、カシューナッツはインドとの事でした。また、調味料も細かく別れており、食塩はアメリカ産の岩塩と国産の塩を混ぜているとのこと。さらに国産のアーモンドオイルも使われている、という事でした。
 200円もしないミックスナッツですが、なかなかスケールの大きい作り方をしているものだ、と驚きました。あと、しょうもない事ですが、他の材料・調味料に全て原産国が書かれている中、唯一国名のなかった調味料「植物油」がどこで作られたのか、少々気になりました。

駅から5分の長屋

 昨日の事ですが、京都駅から歩いて3分くらいの所で仕事をしていました。途中、荷物を送るためにコンビニに行ったので、案内してもらいました。その帰り、「近道しよう」と言うやいなや、その人は、幅が1メートルもないような道に入っていきました。
 その道は、半分舗装されているような感じです。そして、左側は塀で、右側は平屋ですが、扉にはそれぞれ表札のようなものがついていました。いわゆる「長屋」という感じです。数十年前の風物詩で描かれたも
 そこを通り抜けたら、先ほどの、駅から3分の仕事場に戻りました。つまり、この長屋は、新幹線の全列車が止まる京都駅まで歩いて5分くらいの所にあるわけです。
 長大な京都駅ビルから出てちょっと歩くと長屋がある、という対照は、なかなか興味深いものがありました。

2008年05月30日

面倒な会員カード

 今日泊っているホテルに受付した時、「無料ですので、会員カードを作りませんか」と言われました。私は基本的に、自分の意思で継続的に行こうと思った所以外は、その類の勧めは断ることにしています。しかし、同行者が「はい」と言ってしまったために、なし崩しで作る羽目になってしまいました。
 まあ、家に帰ったら捨てればいいや、と思ったのですが、ここのカードは単なるポイントカードではありませんでした。何とこのカードはルームキーも兼ねており、チェーン店どこでも使える、との事でした。
 一見便利そうに聞こえます。しかしながら、もし同じ系列のホテルに泊った時、このカードを持っていないと、「会員ですが、カードを忘れました」と気まずい思いをしなくてはいけなくなってしまうわけです。

 ホテルとしては、顧客囲い込みができる上に、ルームキーの節約もできるわけで、非常に便利な制度と言えるでしょう。しかしながら、こちらとしては、仮にあと数回泊ったとしても、得られるポイントなどたかが知れているわけで、「カードを持たねばならない」という不便さみたいなものしかないわけです。
 受付時にそのような目にあった事もあり、特に不備などがあったわけでもないのですが、ホテルに対してあまりいい印象は持てませんでした。

2008年05月29日

老人とバイキング

 朝、ホテル一階で朝食を取ろうとすると、エレベーター前で四人の老人と一緒になりました。いずれも、杖をついていて、雰囲気からすると平均年齢80歳以上、という感じでした。しかし、元気は良く、楽しそうに会話していました。
 そしてバイキング形式の朝食会場で食べ物を取っていると、しばらくしてその四人が会場に来ました。最初、店の人は「大変すみませんが、ここではご自身で料理を取っていただく方式になっております」と言っていました。
 しかしながら、杖をついて、腰も曲がっている人たちにそのような事ができるわけがありません。結局、店の人が注文を聞きながら皿に取っていました。本来の業務でないにも関わらず、料理を選ぶときの店員さんの話し方は非常に感じがよく、聞いている自分も気分がよくなったほどでした。

 杖をついた老人だから、店のルールと違っていても、食べ物を店員が取る、というのは当然の事です。それの当然の事を嬉しく思えたのは、もちろん、店員さんの対応が良かったからというのが一番です。
 ただ、それとは別に、その「当然の事」が当然でなくなりつつある風潮があり、それと違った風景を見たから喜べたのかな、とも思いました。なにしろ、国家が率先して老人が暮らしにくい世の中を作ろうとしているわけですから・・・。
 そうやって考えると喜んでばかりもいられないわけですが、とりあえず朝からいい光景を見れたのはいい事でした。

京都の標語

 今日は京都で仕事でした。昨日は、大阪で見た奇妙な看板を紹介しましたが、京都にも趣のあるものがありました。
 それは、「登下校、スピード出し過ぎ、危険球」というものでした。最後の一文字を除けば、まあ、普通の「子供が登下校する時間帯の運転は特に注意するように」という標語になります。しかしながら、最後の一言が謎すぎます。なぜ速度を遵守しないと、野球の頭部死球になるのでしょうか。
 十七文字で作ろうとしたものの、最後の一言でどうしてもいい言葉が浮かばずに、苦し紛れで入れたのでしょうか、それとも、熱烈な野球ファンの人が、「交通事故と危険球には類似点が多い」と思って作ったのでしょうか。
 いずれにせよ、前日の大阪とはまた別の不思議さを感じた標語でした。

2008年05月28日

ひったくり警告用ダジャレ

 大阪市内の道ばたで、防犯の立て看板を見かけました。そこには、「ひったくりに注意。あなたのバッグを、後ろ(バック)から狙っている」という文言が書かれていました。
 最初、この看板を見て、「よし、バックからの引ったくりに備えて、バッグには注意しよう」などと思う人がいるのだろうか、とも思いました。
 もっとも、これは「大阪では普通」なのかもしれません。ならば、見ている人は、普通の看板と同じように認識し、「ダジャレ」の特殊性など気にしないのかも、とも思いました。
 いずれにせよ、慣れない出張者に取っては、極めて印象に残る、二行の警告文でした。

2008年05月27日

ズボンが連続して死亡

 先月の出張で作業している時に、ズボンの尻が破れる、という事故がありました。そして、月曜に降ろしたスーツを着て、都内の事業所で仕事をしていたら、しゃがんだ瞬間に、またもズボンが裂けました。
 いずれも古いもので、既に痛んでいたので仕方ない部分はあります。とはいえ、月曜の件は、それまで普通に事務仕事をしていて、しゃがんだ瞬間に発生したので、かなり驚きました。
 ちなみに、本日から出張でした。もし、月曜日に裂けなくても、火曜以降に作業をした際に同様の事故が起こっていた可能性は高かったでしょう。そう考えれば、月曜に寿命が尽きたのは、むしろ、幸運だったと言えるかもしれません。
 もっとも、月曜の数時間、太ももの部分が20cmくらい裂けたズボンをはきながら仕事をするのは、かなり厳しいものがありました。まあ、普通、男の内股に注目する人はいないだろうから、気付かれる事はないとは思っており、実際、その通りではあったので、実害は特にはなかったのですが・・・。

2008年05月25日

早め早めに

 先週の出張で同行者に風邪をうつされたようで、今朝から症状が出ました。まだ、ひきはじめで、日常生活に支障もないのですが、今週も出張があります。出先で悪化すると大変なので、普段なら様子見するところを、今日は即座にかかりつけの病院に行きました。
 今日はこの通院決定を初め、何事も「早め早めに」という方針で動きました。病院で待っている人が多かったのを見たら、受付だけ済まして帰宅し、家でやっておくことを済ませた後に再度病院に行き、「待ち時間」を最低限に抑えました。

 ついでに、問診で医師の持ちネタである喉に炎症があると、カラオケのネタを振る話術にも、早めに反応。こちらから「岸壁の母は唄っていません」と言って、診療時間も短縮すると同時に、看護師さんから笑いを取ることにも成功しました。
 そして、日曜のため、津田沼でないと薬が買えないと聞いたら、これまた即決で津田沼に行き、薬を入手。帰宅後は半分くらい布団の中で野球を見たり漫画を読んだり、という「療養生活」に入りました。
 この「早め早め」がどういう結果になるかは分かりません。ただ、もしこれによって、早めの完治ができたなら、今後の指針にしようと思っています。

