2010年10月31日

循環夜行急行アルペン

[ 交通 ]

 図書館に行ったら、時刻表のバックナンバーが置いてありました。しかも、さまざまな年代のものがあります。最近の図書館はこんなサービスまでしてくれるのか、と驚きつつ、1972年の時刻表を借りました。
 自分は物心がついたころから乗り物が好きだったのですが、その物心がついたのは、ちょうどその頃でした。そういう意味では、「乗り物好きになった時の時刻表」とも言えます。

 その号は、新幹線岡山延伸記念号でした。まだまだ鉄路は伸びている時代です。そして、かなりのローカル線も含め、全国の隅々まで急行が走っていました。
 それらのダイヤを追っているうちに、臨時急行「アルペン」という不思議な列車を見かけました。10時半頃に大阪を出て北陸線に入り、直江津で曲がって長野に向かいます。そして長野からは夜行列車となって、中央線経由で名古屋に出て、東海道線を経由して早朝6時前に大阪に戻るのです。
 ちなみに、自分が時刻表を読み出した頃にも、この臨時急行「アルペン」は存在しましたが、その時は、平凡な北陸線の夜行急行となっていました。

 それにしても、なぜこのような列車を設定したのか分かりません。循環する路線というのは、経由する大半の駅で乗り降りする需要があるために設定されます。山手線のように、目白で乗って鶯谷で下りる人もいれば、日暮里で乗って大崎で下りる人もいれば、浜松町で乗って原宿で降りる人もいるから、循環路線が成立しているわけです。
 しかしながら、この「アルペン」が循環路線である意味がありません。当時は、17時30分頃に直江津を出て、深夜2時半に名古屋で降りる人、などという需要があったとでもいうのでしょうか。
 もしかしたら、当時ダイヤを作っていた人が趣味で設定した列車なのだろうか、と思いました。そして、今なら、この列車に大阪から大阪まで乗って、その模様をネットなどに書く人が多々いただろうな、などと思いました。
 こんな列車があったりするので、何の役にも立たないにも関わらず、ついつい38年前の時刻表を読みふけってしまいます。

2010年10月30日

台風の中移動する

 台風直撃のなか、いくつかの用事があって都内に出ました。出る前にCATVの営業担当者の来訪があったのですが、その人はかなりずぶ濡れになっていました。また、交通情報でも総武線は本数7割減で、東海道線は運休、などと出ており、少なからぬ不安を持っての出立となりました。
 ところが、少々遅れていたものの、総武線は普通に動いていました。また、風雨もさほど強くありませんでした。ちなみに、風に弱いことで知られている京葉線は、減数はあったものの、最後まで止まらなかったようです。

 どうやら、関東直撃は避けられたもようです。おかげで、心配していた明日の天気予報も、当初の「暴風雨」から「曇後雨」に変わっていました。そのため、いくつか入れていた予定も問題なくこなせそうです。
 したがって万々歳な結果なわけですが、その一方でちょっとした拍子抜けみたいな気分もあります。自分への被害が回避されたというのに不思議なものです。もしかすると、心のどこかで、初めて見た「暴風雨」という予報を体感してみたいと考えていたのだろうか、と思いました。我ながら奇妙な心理状態です。

2010年10月29日

アクセス特急初乗り

[ 交通 ]

 仕事で千葉ニュータウン中央に行きました。現地で落ち合う事になっていた人には、北総鉄道の普通列車に乗るスケジュールを提示されたのですが、せっかくなので、成田空港行きの「アクセス特急」に乗ろうと思いました。
 もちろん、それを理由にするわけにはいかないので、同行者には「その時間だと間に合わないので、次の特急にしてくれ」と言いましたが・・・。

 乗ったのは京急の車両で、運転台の後ろがクロスシートになっている車両でした。ちょうど、「スカイアクセス」に入る京成高砂駅でそこが空いたので、そこに移りました。
 ところが、いざ高速運転が始まると、急激な眠気に襲われました。14時過ぎという時間帯に、クロスシート・高速運転という組み合わせは、確かに寝ろと言っているようなものです。というわけで、折角の「特等席」であるにも関わらず、新鎌ヶ谷までずっと寝ていました。
 そこでやっと目が覚め、あとは関東私鉄としてはなかなかない速度を楽しみました。速度計は最速で120km/hまで行っていました。しばらくして、スカイライナーとすれ違いました。八両編成なのですが、ともに高速だったため、えらく短い編成のように思えました。あと、すれちがいざまに見たですが、前照灯が細長く、げっ歯類の歯のように見えました。
 この区間は北総線で最初に開通した区間で、当時は新京成線のローカル支線みたいな位置づけでした。そこに120kmの特急、さらにはスカイライナーまで走るとは、当時は想像もできませんでした。
 というわけで、わずかな時間ですが、「スカイアクセス」の一端を楽しむことができました。今度は全区間乗り通したいものです。

