2009年10月31日

ツイッターの速報性を痛感

 仕事で無線LANルータが必要となりました。帰りがけに錦糸町に用があったため、降りたついでにヨドバシえ購入しました。
 そして帰宅し、パソコンを立ち上げてツイッターを見ました。すると、有楽町に行った弟が、ビックカメラで無線LANルータの安売りをやっていた、と書いていました。ちょうど、私が買ったのと同じメーカーの物が、私の買値の半額以下で売られているとの事でした。

 もちろん、会社の備品ですから、別に自分が損したわけではありません。とはいえ、やはり「ならば有楽町に寄れば・・・」と激しく後悔しました。ちなみに、自分で無線LANルータを買うのは今日が初めてです。また、弟はよくツイッターに買い物の話を書きますが、無線LANルータの事を書くのは多分初めてです。
 仮に携帯でツイッターを見ていたら、偶然に偶然が重なって得な買い物ができたわけです。それだけに、余計損失感を感じました。これまで、ツイッターはPCオンリーでしたが、これを機に携帯でも見れるようにしました。

2009年10月30日

過去の対する複雑な心境

 仕事関係である人の話を聞く機会がありました。その人の前職は金融関係と自己紹介し、当時の話を何度かしていました。
 その人によると、滞納している人の家に督促をFAXするのは、家族に見られるとまずいからNGでそうです。そして、家に電話する時についても、「○○銀行の××と名乗ると、家族にバレるから、単に××と名乗ります。そして督促に応じないと、最後は『訪問』になります」と言っていました。
 私も過去に仕事で何度も銀行から電話を受けた事はありますが、会社名を名乗らなかった事などありません。とはいえ、この人の話した「どう見ても業務の電話なのに個人名を名乗ってくる電話」を取り次いだ事もありました。そして、そこで取り次いだ人は、いずれも消費者金融との「取引」がある人でした。ついでに言うと、よほどの異常事態が発生しない限り、銀行は家まで「取り立て」には行かないでしょう。

 というわけで、その人の「前職」がどんな金融だったかがよく分かりました。にも関わらず、昔話で「銀行」と詐称したのは、やはり名乗りづらい業種だと認識していたからなのでしょう。
 無事に辞めてちゃんと転職したのだから、もう無関係なはずですが、やはり、その頃の業界を率直に語れないのでしょうか。その一方で、ちょっと知っている人なら分かるような「たとえ話」をするわけです。それを考えると、遠回しに自分が、消費者金融をやっていた事を伝えたいという意思もあるようです。
 前職に対して、かなり複雑な心境を持っている事はよく分かりました。ただ、やはり正直に語れないのなら、そのような「昔話」はしないほうがいいのでは、とも思いました。

2009年10月29日

他人のふり見て・・・

 津田沼に出かけました。急に、市が運行している「ハッピーバス」に乗りたくなり、携帯で時刻表を調べようとしました。Googleで検索したところ、習志野市役所のサイトが一番上に表示されたので入りました。
 PC向けサイトだったのですが、すると、「ハッピーバスの時刻表を携帯電話版ホームページにアップしました!!」というリンクがありました。
 該当するページを開いたところ、「携帯ページに掲載した」という文言と、そのページに行くためのQRコードが載っていました。しかし、当然の事ながら、携帯電話には外部にあるQRコードを撮影してそのページに行く機能はあっても、画面に表示されたQRコードに記載されたページに行く機能はありません。

 せっかくここまで検索して肝心の時刻表を見れないとは・・・と空しくなりました。同時に、「習志野市役所の担当者もまだ甘い。自分のサイトなら、Googleの携帯検索からトップへ行けば、2クリックくらいで携帯用ページに行けるように作ってあるぞ」という優越感みたいな感情をおぼえました。
 一緒にいた相方にその話をし、「実演」しました。ところが、いざやって見たところ、確かにトップから1クリックで携帯ページへのリンクが表示されたのですが、それをクリックしても携帯のトップに行きません。
 実は、「携帯ページ」というリンクをクリックした先には、携帯で見た時は携帯用トップに自動的に飛ぶようなページを置いていました。ところが、Googleの携帯検索を介して見ると、Googleがページを変換するため、その機能が働かないのです。
 最初に作った時にも確認した記憶がありましたが、当時はGoogleの変換機能が今と違っていたのでしょうか。いずれにせよ、これでは折角の工夫が無意味です。帰って早速、クリックしたら直で携帯用ページのトップへ行くよう、リンクを修正しました。
 典型的な「人の振り見て我が振り直せ」になりました。まあ、こんな事でなければ、サイトの見直しなど、なかなか行えません。結果的に「ハッピーバス」の時刻表を見ることはできなかったのは残念でしたが、その点では習志野市役所のサイトに感謝しました。

2009年10月28日

部分的記憶喪失

 内線電話がかかってきて、ある仕事を頼まれました。条件を確認して対応できる事を確認し、その旨を返答しました。ところが、直後に急用が入ってしまいました。それに対応したのですが、その後、先ほど頼まれたことが完全に記憶から消えてしまっていました。
 というわけで、恥をしのんで依頼してきた人に「先ほど、何を頼まれましたっけ」と尋ねました。ほとんど「黒ヤギさんの郵便」です。
 まあ、頼まれた事および頼んだ人の事を覚えていたのが不幸中の幸いと言えるかもしれません。それすら忘れたら、完全にすっぽかすところでした。
 それにしても、なぜ「何を頼まれた」だけ忘れてしまったのかと思いました。記憶というものの不思議さを感じた一件でした。

つはものどもが夢の跡

[ 漫画 ]

 仕事で晴海に行きました。ちょっと時間が余ったので、かつての見本市会場跡を見たのですが、そこにはかつてと変わり果てた姿がありました。
 A館や新館があったあたりは、清掃工場並びにその廃熱を利用した温浴施設などがある「ほっとプラザはるみ」という施設になっていました。中身は違えど、清掃工場の煙突を除けば、まあ似たような建ち並びです。

 しかし、反対側の東館(通称・ガメラ館)やC館があった部分は、完全な更地になっており、かつての面影は全くありませんでした。
 かつては盆暮れに10万もの人々が集っていた場所が、もはや何もない空間になってしまったわけです。周囲の道などが変わっていないだけに、余計にその変りぶりを実感しました。
 一方、海の向こうを見れば、その後を継いだビッグサイトが見えました。かつて晴海がに大人数が集まっていた頃、逆にこちらは埋め立てただけの更地だったわけです。
 それを思うと、より一層、時代の移り変わりを感じさせられました。
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(※クリックすると同じ窓で大きな画像が開きます)。

2009年10月27日

短眠奨励本

 本屋で、「眠る時間を短くして、その分時間をたくさん使おう」みたいな本をみかけたので、立ち読みしました。色々なデータを元に、「眠りすぎるのはむしろ体に良くない」などと書いて、短眠を奨励しています。
 もっとも、「そのような研究結果が出ている」と書いてはあるものの、出典の紹介は書いてありませんでしたが・・・。

 というわけで、信用できるのかどうか何とも言えない、と思いながら読んでいたら、「短眠を実戦している人の例」が出ていました。
 何でもその人は、毎晩3時半に寝て7時前に起き、通勤電車の中で一時間ほど眠り、昼食後は10数分昼寝し、合わせて5時間弱の睡眠時間で快適に生活している、という事でした。
 この生活パターンは、私のそれとほとんど変りがありません。違いと言えば、私のほうが就寝時刻が早く、合計の睡眠時間がちょっと長いくらいです。
 確かに自分もこれで生活できていますし、仕事中に眠くもなりません。ただ、その反動で、休みの日はかなり寝る上に、1~2ヶ月に一度は、24時間中12時間以上寝ている、という日があります。つまり、本質的には寝不足なわけです。
 その経験もあり、この短眠術はちょっと違うな、と思いました。やはり長年言われている通り、一日7~8時間は寝るのが正しい生活なのでしょう。
 まあ、そんな事をこんな時刻に書いても、あまり説得力はありませんが・・・。

2009年10月25日

生後一ヶ月

 妹の家に、の出産祝いを持って行きました。着いて早速、抱っこしました。先月は、私が抱くとすぐ泣き出したのですが、今日は普通にしています。
 一ヶ月の人生経験(?)で、母親以外の人間も安全であるという事を悟ったのでしょうか。それとも、先月の事を覚えており、「こいつはこの前抱っこして問題ないから大丈夫」と思ってくれたのでしょうか。
 いずれにせよ、赤ちゃんをあやすのに成功した、というのは嬉しいことでした。この調子で、物心がついてからも、懐いてもらいたいものだと思いました。

2009年10月24日

北海道、日本シリーズ進出を決める

 札幌ドームで行なわれた、北海道-東北は藤井投手と藤原投手が先発。藤原投手は第一戦に一人相手とはいえリリーフで投げており、「中二日」でした。
 その藤原投手に対し、初回、連打と四球で1死満塁とした北海道がスレッジ選手の犠飛で先制します。
 さらに続く2回、2死2塁から田中選手の適時三塁打で追加点を挙げると、続く森本選手に2ランが出て、早くも4対0と主導権を握りました。