2008年05月23日

雑談二件

 農薬を飲んで自殺した人の吐瀉物から有毒ガスが発生し、近くにいた人たちが被害を受けた、というニュースがありました。これについて、病院の治療体制に視点を当てたニュースが多々ありましたが、さほど前例がないのに、それについての対策を取る、というのは素人目に見ても不可能だと思います。病院にとっては災難としか言いようがないでしょう。
 そんな事より、問題なのは、「飲めば死ぬばかりか、吐いたものから毒ガスが出るような物騒な薬品を、食物であるところの農産物に恒常的にかけている、という事だと思うのですが・・・。

 メールを見ていたら、ANAから誕生日祝いメールが来ていました。言うまでもない事ですが、データベースを元に、テンプレートの文章に名前を入れて、機械的に作成されたメールです。その文面の中に「お誕生日という特別な今日、素敵な一日をお過ごしください。この一年が幸福と希望に満ちた日々でありますように・・・。」そんな想いを込めてなどと書いてありました。
 いったい、誰の「想い」が込もっているのだろうか、などと読んでいて思いました。特に、親や妹から誕生日メールを貰って嬉しかっただけに、その白々しい文章が一層、鼻につきました。
 この企画を立てた人は、「もし自分がこのような自動生成メールをもらったらどう思うか」という事を考えたのでしょうか。興味深いところです。

仏典

 昨晩、疲れすぎたせいか、なかなか眠れませんでした。こういう時は睡眠導入剤代わりに本を読むとしたものですが、今回、持ってきた本は、将棋の戦法書のみ。そんなの読んでいたら寝れるものも寝れなくなってしまいます。
 どうしようかと思って何の気なしにホテルの引き出しを開けたら、聖書と仏典が出てきました。聖書は子供の頃に親の影響である程度読んでいたので、仏典を読むことにしました。冒頭に書かれた仏陀の生涯を読みながら、手塚治虫氏の「ブッダ」と比べると・・・などとやっているうちに、自然と眠気が誘発されました。

 聖典を読んで10分程度で目的が達せられたわけです。かなりの御利益と言えるでしょう。
 ちなみに、産まれてすぐに「天上天下唯我独尊」などと言った、などという逸話は、その仏典には書かれていませんでした。やはり、ああいうのは、教祖を過度に持ち上げようとする後世の信者が勝手に作ったのだろうか、などと思いました。
 また、これは仏典にあった記載なのですが、出家直後に悪魔の誘惑があった、というくだりが、キリストのそれと酷似していたのも印象に残りました。偶然、東西の教祖の逸話が重なったのでしょうか。それとも、同じ元ネタから派生したのでしょうか。そんな事も含め、興味深く読めました。
 もちろん、これを機に、仏道に帰依する気になった、などという事はありませんでした。とはいえ、これも何かの縁なので、今後、泊ったホテルに仏典があったら読み続けてみようと思ったりもしました。

2008年05月22日

車の中で誕生日をむかえる

 相変らず出張中です。いろいろあって、宿に着いたときは日付が変っていました。今日は誕生日なのですが、おかげで、39歳になった瞬間を車の助手席で迎える羽目になりました。
 家の外で誕生日、という事自体も初めてなのですが、まあこれは仕事だから仕方ありません。とはいえ、せめて誕生日になる瞬間くらいは、もう少しのんびりした状況で迎えたかったものだ、と思いました。
 いずれにせよ、これで30代はあと1年です。来年迎える「不惑」はどのような形で迎えるのか、我が事ながら興味深いです。

2008年05月20日

21年ぶりの京都泊は・・・

 今日から金曜まで関西に出張。来週も同じ出張が一セット控えています。まあ、先月が月曜-金曜の二セットに対し、今月は火曜-金曜なので、少し楽ではあるのですが・・・。
 さて、今日の宿泊先は京都でした。ここ20年ほど、関西には仕事も含めると、二年に一度以上の割合で行っていました。しかしながら、止まったのは常に大阪か神戸でしたので、京都に止まったのは高校二年の時に修学旅行で行って以来、21年ぶりです。

 で、21年ぶりとなる京都の夜をどう過ごしたかですが、夕食食べて部屋に入り、ずっとパソコンの動画中継で野球を見ていました。しかしながら、その内容・結果は自分にとっての野球観戦において、最も愉快でない形に終わりました。
 というわけで、いい思い出がなにもない、21年ぶりの京都となってしまいました。まあ、来週も京都に泊るのけれど、その時は今日ほどひどい夜にはならないからいいか、と思うことにしました。
 せめて少しでも京都泊気分を楽しむためにも、明日は早起きして賀茂川べりでも散歩しようかと思っています。

2008年05月19日

ポストの集配時間

 郵便物を出しに、最寄りのポストまで行きました。別に急ぎのものではないのですが、何気なく「集配時刻」欄を見ました。すると、曜日に関わらず、一日二回の集配となっていました。
 以前は、平日なら最低4回は集配があったように記憶しています。実際、そのポストの集配時刻欄にも消した跡がありました。電子メール普及のせいなのか、「民営化」の余波なのかは知りませんが、いつの間にかそういった時代になっていたようです。
 何年か前に、「コンビニで郵便物を集配、ただし一日に一回だけ」というニュースを見た時は、「そんなの、何の意味があるんだ?」などと思ったものでしたが、今にして思えば、時代を先取りしていたのかもしれません。
 自分自身、郵便とはほとんど縁のない生活を送っているので、それで何か困ることもありません。とはいえ、その「平日でも一日二回」の表示を見たときは、物寂しさを感じました。

2008年05月17日

漫画を持ちながら仕事

 今日は久々に津田沼で買い物。来週からの出張で使うカート型かばんから漫画雑誌まで、いろいろと買い込みました。
 買い物が終わって駅に入ると、次の電車まで少々時間がありました。そこでベンチに座って、先ほど買った漫画雑誌を読んでいると、携帯が鳴りました。着信音を振り分けているため、即座に仕事関係の電話だと分かりました。
 休みの日に携帯にかかるのにも慣れているので、特に不快な感情を表に出さず応対しました。内容についても、わざわざ休みにかける程のものではありませんでしたが、頭の中に入っている情報を元に、適切な回答をする事ができました。

 そのうち、電車が来たので切ったのですが、その時、自分が漫画雑誌を持ちながら仕事の話をしていた事に気づきました。
 もちろん、現在は社会人を対象とした漫画が多数発表されるような時代です。漫画を小脇に携帯で仕事の話をしている人、というのも珍しいものではありません。
 とはいえ、私がその時に読んでいた漫画雑誌は、普通の30代後半男性会社員はまず読まないものでした。それを膝に起きながら、仕事についてどうこう言ったり考えたりしていた訳です。その姿を振り返ると、我が事ながら笑えました。

冷静に考えると変な言葉

 子供の頃から食パンが好きで、当たり前のように買ったり食べていました。ところが今日、スーパーのパン売場で食パンを見ていたら、奇妙な事に気づきました。
 「食」という接頭語がついているわけですが、他に売られているパンとて、当然ながら食用です。これが菊やカエルなら、食べることが珍しいわけですから「食(用)」とついてもおかしいとは思いません。しかしながら、パンというのは普通、食べるものです。
 一応、「菓子パン」との区別という解釈もできます。しかしながらそれだと、バターロールなども「食パン」になってしまいます。
 40年近く、普通に使っていた単語でした。しかしながら、考えてみると、かなり奇妙だな、という事に気づいてしまいました。

2008年05月14日

「基幹メディア」を作る人と売る人

 日本新聞協会が行ったアンケートによると、新聞:「読んでいる」92.3%…基幹メディア改めて確認という結果が出たそうです。
 このアンケート、いつどこで誰がやったのか、非常に興味があります。たとえば、休日の昼下がりに「戸別訪問」してアンケートを行ったらどのような結果が出たでしょうか。
 ちなみに、この前の日曜の昼、そのような状況で「近所の読売新聞の者ですが・・・」と言う来客が我が家にありました。当然ながら、こちらは即座に「うちは新聞取らないことにしているんです」と「回答」しました。

 ちなみに、その、自らを「基幹メディア」と褒め称える記事は、新聞への評価は▽社会に対する影響力がある60.7%▽情報源として欠かせない53.8%▽知的である50.6%などなどと自画自賛の嵐です。
 これについても、同様に「休日の昼、家に新聞を売り込みに来る人」の評価もアンケートを取って、その結果を公表してほしいものだと思いました。
 新聞社はいろいろな意味で、もう少し「売っている人」に脚光を当てて欲しいものだ、とより一層思った、「基幹メディア」の記事でした。

2008年05月12日

塾開設ブーム?

