通勤定期券の分割購入

2009/9/7。一部追記

1.理論編

 筆者の住む幕張本郷からかつての職場があった千駄ケ谷までの6ヶ月定期の定価は89,210円である。3ヶ月だと49,680円、1ヶ月だと17,430円、普通運賃だと620円だ。それぞれ72往復、40往復、14往復でもとが取れる。月20日働くのなら6ヶ月定期の場合、3ヶ月半が有料で残り2ヶ月半が無料、という計算となる。利用時間のほとんどが通勤ラッシュであるとはいえ、なかなかの割引率だ。
 一見、割引率が高くて得しているように見えるが、実はもし筆者が半年ごとに89,210円払って幕張本郷から千駄ケ谷までの定期を買うと、大きな無駄が生じるのだ。6ヶ月定期を買うなら、同じ幕張本郷−千駄ケ谷間でも、幕張本郷−市川、市川−御茶ノ水、御茶ノ水−千駄ケ谷と三枚に分けて買うと合計が83,160円となる。定価より6,000円も安くなるのだ。(※なお、3分割でなく2分割だと、84,680円と1,520円ほど高くなる。もっとも、有形無形の利点があるので、結果的に、筆者はほとんど2分割にしていた。2分割と3分割の違いについては、実践編にて後述。)
 この分割購入のメリットが大きく出るのは、基本的には6ヶ月の場合のみだ。たとえば幕張本郷−千駄ケ谷の3ヶ月定期を三分割して買っても310円しか安くならない。
 こんな奇妙な現象が発生するのはなぜかと思い、時刻表の定期運賃一覧を見ると驚いた。とにかく不思議な体系になっている。

 普通運賃の設定は極めて明快だ。10km以内の場合は、3km、6km、10kmが区切りとなっている。そして50kmまでは5km単位で、100kmまでは10km単位で値段が上がっていく。
 これが定期だと不思議な設定が少なからずあるのだ。まず、30kmまでは、どの定期も唯一の例外を除き、普通運賃と全く同じ料金体系となっている。その唯一の例外とは1ヶ月と3ヶ月にある「26km料金」である。21km〜25kmまでと、27km〜30kmが同じ料金なのに、なぜか26kmだけは違うのである。
 30kmを越えると、1ヶ月定期と3ヶ月定期は1km刻みで値段が上がっていく、という明快な料金体系になる。対して6ヶ月定期は50kmまではこれまでと同じ5km単位で値段が上がる。なぜ6ヶ月定期も1km刻みにしないのかは謎だ。そして50kmを越えると非常に不思議な料金体系になる。51kmから53kmまでは1km単位で料金が上がる、ところが54kmから60kmまでは同じ料金だ。61kmから64kmまでも1km単位で上がり、65kmから70kmまでは同じ。以下これが繰り返される。

 別に料金の上がる単位が1km毎でも5km毎でもいいのだが、それが不規則に混在する、というのはどうしても理解できない。しかも、この制度によって、同じ区間に乗る目的で6ヶ月定期を買っても、買い方によって料金が違う、という不可解な事が発生してしまうのだ。
 この事はJRにも負担が生じている。現在、不正乗車予防のために、自動改札では乗車記録を定期・切符に記録している。乗車記録のない定期で出場しようとした場合は不正乗車の疑いがあるので、ゲートを開かないようにするわけだ。
 ところが、分割購入をすると、当然ながら入場する定期券と出場する定期券は異なる。しかし分割購入は正当かつ合理的な手法である。そのため、分割購入した定期で出場ができない、という事態を防ぐために、分割購入した定期には購入時に入場記録がなくても出場できるように処置を施すのだ。
 (※2009/9/7追記・雑誌「プレジデント」に乗車記録のない切符ないし定期で出場しようとすると、ゲートは開かない。毎回駅員のいる改札で手続きをすることになり、現実的に活用するのはほぼ不可能である。などという記事が載ったが、これは事実誤認。購入時に駅員が処置をするため、普通に自動改札を通れる)
 その結果、折角の入場履歴を記録するシステムが完全に運用できないのだ。しかもそのために分割購入定期用の処置システムまでわざわざ作っているのだ。
 普通に考えれば「ならば一枚で買っても分割で買っても同じ値段に統一すればいいのでは」という結論になるのだが、値下げする事による遺失利益のほうが処置システム作成料よりよほど多いのだろう。

