2006年12月31日

2006/12/31の更新

 雑談コーナー2006年マリーンズ戦、心に残った試合を掲載しました。

2006年を振り返って

 今年も本日で終了します。この2006年は、私にとっては、人生で最大とも言っていいほどの激動の年となりました。ただ、まだ落ち着いたわけでもなく、来年もこのようなバタバタしてかつ不透明な状況は続きそうです。
 今後、自分がどんな人生を歩むかわかりません。出来ることなら、何年か経ったときに、この2006年を振り返って「この年があったから今の自分がある」と思いたいものです。そのためには、来年以降、今以上に努力していく必要があります。何とか頑張っていきたいものです。

2006年12月30日

年末スイッチ

 スーパーに買い物に行ったら、年越しそばなどを売っていました。それを見てはじめて、ああ年末なんだなと思いました。もちろん、今日が12月30日だという事は頭では分かっています。しかしながら、年末らしい事を特にしていない上に、土曜である今日から年末年始休暇という事もあり、なかなか年末年始感覚になりませんでした。それがスーパーの年越しそばを見てやっと年末スイッチが入ったような感じになりました。
 もっとも、だからと言ってやることと言えば年賀状作成くらい。我が家では毎年10月に大掃除を行うので、特に掃除もやりません。また、飾り付けも一切やりません。他に年末らしいことと言えば、明日の本欄などで一年を総括するくらいです。まあ、このように年末らしいことをあまりしないため、スイッチの入り方が遅くなる、というのもあるのでしょう。

2006年12月29日

2006/12/29の更新

 翔みならブログめもちょうを交信しました。

ズレータ選手、マリーンズ移籍

[ 野球 ]

 契約でホークスと折り合いがつかずに自由契約となり、先日、退団が確定したズレータ選手のマリーンズ移籍が決まりました。その打力の強さは大いに期待したいところです。その一方、守備力や乱闘の多さなどの不安点もあります。おそらくはDH固定で交流戦のセ主催の12試合では福浦選手の休養時に出場、という感じになるのでしょうか。
 などなど気になる点もありますが、やはりその強打には期待したところです。また、活躍した日にマリンスタジアムの正面ステージで、得意のパフォーマンスを披露するかどうかも楽しみです。
 なお、マリーンズは昨オフは瑞季選手(退団)を獲得、今オフもすでに定岡選手を獲得しています。したがって、ここ2年で3人目のホークスを自由契約になった選手の獲得ともなっています。

思いこみ

 朝、嫁さんのコミケ搬入の荷物持ちをし、会場に20分ほど滞在してから出勤しました。すると昼過ぎにメールがきました。内容は、嫁さんの作った本は既に完売、私の本(※このサイトに載せた野球見物記をまとめたもの)は、それぞれ2~3部ずつしか売れていないが、もう撤収していいか、というものでした。
 まあ、私のほうはジャンル違いなうえに発表済みの文章を再編集したもののわけです。それを売るために残るのも効率がよくないだろう、と思って「それがいいのでは」という内容で返信しました。

 とはいえ、やはり自分の作ったものがほとんど売れない、というのは悔しいものがあります。「やはり自分はもう同人誌作成は引退かな・・・」などと思い、帰宅しました。すると嫁さんから「メールした後も何人か買ってくれて、見本誌以外は完売」と言われました。一瞬、え?と思いましたが、確かにメールを見直したら、「2~3部ずつ残っている」となっています。どうやら、自分の先入観で「売れるわけがない」という思いこみが強すぎ、文章を逆に読んでしまったようです。我ながら間抜けな話です。
 もっとも、逆だったら救いようのない話だったわけです。そういう意味では「害のない思いこみ」とは言えるかもしれませんが・・・。
 なお、このように書くと大売れしたみたいですが、要は10部刷って8部売れただけの話です。念のため。