 最近になって、家の周りに塾が目立って増えました。閉店したミニストップの跡地が塾になったと思えば、すぐ近くにあった音響機器会社の事務所も、いつの間にやら塾になっていました。
 何らかのデータに基づいて開業を決めているとは思います。とはいえ、少子化が言われている時代に、そんな塾を作って儲かるのかなと、他人事ながら気になります。これについては、何年かたって、それらの塾がどうなっているかを見れば、自ずと分かるわけですが・・・。
 あと、家のすぐ近くにできた塾ですが、玄関の外に生徒がたむろっており、なかには、我がアパートの敷地にまで進出している子供もいました。フランチャイズ制の塾だから、教え方はマニュアル化しているのでしょうが、生徒指導はマニュアル化されていないのだろうか、と思いました。何らかの問題にならないだろうか、とこちらは他人事でなく心配しています。

2008年05月10日

担任教師

 小学校の時は転校が多く、あわせて八人の担任につきました。また、中学では毎年担任が替わりました。一方、高校では1年から2年の時にクラス替えがあったものの、2年から3年の間にはありませんでした。そのため、2年の時の担任が3年の時も引き続き、私にとって最長かつ唯一の「二年続けて担任教師」となりました。
 しかしながら、その担任教師に対するいい思い出は全くありません。ただでさえ文系志望でさほど数学に興味がなかったのに加え、その教師の授業は分かりにくく、最初の数ヶ月で聞く気がなくなりました。したがって、どんな授業をしていたかの記憶もありません。

 ところが、大学受験の目前、その教師は、ホームルームで今でも忘れ得ぬ、すごい発言をしました。確か、大学への出願書類か何かの話をしていたのですが、彼は「君たちが、大学受験に失敗しようと、私は痛くもかゆくもない」と全員に向けて言い放ったのです。
 確かに、私のような、授業も聞かないような生徒の合否などは「痛くもかゆくもない」のは当然かもしれません。しかしながら、他には真面目に彼の授業を真剣に聞いていた人もいたはずです。にも関わらず、この発言は何なのか、と思いました。
 そういう事もあり、多くの生徒は担任を慕っていませんでした。卒業式の日、教室で卒業証書を担任から渡されたのですが、その時、担任に向けて「アイスクリームパンチ」を飛ばした人がいました。普段は真面目な人だっただけに、よほどその教師が嫌いだったのでしょう。また、それに対して、彼の行動をとがめる人はいませんでした。
 さて、先日、毎年一回発行される、高校の同窓会誌が送られてきました。そこに、人物往来欄があったのですが、そこにその教師の訃報が掲載されていました。さすがに、20年もたった今は、かつての「暴言」に対する怒りの感情などは消えています。とはいえ、大変失礼かつ残念な事ですが、その訃報に対して、感慨のようなものを持つことはできませんでした。

見ず知らずの「隣人」の不幸を喜びたくなるとき

 以前にも書きましたが、会社の近くに公園があり、昼休みに行ったりします。公園と言っても、平日の昼ですから、いるのは私も含めて、大人ばかりです。
 そういうわけで、この公園には、奥の方に「喫煙所」が設けられています。公園に入れば、ベンチが空いているにも関わらず、その一角で何人もの人が立って喫煙しているわけですから、煙草を吸わない私でも、一目で「あそこが喫煙所なんだな」と分かります。
 そういうわけで、喫煙所から離れたベンチに座っていたのですが、なぜか煙草のにおいがしてきました。その方向を見たら、すぐそばのベンチに座っている人が煙草を吸っていました。

 非常識な人だと思いつつ、その人を見ていたら、スーツの背中に何かついているのが見えました。よく見ると、鳥の糞でした。
 もちろん、禁煙スペースで煙草を吸っているのを見た神が鳥に命じて、彼のスーツを汚させた、などとは思いません。とはいえ、それを見たときは、見ず知らずの人であるにも関わらず、「そんな非常識な事をしているから、そういう目にあうんだ」とその「不幸」を喜んでしまいました。
 ちなみに、この公園には「喫煙は灰皿のある場所で」という立て札もあります。にも関わらず。他にもベンチで煙草を吸っている人が少なからずいました。なんで、ちょっと見まわせば「ここは禁煙」と分かるのに、そのような事をするのでしょうか。理解に苦しみます。

2008年05月09日

中国の右翼?

 連休終盤あたりから、四谷駅付近にやけに警官が集まるようになりました。特に、ニューオータニへ通じる道は、柵まで設置されています。その時点では、「何だかよく分からないが、ここでの信号待ちがなくなって良かった」などと喜んでいました。
 しかし、昨日になって様相は一変しました。いきなり、大音量で中国語と思しき言葉を流す街宣車(?)が出現したのです。その時初めて、訪日中の中国の胡主席がこのあたりで会談ならびに宿泊をしている、という事に気づきました。

 それにしても、その街宣車の意図はどこにあるのでしょうか。まあ、胡主席を歓迎しているようには思えませんでしたので、「反体制活動」なのでしょう。しかしながら、中国の人が偶然通りかかりでもしない限り、大音量で流していることは理解されないでしょう。
 もしかしたら、日本で同様の事をしている団体のように、言っている内容そのものよりも、その「街宣活動」が中国で認識される事が目的なのだろうか、と思いました。それで何らかの存在感を認められ、それを元に収益活動を行おう、という考えなわけです。
 ついでに、「中国は一応、『左翼国家』だから、それに反する彼らは、『街宣右翼』になるのだろうか?」などとしょうもない事を考えてしまいました。
 あと、日本語だろうと中国語だろうと、復古主義だろうと反体制(?)だろうと、大音量を用いて街中でその主張を流すのは、騒音以外の何者でもない、という事を、改めて認識させられました。

2008年05月08日

外国を模したテーマパーク

 名古屋にあった「イタリア村」なるテーマパークが潰れた、というニュースを見ました。今回のニュースを見るまで、そのような施設がある事すら知らなかった身で言うのもなんですが、「なにゆえ、名古屋でイタリア?」と思いました。
 先月、仕事でハウステンボスに行きましたが、こちらも平日という事を加味しても、かなりの閑散ぶりで、「さすがは経営破綻しただけの事はあるな」と思ったものでした。これだって、わざわざ長崎の奥まで行って、オランダ気分を味わった上に金を落とす余裕のある人なら、最初からオランダに行くのでは、と思います。

 もちろん、そういう観光需要が全くないとは思いません。しかしながら、これらの施設の現状を見る限り、それで商売を成り立たせるのはかなり難しいのでは、と思います。
 どうせやるなら、むしろ「大阪村」とか「名古屋村」とかを作って、現実を誇張したベタベタな「地域体験」を提供したほうが、まだ儲かるのでは、などと素人考えながら思いました。
 余談ですが、我が千葉県には「東京ドイツ村」なる施設があるそうです。我が家から行くには、ひたすら東京と反対方向に進む必要があります。なぜ「東京」がつくのかも含め、興味のある施設ではあります。もし、かなりの暇および、交通費と入場料が全てタダ、みたいなクーポン券でもあれば、一度は行ってみたいと思っています。