 一方、藤井投手に対し、最初の一巡は走者を出せなかった東北打線でしたが、4回に先頭の高須選手が安打すると、二死後に山崎武選手がつなぎ、セギノール選手の適時打で1点を返すと、さらに宮出選手にも2点適時打が出て1点差に迫ります。
 東北は2回で藤原投手を諦めて、青山投手を投入し、追加点を与えません。一方の北海道も藤井投手が5回で降板し、そこから細かい継投でリードを守ります。
 そして迎えた7回裏、1死から高橋選手が安打すると暴投で進塁し、続くスレッジ選手の適時打で、大きな追加点を奪います。さらに鶴岡選手にも適時打が出て、3点差としました。
 直後の8回表に東北はセギノール選手の適時打で2点差に迫ります。そしてその裏、前の回から登板の小山投手が1死から安打されると有銘投手に交代。そして四球を出すとすぐさま川岸投手に交代。そして2死2・3塁でスレッジ選手を迎えると、何と二日前に先発した岩隈投手を起用します。
 しかしこの大勝負は、スレッジ選手の3ランという東北にとっては最悪の結果に。これで試合は決まりました。
 そして9回は武田久投手が抑え、9対4で北海道が勝ち、アドバンテージを入れて4勝1敗の成績で日本シリーズ出場。そして野村監督にとってはこれが東北での最後の試合となりました。
 試合後は、東北の選手のみならず、北海道の選手も加わって、野村監督の胴上げが行なわれました。
 というわけで、ダルビッシュ投手を欠いた北海道が、勢いに乗る東北を圧倒しました。東北の敗因は色々あると思いますが、何よりも、直前に野村監督の解任を正式に発表し、さらにシリーズ中に次期監督内定の発表をした球団にあると思います。
 確かにシーズン前から野村監督は今季限りとは言ってはいました。しかし、途中解任するための策謀などはせず、戦力補強も適切に行なった結果、チームは躍進。CS直前までは「結果によっては留任」という雰囲気が漂っていました。
 それがこの一番盛り上がった時に解任発表をした事により、一気に空気が乱れてしまいました。同じリーグの「悪い例」を見ていたにも関わらず、一番大切な時に、同じ愚行をしてしまったわけです。
 という、東北の失策はありましたが、勝った北海道が強かった事は間違いありません。初戦の劣勢な試合を大逆転で勝ったのを始め、随所に安定した実力が目立ちました。是非とも日本シリーズでもその力を見せ、3年ぶりの日本一を勝ち取ってもらいたいものです。

有害無益な「技術」

 職場のアルバイト採用部署にクレームの電話がかかってきました。うちの会社では、応募時の案内で「面接時にその場で採用することもあるので、印鑑などを持参して欲しい、というふうに言いいます。
 それを脳内で勝手に「面接時にその場で採用」と変換してしまい、喜んで行ったところ、即採用にならなかった、というのが内容でした。

 かなり無茶な論法ですが、どうやらこの人、この類の電話が得意なようです。隣で聞いていたのですが、まずとにかく「自分が嫌な思いをしたんだから、一言詫びるのが筋だろう」と主張し続け、根負けして詫びの言葉が出たら、今度はそれにつけこむ、という手法を使っていました。悪質なクレーマーがよくやる手段です。
 しかし、言うまでもなく、こんな所でやっては逆効果です。クレーマーなら、謝った売り手が根負けして、特別に商品を無料でくれるかもしれません。しかし、アルバイト応募の場合、「売り手」と「買い手」は逆です。
 仮に面接でそこそこ点数が取れていても、このような電話をすれば、逆の結果になることは明白でしょう。
 まあ、その「技術」で店員さんをいじめたりして少々いい思いをした事があるのかもしれません。しかし、今となっては、それがむしろ自分の首を締めているわけです。
 世の中には習得しないほうがいい「技術」もある、ということをつくづく思った次第でした。

2009年10月23日

CS第二ステージ、東北が一矢報いる

 札幌ドームで行なわれた、北海道-東北は八木投手と田中投手が先発。2回裏、昨日決勝打の高橋選手がソロ本塁打を放ち、北海道が先制します。しかし、続く3回の1死1・2塁では追加点を奪えません。
 すると直後の4回表、この回先頭の渡辺直選手の本塁打で東北が追いつくと、さらに1死1・2塁から、中島選手の適時打で勝ち越し、さらに草野選手にも適時打が出て3点目を奪います。

 田中投手は4回から7回まで1安打投球で北海道打線を抑えますが、続く8回、連打と犠打で1死2・3塁と一打同点の危機を迎えます。
 そして森本選手の犠飛で1点差とされますが、最後は先ほど本塁打された高橋選手を打ち取り、なんとかリードを守ります。なお、この回に本日最速の153キロが出ていました。
 そして9回も三人で打ち取り、第一ステージに続く完投勝ちをはたし、東北が1勝目を挙げています、観客数は満員となる4万2千3百人ほどでした。

2009年10月22日

2009/10/22の更新

 翔みなら絵ブログらくがきちょうを更新しました。

電飾巻き付け作業

 とある施設に行ったら、植木の周りでヘルメットを被った人達が、何やら作業をしていました。何かと思って見てみたら、その植木に電飾を巻き付けていました。寒い季節になると、様々な植物に電飾が巻かれて「イルミネーション」になります。
 それ自体は何度も見ていましたが、その電飾を取り付ける作業を見るのは初めてでした。
 その作業は、植物を縛り付けているようにも見えました。演出される「イルミネーション」は幻想的になるのでしょうが、その過程はむしろ「植物虐待」みたいだな、と思いました。
 そういう考え方で見ていたせいか、こんなの単なるエネルギーの無駄なのでは、とまで思えてきました。その一方で、懸命に仕事をしている作業員さんを見ていると、これによって創出されている雇用があるんだな、などと思い、やや矛盾した心境になりました。

CS第二ステージ、北海道が勝ち、あと1勝に

 札幌ドームで行なわれた、北海道-東北は糸数投手と岩隈投手が先発。初回、東北は1死から連打で好機を作りますが、4・5番が倒れます。その後、2・3回も安打は出ますが、得点には結びつきません。
 一方、北海道も走者は出すものの得点できず、0対0で3回を終えます。
 そして4回表、この回先頭のセギノール選手がバックスクリーンに本塁打を放ち、今日は東北が先制します。しかしその裏、稲葉選手が二塁打で出た後、小谷野選手に適時二塁打が出て、北海道が即座に追いつきました。

 そこからまた、走者は出るも、得点はできません。北海道は5・6回と先頭打者が安打して犠打で進みますが、そこから岩隈投手が踏ん張り、勝ち越せません。
 そして7回、先頭の藤井選手が安打すると、犠打などで2死2塁となり、続く三番の鉄平選手は敬遠されます。昨日はここで山崎武選手が適時打を放ちましたが、今日は敬遠策が成功し、打ち取られます。
 その裏、北海道の金子選手の二塁打などで2死2・3塁とすると、東北も三番の稲葉選手を敬遠し、四番勝負に。しかしこちらは裏目に出て、高橋選手が中前に2点適時打を放ち、ついに勝ち越しに成功します。
 直後の8回表、この回から登板の宮西投手に対し、連打と四球で無死満塁とします。ここで東北が代打に中島選手を起用すると、北海道は金森投手に交代。東北は代打の代打で憲史選手を出します。
 憲史選手の打球は高いバウンドの三塁ゴロとなりますが、三塁走者が足が遅いセギノール選手だった事もあり、本塁で封殺になります。さらに藤井選手も内野ゴロで打ち取られた後、好機に強い高須選手が三振に打ち取られ、東北は1点も取れません。
 そして9回表は武田久投手に対し、1死から四球と安打で一発逆転の場面を作ります。しかしセギノール選手、さらには草野選手が倒れて試合終了となりました。
 これで北海道は日本シリーズ出場まであと1勝としています。特に今日は糸数投手と岩隈投手の投げ合いで勝っただけに大きいでしょう。これでほとんど決まったとは思いますが、明日の田中投手には意地を見せて貰いたいと思っています。観客数は3万2千7百人ほどでした。

2009年10月21日

CS第二ステージ開幕、北海道が大逆転サヨナラ勝ち

 今日からクライマックスシリーズ第二ステージが、パ・セともに始まりました。
 札幌で行なわれた北海道-東北は武田勝投手と永井投手が先発。初回に高橋選手の犠飛で北海道が先制しますが、直後の2回表に草野選手の適時打で追いつきます。
 そして3回に北海道が1死2塁の追加点機を逃すと、直後の4回表、1死2・3塁から草野選手の犠飛で勝ち越すと、監督批判で第一ステージは出番がなかったリンデン選手が適時打を放って、東北が3対1とします。