2006年12月28日

2006/12/28の更新

 トップ絵を冬コミ宣伝絵にしました。
 翔みならブログめもちょうを交信しました。

2006年12月27日

やる気のなさすぎるサイト

 ある小さい会社のサイトを見ました。普通に事業紹介と商品紹介があるのですが、なぜか「おしゃべり掲示板」なるリンクがありました。業態から考えると、不特定多数が書き込める掲示板など設置する必要があるとは思えません。
 それが逆に気になり、そのリンクをクリックしてみました。すると一瞬、英語の書き込みが表示されたと思ったら、いきなり猥褻画像が大量に陳列されているサイトに飛びました。
 どうやら、JavaScriptも含めて何でも動作してしまう上に、会社による管理も一切なされていない掲示板のようです。別にその会社と利害関係はないのですが、老婆心ながらトップページに記載されている、infoで始まるメルアドにその旨を送信しました。しかし、しばらくしたら「failure notice」で戻ってきました。サイトのみならず、代表アドレスの管理もずさんなのでしょう。
 さすがにこれ以上何かする気もおきず、見るのをやめました。それにしてもこの調子だと、この会社が「トップページからワンクリックで猥褻画像集」という状況を改善できる日は永遠に来ないかも、と思いました。

2006年12月26日

電車に野鳥

 津田沼始発の電車に座って出発を待っていました。すると、いきなり「ピーピー」というけたたましい鳴き声が響きました。声の方向を見ると、野鳥がいました。谷津干潟が近いこともあって津田沼駅前には野鳥が多いのですが、その中の一羽が紛れ込んだようでした。当然ながらこんな体験は初めてでしょう。隣の車両と行ったりきたりしながら、必死そうな鳴き声を挙げつつ、不可解な状況を打破しようとしていました。
 扉は開いているのですから、そこから出ればいいのに・・・、と端から見ている身としては思います。しかしもちろん、その鳥にそんな事は分かりません。もっとも、この鳥を哀れむことはできません。我々だって、結果的には簡単な出口があるような状況で、迷宮に紛れ込んでしまう、というのはよこうある話です。
 そのうち、鳴き声は聞こえなくなりました。無事外に出れたのか、ずっと向こうの車両に行ってしまったかはわかりません。いずれにせよ、その「すぐそばの出口に気づかない」という姿は、他人(鳥?)事には見えませんでした。

2006年12月25日

ある意味理想的

 出勤前にコーヒーが飲みたくなったので会社の近くの喫茶店に入ろうとしました。遠くから店を見ましたが、電気はついているものの、客の気配はありません。まだ開店準備中かとも思いながら入口を見たところ、遠くからでは気づかない小さい看板があり、そこに「OPEN」と書かれていました。そこで扉を開けようとしたのですが、これがやけに立て付けが悪く、入るだけで一苦労しました。
 中に入ると、所在なげに店員が立っていました。250円のブレンドコーヒーを注文すると、さほど愛想もなくコーヒーメーカーから淹れてカップを渡されました。ミルクがどこにあるかの案内もありません。

 飲み終わるまで他には客は誰一人入りませんでした。そして飲み終えて席を立とうとしても、何の案内もありません。そこでわざわざこちらから片付ける場所を尋ね、そこにカップを置いて立ち去りました。
 必要最小限のサービスしかないのだな、と思って、再び開けにくい扉の所に行くと、ふとスタッフ募集の張り紙がありました。そこには早朝から10時くらいまでのと夕方以降の時給は1,000円以上となっていました。近隣のどの店より頭一つ抜けています。
 あのサービスでこの時給とは心底驚きました。もっとも、考え方を変えれば、この少しでも従業員から搾り取ろうという時勢の中で、ここまで従業員に手厚い待遇をしているわけです。そういう点においては、経営者に好感が持てました。それにしても、これでどうやって経営が成り立っているか、非常に気になるところではあります。

2006年12月24日

縄ばしごを登るサンタ

 ここ数年、クリスマスにあわせてサンタやトナカイなどの派手な電飾を自宅に施す家が増えているように感じます。我が家の近くにも何軒かあるのですが、その中の一軒が奇妙な飾り付けをしていました。なぜかベランダに縄ばしごがかかり、それを三人のサンタがよじ登っている(降りている?)のです。
 一般的にサンタといえば、空からトナカイのひく飛行ソリに乗ってやってくるとしたものです。それに対し、このサンタたちは、何故、わざわざ縄ばしごをかけてよじ登ってくるのでしょうか。しかも、トリオを結成しているわけです。
 近くを通る見るので、かなり見慣れたはずなのですが、その奇妙な三人のサンタを見ると、思わず足が止まります。考えてみれば、あの飾り付けは、通行人に見て貰うために行うわけです。そうなると、その奇妙さで私の足を止めるわけですから、その飾り付けは大成功なのかもしれません。もしかすると、そのために業者が知恵を集めて、「奇妙なサンタ」をデザインしているのかも、などとも思いました。