2008年05月07日

脳力ストレッチ

 携帯にプリインストールされているiアプリ「脳力ストレッチング」にハマっています。世間の流行から数年遅れて、自分の中にも「脳トレブーム」が来たといったところでしょうか。
 このゲームは、「毎日トレーニング」と「選んでトレーニング」というのがあります。「毎日・・・」のほうは、簡単な計算問題などを毎日任意に選んで出題し、それを元に「脳年齢」を測定する、という基本的なものです。
 一方、「選んで・・・」のほうですが、中には「どこが脳トレなんだ」と思うものが混ざっています。たとえば、早押し射的ゲームみたいなものが「判断力トレーニング」に含まれていたりするのです。

 そのような違和感を覚えながらも、ゲームにはハマっています。今日も帰りの電車の中で、30分以上、完全クリアを目指し、射的ゲームをやっていました。
 そして、一段落したときにふと、「この射的をやることが、頭のどこに好影響を及ぼすのだろうか」と思えてきました。どう考えても、それだけの時間を射的ゲームに費やすくらいなら、本でも読んでいたほうが、よほど頭には有益です。
 頭の片隅ではそう思いながらも、ハマった以上、やり続けてしまうわけです。面白いのは面白いのですが、「脳のトレーニング」という観点からすると、これはいかがなものか、と思いました。

2008年05月05日

連休明けまでに・・・

 世間は黄金週間ですが、今の仕事はとにかく月初は多忙です。そのため、5月3日から7日連続出勤という、世間とは正反対の状態で生活しています。
 しかしながら、仕事しているとはいえ、世間は連休なので、いろいろと影響は受けます。そのため、ついつい「この仕事は、連休が終わるまでに片付けておけばいいか」などと考えてしまいます。そうこうしているうちに、連休も残り一日に。振り返ると、明日中に終わらせねばならない仕事が、いくつも残ってしまいました。
 結局、休もうが仕事しようが、「連休最後の日」にはやり残しがたまる、という事だけはよく分かりました。来年の黄金週間は、こんな事なきよう、連休終了前日までに溜めた仕事を片付けておきたいものです。

2008年05月02日

硫化水素ブーム?

 何だか知りませんが、「自室などで硫化水素を化学的に発生させ、それを吸って自殺する」というのが流行しているようです。
 そしてそれに対し、世の中ではいろいろな「対策」が練られているようです。何でも、教科書における「硫化水素を発生させる」実験の記述を見直そうという動きがあるそうです。また、今日、電車の中で見た週刊誌の中吊り広告には、「硫化水素自殺は、言われているほどいいものではない。苦しむ上に死体には斑点ができる」などという、「自殺防止キャンペーン記事(?)」が掲載されていました。

 彼らは、いろいろな方法で「硫化水素自殺」を阻止する方法を考えているようです。それは結構なのですが、何か根本的に間違っています。なにしろ、これらの記事を見ると、防ぐべき事は「硫化水素を使うこと」なのか「自殺すること」のどちらなのか分かりません。
 いくら「硫化水素を使わせない事」を考え、広報しても何の意味もないでしょう。仮にそれらの活字によって硫化水素を使うことを断念する人がいたとしても何ら意味はありません。その人は、異なる自殺の方法を探すだけです。
 ここまで書けば分かるように、本来必要なのは「硫化水素を使わせない」事ではなく、「自殺をさせない」事であるのは明白です。そう考えると、一連の「教科書記載見直し」の動きや、「硫化水素で自殺すると・・・」などという記事は、明らかに本質からずれ過ぎている事がよく分かります。
 もっとも、「75過ぎたら無駄に医療費など使わず、早く死ね」と言っているとしか思えないような政治がまかり通っている国なわけです。そう考えると、「自殺を思いとどまれば、いい事がある」などと胸を張って主張できないのも仕方ない、と言わざるを得ません。
 そのように考えていくと、最近の「反・硫化水素キャンペーン(?)」は、あえて「年々増えている自殺数」という現実から視点をずらすために、わざとやっているのでは、などとまで思えてくるようになってしまいました。

2008年05月01日

慣れる過程

 今の職場に来て丸二ヶ月が経ちました。といってもちょくちょく書いているように、4割方は出張しているので、本社には30日くらいしか行っていません。おかげで、フロアなのに、いまだに名前と顔が一致ない人がいる一方で、関西や九州にある程度気軽な会話ができる人ができた、といった奇妙な状況になっています。
 というわけで、まだ、本社に自分の居場所ができた、と言える状況ではありません。とはいえ、少しずつ周りの人と話す時の雰囲気が変った、と思うときがあります。そういう特は「少し馴染んだかな」などと思います。

 前の転職の時は、同期入社の人達とはすぐに親しくなりました。しかしながら、入社して数ヶ月は、同期だけでの「自主研修」みたいな形になっており、先輩社員とはなかなか会話をする機会が作れませんでした。
 そのため、周りにはすぐ馴染んだ物の、会社全体とはなかなか馴染めない、という状態が少なからず続きました。
 今回は逆に、いまだに親しいと言える人はいません。そういう点では気まずいものもありますが、少しずつ居場所を作っている、という感じです。
 どちらがいい形なのかは分かりません。今後、どのような過程を経て馴染んでいくのか、我が事ながら、興味深く観察しようと思っています。

2008年04月29日

疲れと悪夢

 先週・先々週と二週連続でフル出張し、しかも遅くまで働いた疲れがなかなか抜けません。日曜日はほとんど寝て過ごしました。今日も同じように過ごそうかと思いましたが、あまり寝てばかりいるのもかえって良くないかと思って野球観戦に行きました。結果はともかく、いい気分転換になり、頑張って正解だったと思いました。
 それはともかく、肉体のみならず、精神的な疲労も少なからぬ蓄積されているようです。そのため、ここの所、変な夢ばかり見ます。夢の中で出張の続きをしている、というのが一番よくありますが、昨晩見たのは「新パターン」でした。

 その悪夢の中で愛読している漫画の単行本を読んでいました。しかし、読んでいるいるうちに何か異常な展開になってしまい、変だと思ってよく見たら、読んでいたのはその漫画のエロ同人誌だった、というオチでした。
 こうやって書くとギャグみたいですが、まだ日が出ていないのにも関わらず、飛び起きてしまうほど、自分にとっては悪夢でした。
 やはり、精神的な疲れがなかなか抜けない、という事でしょうか。まあ、とにかく仕事に慣れる事と、仕事上の障害を除去するより対策はありません。悪夢ばかり見るのもいやなので、何とかこの二つの課題を早く達成しようと思っています。

2008年04月25日

神戸港と「ぼっかけうどん」

 昨日から神戸ハーバーランドにあるホテルに泊っています。窓の外には神戸港が広がる、というなかなかの立地です。せっかくなので、写真を撮ってみました。
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※写真をクリックすると、同じ窓で大きな画像が開きます。

 そして、昼は宿泊地の近くにあるホテルで「ぼっかけうどん」を食べました。初めて聞く名前でしたが、上に肉と糸こんにゃくを甘辛く煮たものがのっているうどんでした。
 とりあえず、今回の出張で「目標」としていた「関西でうどんを食べる」を達成できたので、一安心できました。