 さらに7回表、東北が2死2・3塁とすると、北海道は三番で首位打者の鉄平選手を敬遠し、山崎武選手との勝負を選びます。しかしこれが裏目に出て、山崎武選手が左越の3点適時二塁打を放ち、6対1と東北が差を拡げます。
 これで東北ペースかと思われましたが、8回裏、ここまで5安打1失点と好投していた永井投手が、1死後に連打で2・3塁とし、高橋選手の適時打で1点を返されます。
 ここで東北は細かい継投に出ますが、二番手の藤原投手がスレッジ選手に適時打されると、続く小山選手は打者は打ち取ったものの暴投で走者を進めます。さらに登板した有銘投手もまた暴投でこれで再び2点差に。続く川岸投手が稲田選手を打ち取ったものの、「四人二殺」の継投で、差が縮まってしまいました。
 しかし、直後の9回表に鉄平選手が右翼席に2ランを放って再び4点差とし、さすがにこれで決まったと思いました。
 その裏に登板した福盛投手は、先頭打者にポテンになりそうな飛球を打たれますが、小坂選手の好捕でまず1死を取ります。ところがそこから連打され、稲葉選手の適時打で2点差になります。そして高橋選手が歩いて満塁とした後、スレッジ選手の打球は左翼席に入る、逆転満塁サヨナラ本塁打に。大逆転で北海道が初戦を制しました。
 終盤までの展開、さらに2点差に迫られた直後に2点を突き放した9回の攻撃を見たときは、これで決まったかと思われましたが、本当に野球というものはわかりません。観客数は3万8千2百人ほどでした。
 ちなみに、この試合から北海道応援団は、「関東限定チャンステーマ」である「チキチキバンバン」を使用していました。応援歌では珍しい「男声パート」と「女声パート」がある曲として知られています。
 この曲を初めて聞いたのは、昨年5月に東京ドームで行なわれた、北海道-千葉戦でした。そして、曲が流れる中、二日連続でサヨナラ負けを喫し、解説の岩本氏が「この曲が流れると何かが起きる」などと言っていました。
 そして今日の8回、その曲が流れる中で反撃が始まりました。そういう事もあり、約1年半前の東京ドームを思い出したりしました。
 なお、今日は人数が多い分、関東よりは迫力があったとはいえ、まだまだ、という感じでした。これが定着し、約4万人の北海道ファンが一斉に歌ったらどうなるかと思うと楽しみです。

 東京ドームで行なわれた、読売-ドラゴンズはゴンザレス投手と小笠原投手が先発。1回表、一番井端選手が塁に出ると、二番荒木選手が送りバント、三番森野選手がタイムリーと、燃えよドラゴンズ旧バージョンの攻撃で、いきなり先制します。
 ここで歌の通りなら四番ブランコ選手が本塁打するところですが、ここは安打に、さらに和田選手が適時打を放った後、二番遅れ(?)で六番野本選手がホームランを放ち、歌を上回る猛攻でドラゴンズが一挙5点を先制します。
 2回裏に読売が1点を返しますが、直後の3回にブランコ選手のソロで再び突き放します。さらに6回にこの回から登板のM中村投手がいきなりブランコ選手に死球をぶつけて危険球退場に。この死球を足がかりに、ドラゴンズがもう1点追加します。
 7回裏、二番手の山井投手が1死2・3塁としますが、そこから「一人一殺」の継投で、犠飛のみの1点に抑え、結局そのまま7対2で快勝しました。
 これで、ドラゴンズは3年連続で第二ステージ初戦に勝っています。ただ、昨年のドラゴンズは、続く二試合目に敗れた後、一度も勝てずに敗退しています。というわけで、ドラゴンズにとっては明日がむしろ正念場と言えるかも知れません。観客数は4万1千2百人ほどでした。

2009年10月20日

手洗いにハマる

 新型インフルエンザが大流行しています。その対策として、金がかからない手洗いとうがいを、一ヶ月くらい前から朝晩に始めました。その効果かどうか分かりませんが、とりあえず健康を維持できています。
 単純な作業ですが、毎日、手を洗っているとだんだんと「改良」したくなります。そのため、「手の洗い方」みたいな資料を読んで研究したりもしました。その結果、段々と洗う範囲も時間も長くなっています。

 そのため、最近は、爪の間を洗うブラシを買おうか、などと考え始めました。なんか目的と手段を取り違えているような感じです。
 ちなみに朝はアルコール噴霧器による手洗後の消毒を、夜はアルコール飲料による、うがい後の消毒(?)を欠かさず行なっています。
 これだけ頑張ってインフルエンザにかかってはシャレになりません。というわけで、少々プレッシャーみたいなものを感じながら、手洗い・うがい・アルコール消毒に励む日を過ごしています。

2009年10月19日

傾斜

 大掃除をしていました。本棚の整理をし、とりあえず、不要になった本を一通り抜き出し、次に本棚の裏を通っているコードの配線がえをしようとしました。
 そこで、本棚の裏をのぞいたのですが、下の部分は壁にぴったりくっついていましたが、上のほうは壁と隙間ができていました。しかも、上に行けば行くほど、隙間は拡がっているのです。
 つまるところ傾いているわけですが、その角度は10度くらいありました。しかもその本棚は、普段私が座っているパソコンデスクの真後ろにあるのです。つまり、傾きが限界に達したら、私の後頭部を本棚が直撃する構造になっていたわけです。

 さすがに身の危険を感じ、とりあえずその本棚の上段を軽くして、少しでも傾斜角を低くしようとしました。
 その視点で改めて本棚を見回すと、つい先刻には見逃した本のなかで、ここ5年以上目を通していないものがあることに気付きました。そして、それらを抜き出し、代わりに、傾いている本棚の上部に入っている本を移しました。
 「要るもの」「要らないもの」の区別をつけるのは難しいものです。特に本の場合は、捨てようとして本棚から出し、何となく目を通すと面白く読んでしまい、捨てれなくなった事を何度も経験しているだけに、なおさら難しいものがあります。
 しかし、それが「自分の身の安全」に関わるとなると、判断基準が変わる、という事が分かりました。そして、今後、ものを捨てるかどうか迷った時、今回の教訓を活かせるだろう、と思いました。

CS第一ステージ、セはドラゴンズが通過

 名古屋で行なわれたドラゴンズ-東京は中田投手と由規投手が先発。東京はここにきてインフルエンザが流行したため、この大舞台で予定した投手が登板できない事態となってしまいました。
 初回、東京は二死無走者から宮本選手と青木選手の連続適時打で先制します。一方、ドラゴンズは制球の定まらない由規投手から走者は出るもののあと一打が出ず、初回・2回ともに二人の走者を出すも得点できません。

 続く3回、先頭の荒木選手が安打しますが、1死後に盗塁失敗して2死無走者に。しかしそこからブランコ選手が安打すると、続く和田選手が右翼席に逆転2ランを放ちます。
 その後もドラゴンズは残塁の山を築きますが、中田投手も東京打線を抑えます。
 そして5回表、東京は安打と犠打で1死2塁とすると、早くも4回2失点の由規投手に代打を出します。まあ、ここまで来れば「先発に勝ちをつける」など何ら意味はないので当然の策と言えるでしょう。そして、2死1・2塁とし、田中選手が右前打を放ちますが、野本選手の好返球で畠山選手が本塁タッチアウトとなり、ドラゴンズがリードを守ります。
 するとその裏、二番手の松井投手から連打で1・3塁とすると、1死後に谷繁選手が適時打を放って待望の追加点が入ります。さらにここで代打に立浪選手が登場。大歓声の中、打球は左中間を破る2点適時二塁打となり、ドラゴンズが5対1とリードを広げます。
 そのまま迎えた8回表、ドラゴンズは浅尾投手と登板させますが、いきなり連打などで1死1・3塁となります。ここで連続適時打が出て2点差となり、なおも1死満塁と、一打同点、長打で逆転、という場面となります。しかしここは浅尾投手が併殺で凌ぎ、何とか切り抜けます。
 するとその裏、平田選手の代打適時三塁打と藤井選手の適時二塁打でドラゴンズがすぐさま2点を突き放し、これで試合はほぼ決まりました。
 9回は岩瀬投手が登板し、簡単に二死を取りますが、そこから連打で1点を返されて2死1・2塁と、一発出れば同点の場面となります。しかしここで青木選手を三振に打ち取って試合終了。ドラゴンズが三年連続で第一ステージ通過を決めています。
 お立ち台には和田選手・谷繁選手と並んで立浪選手が上がっていました。その立浪選手にはぜひとも日本シリーズで名古屋に戻り、最後の花道を飾ってほしいものだと思いました。観客数は3万2千8百人ほどでした。

2009年10月18日

二度目の同期会

 昨年に続いて、中学の同期会が行なわれました。昨年はかなりの人が集まりました。しかし今回は、ただでさえ反応が悪かった上に、新型インフルエンザ、さらにはなぜかN建設の迂回献金事件の影響まであり、参加者の数は半分以下に減りました。
 一応幹事なので、無力さを悔いつつ、昨年に比べて盛り下がった会になると予想し、沈んでいました。
 しかし、いざ始まると、人数こそ少ない物の、昨年同様の盛り上がりぶりでした。今回はほとんどの人が「一年ぶりの再会」だったにも関わらず、昨年と異なる話題が次々と出てきます。

 というわけで、18時開始だったのですが、気付いたら終電の時間である24時になっていました。本当にあっという間で、事前の心配がうそのような盛会でした。
 実は、人数が少ないことを事前に知ったとき、先生の一人が「少なくても継続することが大切だ」とおっしゃったと聞きました。言われてみれば確かにそうで、何歳になっても、「先生の教え」というのは有益なんだな、と思いました。
 来年はもう少し幹事の仕事をし、内容はもちろん人数的にもより一層の盛会にしたいものだと思いました。