2006年12月23日

進歩に追いつけなかった機能

 携帯の経路探索に、「あらかじめ登録していた駅を呼び出す」および「現在位置から駅を選択する」という機能があります。最初これを見た頃は、文字を入力する手間が省けるために愛用していました。しかし、携帯を買い換えたところ、入力支援機能が大幅に向上していました。そのため、駅の最初の人文字を入れて下に出てくる候補一覧から選ぶだけで、駅名入力ができるようになりました。
 そうなると「登録駅」や「位置情報」機能の利点がなくなります。なにしろ、こちらのほうがボタンを押す回数が少なくてすみます。おかげで、一時期は愛用していたそれらの機能をすっかり使わなくなりました。携帯の入力支援機能の発展についていけなかったと言えるでしょう。
 このまま、「登録駅」「位置情報」機能は消えていくのでしょうか。それとも、改良される事によって復権するのでしょうか。少々気になっています。

2006年12月22日

備えなければ・・・

 普段通っている所に、いつもと違う駅から行く機会がありました。一応、事前に地図で調べていたのですが、調べ方が雑で、駅から出てすぐに自分の位置に自信が持てなくなりました。一応、頭の中のイメージ通りに歩いたのですが、ある地点に達した時、違和感が強くなりました。そこで、近くの地下鉄の駅に下り、周辺地図を見ました。すると、一つ手前の角を曲がれば目的地に着くことが判明しました。
 というわけで、結果的にはほとんど道を間違えることなく到達できました。それにしても、正しい道からほんの少し外れた直後に不安になる、というのは我ながらなかなかの直感だと思いました。もっとも、事前の調査をもう少しきちんとやっておけば、わざわざ地下鉄の駅に下りる必要もなかったわけです。直感に助けられたために大事に至らなかったとはいえ、やはり「備えがなければ憂いがある」ものだとつくづく思いました。

2006年12月21日

Linux習得への道

 諸事情により、Linuxを習得する機会を得ました。しかしながら、それに割く時間がなかなか取れません。一応、PCへのインストールまでは完了したのですが、そこから先には中々進めません。たまにプリインストールされているFireFoxでWEBを見るのが精一杯です。
 そんな中、ある日、メニューから出していたFireFoxのショートカットをデスクトップに置こうと思い立ちました。Windowsと同じ要領でドラッグしたのですが、既存のショートカットと比べると倍くらいの大きさがあります。いくら、現時点で唯一使っているアプリとはいえ、こんなに大きいアイコンだとギョッとしてしまいます。

 とりあえず変更するなら、と思って右クリックしたところ、案の定、アイコンの大きさを変更、というメニューがありました。それを選択したところ、普通の図形操作と同じ方法で、他と同じ大きさに縮小できました。このデスクトップ上でのアイコンのサイズ変更は、Windowsにはない機能です。
 これまで、理屈ではいろいろと「WindowsとLinuxの違い」を知っていました。しかし、違いを体験したのは「タダでインストールができる」時しかこれまではありませんでした。したがって今日は、初めて身をもって両OSの違いを理解できた記念すべき日でした。ただ、それが「アイコンの大きさを変えれるか否か」というのはちょっとアレですが・・・。
 こんな私に、Linuxを人並みに使える日はいつか来るのでしょうか。我ながら不安です。

人気の名前と縁のない家

 子供につける名前の順位が発表されました。男の子は「陸」が初めて首位に立ったそうです。子供の名前の傾向といるのがどうなっているのか知りません。発表した生命保険会社のサイトによると、昨年の今頃に放映されたTVドラマに「陸」という役の人がいたとの事ですが、そのあたりの影響もあるのでしょうか。
 子供ができる予定は今のところないのですが、私の名前が「隆」なだけに、紛らわしくて仮に男の子を授かっても「陸」とは名付にくいとは思いました。ネタとしては、長男を「陸」、長女を「睦」にして、家族名簿を間違い探しみたいにするのも面白そうではあります。もっとも、そんなことをしたら一生恨まれかねませんが・・・。
 ちなみに、男の子の二位は、昨年首位だった「大翔」だとか。これも苗字や嫁さんのHNを考えると、自分の子供に名付けるのは無理そうです。いつの間にやら、我が家は「子供にメジャーな名前をつけるのが難しい家」になっていたんだな、などと感心(?)しました。

