2010年12月31日

2010年を振り返って

 今年もあとわずかで終わります。振り返ってみると、公私とも全般的に不本意な一年でした。
 このサイトについても、めっきり日記以外の更新が減りました。書きたい事はいろいろとあるのですが、それを自分の満足できる文章にまとめられずに断念、という事も何度かありました。
 やはり、年を重ねた分、若い頃のようにはいかない、という事もあるのでしょうか。
 若さがなくなるのは仕方ありません。しかしながら、その分積んだはずの経験があるはずです。それを何とか生かさねば、極端な話、40何年も無駄に生きてきたという事になってしまう、と思っています。。
 とにかく、来年は様々な意味で変革ができるよう、そしてこのサイトを充実させることができるよう、頑張っていきたいものです。

2010年12月28日

空腹と味覚

 今日は朝から忙しく、昼食にありつけたのは17時半でした。通りかかった讃岐うどん店に入って「ぶっかけうどん」を食べたのですが、約9時間ぶりに取った食事の割には、全然美味しさを感じませんでした。
 続いて、会社の忘年会に行きました。かなり知名度の高いホテルで行われたのですが、そこでの食べ物も、ほとんど味を感じることはありませんでした。
 「空腹は最高のソース」と言いますが、あまりにも空腹かつ疲れていたために、味覚のほうがおかしくなってしまったのでしょうか。色々あって仕方なかったとはいえ、やはり無理はするものではないな、と思いました。

2010年12月25日

カレー屋の傾向?

 津田沼のジャスコとパルコに相次いでインドカレー屋が開業しました。いずれも、ランチカレーバイキングを長時間やっています。
 ちなみに、パルコの店の場所は、かつて同じようなランチカレーバイキングを主体とした店がありました。そこが撤退後にラーメン屋やよく分からない店を経て、再び同じ傾向の店が入ったわけです。インドなだけに「輪廻」みたいなものを感じてしまいました。
 ともにインドから来た店員が多く、特にパルコの店は日本人スタッフがいないのか、壁の張り紙にはたどたどしい日本語が書かれています。

 さらにどちらの店も、カレーの味の甘めで、辛いのを好む人向けに、追加スパイスが用意されています。
 そして、サラダにかけるドレッシングは、中身も入れ物も同じものを使っています。
 これだけ見ると、同系列の店のようにも思えます。ただ、同じ食べ放題でも値段や選べる料理の数は異なっています。
 同じ会社が、ジャスコとパルコの客層の違いを調べた上で、客単価の違う店を開いたのでしょうか。それとも、最近の日本人向けインドカレー屋は、このような辛さやドレッシングが流行なのでしょうかで、どこもこのような店になるのでしょうか。
 いずれにせよ、ランチカレーバイキングができる店があるのは嬉しいことです。双方とも末永く続いてほしいものだと思いました。

2010年12月23日

10連勤終了

 先週月曜から昨日まで10連勤でした。本当は間に一日休みが入るのですが、とんでもない失敗をしてしまい、そこも出ざるをえなくなってしまったためです。
 過去に12連勤と11連勤があったので、自己3位タイとなりました。何とか仕事はこなせましたが、それで目一杯となってしまいます。そのため、この三日間、サイトはもちろんんの事、ツイッターすら、書くことができませんでした。それだけ、家に帰ってから頭が回らなかったわけです。

 ちなみに、3年前に12連勤したときは、その翌週に野球を見に行ったり、その見物記を書いたりしていました。そう考えていると、それだけ衰えているのかもしれません。
 もっとも、その時は無理がたたり、その12連勤からしばらくして、帯状疱疹で寝こんでしまった、という苦い思い出があります。それを考えると、前回の経験から、仕事が立て込んでいるときは、他の事に頭が回らなくなるよう、本能のほうが調整た結果が今回の状況なのかも、などとも思いました。
 当分、この多忙は続き、次にのんびりできるのは、半月後くらいです。当然、健康第一ですが、もう少し、オフの時間も楽しめるよう過ごしたいものだ、と思っています。

2010年12月19日

放置しなければいい?

 見かけるたびに不快な気分になる、JTの「車内マナーと路上喫煙マナーを並べて啓発するポスター」ですが、今回も相変わらずでした。
 「車内マナー」は「足を広げて二人分の席を占有する人」でした。確かに昔はよく見かけましたが、最近の電車は、ロングシートに握り棒を使って「仕切り」とするのが標準となっています。したがって、そのような光景はほとんど見ることがありません。

 一方、「路上喫煙マナー」のほうは、クツ底で踏めば日は消えるけど、吸殻は消えないというものでした。
 要は、路上に吸殻を捨てるな、という事のようです。その「マナー」を意識しているのか、吸殻を下水道に捨てる人はよく見かけます。
 確かに、そうすれば道は汚れません。その代わり、下水にさまざまな悪影響を及ぼします。また、当然の事ですが、あれは雨水を下水に流すためのものであり、ゴミ箱でも灰皿でもありません。
 というわけで、毎度の事ですが、見当違いの「マナー啓発」だと思いました。もちろん、いずれの捨て方もせず、携帯灰皿に入れる人もいます。これは「よりマシ」とは言えますが、路上喫煙そのものによる迷惑が減るわけでもありません。
 毎度の事ですが、「時代遅れの車内マナー啓発」と「何の意味もない路上喫煙マナーの啓発」が並んでいる図からは、「結局、周りの人が困ろうと、自社製品が売れれさえすればいい」というタバコ会社の意志しか伝わってきませんでした。

2010年12月16日

訴訟による宣伝効果?

 二年以上前の週刊誌に「アフターサービスランキング最下位」と記載された事に名誉を傷つけられたと、ヤマダ電機が出版社を訴えていた裁判の判決が出ました。それによると、敗訴したヤマダ電機は、即座に控訴する方針を示したそうです。
 このニュースを見るまで、そのようなランキングが存在した事すら知りませんでした。逆に言えば、ヤマダ電機が裁判をしてくれたおかげで、「この会社のアフターサービスは良くない」と知ることができたわけです。

 そう考えると、ヤマダ電機にとって、この裁判はやるだけ損なのでは、と思いました。控訴するそうですが、ならばまた判決が出たとき、「ヤマダ電機は雑誌にサービスが悪いと書かれ、それに怒って裁判までやっている」という事実が再び広められるわけです。結果がどうなろうと、自社の印象を下げる効果しかないように思えます。
 普通の会社なら、サービスの悪さを報じられたら、批判された部分を改善してサービスを向上しそうなものです。そうせずに裁判をする、という事は社の方針として「アフターサービスは手抜きしていい」というものがあるのでは、とまで思えてきてしまいました。
 以前からヤマダ電機は店の雰囲気が悪く、一番近くにある家電量販店であるにも関わらず、一度も買うことはありませんでした。特に明確な理由があったわけではなかったのですが、今回の裁判のおかげで、その判断が正しかった事がよくわかりました。

2010年12月12日

今年最後の連休

 昨日と今日は、今年最後となる連休でした。次の連休はだいたい一ヶ月後となります。
 昨日は、久々に電車旅行をするなど、かなり休日を満喫しました。ただ、今日は面倒な用事があったうえに、帰宅後に夕食を食べ過ぎてしまい、しばらく腹痛にさいなまれるなど、朝に見たテレビを除けば、あまり楽しい一日にはなりませんでした。
 というわけで、休養できたかできなかったか分からないまま、公私共多忙な年末年始に明日から突入する、という感じです。
 ただ、あらかじめ分かっている多忙については、むしろ闘志が湧くような気分にもなります。なんとか、その気合でこの一ヶ月を乗り切りたいものだ、と思っていますが、果たしてどうなるでしょうか。

2010年12月11日

四分の一減と更地

 ふと思い立って、房総半島を一周してきました。外房線で安房鴨川に出て内房線に乗り換えるという経路を取りました。元々の予定はそのまま千葉まで乗るつもりでしたが、青堀に近づいた時、急に富津岬に行きたくなりました。
 富津には大学時代に毎年行っていた合宿所がありました。当時は、駅から富津に行くバスは、日中で15分間隔、朝夕は10分間隔で走っていました。その後、減便になったとは聞いていましたが、まあ、そんなに待つことはないだろう、と思い、下車しました。

 ところが、バス停に行って時刻表を見たら、なんと、本数が1時間に1本になっていました。日中では四分の一減、朝夕ならば五分の一減というわけです。
 しかも、しばらく前に出たばかりで、次の便まで40分近くあります。
 40分間駅前にいても仕方ないので、歩くことにしました。通算で10回くらい行っていますが、青堀駅から歩いたのは初めてでした。
 途中、いくつか商店がありましたが、うち二割くらいは潰れていました。バスがそこまで減るくらいですから、やはり人も減っているのだろうな、と思いました。
 40分くらい歩いて富津に着きました。6~7年前に仕事で近くに車で行ったついでに寄って以来となります。
 当時愛用していた合宿所は廃寮になったと聞いていたので、跡地を見に行きました。門と塀は当時のままだったのですが、建物は完全に撤去され、駐車場になっていました。面影が残っていただけに、より寂しさを感じました。
 その後にいった富津岬公園は、当時とさほど雰囲気が変わっていませんでした。それだけに、より一層、バスの減便や更地になった合宿所に、時代の流れと寂しさを感じさせられました。

2010年12月09日

携帯通話より問題な「車内マナー違反」

 数日前の話ですが、総武線で車内で喧嘩が発生して運休が発生した、という事件がありました。幸い、私が出勤する頃にはほぼ正常化しており、被害はありませんでした。とはいえ、かなりの人が迷惑を被ったわけです。
 原因は、優先席に座って携帯通話をしていた人を、向かいに座っていた人が「注意」し、そこから喧嘩に発展した、とのことです。
 これだけ見ると、通話を注意した人の「正義感」ゆえみたいに思えてしまいます。実際、これを報じた毎日新聞はJR千葉支社の担当者は「話すなと強要はできないが、引き続きマナーを守るようにお願いしたい」と、車内で携帯通話した人に問題があるように書いています。

 確かに、鉄道会社が車内での通話や、優先席での電源断をお願いしている以上、それに従わなかった人に問題はあります。しかしながら、実際に電車が止まったり運休が発生したのは、その人の行為でなく、「注意」した人の行為に起因しています。
 その「注意」した人に、マナーを遵守させる事により、社内環境を良くしたい、という意図があれば、喧嘩になる前に収めたでしょう。言うまでもないことですが、優先席で携帯通話するのと、車内で喧嘩をおっぱじめて電車を止めることでは、後者のほうが圧倒的に迷惑です。
 にも関わらず、携帯で通話した人の問題ばかり取り上げて、車内で喧嘩を売った人の問題が取り上げられない、というのも奇妙だと思いました。

 あと、以前から不思議に思っているのですが、なぜ鉄道会社は「携帯で通話も可」とする車両を作らないのでしょうか。そういう車両があると助かる人は多いと思います。聞くのが嫌な人はその車両に乗らなければいいわけです。
 今回のような「運休につながるような喧嘩」を売る輩に口実を与えない、とい目的においても有益だと思うのですが、何か理由でもあるのでしょうか。

2010年12月06日

「かざすクーポン」到達までの難路

 イオンで洗剤を買おうとしたら、値札の脇にQRコードがあり、「こちらから、かざすクーポンを使えば5%引き」と書かれていました。
 アクセスして、簡単なユーザー情報を登録すれば5%引きなら得だな。今後も使えるし、と思い、早速アクセスしました。
 ところがそこは、イオンのサイトではなく、「かざすクーポン」を提供している会社のサイトのようでした。そこから空メールを送り、返信メールに記載されているサイトにアクセスしたりしたのですが、いつまでたっても、肝心の「洗剤を5%引きするかざすクーポン」には行き着きません。

 不可解に思いながらも、色々とクリックしているうちに、やっと目的のページが表示されました。私の場合、携帯の接続は定額制にしているから問題ないですが、仮に従量制だったら、この通信料だけで軽く5%引きが吹っ飛ぶのでは、と思ったほどの時間がかかりました。
 そこでやっとレジに持っていったのですが、読み取り機にかざしても反応しません。レジの人が上長を呼び、その人が携帯を別の読み取り機にかざしたところ、やっと「割引」が表示されました。どうやら機械の不調だったようです。
 というわけで、数十円節約するのに、えらい時間がかかってしまいました。仮に、次に買い物するときに、同様の表示を見ても、使うかどうかは疑問です。
 仮にも日本を代表する流通チェーンらしからぬ設計の悪さに驚きました。割り引いてくれるのは有難いのですが、もう少し何とかしてほしいものです。

2010年12月05日

一部の地域+一部の地域=?

 昨日の日刊スポーツサイトのトップに、「一部の地域の記事について」などという、不可解な言葉が掲載されていました。
 クリックしてみたところ、そこには訂正記事が載っていました。なんでも、「一部の地域」の一面で、歌舞伎役者と女性タレントが同席していいた、と書いたが、それは事実無根だった、とのことでした。
 誤報を訂正するのは当然の事です。しかし、なんでこのように分かりにくい文言でリンクを貼るのだろうか、と思いました。

 ただ、この「一面」は確かに「一部の地域」に載らなかったようです。なぜかと言うと、その後、プロ野球の東京ヤクルトスワローズが身売りをする、という「スクープ」が入り、遅い版は全てそちらを一面に差し替えていたからです。
 ところが、面白いことにこれもまた誤報でした。ヤクルト本社を初め、記事にされた関係者は全て報道を即座に否定したのです。
 そのため、現時点での日刊スポーツのサイトには、4日に日刊スポーツが報道した記事(一部地域で掲載)について、ヤクルト本社および球団は同日、内容を全面否定した。という記事が載っています。
 つまり、昨日の日刊スポーツの一面には二つのパターンがあり、一つは「歌舞伎役者殴打事件」、もう一つは「球団身売り事件」だったわけです。結果的には全国すべてにおいて、一面トップ記事は大誤報だったわけです。
 それを逆手に取って(?)、どちらも「一部の地域」と記載するのだから姑息なものだと思いました。
 だいたい、新聞を買った人が全てサイトを見ているわけではありません。また、派手な見出しにつられ、普段は買わない人が、昨日だけ特別に買った可能性もあります。それだの人は、今でも誤報を信じ続けている可能性があります。
 新聞協会の「倫理規定」によると、新聞は歴史の記録者であり、記者の任務は真実の追究である。報道は正確かつ公正でなければならずだそうです。それに従うならば、今日の一面を「日刊スポーツ大誤報!」とでもして、球団売却と歌舞伎役者の件の訂正記事を大々的に載せるのが「記者の任務」を果たすために必要でしょう。
 もちろん、そのような事をするわけがありません。それどころか、歌舞伎役者の誤報訂正ページは、二日も経たずに削除されました。現在は、他社サイトでしか見ることができません。
 昨年、この新聞社の事実誤認・捏造・記者の不勉強による誤った記事に、かなり不愉快な思いをさせられました。それ以来、久しぶりに記事を見ましたが、正確性・無責任さとも、より一層悪質化しているのだな、と別の意味で感心してしまいました。

2010年12月02日

118円

 月曜日に買い物をしたところ、財布内の残金が118円になっていました。せっかくだから、このまま、いつまで過ごせるか試してみました。
 そしてそれから三日間、1円も使わずに過ごすことができました。クレジットカードや電子マネーを使える状態にしてはいましたが、それも使わずにすませました。
 それでも、特に困ることはありませんでしたし、財布の中に118円しかない事に不安を感じることもありませんでした。
 思った以上に、金は使わずに済ませることができるものだな、と驚きました。また、財布が空に近い、という状態はなかなか面白いものがありました。またタイミングがあえば、この「金を持たない生活」をやってみたいものです。

2010年11月29日

役に立たない障害告知

 今月半ばに、インターネット接続をケーブルネットワーク千葉に切り替えました。とりあえず、問題なくつながっていたのですが、昨日の22時過ぎ、突如落ちました。
 しかしながら、サポート受付時間は22時までとなっており、問い合わせようがありません。
 途中、一時的に復旧したため、相方がケーブルネットワーク千葉のサイトを見たところ、障害情報が載っていました。もっとも、原因も復旧見込みも書かれておらず、「故障している」事が分かっただけです。

 しかしながら、この障害情報には何の意味があるのか、と思いました。わが家では偶然、一時復旧時に見ることができましたが、普通の家なら、「ネットにつながらない」と諦めている事でしょう。
 したがって、「被害者」のほとんどは、この「告知」を見れなかったはずです。
 ちなみに、障害はネットだけで、テレビのほうは通常通り見ることができていました。ならば、その回線を利用して、利用者に障害を告知するなどの手段はなかったのでしょうか。それが難しいとしても、せめて自社の携帯サイトに情報を載せるくらいはすべきだと思いました。
 他にも、色々と不手際があり、利用開始半月にして、早くも少なからぬ不信感が発生しています。これが再発するようでしたら、回線の最見直しを行わざるをえなさそうです。

2010年11月28日

日の長さ

 11月も終わりなので、めっきり日が短くなりました。先日、雑談でその話が出たので、「そうですね。冬至まであと一ヶ月切りましたからね」と相槌を打ったところ、他の全員に「冬至って?あの南瓜を食べる?」と「変なことを言う人だ」という反応をされました。
 自分は趣味も仕事も完全な室内人間です。しかしながら、夏至・冬至といった、季節の区切りには昔から強い関心を持っています。
 たとえば、夏至の日の夕方に時間があれば、日が暮れるまで散歩をし、その長さを楽しんだりします。

 それだけに、周囲の人の、「何?それ」という反応はかなり意外でした。
 もっとも、言われてみれば確かに、日本では夏至や冬至を祭る習慣はありません。それこそ、ゆず湯と南瓜くらいです。
 とはいえ、自分が普通に思っていた「記念日」が世間一般では「会話にするようなものではない」と認識されていた事には少々驚きました。
 というわけで、今後は口に出すのはやめようと思います。ただ、相変わらず一人で楽しむ習慣は続けようとも思っています。

2010年11月26日

朝の電車にて

 出勤のため、電車に乗り、座席の前に立ちました。そして、座っている人を見渡したところ、はす向かいに、ビニールを巻いた発泡酒を持った人がいました。
 服装や髪型だけ見れば、普通の中年紳士という感じです。ただ、目付きは普通の感じではありませんでした。
 目を合わせないようにはしましたが、やはり気になります。ほとんど不動なのですが、たまに手が動き、発泡酒を口に運んでいました。

 外見が比較的普通なだけに、より一層その姿には恐怖感を感じました。
 もっとも、朝の通勤電車では珍しいですが、帰りの電車でしたら、比較的早い時間でもよく車内で飲んでいる人はいます。その人も、それからエスカレートしたのかもしれません。
 そう考えると、飲んでいる人の存在より、そのように「朝から飲まないとやっていられない」という状況が存在することのほうが怖いのだろうな、などとも思いました。

2010年11月24日

アキハバラデパート跡地

 先週開業したアトレ秋葉原をのぞいてみました。4年前まであった「アキハバラデパート」を取り壊し、その跡地に建った商業施設です。
 予想していたとはいえ、その中は非常におしゃれでした。中に入っている店も、三省堂書店とか、成城石井などといったトップブランドばかりです。かつて「デパート」の中に入っていたマイナーくさい本屋や、妙にバタくさい輸入雑貨店とは180度違います。
 それだけ変わってはいましたが、3階から総武線のホームに行ける、という機能だけは、かつての「デパート」と同じでした。改札口も当時とは方向などは異なるものの、かつてと同じくちんまりしていました。
 ここ数年、秋葉原駅で降りるたびに、山手線・京浜東北線のホームを経由して改札に行く、という効率の悪い経路に悩まされていただけに、この復活は嬉しく思いました。

 ただ、それに関するビルの案内表示は非常に分かりにくいものでした。
 表示を見ると、4階の所に「総武線ホーム」と大きめに書かれており、電車の絵までついています。
 最初、「かつては3階だったのに4階に移ったのか。1階ごとの高さが変わったのだろうか?」などと思いながら、エスカレーターで4階に上がりました。
 ところが、そこは一面喫茶店で、改札などどこにもありません。ただ、窓の外から総武線のホームが見えます。どうやら、それを意識しての「総武線ホーム」表示のようでした。
 ただ、総武線に乗る人にとっては、そんな表示は百害あって一利なしです。結局、そのまま店の中を通って、下りのエスカレーターで降りるよりありませんでした。
 過去への愛着に加えてそのような目にあった事もあり、「建物だけは新しくして、中身はアキハバラデパートのままのほうが良かった」と強く思いました。

2010年11月22日

「ニュース」記事

 Googleニュースを見ていたら、最近話題の大学生就職難に関する見出しがありました。クリックしたところ、そこには「就職できないのは大学生に問題がある」みたいな文章が書かれていました。ニュース元は、書店でもよく見かけるビジネス雑誌になっています。
 それ自体もなんだかな、という感じですが、その「記事」には非常に現実味がありません。本当にこんな事があるのか、と思って最終ページに飛んだところ、「この話はフィクションです」などと書かれていました。

 別に言論の自由があるわけですから、「就職難は大学生が悪い」という主張を、つくり話を「論拠」にして自社サイトに載せる事自体はかまわないと思います。
 しかしながら、それに対するリンクが「Googleニュース」にはられているのは不適切だと思いました。誰がどうみても、「小説」はニュースではありません。

 もっとも、このような「つくり話」を明示していない「ニュース」の中にも、かなり嘘くさい記事が混ざっています。
 たとえば、今日のニュースで出ていたサッカー北朝鮮監督は健在 W杯敗北での処罰なし?などという記事があります。
 ここでは、「処罰されたと韓国メディアなどが伝えていた」などとよそ事みたいにかいています。しかしながら、当時は日本の大手新聞も、これは事実である可能性が高いかのように報じていました。
 このような商業マスコミの流す情報の「品質」を考えれば、「ニュース」のリンクをクリックしたら「つくり話」が出ていた、というのも仕方ないのかも、などと思いました。

2010年11月21日

子猫

 数日前から、近所のビルの前に子猫が佇むようになりました。一度だけ、母と覚しき猫と一緒にいたので、捨て子の類ではないと思います。ただ、たいていは一人でビルの前にじっと座っています。
 遠くから声をかけても、さほど反応しませんが、一定以上近づくと、逃げ出します。まあ、これは本能として普通の反応と言えるでしょう。
 というわけで、距離を置いて眺めるだけですが、やはり子猫というのは見ていて心を癒されます。ぜひとも、健康に育ってもらいたいものだ、と思いました。
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2010年11月17日

仕事で笑う

 仕事中、鏡で自分の顔を見たら、かなりくたびれた顔をしていました。直接の原因としては、先週から発生したトラブルの対処に追われている、というのがあります。ただ、それを別にしても、最近、仕事中に心から笑ってないな、という事に自分の顔を見ながら気づきました。
 まあ、世間一般の経済情勢を受け、我社も「コスト削減による利益体質の強化」を標榜しており、必然的に心身ともに疲労が増しています。なかなか仕事で笑うような機会を得られないのも仕方ないと言えるでしょう。

 そんな事を考えながら席に戻ってしばらくしたら、いきなり名前を呼ばれました。驚いて振り向いたら、入社以来、非常にお世話になっている人から「写真を撮られなければいけないのだが、面倒なんで、お前が代わりに撮られてこい」と言われました。
 もちろん冗談で、本当にそんな事をしたら、企業グループレベルでの大問題になります。あまりにも唐突かつ突拍子もない発言に思わず笑ってしまいました。そして、久々に仕事で心から笑った、という事に気づきました。
 同時に、トラブルなどで沈んだ心も少しは楽になりました。よく言われますが、やはり笑いというのは心にとっていいものです。

2010年11月14日

コード整理

 地デジ対策を機に、テレビをはじめ、ネット・電話までまとめてCATVに変えました。それに伴い、無線LAN導入をはじめとする、大幅なコードレス化を計画しました。
 その一環として床をはうケーブルの必要最小限化を行ないました。どうしても必要なケーブルについては、鴨居を通すなどし、第一弾として、自分の部屋の「床コードレス化」を完成しました。
 コードの採寸や、天井に止める器具の購入・設置など、いろいろと面倒な事はありました、しかしながら、すっきりした床を見ると、努力の成果を感じ、爽快な気分になりました。
 やはり、無駄がない情景というのはいいものです。今後も、コードに限らず、様々なものを整理整頓し、効率化させたいものだ、と強く思いました。

2010年11月13日

社長宛電話

 最近、「社長様いらっしゃいますか」という営業電話がよくかかってくるようになりました。もちろん、今に始まった事ではありません。昔から、聞いたこともない会社から、社長をはじめ、「事務の責任者・局長」「総務や経理の部長」宛に営業電話がかかる事はよくありました。
 したがって、別に「社長様」という文言に驚くことはありません。ただ、最近になり、誰でも知っている有名企業がそのような営業電話をかけてくるようになりました。

 たとえば、メガバンク・業界で損益一位の損保会社・最も知名度の高いスポーツ施設を運営している会社などです。
 最近、一斉に増えたということは、「大手でも新規営業電話をかけるときは、社長宛にしたほうが成功率が高い」という営業理論が広まりでもしたのでしょうか。
 ただ、自分の感覚だと、大手企業がそんな営業電話をかけてくると、「この会社、有名だと思ってたけれど、内情が危ないのでは?」と逆に評価を下げられるのでは、と思いました。
 というわけで、それらの電話をしてきた会社は、個人的な口座開設・保険契約などの対象のリストから外すようにしています。