CS第2戦、セリーグはタイに、パリーグは東北が通過

 土曜は野球を見ることができなかったのですが、東北-福岡は東北が4回に中村真選手の適時打で先制すると、続く5回に山崎武選手が2試合連続となる3ランで4点を奪い、投げては田中投手が1失点無四球完投で4対1と快勝。投手を二人しか使わずに第一ステージを通過しました。
 直前に監督去就問題でゴタゴタがあった時は、かなり福岡に好機もあるのではと思っていたのですが、そんな事を感じさせない圧勝でした。勢いとチーム力を改めて感じました。

 一方セリーグのドラゴンズ-東京の1回戦は、中盤までドラゴンズが2点をリードし、チェン投手は6回まで1安打投球。ところが7回に1点を返されると、さらにデントナ選手の逆転2ランが出ます。そして継投陣がドラゴンズ打線を抑え、3対2で東京が勝ちました。
 率直に言って、ドラゴンズが圧倒的有利だと思っていたので、この結果には驚きました。
 そして本日行なわれた第2戦は吉見投手と館山投手という、最多勝を分け合った二人の先発となりました。
 1回裏、ドラゴンズが先頭の井端選手の二塁打を足がかりに四球と失策で満塁とし、和田選手の併殺崩れの間に先制します。しかし2回表、東京は川本選手の2ランで逆転。その裏にはドラゴンズが谷繁選手のソロと、両捕手の本塁打で2対2となります。
 序盤は点の取り合いでしたが、そこからは最多勝投手同士らしいゼロ行進になります。ともに得点圏までは何度も走者が進みますが、そこからのあと一本が出ません。
 そのまま同点で迎えた7回裏、先頭の谷繁選手が安打し、犠打と内野ゴロで2死三塁とします。ここで打席には荒木選手が入ります。本日およびレギュラーシーズン合わせて館山投手相手に安打はゼロでしたが、この重要な所で出た「初安打」が適時打となり、ついにドラゴンズが勝ち越します。
 吉見投手は8回に2死から失策で走者を出しますが、青木選手を抑えます。そして9回は浅尾投手が登板。この時は9月下旬から登板がなかった岩瀬投手は間に合わなかったのかと思ったのですが、1死を取ったところで交代します。そして岩瀬投手はいきなりガイエル選手を歩かせましたが、続く畠山選手を併殺に打ち取って試合終了。1勝1敗で最終戦を迎えることになりました。観客数は3万8千1百人ほどでした。

2009年10月16日

90度曲がった世界

 仕事で「コンピュータの画面がいきなり90度曲がった」という問い合わせがありました。調べてみたところ、我が社で使用しているHP社のPCは、デスクトップで右クリックし、HP社製のビデオコントロール画面を出すと、右クリックメニューをマウスでなぞるだけで、画面を回転させてしまう、という事が分かりました。
 普通に操作していれば出ることはないのですが、何かの表紙で手が滑ったのでしょう。
 同じ操作をすれば簡単に治ることは分かりました。ただ、電話で説明する前に自分のPCで画面を回転させてやってみると、マウスが思うとおりに動きません。
 一瞬不思議に思ったのですが、そのうち、今の画面設定だと、ディスプレイを90度傾けてマウス操作をしているような状態だ、という事に気付きました。
 そこで、実際にディスプレイを横にして操作したところ、今度は順調に動かすことができ、問い合せした人にもその方法で操作説明し、無事元に戻りました。
 それにしても、何でこんな機能がついたのかと思いました。事務用のデスクトップパソコンで画面を90度回転させて使う、などという事は絶対にないでしょう。今回のような誤操作はなかなかないとはいえ、絶対に使われないし、動作すると利用者が困るわけです。ならば最初からそんな機能は使えなくしたほうがいいと思いました。

CS第1戦、東北が圧勝

 今日からCSが開幕。第一ステージはパリーグが今日からで、セリーグは明日から、第二ステージはパ・セとも21日から26日となっています。
 というわけで「開幕戦」は仙台で行なわれた東北-福岡となりました。先発は岩隈投手と杉内投手なので投手戦かと思われました。
 ところが岩隈投手は初回を三人で抑えますが、その裏、東北は高須選手がいきなり先頭打者本塁打を放ちます。さらに四球で2死1塁とすると、セギノール選手が2ランを放ち、いきなり3対0となりました。

 さらに3回裏、この回先頭の高須選手が二塁打を放つと、犠打の後、鉄平選手の適時打で追加点を挙げます。さらにセギノール選手が犠飛を放った後、中島選手が左翼ポール直撃の2ランを放って7対0に。杉内投手は2回2/3で43球を投げてのKOと、まさかの展開を見せます。
 3回まで無走者に抑えていた岩隈投手ですが、4回1死から川崎選手に初安打を許すと、連打と四球で満塁に。続くオーティズ選手が2点適時打を放ちます。さらに、2死2・3塁から田上選手は二塁ゴロを打ちますが、これを高須選手が失策し、この回合わせて4点。即座に3点差に戻ります。
 続く5回表、福岡は先頭の吉川選手が安打すると、3点を追う展開ながら続く本多選手は犠打で走者を進めます。さらに川崎選手が四球を選び、一発出れば同点という場面になりましたが、ここで岩隈投手は松田選手・小久保選手を連続三振に打ち取り、0点で抑えます。
 一方、3回途中から登板した大隣投手も好投し、7対4のまま6回に。次に得点した方に流れが来そうな展開になります。
 そして6回裏、1死から中島選手が左前打を放ちますが、これをまず左翼手が弾きます。さらに二塁送球がそれ、ダブルエラーで一気に1死三塁となります。ここで草野選手が詰まりながらも中前に落ちる適時打を放つと、さらに二死満塁から渡辺直選手が2点適時打を放ち、10対4に。これでほぼ試合の趨勢は決まりました。
 そして続く7回裏に山崎武選手が左翼席に本塁打を放ち11対4と再び7点差とします。
 大差はつきましたが、岩隈投手はマウンドに上がり続けます。そして9回も2死から安打されますが最後は抑え、そのまま完投勝利。132球投げて6安打2四球4失点(自責2)という内容でした。
 プレーオフから数えて過去5年の第一ステージでは、うち4回が初戦に勝ったチームが勝ち上がっています。ましてや、エース対決で相手エースをKOしての勝利ですから、東北が圧倒的有利になったと言えるでしょう。観客数は2万1千3百人ほどでした。

ちぃばす巨大化

[ 交通 ]

 かつて廃止された都バス路線に沿う形で、港区が運営しているちぃばすという路線があります。
 たまに見かけると、そこそこの混雑率だったので好調なのかと思っていました。そして、今日久しぶりにみたところ、昨年までの小型バスから中型バスにグレードアップしていました。それだけ、乗客がいるということなのでしょう。

 かつて廃止された路線からの改善点といえば、値段が半額の100円というのと、停留所の数が増えた、ということがあります。一方で、かつては六本木からさらに青山一丁目・信濃町を経由で新宿まで行っていたのが、現在は六本木止まり、というマイナス点も存在します。
 にも関わらず、かつてと同じ中型バスで運行できるようになったわけです。それだけを考えれば、最初から既存路線を廃止しなくてもよかったのでは、とも思えてきます。
 港区には他にもかつて愛用していたバス路線が廃止になっています。この「小さくなくなったちぃばす」を見たときは、それらの路線も復活させられないものかと思いました。

2009年10月14日

自己主張が激しすぎる人

 千葉県白井市が主体となる第三セクター「白井梨ブランデー株式会社」が破産申請をした、というニュースを見ました。その会社はもちろん、「梨ブランデー」というものの存在すら知りませんでした。
 ただ、先月、隣接する鎌ヶ谷に行った際、この地域が梨の一大産地だと知って驚いた事もあり、どんな会社だったのか気になり、調べてみました。

 Googleで公式サイトを検索したのですが、サイトを見る前にまず驚きました。検索結果一覧にはページタイトルとして設定された文字が載ります。会社のトップページですと普通は「会社名」になります。中には、SEO対策で「会社名+主力商品」としているところもあります。
 ところが、その会社は「○○が代表の白井梨ブランデー株式会社。高級ブランデー・・・。」となっていました。実際には「○○」に社長名が書かれているのですが、少なくとも私はその名前を知りません。
 今まで色々な企業のサイトを見ていましたが、トップページのタイトルが社長名で始まるのは初めて見ました。せめて創業社長なら分からなくもありません。しかし、第三セクターの雇われ社長という事を考えると、異常なまでの自己顕示欲だと思いました。
 開いたトップページも、商品よりも社長氏の写真のほうが目立っており、会社のサイトというより個人サイトみたいでした。
 そこで、今度はその人の名前で検索をかけてみました。するとウィキペディアのページが出てきたのですが、その内容は完全な賞賛記事でした。どう考えても、本人もしくは関係者が書いたとしか思えません。逆に言えば資料価値はゼロです。
 まあ、考えようによっては、「破綻した会社のサイトにふさわしいページタイトル」なのかもしれません。ある程度の自己主張は必要でしょうが、あまり過度になるとよくない、という典型例を見たと思いました。

2009年10月13日

犬宰相

[ 漫画 ]

 書店の漫画コーナーを見ていたら、写実画風の老人ばかりが表紙になっている漫画文庫が平積みされていました。
 それぞれに歴代総理の名前が書かれており、作者はさいとうたかを氏となっていました。戦後政治史を首相を単位に描いた作品のようです。
 題名を見てみたところ、「歴史劇画 大宰相」とありました。その名付け方自体は普通なのですが、文字の配置がかなり奇妙なのです。「歴史劇画」のフォントサイズは「大宰相」の10分の1くらいで、しかも「大」の右上にあるのです。