2006年12月20日

冬の視界

 夏の間に通っていた横浜の仕事場に久々に行きました。窓の外からベイブリッジが見える所にあります。ただ、夏には橋までしか見れなかったのですが、今回は、その向こうにある房総半島の山並みまで見えました。別に、特別に空気が澄んでいる日ではありませんでした。となると、やはり夏と冬では海上の視界が異なるのでしょうか。
 それにしても、千葉からはるばる1時間半かけて通勤してきた仕事場の窓から、海を隔てて千葉県の一部である房総半島を見る、というのはなかなか趣がありました。

2006年12月19日

戦乱のおかげで幸せ?

 子供の頃、アフリカの戦乱に巻き込まれて飢えに苦しんでいる子供達の写真を見せて「君たちは辛いとか言うけれど、この子供達に比べればずっと幸せだ」などと言った人がいました。
 確かに、「その日の食料が確保されている」だけでも、その飢えた子供達よりはよっぽどいい環境なわけです。したがって、その戦乱の被害者達に比べれば自分たちのほうが「幸せ」というのは事実だろうな、などと当時は言いくるめられていました。
 しかし、今にして思えば、片方で高度な文明(?)が謳歌されている時代に、「いつまで生きていられるのか分からない子供達」が多数存在する事が異常なだけな話です。それを見て幸せだと感じる、というのは「戦乱を起こして子供達を飢えに苦しませている首謀者たちのおかげで自分たちが幸福感を得ている」という事になってしまいます。
 もちろん必要以上に自分が不幸だと思う必要はないでしょう。とはいえ、この「飢えた子供達に比べれば」という論法で「幸福」を説くのはちょっと違うのではないか、と最近になって強く思うようになりました。

2006年12月17日

空いていても忙しい

 あるファミレスで夕食を取りました。ちょっと遅い時間という事もあって、空席が目立ちました。しかし、注文した後、なかなか料理が来ません。やっとサラダが来たのですが、食べ終えた後、他の料理が来るまで、かなり待たされました。
 空いているのにこれだけ待たされるという事は、相当人数を絞っているのでしょう。とにかく現在の風潮は「人件費節減」なので、ある意味仕方ないのかもしれません。しかし、それって「サービス業」としてはどうなのでしょうか。少なくとも私はこの店にまた行こうと思いませんでした。
 まあ、今の「儲けるためにはいかに従業員をこき使うかがカギ」という感覚が続く限り、このような状況が改善されることはなさそうです。どこかで、「従業員をこき使わなくて儲ける」みたいなビジネスモデルを開発されれば、従業員のためにはもちろん、利用者である我々のためにもいいのだが、などと思いました。

マスターズリーグ、福間選手が好守連発

[ 野球 ]

 昼間にマスターズリーグの中継を見ました。大阪ドームでの大阪ロマンズ対名古屋エイティディザーズ戦なのですが、大阪ロマンズは、前日に札幌で試合してからの当日移動という強行日程でした。
 序盤にこの試合から参加となった長池徳士選手の適時打で大阪ロマンズが先発しますが、4回まで無失点に抑えてきた村田辰美投手が5回につかまって名古屋エイティディザーズが逆転。勝ち越し点は二塁走者が犠打で送った後に犠飛が出る、名古屋の中監督代行の勝負に辛い采配によるものでした。

 大阪ロマンズは二番手に30台の佐野慈樹投手を送り込みますが、これが裏目。続く6回にも2点を追加され、降板します。三番手には山本和行投手が登板。二死満塁から右翼の頭を越えそうな当たりを打たれますが、これを福間納選手が好捕。福間選手は序盤にも右前に落ちそうな当たりを好捕しており、二度目のファインプレイとなりました。その守備といい、試合開始時点で三割を越えていた打率といい、現役時代に投手だった50台の選手とは思えません。ちなみに、1985年前後のタイガースは福間投手から山本投手の継投で勝った試合が多々ありました。まさか20年後、このような形で両選手の連携が実現する事になるとは思いませんでした。
 大阪ロマンズも反撃に転じたいところですが、中盤に今中投手・与田投手という、かつてのドラゴンズを代表した投手二人の継投もあり、得点できません。一方、大阪ロマンズは8回には先日、合併球団の打撃投手を60歳で引退したばかりの水谷投手が登板しますが、打たれてしまい、2点を追加されます。
 そして最後は鹿島投手に抑えられ、5対1で名古屋エイティディザーズが勝利。大阪ロマンズの首位浮上はなりませんでした。観客数は1万8千人ほどでした。
 このマスターズリーグはたまにしか見れませんが、かつて応援した選手がいろいろと活躍をしている姿が見れるのでかなり楽しめます。今シーズンは観戦に行ければと思っています。