2010年11月09日

他国向け案内表示の実用性

 仕事でゆりかもめに新橋から乗りました。すると、隣に中国から来たと覚しき観光客の人に、「台場」と書かれたメモを見せられ、英語で「この電車はここに行くか?」と尋ねられました。
 「YES」と答えたら、その人は隣に座りました。そして、レインボーブリッジを渡り、「次はお台場海浜公園です」という車内放送が流れたら、下車しようとしました。
 そこで、「next station」と片言の英語で説明しました。そして、次の台場で席を立ち、軽く礼を言って下車しました。

 ゆりかもめには、日英中韓の四ヶ国語の案内表示に加え、駅ナンバリングも行われています。しかしながら、これらの外国人向けの表示は、私に駅を尋ねた人には何ら意味をなさなかったわけです。
 そんな事をするよりも、「お台場海浜公園」と「台場」駅を隣接させるという、誤解を招くような駅配置をやめるほうが、よほど外国人向けサービスになるのでは、と思いました。
 特に、ナンバリングのほうですが、仮にその人が「私はU-07に行きたい」などと訪ねても、こちらとしても答えようがなかったでしょう。改めて、この仕組みの無意味さを実感させられました。

2010年11月07日

糸張り争い

 散歩していたら、大きな蜘蛛の巣を見かけました。光の関係で糸は見えないのですが、その空間に蜘蛛が4匹くらいいるのです。
 最初は、巨大な巣を共用している「蜘蛛の団地」なのだろうか、と思いました。しかし、しばらく見ていると、そのなかで一番大きい蜘蛛が、別の蜘蛛を攻撃し始めました。

 どうやら、巣を作っているうちにくっついてしまい、結果的に大きな蜘蛛の領域を侵してしまったようです。相方とそれを見ながら、「蜘蛛なだけに、縄張りでなく、糸張り争いだな」などと話していました。
 傍から見ると、あれだけ広い巣なのだから、うまく共用すればいいのに、などとも思います。まあ、それがうまく行かないのは、蜘蛛も人間も同じなわけですが・・・。

2010年11月06日

無線LAN下見

 来週、家に無線LANを入れる予定を立てています。仕事では昨年から何度かやっているので、技術的な点では、さほど不安はありません。しかしながら、仕事と自宅では、発想が根本的に違います。
 これまで、無線LANを入れていた仕事では、大量のデータを扱うことはありません。したがって、速度がどのくらいでるかを考える必要はないのです。極端な話、5Mbpsも出れば御の字です。
 一方、事業所は全国にあり、壊れたからといっても、おいそれとなおしに行くわけにもいきません。

 したがって、無線LAN機器に求められるのは、「低価格」「壊れにくい」の2点だけ考えればよくなります。
 一方、自宅で求められる条件は正反対になります。来週、回線が最高160Mbpsのものになります。もちろん、それが実効速度で出るとは思いませんし、それほどの帯域を使う必要もありません。
 しかしながら、せっかくならば、少しでも速度が出るものを選びたくなります。
 そこで、船橋のビックカメラへ下見に行きました。仕事用のを買っていたときは、一番安いのをひたすら探しつつ、「外見は同じなのに、色々な価格があるんだなあ」くらいにしか思っていませんでした。
 しかしながら、目的が違うと、見方が180度変わります。どのくらい速度が出るかをはじめ、各機能と値段を細かく見比べながら、わが家に最適なものを探すわけです。
 店員さにも話を聞きながら、何とか「とりあえずの本命機」を決めました。少なからぬ時間がかかりました。しかしながら、やはりこのような事を考えたり迷ったりする時間は楽しいものだと思いました。

2010年11月03日

焼き奴

 豆腐が切れていたので、仕事帰りに駅前の安売りスーパーで買うことになりました。ところが、豆腐コーナーは木綿も絹も全て売り切れていました。残っていたのは、焼き豆腐三丁と、ちょっと離れたデザートコーナーにあった杏仁豆腐だけでした。
 一瞬、いつぞやの納豆のように、昼にどこかのテレビが「豆腐は健康に非常にいい」とか「豆腐にはダイエット効果がある」みたいな番組でも流したのか、と思ったほどでした。

 一瞬、近隣のスーパーで豆腐を探そうとも思いました。しかし、少々疲れていた事もあり、迷った末に焼き豆腐を買いました。我が家の夕食の定番として、豆腐の味噌汁と冷奴があります。必然的に、この日はその焼き豆腐が供されました。  すき焼きなどで焼き豆腐を食べた事がありますが、味噌汁の具および奴として食べたのは初めてでした。特に冷奴については、焦げ目はついている冷製の食べ物、というわけで、かなりのはちょっと珍しいかも、などと思いました。
 もっとも、食感がちょっと固かったくらいで、味の方は普通の冷奴とほとんど変わりはありませんでした。
 積極的に食べたくなるほどのものではありませんでした。とはいえ、、今後も今回のような事態が発生したら、この「焼き奴」」が夕食にしよう、とは思いました。

耳かき

 ここ数日、ネットで「耳かき」なる言葉を異常なほどよく見ました。なんでも、耳かきのサービスを行う店舗の従業員とその祖母が、ストーカー化した客に殺されたという事件があったそうです。そして、死刑が休憩されたこの裁判の一審が裁判員裁判になったとの事です。
 そのような「話題性」のため、マスコミが連日大きく報じているようです。中には「耳かき殺人」「耳かき店裁判」など、事件の本質と大きくずれた言葉を見出しにしている記事もありました。

 別に、事件としてさほど社会的価値があるとは思えません。要は「耳かき店」という珍しい業種で働いていた人が殺された、という事が見る人の興味をひきつける、と思っているから、このような書き方をしているのでしょう。このことは、もう一人の被害者である老女については、「耳かき店員ら」などと、非常に軽く扱っていることからも分かります。
 それに加え、「一般人である裁判員が死刑判決を出せるか」などという事を書き、より興味をかきたてようとしています。裁判員制度については今一つ必要性がわかりません。とはいえ、法として定まっている以上、プロの裁判官が下そうと裁判員が下そうと同じ判決です。
 それに対し、商業マスコミやそこに雇われた評論家が判決の妥当性を論じる、というのもおかしな話です。
 まあ、結局のところ、被害者の職業にせよ、判決の出る過程にせよ、多くの人の目を引きつけて、それが自社の収益に繋がりさえすれば何をしてもいい、という感覚なのでしょう。
 このような、殺人事件を興味本位に報じる、というのがまともとは思えません。金のためなら何を書いてもいい、というこの業界の無神経さを改めて実感した、見出し並びに報道でした。

2010年10月30日

台風の中移動する

 台風直撃のなか、いくつかの用事があって都内に出ました。出る前にCATVの営業担当者の来訪があったのですが、その人はかなりずぶ濡れになっていました。また、交通情報でも総武線は本数7割減で、東海道線は運休、などと出ており、少なからぬ不安を持っての出立となりました。
 ところが、少々遅れていたものの、総武線は普通に動いていました。また、風雨もさほど強くありませんでした。ちなみに、風に弱いことで知られている京葉線は、減数はあったものの、最後まで止まらなかったようです。

 どうやら、関東直撃は避けられたもようです。おかげで、心配していた明日の天気予報も、当初の「暴風雨」から「曇後雨」に変わっていました。そのため、いくつか入れていた予定も問題なくこなせそうです。
 したがって万々歳な結果なわけですが、その一方でちょっとした拍子抜けみたいな気分もあります。自分への被害が回避されたというのに不思議なものです。もしかすると、心のどこかで、初めて見た「暴風雨」という予報を体感してみたいと考えていたのだろうか、と思いました。我ながら奇妙な心理状態です。

2010年10月28日

台風接近

 日曜日に台風が首都圏を直撃しそうとのことです。日曜の天気予報を見たら「雨」でなく「暴風雨」となっていました。そんな予告マークを見たのは初めての事です。
 普段の日曜なら、一日中家にいれば特に影響はありません。しかし、今度の日曜は、公私ともに予定が入っており、台風に直撃されると色々と困ることになります。

 あと、この日はJリーグの試合日です。半月ほど前に水戸に行ったとき、水戸ホーリーホックがこの31日の試合を「1万人チャレンジデー」として、宣伝しているのを見ました。
 おそらくは、比較的近くにあり、この試合でJ1昇格が決まる可能性もあった柏レイソルのサポーターを当て込んでの企画なのでしょう。
 しかしながら、もし台風が直撃したら、動員どころか試合すらできなくなる可能性があります。おそらくは、水戸の関係者いまごろ気が気でないでしょう。
 というわけで、自分のためにも、水戸ホーリーホックのためにも、台風にはぜひともそれてほしいものだ、と思っています。

2010年10月24日

バカヅキ

 一年くらい前からネット麻雀をやっています。当初は四人麻雀でしたが、最近は三麻に切り替えました。
 今日は久々の休みかつ、ここのところの疲れで創造的な事を考える事ができない、という事もあり、昼過ぎからサッカーなどを見ながら打ち始めました。
 すると、麻雀を始めて以来か、というくらいのツキが到来しました。配牌の時点で、面子が二つくらいできている上に、ドラが何枚かある、というのが何度も続くのです。さらに、引きも非常に良くとんでもないバカヅキ状態となりました。

 行きつけのサイトは段級位制をとっています。昨日の時点では1級だったのですが、あっさりと初段に上がりました。そして、ほとんど二着も取らずに、一気に二段に連続昇段しました。
 ゲームなどで、いろいろと段級位があるものをやった事はありますが、一日に二階級上がるなど、生まれて初めてです。
 あまりのツキに驚くと同時に、ここで幸運を使い切る、というのはいかがなものか、という考えが頭をよぎったりもしました。
 とはいえ、やはり勝つのは気持ちがいいものです。ということもあり、「別に麻雀でのツキが増えると、他の事でツキが減るわけでもないし・・・」と目の前だけを考えることにしました。

2010年10月22日

捏造屋の悪あがき

 ダルビッシュ投手が、ブログで来季も北海道で野球をやると明言しました。以前より、「大リーグ移籍」がスポーツ紙などに流れることはありました。しかしながら、本人のみならず奥さんも、常にブログで否定していました。
 にも関わらず、ちょっと前に、サンケイスポーツが「スクープ」し、それ以降、「大リーグ移籍が決定的」などという報道が、少なからず流れました。
 しかしながら、先日、本人が毎度のことながブログで否定、一連の報道が戯言でしかなかった事が判明しました。

 そんな中、「スクープ」したサンケイスポーツと同系列であり、自らもダルビッシュ、メジャー決断などという大嘘を掲載した夕刊フジが妙に悪あがきをしています。
 昨日は、「大リーグ移籍断念の裏事情」などという記事を、今日は「ブログの発表時期が別のチームの試合中だったのがKY」などという記事を流していました。
 見出しだけ見ても呆れるよりありません。「裏事情」なるものを知っているのでしたら、なぜ本人がブログで発表する前にそれを記事にしなかったのでしょうか。
 また、「試合中にブログで」などは論外以前です。そんなもん、どう考えても本人の勝手です。それによって一部野球ファンがツイッターに批判的な書き込みをした、などと鬼の首を取ったように書いています。しかし、ツイッターの書き込みを取り上げるのならば、その何百倍も書き込まれた「捏造報道批判」と取り上げるべきでしょう。
 このように捏造が明らかになりながら、それを隠して(?)さらに見当違いの文章を載せ、捏造記事の被害者を中傷するのですから、呆れるよりありません。はっきり言って、この「新聞」に書かれた事を信じるのは、オレオレ詐欺の電話を信じるのと同レベル、と言うよりありません。
 しかしながら、mixiをはじめとするネットメディアでは、このような捏造屋の流すものを、相変わらず掲載しています。サイトの信頼性を維持するためにも、もう少し「ニュース提供元」を選別するべきなのでは、と強く思いました。

2010年10月20日

ITpro EXPO2010に行く

 昨年に続き、ITpro EXPOに行きました。今年は、滞在時間にかなり制限があったので、、最も関心がある「クラウド」を中心に、興味のある技術のセミナーを聞きまくりました。そのため、パビリオンの展示はほとんど見れませんでした。
 その「クラウド」ですが、あれだけ日頃から報じられているにも関わらず、昨年と比べて目立った発展はなかった、という感じでした。強いて言うなら、「DaaS (desktop as a service)」という言葉が見受けるようになった、というくらいでした。

 もっともこれは、現在の自分の仕事において、クラウドと関わる可能性があまり高くないからかもしれません。いろいろと興味深い分野なので、いつか時間を取れたら、腰をすえて状況を研究したいものだと思いました。
 あとは、文書管理とセキュリティという、これまた仕事と関連性のあるセミナーを聞きました。というわけで、時間的な制約もあり、かなり限られた範囲での情報収集となってしまいました。
 ちなみに、通りかかったとある会社のブースでは、大河ドラマを意識したのか、坂本龍馬のコスプレをした女性が、土佐弁で商品紹介をしてました。本当はこういうトンデモ系なイベントもじっくり見たかったのですが、時間的制約のため、通り過ぎざるを得ませんでした。
 来年こそは時間をとって、もっと広範囲に情報を得たいものだと思いました。もっとも、一年後にそれだけ時間的余裕を持てる可能性はさほど高くないのですが・・・。

2010年10月18日

顔の判別

 昨日に続いて、同窓会での話を一つ。
 会場に、中学時代の写真を持ってきた人がいました。その中に、中学一年時の集合写真がありました。当時のクラスメイト達を見ていたのですが、一発で分かる人、名前を見れば思い出せる人、存在すら忘れてしまった人など、いろいろいました。
 そんな中、自分の写真を探したのですが、パッと見たところ、それらしき人はいませんでした。名簿と照合してやっと見つけたのですが、本当に自分だろうか、と思いました。

 ところが、会う人はみな自分を見て、「全然変わっていないね」と言います。自分では分からないのに、他人にはすぐ分かる、というのは不思議な感じでした。
 ちなみに、自分の学年以外の写真もあり、姉や弟も写っていたのですが、これまたパッと見ただけでは誰だかわかりませんでした。
 考えて見れば当たり前で、自分にしろ身内にしろ、今でも顔を見る機会があるわけです。当然ながら、中学時代とは年齢を経たぶん、細部が変わっているのは当然です。
 一方、久しぶりにあった人は、おぼろげな記憶のなかで、当時の自分の特徴だけを覚えているわけです。そして、今の自分を見れば、特徴が結びつき、「変わっていない」と思うのでしょう。
 いずれにせよ、自分では分からない「過去の自分」が、他人には一発で分かる、というのは面白い事でした。

2010年10月17日

中学時代の担任教師と再会

 一昨年より、毎年この時期に、中学の同窓会を行うようになりました。中学時代は4クラスあり、当時の担任教師のうち、お二方には二年とも出ていただいていました。残る二人のうち、一人は他界しておられます。そして残りの一人は私の三年時の担任なのですが、他の二人と交友はあるものの、二年とも出てもらえていませんでした。
 ところがついに今年は参加していただけるとのこと。お会いするのは高校を卒業して大学進学の報告に行った時以来なので、22年半ぶりとなりました。

 他にも、三年時に同じクラスだった人は何人かいました。しかしながら、20数年ぶりということもあり、当初は誰が誰だか分からない、という感じでした。
 ところが、しばらく話をしているうちに、どんどん記憶が戻ってきたようで、気がついたら、中学時代と同じ雰囲気での会話になっていました。私の事も、高校卒業時にちょっと挨拶しただけにも関わらず、どこの大学でどの学部に行ったかまで覚えてくれていました。
 そして、25年以上前の事であるにも関わらず、当時の逸話をいろいろと話してくれました。特に、荒れた生徒が多く、毎日のように教師たちで遅くまで飲んでいた、という話は印象に残りました。
 酒好きなのは当時も知っており、たまに放課後に先生たちで飲んでいたりしました。当時は、ちょっと奇妙に思ってもいました。しかし、その苦労話を聞いた後にその事を振り返ると、「それだけ頑張ってくださっていたのだな」と認識を改めました。
 自分は一応この会の幹事をやっています。昨年開催した時に、一昨年より参加者が大幅に減った時は「5年に一度くらいのほうがいいのだろうか」などと考えたりもしました。しかしながら、このように再会でき、思い出話を聞けると、「やはり毎年続けて良かった」と強く思いました。これからも、末永くこの会が続けば、と思っています。

2010年10月15日

失敗の指摘

 他人が失敗したとき、こちらは優位に立てます。失敗の度合いによっては、罵声を浴びせたり、人格を否定することを言うことすら可能とは言えます。
 ただ、だからといって、その「権利」を行使するのが得かというと、かなり疑問があります。
 一つには、その失敗をした相手が自分にどんな感情を持つか、という事があります。その場では、おとなしく叱責を受けるでしょうが、別の時に自分が困ったとき、叱責した人はどのように接するでしょうか。
 また、自分も完璧な人間でない限り失敗はします。その時、相手に叱責されるのも、「お前は叱責したけれど、自分は人間ができているから叱責しないよ」という態度を取られるのも惨めなものです。
 そんな事を考えるので、ついつい他人のミスで迷惑を被っても、笑って終わらせてしまいます。もちろん、これによって何か得するとも思えないのですが・・・。

2010年10月14日

現実離れした絵

 数日前にコンピュータの将棋プログラムと女流棋士の清水市代さんと対戦して、コンピュータが勝った、というニュースを見ました。
 今回対戦したコンピュータは、169台676コアというスペックだそうです。最近のハードウェアの事はよく分からないのですが、とりあえず、かなりとんでもないスペックだという事くらいは想像できます。
 ところが、そのようなスペックのマシンを組む一方で、情報処理学会は、別の意味でとんでもないイメージイラストを発表しています。

 この絵を見たとき、ふと15年くらい前の将棋専門誌で、今回の対局者である清水さんが将棋プロの似顔絵投稿企画の審査員を行った時の事を思い出しました。
 その総評において、、「(前略)現実離れしたものもありましたが、未来を予感させるものがあり(後略)」という一言がありました。
 まさかその時はさすがの清水さんも、このような「現実離れをした」イメージイラストを持つコンピュータと自分が対戦する、などという「未来を予感」することはできなかったでしょう。
 せっかくだから、対局後の談話でも、この現実離れしたイメージイラストに関する談話も発表すればよかったのに、などと思いました。

2010年10月11日

墓参りと都まんじゅう

 墓参りに行きました。帰りには、八王子駅近くにある、「都まんじゅう」を買いました。このまんじゅうは、味もいいのですが、それ以上に印象に残るものとして、「店内をガラス張りにしての公開製造というものがあります。
 この饅頭は機械で作っており、金型に衣を入れるところから、最後に製品となるまで全て自動化されています。それを、全て見ることができるのです。

 子供の頃、初めてこれを見た時は、かなり心惹かれました。そして、墓参りの際の「楽しみ」となっていました。今回は、妹の子供が一緒に来ていたのですが、やはり興味深そうに、それを見ていました。
 初めて墓参りに行ってから30年以上経ちました。当然ながら、いろいろと街並みは変わっています。また、墓参りに行く我々も、それだけ年をとりました。その中で、この「都まんじゅう」の機械は何も変わらずに、今日も饅頭をつくっていました。
 世の中には変わりゆくものもあれば、そうでないものもある、というのは当然ですが、それを再認識させられました。同時に、もはや永遠に変わることがなくない存在である先祖たちに、我々の変化を伝え続けるためにも、もう少し墓参りの頻度を上げねば、と思いました。

2010年10月10日

水戸に行く

 水戸にある事業所でトラブルが発生したため、現地に出かけました。世間が三連休のなか、これで七日連続勤務です。
 その疲れのせいか、乗り換えでミスをし、予定していた電車に乗れませんでした。追い抜きの関係などもあり、次の電車に乗ろうと、五本後の電車に乗ろうと、水戸駅に着くのは同じ、という状況になってしまいました。
 ならば、その五本に全部乗ってやろうと思いました。漫画「鉄子の旅」などで知られている、「全駅下車」みたいな感じです。もっとも、ホームに下りるだけですが・・・。

 その結果、我孫子・取手・佐貫・荒川沖・土浦のホームに立ちました。我孫子駅では、ホームのはずれにシャッターの降りた売店があり、その裏で営業している蕎麦屋があったのが印象に残りました。
 シャッターには「裏で蕎麦屋が営業中です」と書いてありました。何かの記事で、我孫子には名物駅蕎麦屋がある、と書いてあったのを見た記憶がありますが、これがそこなのだろうか、と思いました。
 比較的時間に余裕があった佐貫では、改札の外に出ました。ここは関東鉄道竜ヶ崎線との乗り換え駅です。そして常磐線の上りホームと竜ヶ崎線の駅はほぼ隣接しています。直線距離で10mくらいでしょうか。
 ところが、その10mを結ぶ連絡通路は存在しません。乗り換えるには、跨線橋を上がって改札を出てから階段を降り、さらに50mくらい歩く必要があります。
 しかもダイヤを見たら、20分に竜ヶ崎行きが出たあと、上野からの電車が22分に着いたり、竜ヶ崎発が到着するのと同時刻に上野行きが出るなどというものがありました。
 何でも、現在の駅舎は昨年できたとの事です。なんか、意識して乗り換えを不便にしているのだろうか、と不思議に思いました。
 そうこうしているうちに、水戸に到着。仕事のほうは予想以上に時間がかかったものの、何とか片付きました。

 せっかく水戸まで来たのだから、と思い、駅の土産物屋で納豆を買いました。前のほうにあるのをレジに持っていったところ、店員さんがこれは古いから、といってわざわざ新しいのと交換してくれました。
 ナマ物という事もあるのでしょうが、このようなサービスを受けたのは初めてなので、驚きました。嬉しくは思いましたが、最初に持っていった納豆はこのまま売れ残り確定なのだろうか、と気になりました。
 というわけで、七日連続勤務ではありましたが、行き帰りを休日のように過ごすことができました。その点では不幸中の幸いと言えるかも、と思いました。

2010年10月08日

仕事の息抜きを仕事でする

 今週はえらく仕事がたてこんでおり、久々に、平均帰宅時刻が23時近くになっています。既に土曜日の午前中にも仕事を入れているのですが、仕事に追われている時には「どうせ体育の日は休むのだから、ついでに日曜も出ようか・・・」などと思ってしまうような状態です。
 そんな中、やや急ぎで、HTMLでページを作る仕事が入りました。ひたすら社内文書をテーブルに組む、という単純なものです。とはいえ、もともと、趣味でHTMLをいじりだしたのがきっかけで、コンピュータ関係の仕事をするようになった身です。そして、今でも家に帰れば趣味でHTMLをいじっています。
 というわけで、仕事でありながら息抜き、みたいな感じになり、ある程度、気が楽になりました。
 もっとも、その「気が楽」が、一時的な気休めレベルでしかない事は自分でも分かっています。何とか溜まっているものを片付け、本当の気分転換ができる時間を作りたいものだ、と思っています。

2010年10月04日

デマの発生と拡散の過程

 秋葉原に、若い女性が握ることを売りとした寿司屋がオープンする、という記事がありました。
 それに関するmixiの日記を見たのですが、少なからぬ人が「女性は手の温度が高いから寿司を握るのに向いていない」などと書いて批判していました。
 二十数年前に、同じ「批判」を目にしたことがあります。それは、「美味しんぼ」の1巻だか2巻で、女性の寿司職人の店に訪れた客の一人が、同じ内容の主張をし、同行者および山岡士郎にたしなめられていた、という内容でした。

 その「人気漫画で否定された説」を少なからぬ人が主張しているのに驚きました。さらに見てみると、「美味しんぼにも書かれていた」などと書いて、この説を主張している人までいましたのには呆れました。
 もしかして、意図してデマを広めようとした輩が、「『美味しんぼ』で書かれていたが、主人公に否定された説」である事を知りながら、あえて肝心なところを省略して「『美味しんぼ』で書かれていた説」として、掲示板に書き、それを信じた人たちが「拡散」したのだろうか、などと思いました。
 世の中には無責任なデマが日々発生していることおよび、それが無責任に広がる土壌が存在する、という事を改めて感じた一件でした。

2010年09月28日

体調不良時向け飲み屋?