 なお、以上の方法で定期が買えるのは「磁気式定期券」のみである。「Suica定期券」ではこの分割購入は利用できない。少しでも儲けたい気持ちは分かるのだが、非常に釈然としない。「Suica」を使いたいからという理由で、それまで3分割で83,160円で買っていた定期を、1枚にして89,210円払う人なぞいないのだろう。ICカードなのだから、1枚の「Suica」に3枚分のデータを入れればいいだけのような気がするのだが。
 なお、関西版「Suica」である「ICOCA」は、二分割定期券に対応している、との情報を関西在住の方からいただいた。ただし、JR東日本は「Suica」を分割定期券に対応させる予定はないとのことだ。
 ところが、この「分割定期券」の親戚とも言える「二区間定期券」だとSuica定期券で買えるのだ。この「二区間定期券」とは、定期券Aの途中駅から分岐する区間の定期券Bの二枚を一枚のSuica定期券にできる、というものだ。
 八王子と秋葉原の間の6ヶ月通勤定期券を買うときを例に説明してみる。この区間を一枚で買えば111,890円になる。これを、「八王子−新宿」と「新宿−秋葉原」に分割すると90,720円と安くなるが、Suica定期券にはできない。ところがこれを「八王子−新宿」と「新大久保−新宿−秋葉原」の「二区間定期券」にすると値段は同じなうえに、Suica定期券にもでき、ついでに新宿−新大久保間にも乗れるようになるのだ。
 それができるなら、分割定期券も一枚のSuicaに収まるようにすれば、駅員も改札で「分割定期処理」をする手間が省いて労力も減ると思うのだが・・・。不可解な話である。
 分割して買うと安くなる、というのは、JRの不合理かつ不可解な料金体系にある。昔からの慣習によるものなのだろうが、世紀もかわった事だし、「定期券の定価は、分割して安くなった場合の料金とする」というふうに抜本的に見直してもいいのではないだろうか。

 なお、以下のサイトでは、分割購入の料金を調べる事ができる。遠距離通勤されている方は、一度試してみてはいかがだろうか。

2.実践編

 というわけで、計算上では同じ区間の6ヶ月定期でも分割すればするほど安くなる事がわかった。とはいえ、実際に駅の窓口に行って3枚の定期券を買う、というのはそう簡単にできるものではない。以下、筆者の実体験をもとに「3枚分割定期券の購入と利用」について述べる。
 3分割定期券を買うときに、まず気にしたのは購入する駅であった。実際に利用している幕張本郷や千駄ヶ谷は、窓口が一つしかなく、3分割定期券などという通例にないものを買うと、後ろで待っている人に迷惑をかけるおそれがある。そこで、大きい窓口のある池袋駅に行く用事があったので、ついでに買うことにした。
 案の定、駅員氏は3枚の購入申込書を見て苦虫を噛み潰したような顔をした。「『駅すぱあと』で調べたんですか?」などと購入と関係ない事を言いながら奥に入り、5分くらしたら出てきた。
 そして「発行はできますが、2分割の定期券の場合は2つの定期券がつながっている事を証明するデータを定期券に打ち込む事ができますが、3枚だとそれができるかわかりません。最悪、継ぎ目となる駅で降りなければならなくなります」などと言ってきた。こちらが不正乗車をしているわけでもないのに、なぜそんな事を言われなければいかんのか、とも思ったが、面倒なので、「そのときはこちらで考えますから、とにかく発行してください」と言った。
 筆者は定期券はクレジットカードで買う。そこでカードを出したら、なぜか2枚までは通ったが、3枚目の分が通らなかった。限度額を越えていなかったはずなのでちょっと謎だったが、面倒なので、もう一枚のカードで通した。(※後日、とある方より、これは「換金性の高いものは3つ連続して買えない」というクレジットカードの仕様だ、という情報をいただいた)。

 いよいよ翌日から3枚の定期券の使用開始である。駅員の脅し(?)を少しは気にしていたが、普通に幕張本郷から乗車し、何事もなく千駄ヶ谷で下車できた。不便な事と言えば、途中下車するときに、どの定期を出せばいいか迷うことくらいだった。
 ところが3枚の定期券にも慣れたある日、仕事の帰りに東京駅で途中下車した。定期券は御茶ノ水で切れているので、降りるときは千駄ヶ谷−御茶ノ水の定期で清算し、乗るときは御茶ノ水−市川の定期を使って切符を買った。すると、翌日千駄ヶ谷で降りたときに定期がはねられた。どうやら、御茶ノ水−市川の定期で東京駅で清算した後、その定期で入場も切符購入もしていないためらしい。
 駅員に「処置」をしてもらったが、同じ現象は次の時もおきた。まあ、頻繁に東京駅で途中下車するわけではないから別にかまわないが、ちょっと面倒だ。
 実は、このトラブルを未然に防止する方法は存在する。東京駅で乗車するときに千駄ヶ谷−御茶ノ水の定期を使って切符を買えばいいのだ。しかもこうすれば実際に乗る東京−錦糸町より短くなるので、20円ほど安く上がる。もちろん、これは実際の経路の分の運賃を払っていないので「不正乗車」になる。皮肉にも、正しい切符の購入をすると不正乗車扱いで機械にはねられ、不正乗車をすれば機械が通してくれるのだ。