神霊の居場所

 ネットで祈祷するサービスをする神社が増えている事に対し、神社本庁が「ネット上に神霊は存在しない」と、今年初めて自粛を求める通知を出したそうです。宗教には興味がない私でも、「なぜネット上には存在しない事が判明しているのに、オフラインの世界では存在が確認できるのか?」という事が不思議でなりません。たとえば、神社に出向いて祈ったら100%の確率で願いがかなうが、ネット経由で神社に祈ると0%になる、みたいな実証結果でもあるのでしょうか。
 どのくらい神道の修行を積んだ人が決めたのかわかりませんが、よくわからん事を言うものだな、と思いました。
 なお、余談ですが、実世界よりネット上のほうが「神」は大量に存在しているように思われます。もっとも、ネット上の「神」はかなり粗製濫造気味ではありますが・・・。

2006年12月16日

唐変木

 昔の小説などを読んでいると、「唐変木」というけなし言葉がちょくちょく使われていました。これまで、普通の単語として認識していましたが、なぜか急にこの語源が気になりました。文字を見て分析すれば「唐の時代の中国に生えていた変な木」となります。誰かが中国でそのような木を見て驚き、それが日本に伝わったのでしょうか。新たな語句になるほど印象に強い「変な木」とはいったいどのような枝振りだったのだろうか、などとついつい考えてしまいました。

2006年12月14日

酒飲んで若者に人生語る?

 飲み屋でトイレに行き、出ようとしたらいきなり学生さんに声をかけられました。何でも、現在3年で就職活動中なのだが、会社員とはどういうものなのか、教えてほしい、とのことでした。しかもなぜかその学生さんの連れが続々と現れ、せまいトイレに7人くらいの集団ができてしまいました。
 結局、語れた事と言えば、別ブログでちょくちょく書いているような、「今の日本経済はごく一部の得する人と、その下敷きとなって損をする多くの人に分かれつつある」とか「人件費を減らして儲けを得ようとするため、社員はどんどんこき使われる」などという事でした。これから社会に出ようとする若者に対し、夢も希望もあったものではない話ですが、なぜか彼らは好意的に聞いてくれました。まあ、そこそこ的外れではないと思ってもらったのでしょうか。
 それにしても、いきなりの「講演依頼」にはかなり驚きました。冷や汗かきながら何とか話し終えた後、ふと「これって『酔って若者に説教するオッサン』だよな」と思いました。自ら進んでの事ではないとはいえ、まさか自分がこのような事をする日がくるとは夢にも思いませんでした。

 10年ほど前、当時いた職場でえらくひどい評価され、「窓際以下」の扱いを受けた事がありました。はっきり言って、その扱いに、仕事に対するやる気はかなりなくなっていました。
 しかし、その最悪の環境のなかで、貴重な出会いをすることができました。その人は守衛さんだったのですが、物の考え方・見識・責任感と、あらゆる点において当時いた職場の最高職の人間より圧倒的に格上でした。いろいろな事を教わりましたが、特に忘れられないのは前の職場が放火された時の事でした。火元となった一室にその人は飛び込み、初期消火に成功。後でその部屋に入ったら、蛍光灯が溶けるほどの火勢でした。もし、その人の活躍がなければ、建物が全焼していたかもしれません。
 いずれにせよ、その人に直接的・間接的に多大な指導を受けました。仕事の事はもちろん、初めて後輩の結婚式のスピーチを頼まれ、何を言えばと悩んで相談した時も、的確な助言をもらいました。その通りに話したところ、主賓である後輩に後で感謝された、などという事もありました。
 それらを含め、その人のおかげで自分もそこそこ成長することができました。おかげで、当時は不快きわまりなかった「左遷」も、いまではその人の指導を受ける事ができた、という点において、振り返ってみれば貴重な経験だったとすら思っています。