 会社の飲み会がありました。少々疲れ気味なので、無理せずに飲もうと思っていました。
 ところが、飲み放題で頼んだ「ぶどう酢サワー」がやけに口当たりがよく、ソフトドリンクのような感じで何杯でも飲めてしまいます。これは下手すると悪酔いする、と思い、ウーロン茶を挟むなど、ペース調整をしながら飲んでいました。

 ところが、かなりの勢いで飲んだ割には、全然酔いがまわってきません。さらに、つまみのほうも貧弱です。いつになったらメインディッシュなのか、などと思いながら食べていたら、仕上げのおにぎりが出てきました。
 その質量共に寂しい料理を見ているうちに、酔いのまわらない理由が推測できました。おそらくは、アルコールの度数を下げて、飲み放題の利益率を上げようとしているのでしょう。これなら、体調が万全でないのに関わらず、ソフトドリンクのように飲めたのも納得できます。
 まあ、体調不良時に行く店としては「最適」だったと言えるのかもしれません。それを考えると、幸運だったと言えるのかも、と思いました。

2010年09月25日

派手な開店セール

 15時頃に水道橋に行ったら、大声を出しながらビラ配りをしている人がいました。さらに、その後ろでは宣伝カーが店の名前とキャンペーンを宣伝しています。
 ビラを見たところ、開店記念で、今日と明日は600円の料理を100円で提供する、と書いてありました。ちょうど、遅めの昼食を、と思っていたので、これ幸いと思い、その店に行ってみました。
 ところが、行ってみたところ、かなりの行列ができていました。
 考えてみれば、あれだけ大きく宣伝しているうえに、100円で食事ができるのですから、人が集まるのは当然です。

 いくら500円得するとはいえ、この列に並んでは1時間くらい待たされます。つまり、1時間を無駄にして500円を浮かせるわけです。そう考えると待つ意味はないな、と思って、そのまま店の前を去りました。
 そして歩きながら、この企画はどのくらい効果があるのだろうか、と気になりました。街の構成からして、土日と平日ではかなり来る人が違います。したがって、この土日でいくら人を集めても、それが主な営業日である平日の集客には結びつくのだろうか、と気になりました。
 まあ、これまでその方法で業績を拡大しているのでしょうから、他人がどうこう言うことではないのでしょう。
 もしまた100円キャンペーンでもやっていて、しかも並ばずに食べることができる機会があれば、その時は入ってみようか、などと思いました。

2010年09月23日

格言通り

 9月中旬になってもなかなか暑さがひかず、休みの日は家でうだっていました。そのたびに、相方と話していたのは「暑さ寒さも彼岸まで」、という言葉でした。その言葉を頼りに、9月23日まであと○日、と思いながら暑さに耐えたものでした。
 すると、今日になって冗談みたいに暑さが引きました。涼しさを通り越して、寒さを感じたほどでした。
 長年の経験から生まれた格言だと思うのですが、ここまでぴったりハマると驚きます。今夏は何度も観測史上初の猛暑記録を出したほどの異常気象だったわけですが、最後だけは「例年通り」だったな、などと思いました。

2010年09月20日

回数券

 三ヶ月ほど前、千葉までの回数券を買いました。その頃、二週間に一回は千葉にある図書館に通っており、ならば確実に三ヶ月で11枚は使うだろう、と思っていたからです。
 ところが、しばらくして、事情が変わりました。夏から秋にかけ、二つの資格試験受けることになり、その勉強のため、図書館で借りた本を読む暇がなくなったのです。

 というわけで、資格試験が落ち着いて気づいたら、7枚もの回数券を残して、期限切れ5日前、という状態になりました。
 このままでは勿体無いので、今日は相方を誘って、久々の図書館および、千葉駅周辺巡りをしました。これで残りは3枚です。
 とりあえず、今週中にあと1回千葉まで往復すれば、損はしない事になります。特に用事はないのですが、このままでは悔しいので、なんとか行こうと思っています。
 回数券を買った時点では、まさかこんな事になるとは思ってもいませんでした。先を予測するのは難しいことだ、と改めて痛感しました。

2010年09月17日

翌朝気づく

 出張で大島に行きました。普段の出張では自分で宿を選ぶのですが、今回は、会社御用達の宿でした。したがって、入り口に立つまで、どんな名前の宿かも分かりませんでした。
 当然、どんな部屋・設備なのかもわかりません。入ってみたところ、ツインのシングルユースで、部屋自体もかなりの広さがありました。それだけ見ると、かなりいい部屋なのですが、自分にとって一番重要なホテル設備であるLANがどこにもありませんでした。

 まあ、離島のホテルだし仕方ないか、と思いました。というわけで、せっかく実参したノートパソコンを開かず、とりあえずベッドの上にひっくり返りました。すると、朝早く起きていた事と、夕食時のビールが程良く効いた事が重なり、気がついたらうたた寝していました。
 その後、何度か目覚め、その間に風呂に入ったりしましたが、しばらくするとすぐにまた眠くなり、結局、20時から翌朝7時まで、ほとんど寝て過ごしました。
 そして朝の光のなかで部屋を見渡したところ、なぜか、使わなかったもう一つのベッドの脇に、LANケーブルが出ていました。
 かなり長く、備え付けの机まで引っ張ることができます。とはいえ、これまで泊まったホテルで、こんな所にLANケーブルが出ていた所はありませんでした。というわけで、折角のインターネット環境を使わずに一晩過ごす結果になりました。
 もっとも、そのおかげでかなりゆっくりと眠ることができたわけです。特に今週は少々体力を消耗していた上に、出張を含めた週6日勤務なので、ここでゆっくり休めたの大きかったと言えます。
 というわけで、結果的には、その「不可解な配線」が役立ったと思った、大島での一晩でした。

2010年09月15日

酒の席での思考麻痺

 皆で酒を飲んでいました。何となく、一人一品、「仕上げ」系のものを頼む流れになりました。店はややせわしなく、ゆっくりメニューを吟味できるような雰囲気ではありません。また、酒もまわっており、やや思考力が減退していました。そのため、皆が頼んだ「五目焼きそば」を「自分も」と言って注文してしまいました。
 いざ出てきた皿を見ると、私の苦手な菌糸類とタケノコがわんさか乗っていました。思い出してみたら、子供の頃、「五目」のつくものを食べると、ことごとくこの菌糸類がついてきて、最悪の思いをしたものでした。その辛い記憶が、アルコールのおかげで吹っ飛んでいたようでした。

 というわけで、仕方なく麺と肉と野菜だけを食べました。このあたりは、完食を強いられた子供の頃とは違います。しかしながら、味の感想は、子供の頃とさほど変わりませんでした。
 しかも、帰宅後しばらくして、激しい腹痛に襲われ、何度も目を覚ましました。これが、五目焼きそばの衛生管理に問題があったのか、自分の精神的なものなのかはよく分かりません。
 しかしながら、結果として、さんざん不味い思いをしたうえで、帰宅後に布団の上でのたうちまわった事だけは確かです。
 振り返ると、五目焼きそばを注文してしまった時の心境は、飲酒運転をする人のそれに近かったのかもしれません。酔いに任せての軽薄な行為が、いかに厳しい代償を求められるかを、文字通り身をもって痛感しました。
 というわけで、今後、生きている間は「五目」と名のつくものは、どんな精神状態であろうと注文しない、と予防の意味を込めて強く心に刻んみました。

2010年09月13日

雷雨の中を走る

 帰りの電車に乗っていたら、だんだんと雨が強くなりました。途中では、窓に叩きつける雨音が、車内に鳴り響いたほどでした。そして、下車した人は、ホームに吹き荒れる風雨を避けるために、走って階段を降りていました。
 そんな中、幕張本郷に着きました。雨はかなりおさまっていますが、雷が鳴り響いています。相方からも「パソコンの電源を落とした」というメールが届きました。
 もともと傘を持っていなかったのですが、「下手にコンビニで傘を買って、落雷したらシャレにならない」と思い、雨の中を濡れながら走る事にしました。跨線橋を渡る間にも、一度ならず稲光が輝きます。したがって、走る間は寿命が縮むような思いでした。一旦、屋根の下に入れたときは、かなりほっとしました。
 帰宅したら、一時的な停電まであったとのこと。あらためて、雷というものの「怖さ」を痛感させられた帰宅とになりました。

2010年09月11日

社員を「歩」のように使う

 とある「労働組合様のための研修会、講演会の企画、講師コーディネート担当者のブログ」を読んでいたら、本田宗一郎氏は社員の心を掴むのが上手かった。将棋で言う「ふ」の使い方が上手だった。「ふ」は上手く使えば「金」になる。などという記述がありました。
 ちょっと気になって検索したところ、本田氏がその事について講演している動画がありました。そこには、引用された言葉に続いて、「しかも、金になった歩は、相手に取られたても、歩でしかない。(中略)これを上手く使う奴が名人だ」というと言っていました。

 将棋の理論としては当然のことです。しかし、これを「経営」だの「労働」だのに援用されるのは、働いている身としてはたまったものではありません。
 要は、「歩」というのは、よく働くうえに、いらなくなって捨てた時のリスクも低い、と言っているわけです。「心を掴まれた社員」ならば、「社畜」として喜んで捨てられるのかもしれません。しかし、そうでない人にとっては悲惨な話ですしかありません。
 こういう経営者に対して、かつては「社員を将棋の駒のよう扱う」という言葉がありました。しかし、将棋をやる人が減ったためか、「失われた20年」効果で社員をそのように酷使するのが普通になったせいか、最近ではこの言葉を見る機会も減っています。
 これが「労働組合向けの講演を斡旋する会社」のブログにあるのだから驚かされます。ろくに将棋を知らない担当者が知ったかぶりをしたためなのでしょうか。それとも、大手の労働組合がそういう体質なのでしょうか。どちらが原因にせよ、読んでいて頭が痛くなる一文でした。

2010年09月08日

駅員対車掌?

 台風の影響で、帰りの電車が遅れ、必然的にかなりの混雑となりました。中央・総武各駅停車は、秋葉原ですでに「積み残し」が発生したほどでした。
 続く駅でも積み残しをしながら錦糸町に着きました。もちろん、ここでも「容量不足」は解除されず、車掌さんは「発車時刻が過ぎております。これからのご乗車はおやめ下さい」とアナウンスしていました。
 ところが、並走する快速も大幅な遅延が発生しています。そのため、駅の放送では「千葉方面へお越しの方は、2番線の各駅停車をご利用ください」とアナウンスしていました。
 要は、車掌さんは「乗るな」と言い、駅員さんは「乗れ」と言っているわけです。これでは、ホームのお客さんもどうすればいいのか困るのでは、と思いました。

 もっとも、それだけ大変な状況であったにも関わらず、私の乗った電車はほぼ普通に動いていました。おかげで、予定していた時刻に帰宅することができました。
 というわけで、「意外に大したトラブルはなかったんだな」と思って幕張本郷駅の改札を出ました。ところが、隣接する京成の表示を見ると、数キロ離れたところで土砂崩れが発生したため運転見合わせ、という掲示が出ていました。
 さらに帰宅してネットを見ると、職場の最寄り駅が日中に浸水した、という記事と共に、改札口周辺が池のようになっている写真が掲載されていました。
 というわけで、運良く、ギリギリで難を逃れただけだったようです。改めて、今回の台風の強大さに驚かされました。

2010年09月06日

作業着の裾

 夕方の電車で、作業着の人が斜向かいに座っていました。その人は、ズボンの裾をまくって、脛を出していました。よほど暑い中で作業をしていたのでしょう。
 作業着や制服の上着の袖ならともかく、ズボンの裾をまくるなど、これまで見たことはありませんでした。それだけ今年の暑さがすごい、という事なのでしょう。
 また、休みの日に買い物などに行くと、40代以上の男性が短パンをはいている率がかなり上がっています。かつては、いい大人の男がすね毛を出して街中を歩くなど考えにくいものでした。しかし、この暑さではそんなこと言っていられません。
 この流れなら、最初から裾が短い作業ズボンが普及するのもそう遠くないのでは、などと思いました。

2010年09月03日

逆フィーバー

 X JAPANのパチンコが発売される、という事で、いろいろと話題になっています。パチンコの特徴として、一定の条件がそろうと「イベント」が始まり、派手な演出が表示されると「大当たり」になる、というのがあると聞きます。
 おそらく、このパチンコでも、X JAPANのメンバーが演奏が始まって、その後に「大当たり」さらには「確変」が始まるのだと思われます。

 私は、X JAPANはさほど詳しくありません。しかし、なぜか非常に印象に残っている逸話があります。それは、リーダーのYOSHIKI氏がリハーサルの直前にカレーを食べたところ、それが辛すぎたために気分を害し、リハーサルに出ずに帰った、というものです。
 なんでも、その逸話を元に「YOSHIKIのカレー」なる商品まで売られたそうです。
 ならば、それを活かして、大当たりと思われるような演出が始まったところで、突如YOSHIKI氏にカレーが渡され、それを食べた氏が「カレーが辛い!俺は気分を害した!今回の確変は中止だ!」と言って、突如大当たりが終了する、という演出があってもいいのでは、などと思いました。
 まあ、実際にやっている人にとっては、そんな演出、腹がたつだけで面白くも何ともないでしょうから、実現することはないのでしょうが・・・。
 以上、パチンコもX JAPANもよく分からない人間による戯言でした。

2010年09月01日

スクールバス

 仕事でとある学校に行きました。公共交通機関が一切使えない所なので、駅から、学校が運営するスクールバスに乗りました。
 専用バスで教育施設にいくなど、「幼稚園バス」に乗っていた時以来です。
 行きはガラガラだったのですが、帰りは夕方だったのですが高校生でいっぱいでした。始業式の後に部活をしての帰りなのでしょう。

 高校生でいっぱいの車内を見たときは、かなりガヤガヤした雰囲気になるのか、と思ったのですが、意外に静かでした。昔、鉄道旅行していた時に高校生の下校とかちあうと、かなり騒がしかったのが記憶に残っているのですが、これも時代の変化なのでしょうか。
 そんな中、前にいた少年たちは蚊を殺すタイミングについての話で盛り上がっていました。「かゆみも残らず、吸われた血で汚れずに殺すにはどうすればいいか」について熱く語るのを聞いていると、「こういうしょうもない事を熱く語れるのも若さだよな」と、昔の自分を思い出したりしました。
 高校生の中、おっさんが一人、というのは、やはり居心地の良くないものです。とはいえ、一度くらいならこのような経験をするのもいいな、などと思いました。

2010年08月30日

自己暗示

 日曜・月曜と連日での飲み会がありました。一週間働くことを考えると、一番厳しいスケジュールです。しかも、日曜日にしこたま飲んだため、今朝は少なからず酒が残っていました。
 この勢いで今晩もしこたま飲むと、肝臓の点でも生活の点でもよろしくない事は明らかです。そのため、今日は事前に「二次会禁止・適当にウーロン茶を間に入れる」と自分に言い聞かせていました。

 すると、面白いことに、その暗示通りに体が動きました。二次会の話もあり、かなり面白そうな面子が集まると聞いたのですが、それを振りきって帰りの電車に乗ることができました。
 酔うと理性のたががゆるくなる、というのは一般的に言われている話です。また、これは過去の経験からも事実だと思います。
 とはいえ、事前に自ら命じておけば、それはそれで、「酔った勢い」よりも強い力を持つ、という事が分かりました。
 今後も、これを利用して、無理せぬよう酒を楽しめれば、と思いました。

2010年08月28日

千葉からの視点と四ッ谷からの視点

 今日は休みの予定でした。しかし、昨日の仕事が片付かず、それを片付けるために1時間ほど職場に出る事にしていました。
 そして、そろそろ出かけようとしていたら、職場から電話がありました。何でも、立川でトラブルが発生したとのことです。
 これが一日休むつもりだったら後回しにしたかもしれません。しかしながら、「どうせ仕事しに都内に出るのだから、ついでに立川にも」という気分になり、足をのばすことにしました。

 しかし、いざ本社での仕事を終えて四ツ谷駅に行き、立川までの所要時間を確認すると、改めて遠くにあることを実感しました。
 もちろん以前から分かってはいた事です。しかしながら、自宅にいて「四ッ谷行ってその後に立川」と考えた時は、なぜか「ついでに寄る」みたいに思ってしまったのです。
 まあ、関東にいる人が、北海道に行く際、数百キロ離れているにも関わらず、「同じ北海道なのだから札幌に行って、そのついでに稚内にも行こう」と思うようなものなのでしょうか。
 結局、立川のトラブルの方は無事解決し、その点では今日中に行っておいて良かった、と思いました。しかしながら、そこから1時間半かけての帰路は、当初の思い込みの影響もあったのか、かなり長く感じました。

2010年08月26日

初めてのビッグマック

 幕張本郷駅で、ビッグマックが期間限定値引きで200円、という広告を見ました。駅から1km以内に店舗がないにも関わらず広告を出す事に驚きつつ、そういえば生まれてこのかたビッグマックを食べたことがないな、という事に気づき、食べてみることにしました。
 三枚のパンに二枚のハンバーグが挟まっており、下段にはチーズが挟まっています。そしてキャベツと玉ねぎのみじん切りが入っていました。つまるところ、ハンバーガーとチーズバーガーをくっつけて、パンを一枚抜いて野菜を入れた、という作りです。

 これまで食べた事がないので、当然定価も知りません。ただ、この構成ならば、ハンバーガーとチーズバーガーの合計である、220円が定価としてふさわしいのでは、と思いました。そういう事もあり、200円という価格があまり安いとは思えませんでした。
 考えてみれば、ハンバーガーとチーズバーガーの値段は、200円台から70円くらいに落ち、その後現在の100円・120円になっているわけです。その間、ビッグマックの価格もそれにあわせて変動していたのだろうか、などと色々気になりました。
 といるわけで、味よりも他の事ばかりが印象に残ったり気になったりした、「初めてのビッグマック」でした。

2010年08月24日

「週刊誌に載せる」という脅しとその結果

 野球賭博事件で、容疑者が力士にどんな内容で恐喝をしていたかが報道されました。それによると、3月末に「力士や親方が野球賭博に関係している証拠を持っている。週刊誌に実名と写真を載せる。1億円払って引き取れ」などと要求し、現金を脅し取ろうとしたとのことです。
 そして、実際に被害者の親方や力士(いずれも当時)は1億円は払わなかったそうです。
 そうなると、脅したものの金を得ることのできなかった容疑者たちが何をしたか、という事が気になります。つまり、この脅し文句を実行したかどうか、ということです。

 実際問題として、この件は週刊誌に掲載され、恐喝されていた親方や力士は解雇処分となりました。
 この事実から推測すると、金を取れなかった容疑者達が、実際に週刊誌に売り込んで、実際に掲載された、となります。
 もしそうだとしたら、今後、似たような恐喝を行う人たちは、「あの親方や力士は、警察に相談して金を払わなかった結果、週刊誌に報じられて解雇された。彼らのようになりたくなければ、おとなしく金を払え」という脅し文句がより効果的に使えるということになります。
 賭博はもちろんよろしくない事です。しかしながら、このような脅迫システムが成立する事のほうがずっと問題でしょう。この推測が正しければ、週刊誌は脅迫の片棒を担いだ事になってしまいます。
 確か、この件を報じた時、掲載した週刊新潮は「角界浄化」などと報じていました。その「浄化」の意志が本物ならば、ぜひとも、今回の取材源を明らかにしてほしいものです。
 そうでないと、この元力士も関係したとされる悪質な脅迫の全容が明るみに出ず、「角界の闇」が放置されてしまいます。報道の目的を達成するためにも、この「週刊誌に載せる」という脅しの結果がどうだったかをきちんと報じるべきでしょう。

2010年08月20日

電話の総元締めが・・・

 仕事でNTTに電話しました。すると、担当者が席を外しているから折り返し電話する、との返答がありました。
 ところが、2時間くらい経っても電話が来ません。やけに長く席を外しているんだな、と思いつつ、再度かけたところ、今度は別の電話に出ているから折り返す、との事でした。
 しかし、その別の電話も異常に長引いたのか、これまた1時間以上たっても折り返しが来ません。そこで、この日三度目の電話をかけ、折り返しが来ない旨を伝えたところ、やっと「三度目の正直」で折り返しの電話がきました。最初にかけてから、約5時間が経過していました。

 日本の電話の総元締めとも言える会社が、電話の基本とも言える、「不在時の対応」が全くできていないわけです。折り返しが来なかった事による不快感よりも、その体制の不安定ぶりのほうが気になりました。
 おそらくは、人件費節減による利益向上を目指した結果、このようなコールセンターになってしまったのでしょう。
 会社なのだから儲けたい気持ちがあるのも分かります。しかしながら、電話・インターネットなど、生活において極めて重要な部分を担っている会社なわけです。もう少しその事を念頭において体制を構築したほうがいいのでは、と強く思いました。

2010年08月17日

気がついたら削られていた

 帰りに乗った電車が津田沼行きでした。折角だから、駅前のメガネドラッグで眼鏡でも洗うか、と思って途中下車しました。ところが、構内から出た途端にかなりの疲労感に襲われました。しかも、歩道橋から目的地を見たところ、既に本日の営業は終わっていましたしています。
 一瞬、このままホームに戻ろうか、とも思いましたが、それも虚しいと思い、時間つぶしに駅前の本屋に行きました。ほんの数10メートル歩いただけですが、それだけでも疲労が倍増し、駅に戻るのにも一苦労、という感じでした。

 別に今日の仕事が重労働だったわけではありません。それどころか、昨日は普段より早く上がっていました。本来ならここまで疲れるはずはありません。
 もしかしたら、連日の暑さで、普段なら一晩寝れば取れるはずの疲労が抜けず、知らず知らず蓄積しているのか、と思いました。
 もちろん、一つの仮説でしかなく、他に原因があるのかもしれません。いずれにせよ、普通に暮らしていても体力が削されるという事実だけは確かです。体調管理に気をつけねば、と改めて思いました。

2010年08月16日

ショウリョウバッタ

 相方と向かい合わせのような形で武蔵野線に乗っていました。すると、相方が私の上にある広告を見て「バッタ」と言いました。
 バッタを使った広告でもあるのか、と思って見上げたところ、銀行の広告に大きなショウリョウバッタが張り付いていました。落ちてこないのだから生きているとは思いますが、彫像のようにピクリとも動きません。
 武蔵野線には、周辺の緑が豊かな駅もあります。そのあたりを跳ねていた際に、何かの拍子で電車の中に紛れ込んだのでしょうか。

 我々が乗っている電車が走っているのは、バッタが「乗車」したと思われる地域とは異なり、人工物で固められた埋立地です。したがって、下手に捕まえて外に放したりしても、長生きできるとは思えません。
 したがって、気にはなりましたが、そのまま放置しました。乗っている電車は終点の東京に着いた後に折り返します。そして、再び、故郷に近づいたときに、心ある人に降ろしてもらえれば、などと思いつつ下車しました。

2010年08月11日

大阪の地上を20分ほど歩く

 昨日、午前中に本社で仕事をしたあと、大阪出張に行きました。普段は朝早くこちらをですので、新幹線の中ではずっと寝ています。しかし、今回は昼からの出発ということもあり、久しぶりに車窓風景を楽しもうかと思っていました。
 しかし、新横浜を過ぎたあたりで眠気に襲われ、気がついたら新大阪に着いていました。ここ数年の習慣で、「新幹線に乗ったら寝るもの」と体が覚えてしまったようです。

 そこから、東海道線と地下鉄を乗り継いで、駅から歩いて2分の所にある事務所で夜まで仕事をしました。その後は、人と会う予定があり、梅田で待ち合わせて5分くらい歩いたところにある店で商談をしました。
 気がついたら23時をまわっており、新大阪に取っていた宿へ移動。駅から数分だけ歩きました。
 着いてシャワーを浴びたらすぐに就寝となり、翌朝6時頃、再び駅に戻りました。
 せめて駅で関西だしのうどんを、と思ったのですが、開いているのは駅売店のみでした。仕方なく、三角おにぎりを買って朝ごはんとし、新幹線に乗りました。毎度のごとく眠りにつき、目が覚めたら東京に着いていました。
 というわけで、大阪に行ったものの、その空の下を歩いたのは全て合わせて20分弱でした。まあ、会社の金で行っているので贅沢は言えません。とはいえ、大阪まで行ってこれでは、という思いがあるのもまた事実です。せめて、うどんくらい食べれれば、少しは「大阪に行った」という気分になるのですが・・・。
 というわけで、次に大阪に行くときは、せめて、好きなものを食べる時間くらいは作れるスケジューリングをしよう、と強く思った出張となりました。

2010年08月08日

元「新しいタイプ」

 何年か前、今はなきダイエー津田沼店でバスケットいらずという商品を見かけました。台所の排水籠を外し、専用のリングにひっかけたゴミ袋だけをぶらさげる、というものです。
 排水籠だと汚れがこびりつき、それを取り除くのは面倒です。その手間を、排水籠そのものをなくすことによって解決する、という発想に感心した事もあり、採用することに決めました。
 その後、津田沼のダイエーはなくなりましたが、近所のスーパーで扱っていたため、愛用し続けていました。ところが、ストックがなくなったのでそのスーパーに補充しにいったところ、扱いが終わっていました。

 そこで、津田沼に出て、ジャスコやイトーヨーカドー、さらにはドラッグストアまで探しましたが、どこにもありませんでした。
 上記のサイトには、「新しいタイプのゴミ受け」と書いてありますが、店頭ではすでに「過去のもの」になってしまったようです。
 そこでネット検索したところ、意外にもアマゾンで扱っていました。他に選択肢がないので、早速注文しました。
 今まで色々とネットで買い物をしましたが、まさか台所用品を買うことになるとは思いませんでした。いまさら、排水籠を掃除する生活には戻れないので、ネットでは末永く扱い続けてほしいものだ、と強く思いました。