 実際、「清算後に入場履歴のない定期券を自動改札が通さない」という機能が、どれだけ不正乗車を摘発・予防したかは知らない。しかし、上記のような事を体験すると、システム構築の手間の割には、役に立っていないのではないか、という気がする。
 このような矛盾を解決する方法は簡単だ。「理論編」で書いたように、「分割」して購入した定期券の情報を一枚の「Suica」定期券まとめる機能をつけるか、定期券の料金体系を抜本的に見直して「分割したら安くなる」という状態を解消する、のいずれかしかない。
 分割定期券対策・不正乗車対策を見ていると、古い制度にこだわりながら、現在発生している事の対策を行うために余計な手間をがかかっているように思えてならない。抜本を見直せば、利用者・鉄道会社の双方の利便性が向上すると思う次第である。

3.実践編2

 このように、色々苦労をしながら、「3枚分割定期券」を使ってみたのだが、購入の手間・使い勝以上に重大な問題点があったので、半年後に使うのをやめ、2分割定期券に変更した。
 もともと3分割にしたのは、幕張本郷−千駄ケ谷で定期を買うと、2分割より3分割のほうが半年で1,500円安くなる。ところが、これだと新宿に行くのには乗り越しとなってしまう。  新宿−千駄ケ谷間は130円するから、半年間で新宿まで6往復、すなわち月に1回新宿に行けば、それだけで3分割によるメリットはなくなるのだ。
 2分割の場合は、千駄ケ谷−幕張本郷の値段で、新宿−千駄ケ谷−幕張本郷までの区間を買う事ができる。ところが、3分割の場合は、千駄ケ谷−幕張本郷と新宿−幕張本郷では値段が異なるのだ。そして、新宿−幕張本郷間では、2分割と3分割では6ヶ月で10円しか違わない。
 3分割を買うとき・使うときの手間から考えると、6ヶ月で10円の節約など意味は無い。最初に3分割を調べた時は、「3分割」という当時の自分には思いもよらなかった斬新な発想に驚きすぎて、冷静な判断ができなかったようだ。2枚にしたことにより、新宿への乗り越しもさることながら、乗り越しや途中下車の際の手間も軽減された。


 とはいえ、「3分割定期」が役に立たないわけではない。先日、筆者が思いもつかないような方法で、3分割定期を使いこなしている方から情報をいただいた。あまりに面白かったので当サイトでの転載を頼んだところ、快諾していただいたので紹介したい。
 その人は、横浜から吉祥寺まで通っている。距離的には、品川から目黒経由で新宿に出たほうが近いが、直通運転の便利さなどから、東京・秋葉原経由で定期を買っていた。その後、分割によって安くなる事を知り、2分割(横浜−品川−吉祥寺)さらには3分割(横浜−品川−信濃町−吉祥寺)で定期を買うようになった。その結果、1枚なら123,040円の定期代が2分割で104,330円に、さらには3分割で96,770円になった。半年で約26,000円の節約である。
 このあたりまでなら、まあ普通かもしれない。しかし、湘南新宿ラインの開通が、その人の通勤ルートを変化させ、通常の分割定期券とは違う新たな買い方を開拓した。
 湘南新宿ラインは横浜から新宿に行くのには一番早い。しかし、通勤時間帯の本数に難がある。したがって、東京経由の経路も使えるようにしておく必要がある。双方の使用頻度がほぼ同じとなると、乗り越し精算するより、双方の区間の定期を買ったほうが安いし便利だ。
 単純に考えれば、それまでの横浜−東京−吉祥寺の3分割と品川−代々木の定期券を計4枚買う事になる。実はそれでも横浜−東京−吉祥寺を1枚で買うより安い。そこで、この人は、さらに発想を飛躍させ、値段・枚数を節約したのだ。
 文章だとわかりにくいので、図にして説明しよう。まず、横浜−品川間を買う(図の青線)。ここまでは以前と同じだ。一方、吉祥寺方は吉祥寺−代々木−渋谷のルートで買う(図の緑線)。
 問題は、その間の一枚である。それを渋谷−目黒−品川−東京−秋葉原−四谷−代々木という経路で購入するのだ(図の赤線)。
3分割定期特殊バージョン
 6ヶ月定期の料金設定の特徴を最大限に生かした買い方とも言えるだろう。表を見ていただければ解るように、この買い方でも、横浜−東京−吉祥寺を一枚の定期で買うより安いのだ。分割定期を定期代節約のみならず、複数経路対応にも応用した例として大変参考になった。他の経路でも、湘南新宿ラインと上野・東京まわりを二択で通勤する時などに応用できるのではないだろうか。

※なお、横浜−吉祥寺の定期をただ安くするだけならば、東横線で渋谷に出て、新宿経由で行くのが最善とのこと。その時の6ヶ月定期の値段は81,920円となる。

※文中の制度・料金はいずれも執筆時のものです。その後の改定などで実際の制度・料金と異なる可能性もありますので、あらかじめご了承願います。

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