 したがって、あたかも、「歴史劇画」が「大」に付随する点のように見えてしまいます。そのため、遠目には「犬宰相」と読めてしまいます。(参考画像
 他にも配置の仕方はいろいろあります。したがって、何か意図しているとしか思えません。そういえば、氏の代表作である「ゴルゴ13」では、何巻かに一話の割合で、戦後の日本経済はアメリカにいいように支配されている、という告発みたいな話が定期的に描かれています。
 そのような「属国」を築いていった戦後の歴代首相に対する作者の認識からこのレイアウトが決まったのだろうか、などと思いました。

2009年10月12日

ハブ空港

[ 交通 ]

 国交相が、羽田空港をハブ空港にする、と発言したそうです。この言葉、15年くらい前に関空が出来た時に初めて聞き、中部国際空港が出来た時もよく聞いた言葉です。しかしながら、その後、両空港とも「ハブ空港」と呼ばれていないので、目指したはいいものの、実際にはなれなかったようです。
 一方で、2001年に開港した、韓国の仁川空港は、韓国のみならず東アジアのハブ空港として活躍しているそうです。ならば、そこから飛行機で2時間くらいで行ける羽田が、新たにハブ空港になる必要はなさそうです。

 ハブ空港の私の認識は、「国際線相互を含む、複数の航空路線の乗換えが行なわれる空港」と認識しています。もしそうならば、別に日本になくてはならない物とも思えません。
 まあ、空港新設だの拡張だのの時によく名前が出るところを見ると、この肩書きをつければ、さほど必要性のない空港工事でも大義名分がたつ、というものなのだろうか、と思っています。

2009年10月11日

2009/10/11の更新

 「第三世界の長井」第六話の感想を掲載しました。

全日本サッカー選手権で番狂わせ続出

 トッププロから高校チームまで参加し、元旦に決勝戦を行なう、サッカーの全日本選手権で波乱が続出しています。
 昨日、J2の湘南と水戸が大学チームに負けたのに驚いたら、今日は何と二年前のアジア大会を始め、何度も優勝経験がある浦和レッズが、「地域リーグ」所属の松本山雅FCに敗れてしまいました。
 サッカー下部リーグの仕組みはよく知りませんでしたが、調べたところ、J1の下にJ2が、その下にJFLがあり、さらにその下にあるのが「地域リーグ」だそうです。野球で言えば、一昨年のアジアチャンピオンであるドラゴンズが、関西独立リーグに所属している神戸9クルーズに負けた、という感じでしょうか。

 ちなみに、チーム名の「山雅」というのは、チーム創設時に選手達が愛用していた喫茶店の名前とのこと。そのあたりにも、「下部リーグのチーム」という印象がより一層強まります。
 他にも、J1の柏が勝ちはしたものの、ジェフ千葉の下部組織である「ジェフリザーブス」というチームに、0対0のまま引分け、PKで辛うじて勝つ、という試合もありました。
 ちなみに、10年近く前のフランスで、アマチュアチームである「カレー」が決勝に出た時も、それだけで日本でもニュースになりました。当時も今もフランスサッカーの事など何も知らない私が、それを10年経った今でもそのチームの事を覚えているほどです。それだけ、「番狂わせ」というのは印象に残るわけです。もちろん、あまり多発しては上位リーグの権威が疑われてしまいかねませんので、あくまでも「ほどほど」がいいのでしょうが・・・。
 ちなみに、私のサッカーにおけるひいきチームである愛媛FCは、同じJ2所属の福岡に負け、今日で終戦となりました。それもあって、この後は、番狂わせを最大の楽しみにして、全日本選手権を見物しようと思っています。

2009パリーグレギュラーシーズン終了

 仙台で行なわれた東北-福岡は今季パリーグレギュラーシーズン最終戦。東北がもう1回負けていたら、この試合は、「勝った方が2位となり、CS地元開催」という大一番でしたが、既に東北が2位を決めているため、消化試合となりました。とはいえ、五日後に開始するCSの前哨戦、という意味では両チームにとって色々な価値があるとは思いますが・・・。

 試合のほうはラズナー投手と和田投手の先発でしたが、初回に内野ゴロとオーティズ選手の適時打で福岡が先制すると、中終盤には川崎選手の2ランと田上選手のソロと、本塁打攻勢で追加点を挙げます。
 一方、復帰後不本意な投球が続いていた和田投手ですが、今日は5回を無失点と好投。以下は合計7投手をつぎ込む細かい継投で完封リレーを達成し、最終戦を飾っています。観客数は2万6百人ほどでした。

 これで、パリーグはレギュラーシーズンが全て終了しました。
 優勝は、2年ぶりとなる北海道で、ここ4年で3回と、すっかり「パリーグの盟主」となっています。東京ドーム時代は、最後の10年でAクラスが2回だけだった「弱小球団」でした。それが、2004年の移転後の6年で優勝3回でBクラスは1回のみですから、その強化ぶりは驚異的です。
 さらに驚く事は、看板選手が続々と抜けている事です。移転時の顔であった新庄選手を始め、2006年の優勝時のMVPやリリーフエースがことごとく移籍・退団しました。一方で、目立つ補強といえば、2005年にFA加入した稲葉選手くらいです。もちろん、稲葉選手の優勝への貢献度は計り知れないものがありますが、選手の出入り、という点だけで見れば、あきらかに主力が減っています。
 それでこれだけの成績を残せるのですから、いかに選手をよく育てているかが解ります。
 そしてもう一つ感心させられるのが、日々進歩するファンサービスです。優勝決定の日は、優勝会見をグランドでやり、さらに球場内で行なわれたビールかけも、オーロラビジョンで中継していました。
 そして最終戦では、監督の挨拶の後、いきなり、「今度はファンの皆さんからお祝いです」というアナウンスがあり、オーロラビジョンから嬉しそうに祝辞を言う老若男女のファンが映し出されました。
 さらに、選手がグランドを一周すると、今度はマスコットの「B.B.」がマイクを持って選手に近づき、インタビューをしていました。そして、主力選手の声が直接ファンに届けられました。
 千葉においては、「進歩的なファンサービス」など、ここ数年見ることがなかったので、驚くと同時にうらやましく思ったものでした。

 今季のパリーグにおけるもう一つの主役は、2位に躍進した東北でしょう。昨年前半に首位に立ったときも、一昨年までとは質の違う強さを感じたものでしたが、その時は長持ちせず、結局5位に終わりました。
 今年も序盤は上位にいたものの、交流戦あたりから同じような展開で下位に落ち、7月8日には千葉と入れ替わって5位まで落ちました。このまま昨年のようになるのか、と思いきや、1日で4位に戻るや、そこから着実に白星を重ね、3位さらには2位と順位を上げてきました。
 千葉同様、シーズン前に監督が今季限り、という異様な状況で望んだわけですが、そこからのフロントの動きは大違いでした。開幕直前に宮出選手を補強したのに始まり、中盤にはリンデン選手を補強し、これらが功を奏しました。
 また、野村監督に対しても、中傷記事を流させる事などはせず、サポートしてきました。もっとも、ここ数日雲行きが怪しくなり、CSに心配が残るところではありますが・・・。
 いずれにせよ、創設時の惨状を考えると、5年でここまで来たという事には、驚きと賞賛をおぼえます。

 3位の福岡は、昨年最下位になり、今年も斉藤投手のみならず、新垣投手・和田投手と、かつての「四本柱」の三本が抜けるという惨状でした。そして序盤は低迷したのですが、それを救ったのは、新人の攝津投手・新外国人のファルケンボーグ投手という、強力な中継ぎ陣でした。
 目立った扱いを受けませんが、この中継ぎ陣が安定した中継ぎ陣というのがいかにチームにとって役立つかと改めて感じさせられました。リリーフ陣の離脱・不調で昨年の日本一から四位に落ちた埼玉と比べると、より一層そう思います。
 また、長谷川選手・田上選手といったところの成長並びにレギュラー固定と、緊急補強したオーティズ選手の活躍も大きかったのでしょう。

 埼玉は、先述したようなリリーフ陣の不調に加え、戦力の積み増しがなかったのが痛かったように思えました。合併球団は、先発陣の不調と、相次ぐ主力の怪我が大きかったと思われます。まあ、合併球団の場合は、ここ何年かの成績を見れば分かるように、昨年が突然変異的なできすぎで、今年は従来通り、と言えなくもないですが・・・。

 投手個人成績のほうは、最多勝が涌井投手・防御率がダルビッシュ投手・奪三振が杉内投手と、「三強」がそれぞれ主要タイトルを分け合った形になりました。一方、その三部門で全てベスト3に入った田中投手は、来年以降大いに期待できます。
 リリーフでは、セーブが武田久投手で、ホールドは新人の攝津投手でした。ホールド2位はファルケンボーグ投手で、これがいかに大きかったかは先述した通りです。
 一方、打者個人成績は、中村選手が本塁打と打点の二冠でした。秋に離脱がありましたが、なければ確実に50本に到達していたでしょう。もはや、パリーグではダントツの長距離打者と言ってもいいかもしれません。また、41歳ながらこの両部門で2位につけた山崎武選手の活躍も驚異的と言えるでしょう。また、首位打者は鉄平選手が取りました。移籍で能力が開花した典型的な選手という感じです。また、盗塁王は三年連続で片岡選手でした。2位には7差をつけています。もはや、足においては、他の選手と完全に水を空けたという印象がありました。