2010年10月28日

台風接近

 日曜日に台風が首都圏を直撃しそうとのことです。日曜の天気予報を見たら「雨」でなく「暴風雨」となっていました。そんな予告マークを見たのは初めての事です。
 普段の日曜なら、一日中家にいれば特に影響はありません。しかし、今度の日曜は、公私ともに予定が入っており、台風に直撃されると色々と困ることになります。

 あと、この日はJリーグの試合日です。半月ほど前に水戸に行ったとき、水戸ホーリーホックがこの31日の試合を「1万人チャレンジデー」として、宣伝しているのを見ました。
 おそらくは、比較的近くにあり、この試合でJ1昇格が決まる可能性もあった柏レイソルのサポーターを当て込んでの企画なのでしょう。
 しかしながら、もし台風が直撃したら、動員どころか試合すらできなくなる可能性があります。おそらくは、水戸の関係者いまごろ気が気でないでしょう。
 というわけで、自分のためにも、水戸ホーリーホックのためにも、台風にはぜひともそれてほしいものだ、と思っています。

2010年10月26日

ネットワーク設定画面

 とある事情で、Windows7マシンのIPアドレスを設定する必要が生じました。自宅では「7」を使っていますが、設定作業を行うことはあまりありません。そのため、実質的には初めての「7」での設定となりました。
 とはいえ、IPアドレスの設定画面については、Windows95からXPにいたるまで、ほとんど変わっていませんでした。したがって、「7」でも同じようにやればいいだろう、とタカをくくっていました。

 ところが、コントロールパネルからネットワーク設定画面は簡単に開けたものの、そこからどこをクリックすればいいか分からなくなりました。画面には様々なリンクがあるのですが、ネットワーク設定画面を想起させる文字がないのです。
 結局、それらしいリンクを当てずっぽうにクリックし、何度目かに設定画面にたどりつきました。そこについては従来と同じなため、あっさりと設定作業は終わりました。
 しかしながら、別の問題が発生し、再度設定しなおす事になりました。先程は当てずっぽうで開いたので、どこをクリックすればいいかを覚えていません。そこで、再び同じ手間をかけて、設定画面にたどりつきました。
 この変更がなされたのがビスタからなのか「7」からなのか分かりません。いずれにせよ、何でこんな分かりにくくしたのか、と不思議に思いました。普通に今まで通り「ネットワーク設定」というリンクがあっても誰も困らないと思うのですが・・・。
 まあ、職場で本格的に「7」が導入されれば、すぐに慣れるとは思います。とはいえ、当分の間は苦労しそうだと思った「設定画面の改悪」でした。

2010年10月24日

バカヅキ

 一年くらい前からネット麻雀をやっています。当初は四人麻雀でしたが、最近は三麻に切り替えました。
 今日は久々の休みかつ、ここのところの疲れで創造的な事を考える事ができない、という事もあり、昼過ぎからサッカーなどを見ながら打ち始めました。
 すると、麻雀を始めて以来か、というくらいのツキが到来しました。配牌の時点で、面子が二つくらいできている上に、ドラが何枚かある、というのが何度も続くのです。さらに、引きも非常に良くとんでもないバカヅキ状態となりました。

 行きつけのサイトは段級位制をとっています。昨日の時点では1級だったのですが、あっさりと初段に上がりました。そして、ほとんど二着も取らずに、一気に二段に連続昇段しました。
 ゲームなどで、いろいろと段級位があるものをやった事はありますが、一日に二階級上がるなど、生まれて初めてです。
 あまりのツキに驚くと同時に、ここで幸運を使い切る、というのはいかがなものか、という考えが頭をよぎったりもしました。
 とはいえ、やはり勝つのは気持ちがいいものです。ということもあり、「別に麻雀でのツキが増えると、他の事でツキが減るわけでもないし・・・」と目の前だけを考えることにしました。

2010年10月23日

迷惑なバー

 自宅PCで久々にIEを立ち上げたら、いきなり、「bingバー」のインストール完了確認みたいな小窓が表示されました。
 Windows7では、新しいプログラムをインストールする際に「システムに変更を加えますか?」という確認が面が表示されます。今回も表示されたのですが、「いいえ」を選択しても、元の画面に戻ってしまいます。
 仕方ないので、「はい」を選択したら、画面が閉じました。「はい」しか選べないなら、最初から選択画面なんて出すなよ、と思いながら、続いて「bingバー」をアンインストールし、元の状態に戻しました。