2008年04月23日

時代の東西差

 大阪の事務所の近くに、日本冶金工業の「さあ、ステンレスの時代だ」と書かれた大きな看板がありました。かつては東京の社屋にもこれほどまで大きくはないものの、同じ文字の看板がありました。。しかし、数年前に平凡なものに変ってしまいました。何度か見たのですが、平凡すぎて、いまだに何と書かれているのか覚えられません。(追記・この前見たところ、「ステンレスと高性能金属 It's Yakin」という平凡なものでした)
 しかし、大阪では相変らず「ステンレスの時代」が続いていたようです。しかも、東京のものよりもずっと大きい看板でそれを謳っているわけです。東京の看板から「ステンレスの時代だ」が消えたときに寂しい思いをしただけに、大阪で堂々たる看板を見れたのは嬉しいことでした。
 出来ることなら、こちらでは永遠に「ステンレスの時代」が続いてほしいものだ、と思いました。

2008年04月21日

大阪出張

 先週は一週間九州ですが、今週は一週間大阪です。いろいろな事情があるようで、このような厳しい日程を強いられているわけですが、まあ、これも貴重な経験だと思うことにしています。
 もっとも、先週と同じく、仕事していたら夜遅くなる、といった感じでした。仕事が厳しいのは想定内だったため、普段は車窓を見る東海道新幹線の中でもずっと寝ていました。おかげで本当に、仕事だけの一日、という感じ。「大阪」を感じたのは、市営地下鉄に乗ったときくらいでした。食事も昼はカレーで夜はコンビニです。
 仕事で行っているのですから、「名物」を味わえないのは当然の事です、とはいえ、せめてどこかで、うどんくらいは食べたいものです。その時間を作るべく、効率的に仕事を片付けるのが、今週の目標、といったところでしょうか。

2008年04月18日

二日で600キロ移動する

佐世保から門司港まで行って、そこから博多まで戻りました。宿に着いた時は日付が変わっていました。
これでせめて移動が鉄道ならいいのですが、全行程がレンタカーでした。運転者に気遣うため、移動中の居眠りもままならないので、疲れが倍増しました。
ちなみに、夜は、刻々と点差が開いていった千葉の負け試合を「速報メール観戦」しながらの移動でした。せめてこれが勝ち試合でしたら、疲れも減ったかもしれない、などと思いました。
さらにとどめ(?)で、上司が手配した宿は、インターネットが使えませんでした。机の上にLANの代わり(?)にあった、モジュラージャックの穴を見た時は、最後の最後まで疲れる一日だったと、他人事みたいに笑いたくなってしまいました。

2008年04月17日

海藻サラダと軍港

 昨晩は鹿児島に泊り、夕方まで仕事をして佐世保へ移動しました。同じ九州とはいえ、両市は300キロ以上離れているから東京から名古屋へ行くようなもの。そして鹿児島の一部を除けば在来線ですから、所要時間は東京-岡山並みの3時間半でした。
 そんな中、なんとか佐世保へ到着。上司のおごりで郷土料理やに繰り出しました。とりあえず、港町なので魚が売りの店に行きました。魚をいろいろと注文した後、野菜もと思い、海藻サラダを頼みました。関東の感覚で、「レタスなどを主としたサラダに海藻が乗っているサラダ」を想像していました。ところが、実際に出てきたのは、色とりどりの海藻の盛り合わせでした。端的に言うと、「刺身のツマだけが出てきた」となります。
 少々驚きましたが、これが「地域性」というものだと納得し、専用のタレにつけて「刺身のツマ」を堪能しました。
 ちなみに、軍港らしく、街中には米兵の姿を何度か見ました。さらに、一部の店には「歓迎、海上自衛隊」などというポスターが貼ってありました。さらに、タクシーの運転手さんと話したところ、普通にドル紙幣で運賃が払われるとの事。これまた、「普段とは違う世界だ」と思わされた風景および逸話でした。

2008年04月15日

蝉と桜

 今日は宮崎で仕事でした。さすがは南国なだけに暖かく、日中に町中を歩いているスーツの人は、みな上着を脱いでいるほどでした。一昨日、千葉マリンスタジアムにて冬の服装で野球観戦をしていただけに、余計、気候の差を感じました。
 そんな中、ちょっと自然が豊かな所に行きました。すると、蝉の鳴き声が聞こえてきました。一瞬、聞き間違いかとも思い、同行した人に「今、蝉の鳴き声が聞こえませんでしたか?」と尋ねたところ、なに当たり前の事聞いているんだ、という感じで「ええ、蝉ですね」と返されました。
 なんでも、宮崎では四月から蝉が鳴くのは極めて普通との事でした。一方、桜については関東より開花が遅く、少々散ってはいたものの、満開に近い感じでした。なんでもこれは、地熱の温度差によるものだそうです。
 という事は、宮崎では蝉の鳴き声を聞きながら花見、というのも可能なわけです。今度は観光でこの季節の宮崎に行き、「蝉の声を聞きながら桜を見る」というのをやってみたいものだ、と思いました。

2008年04月14日

もりもり白菜

 セブンイレブンの惣菜に「もりもり白菜・にんにく風味」というものがあります。名前の通り、白菜の浅漬けをにんにくで味付けしたものです。
 白菜の浅漬けとにんにくが大好物な私にとっては、ある意味、理想的な食品と言えます。というわけで、夜のつまみを買いに行ったときなどで見かけたら、必ず買うことにしています。とはいえ、同じ味覚の人が多いためか、地元のセブンイレブンで見かける事はほとんどありません。

 ところが今日、これまで一度しか行ったことがないセブンイレブンに行ったら、なんと在庫がありました。というわけで、今年初めて「もりもり白菜」を楽しむことができました。
 その店はどこかと言うと、出張先の宮崎でした。今日は朝から晩までトラブル続きですっかりバテてしまい、どこかに繰り出す気力すら起きませんでした。そこで仕方なく、セブンイレブンで夕食と晩酌を購入したわけです。その方針を決めた時は、「何が悲しくて宮崎まで行ってコンビニ夕食を・・・」と思っていました。
 しかしながら、その「幻の逸品」を食べることができたため、その悔しさ(?)は少なからず解消されました。我ながら安っぽいと思います。とはいえ、まあ、何もないよりは十二分にマシとは言えるでしょう。

2008年04月13日

10円を巡る勧誘

 電球などを買いに、津田沼のラオックスに行きました。ついでに、使用済みのプリンタ用インクカートリッジを片付けようと思い、持っていきました。そして、回収箱に入れたところ、店員さんから声がかかりました。
 なんでも、ラオックスのカードに加入すれば、インクカートリッジを一個回収する際に10ポイントがつくとのことです。だから入会しないか、と勧誘を受けました。
 費用は一切無料とのことです。しかしながら、一駅となりであるにも関わらず、このラオックスに行くことはまずありません。したがって、入手しても使いようのない10円分のポイントを得るために、入会手続きをするのは時間の無駄でしかありません。

 とはいえ、店員さんの熱心な姿を見ていると、断りづらいものがあります。その時、以前、相方が今はなき秋葉原ラオックスコンピュータ館で買い物をした際に、カードを作った事を思い出しました。
 幸い、相方の財布の中には、そのカードがありました。そこで、それに10円分のポイントをつけ、問題(?)は解決しました。
 店員さんとしては、会員獲得のノルマみたいなものもあるので、普通に仕事として行っていたわけです。とはいえ、10円相当分のポイントを題材に熱心に行われる勧誘している姿には、何とも言えない不思議な雰囲気を感じてしまいました。

2008年04月12日

昼寝場所

 少々疲れている時は、昼食後に一眠りすると、非常に楽になります。そのため、昼寝ができる場所を取ることは重要になってきます。しかしながら、入社して一ヶ月少々の身だと、なかなかどこで昼寝ができるかが分かりません。
 そこで、今日は天気がいいこともあり、近くの公園で昼寝をしました。意外に日差しがきつく、少々首筋が痛くなったりもしました。しかも座っていたわけですから、熟睡にはほど遠いものでした。とはいえ、春の太陽の下で、夢見心地に過ごす一時、というのもなかなか楽しいものでした。
 ただ、ここを「昼寝場所」にできる期間はかなり限定されます。早く社内に「昼寝場所」を見つけねば、とも思いました。