 というわけで、5日あけて金曜からはCSが始まります。第1ステージは、数日前まで東北有利と思っていましたが、ここ数日のゴタゴタで少々分からなくなってきました。そのあたりを解決し、ぜひともいい試合を見せてもらいたいものです。

 ところで今日行なわれたセリーグの東京-ドラゴンズは8回にデントナ選手に逆転2ランが出て東京が逆転勝ちしたのですが、これを巡って落合監督が抗議し、騒動になりかけました。
 左翼ポールの左側を通ったようにも見えましたが、右翼側からポールを映したビデオでは、明らかにポールを巻いています。しかし、落合監督がなかなか食い下がらず、審判団の説明もあまり上手くなかったので、左翼席のドラゴンズファンの一部が怒り出す場面もありました。
 見ていて、「証拠映像」をオーロラビジョンで流せば一発で解決なのに、などと思ってしまいました。8月から試験的に導入されているビデオ判定ですが、今回の騒動を見ると、やはり本格導入が必要なのでは、と思いました。
 (追記)なんでも、落合監督は、ファウルのように見える映像がオーロラビジョンに流れたのを見て、猛抗議したとのこと。ならば余計に、「明らかに本塁打」の映像も流せば良かったのに、と思いました。

2009年10月10日

寝坊と寝過ぎ

 昨日の朝、目が覚めたら、目覚ましをかけていた時間から35分くらい経過していました。こんな寝坊することなど、ここ5年ほどありませんでした。
 もっとも、普段の起床時刻は各駅停車に座って乗ることを前提に設定しています。したがって、満員の快速に立ちっぱなしで乗って行ったところ、何とか定時には会社に着きました。
 その晩、夕食を食べてしばらくしたら、これまた強烈な眠気が。まあ、普段も、夕食後に眠くなり、1時間くらい「夜寝」することはあります。そのつもりでの一休みだったのですが、目が覚めたのは、今日の朝6時半でした。

 この時は、「むしろ早寝早起きで健康的だ」と思い、昨晩できなかった洗い物やゴミ捨てなどをやったのですが、終わるとまた眠気が。結局それから10時半くらいまで寝てしまいました。また、目が覚めている間も、かなりぼーっと過ごしていました。
 さらに夕方に眠気が来て、また2時間くらい「夕寝」までしていました。というわけで、一日の半分以上を寝て過ごした事になります。
 まあ、先月末からここまで、実質的な休みは一日しかありませんでした。それを含め、ついつい疲労が蓄積していたのでしょう。
 休みの数が増えるのは難しいので、日頃の生活を改善するよりありません。もちろん、「早寝」を習慣化するのが唯一かつ最善の手段という事は解っています。しかしながら、ついつい夜更かしする生活を10年以上続けていました。
 しかし、ここ二日の疲れぶりから、そろそろ本格的に生活改善する必要がありそうだ、と思うようになった次第です。

2009年10月08日

運休地点に幸運を感じる

[ 交通 ]

 出勤中、本八幡駅に着いたら、「強風のため、本列車は当駅で運転を打ち切りますす。都営線・京成線の振替輸送をご利用下さい」というアナウンスが流れました。「遅れます」とか「運転を見合わせま」なら何度かありましたが、「運転を打ち切ります」というのは車両故障を除けば初めてです。
 振替輸送が発生した場合、運転再開の可能性も考える必要があるのですが、折からの台風の事もあり、今日はほぼ即決。都営新宿線に乗換えました。幸い、座ることができたため、所要時間は45分ほど余計にかかったものの、ラッシュに押しつぶされることもなく通勤することができました。

 市ヶ谷駅に着いたところ、相変らず中央・総武各駅停車は止まっていました。というより、首都圏のJRが全て止まっている、とアナウンスされていました。
 その状況を知り、本八幡に着いたときに止まった、というのは非常に幸運だった、ということに気付きました。隣接する市川や下総中山で止まった場合、京成線に振替えるしかありませんが、いずれも各駅しか止まりません。
 さらに都内に入り、小岩から平井の間で止まったら、その京成線すら利用は困難です 45分遅れでしかもほぼ全区間座る、などはありえなかったでしょう。
 実際、平井駅を利用している人は、渋滞のバスに揺られて東大島に出て都営新宿線と言っていました。また、中央線を利用している人は西荻窪で止まってしまい、これまたバスで荻窪に出て、そこから丸ノ内線を使ったそうです。普段なら9時に着くところが11時過ぎになった、という人もいました。
 自分の幸運を喜ぶと同時に、いくら過去10年最大級の台風が来たとはいえ、首都圏全線運休というのはいかがなものか、と思いました。実際、都営新宿線や京成線は動いているわけです。
 確かに、事故を発生させないのには運転しないのが一番の「安全対策」です。とはいえ、もう少し線路の保守に予算をまわせば、他鉄道が運転しているのにJRだけは運休、という事態は防げるのでは、と思いました。

大敗で2009年シーズン終了

 仙台で行なわれた東北-千葉は今季最終戦でした。先発は永井投手と唐川投手。今日は昨日フル出場したサブロー選手が外れました。やはり、昨日はかなり無理をしての出場だったのでしょう。そんな中、岩隈投手から本塁打したものだから、凄いものです。
 唐川投手は初回を三者凡退に抑え、2回も簡単に二死に取ります。しかし、そこからセギノール選手に初安打を許すと、小坂選手にも連打され、続く中谷選手に先制適時打を許します。さらに失策と適時打があり、この回一気に4点を失ってしまいます。
 一方、打線は、3回表に2死から塀内選手が内野安打で初の出塁を果たしますが、得点には結びつきません。

 先制された唐川投手は、3・4回は三者凡退に抑えます。しかし、続く5回に2死を取った後、草野選手に7号ソロを喫し、追加点を奪われます。
 一方、打線は永井投手の前に、7回まで3安打無四球に抑えられ、攻略の糸口すらつかめません。
 その裏、唐川投手は連打と犠打で1死2・3塁とし、連続適時打で3点を追加され、10安打8失点で降板となりました。続いては、昨日に続く連投となった渡辺俊介投手が登板。今日は四球を一つ出したものの後は抑え、2/3イニングを投げて規定投球回数に達しました。
 8回は上野投手が登板しますが、制球が定まらず、四球二つと安打で満塁とし、内野ゴロでついに9失点。打線は二番手の川岸投手に抑えられ、9対0と大敗しました。ある意味、今季の戦いぶりを象徴する最終戦、という感じでした。東北はこれで「2位マジック」を「1」としています。
 試合終了後、東北はヒーローインタビューを待ってくれました。降りしきる雨の中、選手たちとともに、監督の応援歌を歌う右翼席にファンに最後の挨拶をして、グランドを去りました。これで、「第二期バレンタイン政権」は終了となりました。
 今季成績は62勝77敗で借金15。首位と18.5ゲーム、3位と11.5ゲーム離れた5位でした。もちろん、バレンタイン監督政権で最悪の成績です。これについて、バレンタイン監督は、「全ては指揮官である自分の責任」と言っていました。あの状況で一年間指揮を取ってこのような談話を残せる事はもちろん尊敬に値します。
 しかしながら、今季のこの惨状の責任は、バレンタイン監督にはありません。そのあたりについては、また後日書く予定です。

2009年10月07日

バレンタイン監督、本拠地最終戦で勝利

 今季の千葉主催最終戦になる、千葉-東北戦の観戦に行きました。幕張本郷駅では、「当日券はあとわずかです」と係員が言っていましたが、あいにくの雨という事もあり、出足はあまりよくありませんでした。おかげで、内野自由2階バックネット裏にある「いつもの席」を無事に取ることができました。
 試合のほうは、成瀬投手と岩隈投手が先発。千葉の打順は一番遊撃西岡選手、二番二塁堀選手、三番一塁福浦選手、四番右翼サブロー選手という、「2005年オーダー」でした。この並びも、堀選手のスタメン二塁も今季初と記憶しています。
 以下も、六番今江選手、七番橋本将選手、八番里崎選手と、五番の大松選手、九番の早川選手以外は、2005年の優勝に貢献した顔ぶれでした。当時を懐かしく思うと同時に、僅か4年でこのような事になってしまったとは、と思い、少々もの悲しくなりました。