 このブラウザに追加される「バー」は各検索サイトが出しています。しかも、Flashをインストール際に、こちらでチェックボックスをオフにしないとGoogleツールバーがインストールされてしまうなど、本人が意図しないにも関わらず入ってきてしまいます。
 その結果、二つのツールバーがインストールされてしまい、画面上が妙に肥大してしまったブラウザを見たこともありました。また、それらのバーにある「ポップアップ制御機能」のため、業務で使っているWEBアプリの動きがおかしくなった、という事もありました。
 作る側がいくら便利だと思っても、使う人が求めていないアプリを意識せずにインストールさせる、などというのは、迷惑行為以外の何者でもありません。そんなことを、超大手企業が揃って行う、というのは正常な事とは思えません。
 前々から気にはなっていましたが、この「bingバー強制インストール」がきっかけとなり、改めてその思いを強くしました。

2010年10月22日

捏造屋の悪あがき

 ダルビッシュ投手が、ブログで来季も北海道で野球をやると明言しました。以前より、「大リーグ移籍」がスポーツ紙などに流れることはありました。しかしながら、本人のみならず奥さんも、常にブログで否定していました。
 にも関わらず、ちょっと前に、サンケイスポーツが「スクープ」し、それ以降、「大リーグ移籍が決定的」などという報道が、少なからず流れました。
 しかしながら、先日、本人が毎度のことながブログで否定、一連の報道が戯言でしかなかった事が判明しました。

 そんな中、「スクープ」したサンケイスポーツと同系列であり、自らもダルビッシュ、メジャー決断などという大嘘を掲載した夕刊フジが妙に悪あがきをしています。
 昨日は、「大リーグ移籍断念の裏事情」などという記事を、今日は「ブログの発表時期が別のチームの試合中だったのがKY」などという記事を流していました。
 見出しだけ見ても呆れるよりありません。「裏事情」なるものを知っているのでしたら、なぜ本人がブログで発表する前にそれを記事にしなかったのでしょうか。
 また、「試合中にブログで」などは論外以前です。そんなもん、どう考えても本人の勝手です。それによって一部野球ファンがツイッターに批判的な書き込みをした、などと鬼の首を取ったように書いています。しかし、ツイッターの書き込みを取り上げるのならば、その何百倍も書き込まれた「捏造報道批判」と取り上げるべきでしょう。
 このように捏造が明らかになりながら、それを隠して(?)さらに見当違いの文章を載せ、捏造記事の被害者を中傷するのですから、呆れるよりありません。はっきり言って、この「新聞」に書かれた事を信じるのは、オレオレ詐欺の電話を信じるのと同レベル、と言うよりありません。
 しかしながら、mixiをはじめとするネットメディアでは、このような捏造屋の流すものを、相変わらず掲載しています。サイトの信頼性を維持するためにも、もう少し「ニュース提供元」を選別するべきなのでは、と強く思いました。

2010年10月20日

ITpro EXPO2010に行く

 昨年に続き、ITpro EXPOに行きました。今年は、滞在時間にかなり制限があったので、、最も関心がある「クラウド」を中心に、興味のある技術のセミナーを聞きまくりました。そのため、パビリオンの展示はほとんど見れませんでした。
 その「クラウド」ですが、あれだけ日頃から報じられているにも関わらず、昨年と比べて目立った発展はなかった、という感じでした。強いて言うなら、「DaaS (desktop as a service)」という言葉が見受けるようになった、というくらいでした。

 もっともこれは、現在の自分の仕事において、クラウドと関わる可能性があまり高くないからかもしれません。いろいろと興味深い分野なので、いつか時間を取れたら、腰をすえて状況を研究したいものだと思いました。
 あとは、文書管理とセキュリティという、これまた仕事と関連性のあるセミナーを聞きました。というわけで、時間的な制約もあり、かなり限られた範囲での情報収集となってしまいました。
 ちなみに、通りかかったとある会社のブースでは、大河ドラマを意識したのか、坂本龍馬のコスプレをした女性が、土佐弁で商品紹介をしてました。本当はこういうトンデモ系なイベントもじっくり見たかったのですが、時間的制約のため、通り過ぎざるを得ませんでした。
 来年こそは時間をとって、もっと広範囲に情報を得たいものだと思いました。もっとも、一年後にそれだけ時間的余裕を持てる可能性はさほど高くないのですが・・・。

2010年10月19日

千代田線の駅番号

[ 交通 ]

 千代田線に乗りました。なんの気なしに番線案内を見たら、「4 大手町・西日暮里・北千住・綾瀬方面」と書かれた、番線・行先案内の看板に「C8~C20」と書いてありました。
 地下鉄の駅には「C10」という感じで名付けられた出口が少なからぬ駅にあります。そのため、最初は「行き先案内と出口案内を並べて記載するとは画期的だな」などと思いました。
 しかしながら、暫くして、この「C**」が、数年前から使われだした「路線名の頭文字であるローマ字と、起点駅からの駅数による数字を用いた『駅名表記』である事に気づきました。