2008年04月11日

九割以上同じだが・・・

 先日、修理に出した携帯が戻ってきました。修理に出した時点で言われていたので、半ば覚悟はしていましたが、基盤ごと交換となりました。つまり、見た目は同じですが、中身は新品と同じになってしまったわけです。
 とはいえ、アドレス帳やお気に入りは修理中に借りていた代替機に写していました。、そこから戻す事により、以前と同じように使えます。
 しかしながら、待ち受けや着メロに使っていたデータの一部は、有料サイトにあったものでした。したがって、バックアップはできませんでした。しかも、そのサイトは現在は閉鎖されています。そのため、それらの画像・音楽は元に戻すことができませんでした。

 それぞれ、かなり思い入れのあったものなので、大変残念でした。そしてそのため、番号やアドレスはもちろん、外見も中に入っているデータも九割以上が同じであるにも関わらず、自分にとっては全然違うもののように見えてしまいました。
 まあ、失ったものをいつまで惜しんでも仕方ありません。これを機に、さらに効率のいい使い方・設定を探求しようと思い、空いた時間を使って再設定を行っています。

2008年04月09日

目から上

 学生時代のバイトで世話になっていた人に16年ぶりに会いました。すると、顔が変って全然分からなかった、と言われました。
 白髪は少々増えましたが、そんなに老け込んでいるわけではありませんし、体型もさほど変っていません。しかしながら、当時かけていた眼鏡は黒縁で、普通の長さの髪が天然パーマでモジャモジャでした。一方、今は銀縁眼鏡で、髪型は短髪です。つまり、目から上は全然違っているわけです。言われてみれば、分かるわけありません。

 実際、実家で学生時代の自分の写真を見ましたが、確かに別人みたいでした。
 ちなみに、私はmixiには自筆の絵を載せています。線で胴体と手足を描き、その上に「○」を描いて細い眼鏡をかけさせ、頭に短い毛を四本、というラクガキですが、それを見た相方の友達に「よく似ている」と言われたそうです。
 以上の経験から、自分を判別する際には、目から上に全てがかかっている、という事がよくわかりました。

2008年04月08日

事実と番組

 養豚業をやっている大学の後輩が、テレビの取材を受けました。10分番組なのですが、かなり中身が濃く、見ている途中に、「10分番組だと聞いていたけれど、本当は30分番組だったのか?」と本気で思ったほどでした。
 それだけいい番組だったのですが、見ていて一つ違和感がありました。その後輩は、学生時代から養豚業をやると宣言しており、卒業直後に就職した時も、「家業を継ぐ事を前提」と言っていました。ところが、TVでは「継ぐなんて考えていなかった」というナレーションが入っていたのです。

 記憶違いかと思って本人のブログを見ても、やはり当時言っていた事がそのまま書かれていました。
 確かに、番組としては、「最初はやる気がなかった」というほうが筋立てとしては面白いでしょう。また、日本農業の振興を考えても、そちらのほうがいいのかもしれません。しかし、事実は事実なわけです。ならばやはりそのまま書くべきだったのではないのでしょうか。
 全体的に優れた番組だっただけに、より残念に思った「作り」でした。

2008年04月07日

麹町さくら祭りと甘酒

 今日は日曜出勤でした。昼休みに散歩がてら駅前に行ったところ、「麹町さくら祭り」なる行事が行われていました。といっても神輿などが出るわけではありません。駅前にあるちょっとした広場にテントが6つくらい立って、そこで甘酒の無料配布と、焼きそばやパンなどの販売が行われる、という小さな「祭り」でした。
 せっかくだから甘酒を貰ったのですが、配っている人は「米と米麹を用いた本格的な作り方なのでアルコールは入っていません」と言っています。38年生きていましたが、「本格的な甘酒」がノンアルコール飲料だとは知りませんでした。

 帰宅して調べたところ、この甘酒は、薄い粥に麹をいれて発酵させたものとの事でした。一方、アルコールが含まれているものは、酒粕を用いて作るのだそうです。
 本来はアルコールが含まれておらず、酒の味がするわけでもないのに「甘酒」とは不思議なものだと思いました。後発となった「酒粕で作ったもの」のほうがメジャー化したために「酒」になったのでしょうか。
 ついでに、これは「麹町さくら祭り」だから、麹を使った甘酒をふるまっているのだろうか、などとしょうもない事を考えたりもしました。
 なお、先日から書いていたように、近辺の桜は既に盛りを過ぎています。温暖化の影響なのか、ここ数年、桜の季節が早くなっています。「さくら祭り」の開催日も見直す時期に来ているのではなかろうかなどと、散りゆく桜を見ながら思ったりもしました。

2008年04月05日

夜桜

 帰りがけに、四谷駅近くで咲いていた桜を撮りました。何度か書きましたが、新職場の近くは桜が多く、この季節をいろいろと楽しむことができました。今年の桜もそろそろ終わりのようですが、来年もまた新たに花見ができるところを発見したいものです。
※写真をクリックすると、同じ窓で大きな画像が開きます。
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2008年04月01日

自分を歪める嘘

 ピザを頼みました。受付時に聞いた所要時間を過ぎた頃、配達担当者から電話がかかってきました。内容は、「近くの床屋まで来たが、地図が古いために場所が分からないので教えてほしい」というものでした。
 築19年のアパートが載っていない地図なんてあるのか?と思いましたが、そんな事を突っ込んでも意味がないので、丁寧に説明しました。先方は了解しましたが、待てど暮らせど来ません。

 すると、電話がまたかかってきました。また道に迷ったのかと思ったのですが、かけてきたのは先ほどと違う人でした。どうやら、店長さんらしいのですが、配達員が、「呼び鈴を押したが誰も出なかった」と言って戻ってきた、と言うのです。
 念のため、呼び鈴を押してみましたが、もちろん故障していませんでした。そして、その店長さんらしき人が電話から10分後くらいに届けにきました。もちろん、呼び鈴は問題なく鳴りました。
 この配達員は、短い間に二回嘘をついたわけです。しかも、いずれもすぐばれる上に、最初のは店に対し、二つめのは客に対し、非常に失礼な嘘です。
 何か困るとすぐに嘘をつくのがくせになっているのでしょう。しかし、こんな事を続ければ続けるほど、本人にとってよくない事は明白です。
 そうやって嘘をつき続けていたために、50や60過ぎてもミエミエの嘘をついて周りに軽蔑されている人たちを知っています。それだけに余計、その配達員の将来が心配になりました。

2008年03月30日

ドコモショップ休業と混雑

 携帯が壊れました。そこで、駅前のドコモショップで修理をしようと考えました。行く前に念のために営業しているかどうかを確認しようとしました。すると、なぜか公式サイトにある「ドコモショップ一覧」に、幕張本郷店がありませんでした。
 確か、「マイショップ登録」をしていたはずで、「メッセージR」も届く設定になっていました、しかしながら、何ら情報は配信されていませんでした。
 そこで、店舗まで行ったところ、「4月半ばに隣のビルに移転するため、一時休業」という張り紙が出ていました。

 よりによって自分の携帯が故障した時に・・・と思いましたが、仕方ありません。幸い、一駅隣の津田沼にもドコモショップがあるので、そこに行くことにしました。受付の所に、それぞれの待ち時間が書いてあるのですが、故障受付の所は60分となっていました。他の受付には80分などというものもありました。
 店内は人でいっぱいで、座るところもほとんどありません。店員さんによると、番号が呼ばれた時にいなくても、キャンセルにはならない、との事でしたので、隣の丸善で時間をつぶしました。
 50分後くらいに戻り、しばらくしてやっと受け付けてもらった結果、預けての修理となりました。そのための代替機の貸出や、データおよび電子マネーの移行手続きなどが完了して、店を出たときは、最初に受け付けてから2時間が経過していました。
 まあ、年度末のうえ、幕張本郷店が休業しては仕方ないと言えるでしょう。とはいえ、、休む間もなく、しかも、カウンターが満席のため、待合い席に座っている客相手に、膝を床について接客していた店員さんの苦労には同情したくなりました。
 その一方、幕張本郷店の休業通知の配信もせず、かつ公式サイトに「休業中」と表示する代わりに幕張本郷店を跡形なく削除してしまったという本社の運営方法には、大いに疑問を持たされました。