2010年08月06日

蜜の味

 「他人の不幸は蜜の味」という言葉があります。実際、ネットでもそのような発言は多々見受けられます。また、商業マスコミなども、その心理につけ込んだような煽り記事をよく報じています。
 この「蜜」は瞬間的には「甘い」思いを得ることはできるのでしょう。ただ、あくまでもその瞬間だけの話です。実際のところ、いくら他人が不幸になっても、自分が幸せになれるわけはありません。
 それどころか、近未来に訪れる自分の不幸と直結した「他人の不幸」すら甘く感じてしまう人すらいます。そのような状態を見ると、「蜜の味」の甘さで思考力が麻痺してしまっているように思えてしまいます。
 ちなみに、蜜の英語である「ハニー」は、「ハニーポッド」や「ハニートラップ」など、しばしば、「見た目で相手をおびき寄せて騙す材料」を意味する言葉として使われます。
 洋の東西は異なりますが、この「他人の不幸」という「蜜」もその「ハニー」と同じ効能を持っているのでは、などと思いました。

2010年08月04日

一瞬だけの余裕

 短期的な仕事が一通り片付いた瞬間が生じました。「よし、これで長期的な課題としていた仕事にとりかかれるな」とちょっとした余裕みたいなものを感じました。
 ところが、それを1時間ほどやっていたところ、突如トラブル対処依頼の電話が連続してかかってきました。一本の電話を受け終えたら、その間に電話が二本も入っていた、という「ゲリラ豪雨」のような集中ぶりです。
 内容も、冗談みたいなものから、重大なものまで多種多様という感じで、優先度を振り直すのに一手間、という感じでした。当然、せっかくやろうとしていた長期的な課題は先送りにせざるをえませんでした。
 一瞬の余裕が生じただけに、より一層、「やっと出来ると思ったことが・・・」という思いが強くなりました。毎度のことですが、世の中、いろいろと上手くいかない事が多いです。

2010年08月02日

別れを実感

 先月限りで、同じ部署の人が辞めました。初対面での印象はあまり良くなく、性格も違うので、当初は話すのにお互い苦労しました。しかし、仕事をしているうちに、だんだんとお互いに理解できるようになり、最後には、一番気軽に本音を話せる人になっていました。
 特に、ある程度認め合うことができた、という時にもらったメールの文面と、その時に感じた嬉しさについては、今でもよく覚えています。

 最後の勤務の日まで、引継ぎやトラブルでバタバタしていたことや、送別会も、幹事を自分がやったため、その場でもあまり話せませんでした。そのため、去っていった、という実感は意外とありませんでした。
 ところが、今朝、その人の出勤する時間に姿が見れなかった時、何とも言えない違和感を覚えました。近くを通る人の気配を、その人と勘違いしたほどでした。
 そして、改めて、不在による寂しさ、というものを痛感しました。いなくなって初めて分かる存在感の大きさ、というものなのでしょう。
 改めて一緒に仕事ができて良かった、と思いました。退職と同時に遠隔地に越したため、会う機会を作るのは難しいものですが、いつか再開して、のんびり思い出話をしたいものです。

2010年07月30日

新宿二丁目で傘を買う

 飲み会の三次会で新宿二丁目のバーに行きました。店を出るとそこそこ強い雨が降っていました。そこで、コンビニを探して傘を買おうと思ったところ、軒先で「傘200円」という掲示を出している店がありました。
 渡りに船のタイミングで、しかもコンビニの半額以下です。即座に傘を持ってレジに行き、200円を払いました。
 そして、何気なく周囲を見渡したのですが、そのときはじめて、この店が単なる傘の安売り店でないことに気づきました。

 店内に陳列されているのは、DVDをはじめ、様々なものがありました。しかし、傘以外の全ての商品には、男性の裸が描かれていました。つまり、この店はホモショップだったのです。
 まあ、傘さえ買えれば、他に何を売っていようと問題はありません。内心驚きながらも、店を出て傘をさしました。
 それにしても、自分がホモショップで買物をする日が来るとはつい数秒前までは夢にも思っていませんでした。人生、何があるか分からないものです。

2010年07月28日

無免許者が見た運転講習DVD

 職場で警察の人を招いての運転講習会が開催されました。そこでDVDを流すために、プロジェクタやスクリーンの設定を頼まれたのですが、なし崩しみたいな感じで、そのまま講習会にも参加する形になってしまいました。
 安全運転を啓発するためなので、当然ながら、様々な事故の事例が流されます。特に、右折時に対向車の陰から出てきた二輪車と事故る映像を見たときは、「こんなのどうやって防ぐんだ」と思いました。
 さらに、人形を使って「後部座席でシートベルトを締めていないといかに危険か」という実験をした映像までありました。そこでは、人形が豪快にフロントガラスや天井に激突していました。

 この映像を見た時は、「ならばなぜ、後部座席のシートベルト着用の法制化を数年前まで実施しなかったのだろうか」と思いました。
 改めて、運転というのがいかに物騒なものか分かりました。講師によると、東京をはじめ、主な都道府県では毎年200人が交通事故で死んでいる、とのことですが、これだけ物騒なものを運転するのだから仕方ない、とまで思ってしまいました。
 とりあえずこれまで40年とちょっと生きていて、幸いにも一度も自動車事故に遭っていません。今後も、なるべく自動車には関わらず、その幸運(?)を維持していきたいものだ、と強く思わされた、30分弱の映像でした。

2010年07月26日

日日是決算

 20数年ぶりに代々木ゼミナールの校舎に入りました。といっても、とある資格試験の会場が代ゼミだっただけの話で、別に20数年ぶりに大学受験をしたくなったわけではありません。
 教室に入ったところ、正面には「日日是決戦」「親身の指導」という毛筆書きが飾られていました。これについては、20数年前に大学受験の模試で代ゼミに入ったときと全く同じです。

 当時、代々木ゼミナールは、収益を最優先する学校法人と揶揄されており、この「日日是決戦」は「日日是決算」とパロられていました。そんな事を思い出したので、この毛筆書きを見たときは、資格試験の直前であるに関わらず、思わず笑い出しそうになってしまいました。
 ちなみに、ネットで検索したら、今でも同じように揶揄されていました。それを見たときは、20年後もこのフレーズを使い、同じようにネタにされるのだろうな、と思いました。

2010年07月24日

暑さにやられる

 今日は朝に健康診断に行き、昼から出先で短時間の仕事、というスケジュールでした。健康診断の会場も、昼の仕事場所も駅から10分程度のところにあります。したがって、たいして歩いていませんが、仕事が終わるとえらく疲れました。
 一応、ノートパソコンを持って歩いたため、荷物が重かった、というのもあります。とはいえ、これまでもそのような移動は何度も経験しています。
 にも関わらず、ここまで疲れたのは、ここ数日続いている猛暑の影響なのでしょう。実際、移動中は何度も水分補給をしました。500CCのペットボトルを一気飲みしてしまったほどです。
 自分の場合は軽装ですし、このような事はたまにしかありません。しかしながら、営業の人は背広とネクタイのフル装備で毎日外を歩いているわけです。彼らの大丈夫なのだろうか、と心配になりました。

2010年07月22日

アイドル写真+名作文学

 コンビニの書棚に、アイドルの写真が表紙となっている文庫本がありました。題名を見ると、「坊ちゃん」などの名作文学になっています。
 読んでみたところ、表紙をめくったところにアイドルのカラー写真があり、その後のページには普通に文学作品が綴られていました。
 数年前、人気漫画家が表紙を描いて名作文学を再版し、好評を得た、という事がありました。一見、似たような企画に見えますが、漫画家の絵は作品世界を意識して描かれていたものでした。

 それに対し、このシリーズの表紙に出てくるアイドルは、作品世界を意識していません。たとえば、「坊ちゃん」だからマドンナのコスプレをしている、などという事はありません。普通に雑誌に載るような服装をしているだけです。
 つまり、作品と表紙には全くもって関連性がないのです。
 別に文学作品に思い入れのない自分にとっても、見ていてあまり気分のいいものではありませんでした。作品のファン、アイドルのファンはそれぞれどう思っているのだろうか、と気になりました。

2010年07月21日

膝の上に携帯

 出勤時には電車の中で眠ることにしています。そして、乗り過ごし防止のため、携帯のアラームを到着予定時刻にセットしています。今朝、そのアラームの振動で目が覚めたのですが、まだまだ手前の駅でした。
 一瞬、電車が遅れたのかと思いました。しかし、次の瞬間、その振動が携帯を入れている胸ポケットでなく、膝の上にある見知らぬ携帯から発せられている事に気づきました。
 おそらく、隣に座っていた人が、降りる時にでも落としたのでしょう。それにしても、膝の上に落とすとは、なかなか絶妙なタイミングだな、などと思いました。

 おそらく、隣に座っていた人が、降りる時にでも落としたのでしょう。それにしても、膝の上に落とすとは、なかなか絶妙なタイミングだな、などと思いました。

 とりあえず、降りた駅に届けたのですが、駅員さんは乗った電車の種別や行き先などは尋ねませんでした。かつて電車の中で携帯を落とし、半月後くらいに連絡が来たという経験があるだけに、「届出を受けたとき、もっと細かく管理すれば、早く持ち主のもとに届くのでは」などとも思いました。
 まあ、鉄道会社としては、たかだか乗客のミスに対するフォローに対し、そんな体制を作る気などは起きないのかもしれませんが・・・。
 ちなみに、自分は一度携帯を落として以来、ストラップはクリップにして、常にシャツやズボンに止めるようにしています。この落とし主も、今回の事がきっかけで、ストラップを変えるのだろうか、などとも思いました。

2010年07月19日

連動?

 朝、相方が冷凍庫を開けると、常温になっていました。製氷室には水が溜まっています。別に変な操作をしたわけでもないですし、コンセントが抜けたわけでもありません。ちなみに、購入してからまだ2年半しか経っていません。
 幸い、一時的な故障だったようで、急速冷凍ボタンなどを押しているうちに復旧しました。食材にもさほど大きな被害はなかったのは、不幸中の幸いと言えるでしょう。

 この冷蔵庫を作った会社は、先日より部品の納入ミスで取引先の自動車工場の操業を止めた、ということでニュースになっています。そのニュースを見た直後という事もあり、「まさか、部品工場の不調に連動して、我が家の冷凍庫にも異常が発生したのか?」などと非科学的な事を一瞬思ってしまいました。
 被害の度合いは全然違うとはいえ、部品の調達も冷凍庫の品質も、根本的な原因は同じ所にあると思います。メーカーさんにおいては、雑な事をしたら使う人がどれだけ困るか、ということを再認識して品質管理方針を見なおして欲しいものだ、と思いました。

2010年07月17日

徹夜塾?

 日付が変わった後に街を歩いていました。深夜なので、ほとんど電気は消えています。ついているのはコンビニと居酒屋くらいなのですが、そんな中、ビルの一フロアまるごと、煌々と電気がついている所がありました。
 何だと思って見たところ、学習塾でした。しかも、そこからしばらく歩いたところにある別の学習塾も、同じく全フロア電気がついていました。

 まさかこんな時間まで生徒さんが残って勉強しているのでしょうか。それとも講師や事務の人が残業しているのでしょうか。もしかして、何かの経営戦略で一晩中電気をつけているのでしょうか。
 どれが理由だとしても、深夜に煌々と輝く塾、というのは奇妙なものでした。そして、もし自分に子どもがいたら、絶対これらの塾には通わせないだろうな、と思いました。

2010年07月12日

非「公用語」によるスパム

 「号外◆ ※ご確認※ ご入会・・・」という件名のメールが入っていました。使われている単語といい、記号の使い方といい、典型的なスパムメールの件名です。
 続いて、送信元を見たのですが、そこには、大手ネット企業の書籍販売サービスの名前が書かれていました。どこかのスパム業者が騙ったのか、と思いつつも、気になって中身を見てみました。
 すると、送信元ドメインから見ても、本文の内容から見ても、確かにその書籍販売サービスが出したものでした。ただし、内容は本の宣伝ではありません。グループ内のネット銀行への口座開設をうながすものでした。

 とにかく、この題名は凄すぎます。せっかちな人なら、題名だけを見てスパムと判断して削除するのではないでしょうか。
 この大手ネット企業は、最近になって社内公用語を英語にしたということで話題になりました。もしかしたら、このような題名のメールを送りつけてきたのは、そのあおりで、グループ内の「日本語力」が低下したからなのか、などと思いました。
 あと、本屋のメールマガジンを購読している人に、グループ企業とはいえ、銀行口座開設の案内メールを送る、というのもいかがなものかと思いました。
 とりあえず、いろいろ疑問と違和感があったので、これを機会に、このグループ会社からのメールは全て配信停止にしました。

2010年07月10日

携帯挿し口の蓋が壊れる

 携帯の充電器接続部分のカバーが壊れました。いろいろな携帯を使っていましたが、この部分が壊れたのは初めてです。しかも、今の携帯は買ってから一年ちょっとしか経っていません。
 扱いが乱雑だったか、と後悔しつつドコモショップに持っていったのですが、店員さんはよくある問い合わせ、という感じで「この部分は取れやすいです。ここがゆるいと防水効果が下がるので、調子が悪くなったら交換するようにしてください」と言いながら、慣れた手つきで代替え品を取り付けてくれました。

 確かに、これまでの機種は、充電器接続とイヤホン接続が別の口となっていましたが、この機種はそれが統一されています。必然的に、接続部分を開閉する機会は増大していました。
 防水効果のために、受電とイヤホンの挿す口を統一し、その部分の蓋については、故障したら取り替える、という設計思想なのでしょうか。言われてみれば納得しました。
 というわけで、この部分は「消耗品」と認識しました。壊れてから治るまでの間は、「今もし水に落としたら、せっかく防水機種を買ったのに壊れてしまう」という不安感を常に感じていました。そういうこともあり、次からは、ちょっとグラついたら交換しようと思いました。

2010年07月08日

「世界一短い手紙」の謎

 小説「レ・ミゼラブル」の著者のヴィクトル=ユゴーが売れ行きを出版社に尋ねた際に、「?」とだけ書かれた手紙を送り、それに対し、好評であることを伝えるために担当者が「!」という返事を送った、という話があります。ともに一文字であることから「世界で最も短い手紙」などとも言われます。
 よく聞かれる話ですが、よく考えると色々と突っ込みどころがあります。仮に著者の期待に反して本が売れていなかったら編集者は「×」とでも返事したのでしょうか。さらに、可もなく不可もなく、という感じの平凡な売れ行きだったらどう返信したのでしょうか。

 だいたい、いくら仕事で組んでいる相手とはいえ、普通の人は唐突に「?」とだけ書かれた手紙を送ったりはしないでしょう。もちろん、普段から新刊を出すたびに「記号一文字」の手紙を送っていた、というなら話は別です。ただ、それでは「世界一短い手紙」が何通も存在することになってしまいますが・・・。
 というわけで、考えれば考えるほど、「本当にそんな手紙のやり取りはあったのか?」と思えてきます。ちなみに、フランスには「ヴィクトル=ユゴー記念館」があって、彼の手紙なども展示されているとのことです。しかしながら、「?」一文字の手紙の展示はないようです。
 まあ、これも一種の都市伝説みたいなものなのでしょうか。面白い話だとは思いますが、ちょっと冷静に考えると、かなり無理があるな、と思いました。

2010年07月05日

二重の意味で突っ込みどころ満載の「寸評」

 読売新聞が力士の花札賭博を舌鋒厳しく批判しています。やけに偉そうですが、二つの点が非常に気になりました。
 まず、この新聞社にも相撲担当記者は何人かいるはずです。そして、部屋や巡業などで取材をしていると思われます。そんな中で力士が花札や麻雀をやった場面を見たり、それに関する会話を聞いたりしたことはなかったのでしょうか。
 これまで知っていて黙認していたのでしょうか。それとも、毎日のように取材をしていながら気づきもできない程度の取材力しかなかったのでしょうか。相撲界の体質をどうこう言う前に、自らの報道者としての「体質」を問題視するのが先でしょう。

 さらに言えば、内輪で金を賭けての花札をここまで批判しているわけです。ならば、自社内で、麻雀など、そのような賭け事が行われていないか、きちんと確認したのでしょうか。
 ここまで内輪の賭博を批判し、暴力団がらみの野球賭博との関連性まで指摘しているわけです。これで、自社内で賭け麻雀をやっている社員がいた、などという事があっては、読売新聞も「賭博体質」になっています。もちろん、レートが点10だから、大金を動かす力士の花札とは違う、などという理屈は通りません。確かに力士に比べれば少額でしょうが、賭博は賭博です。
 そのあたりを明確にせずに、一連の報道の尻馬に乗るような形で偉そうな事を言う、という姿には、かなりの滑稽さを感じました。

2010年07月03日

審判の日

 仕事帰りに道を歩いていると、若い外人さんが「審判の日」と書かれたTシャツを着て、チラシを配っていました。
 ちょうどW杯で日本人の審判が活躍している事もあり、審判に関するイベントでもやるのだろうか、と思い、チラシを見ました。すると、「この世の終わりは迫っている!聖なる神は2011年5月21日に審判の日をもたらす」と書かれていました。

 一部のインチキ宗教によくある、「終末予告」です。この類の宗教は山ほどあり、過去にも何十回も「地球最後の日」は予告されました。もちろん、それが全て外れたのは言うまでもありません。
 もちろん、この遠い異国でチラシを配っている青年は、純真にその教義を信じているのでしょう。果たして来年の5月22日、この青年はどうするのだろうか、と思いました。
 騙された事を知って、わざわざ日本まで行って無駄な時間を過ごし、かつ紙を無駄にした事を悔いるのでしょうか。それとも、教祖が新たに制定した「次なる審判の日」を信じて、再びビラをまくのでしょうか。
 紙に書かれている事は何一つ意味を感じませんでしたが、配っている青年の事は気になった、「終末予告」でした。

2010年07月01日

機械と格闘した一日

 今回の出張は、福岡にある営業所の引越し手伝いでした。昨日は取り外しと梱包を行ない、今日はそれらの設置、という行程です。
 取り付けるのはPC三台と複合機一台と電話なので、昨日書いたように、早く終わらせて、余った時間で日の長い福岡を散歩、などともくろんでいました。
 しかし、いろいろと予想外の事が発生し、配線などでえらい苦労をしました。昼食もコンビニで買ったゼリー飲料で済まさざるを得ませんでした。そして、一通り片付けた時には、もはや空港で簡単な夕食を取る余裕しか残っていませんでした。
 というわけで、ひたすら室内で機械と格闘した博多出張となってしまいました。まあ、仕事ですから仕方ありません。
 いつの日か、時間的にも金銭的にも余裕ができたら、この時期に九州一周旅行でもして、日の長さを存分に楽しもう、などと思いました。もちろん、そのような日が来る保証はどこにもないのですが・・・。

2010年06月30日

福岡出張

 今日から一泊二日で福岡へ出張です。朝、高速バスで羽田へ向かい、湾岸習志野インターから湾岸道路に入りました。すると、目の前に千葉シーサイドバスが幕張本郷-海浜幕張線を開業した時に導入したバスが「回送」という表示を出して走っていました。
 そして、そのバスはETC専用口から湾岸道路に入っていきました。私が乗ったバスが即座に追い抜いたので、そのバスがどこに行ったかは分かりません。ただ、ETCの設置までしているところを見ると、高速道路を使った路線を開業する構想があり、その準備として走っている可能性が高そうです。

 出来ることなら、幕張本郷-羽田空港線を開業して欲しいものだと思いました。もし実現したら、少々料金設定が高くても愛用したいと思っています。
 さて、飛行機のほうは順調に飛んで福岡に着きました。そして、仕事のほうも順調に終わり、ホテルに行きました。
 部屋で一休みしつつ外を見たのですが、時刻が19時45分であるにも関わらず、外はまだ明るさが残っていました。さすがは九州、といった感じです。
 その後は、福岡出張時の定番であるラーメンを食べました。これについては可もなく不可もない、という感じで、「さすがは」という気分にはなりませんでした。
 今日は何とか無事に終えましたが、本番はむしろ明日です。なんとか問題なく片付けたいものです。そして、あわよくば早く終えて余った時間で、九州での夏至時を楽しみたいものですが・・・。果たしてどうなることでしょうか。

2010年06月28日

都会の異空間

 銀座の新橋寄りにある店で飲み会がありました。少々時間に余裕があったので、有楽町に寄ってビックカメラで買い物をし、そこから線路に沿って歩いて行くことにしました。
 すると、途中でガード下に入る道がありました。雨模様ということもあり、ここなら傘もささずにすむ、と思って、その道を進みました。
 そこは、左右が店舗になっており、何軒か居酒屋が営業していました。しかし、それ以外は全て看板すら出ておらず、典型的な「シャッター通り」となっていました。

 建物の構造も古く、なんか30年くらいタイムスリップをしたような感じです。
 真上には日本交通の大動脈である新幹線が走っており、西側には帝国ホテルが建ち、東側には銀座の繁華街が広がっています。
 しかしながら、この通りだけみると、どこかの寂れた地方都市の元繁華街、としか思えないような雰囲気が漂っていました。
 蒸し暑い中歩き続けると、やがて出口が見えました。そこから見える風景は、当然ながら銀座の繁華街です。
 なんか、異空間に迷い込んだかのような、不思議な時間並びに空間を体験することができました。

2010年06月24日

自分発の警告も役立たず

 数日前、「夏風邪に気をつけるように。特に夜の布団」というメールが届きました。何かと思って送信元を確認したところ、リマインダメールでした。自分では忘れていたのですが、昨年の今頃に夏風邪をひいた際、同じ轍を踏まぬよう、未来の自分へ警告しようと決意していたようです。
 しかしながら、その「警告」を見たにも関わらず、軽症ですが、夏風邪をひいてしまいました。厚手の布団だと寝汗がひどく、タオルケットだと寝冷えをしてしまう、という二択のなか、ついついタオルケットを選択したのが「再度の過ち」となってしまったようです。
 事前に分かっていても防げないのですから、夏風邪というのは面倒なものだな、と思いました。
 今年ひいてしまったのは仕方がありません。しかしながら、「二度あることは三度ある」にはしないよう、とりあえず、来年のリマインダメールの分言をより厳しいものに変えました。これを見た来年の自分が、今年以上に寝冷えを警戒してくれればいいのですが・・・。

2010年06月23日

路上喫煙推進広告?

