1.大勝軒(東京都中野区野方)

2005年5月29日閉店

 筆者の生まれ育ったのは東京都中野区野方、という街である。
 普通列車しか止まらない私鉄の駅と、4つの系統が発着するバスターミナルがある。これは筆者が幼稚園の時も、それから25年たった今も変わらない。もちろん、コンビニができたり、ゲーセンができるなど、よく見ると色々変わっているのだが、商店街にしろ町並みにしろ根本的には変化はない。
 その街からちょっとずれたところに「大勝軒」という店があった。扱う料理は主に中国系だ。しかし、中華料理店でもなければ、ラーメン屋でもない。
 強いて言うなら「つけ麺屋」なのだろう。しかし、この店には「つけ麺」なるメニューはない。
 メニューの基本は「中華もりそば」だ。世間でいうところの「つけ麺」なのだろうが、筆者が食した「つけ麺」とは全く次元の異なるものだ。この「もりそば」に大盛りだの肉入りだののバリエーションがある。もちろん、普通のラーメンとかレバニラなどもある。
 店にいるのはちょっとやせたおじさんと、ちょっと小柄なおばさん。この組み合わせも筆者の幼稚園の時と変わらない。そしておじさんは中華鍋を音を立てながら動かし、おばさんは麺を洗ったり皿を洗ったり水を出したりする。これも筆者の幼稚園の時から変わらない風景だ。
 普通の「もりそば」を頼んだ場合、麺はどんぶりに、つゆは茶碗大の器に入ってくる。具はチャーシュー・メンマ・ネギといった単純なもの。
 ちなみにチャーシューもメンマと同じような形に切ってある。最初に食べたとき、まずチャーシューを食べたら美味しく感じた。そこで次に同じようなものを箸に取ったときも喜んで食べたら、「グニュッ」とした歯ざわりのメンマだった。それ以来、いまだに筆者はメンマが苦手である。
 まず最初に麺のみを味わう。これだけでもそこそこいける。それからつゆにつけて食べる。ピリッとした唐辛子のきいた味が麺ととてもよくあう。そして中ほどでまた麺だけを一口味わい、またつゆにつけて最後まで食べる。ここでつゆの器をカウンターに出すと、おじさんが蕎麦湯(?)を入れてくれるのだが、筆者の場合は薄めずに飲む。
 一応、メニューにはいろいろ書いてあるが、ここに来た以上、もりそばを食べるのが一種の常識である。一度、筆者が食べているときに男女の二人組が来た。何も知らない女性はカレーライスを注文したのだが、その時、他の客はみな唖然としていた。

 2005年9月追記・この野方大勝軒は5月29日に閉店した。最終日は、1時間待ちになるほどの行列ができたそうだ。何も知らなかった筆者は、それから3ヶ月半後の9月に行って、看板の外れた店を見て愕然とした。
 最後に行ったのは2005年の3月だった。その時も、普段と変わらず、おじさんが調理して、おばさんが麺を冷やしたりしていた。その時は、まさか約3ヶ月後に閉店するなどとは夢にも思わなかったのだが・・・。
 初めて行ったのが4歳か5歳で最後に行ったのが35歳だから、30年間、この店に行っていた事になる。いつ行っても、ここの「もりそば」は美味しかった。もうあれを食べる事ができないと思うと、本当に寂しい。