 1回はともに三人ずつで終わります。しかし2回表、成瀬投手は先頭の山崎武選手に安打されると、そこから制球を乱し、連続四死球で無死満塁に。そして、1死後、昨日の死球で欠場した鉄平選手に代わって抜擢された聖澤選手に、一塁ベースを直撃する2点適時打を打たれてしまいます。
 さらに打席は、バスター打法の中谷選手が。打法の利を活かして、一度スクイズするもののファウルに、さらに次の球もスクイズしようとしますが、これはバッテリーが読んで外し、三塁走者のリンデン選手を挟みます。リンデン選手は本塁でアウトになる際に、グラブを肘で弾いて球を飛ばし、その間に一塁走者が三塁まで進みましたが、さすがにこれは守備妨害を取られ、走者も二塁に戻されました。
 その裏の先頭は、9月12日以来の出場となったサブロー選手でした。久々の打席でしたが、岩隈投手の球を右中間に弾き返すと、そのまま右翼席に入り、22号ソロで即座に1点差に迫ります。
 さらに続く3回、先頭の早川選手が二塁打して内野ゴロで1死三塁とし、堀選手が中前に抜ける適時打を放って追いつきます。この「2005年打順」が成功して追いついた、というのは嬉しいことでした。
 追いついてもらった成瀬投手は、直後の4回に2安打されますが、0点に抑えます。その裏、二死無走者から橋本将選手が右翼方向に飛球を打ち上げます。風はたいしてないのですが、雨の影響か、これを中島選手が捕りきれません。しかし、アウトと思いながら橋本将選手は二塁に走っており、球は二塁に帰ってタッチアウト、「珍プレー」となってしまいました。
 なお、この4回に、オーロラビジョンなどで小宮山投手の語録などが流れます。ところが、その時、右翼席からはランビン選手の応援歌が流れました。今季での退団と言われているランビン選手とバーナムJr選手が、何と右翼席に来ていたのです。続いて、バーナムJr選手の応援歌も流れました。
 続く5・6回といずれも先頭打者を安打で出しますが、岩隈投手を攻略しきれません。一方、成瀬投手も5回から7回までを1安打に抑え、2対2のまま終盤に入ります。
 7回に東北は二番手に佐竹投手を投入し、0点に抑えられます。一方、千葉も7回で137球投げた成瀬投手が降板します。そして8回からは渡辺俊介投手が登板。しかし、いきなり死球で走者を出し、続く打者の犠打は二塁でアウトにしたものの、四球で危機を広げて降板となりました。あと2/3イニング投げれば今年の規定投球回数に達したのですが、1/3を残した事になります。果たして、明日は登板するのでしょうか。
 そして、この危機に荻野投手が登板。3球で併殺に打ち取ります。
 その裏、福浦選手が佐竹投手に打ち取られると、三番手に福盛投手が登板。サブロー選手は打ち取られますが、二死無走者から大松選手が右翼線に二塁打を放ちます。すると、続く今江選手が左翼手の脇を抜く二塁打を放ち、ついに勝ち越しに成功します。
 さらに橋本将選手が0-3となり、最後は捕手が立ち上がる形で四球に。続く里崎選手の打球は、右翼線にフラフラと上がりますが、前進守備を敷いていた右翼手が取りきれず、2点適時三塁打となり、5対2となりました。
 9回表、場内からは「小宮山コール」が流れますが、シコースキー投手が登板。いきなり安打されますが、そこから抑えて2死2塁となります。するとここでバレンタイン監督が立ち上がり、再び流れる「小宮山コール」の中、今度は本当に小宮山投手が登板します。
 そして、代打のセギノール選手が初球をいい当たりで弾き返しますが、これはサブロー選手の守備範囲で試合終了。小宮山投手は1球で引退登板を飾ると同時に、プロ野球史上最年長である44歳でのセーブを達成。また札幌ドームが試合中だったため、この瞬間、北海道が2年ぶりの優勝を決めました。
 引退登板でプロ野球記録を作り、かつリーグ優勝が決まるなど、空前絶後でしょう。
 試合開始前から終わるまで、ずっと雨が降り続いていましたが、試合終了後も客足は増す一方で、最終的には2万9千392人でした。中には、8回くらいに入場したお客さんもいたほどでした。

 終了後、いつもの本拠地最終戦同様、全選手がマウンド後方に並びます。そしてまずは小宮山投手の引退セレモニーが始まりました。
 これまでの活躍や、引退時の談話などが流れた後、小宮山投手の挨拶に。「子供の頃から投げるのが好きで、プロの投手になろうと思っていた」と言っていました。二浪して大学に入るなど、若い頃から苦労していただけに、その言葉は身に染みるものがありました。
 そして、このような体に産んでくれた両親に感謝した後、家族には「色々と迷惑をかけてごめんなさい」と謝っていました。大リーグに挑戦し、一年で解雇され、「浪人」として練習をしながら評論家活動をしていた経緯があるだけに、これまた心からの本音なのだろうな、と思いました。
 「オーナー・オーナー代行をはじめ、色々な方にお世話になった」と言い、最後に今の自分があるのは全てバレンタイン監督のおかげ、とお礼を終えたあと、「近い将来、このユニホームを着て、この場所に立てる日が来ることを願っています」と締めていました。
 お礼の対象にした球団幹部をオーナー代行までで止めたことおよび、残留要請をされながら、「ユニフォームを着て再び」と言ったのには色々な含みを感じました。もし、小宮山投手の希望がかなう日がくれば、その時は、またこの球場で指導者となった小宮山投手を応援したいものだ、と思いました。
 続いては恒例の「子供達による花束贈呈」となります。ところが、小宮山投手は三塁ベンチ脇から出てきた三人の子供からの花束を受け取らず、代わりに、一塁ベンチに行くように促します。
 そして、三人の子供さんは、ベンチにいるバレンタイン監督に花束を渡しました。改めて、小宮山投手がいかに監督に感謝していたかが改めて分かりました。

 続いて、バレンタイン監督の挨拶に。これまで、冒頭だけ日本語で話し、途中から英語に切り替えていた監督ですが、今日は最後まで日本語で話す、と最初に言いました。そして、その日本語を中曽根通訳が英訳する、という珍しい形になりました。
 そして、ファンへの感謝を述べた後、最後は「愛しています」で締め、グランド一周となりました。
 左翼席には、雨の中、東北のファンも残ってくれて、声援を送っていました。
 そして、場内が監督の応援歌を歌う中、右翼席前にいきます。すると、まず「プポ」コールが起きました。今季限りで退団する、統計アナリストのポール=プポ氏へのコールです。さらに、ランペンコーチ、さらには試合中はスタンドにもいたランビン選手・バーナムJr選手に続き、最後はベニー選手へのコールがありました。ランビン選手は、最後の「ランビンダンス」を披露してくれました。また、右翼席にはランビンコーチの背番号である「83」の幕も掲示されていました。
 そして一周した後は、一塁ベンチ前での胴上げに。2005年の優勝した時から、選手達は「マリンスタジアムで胴上げを」と言っていました。それがこのような形で実現するとは、当時は夢にも思っていませんでした。
 しばらくは名残を惜しんでいましたが、最後に大声援の中、バレンタイン監督がベンチに引き上げ、セレモニーは終了になりました。
 終了後も、しばらく一人で内野席に座り、色々な事を思い出していました。昨年暮れあたりからは不愉快な事のほうが多くなりましたが、それまではこの球場でいろいろ楽しむことができました。
 特に2005年は、自分の事で色々悩んでいた中、この球場でバレンタイン監督を初めとする千葉の選手の活躍を見て、エネルギーを貰う事ができました。それらをはじめ、色々ないい想い出をこの球場で得ることができました。
 そんな事が頭をよぎり、去りがたくはありましたが、いつまでもいるわけにもいかないので、先刻までの余韻を味わいながら、球場を後にしました。

2009年10月05日

北海道、マジック1で足踏み

 札幌で行なわれた、北海道-埼玉はスウィーニー投手と山岸投手が先発。スウィーニー投手投手といえば、一昨年、北海道が優勝を決めた試合で先発し、勝ち投手になっています。
 1回表、埼玉がいきなりの三連打で先制しますが、その裏、稲葉選手の適時二塁打で北海道が即座に追いつきます。
 さらに3回裏、先頭の田中選手が四球を選ぶと、1死後に稲葉選手の適時三塁打で勝ち越し。さらに四球で走者をため、小谷野選手の2点適時打で3点のリードを奪います。

 しかし直後の4回表、今季初一軍で初スタメンとなった高山選手が本塁打を放ち、埼玉が1点差に追いつきます。
 そしてその裏、埼玉は早くも山岸投手をあきらめ、二番手に小野寺投手を起用。これが成功し、小野寺投手は走者を一人も出さない好投を見せます。
 一方、北海道も87球を投げて8安打2四球3失点のスウィーニー投手を5回で諦めて継投に入ります。しかしこちらは失敗。いきなり江尻投手が死球を出して降板すると、代わった林投手から内野安打と犠打で1死2・3塁とし、暴投で同点とした後、佐藤選手の代打適時打で逆転されてしまいます。さらに続く7回、中村選手の自己新となる47号2ランで3点差となりました。
 4回から7回まで走者を出せなかった北海道打線ですが、8回に先頭の森本選手が内野安打で出塁します。ここで左の土肥投手が登板すると、稲葉選手はセーフティバントを行い、結果的に犠打となります。そして2死後にスレッジ選手の適時二塁打で2点差に迫りますが反撃はここまで。9回に埼玉が3点をダメ押しし、終わってみれば10対5と大勝。
 一方、大阪ドームではマジック対象チームの東北が合併球団に勝ったため、北海道のマジックは1のままでした。観客数は4万1千9百人ほどでした。
 これで明日、北海道は再び埼玉相手に本拠地で優勝を賭けて戦うことになりました。一方、対象チームである東北は千葉で試合があります。明日は観戦に行く予定なので、場合によっては優勝が決まる瞬間を生で見る可能性が出てきています。できれば、北海道には直接勝って先に決めてもらいたいものですが・・・。