 見るたびに不愉快になる、JTの「マナー広告」ですが、先日見たのは、なかなか凄い域に達していました。
 内容は「吸殻を他人の家の前に捨てるな」「吸殻を駅前に捨てるな」というものです。もちろん、それらの行為はすべきではありません。では、どこに捨てたらいいのでしょうか。携帯灰皿に入れたり、側溝のフタから下水道に直接捨てればいい、とでも言うのでしょうか。

 当然ですが、そのような比較に意味はありません。どこに捨てようと、路上で喫煙すれば迷惑です。煙はもちろん、タバコの先端はある種の「凶器」です。私自身も、道を歩いていて、路上喫煙者によって手を火傷した事があります。
 そういう事もあり、少なからぬ自治体が路上喫煙を条例で禁止しているわけです。
 にも関わらず、この「マナー広告は」、吸殻を捨てる場所さえ間違えなければ、路上喫煙をしてもかまわない、としか取りようのない内容になっているわけです。
 結局のところ、「JTが提唱するところの『マナー』は世間で言うところの非常識(かつ、少なからぬ自治体での条例違反)である」としか言いようがないでしょう。

2010年06月21日

名古屋経由で大阪へ

 今日から一泊二日で名古屋・大阪へ出張です。昼前に名古屋の事務所に行って、18時前には仕事が終わり、駅地下で名古屋料理をつまみに一杯やった後に大阪へ移動、というかなり楽なスケジュールでした。
 しかしながら、宿についたらえらくバテていました。蒸し暑い夕方に重い荷物を引きずりながら、栄から名古屋駅まで地下鉄約2駅分を歩いたのがこたえたのかもかもしれません。とはいえ、前日まで連休だった事を考えると、予想以上に疲れすぎ、という感じです。
 おかげで、折角食べた名古屋料理も、あまり特徴を味わうことができませんでした。せっかく出張に行くのだから、やはり体調を万全にして、行った先の名物くらい味あわないと勿体ないと思いました。
 今晩はじっくり休み、明日はせめて大阪のうどんくらいはじっくり味わいたいものだ、と思っています。

2010年06月19日

久々に秋葉原をうろつく

 今日は久々に秋葉原をうろつきました。最初、ヨドバシに行って、いまひとつ使い勝手が分からないWindows7の入門書を立ち読みしました。とりあえず、リカバリディスクの作成の概要が分かりました。これであとはネットで調べれば作れそうだと思いました。
 しかしながら、それ以外にいろいろと必要としている情報は入手できませんでした。まあ、結局のところ、使いながら慣れていくよりない、ということなのでしょう。
 続いて、先日発売されたばかりのOffice2010のデモをやっていたので見物しました。とりあえず、売りは「Excelのグラフをセルの中に表示できるようになった」「WEBに載っている画像を簡単に取り込めるようになった」「OneNoteなるメモ書きソフトが加わった」の三点のようでした。
 とりあえず、OneNoteは、次のバージョンでは消えているだろうな、と思えるようなアプリでした。後の「売り」を見ても、何万も払ってバージョンアップするような物ではないな、という事が実感できました。そういう意味では有意義でした。

 その後、コンピュータと関係のない本を探すために、階上にある有隣堂へ久々にいきました。入り口や経済書欄には、今度自民党から参院選に出る評論家の本が大々的に並べられていました。見る気は起きませんが、せっかくここまで宣伝するなら、彼の政治ポスターも店内に飾ればいいのに、などと思いました。
 ちなみに、探そうとしていた本はありませんでした。
 その後、駅構内の百円ショップで買い物をした後、電気街口方面に移動しました。夕方に待ち合わせがあったのですが、それまでにまだまだ時間があったので、裏道を含め、いろいろと歩きました。
 中央通り沿いの店にしろ、以前よく歩いていたパーツ屋などがあった裏通りも、かなりさびしくなっていました。低迷し続ける経済と裏腹に発展し続けていた街ですが、さすがに経済全体の流れに影響を受けだしたのでしょうか。
 あと、街角で客引きをしている「メイドさん」も以前より多いように感じました。ちなみに、まだ日が暮れていないというのに、日の丸のフェイスペイントをして、W杯TV観戦をネタに客引きしている人もいました。そのあたりにも、経済の影響による需給バランスの変化を感じさせられました。
 行く度に色々と発見できるのがこの街にいいところです、次にうろつくときは、景気のいい情報を得たいものだ、などと思いました。

2010年06月17日

プロの「技術」

 図書館で「プロの聞く技術が身につく本」なるものを借りました。最初の1ページ目には少々興味深いことが書いてあったのですが、そこから事例こそ違えど、その1ページ目と同じことが繰り返されて「第1章」は終わりました。
 なんか薄い内容だな、と思って第2章に入ったら、いきなりメーラビアンの法則が出てきました。
 「法則」の中身はリンク先に記載されているのでここでは省略しました。ただとりあえず、私の経験からすると、この「法則」を援用している文章は信用に値しない、と考えて間違いないことは確かです。

 おかげで、即座に読書を中断し、時間の浪費を回避することができました。そう考えると、なかなか優秀な「法則」とも言えます。
 それにしても、同じような内容を何ページも書き続けた上に、眉唾物の「法則」を援用して本を出版できるわけです。本に書かれていた「プロの聞く技術」には価値を感じませんでしたが、このような本で収入を得るという、「プロ(?)の出版技術」がどのようなものなのか、というのには少々興味を持ちました。

2010年06月15日

時間の経過と幸福度

 前の会社で仲が良かった人と、1年ぶりくらいに飲みに行きました。行った店は、当時よく通っていた店でした。メニューも店の雰囲気も店員さんの顔ぶれも変わっておらず、それだけを見ると、当時に戻ったような気分になりました。
 ただし、話の中身は、当然とはいえ、当時とは異なっていました。お互い、当時よりはいい環境にいます。したがって、転職で成功した事は確かです。しかしながらこのご時世ですから、明るい未来を想定するのはさすがに無理です。したがって、話題はかなり暗くならざるをえません。

 そのような話をしているうちに、かつての飲み会を思い出しました。あの頃は、仕事の満足度についても、生活についても、今より厳しい状況でした。ただ、「将来、今より悪くなることはないだろう」という希望(?)を常に持つことはできました。
 もちろん、当時に戻ろう、などという気は毛頭ありません。とはいえ、今より未来に展望を持てた当時に懐かしさを感じました。
 どのような状況を「幸せ」というのだろうか、ということを改めて考えさせられたひとときとなりました。

2010年06月07日

立場変わって・・・

 10年ちょっと前、当時勤めていたところで、ネットショップの立ち上げに携わりました。その時点では、契約しているカード会社は、V社とM社とU社だけでした。
 すると、お客さんから「JCBも使えるようにしてほしい」というクレームが入りました。当時の私は、V社のカードしか持っていなかった事もあり、内心では「最近は入会金・年会費ともゼロのもあるのだから、そちらに加入すればいいのに・・・」などと思いつつ、当時JCBに勤めていた知人を通じて、契約の手配をしたものでした。

 ところがそれから10年、いろいろあって、自分が使えるカードがJCBだけになってしまいました。ただ、昨日までは別にそれで不自由した事はありませんでした。
 ところが今日、とある店でネット通販をしようとしたら、使えるカードがV社・M社・D社だけ、と表示されていました。仕方がないので、カード払いを諦め、コンビニ支払いに切り替えました。
 そのとき初めて、10年前にクレームを入れた人の気持ちが理解できました。何事も、使う立場にならねばわからない、という事でしょうか。そして、内心で「ならばV社のカードを作ればいい」と思った当時の自分に説教したくなりました。

2010年06月03日

50歳の肩書き

 贈与税脱税の疑いで、ダイエー創業者次男(50歳)を逮捕という見出しのニュースがありました。
 表現は違うものの、二社を除いて、全て容疑者の名前でなく、「次男」を見出しにしています。
 確かに、この人がこれまで得た社会的地位は、父親の七光りによるものです。とはいえ、50歳にもなって、自分の名前でなく、「創業者の次男」と呼ばれる、というのは人としてかなり辛いのでは、と思いました。

 ちなみに、上記リンクで唯一名前を出してあげた(?)のは読売新聞でした。そこでは「氏名+元ホークスオーナー」という表現になっています。
 もちろん、間違いではないのですが、容疑者氏の野球界における最後の肩書きは、「読売球団のオーナー顧問」です。
 それを見出しにしろとは言いませんが、記事中にその実績も書くべきでは、と思いました。

2010年06月02日

夕食と夜食

 月初などでバタバタしており、昨日・今日と帰宅が遅くなりました。そこで、遅い夕食を食べることになりました。ところが、食べるとすぐに空腹になりました。昨日などは、夕食を食べ終えて10分後くらいに「夜食」を食べたほどでした。
 以前から、寝る前に夜食を食べていたので、一日の食事量は変わっていません。どうやら、自分の満腹中枢は、「現時点での胃袋の状態」でなく、「現時点までにどれだけ食べたか」に重きを置いているようです。
 以前はそのような事はなかったところをみると、年齢による体質の変化なのでしょうか。いずれにせよ、あまり遅い時刻にものを食べるのがいいとも思えません。朝・昼・晩の量を見直す必要があるのかも、とも思いました。

2010年06月01日

街宣車三態

 中国の首相が来日し、職場近くのホテルに泊まりました。その影響で、昨日から街宣車が頻繁に訪れました。
 最初に来たのは右翼でした。ただ、とりあえず中国首相が来たから、音を出しておくか、という感じでした。したがって、軍歌などの騒音が耳障りではありましたが、何を言っていたかは印象に残りませんでした。

 次に来たのは中国の反体制組織による街宣車でした。私も、天安門事件などの国民弾圧や、現在の格差社会を生み出した中国政府に好感は持っていません。自国の人が反対運動を行ないたい気持ちも大いに理解できます。
 とはいえ、大音声で中国語でまくしたてられても、何がなんだか分かりません。まあ、国内のスポンサー獲得のための示威行為みたいなものなのでしょう。いずれにせよ、やはり耳障りなだけでした。
 最後に来たのは、自民党の宣伝カーでした。まあ、これは中国と関係はなく、単なる選挙運動です。民主党の批判を並び立てるのですが、中には、「それは自民党政権時代の政策に起因しているだろう」と突っ込みたくなる「批判」もありました。
 そういう意味では、右翼や中国反体制活動家よりは「聞きで」はありました。とはいえ、「仕事の邪魔になる騒音」という点いおいては大同小異でした。
 理由や目的がなんであれ、街中で不特定多数相手に大きな音を出すのは迷惑以外の何者でもない、とあらためて認識させられた一日でした。

2010年05月30日

丸善災難

 昨日の午後、津田沼の丸善で、警察官が盗撮で、自衛官が女子トイレ侵入でそれぞれ現行犯逮捕されるという事件が相次ぎました。
 津田沼には様々な本屋があるのですが、その中でも丸善は最大規模を誇ります。それだけに、客数も多く、それを狙った変質者も多い、という事なのでしょうか。
 とはいえ、同じ日の午後に、似たような職業の人が変質行為で逮捕される、というのは珍しいことです。
 もちろん偶然なのでしょうが、オカルト的な考えをしない自分でも、「昨日午後の丸善には、お堅い職業の人を狂わせる『気』でも発生していたのでは」などと思ってしまいました。

2010年05月26日

ラッシャー木村さんと伝説

 元プロレスラーのラッシャー木村さんが亡くなった、という報道を見ました。私がプロレスを見始めた頃、すでに木村さんは第一線を退いており、試合後のコミカルなマイクパフォーマンスを売りにする人でした。また、その独特のセンスから、歌番組の審査員をやっていたのも良く覚えています。
 そういう事もあり、追悼の意味を込めて、木村さんを讃える歌を聴いたり、動画サイトで往年の木村さんの映像を見たりしていました。

 それらを見ているうちに、伝説の名場面にたどり着きました。
 これは、かつて「金網デスマッチの鬼」と言われていた木村さんが、アントニオ猪木氏にリング上で挑戦を表明した時のものです。
 エース選手を倒そうとする「敵」として現れてマイクアピールをするわけです。ところが、そこで木村さんは「こんばんは、ラッシャー木村です」と言い、場内を笑わせてしまった其れが、という伝説があります。
 ところが、上記の動画を見ると、木村さんは確かに「こんばんは」とは言っています。しかし、続いて名前を名乗ったりはしていませんでした。
 よくある話ではありますが、実際には言っていない部分も含め、「伝説」になってしまったわけです。
 まあ、木村さんにとっては、自己紹介があろうとなかろうとどうでも良かった、というのもあるのでしょう。とにもかくにも、色々と楽しませていただき、有り難うございました。ご冥福をお祈りいたします。

2010年05月24日

声をかけがたい状態

 昨日の結婚式は横浜港近くのホテルでありました。その帰り、みなとみらい線で横浜に出て、横須賀線に乗換えようとホームに出ました。
 すると偶然、取引先の人と出くわしました。どうやら休日出勤だったようで、やっと退勤できたようです。しかしながら、歩きながら携帯電話で何やら仕事の話をしています。もちろん、私には気付きません。
 その人とは最寄り駅も同じで、プライベートで飲みに行った事もあるのですが、さすがに声をかけづらく、逆方向に歩いて、違う車両に乗りました。

 その人の会社は、野球場のフェンスに広告が載るほどの有名企業です。ただし、先日雑談したときは、「社員の給料を下げて増配した」と愚痴っていました。
 そして、日曜もおちおち休めず、しかも駅でもまだ仕事をさせられているわけです。
 ならば、それに報いて、増配などせずに給料を上げるなり、人員を増やして楽にしてあげるのが普通の人間だと私などは思います。しかしながら、その会社の偉い人には、そのような発想は存在しないようです。
 ちなみに、今日の日経一面には、「上場企業の手元資金が史上最高額」と出ていました。しかしながら、その「手元資金」とやらが社員に還元される事はなさそうです。
 家も近いですし、どうせ日曜に会うなら、近所で散歩している時に会えれば、などと思いました。しかしながら、今のままでは、それが実現するのはかなり難しそうです。

2010年05月23日

「想い出の場所」を共有

 大学同期の結婚式に行きました。二次会で、なれそめやデートの話などをしたのですが、その時、大学時代の合宿で、皆でよく通った店に二人で行った、という話を聞きました。
 自分としても、この店には強い思い入れがあり、結婚直後、相方を連れて行ったものでした。そういう事もあり、この同期の人が同じ事をした、という話を聞いたときは、共感と嬉しさを感じました。
 もしこの店が、二人にとっても「想い出の場所」になったら嬉しい、などと思いながら、二人が末永く幸せで暮らすことを願いました。ついでに、久々にあの店に行って、また「磯ラーメン」を食べようか、とも思いました。

2010年05月22日

意外な「同じ誕生日の有名人(?)」

 今日のGoogleはトップがパックマンになっていました。ロゴが変わるのはいつもの事ですが、なんと実際にゲームまでできるようになっています。何でも、今日はパックマンの生誕30周年で、それを記念しての事でした。
 日本のみならず、アメリカでもかなりヒットし、国民的ゲームになっているようです。確か、ヤンキース時代の松井秀喜選手も、その打点を挙げる様から「パックマン」と呼ばれていたと聞きます。名付けた人が、「パックマン」が松井選手と「同郷」であることを知っていたかは謎ですが・・・。

 自分も遊んだ事はありましたが、まさか同じ5月22日生まれだったとは思いませんでした。おそらく、Googleのロゴにならなければ一生知ることはなかったでしょう。
 あの「記念日ロゴ」には色々と楽しんだり驚いたりしたものですが、まさかこのような事まで教わるとは思いませんでした。というわけで、意外な形で「パックマン」に親近感を持つことができました。

 それはともかく、ここ一年ほど、少なからぬ停滞を感じて過ごしていました。この誕生日を、その停滞を打破するきっかけとしたいものだと思っています。

2010年05月21日

区切り

 この一年、自分はどれだけ成長できたのか、などとふと思いました。一応、ちょっとした資格の勉強をして合格はしましたが、それ以外に特に思いつきません。
 もう若いとは言えない年ですが、まだまだ成長できるし、しなければならないわけです。ここ数年、それに対する自覚が少々薄かったのでは、と我が身を振り返って思いました。
 今日から明日にかけてはいい区切りがありますので、それを良い機会にして、いろいろと見直していきたいと思いました。

2010年05月20日

人気の測り方

 電車で、ディズニーが製作したアリスの映画の広告を見かけました。そこには、「アバター」を越えた空前のヒット、という宣伝文が書かれていました。
 「アバター」も「アリス」も見てもいないし、さほど情報はありません。ただ、「アバター」については、あまり映画を見ない弟が感想を述べたり、普段全然映画の話をしない職場の人が絶賛したりしていました。
 しかしながら、「アリス」に関しては、そのような事は一切ありません。対象としている層が違うという事なのでしょうか。それとも、偶然、「アバター」が私の身近な人に好評だった、という事なのでしょうか。
 というわけで、映画に興味のない私ですら不思議に思った、「アバター越え」でした。

2010年05月18日

貴重な一駅間の会話

 今朝は総武線が事故で遅れたため、振替乗車ルートである、京成線→八幡で都営新宿線に乗換えで出勤しました。そして市ヶ谷で中央・総武線に乗ったところ、いきなり肩を叩かれました。
 誰か会社の人でもいたのか、と思って振り返ったところ、4年前まで勤めていた所に所属する人でした。ちょっと特殊な仕事をしている人で、この後、かなり精神集中が必要が事を行なう必要があるはずです。

 にも関わらず、嬉しそうに色々と話しかけてくれました。自分の事どころか、アメリカにいる妹の事まで気遣ってくれていました。向こうにとって、今自分と話すことによって何か得することがあるとは思えません。それが分かっているだけに、よけい嬉しく思いました。
 自分は四ッ谷で降りるため、会話したのは短い時間でした。しかしながら、色々な意味でいい思いができた、一駅間の会話でした。

2010年05月14日

誤訳?

 ネットでたまに「密林で買う」という言葉を見ます。最初は意味が分からなかったのですが、話の流れから、「アマゾンで通販する」という事だと分かりました。
 確かに、アマゾン川の流域にはジャングルが広がっています。とはいえ、「アマゾン」の本来の意味は川なわけです。そう考えると、あだ名をつけるなら、「密林」でなくて「大河」とするほうが普通です。
 どのような経緯で広まったのか分かりませんが、使い出した時に誰かが突っ込まなかったのでしょうか。かなり違和感をおぼえた「ネット用語」でした。

2010年05月09日

天然の藤

 大回り乗車を利用して、東金線に乗ってきました。総武本線で成東に出たのですが、千葉を出て10分もすると、沿線風景が田園地帯になりました。
 その後、田んぼと林が交互に出てくる車窓風景になりました。そして、林のなかには、紫の花を咲かせている樹がありました。
 藤棚でその花を見たことはよくありました。しかし、自然の樹に咲いているのを見たのは初めてでした。
 というより、藤があのような感じで普通に林で咲いている事自体、これまで知りませんでした。

 ちなみに、戻るときに乗った外房線沿線でも、藤の樹はいくつか見られました。どこでも普通に生えているものなのでしょうか。
 人工的に管理された藤棚に並んで咲く姿もかなり印象に残る物があります。しかしながら、この林の中で思う存分といった形で咲き乱れる藤には、それとは異なる強い印象がありました。
 また来年のこの季節も、「天然ものの藤」を見に、総武本線-東金線-外房線の小旅行をしたいものだ、などと思いました。

2010年05月08日

朝の散歩

 珍しく、休みで用事もないのに朝早く目が覚めました。すると、相方から散歩を提案されました。経路と行き先は、普段と同じ津田沼です。しかし、これまでの昼ごろに出かけるのとは、かなり雰囲気が違いました。
 ここ何年か、朝に歩くといえば、通勤時における、家と駅および、駅と職場の間だけでした。そのこともあり、朝に住宅街や畑の脇を数十分歩く、というのはなかなか新鮮でした。
 これも一種の「早起きは三文の得」なのでしょうか。これからの季節は、昼の散歩が難しくなるので、今後もこの朝の散歩を続けていければ、と思いました。

2010年05月07日

姑息な煽り

 数日前の日経新聞に農協の批判記事が載っていました。その中で、職員の多さを叩く記事があり、「専業農家の戸数の3分の2くらいいる」と書かれていました。
 単純にこれを見れば、「農民3人につき農協職員2人なんて多すぎる」と普通に思うでしょう。
 ところが、よく読んでみると、この比率はあくまでも「専業農家」が基準となっています。そして、日本の農家の半分以上は兼業農家です。
 もちろん、兼業農家だからといって、農協と関わらないなどという事はないでしょう。ちなみに、収入の100%が農業でない農家は全て兼業農家になります。
 そう考えると、この記事は、あえて農家の戸数を少なく表現することにより、「農協の肥大ぶり」を実際以上に印象づけようとしていると言わざるを得ません。
 主張したい事が本当に筋が通っているなら、このような姑息な表現をせず、全農家の戸数を出せばいいわけです。短いながらも、記者及び新聞社の品質がよくわかる記事でした。

2010年05月05日

シビれる

 「シビれる」という言葉があります。基本的な意味は、長時間正座をしたあとの足などを表現する「麻痺する」で、そこから派生して「陶酔する」という意味でも使われます。
 後者の用例として有名なのが、漫画「ジョジョの奇妙な冒険」第1巻で、主人公の宿敵・ディオが、主人公の恋人「ズキュウウウン」という擬音とともにキスをしたのを見た取り巻きが言った「さすがディオ! おれたちにできない事を平然とやってのけるッ そこにシビれる! あこがれるゥ!」 でしょう。

 それはともかく、この「シビれる」には、「相手にうまくやられて、困ってしまった」という意味があります。といっても、これは極めて狭い特定の趣味の世界での専門用語です。
 大学時代にその趣味のサークルに入り、そのままその業界に就職した自分は、この意味での「しびれる」を、ごく自然に使っていました。その業界を辞めて4年たったのですがたまに口から出てしまいます。
 今日も雑談で、ついつい使ってしまいました。おかげで、「○○になったら困る」というつもりで言ったのが、「○○になったら陶酔する」と解釈されてしまい、とんでもないボケをかました形になってしまいました。
 結果的にウケたから良かったものの、やはり「狭い世界でしか使われない用語」を一般社会で使ってはいけないな、と改めて思った次第でした。

2010年05月04日

一回り

 本日付けで、当サイトは開設12周年となりました。ここまで続いたのも、ひとえに読んで下さった皆様のおかげです。御礼申し上げます。
 開設時は20代だった製作者が今ではともに40代になっています。時が経つのは早いものです。
 当時と比べると、サイトのほうも色々と変わっています。自分自身、サッカーの見物記を載せる事になるとは、12年前には思いもしませんでした。
 ただ、書きたいもの(相方の場合は「描きたいもの」も)を書いて楽しむ、という基本姿勢については、12年間変わっていないかな、とも思っています。
 これからも、その基本を維持しつつ、24周年を目指して頑張っていきたいものです。よろしければ、引き続き、当サイトにいらしていただければ幸いです。

2010年04月30日

「ゆとり世代」

 文部省(当時)の指導要領が「ゆとり教育」と呼ばれるものになってから学校教育を受けた人達の事には「ゆとり世代」という蔑称がつけられています。以前から使われていた言葉ですが、今年の大学を現役合格した今年の新卒が、その世代に該当するようで、今春から、より多くこの言葉を見かけるようになりました。
 うちの会社の場合、新卒は本社に配属されないので、実際にその「ゆとり世代新卒」と会話をした事はありません。したがって、その「ゆとり世代」の人達が、それより上の世代と異なるのかどうかは分かりません。

 とはいえ、この「区分」にはかなりの疑問を感じます。
 実際に見受けられる、「ゆとり世代」批判を見ることもありますが、率直に言って、単に、「経験が浅いゆえの失敗」をあげつらっているだけとしか思えません。少なくとも、彼らの言動と指導要領の変化に因果関係があるとは思えません。
 結局のところ、少々言葉を変えた「最近の若い者は」なのでしょう。まあ、これ自体はどの時代にも存在する感情ですから仕方ないとも言えます。とはいえ、それと学習指導要領を結びつけて考えるのは、傍から見ると、かなり滑稽なことであります。

2010年04月28日

局地的な豪雨

 帰宅してネットのニュースを見たら、「千代田区で4月の記録となる豪雨があり、出勤する人々が土砂降りの中歩いた」という記事がありました。
 私も千代田区に通勤しています。そして、9時半頃に駅を出たのですが、雨が降ってはいたものの、土砂降りどころか「傘をさすかどうか迷う程度の降り」でした。
 さほど広くもなく、もちろん山など存在しない千代田区で、場所によってそこまで天気が違っていた、という事に驚かされました。一瞬、「間違えて一年前の記事が掲載されたのでは?」とまで思ったほどでした。
 今世紀に入って、何度か局地的な豪雨という経験をしていますが、これもその一つだったのでしょう。
 あと、そのように気候が変化しているのだから、記事を書く人も時代にあわせ、「千代田区」でとどめず、町の名前まで書くべきなのでは、とも思いました。

2010年04月27日

あっという間になまる

 2月まで休みの日は欠かさずにwiiフィットをやっていました。しかし、春になってからサボり気味になり、最長で「28日ぶり」という事もありました。
 さすがにこのままではまた運動不足に戻ってしまう、と思って先週末は久々にやったのですが、翌日、かなりの筋肉痛になりました。
 といっても久々だからとハッスルしたわけではありません。以前の休日はだいたい1時間くらいやっていましたが、久々ということで、その半分の30分もやりませんでした。
 ほんの2ヶ月ちょっと前までは1時間やっても翌日に影響がなかったわけです。それを考えると、短期間でかなりの衰えた事が分かります。
 いくら地道に積み上げても、ちょっとサボればあっという間に元の木阿弥、という現実を痛感させられました。早くまた軽く1時間こなせるよう、少しずつでも取り戻していこうと思った次第です。

2010年04月26日

安全と衛生のため?