 その後、その人はガンをわずらい、闘病生活に入りました。しかし、その大病についても、風邪をひいたのかと同じような感じで対処しており、平然と「ガンなんだよね」と笑っていました。昨年の夏に再入院された時にお見舞いにいった時も、逆に見舞った私を気遣っていただき、恐縮したほどでした。
 その後も季節の挨拶はしていたのですが、夏にいただいたお中元の伝票が、これまでの手書きだったのが印刷になっており、気にはなっていました。そして昨日帰宅したところ、訃報が届いていました。大病なだけにある程度覚悟はできていたものの、やはりかなりの喪失感がありました。
 本人にも照れくさくて言えませんでしたが、私にとっての「人生の師」と言える方の一人でした。これから自分がどうなるのかわかりませんが、その人の教えを受けた事を誇りに思って人生を全うしたいと思っています。ここで書くのもなんですが、本当にありがとうございました。そして、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

2006年12月12日

象徴的な建て替え

 3年半ほど前に嫁さんのマシンを組んだ時にパーツのほどんどを調達し、その後もちょくちょく買い物をしていた秋葉原のパーツ屋がありました。角地にあるなど、立地条件もよく、3年前は店内を歩くのにもちょっと苦労するほどの盛況ぶりでした。
 ところが、しばらく前に通ったところ、つぶれていました。その時点では閉店の案内しか出ていなかったのですが、先日行ったところ、跡地に「まんだらけ」が地上5階のビルを建てる、という表示が張ってありました。
 最近のPCパーツ業界の事はよくわかりません。しかしながら、かなりいい立地にあったパーツ屋がつぶれ、その跡地に同人ショップのビルが建つ、というのはなんか象徴的なものを感じました。

2006年12月11日

替え刃

 電気カミソリの刃が欠け、毎朝、痛い思いをしながら髭を剃っていました。しばらくは我慢していましたが、ある日ついに限界を感じ、量販店に新品を買いに行きました。剃刀売り場で「次は何にしようか」と思っていろいろ見ていたところ、ふと「替え刃はこちら」という表記に気づきました。それを見たとき、「そうか、刃がダメなのだから、本体はそのままで刃だけ替えればいいんだな」と今更ながらに気づきました。
 一度帰宅し、型番を調べた後、替え刃コーナーに行って購入。早速装着して髭を剃ったところ、新品同様のそり心地でした。替え刃自体はさほど安くない値段ですが、もちろん本体よりは安いわけです。また、何ら異常のない本体を捨ててしまう、という無駄も避けることができました。
 それにしても、これまで何度か電気剃刀を替えていたわけですが、その際になぜ「替え刃」という発想に至らなかったのか、我ながら不思議です。一度気づけば、当然きわまりない事なのですが・・・。

2006年12月10日

年のせいなのか品質低下なのか

 津田沼から無料送迎バスが出ているビアホールがあります。ここの売りはラム肉のジンギスカンで2千数百円で食べ放題にすることができます。今のアパートに来た9年前は、まだ20代という事もあり、何度か行ったことがありました。
 今日、思い立って、その店に久々に行きました。ところが、出てきたラム肉を見ると、かつてのものとはかなり雰囲気が違います。しかし、「まあ、7~8年ぶりだから記憶もあやふやなのだろう」と思って焼き始めました。
 ところが、食べてみてもそのジンギスカンは明らかに違う味です。私は、ラム肉は大好きで、スーパーの特売品を野菜炒めにしたものでもそこそこ満足できるほどです。しかし、その肉からはラム特有の香りが感じられず、代わりにきつい脂肪の味がしました。

 こんなはずはない、と思っていろいろ焼き方を変えましたが、やはり味は変わりません。結局、脂で胃もたれしてしまい、食べ終わった後、コンビニで「黒烏龍茶」を急いで買ったほどでした。
 肉の質が落ちたのか、かつてはこの程度でもおいしく食べれたのが、年のせいでダメになったのかはわかりません。いずれにせよ、この店に行くことは二度とないな、と思いながら這々の体で店を出ました。