2009年10月04日

Wiiフィット

 しばらく前に相方がWiiとWiiフィットを購入し、熱心にやっていました。そして、明らかに効果がありました。自分も慢性的な運動不足なため、日頃から勧められていたのですが、なかなかきっかけがつかめませんでした。
 しかし、今日は全く予定のない完全休養日でした。何をやろうかと思っていたところに、再度の勧めを受けたため、ついに「デビュー」することを決意しました。

 まず最初に「自分のキャラ設定」をするのですが、これが意外に面倒です。そして何とか終わると、今度は体のデータ測定が始まりました。幸い、BMIは標準よりちょっと低いという事で一安心でした。
 さらにいろいろやった後、運動を選ぶのですが、これがまた、多種多様あります。これだけの中から選ぶと大変だと思ったのですが、目的別にあわせて複数の運動を組み合わせた「パッケージ商品」がありました。
 そこから「快眠とストレス解消」を選んだところ、ヨガ二つと、足踏みしながら手を動かす、というのが入っていました。早速やってみたのですが、いずれも覚えやすくてさほど時間も取られず、これなら続けられそうだと思いました。
 それにしても、まさかゲーム機を使った運動で、二千数百年の歴史を持つヨガを初体験することになるとは思いませんでした。
 何とか続けて、慢性化した運動不足を解消したいものです。

世代の違い

 仕事がらみで、お互い初対面である四人でディスカッションする事になりました。まずは自己紹介という事で、最初に二十代前半で立派な体格の人が「中本コウジロウ」と名乗りました。そして、隣のこれまた二十代前半で小柄な人が「高木です」と名乗りました。
 心の中では大いにウケたのですが、当の二人はもちろんの事、もう一人の三十代前半の人も平然としています。
 私が子供の頃は、ドリフターズは誰もが知る存在でした。しかし、二十代前半ということは、「全員集合」が終わった後に産まれた世代です。余程のマニアでなければ、ドリフターズなど知るわけもありません。
 妙なところでジェネレーションギャップを感じさせられた、短いディスカッションでした。

大敗で対北海道18敗目

 札幌で行なわれた北海道-千葉は八木投手と大嶺投手が先発。今日は、南選手が一軍では初と思われる五番に入りました。
 初回、大嶺投手は2死1・2塁からスレッジ選手に27号3ランを喫すると、続く2回には金子誠選手に12号2ランを打たれます。さらに、1死満塁としてしまい、ここで降板。さらに代わった上野投手が押し出しと適時打で加点され、2回で8対0と試合はほぼ終わりました。

 八木投手に対し、3回に無死満塁の好機を作りますが、併殺の間に1点を取るに止まります。そしてその裏から小野投手が登板。「敗戦処理」は意外ですしたが、規定投球回数に到達させるためでした。
 その小野投手が北海道打線を抑え、8対1のまま試合は進みますが、7回に金子誠選手に3ランを喫し、11対1となります。しかしながら、この回を投げ終えた小野投手は、ちょうど144イニングに到達しました。
 そして8回にはこちらも規定投球回数まであと1/3と迫っていた清水直行投手が登板。2安打されながら、0点に抑えます。
 しかし打線は八木投手の前に抑えられ、8回に2安打するもここも0点に終わります。結局、7安打1四球ながら1点しか取れず、完投負けを喫しました。
 これで北海道の優勝マジックは3となっています。観客数は3万4千2百人ほどでした。試合終了後は、北海道のファンからもバレンタイン監督への声援が送られたとのこと。有難い限りです。

 仙台で行なわれた東北-埼玉は青山投手と帆足投手が先発。ここしばらく勝っていない帆足投手に対し、東北は初回、鉄平選手の11号3ランなどでいきなり4点を先制します。
 さらに1点差に迫られた直後の5回裏に、山崎武選手の38号3ランで即座に突き放し帆足投手をKO。さらにこの回1点を加えると、続く6回には鉄平選手のこの日2本目となる12号3ランで試合を決めました。
 そして14対5で東北が勝ち、球団創立初のAクラスならびにCS出場を決めています。観客数は2万9百人ほどでした。

2009年10月03日

意外な政令指定都市候補

 神奈川県の相模原市が政令指定都市になる、というニュースをみました。どちらかと言うと、郊外のベッドタウンという印象を持っていたので、少々驚きました。興味を持って調べてみたら、いつの間にか相模湖町など、西側に隣接している町を合併していたとのことで、さらに驚きました。
 ついでに調べたところ、相模原市のみならず、既に政令指定都市になっている市よりも、世田谷区のほうが人口が多いと言うことを知りました。それどころか、世田谷区より人口の少ない県も少なからず存在しているそうです。

 半年ほどとはいえ、世田谷区民だった身とすると、ならば世田谷区も政令指定都市に昇格してもいいのに、などと思いました。さしずめ、区を作るとしたら、三軒茶屋区・経堂区・二子玉区・等々力区・烏山区とでもなるのでしょうか。
 ついつい「二十三区」という固定観念で世田谷区を認識していたのですが、まさかそんな「大都市」だったとは思いませんでした。これからは、かなり印象が変わりそうです。

2009年10月01日

合わせて八選手に戦力外通告

 既に報道されていた高木投手に続き、七選手への戦力外通告が千葉から発表されました。高木選手以外で一軍での実績があったのは神田投手でした。
 特に2006年には中継ぎとして27試合に登板。8月頭まで防御率0点台と、中継ぎの四番手として活躍していました。
 しかし翌年からはだんだんと登板が減り、今年はついに一軍未登録で戦力外となってしまいました。

 また、2005年に自由枠で入団した手嶌投手は、その年の7月に一軍で先発登板したものの、結果的にはこれが一軍で最後の登板となってしまいました。
 先週観戦した、鎌ヶ谷で行なわれた二軍戦で先発し、4回途中で4失点で降板していました。この時は、「来季は勝負の年だな」と思ったのですが、まさかあれが「最後の登板」になるとは思っていませんでした。既に引退と球団職員就任が発表されているところをみると、あの試合は、本人の中でも最後という思いはあったのでしょうか。今となっては気になるところです。
 後の選手ですが、大卒3年目の江口投手と育成2年目の小林憲投手・白川選手・大谷選手、そして昨年育成ドラフトで指名された高卒の田中崇投手という面々です。
 うち白川選手と大谷選手は21歳で、田中崇投手は19歳です。
 昨年も二年前の高卒ドラフト1位選手をはじめ、21~22歳の選手を大量に解雇していました。いったい何のために彼らと契約したのか、まったくもってよく分かりません。

 試合のほうですが、所沢で行なわれた埼玉-千葉は西口投手と渡辺俊介投手が先発。初回、西岡選手が2球目を右翼席に14号ソロを放ち、千葉が先制します。
 一方の渡辺俊投手は1・2回と先頭打者に安打されながらも0点に抑え、4回の無死1・2塁も併殺などで凌ぎます。
 しかし打線が追加点を奪えず、1対0のまま終盤戦に入ります。
 そして7回、先頭の大松選手が二塁打し、さらに四球で1死1・2塁とすると、埼玉は岸投手をリリーフで起用。その後、四球で2死満塁としましたが、結局抑えられます。
 渡辺俊投手は8回も先頭打者を出し、犠打で進まれますが、後続を抑え、1対0のまま、今季初完封をかけて9回のマウンドに上がります。
 しかし、先頭の中島選手に安打されると、続く中村選手に四球で無死1・2塁に。「ピンチバンター」の佐藤選手に犠打を決められると、続くGG佐藤選手に詰まりながらも右前に運ばれ、逆転サヨナラ負けとなっています。観客数は2万5千2百人ほどで、埼玉は本拠地最終戦で150万人動員を達成しています。

 書けなかった昨日の結果も簡単に。所沢で行なわれた埼玉-千葉は許投手と小林宏之投手が先発。初回に先制されるも、2回に下位打線の安打をきっかけに一挙に4点を取って逆転。そして終盤にも追加点を挙げ、9対2で快勝していました。観客数は1万2千7百人ほどでした。

ブログ営業

 仕事でWEBデザイン会社の社長兼営業に会いました。初対面である私たちに対し、社長さんは手慣れた感じで自己アピールしていました。
 何でも、大の酒好きで、その「居酒屋紀行」をブログに載せているとか。それのSEOもうまくいっているようで、「「○○」をGoogleで検索すると二番目に出るようになった」とか言っていました。
 凄いとは思いましたが、逆に考えれば、飲みに行くときも、その感想をブログに書くときも、全て仕事を意識しているわけです。社長だから当然とはいえ、本来なら息抜きのはずの時間も仕事になるというのは気が休まらないのでは、などと心配してしまいました。
 まあ、本当の息抜きについては、ブログに書かず、自分の心にしまっているのかもしれませんが・・・。

 あと、ブログだの検索順位だのという話を聞いたときは、ついつい自分のサイトの事を思い出し、対抗意識(?)を心の中で持ってしまいました。
 とはいえ、「私もやっているんですよ。『巨乳ハンター』をGoogleで検索すると二番目に出てくるし、『ホモ映画館』をヤフーで検索すると五番目に出てきます」などと自慢したら、相手の心証はもとより、社内での自分の立場まで大変な事になってしまいます。
 というわけで、検索エンジン自慢合戦(?)への参戦は自粛し、おとなしく話を聞いていました。