 津田沼南口にある某スーパーのトイレに行ったら、「安全と衛生確認のため、従業員も使用させていただいております」という張り紙がありました。最近では、たいていのスーパーに張っており、別に珍しくもありません。
 その表示を見ながら手を洗っていると、丁度、調理服を来た従業員の方が隣に来ました。ただ、その人が周囲の安全と衛生を確認しているようには見えませんでした。

 それどころか、えらく手短に手を洗い、すぐ脇に温風乾燥機があるにも関わらず、それを使わずに出ていきました。
 昨年の新型インフルエンザ騒動以降、手洗いについての掲示をよく見るようになりました。そこには最後の部分で、「温風乾燥機を使うか使い捨て紙タオルで手を拭く」と書かれています。
 ハンカチやタオルだと、そこから逆に菌が付着するから、という事なのでしょう。それに比べれば「衛生的」なのかもしれませんが、濡れた手のまま、というのもよろしいとは思えません。だいたい、目の前に乾燥機があるのです。
 もしかして、あの掲示は「従業員の安全と衛生をお客様に確認していただくため使用させていただいております」の誤記なのだろうかなどと思ってしまいました。
 皮肉はともかく、ここはトイレが少ないうえに狭いです。しかもこの現状ですから、「安全と衛生」は建前で、「従業員用トイレが少ない(もしくはない)から」というのは明白です。
 人の口に入るものを売っているのだから、もう少し「安全と衛生」を考えてほしいものだ、と思いました。

2010年04月24日

密度の濃い通り

 久々に秋葉原に行きました。中央通りを駅に向かって歩いていたら、まず「ベルサーチ秋葉原」の人だかりが目に入りました。ガンダムのイベントをやっており、中心部には巨大がガンダムの頭部が展示され、連邦軍のコスプレをしたコンパニオン(?)が何人かいました。
 そこから交差点を渡って駅に向かうと、道にまたもや人だかりがありました。見てみると、「ロケテスト中」と書かれた画面で、○や△が飛び交う中、初音ミクが歌って踊っていました。初音ミクとパラッパラッパーを組み合わせたようなゲームなのでしょうか。

 さらに歩くと、ゲーセンやメロンブックスが入っているビルの前で、黄色い旗に先導された外国人観光客の集団がいました。もはや珍しくもない風景ですが、なんでこの建物の前で、と少々気になりました。
 さすがに集団でゲームをやったり同人誌を買ったりするのではないとは思いますが・・・。観光客自体は、特に変わったところのない初老の男女だっただけに、余計気になりました。
 ほんの百メートル弱を歩くだけで、他では見ることができない物を色々と見れるわけです。毎度の事ながら、この地域の凄さに驚かされました。

2010年04月22日

自動生成広告

 ニュースで、「この石を入れると、家庭の風呂がラジウム温泉と同じ効力になる」という商品はインチキだ、という記事がありました。
 そして、その記事の上下には自動生成された「お風呂に入れるラジウム石」みたいな広告が載っていました。
 表示される単語を元に広告を掲載するわけですが、それを肯定しているのか否定しているのかまでは、システムで判断ができません。そのため、このような現象が発生するわけです。
 インチキ業者としては、高い掲載費を払ったにも関わらず、全く効果のない場所に広告が掲載されてしまうわけです。自業自得ではありますが、広告システムとしては問題でしょう。

 また先日、知人の死を悼むブログに、自動生成で「弔電はNTT東日本で」みたいな自動生成広告が載っていた事もありました。これまた読む人にとって、あまりいい気持ちがするものではないでしょう。
 他にも、このような「見当はずれ広告」は様々なところで見られます。そのような品質であり、かつ最初に買いたようなインチキ業者の宣伝もするわけです。そう考えると、あまり良質な媒体とは言えないのでは、と思います。
 現在でもネット広告は伸び続けていると言われています。ただ、このような品質のものが有名サイトに載っている状況を見ると、本当にこのまま伸び続けられるのだろうか、と思いました。

2010年04月16日

優先座席今昔

 朝は、座って寝るために途中で始発電車に乗り換えます。時間帯によっては、乗った直後は空席が残っていることもあります。そういう時は、「どちらの席のほうが寝心地がいいか」などと考えて席を決めたりすることもあります。
 今朝もそんな感じで、かなり寝やすい席を確保できました。そして、車内をちょっと見ていたら、一度座った席から立ち上がった若い人がいました。

 「おそらくは、自分同様、より寝心地のいい席を求めているのだな」と、一瞬は共感みたいなものをおぼえました。ところが、直後に彼が座った席を見て驚きました。何と、元々普通席に座っていたにも関わらず、優先座席に移動したのです。
 40過ぎた今でも、よほど疲れていたり、体調が悪い時でなければ、優先座席を使うことはありません。それだけに、30代もしくは20代に見えるその人が、わざわざ優先座席に移動したことには驚きました。
 確かに、現時点では席を選べるほどの混雑率です。しかし、都内に向かうにつれ、満員になっていくのは明らかです。そうなって目の前に高齢者が立っても、そこに座り続けるつもりなのでしょうか。
 最近は平然と優先座席に若い人がいるのを見るのは珍しくありません。とはいえ、わざわざ移動して来た人を見たのは初めてでした。
 優先座席に対する考え方が大きく変わっているのでしょうか、珍しく「ジェネレーションギャップ」を感じてしまいました。

2010年04月14日

嫌がらせとしか思えない解除手続き

 しばらく前に、大手パソコンメーカーのD社から売り込みの電話が来ました。会社でパソコンを購入する予定は当分ないのですが、そのメーカーのPCを自宅で使っている事もあり、適当に会話して切りました。すると、それ以来、そこから宣伝FAXだの郵便が送り付けられるようになりました。
 既に別の名義でFAXも郵便も届いています。一通くらいでしたら、情報収集にもなると思ったのですが、二通も来ると、さすがに鬱陶しくなります。そこで、解除手続きを取ることにしました。

 ダイレクトメールに記載されているURLを打ち込むと、「解除画面」が出てきます。そこで、「お客様コード」を打ち込めと書いてあるのですが、合わせて10文字以上の英数字を入力する必要がありました。
 しかも、その「お客様コード」の表示が紛らわしく、確認するのに少々時間がかかりました。
 さらに、会社名と担当者の姓名およびふりがなを打ち込め、という表示がありました。10桁以上の「お客様コード」をだけではなぜダメなのでしょうか。しかも、ダイレクトメールの宛先が「ご担当者様」となっていたので、そのまま「姓」の欄に打ち込んだところ、「名が空白です」などというエラーメッセージが出てきました。
 そちらで勝手に名前を設定して置いて、空白も何もあったものではありません。というわけで「姓」は「ご担当」、「名」は「者」とわざわざ分けて打ち込みました。
 ここまで来ると、解除手続きを複雑にして、途中で諦めさせるためにやっているとしか思えません。
 売上を伸ばしたいのでしょうが、根本的に間違っているのでは、と思いました。だいたい、仮に解除を諦めたところで、送り続けられる葉書やFAXはゴミ箱に直行するだけの話です。つまり、それだけ紙の無駄になるわけです。
 このメーカーのサイトを見たら、「グリーンIT」の宣伝をしていました。この状態を見ると、そんな事宣伝する暇があるなら、もう少し紙を無駄にしない営業手法を構築すべきなのでは、と強く思いました。
 合わせて、次の自宅PC買い替えの際は、このメーカーは候補から外そうと心に決めました。

2010年04月13日

鼻水エチケット

 取引先との打ち合わせがありました。色々な話がでる中、うち一人はほとんど話さず、ひたすらちり紙などで鼻を抑えています。風邪か花粉症なのでしょう。
 同じ経験は自分もした事があります。一気に鼻をかめば解決するわけですが、会社同士の打ち合わせの最中ですと、なかなかそれを行うことができない、というのが「空気」としてあります。
 しかし、その結果として、その人の打ち合わせ時間は、「鼻水抑え」に費やされてしまうわけです。これは、本人にとっても会社にとっても、損する話と言えるでしょう。

 これだけ花粉症が広まっているのですから、そろそろ「人前で音を立てて鼻をかむのはよろしくない」という考えは、見直しの時期にきているのではないでしょうか。
 昨年の新型インフルエンザ騒ぎ以降、様々な所で「咳エチケット」を励行するように、という掲示が見られました。書かれている内容は今更な事ばかりですが、とりあえず、この掲示のおかげで「咳エチケット」という概念が広がったとは思われます。
 ならば同時に、「打ち合わせ中だろうと、鼻水がたまったら、音を立ててかんでもかまわない」というような「鼻水エチケット」が普及してもいいのでは、と思いました。

2010年04月12日

落ちた顔

 とある所を歩いていたら、自民党演説会のポスターが掲示されていました。弁士が二人おり、一人は現職衆院議員で、もう一人は前衆議院議員となっており、それぞれ顔写真が掲載されています。
 現職議員の名前は見たものの、すぐに忘れました。しかし、前議員の名前は、心に刻み込まれました。なにしろ、そこには「おちたかお」と書いてあったからです。

 前職の議員という事は、この前の選挙で落ちたわけです。つまり、このポスターは、候補者の名前である「おちたかお=越智隆雄」はこの人だ、と伝えるのと同時に、「おちたかお=落ちた顔=落選した人の顔」はこんなものだ、と晒しているわけです。
 いわゆるダブルミーニングというやつでしょうか。とりあえず、「顔と名前を覚えさせる」という目的を、ここまで効果的に表現しているポスターは他にはないのでは、と思いました。
 ただ、ネタとしては面白いですが、やはり自虐ネタを街中に晒すのはいかがなものかと思いました。彼を支持する気は毛頭ありませんが、姓名の少なくとも片方を漢字表記にすべきなのでは、と思いました。また、いっそのこと、名前そのものを改めて「おちないかお」などとするのも検討すべきなのでは、とも思いました。

2010年04月11日

ボート漕ぎ

 先週の気温が低かったせいか、桜が残っていました。そこで、二週連続で千葉公園で花見をしました。
 今回は、暖かかった事もあり、ボートで池からの花見をしました。前回、いつボートを漕いだか憶えていないほど久しぶりでしたが、最初は戸惑ったものの、比較的短時間で思い出しました。
 自分の場合、右手と左手で力が違うらしく、普通に漕いでいると、ついつい左に曲がってしまいます。前回もそうだった記憶が何となくあるのですが、そのあたりも変わっていませんでした。

 というわけで、水の上からの花見および、泳ぐ水鳥および鯉、さらには甲羅干しする亀なども楽しみました。桜を間近で見るのは、地上で見ても池の上から見ても基本的には同じです。しかし、水面ギリギリまで枝垂れている桜を間近で見るのは、池の上ならではの趣がありました。
 あと、水面ギリギリまで伸びるものの水にはつかない、というのが、植物の本能ゆえなのか、公園の管理者が剪定したためか、というのも気になりました。
 慣れない事をしたのか、オールと擦れて手が少々痛くはなりましたが、なかなか楽しい経験でした。来年の桜シーズンには、今度は市ヶ谷と飯田橋の間の濠でのボート漕ぎをやろうか、などとも思いました。

2010年04月10日

コマ回し

 妹の家に遊びに行きました。すると、小学三年の甥にベイブレードをやろう、と言われました。話は聞いていたのですが、実物を見るのは初めてです。
 どのような仕組みか分かりませんが、コマ回し機に出ている突起をコマの穴にはめ、コマ回し機の糸を引くとコマが回る、という仕組みになっています。そして、糸の引く力がコマの勢いに影響するなど、本来のコマ回しの設定を踏襲していました。

 そういえば、自分が小学三年くらいの頃にコマ回しが流行った事がありました。当時はもちろん発射機などはなく、コマに糸を巻きつけて回すものでした。時勢を反映して、スーパーカー柄のコマなどがあったと記憶しています。
 しかし、不器用な自分がやると、何度やってもコマが回りません。たまに成功(?)しても、フラフラと回ってすぐに倒れました。当然ながら、コマ回し遊びに加わることなどできませんでした。
 というわけで、40歳にして初めてコマ回し遊びをやることになりました。甥相手に勝ったり負けたりするのは、なかなか楽しいものでした。
 というわけで、このコマ回し機を発明した人は凄いと思いました。さすがは、あれだけのブームを小学生の間に巻き起こしただけの事はある、と感心させられた次第です。

2010年04月09日

究極の温暖化対策?

 「発電時に限定すれば、排出する二酸化炭素の量が火力発電よりは少ない」というだけの理由で、原子力発電所が「地球温暖化防止に効果がある」という宣伝がされています。
 その宣伝の中で、過去に起きた事および、現在も起きている様々な問題はほとんど報じられません。それらをちょっとでも知れば、「地球環境のために原子力発電所」などというのは、たちの悪いブラックジョークでしかない、という事が分かるのですが・・・。

 もっとも、人口密集地帯も含めた世界各地に原子力発電所を作り、それらでチェルノブイリのような事故が頻発れば、「温暖化対策」になるかとは思います。
 それだけの事故が起き続けて人類が滅びれば、化石燃料の使用を始め、地球温暖化の原因となっている人類の所作もなくなるわけです。必然的に温暖化も止まるわけです。
 少なくとも、「発電時に限定した二酸化炭素排出量」よりはよほどリアリティがある「原子力発電所による温暖化対策」と言えるのでは、と思いました。

2010年04月08日

正直な広告

 電車でサラ金の広告を見ました。他社の広告は「とにかくソフトな印象を持たせたい」というのが主流ですが、その会社はかなり直接的でした。
 広告の中心にはカレンダーが描いてあり、毎週が、異なる会社の返済日となっています。要は、このカレンダーの持ち主は多重債務者なわけです。
 そして、月初に「融資申し込み」と書いてあり、月末に「融資予定日」と書いてあります。つまり、このままでは、この多重債務者氏は返済日に返す金がありません。

 そして、カレンダーの脇に「不動産担保で3日のスピード融資」と書いてあります。要は、当社から借りれば、他社への返済する金を捻出できる、という宣伝なわけです。
 しかし、これは何の解決にもなっていません。これまでの借金を返すためにさらなる借金を重ね、さらに土地まで担保に取られるわけです。「翌月のカレンダー」の書き込みはより悲惨な事になっているでしょう。
 要は、堂々と「多重債務者を食い物にする」とうたっているわけです。正直であるとは思いましたが、少し露骨すぎるのでは、とも思いました。

風邪抜きと生活パターン

 日曜に寒いところでしばらく過ごしたら、その晩からくしゃみを連発、翌朝には完全に風邪となっていました。
 一度風邪をひくと長引くタイプなのでどうなるのだろうかと思っていたのですが、その月曜の夜、帰宅してすぐに風呂に入り、食後に布団に潜ったら、火曜にはほとんど症状が軽減し、今日には完全に抜けました。
 今月から色々と生活パターンを変え、その中の一つに「帰ってすぐに風呂」というのを設定しました。結果論かもしれませんが、それが早速功を奏したようです。

 生活パターンを変える、というのはいろいろ不安もあるのですが、すぐに結果が出た、というのは嬉しいことでした。
 今年に入ってから色々と停滞感を感じ、閉塞感みたいなものを感じていました。その打開策の一つが生活パターン変更でした。
 今回の成功を踏まえ、さらに色々と変えていき、今年をいい転機にしたいものだと思っています。

2010年04月06日

歯石取り

 口内炎が治ったので、続いて歯石除去を行いました。
 以前から、たまに歯の付け根に固いものが発生することがあり、それが歯石だと思っていました。しかし、いざ除去してもらうと驚きました。
 もちろん、付け根の固いものは取れました。しかしそれ以上に、歯の他の部分も減りました。舌で歯を触ると、感触がかなり違います。
 どうやらこれまで自分が歯だと認識していたもののうち、少なからぬ部分は実は歯石だったようです。
 なんか、きれいだと思っていた部屋が実は埃だらけだった、というような気分になりました。これを機に、歯磨きのやりかたや回数を見直していこうと思った次第です。

2010年04月04日

残り約1万5千日

 昨日、とある漫画を読んでいたら、「人生は3万日しかないのだから、楽しくしなきゃ勿体無いよ」と10代の女の子が言う場面がありました。若いのに達観しすぎているという気がしなくもありませんが、その言っている事は真当であり、かつその視点に驚かされました。
 ちなみに、この「3万日」は人生82年を前提としての数字です。したがって、既に40年生きている自分に当てはめると、残りは約1万5千日という計算結果になりました。

 この「1万5千」という数値が多いのか少ないのかは何とも言えません。しかし、自分がこれまでに約1万5千日を過ごしており、残りも同じくらいしかない、という事だけは確かです。
 そう意識し、その1万5千日を大切にしよう、と思ったのですが、その翌日である今日、非常に時間を無駄にして過ごしてしまいました。我ながら、意志の弱さに呆れた次第です。
 貴重な「残り1万5千分の1」を無駄にした、という事を強く意識しようと思いました。

2010年04月01日

夢遊病?

 朝、本来起きるべき時刻より少々遅れて目が覚めました。枕元の目覚ましを見ると、止めた形跡があります。
 一方、もう一つの目覚ましとして使っている携帯は枕元に見当たりません。念のため、寝るとき以外に置いている場所も探しましたが、やはりありませんでした。
 不思議に思って鳴らしたところ、何とトイレの中から音が鳴りました。しかしながら、昨晩、トイレに携帯を持ち込んだ記憶などは全くありません。さらに言うと、普段からそのような事はしません。

 なぜ自分が携帯をトイレに持ち込み、しかもそのまま置いて出ていったのか、まったくもって謎です。夢遊病でも発症したのでしょうか。
 それとつながっているのか、仕事でも二度ほど「記憶が飛ぶ」ような事が発生しました。
 まあ確かに、ここのところ、体調不良をはじめ、色々と疲れる事がありました。そのため、このような事になってしまったのかもしれません。
 何とかあと二日頑張って、週末をうまく過ごして回復したいものだと思っています。

2010年03月30日

あまりにも無理がありすぎるスパム

 ちょっと前ですが、「主婦の私がネットで情報を得て、万馬券を当てて大儲け」というスパムが多数来ました。どこから読んでも、絶対に嘘八百だという、ある意味「完璧なスパム」です。
 なにしろ、仮にそこに書かれている「万馬券情報」が本当だった場合、その情報をメールで不特定多数にばらまいてしまえば、みんな買ってしまうので、「万馬券」ではなくなってしまいます。
 つまり、このメールを元に万馬券を当てるが不可能なことは、競馬のことが分からない私でもすぐに分かります。

 いくら、スパムメールをまくのが簡単にできるとはいえ、さすがにこれでは誰もひっかからないのでは、と思いました。
 もっとも、世の中には色々な嘘が流れ、それを真に受ける人も少なくありません。相変わらず、未公開株投資詐欺など、「必ず儲かる」という嘘を信じて大損する人が世の中には多々います。
 まあ、そんな世の中が続く限り、このような荒唐無稽な内容のスパムメールが尽きることがないのだろうな、と思いました。

2010年03月29日

30数年ぶりの歯医者

 先週からの口内不調は一向に改善を見せません。それどころか、舌の裏側まで痛くなってきました。
 ここまでひどいのは初めてなので、ついに歯医者へ行くことを決意しました。最後に行った記憶は小学校に入る前だったので、30数年ぶり、という事になりました。
 とりあえず、舌の裏側の痛みは口内炎という事で一安心はしました。ただ、歯石など、他にも問題点が多々ある事もあり、通院することになりました。
 まあ、確かに歯や歯茎の管理をきちんとせねばならない年齢になっているのは確かです。歯医者通いは時間的にも費用的にも厳しいものがありますが、これを機に、口内の管理を見直せれば、と思っています。

2010年03月27日

口内ガタガタ

 ここ数日、口内が悲惨な状況になっています。舌炎と口内炎が同時発生し、さらに歯石まで出てきました。口内炎は比較的早く治ったものの、舌炎は治る気配すらありません。
 というわけで、口の中がガタガタといった感じです。何しろ、チーズを食べても痛みが走るほどです。
 急にこうなったところをみると、やはり、週の頭の沖縄が響いているのでしょうか。なにせ、前日まで春で、沖縄に行ったら夏で、戻ってきたら冬だったわけです。調子を崩すのも無理はありません。ちなみに、額は沖縄で日焼けしてしまっています。
 帰った当日は問題なく、「三度目の正直」かと思っていたのですが、どうやら、「二度あることは三度ある」だったようです。やはり、自分にとって沖縄は鬼門だな、と思いました。

2010年03月26日

「誤解を与えた」という詫びかた

 問題発言や問題行動を起こした人が、よく「謝罪会見」で「誤解を与えた事をお詫びします」と言います。一見、自らの言動を反省しているように聞こえます。
 しかしながら、この発言をよく考えて解釈すると、、実は「自分の言ったこと(もしくはやったこと)は正しいが、それが元で、少なからぬ人が、自分が過ちを犯したと誤解した。結果的にそのように解釈された言動を行った事は詫びます」となります。

 つまり、詫びると言いながら、「俺は正しい。なのに誤解されたおかげでいい迷惑だ」と言っているのです。もし本当に正しい事を言うなりするなりしているのなら、それを証明すればいいわけです。「謝罪会見」など開く必要はないでしょう。それができないから「お詫び」をせざるを得なくなっているわけです。
 にもかかわらず、紛らわしい表現で自分が正しいと主張しようとしているのですから姑息です。
 ならば報じる方も、論理的に分析して、「謝罪になっていない」と突っ込めばいいと思います。しかしながら、なぜか、この会見をやると「謝罪して一件落着」みたいな感じで報じられます。
 まあ、「詫びる」ほうも、報じる方も同じレベルだから、このような会見が成立するのでしょう。とりあえず、聞くがわとしては、こんな「お詫び」を聞いた場合、「お詫びとか言いながら、開き直っているだけだよな」と「理解」してあげる必要があると思われます。

2010年03月25日

ジャスコで沖縄土産

 今日の仕事は順調に終わりました。帰りの飛行機は、予想外の事が発生するのに備えて遅めに取っていたため、数時間ほど余裕が生じてしまいました。
 そこで、現地で働いている人に、どこか時間つぶしに行くような所を尋ねてみました。ところが、意外に「ここなら」というところがありません。そういう事もあるのか、その中の一人が「ジャスコ」と言いました。
 一瞬、何の冗談かと思いました。しかし、冷静に考えてみると、全国チェーンとは言え、沖縄のスーパーですから、地元ならではの物を売っているはずだ、という事に気づきました。という事もあり、勧めにしたがって行ってみました。

 見た目はもちろん普通のジャスコです。しかしながら、やはりところどころに沖縄ならではの物が売られていました。そこで、朔日も食べて興味を持っていた、島豆腐とピーナッツ豆腐を買うことができました。
 他にも、ミミガーや海ぶどうなどのようなポピュラーなものから、「豚の顔面」などという珍しいものまであり、ジャスコを歩きながら名物めぐりをすることができました。
 また、他にも同じ用件で来る観光客がよく来るのか、土産物コーナーまでありましたので、空港の土産物屋に行く手間まで省けました。
 その後、ゆいレールに乗って奥武山公園に行きました。川沿いにある公園で、沖縄ならではの植物を色々と見ることができました。
 さらに、川越しに走る、ゆいレールを撮ってみました。二両編成のモノレール、というのは千葉と同じですが、見た目はよりコンパクトに感じました。一両あたりの長さが違うのでしょうか。
(クリックすると同じ窓で大きな画像が開きます)
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 で、那覇は晴れていて気温は25度を超えていたので、袖をまくって歩いていても汗ばむほどでした。しかし、飛行機で関東に戻ると、雨で気温は4度とのこと。2時間ちょっとで、夏から冬に季節が変わった感じでした。
 これまでの沖縄行では、体調を崩したり、トラブルで空港で3時間待たされるなど、何らかの災難にあっていました。それに比べると、今回は無難に過ごすことができました。
 いわゆる「三度目の正直」というやつでしょうか。とりあえず無事に帰れて一安心です。

2010年03月24日

三度目の沖縄

 出張で、約1年半ぶりとなる沖縄に来ています。朝は、周りの人がコートを着ている中で空港に向かったのですが、昼前に那覇に着いたら、周りの人はほとんどが半袖でした。頭では分かっていた事ではありますが、実際に目にすると、やはり驚きました。
 もっとも、ほとんどが室内もしくは自動車内で過ごしたので、実際に暑さを感じる機会はあまりありませんでしたが・・・。
 最初は那覇で仕事し、その後、高速道路で名護に移動しました。途中、看板で「米軍演習中、実弾に注意」という看板を見た時は、毎度の事ながら、沖縄の特殊性というものを感じました。それにしても、高速道路を運転するのも命がけとは、驚くよりありません。

 仕事を終わってからは飲み会に。過去の失敗体験から、泡盛は飲まずに、オリオンビールの生を飲んだ後は、ひたすら焼酎という、ビールの銘柄以外は日常の飲み会と同じオーダーにしました。
 ただ、つまみのほうは、沖縄名物を堪能しました。海ぶどうはあっさりして美味でした。ほかに、本州では食べれない「もずくの天ぷら」も美味でした。やはり、本場ではもずくの太さが違うから天ぷらにできるのでしょうか。
 また、「豆腐よう」に初挑戦しましたが、これはあまりのきつさに、半分も食べることができませんでした。
 過去数回経験した泡盛による悪酔いと、一時期つきあいで何度か行かされた沖縄料理屋がまずかったため、沖縄の食べ物には苦手意識を持っていました。それをかなり払拭することができた飲み会となりました。
 特に、海ぶどうともずくの天ぷらはまた食べたいものだと思いました。

2010年03月20日

久々の渋谷

 仕事で午後に横浜へ行くことになりました。渋谷で東横線に乗り換えたのですが、ちょうど渋谷に着いたのが12時頃という事もあり、久々にムルギーでカレーを食べることにしました。
 久々に行った渋谷百軒店ですが、普通の飲食店と風俗店が混在する、独特の雰囲気は相変わらずでした。そして、肝心のムルギーですが、辛さの調整が細かくできるなど、微妙な変化がありました。ただ、定番の「玉子入りムルギー」はこれまた相変わらずでした。

 前に来た時から何年たったか覚えていません。その間、自分も渋谷も色々と変化がありました。ただ、この玉子入りムルギーを食べていると、世の中では色々と移り変わるけど、変わらないものは変わらないのだな、などと思いました。  カレーを食べ終え、東横線に乗ろうとしたのですが、前回来た時同様、土地勘が喪失していました。
 ハチ公向かいのスクランブル交差点についたのですが、ここからどうやって行くのが最善か忘れていたのです。階段を登って井の頭線の所から入ったのですが、これが失敗。山手線を上からわたるため、無意味に階段を昇り降りする羽目になりました。普通に下を歩いて行くべきでした。
 駅の基本的な構造を忘れてしまったようです。かつて大学1~2年の時は通学で使っていたのですが・・・。まあ、これも時の流れゆえのものだ、と思うことにしました。

2010年03月09日

雪列車気分

 久々に新宿からホームライナーに乗りました。降り始めた雪のおかげで、特急車両に座って見る発車前の車窓からは、白くなった線路が見えました。
 夜の駅と白くなった線路を見ていると、若い頃何度か乗った冬の夜行列車の車窓を思い出しました。その光景をみるたびに、北国へ来たことの実感と、翌朝に見るであろう、より深い雪を想像し、心を踊らせたものでした。ちなみに、冬の夜行列車に最後に乗ってから、15年ほどの時が経過しています。
 その事を思い出し、来年の冬はに夜行列車で北国に行こうか、などと思いました。