2006年12月09日

2006/12/9の更新

 別ブログこれでいいのか・を更新しました。

マルチモニタ

 新たに購入したノートパソコンを使い始めました。起動した後、これまで使っていたアプリを一通り入れ、設定などを移行しました。ノートですが、家で使うときは基本的にマウスはもちろん・キーボード・モニタとも外付けを使うことにしました。壁紙もこれまでと同じものですので、モニタの画面だけ見ると、昨日までと変わらない感じです。
 ただ、モニタにつなげるとはいえ、ノートのディスプレイも使っているので、マルチモニタ環境になっています。まあ、今日のところは、サイトの原稿を掲載するときに、エディタとブラウザをそれぞれのモニタに表示することで、ウインドウの切り替えをせずに下書きを貼り付ける事ができた時くらいしか、その便利さを感じることができませんでした。というわけで、まだその機能を生かせてはいないのですが・・・。
 せっかくの初ノートパソコンですので、内外問わず、いろいろと使い倒してみたいもの。そのための計画もいろいろ考えており、今から楽しみです。

2006年12月08日

2006/12/8の更新

 翔みなら絵ブログらくがきちょうを更新しました。

使いおさめ

 現在使っているマシンを購入してから丸6年たちました。いろいろ部品を取り替えたりしてごまかしつつ使っていたのですが、最近では抜本的な性能でガタがきた感じでした。そこで、仕事の関係で使う可能性も考え、ノートPCを購入する事にしました。1994年にPC-98を勝って以来、PCを5台買ったり組んだりしましたが、6台目にして初のノートです。それが今日帰宅したら届いていました。
 というわけで、今使っているマシンは本日限りとなりました。今でこそ、ガタガタですが、買った時は、その動作周波数1GhzのCPUの早さや、Windows2000の安定性の高さに大いに感心したものでした。
 最初は嫁さんが使っていましたが、2003年春から自分用となってから約2年半です。長いようで短い間ですが、これまで使っていたマシン同様、お世話になりました。機械相手ながら、お礼を言いたい気持ちになります。
 可能ならばマザーボードなどを取り替えて家庭内サーバーみたいな形で余生を送らせたいものですが、果たしてうまくいくものでしょうか。

2006年12月06日

久々の「本格トレード」ほか

[ 野球 ]

 ベイスターズの多村選手とホークスの寺原投手の交換トレードが決まりました。多村選手は今年は持病(?)のケガがさらにひどく、ほとんど活躍できなかったとはいえ、体調が万全ならば3割20本は普通に打つ選手。一方の寺原投手は高校時代から高い評価があって複数球団の競合の末にホークスへドラフト1位入団。ここ数年は冴えなかったものの今年はある程度ローテーションに入り、プレーオフ第3戦では先発して好投し、チームの第2ステージ進出に貢献しています。
 いずれにせよ、このクラスの選手の移籍と言えば、最近ではFAかポスティングがほとんどでした。そういう意味では、久しぶりに見た「主力級の交換トレード」かと思いました。両選手が新天地でどのような活躍をするのか楽しみです。

 また、マリーンズの戸部投手が金銭でイーグルスにトレードされました。今年は一軍に上がることはありませんでしたが、ファームでは7勝4敗でした。最後に見たのはイースタンの中継の対読売戦でした。その時は、大型新人の辻内投手相手に自ら適時打を放ち、投げても好投して勝利投手に。その時はこれは後半には一軍もあるかと思ったのですが、まさかこれが「見納め」とは思いませんでした。イーグルスなら一軍登板の機会も増えるでしょうし、ぜひとも活躍してもらいたいものです。

2006年12月05日

分かりにくくする努力?

 とある大手小売業の関連会社の情報を確認する必要があったので、Googleで検索しました。しかし、そこで表示された大手小売業のページ構成は非常に分かりづらく、必要とする情報にたどりつけません。ちなみに、必要な情報とはその関連会社の所在地、という普通ならすぐみつかるはずの情報なのですが・・・・。
 にっちもさっちもいかなくなり、総合トップから探そうと、ブラウザに表示されているURLの「/」以下を削除してエンターキーを押しました。しかしそこで表示されたのはその大手小売業のトップページでなく、世界的に人気の絵本のキャラが動くというFALSH画像が表示されました。どうやら、数年前に流行した「WEB製作会社が収益を挙げるために作った、見る側には何の意味もないオープニングアニメーション」のようです。
 何で関連会社の住所を調べるのに、絵本キャラのアニメーションを見せられねばならないのだ、と想いながらSKIPを押して「本当のトップページ」にたどりつきました。しかし、そこからのナビゲーションもやはり悪く、本来の目的を達するまで、かなり不要な時間を費やされました。
 さしずめ「サイト構築の悪い例の展示会」とでも言ったところでしょうか。それにしても、「小売業の公式サイトに行こうとしたら絵本のキャラが動き出した」というのはかなりシュールな話でもあるな、と思いました。