2008年03月29日

昼の花見・夕方の花見

 昨日の昼休み、上智大学沿いの土手で、「花見弁当」を楽しみました。変った壁の大学施設を背景に撮った桜は、樹についているにも関わらず、桜吹雪みたいにも見えました。
 その後、夕方に出かける機会がありました。そこで、丸ノ内線と、点灯直後の東京タワーを桜と組み合わせて撮ってみました。丸ノ内線の地上区間は、ここと後楽園・茗荷谷しかないので、桜を背景に走る丸ノ内線、というのはかなり珍しいのでは、などと思いながら撮りました。
※クリックすると、同じ窓で大きな画像が開きます。
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2008年03月27日

朝の花見

 桜が七分咲きくらいになりました。そこで、一駅前の市ヶ谷で降りて、線路沿いの土手みたいになっている桜並木の中を歩きました。
 この道は、中学の時、市ヶ谷にある塾に通っていた時に、四谷駅でバスを降りて毎週歩いていました。その時に見た桜がいまだに心に残っています。そのため、私にとってここは「一度は花見に再訪したいところ」でした。
 なかなか機会が作れなかったのですが、四ッ谷勤務となったため、24年ぶりにその機会を得ることができたわけです。
 空を覆うように咲く桜は、その頃と変わらぬ美しさでした。
※写真をクリックすると同じ窓で大きい写真が開きます。
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2008年03月25日

平日午前の後楽園

 急な仕事で、朝から後楽園に行きました。高校時代のアルバイトを初め、夜と休日だけなら何十回も行っている所です。しかしながら、平日の明るい時間に行くのは初めてでした。
 別に平日でも休日でも昼間の風景は変わらないはずです。ところが、場外馬券売場を見たときは、かなり驚きました。
 別に今日、競馬が開催されているわけではないようです。それどころか、帰宅後に調べたところ、今日は月に数回の「平日払戻休務日」とのこと。したがって、ウインズに行く必要など何もないのではと、素人には思えます。

 ところが、そこには少なからぬ年配の人がいて、新聞を見ながら何やら研究をしていました。その表情は真剣そのものです。その場所からは、勝負師の迫力みたいなものと、物寂しさが混ざったような不思議な空気が流れてくるように感じました。
 その空気のおかげで、あれだけ行き慣れていたにも関わらず、なんか異空間に紛れ込んだような気分になりました。
 通り過ぎたのはほんの短い間でした。しかしながら、かなり不思議な経験ができた一瞬でした。

2008年03月22日

発症

 なんかここ数日、くしゃみが出たり、目の周りがかゆかったりと、これまでにない状態が続いていました。最初は、仕事の環境が変わったので、体が順応していないのか、などと思っていました。そんな中、発生している症状をいろいろ思いだしているうちに、「これって典型的な花粉症だ」という事に気づきました。
 実は父や姉が前から花粉症でした。そのため、自分もいつかなるとは覚悟はしていました。しかしながら、改めて発症したと思うと、やはり嬉しくないものがあります。
 とりあえず、症状が軽いうちに気付いたのが不幸中の幸いと思うことにしました。というわけで、とりあえず「敵」を知るために、現在、花粉症対策に関する情報を収集しまくっています。

地図上でものを考える?

 数日前のニュースで、高校生と大学生を対象に、県や国の位置を地図上で示す試験をしたところ、宮崎県の位置を知っていた高校生が五割以下だった、という記事がありました。さらにその結果を受けて、「国際化が進む中、地図上で物を考えることができる若者が少ないのは問題」と分析。した大学教授の談話も載っていました。
 それはまあ、知らないよりは知っていた方がいいとは思います。とはいえ、これは「地図上で物を考える」という事なのでしょうか。この試験を見る限り、どう考えても「暗記しているかどうか」であり、「考える」とは違うと思うのですが・・・。

 ちなみに、世界地理に関する試験では、イラクの正答率が低かったそうです。これなどはより分かりやすい例と言えるでしょう。
 この試験の正答率を上げたければ、生徒や学生に世界地図を見せて「ペルシャ湾の最奥部で、アラビア半島付け根の北東」などと覚えさせればいいわけです。しかし、それに何の意味があるのでしょうか。
 そんな事を暗記していても、この地で5年前より戦争が行われており、今でも多くの国民が苦しめられている。そんな中で、元凶となった国家元首は、先日もこの戦争を自画自賛した」という事実を知らなければ、何も「地図上で物を考える」事にはなりません。
 台形の面積の時も書きましたが、なんでこのような、「生活にも思考力の育成にも役に立たないような学習項目」についてたびたび取り上げられるのでしょうか。不思議かつ不可解です。

2008年03月20日

肩書き

 衛星放送で相撲を見ていたら、引き続き、囲碁の棋聖戦が始まりました。囲碁の棋力は自称29級という程度なので、盤面を見たり解説を聞いても何がどうなっているのかは分かりませんが、そのまま見ていました。
 そして、解説者の「山下棋聖が有利だが、七番勝負最終局で過去7勝2敗の趙NHK杯にもまだ逆転の可能性がある」などという話を聞いているうちに、「どちらが勝つのだろうか」などと、結末が急に気になりました。
 そこで、中継終了後にちょくちょくニュースサイトなどを確認し、「山下棋聖防衛」という結果を知りました。

 ところで、そこに載っていた各新聞にある挑戦者の名前は二種類ありました。普通は「趙十段」なのですが、毎日新聞だけは「二十五世本因坊治勲」でした。自社で本因坊戦を主催しているためなのでしょう。NHKでの中継も同様の理由で「趙NHK杯」だったわけです。
 それぞれ、高い金額を払っているわけですから、自社運営の棋戦を優先する「社内ルール」を設定するのは分かります。とはいえ、これだと分からない人が「一体、挑戦者は誰なんだ?」と思ったりしないのか、と気になりました。
 特に、毎日新聞の場合ですが、二十五世本因坊の9期ぶりの棋聖返り咲きはならなかった。という書き方をしていました。と言うことは、もし趙十段が勝っていたら、「二十五世本因坊、棋聖返り咲き」などという、誰がどのタイトルを獲得したか分からないような記事になっていたのだろうか、などと思ってしまいました。

2008年03月17日

×印のついた下請け

 道路工事現場を通りかかったら、奇妙なものがありました。建築現場に立っている業者名などを書いた白い看板を大量に印刷した「看板の看板」が立っていたのです。
 印刷されている看板は、それぞれ、業者名が異なっています。どうやら、元請け業者が、どの業者に下請けさせているのかを公開するために表示しているようです。
 それはいいのですが、うち二つの「小看板」には×印がつけられていました。それについて、「大看板」のどこにも注釈は記載されていません。

 おそらくは、「この下請けの作業は完了した」という意味の×印なのでしょう。しかし、「この業者は下請け失格」という解釈も普通にできてしまいます。
 まあ、このような「下請けリスト」の意味が分かるのは同業者だけだから、一般人がどう誤解しようと問題ないのかもしれません。とはいえ、×印をつけられた業者はどう思うのだろうか、とかなり気になった「×印つき看板」でした。