2010年03月08日

「一ツ橋」にはない「一橋」

 浅草橋駅で乗り換えをしたら、ふと案内板に「一橋高校」という文字が目に入りました。この高校自体は、学区域が同じこともあり、中学時代から名前は知っていました。しかし、同じ千代田区とはいえ、一ツ橋から電車で5駅分も離れている浅草橋にあるとは知らず、驚きました。
 さらにそれから数日後、駅の看板で、予備校の「一橋学院」の看板を見ました。先日の事もあり、どこにあるか気になって交通案内を見たら、最寄り駅は一ツ橋からこれまた5駅離れた高田馬場となっていました。

 いずれも、一ツ橋とはかなり離れているのに、その地名を名乗っているのです。そこで、「元祖」の一橋大学の事が気になりました。こちらについては、現在は国立にあるものの、かつては一ツ橋に校舎があったと思っていました。
 ところが、調べてみたところ、確かに前身の「東京商科大学」は一ツ橋にありましたが、その名前のまま、20世紀初頭に現在地へ移転していました。
 そして、移転してから22年後に、学生の投票によって、今の名前になったとの事でした。つまり、こちらも高校や学院と同じで、一橋大学が一橋に存在したことはなかったわけです。
 なぜ当時の学生が、自分の生まれた頃にあった「一橋」の名にこだわったのか不思議です。OBの強い影響でもあったのでしょうか。
 というわけで、大学・高校・予備校とも、離れた地にいながら「一橋」を名乗っているわけです。他に有名な教育施設があるわけでもないのに、なぜそこまでこの地名にこだわるのか、と不思議に思いました。
 なお、一橋中学に関しては、この名前にしては珍しく(?)、ちゃんと、千代田区一ツ橋に校舎があるようです。

2010年03月07日

花粉症対策

 昨年から花粉症を発症しています。ちり紙の世話になるほどでもなく、日常生活にも支障はないのですが、目のかゆみと鼻水に起因すると思われるくしゃみ連発には悩まされています。特に自分の場合、くしゃみの音が非常に大きく、周囲を驚かせるため、より気になります。
 昨年もある程度の対策は行いましたが、ほとんど効果がありませんでした。そこで、今回は昨年秋に風邪をひいたときにかかった病院に行きました。前回行ったとき、待合室に花粉症対策の冊子が置いてあったので、今度発症したらここに行こうと決めていました。

 問診の結果、飲み薬と目薬をもらいました。飲み薬は眠気を誘発するとのことで、一日一回寝る前に、とのことでした。
 雨模様であまり花粉が飛ばなかったため、効果がどのくらいあったかは分かりません。とりあえず、目薬をさすと目のかゆみがおさまるので、助かっています。
 また、寝る前に薬を飲むため、ある程度寝酒を制限する必要があると思われます。最近、家でも飲みすぎ気味なので、これを気に節酒をしようかと思っています。

2010年03月06日

美味い鶏と、まずい遅れ

 今日は田町で家族と食事でした。宮崎の鶏を出す店で、メニューを見ると水炊きがありました。大好物なので、早速注文したところ、出てきた鍋には白いゼリー状のものが入っていました。店員さんによると、鶏のコラーゲンとのこと。火をつけると、それが溶けてスープになりました。
 元が元だけに味は濃厚でした。鶏肉はもちろんですが、その汁の味が染みたキャベツも絶品でした。あまりの美味しさに、わざわざキャベツだけおかわりして、残ったコラーゲンスープに入れて食べたほどでした。

 他にも焼いた鶏・唐揚げも美味しく、鶏肉好きである自分としては大満足となる店でした。また、機会があったら行きたいものです。
 というわけで、いい気分になって田町駅に行きました。ヤフーの路線情報で検索したところ、品川まで出て総武快速に乗るのが最速とのこと。この経路ですと駅で歩く距離も短い上に確実に座れる事もあり、それを使うことにしました。
 ところが、品川で乗り換え用とすると、遅れ40分で総武快速との直通も中止とのこと。しかしながら、駅員さんに尋ねると、もう次の列車は隣の駅を出ているとのことでした。
 ならば東京地下駅で乗り換えても、これが一番早いだろうと思って乗ったのですが、これが大失敗。新橋駅の手前で急に「前の列車が詰まっているので、しばらく停車します」と放送があり、動かなくなってしまいました。
 せめて駅で止まってくれたら他の経路を選べるのですが、これではどうしようもありません。結局、東京駅で総武快速に乗った時は、田町駅に入ってから1時間近く経っていました。
 駅員さんにおいては、隣の駅を出たことを教えてくれるより、品川-東京間で電車が詰まっている事を教えてほしかったものだ、と強く思いました。
 あと、ヤフーですが、路線を登録しておくと、その路線に遅延が発生するとメールが届くサービスがあります。ならば、それを路線情報検索にも反映させてほしいものだ、と思いました。まあ、異なるシステムで動いていると思われるので、難しいとは思いますが・・・。
 結論とすれば、「大幅な遅れが発生した場合、異なる路線を使う」という基本通りに動くべきだったわけです。駅員の話や、ネットの情報よりも、そちらを優先すべきだったと痛感させられました。

2010年03月05日

長かった一週間

 28日の日曜が仕事だったので、先週は金・土と休み、今日まで仕事と、「一日ずれた週休二日」でした。
 単に一日ずれただけなはずでしたが、なぜかいろいろと絶不調に。昨日などは、5分で済むはずの仕事を、初歩的ミスで2時間かけてしまったほどでした。
 元々疲れが溜まっていた、というのもあるのでしょう。それに、微妙なずれがリズムを崩し、思わぬことになってしまったようです。
 そんな時に限って、いきなり急ぎの面倒な仕事を頼まれてしまったりします。そういう事もあり、やけに長く感じさせられた一週間でした。
 というわけで、「金・土」を連休にするスケジュール、というのは二度とやるまい、と強く思いました。
 とりあえず、明日から二日間、いろいろとリフレッシュして、なんとか調子を戻して来週を迎えたいものです。

2010年03月03日

侍の心

 たまに、「日本人は侍の心を思い出せ」みたいな文章がマスメディアなんかで見受けられます。しかしながら、「侍」が人口に占めた比率はかなり低いはずです。ちなみに、自分の先祖は八王子で和菓子屋をしていたそうですから、「侍の心」など、自分の血には流れていません。
 さらに、江戸時代の「侍」といえば、農民の収穫の四割以上を収奪しただの、武士より下の層に無礼を働かれたら斬殺する権利が保証されていただの、あまりいい印象がありません。

 そして、「侍の心を持て」という文章にも、自分の持つ「侍」への印象に通じるものを感じてしまいます。
 というわけで、血統的な事からも、その身分に対する印象からも、「侍の心」などを持ち合わせてもいなければ、持つ気もありません。
 先祖が持つ心を大切にする、という事自体はいいと思います。ただ、どうせ持つなら、そのような特権を振りかざしていた少数の層でなく、豊かな自然と共生して生活し、その自然を我々に引き継いでくれた多くの人々が持っていた「心」を受け継ぎたいものだな、と思いました。

2010年03月01日

ブランド?

 昨日、職場の模様替えがあって日曜出勤し、今日の午前はその片付けでした。自分の主な仕事は「パソコンがちゃんと使えるか」の確認です。したがって、「電源が確保され電気が通ること」「ネットにつながること」の二つが重要な問題となってきます。
 その工事ですが、電話と合わせて、とある大手電機メーカーの系列会社にお願いしています。まあ、複数の業者がそれぞれの配線をやると、責任の切り分けで問題が発生するおそれがありますから、一社に任せる事自体は普通でしょう。

 事前に担当の方との打ち合わせもありましたが、感じがよく、要望にも好意的に応じてくれました。
 ならば万全かと思われますが、私は一抹どころか、百抹くらいの不安を感じていました。なぜかというと、その会社の親会社である、茨城が起源の某大手電機メーカーおよびその系列会社には、ろくな思い出がないからです。
 そこのパソコンを買った時は、あっさり壊れたうえに故障対応も最悪でした。システム構築を頼んだら、工期が大幅に遅れたうえ、とんでもない物を作られたものでした。
 というわけで、名刺を貰った時から過去の事を思い出して不安になっていたのですが、予感は的中しました。図面を見間違えて機器のないところに電源を引っ張っていたり、元がつながってないLAN線を引っ張ったりしていました。電話のほうも、自分の電話がよその部署の設定になっており、交換せざるを得なくなりました。
 うちの会社とのつきあいも長いはずですし、他でも何白回もこの仕事をやっているわけです。なのになぜ、こんな初歩的な失敗をするのか、ある意味不思議です。
 かなり呆れましたが、過去の事を思い出して、これも「ブランド」なんだな、と諦めることにしました。そして、このグループの製品・サービスは買わないようにしようと、改めて心に誓いました。

2010年02月26日

仮想ウィンタースポーツ

 冬季五輪も終盤戦に入り、いろいろと盛り上がっているようです。自分はウィンタースポーツは、実際にやることも観戦もしません。そのため、五輪も相方がTVをつけているときは目に入りますが、自分の意志で見ることはありません。
 そういう自分ですが、ゲームでウィンタースポーツをやるのはかなり好きだったりします。かつて、「ファイナルファンタジー7」が出て、弟がやっているのを見たのですが、ゲーム本編には関心がなかったものの、その中にあるスノーボードのゲームには興味を持ち、それだけはやりこんだものでした。

 そして現在は、wiiフィットに収録されているスキージャンプとバランススキーにハマっています。
 おそらく自分は、寒い雪の中でスポーツをするのも、それを観るのも趣味ではないのですが、その中でスポーツをやったつもりになるのは好きなのでしょう。というわけで、今日もさんざっぱらジャンプと旗回りをやりこみました。
 ただ一つ、これをやりすぎた事による困った副作用(?)があります。このスキージャンプゲームは、ちょっとうまくいくと、すぐに170mくらいは出ます。そのため、たまたま目に入ったオリンピックで130mとかいう記録を見たときは、国を代表する一流選手が出した記録であるにも関わらず、ゲームで失敗した時の数字を思い出してしまいました。

2010年02月23日

某宗教系政治団体ネタ二題

 道を歩いていたら、異様なアパートを見かけました。別に、建物自体は、何の変哲もありません。ただ、その外壁には、前回の衆院選で「デビュー」を果たした、某宗教系政治団体のポスターがベタベタ貼ってあったのです。
 その貼り方の徹底ぶりはすごく、元々壁にあった「入居者募集!」と書かれた看板を覆うように貼られていました。アパートというものは、部屋に入居してもらって収益を得るわけですが、もはやこのオーナー氏にとっては、そんな事よりも、この宗教系政治団体の布教を行う方が重要なのでしょう。

 まあ、ここまで徹底していれば、そこの信者以外の一般人がこのアパートに入居することはないでしょう。何も知らずに入居し、大家さんに毎晩勧誘されてはたまったものではありません。
 そう考えると、この「宗教系政治団体ポスター>>>入居者募集」という外壁のデザイン(?)は、入居を検討する人にとっても有意義なのか、などとも思いました。

 ところで、今日のアクセス解析を見ていたら、2月14日から続いていた、謎のアクセス増の理由がやっと分かりました。
 とある有名テキスト系サイトさんが、先述した宗教団体の信者漫画家である菊池としをさんを特集しています。その一環として、7年ほど前、当サイトに載せた、作品感想にリンクをしてくれていました。
 そのページに来た人が、ついでにトップページに寄ってくれたおかげで、アクセス数が増えた、というのが理由でした。
 ちなみに、そのサイトには、当時私が衝撃を受けた、「死んだはずの菊池としを」というあおりが書かれた少年マガジンの画像が掲載されていました。わざわざ国会図書館あたりから探してきたのでしょうか。その熱意には驚きました。
 同時に、21年ぶりにそのあおりを見たときは、またもや爆笑してしまいました。まさしく、「心に残る変なアオリ」だと改めて思った次第です。
 直接的にはそのテキスト系サイトさんのおかげなわけですが、元をたどれば、その宗教団体の「ご利益」とも言えます。
 というわけで、この宗教団体には、アパートのネタを与えて(?)くれたうえに、アクセス数まで増やしてもらった、とも言えます。もちろん、だからと言って、その団体に感謝をする気は毛頭起きませんでしたが・・・。

2010年02月22日

逆効果になる強調

 たまに街中で肝心部分が欠落した掲示を見ます。たとえば、「ここに自転車を駐車するのは  です」などといったものです。
 なんだと思って近づいてよく見ると、極めて薄い赤色で、空白部分に「厳禁」などと書かれていたります。
 おそらくは、インクジェットプリンタなどで作成し、重要部分を強調しようと赤で書いたところ、その部分が日焼けして消えてしまったのでしょう。ただ、この現象、プラスチックなどに印刷された掲示でも見られるので、インクジェットに限った事ではないのかもしれません。

 いずれにせよ、結果的には大変な逆効果となっているわけです。ただ不思議なのは、このような「日焼けによって重要部分が消失してしまった掲示」を見るのは、今に始まった事ではありません。
 にも関わらず、なぜ同様の掲示物が後を絶たないのか、少々不思議です。作成中の画面などを見て、その強調部分の鮮やかさに感心し、街中で見た事例を忘れてしまうのでしょうか。
 さらに言えば、仮に消えていなくても、重要部分が赤かろうが黒かろうが、意味さえわかればどちらでもいい話です。別に街中の掲示文を読んで、「この部分は赤で書かれているから、より注意しよう」などと思う人はさほどいないでしょう。
 とにかく、無駄な掲示を減らすためにも、「街中に出す掲示に色文字を使うのは逆効果」という事が、早く世間一般の常識となることを願っています。

2010年02月21日

松山最終日

 今日は午前中から昼にかけ、松山市内を散歩しました。松山の中心部には「大街道」「銀天街」というアーケード街があります。当然ながら、様々な店があるわけですが、今回は閉店したところがかなり目立ちました。
 特に、交差点に面しており立ち止まる人が多いはずのハーゲンダッツが閉店していたのには驚きました。また、相方が子供の頃は、ロバが荷車を引いてパンの移動販売をしていたという「ロバのパン屋」が閉店していたのを見たときは、相方から何度かその話を聞いていたため、自分に経験のない事ながら、もの寂しさを感じたりもしました。

 そんな中、地元名産である蜜柑を初めとする柑橘類をつかって、様々なジュースを売る店や、一部で企画されたポンジュースの出る蛇口を導入している店などもありました。
 様々な意味で、商店街にとっては厳しい状況が続きますが、なんとか頑張って商店街の活気を守って欲しいものだ、と思いました。
 その後、メロンブックスで「ローゼンメイデン」の新刊を買ったり、愛媛FCサポートショップでキーホルダーがわりのストラップを買うなどして、市内散歩を終えました。
 帰りの飛行機では、大阪行が大幅に遅れたり、自分が乗った飛行機も離陸時刻が変更になったりと、乗る前には色々と不安ががありました。
 しかし、離陸した後は順調で、定刻通りに羽田に着き、しかも極めて便利な場所に停ったため、着陸後10分後に出る津田沼行きバスに乗れました。
 こうして、四泊で約4,000キロ弱を移動した、出張+帰省を無事終えることができました。明日からはまた日常に戻って会社へ出勤。溜まっていると思われる仕事を思うと少々不安もありますが、何とかまた一週間を頑張っていきたいものです。

2010年02月20日

道後温泉と「とんかつパフェ」

 相方の実家に行っています。今日は恒例の道後温泉に行ったあと、近くにある「とんかつパフェ」を出す店に行きました。
 冗談みたいな商品ですが、ちょくちょく話題になっており、2年ほど前に「旅チャンネル」で取り上げられました。その後、東京進出も果たし、八王子で食べることもできるそうです。
 というわけで、日本で最も伝統のある温泉の一つに入った後、極めて革新的なデザートを食べる、という流れになりました。

 毎年変わらない道後温泉にのんびりつかった後に、そのとんかつ屋に行きました。14時をまわっていましたが、中はほぼ満席に近い状態でした。そして、どの客も携帯やデジカメで「とんかつパフェ」の写真を撮っていました。
 また、隣のテーブルに座った男性二人組は、さまざまなトンカツを四人前注文していました。見た目は別に太っているわけでもなく、かなり驚かされました。
 そして待つこと20分弱、カツサンドと「とんかつパフェ」が出てきました。最初にカツサンドを食べましたが、こちらは普通に美味しいカツだと思いました。
 で、「メインディッシュ」の「とんかつパフェ」ですが、わざわざ事前に店員さんによる説明とマニュアルの提示がありました。それを聞いてから食べたのですが、自分的には「やはりとんかつはアイスや生クリーム・果物と一緒に食べるものではない」というのが率直な感想でした。
 まあ、とんかつ自体は悪くありませんでした。ですので、また機会があれば、今度は普通のとんかつ定食を食べよう、と思っいます。

2010年02月19日

国内では人生最長となる移動

 早朝に熊本を出て鹿児島へ行きました。そこで仕事を終えて今回の出張は完了となりました。
 後は帰るだけなわけですが、実は以前からの予定で、今週末は松山にある相方の実家へ行くことになっていました。丁度午後に直行便があったので、それを利用しようとも考えました。しかしながら、割引の関係で、羽田行きより運賃が高くなります。
 差額を自腹で、というやりかたもあったかもしれませんが、面倒なので、羽田経由にすることにしました。そのため、鹿児島→羽田→松山という、距離にして約1,800キロ、直行便なら1時間半のところを4時間ちかくかけていく乗り継ぎになりました。

 かつてオーストラリアと香港に行った事があり、その時の移動距離には及びません。とはいえ、国内の移動では人生最長となりました。
 というわけで、今日は熊本で朝食を買い、昼食は鹿児島で、おやつを羽田で食べ、夕食は松山、というバラエティに富んだ食事になりました。
 あまり経験したくもありませんが、一日くらいはこんな日があってもいいか、とも思いました。

2010年02月18日

20年半ぶりの熊本

 今日は出張で熊本泊でした。熊本に行くのは、大学2年の夏休み以来なので、20年半ぶりとなります。
 駅前は、九州新幹線開業に向けての改築工事が行われていました。なんでも、市電の軌道も変更されるとのことです。もっとも、20年半前の駅前など何も憶えていないので、何がどう変わり、今後さらにどう変わるか、などは全然わかりませんでした。
 それはともかく、仕事を済ませたあと、せっかくなので名物である馬刺しを食べに行きました。実は、20年半前に行った時も、同じことをしています。そのとき行った記憶があるアーケード街にまた行き、当時と同じく馬刺しをつまみに熊本焼酎を飲みました。
 20年前との違いなどは分かるわけありません。ただ、何となかく当時と同じような時間を過ごせたようには感じました。
 次に熊本に行くのがいつになるか分かりません。もしかしたらまた20年半後になるかもしれません。いずれにせよ、その時もまた、美味しく焼酎を馬刺しを食べれたらな、などと思いました。

2010年02月17日

豚骨の香り

 出張で福岡に泊まりました。昔から、福岡に行くと博多ラーメンを食べることにしています。
 前回は屋台の呼び込みに考えなしで入って失敗したので、今回は店舗にしました。店員さんの接客にかなり難がありましたが、肝心のラーメンのほうはそこそこ満足のいくものでした。
 そして宿に帰る際に屋台が並んでいる川べりを通りました。その時、風向きの関係なのか、その方角から豚骨の濃い匂いがただよってきました。
 ただでさえくどい匂いの上に、その豚骨ラーメンを食べた直後です。したがって、一瞬、ムッという感じになりました。
 とはいえ、このような現象が発生するのは、この地域だけなわけです。そう考えれば、風向きのおかげで貴重な経験ができて得したのかも、とも思いました。

2010年02月16日

謎のアクセス増

 ここ数日、トップページのアクセスが普段の倍くらいあります。検索語句などを見てみると、双羽黒が圧倒的に多くなっています。おそらくは、元朝青龍関の引退からの派生情報で元双羽黒関こと北尾光司さんの存在を知り、そこから検索した結果来られたのだと思われます。
 ただ、これが引退事件直後なら分かるのですが、なぜ10日以上たった今頃にこうなったかは謎です。どこか知らないところで紹介でもされたのでしょうか。
 というわけで不思議には思っています。とはいえ、いずれにせよ、ここに来て、北尾さんの記事を読んでくれた人が、当時のマスコミが事実関係をろくに調べずに感情的な報道をしていた事を知っていただければ幸いだも思っています。
 さらに、ならば今の報道も本当に適正なものなのか、という私の考えまで理解してもらえれば、嬉しい限りです。

2010年02月14日

家でもやるな。

 一昨年から、東京メトロは月替わりで「○○でやろう。」というマナー向上ポスターを掲示しています。たとえば、車内で化粧している人を描いて「家でやろう。」と促したりしています。
 そして今月版は、優先席に座っていちゃついているカップルを描いての「家でやろう。」でした。確かに最近は、老人や体が不自由な人が立っていても、平然と優先席に座る若い人が目につきます。したがって、それを問題視すること自体は、適切だと思います。

 ただ、それに「家でやろう。」と促すのはどうかと思いました。これだと、仮に家で老人や体の不自由な人が困っていても、無視していちゃついてもいい、という事になってしまいます。
 もし、「車内でいちゃつくな」が主題ならば、確かに「家でやろう。」で問題ありません。しかし、優先席が主題である以上、この文句は不適切でしょう。電車の中だろうと家だろうと、気遣いはすべきです。
 このような広告が出た一因にはマンネリ化もあると思います。当初はかなり面白いと思いましたが、さすがに2年は続きすぎででしょう。東京メトロはぜひ新たなマナー向上ポスターのシリーズを作ってほしいものだと、強く思いました。

2010年02月13日

傘の知られざる役割

 今日は朝から雪といえば雪、雨といえば雨、というものがポツポツ舞っていました。微妙な天気だとは思いましたが、荷物を持って数カ所にでかける用事があったので、傘を持たずにでかけました。
 その天気が続く中、大手町や新横浜に行っていました。幸い、雪だか雨だかが強くなることはなく、その点では傘を持たない事は失敗とはなりませんでした。
 実際、道ですれ違う人を見ても、傘をさしている人と、そうでない人は半々くらいでした。

 ところが、別の問題が発生しました。少々雪だか雨だかが強くなると、眼鏡が曇りだすのです。おかげで何度か視界を奪われ、道端で眼鏡を拭く羽目になりました。
 おそらくは、眼鏡にあたった水滴が原因で発生するのでしょう。結果的に何も起きませんでしたが、車道を渡っている時に曇りだしたら、事故につながった可能性もあったわけです。
 これは全く予想外でした。そうなるとわかっていたら、少々荷物運びが面倒になっても傘を持つべきだったわけです。
 傘の効能に「濡れるのを防ぐ」だけでなく、「眼鏡の曇りを予防する」という事もあると初めて分かりました。今後は、それも考えて、傘を持つ、持たないを決めようと強く思った次第です。

2010年02月09日

こだわるが故の怒り

 誰にもあるとは思いますが、日ごろ生活するにあたって、こだわっている事があります。先日、そのこだわりに著しく反する事をされました。
 もちろん、相手には何ら悪気はありません。とはいえ、自分がこだわりに反する事をされると、腹が立ちます。いわゆる「逆鱗に触れる」というやつに近いかもしれません。
 ただ、一瞬怒ったものの、しばらくしたら、「なぜ、こだわる事に反すると怒るのか?」と自分にツッコミを入れました。

 こだわるくらいですから、それだけ思い入れがあるわけです。にも関わらず、悪意のない相手に、その思い入れゆえに怒る、というのは変な話です。それならば、最初から思い入れなど持たないほうがマシです。
 それに気づいたため、即座に怒りが収まりました。おかげで、無駄なエネルギーの浪費をおよび、「思い入れ」がマイナスに作用することを防ぐことができました。

2010年02月07日

擬人化バーガー?

