2005年08月23日

暴力が「教育」になりうるか

 甲子園で優勝した高校の暴力事件が発覚したそうです。被害者の側によると、練習中の態度が悪いといって40発近く殴ったそうですから呆れます。
 結局、「体罰」というのは、「腕力の優越」もしくは「教職」などといった権力によって、自分より弱い人間を痛めつける行為に過ぎません。私が1年ほどいた小学校では「体罰」という名でいい年こいた大人が小学生に暴力をふるうという異常行為が横行していました。私も被害にあいましたが、その教師連中は普段の言動も低劣で、いまでも私は奴らを心の底から軽蔑しています。もちろん、その「体罰」の「教育効果」などは全然なく、その学校では問題行動や陰湿ないじめが横行していました。
 長年、「体罰」というのは、「法律では禁じられているが、やはり真の教育には必要なもの」と一部の人間に誤認されつづけています。それがこのような事件が起きる温床となっているわけです。いい加減、これが「いい大人が抵抗できない子供に一方的に暴力をふるう」という異常極まりない行為である事を、きちんと知らしめる必要があるのではないでしょうか。

2005年08月23日 23:35