2006年12月04日

自由契約

[ 野球 ]

 12月1日付で自由契約選手の公示が12球団分まとめて行われました。基本的には「戦力外通告」を受けた選手で、一部に期限内に契約がまとまらなかった外国人選手がいます。さらに何人かの「引退して即そのチームのコーチ就任」という事が決定している人が、「自由契約選手」に含まれていました。
 かつては、「自由契約=解雇」「任意引退=円満退職」みたいな印象があったのですが、いつの間にか変わっていたようです。そう言えば、最近はたまに十年以上前に引退した元選手が、アマチュア指導者になるために、それまでの任意引退から自由契約に変更される、という公示も見受けられます。

 そのような傾向を見ていると、逆に「任意引退」にする利点はどこにあるのか、などという疑問が新たに浮かんできたりもします。
 なお、その自由契約選手の中で、マリーンズには元ホークスの定岡選手の入団が決まっています。高卒2年目で戦力外通告、と聞いた時はかなり驚いたものでしたが、その悔しさをバネにして、マリーンズで活躍してもらいたいものです。
 他に、一昨年の最優秀救援投手でありながらファイターズから戦力外通告を受けた横山投手が古巣のベイスターズに、40歳の元ホークス・吉田投手が合併球団に入っています。

2006年12月03日

二つの表札

 近所を散歩していていたら、ある家の住所つき表札が目につきました。なぜそれが目についたかというと、その表記が「幕張本郷○-○-○」でなくて「幕張町×-×-×」だったからです。この地域が「幕張町」から独立して「幕張本郷」になったのはかなり昔のはずです。にも関わらずいまだに旧町名を使っているわけです。一見、不便をきたしそうにも思えますが、その家は二世帯住宅のようで、門柱のもう片方には、現町名が記載されている別の苗字の表札がありました。そのため、郵便配達などが困らないから、旧町名表記を残せているのでしょう。
 この家の門柱にある二つの表札が町名の変遷を表しているわけです。そのような事を考えると、なかなか趣深いものがありました。

2006年12月02日

2006/12/2の更新

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沈む瞬間

 夕方、見晴らしのいい場所にいました。西のほうを見ると、真っ赤で大きな夕陽が、ちょうど沈むところでした。しばらく時間に余裕があったので、ちょくちょく見ていたのですが、見るたびに太陽の面積が狭くなり、やがて一筋の光だけが残る、という状態になりました。そして、次に見たときは、太陽はの姿はなく、夕焼けだけが残っていました。
 毎日行われている日没に、これだけの味わいがあるとは思いませんでした。やや暇をもてあましていた一日で閉口していたのですが、それが見れたので、いい一日だったと思うことにしました。

2006年12月01日

2006/12/1の更新

 トップ絵を更新しました。
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確かに「燃えるゴミ」だが・・・

 我がアパート専用のゴミ収集所に、粗大ゴミの不法投棄が行われています。一つは炬燵でもう一つはガステーブルです。ご丁寧な事に、ガステーブルは、市指定の可燃物用ゴミ袋に包まれています。まさか正気で、こうすれば回収されると思っているわけではないでしょう。となるとやはりこれは、「燃えるゴミ」にひっかけたギャグなのかな、などと思っています。
 冗談はさておき、清掃車は回収しないまま一週間以上たっています。このまま誰かが個人的に持っていかない限り、放置され続けるのでしょうか。鬱陶しいので、自腹で回収費用を負担して、粗大ゴミとして持っていってもらおうか、などとまで思っています。
 このような不法投棄をなんとかしない限り、ごみ回収の有料化というのは、まともに袋やシールを買って捨てる人が損をする仕組みなのだな、とつくづく思いました。

2006/11/30の更新

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