 ネットで手作りハンバーガーを売る店が隣町の隣くらいの所にできた、という情報を読みました。子供の頃、近所に美味しい手作りバーガーを売る店があった事もあり、少なからぬ思い入れがあります。そこで、ネットで調べて、Google携帯地図を頼りに行ってみました。
 少々迷ってやっとたどりついたのですが、店は想像していたのと少々違っていました。扉になんか妙な形のキャラが描かれています。その顔は、浅草のアサヒビール本社ビルにあるオブジェを彷彿させるような形でした。

 店の中にも同じようなキャラがいます。一方で、目立つところにハンバーガーのメニューはありません。そこで店員さんに「ここってハンバーガー屋ですか?」と尋ねたほどでした。
 再度そのキャラを見たところ、顔の形状はハンバーガーを意識している事が分かりました。最近の「擬人化ブーム」に乗ったのでしょうか。ただ、改めてハンバーガーだと思ってみても、アサヒビール本社の印象は消えませんでした。
 そして、ハンバーガーが来ましたが、やはりトレイには、先程と似たキャラが描かれていました。そして、その上に乗ったハンバーガーを見たところ、なんと、上部のパンに目が描かれていました。
 あまりの徹底ぶりには感心しました。しかし、こちらは「擬人化」を見に来たわけではありません。ましてや、一部の絵は「アサヒビール本社のオブジェ風」です。おかげで、食べる前から、当初の期待はほとんどなくなっていました。
 その影響があったのか、肝心の味のほうも、あまりピンと来ませんでした。率直に言って、モスバーガーで同じ金額を使ったほうが味的に満足できる、と思ったほどでした。
 というわけで、結果的に最初で最後の訪問となってしまいました。味覚的にはすぐに忘れると思います。ただ、視覚的にはこの「擬人化バーガー」は、当分忘れないだろうな、と思いました。

2010年02月05日

現実離れした衝撃を受けた時の表情

 プロ野球の小瀬選手が、キャンプ休日の昼間に、ホテル高層階から転落死した、という事件がありました。状況から自殺説が流れています。しかしながら、2ヶ月前に結婚式を挙げたばかりで、このキャンプでも前日まで張り切って練習していたそうです。にも関わらず自殺する、というのも信じがたいものがあります。
 ところで、この件についての記者会見で、球団幹部が笑っていた、という情報がありました。mixiの日記などで叩かれているようです。

 ただ、これが不謹慎だと決めつけるのは軽率だと思います。なぜなら、人が笑うのは面白がっている時だけというわけではないからです。
 かつてジャイアント馬場さんが亡くなった時、熱心なファンの一人として談話を求められた大槻ケンヂさんは、自分もインタビューアも笑っていたと書いています。あまりにも想像外の衝撃を受けた時、人は笑うものだと自分で驚いていました。
 また、阪神淡路大震災の被災者の方の話で、潰れた自宅を見た時、家族皆で笑っていた、というのを読んだことがあります。
 確かに、幹部氏の所属している会社は問題が多いところです。とはいえ、さすがに選手の急死を面白く思うわけがありません。
 しかも、前の日まで元気に練習していたわけです。関係者としてはまさしく想像を絶することでしょう。そう考えれば、その球団幹部の「笑顔」が不謹慎ゆえでない事が分かります。
 どこかでそのあたりのフォローがあればいいと思うのですが・・・。故人のためにも、変な騒動にならない事を願っています。

2010年02月03日

恵方巻き

 帰りに電車を降りて改札を出たら、駅前のコンビニで店員さんが外に出て恵方巻きの呼び込みをやっていました。
 その後、別のコンビニに行ったら、おにぎり等を置いてある棚の半分位が恵方巻きに占拠されていました。
 昨年までも、コンビニで売っていたとは思いますが、ここまで大々的に扱っていた記憶はありません。なんか、テレビでブームを煽るような番組でもあったのでしょうか。
 以前はほとんど話題にならなかった「伝統」でしたが、なぜこのようなブーム(?)になったのだろう、と不思議に思いました。なお、自分は太巻き全般が苦手という事もあり、いくら大々的に扱われていようと、買おうという気は一瞬たりともおきませんでした。

2010年02月02日

eラーニング初経験

 以前から興味があり、かつ関わりもあるアプリケーションの無料入門講座がネットで行われる、という案内をもらいました。内容そのものに加え、初めての「eラーニング」を受ける機会という事でもあり、受講してみました。
 帰宅し、開始時刻の5分前くらいにアクセスしました。ところが、そこからアプリが立ち上がるまで、えらく時間がかかります。完了したときは、もう講座が始まっていました。しかも、せっかく聴き始めたところ、回線トラブルとかで、すぐに中断されてしまいました。せっかくのeラーニング初経験なのに、いきなり出鼻をくじかれた感じでした。

 なんとか復旧して始まったのですが、内容も期待に反するものでした。まあ、タダだから仕方ないとも言えます。しかも、講師の話し方が単調に読み上げる、という感じなので、強烈な眠気に襲われました。
 なんとか、眠気と闘いながら聴き終えたのですが、あまり得るものはありませんでした。終わったあと、仕事でもないし、自宅で受けているのだから、眠くなったらさっさと寝れば良かった、という事に気づきました。
 というわけで、初のeラーニングはかなり残念な結果に終わりました。やはり、値段相応という事なのでしょうか。次の機会があれば、有意義に活用したいものだと思いました。

2010年02月01日

舞浜雑感二件

 舞浜のホテルで飲み会がありました。舞浜駅から俗にいう「ネズレール」に乗り換え、「ベイサイドステーション」駅に行きます。改札では駅員さんが「ここは、ディズニーリゾートオフィシャルホテルへ行かれる方の駅です。舞浜駅への乗換駅ではありません」と何度もアナウンスしていました。間違えて降りてしまう人が多いのでしょう。
 確かに、「リゾートゲートウェイステーション」と「ベイサイドステーション」という名前を見ただけでは、どちらが京葉線の乗換駅で、どちらがホテル宿泊者用の駅かなどわかるわけがありません。仕事で何度も行っている私ですら、たまに「ベイ・・・」に行く時間を調べる際、駅すぱあとに間違えて「リゾート・・・」と入力してしまう事があるほどです。したがって、初めて来た人が勘違いするのも無理はありません。
 せっかく「夢の国」で楽しんだにも関わらず、帰りに下りる駅を間違えて呆然とする人を出さないためにも、また駅員さんの喉をいためないためにも、それぞれ「舞浜」「ホテル入口」に一日でも早く駅名改称すべきだと強く思いました。

 さて、その「ホテル入口」駅からは、護送車の異名を持つバスに乗り換えました。
 数分しか走らないバスですが、運転手の他にガイドさんが乗っていて、アナウンスをしたり、子供さんに声をかけたりしています。
 その話の中で、バスの最後部を指さして、「あそこにミッキーがいるよ」とお子さんに言っていました。そこには運転手氏およびガイド氏と同じ服装をした鼠の人形が飾られていました。
 すると、それを見たお子さんは「本物?」と突っ込みました。ガイド氏は手慣れたもので、即座に「うん、本物だよ」と返しましたが、お子さんは納得がいかない模様です。おそらく、彼女にとっての「本物」とは、実際に動いたり遊んだりする、遊園地で見た着ぐるみを意味するのでしょう。
 もちろん、ここでの「本物・偽物」の区分は大きさでも動くかどうかでもありません。D社の許諾を得ているかどうかが全てです。話を聞きながら、このいたいけな少女がそのような「夢の国の中にある『現実』」を知るのはいつのことなのだろうか、などと思ってしまいました。

2010年01月29日

疲れる営業電話二件

 仕事でいくつかトラブルがあり、少々疲れ気味でした。そんな中、売り込みの電話がかかってきました。
 基本的に、会社一覧などを見ての無差別営業電話はあまり好きではありません。しかし、かつて一度だけ、ある業種の企業と取引を行う必要があって探すのに悩んでいたときに、飛び込みでその業種の営業が来て成約、しかも仕事もきちんとしていた、という経験をしたことがあります。
 というわけで、1分程度なら話しを聞くことにしているのですが、今日は「大外れ」を連続で引いてしまいました。

 一件目は、かつては最良と言われたインターネットプロバイダの名を冠した業務アプリケーションの会社でした。当分そっちの導入の予定はないのでお引き取り願ったのですが、「10分だけでも会って話を聞いてくれ」などと言ってきました。導入の可能性がないのに、なんでこっちが10分も時間をつぶさなければいけないのでしょうか。また、その会社は10分で語り尽くせる程度のものしか売っていないのでしょうか。
 親会社にはかつてはかなりいい印象を持っていた会社なのですが、子会社が派手に倒産したり、パチンコ屋にATMを置くなど、だんだんとイメージが落ちていました。そして、今回の件で、完全に「関わりたくない会社」になってしまいました。

 もう一件は、将来の導入を検討していたシステムを売っている会社でした。そのため、最初の営業電話の時は、やや期待をもたせるような回答をしていました。もちろん、それ以上の事はなんにも言っていないのですが、勝手に見込み客だと思い込まれてしまいました。
 そして、定期的に、「次はいつお会いするか、という話でしたよね」という電話がかかってきます。もちろん、そんな話をした覚えなど全くありません。
 いくら興味のある分野の商品を扱っていても、そんな会社とはつきあう気が起きないのは当然です。
 なにしろ、営業の時点からこれでは、仮にシステムを入れて、何かトラブルがあったら、「言った言わない」で面倒な事になるのは明白です。というわけで、自分としては珍しく、「二度と電話しないでください」と断りました。
 疲れ気味の時にこういう電話を受けると、疲れが倍増します。とりあえず二社とも名前は完全に覚えたので、今後は、名前を聞いたらすぐに冷たく切ろうと心に決めました。

2010年01月28日

25年物のジャージ

 部屋着のズボンがダメになって捨てたのに、代わりを買うのを忘れていました。その結果、残る一着を洗濯に出したら、はくものがなくなってしまいました。
 そこで洋服入れをひっくり返したところ、奥の方からジャージが出てきました。これは、高校に入った時、体育の授業用に購入した物です。
 その後、大学時代も運動や合宿時の部屋着として活躍しました。しかし、就職後はたまに運動する時に使ったものの、だんだん縁遠くなり、ついには洋服入れの奥に居着いて(?)しまったわけです。

 他に選択肢がないこともあり、はいたのですが、少々きつくはなっていたものの、問題なく使えました。まあ、ジャージですから、少々の体型変化には対応できるのでしょう。
 というわけで、25年物のビンテージ品(?)を身につけて生活しています。見る度に、高校時代からの、このジャージの使用歴を思いだして懐かしく思ったりしました。
 週末には代替品を買うつもりですが、このジャージは再び保管し、いざという時の「助っ人」として、末永く持ち続けたいものだと思っています。

2010年01月27日

かずさアカデミアパーク破綻

 木更津の郊外にある、「かずさアカデミアパーク」が経営破綻した、というニュースがありました。1980年代に、アクアライン開通を見越して作られた計画とのことです。山を大々的に切り開いて、研究施設などを誘致する構想だったそうです。バブル崩壊もあって誘致が進まなかった、というよくある展開となり、ついにこの結果を迎えました。
 この施設には、5年前までは、仕事の関係で年に一回行っていました。
 アクアラインが契機となって造られた、となると交通の便が売りになっているように思えます。たしかに、東京駅からはアクアライン経由の高速バスがあって1時間ちょっとで行けます。
 それだけ見れば便利そうですが、それ以外の場所から行くには不便でした。我が家から行くとなると、木更津までで1時間かかります。そこからバスで2~30分ですから、むしろ東京から行くより時間がかかります。

 しかもバスの本数がかなり少ないですから、事前に時刻をきちんと調べておかないと、より一層時間がかかる事になります。また、道路状況を見ても、高速を降りてからの道はさほど広くありません。つまり、アクアラインこそあるものの、お世辞にも交通の便がいいとは言えない場所でした。
 したがって、企業誘致が進むわけもありません。いつ行っても中心部に数軒の建物がある他は広大な空き地でした。当初は東京や木更津へ行くバス停の前にある建物にはコンビニが入っていたのですが、ある年に撤退。その跡地が埋まることはありませんでした。
 当然、メンテナンスにも予算は取れず、経年劣化とあいまって、行くたびに外見がくたびれて見えるようになっていました。
 という経験もあるので、経営破綻と聞いても、何ら驚きませんでした。まあ、計画した事自体が間違いだった、ということなのでしょう。
 ちなみに、このアカデミアパーク事業は、海浜幕張・成田と並ぶ千葉の三大開発事業として位置づけられていたそうです。そのうちの一つである海浜幕張の方も、やっと駅前の空き地は埋まりましたが、10数分も歩けば、広大な空き地が広がっています。
 成田周辺のことは分かりません。ただ、二箇所に広がる広大な空き地を思うと、「三大開発」をやるなら、まず一つやって、それが成功してみたら二つめを検討する、とすれば、まだここまでひどくはならなかっただろうに、と改めて思いました。

2010年01月25日

失敗そのものより重要な後始末

 あるシステム系企業のメールマガジンを取っていました。宛先として名前が差し込まれていたのですが、今日届いたのは、「&#$$様」みたいな記号になっていました。何かの原因で、顧客名簿のデータ差込みに失敗したのでしょう。
 まあ、人間ですから間違いはあります。しかも、何百通も送られる宣伝メールだという事は分かっていますから、別に自分の名前が書かれていようと記号が書かれていようと、読む側は「あ、ちょっとミスしたな」と思うだけです。

 とまあ、そこまでは仕方ないところだと思いました。ところが、それからしばらくして、その会社から届いたメールには驚きました。そこには、先ほどのメールのお詫びとして「一部のメールで宛先名が誤表示されていました」と書いてあったのです。
 本当に一部のメールだとしたら、誤表示された対象者にだけ送ればいい話です。したがって、一部も全部もなく「先ほど貴方様にお送りしたメールの宛先名が誤っていたことをお詫びします」とすればいいわけです。
 つまり、典型的な「語るに落ちる」というやつなわけです。実際のところ「全部のメールで誤表示があったが、読む人には障害の範囲が狭かったと思わせるために『一部』と記載した」という事は明白です。
 「一部」と書きたくなる心理は分からなくもありません。しかし、システム会社が見込み客に送付する宣伝メールでこれをやるのは逆効果でしょう。
 私を含め、これを読んだ多くの人は、「この会社の製品を買って、万が一システム障害が発生した場合、小手先の嘘でごまかすような対応をする可能性が高い」と思うでしょう。少々性能が魅力的でも、そんな対応をする会社とつきあうのはリスクが高すぎます。
 まあ、適切な業者かどうかを選定する、という意味では、この「障害並びにその対応」は、メルマガ本文の宣伝文よりもずっと参考になりました。そういう意味では、有益なメールだったと言えるのかもしれません。

2010年01月24日

数年来の懸案を片付ける

 我が家には、パソコンおよびその周辺機器および映像関連機器が少なからずあります。いずれも電源が必要ですので、当然ながらコードが大量に必要になります。
 電源コードの場合、それと接続するタップも必要になります。しかも、部屋によって電気機器の量が異なるので、特定の電源だけ使用量が増えてブレーカーを飛ばさないようにするため、隣の部屋から引き回したりする必要も生じます。
 というわけで、機器周辺のコード類はかなり複雑な事になっており、掃除の際に邪魔になります。これが我が家の問題となったのはもうかなり前でした。しかしながら、「ならば何か結線用器具購入を検討せねば」→「ではどんなのを買う?」→「それを確認するためには配線を整理せねば」→「では結束器具購入を検討せねば」という循環思考になってしまい、結局先送りになっていました。

 ところが、先日、意外な所から解決の糸口がつかめました。秋に妹が結婚し、引き出物としてカタログをもらいました。その中にテレビ台があったのですが、なかなかデザインが良く、一方で我が家のテレビ台は老朽化しているため、それを選びました。
 それが届いたのですが、テレビ台を入替えるとなると、既存の機器の配線を外して、置換える必要があります。
 これを逃せば他には機会がないと思い、TV周辺のみならず、パソコン周辺の配線もまとめて片付けようと思いました。
 というわけで、配線を外した後に絡まっている部分を外しました。そして、量販店に行って結束器具を買う事を前提に、とりあえず荷造り紐で仮止めすることにしました。
 ところが、その仮止めだけでかなりすっきりしました。見た目はさほど良くないですが、別に我々しか見ないので、掃除さえできれば問題ありません。同様に、パソコンまわりもそれで解決しました。
 実際にやってみたら、2時間もかかりませんでした。使った物も、家にある荷造り紐1mくらいです。終わってみれば、ここ数年間、先送りし続けていたのは何だったんだ、という事になります。
 当たり前の事ですが、どんな問題でも、実際に動かないことには解決のしようがない、という事を痛感させられました。

2010年01月21日

筑波に行く

 仕事で筑波に行きました。といっても、つくば駅から歩いて数分の所にある場所に籠もりきりでした。一応、窓からエキスポセンターにあるロケットと筑波山が見えた事に、筑波を感じたくらいでした。
 というわけで、印象に残ったのはむしろ、行きがけに見た、つくばエクスプレスの沿線でした。駅周辺は開発がそこそこ進んでいるものの、それ以外はまだまだ開発前、という感じでした。
 特に、柏市内で工業団地の中を走っていたのが、利根川を渡って茨城県に入るといきなり田んぼの中になった、という風景の変化が印象に残りました。
 このまま開発が進んでいくのでしょうか。それとも、ある段階で止まるのでしょうか。その行く末がどうなったかを見るためにも、何年かしたらまた乗ろう、と思いました。

2010年01月19日

記憶が飛ぶ

 最近、会社の飲み会時に記憶が飛ぶことが増えています。昨日なども、会話をしていたと思ったら、次の瞬間、総武線の中にいました。銀座で飲んでいたのですが、どの地下鉄に乗ってどこで総武線に乗換えたかすら全く覚えていませんでした。
 特に強引に飲ませる社風もないですし、仕事でストレスが溜まっているわけでもありません。今ひとつ理由が分かりません。
 まあ、年をとった分、酒が弱くなっているのかもしれません。ちょうど昨日の飲み会で、6歳くらい若く見えると言われて気をよくしていたのですが、残念ながら中身のほうは着実に老けているようです。
 いずれにせよ、記憶が飛ぶほど飲むのがいいわけありません。仕事の飲みの時のペース配分には注意せねば、と強く思いました。

2010年01月17日

セルフ手品

 帰宅して家に入り、鞄を置いた後、手に持った鍵をしまおうとしました。すると、手が滑って落としてしまいました。
 床は板張りですから、金属が落ちた音がするはずです。しかし、何の音もせず、鍵も見あたりません。
 服のポケットにでも落ちたのかと思い、背広を脱ぎながら、一箇所ごとに調べましたが、やはりどこにもありませんでした。
 なんか、空中消失マジックを見たかのような気分になりました。もっとも、「手品師」である自分にもタネが分からないのですが・・・。

 とりあえず着替えてからまた探そうと思っていたら、相方から「あった」という声が上がりました。どこかと思っていってみたら、何と、帰ったとき置いた鞄の背ポケットに入っていました。
 そのポケットの入口は、決して広くありません。しかも、中央部はマジックテープで止まっています。仮にそこに入れようとして鍵を投げても、なかなか入らないでしょう。偶然とは面白いものです
 偶然とはいえ、手品みたいな技を披露できたわけです。そういう意味では、なかなか面白いひとときだったと言えるでしょう。

2010年01月14日

さくらや閉店

 ベスト電器の業績が悪化し、そのあおりで傘下に収まっていた「さくらや」が閉店するそうです。ちなみに、ベスト電器にはビックカメラが資本参加しており、一部店舗はビックカメラとして残る可能性もあるそうです。
 家電量販店には行くものの、業界の情勢は知らないので、三社がそのような関係になっていたとは知りませんでした。とりあえず、船橋駅前のさくらやがビックカメラになってくれると、帰り道に寄れる上に、休日にちょっと買い物に行くのにも便利なので、ぜひとも残ってほしいものだと思っています。

 それはともかく、かつて、さくらやと言えば、ヨドバシ・ビックとともに新宿駅前の一等地にあり、「三強」という感じでした。ところが、そこからライバル二社が他地区に大型店を出店して拡大する一方で、さくらやは相対的に目立たなくなっていきました。
 その原因がどこにあるのかは分かりません。いずれにせよ、当時の「三強」時代の頃は、さくらやが、ビックカメラの孫会社的存在になった挙げ句に消え去る、などとは誰も想像しなかったでしょう。
 そういう意味でも、何とも言えない気分になった、「消滅」のニュースでした。

2010年01月12日

ノロウイルス被害が急増

 この三連休の間、ノロウイルスによる食中毒のニュースを少なからず見ました。
 聞いた話によると、今冬、これまであまりノロウイルスが流行しなかった理由として、新型インフルエンザ対策として推奨された手洗い・うがいを励行する人が多かったからという説があるそうです。
 そういえば、年が明けてからは新型インフルエンザのニュースをあまり見なくなりました。そう考えると、新型インフルエンザ情報が減ったことによる気のゆるみから、手洗い・うがいをする人が減り、そのため、ノロウイルスが流行した、という仮説が成り立つようにも思えます。

 もちろん、新型インフルエンザが収束したわけではありません。しかも、ここ数日、関東は急に寒くなるなど気温が不安定です。
 このように、衛生的にも気候的にも問題がある状態で新型インフルエンザが流行したらたいへんなことになりそうです。
 そういう意味も含め、公的機関や報道機関は、その状況をふまえて、改めて手洗い・うがいを初めとする新型インフルエンザ対策を宣伝べきなのでは、と思っています。

2010年01月10日

千葉市動物公園

 休みを利用して千葉市動物公園に行きました。5年ほど前に「二本足直立するレッサーパンダ」で全国的に有名になったところです。しかし、その時も含めて行ったことはなく、在住13年目で初の来園となりました。
 自分的に一番興味があったのは、この動物園で生まれた1歳のナマケモノでした。何でも、親が産んだもの、そのまま放置され、偶然気付いた飼育員によって育てられた、との事でした。
 ナマケモノの子供というのはどんな姿で、どのように動くのだろう、とかなり気になり、楽しみにしていました。しかし、見たところ、かなり大きくなっており、最初は大人と間違えてしまったほどでした。とはいえ、ナマケモノが動くところを見れたのは嬉しいことでした。

 続いて印象に残ったのはシマウマでした。寝そべっていたのですが、白い腹の正中線に沿って、黒い縞が一本通っていたのには驚きました。
 他にも、いい気持ちで寝ていて夢の世界にいるのか、カラスに突かれても目が覚めないバクとか、一列に並んで餌場に行くテンジクネズミなど、面白い物を見ることができました。
 残念だった事として、寒い季節のため、熱帯の動物がほとんど動いていませんでした。また、一部の亀に至っては、冬眠のため、見ることすらできませんでした。そういう事もあり、今度はもう少し暖かい季節に行って、皆が動いている所をみたいものだ、と思いました。

2010年01月07日

鳩のマンション?

 朝出勤して、職場の窓から外を見たら、奇妙なものを見かけました。向かいのビルの上から二番目と三番目の階だけ、窓の外に鳩が密集しているのです。
 密集している事も不思議ですが、一つ上や下の階のには一羽もいないのがまた不思議でした。
 ちょっと見ていたら、そこに向かって別の鳩が飛んできたのですが、「満員」だと気づき、去っていきました。こちらからすれば、そこがダメなら、上の階に行けばいい、と思うのですが、鳩にとっては全然違うようです。

 また、両隣にもビルはあるのですが、そこにもやはり鳩は一羽もいませんでした。
 人が餌をまいているような感じはありません。その2フロアに限り、鳩にとって最適な気温なのでしょうか。あるいは、そこに限って、鳩の餌になる生物があるのでしょうか。
 不思議に思いつつも、その奇妙な光景が気になり、写真に撮ってみました(クリックすると同じ画面で大きな画像が開きます)
20100107.jpg

2010年01月05日

義理事

 ここ数年、年賀状を新規に出す、という事がありません。今の会社では、社内で年賀状を出し合う、という風習がありません。さらに、その前いた会社もそうでした。仕事以外で新たに知り合う人もいますが、住所を教え合うほどのつきあいはありません。
 というわけで、自分にとっての年賀状は、家族などを除けば、「過去に付き合いがあった人との、惰性的なやりとり」になっています。
 中には、最後に会ってから22年経っており、今後、会う可能性は0.01%を切っている、という人もいます。はっきり言って出す意味などないと言えるでしょう。
 ところが、それでも不思議と、印刷プラス「今年もよろしく」とだけ書かれた年賀状を見るだけで、懐かしさと嬉しさを感じます。
 形式化した「義理事」ですが、50円でその気分を味わうことができると思えば、まあお得なのだろうな、と思っています。

2010年01月03日

正月終わる?

 今年の元旦は朝5時過ぎに起きて出勤でした。初日の出が見れるかと密かに期待していたのですが、残念ながら、朝焼けしか見ることができませんでした。
 そして7時から18時まで仕事した後、実家の新年会に。お節料理を食べましたが、やはり、市販のと比べると、圧倒的に美味でした。
 翌二日は、昼前に起きて、14時から23時まで仕事でした。正月に出勤したのは15年ぶりですが、思ったほど違和感はありませんでした。

 というわけで、二日間働き、本日が今年の「初休日」となりました。さすがに正月っぽい事をする気も起きず、完全に普通の日曜日として過ごしています。
 ただ、不思議な事に、普通の日曜に比べると、やろうとしていた事がはかどり、懸案事項をかなりこなせました。
 これは、休みが一日とはいえ「正月」という事で気合いが入ったからなのでしょうか。それとも、ここ二日の仕事が普段と違い、主に体を使う仕事だったため、頭がクリアになったためなのでしょうか。我が事ながら気になるところです。
 いずれにせよ、今年の正月は、普段とはかなり違う出だしでした。同様に、これから待ち受けている2010年も、これまでと違う新鮮な年になれば、と思っています。

2010年01月01日

謹賀新年2010

 新年あけましておめでとうございます。昨年は、当「つれづれの館」にお越し頂き、有り難うございました、
 今年も、相変らずの更新となると思いますが、読んでいただいた方にとって、何かプラスになる情報を発信できればと思っております。今年も、ご愛顧いただければ幸いです。

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