2008年03月15日

道が川に

 昨日、東京タワーの近くで仕事がありました。夕方、仕事が終わったら雨が強くなっていました。とはいえ、道に水しぶきができるほどの豪雨ではありません。
 ところが、東京タワーのふもとの道をいていたら、不意に深い水たまりに足を突っ込みました。よく見たら、横断歩道一帯が川のようになっています。
 そんな豪雨でもないのに・・・と不思議に思いつつ「川」を避けて歩きましたが、流れは次の横断歩道あたりまで続いていました。
 下水道の調子が悪かったのか、丘のふもとという地形のせいなのかは分かりません。しかし、このくらいの雨でこうなるなら、集中豪雨でも来たらどうなるのだろうか、と普段歩くことがない道ながら、心配になりました。

2008年03月12日

18年ぶりの会話

 3月から勤めている会社は、学生時代にアルバイトしていたのと同じ業種です。そのため、当時のバイト先にいた人が在籍しているかと思ってはいました。そして、聞き覚えのある苗字の人がいたので、その話をしたところ、やはり当時の上司であったことが判明しました。さらに、その時、私によく仕事を教えてくれた人にわざわざその事を伝えてくれました。
 すると、何とその人が私の事を覚えていてくれて、わざわざ電話までしてくれました。向こうにとっては数多いバイトの一人で、しかも18年間何の接触もありませんでした。にも関わらず、覚えてもらったいたというのはかなり嬉しいことでした。

 ただ、もちろん嬉しいだけの話ではありません。覚えてもらっていた、という事は、18年前のバイト時代にある程度の評価をしていただていた、という事なのでしょう。逆に言えば、これからの仕事でだらしない事をすれば、「あいつは20歳の時よりも、使えなくなっている」と、より厳しい評価を受けるわけです。
 その間の18年間でどのくらい成長できたか自分でもよくわかりません。いずれにせよ、覚えて貰った事に恥じぬよう頑張らねば、といい意味での緊張感を得ることができました。

2008年03月11日

慌てる出張者は・・・

 昨晩は、先週食べ損ねた博多ラーメンを、有名な長浜地区まで行って食べてきました。ところで、博多名物で、もう一つ好きなものに「水炊き」があります。ならば今日はそちらを・・・と思い、「一人前で水炊きを食べれる店」を調べました。すると、ホテルから歩いて行けるところに一軒ありました。
 楽しみにしながら行ったのですが、店の前の表示を見たところ火曜定休となっていました。結果的には、昨日を水炊きにして、今日をラーメンにすれば良かったわけです。しかし、昨日は「先日だめだったラーメンを・・・」という事しか頭になく、このような結果になってしまいました。
 まあ、最低でもあと一回は福岡に行かねばならないので、その時、水炊きは食べればいいのですが・・・。その際は、他にも食べたいものはなかったか、などともう少し落ち着いて計画を立てようと、つくづく思いました。

2008年03月10日

同行して四時間後に挨拶

 入社十日目で早くも二度目の九州出張となりました。別に九州担当というわけではないのですが、東京で働いた日数より九州で働いた日数のほうが多い、という奇妙な事になっています。
 今日は、同じく関東から来た別会社で、今日が初対面となる人と行動をともにする事になり、福岡の事務所で待ち合わせをしました。そこで雑談しているうちに、今朝起きた時間の話になりました。すると、ほぼ同じくらいだったので、「羽田から同じくらい離れているのかな」と思い、在住地を尋ねたら、何と私と同じ幕張本郷でした。

 したがって、ここまでの経路もほぼ同じでした。確認したら、朝6時10分に空港行きバスが京成津田沼を発車した時から、同じバス・飛行機・地下鉄で事務所に着いた事が分かりました。あまりの偶然に、思わず互いに笑ってしまいました。
 そのまま一日中一緒に仕事し、宿の話になったのですが、これまた同じ所でした。偶然とは恐ろしいものです。さすがに夜は別行動となりましたが、これから出張業務が終わる予定の明後日の昼過ぎまで、今朝から通算すると約55時間ほどの間、その人とほぼ同じ空間で過ごす事になることになりました。
 ちなみに、私は総武線の津田沼駅からバスに乗り、京成津田沼に着いたとき、これから乗る人たちの行列を見ていました。結果的にその中に、その同行者がいたわけでしたが、もちろん、その時点では気付くわけがありませんでした。後からその時の事を振り返ると、不思議な気分になりました。

2008年03月09日

振り込め詐欺と「虎の巻」

 夕方、固定電話が鳴りました。取ってみたら、聞き慣れない声の男が、いきなり私の名前を名乗ってきました。「こんなあからさまに怪しい電話は、38年間生きていて初めてだ」といった感じです。
 死期が近づくと見えるというドッペルケンガーが、出現する代わりに電話ですませようとした、というわけではなさそうです。となると、「振り込め詐欺」に違いありません。そこで、とりあえず、「どちらさまですか?」と返したところ、すぐに電話を切られました。
 我が家にかかってきたのは、一年半ほど前に相方が受けて以来です。私が取るのは初めてでした。

 最近の傾向だと、「還付金詐欺」だの「貸します詐欺」などの発展形のほうが話題になっていますが、私の所に来たのは、「元祖」とも言える形態かと思われます。
 せっかくの機会なので、ネットで「振り込め詐欺」を調べました。警視庁のサイトなどを見たのですが、妙な事に気づきました。
 そこには、「大阪の主婦のようにツッコミを入れる」などといった「振り込み詐欺撃退虎の巻」が書かれていました。しかし、相手はそれで莫大な金を得ている「プロ」です。そんな付け焼き刃な対策くらいはお見通しですから、逆に丸め込まれる危険性すらあるのでは、と思いました。
 個人的にも、明らかなインチキ投資話の電話に対し、「自分でやってみたらどうですか」などとベタな応答をし、それにつけ込まれて結局契約してしまった輩を知っていす。それだけに、この「虎の巻」は気になりました。
 結局、「電話がかかってきても、こちらからは名乗らず、何か言ってきたら『どちらさまですか?』と返す」「あまりしつこく来るようだったら、固定電話の番号を変える」などと言った、単純な対策のほうが有効なのではないのでは、と改めて思いました。

2008年03月08日

誰のために作った地図?

 あるホテルの場所を調べることになりました。場所は福岡にある海の中道の突端です。そこで、公式サイトから地図を見たのですが、これが感動的と言えるほど見づらいものでした。
 最大の欠点として、海と陸を同じ色で書いている事が挙げられます。場所柄、市内から行くには、陸上・海にかけた橋・博多湾を渡る船と、陸路・海路がそれぞれあります。にも関わらず、普通に見ると海と陸の区別がつかないわけです。

 それだけでも不便極まりないのですが、さらに追い打ちというわけか、この地図の表記は英語並びにローマ字が使われています。そのため、ただでさえ分かりにくいのが、さらに難解になっています。
 しかも、そこのサイトには英語版があります。ならば、日本語版ページには普通に日本語を使った地図を載せればいいはずです。それをなぜこんな事にしたのか、理解不能です。
 仮に旅行で宿泊先を探していたら、この地図を見た瞬間にこのホテルは候補から外すだろうな、と思えたほどの凄い地図でした。

2008年03月06日

福岡にて

 これまでの三日間は何だかんだで、行った先での特徴を味わう事ができました。しかし、昨晩到着した福岡は、昨晩空港に着いてから、今日羽田に戻るまで、ぎっちりした行程でした。21時過ぎに到着し、食後に投宿しただけでした。そして翌日は食事したら現地の事務所で資料をまとめた後、昨日と同じく新卒イベントへ。終了後は即座に空港へ直行、というものでした。

 福岡は今回が四回目でした。過去は旅行二回に仕事一回でしたが、いずれも博多ラーメンを食べる機会を持てました。ラーメン通でも何でもない私ですが、今回もラーメン