 千代田線の頭文字は「C」のため、駅名表記も「C」で始まります。そのため、「C08~C20」などという、行先案内とも出口案内ともとれる表記がなされたわけです。
 はっきり言って、この表記、紛らわしいだけで、なんの利点もありません。たとえば、千代田線の大手町駅は「C11」となりますが、この「案内」を見て、「大手町に行こうと思っていたら、『C08~C20』という表記を見た。このおかげで、このホームに来る電車に乗れば『C11』こと大手町に行ける、という事が分かった」などと思う人は一人もいないでしょう。
 逆に、これを見たため、「C11出口」の場所を間違えてしまった、という人ならいたかもしれません。
 初登場時から常々思っていた事ですが、この「駅名を路線の頭文字と起点駅からの数で表記する」というものは、広まれば広まるほど利用者の利便性を下げるのでは、と改めて確信しました。

2010年10月18日

顔の判別

 昨日に続いて、同窓会での話を一つ。
 会場に、中学時代の写真を持ってきた人がいました。その中に、中学一年時の集合写真がありました。当時のクラスメイト達を見ていたのですが、一発で分かる人、名前を見れば思い出せる人、存在すら忘れてしまった人など、いろいろいました。
 そんな中、自分の写真を探したのですが、パッと見たところ、それらしき人はいませんでした。名簿と照合してやっと見つけたのですが、本当に自分だろうか、と思いました。

 ところが、会う人はみな自分を見て、「全然変わっていないね」と言います。自分では分からないのに、他人にはすぐ分かる、というのは不思議な感じでした。
 ちなみに、自分の学年以外の写真もあり、姉や弟も写っていたのですが、これまたパッと見ただけでは誰だかわかりませんでした。
 考えて見れば当たり前で、自分にしろ身内にしろ、今でも顔を見る機会があるわけです。当然ながら、中学時代とは年齢を経たぶん、細部が変わっているのは当然です。
 一方、久しぶりにあった人は、おぼろげな記憶のなかで、当時の自分の特徴だけを覚えているわけです。そして、今の自分を見れば、特徴が結びつき、「変わっていない」と思うのでしょう。
 いずれにせよ、自分では分からない「過去の自分」が、他人には一発で分かる、というのは面白い事でした。

2010年10月17日

中学時代の担任教師と再会

 一昨年より、毎年この時期に、中学の同窓会を行うようになりました。中学時代は4クラスあり、当時の担任教師のうち、お二方には二年とも出ていただいていました。残る二人のうち、一人は他界しておられます。そして残りの一人は私の三年時の担任なのですが、他の二人と交友はあるものの、二年とも出てもらえていませんでした。
 ところがついに今年は参加していただけるとのこと。お会いするのは高校を卒業して大学進学の報告に行った時以来なので、22年半ぶりとなりました。

 他にも、三年時に同じクラスだった人は何人かいました。しかしながら、20数年ぶりということもあり、当初は誰が誰だか分からない、という感じでした。
 ところが、しばらく話をしているうちに、どんどん記憶が戻ってきたようで、気がついたら、中学時代と同じ雰囲気での会話になっていました。私の事も、高校卒業時にちょっと挨拶しただけにも関わらず、どこの大学でどの学部に行ったかまで覚えてくれていました。
 そして、25年以上前の事であるにも関わらず、当時の逸話をいろいろと話してくれました。特に、荒れた生徒が多く、毎日のように教師たちで遅くまで飲んでいた、という話は印象に残りました。
 酒好きなのは当時も知っており、たまに放課後に先生たちで飲んでいたりしました。当時は、ちょっと奇妙に思ってもいました。しかし、その苦労話を聞いた後にその事を振り返ると、「それだけ頑張ってくださっていたのだな」と認識を改めました。
 自分は一応この会の幹事をやっています。昨年開催した時に、一昨年より参加者が大幅に減った時は「5年に一度くらいのほうがいいのだろうか」などと考えたりもしました。しかしながら、このように再会でき、思い出話を聞けると、「やはり毎年続けて良かった」と強く思いました。これからも、末永くこの会が続けば、と思っています。

愛媛FC、スコアレスドローでホーム4連勝ならず

 ホームで行われた、愛媛FC-FC岐阜戦を後半だけTV観戦しました。前半は0対0で終わり、後半もなかなか大きい好機が作れません攻めあぐねます。
 相手の岐阜は、後半途中からは引き分け狙いみたいな感じで、守備に専念するような感じでした。それに対し、愛媛MFの杉浦選手に代えてFWの福田選手を投入し、3トップで攻めていきますが、その守りを崩せません。

 何本かシュートを放つも、キーパーの正面に飛んでしまいます。上がってきた関根選手のクロスがゴール前に出るという最大の好機を作りましたが、石井選手がトラップを失敗したような中途半端なシュートとなってしまい、枠に入りませんでした。
 アディショナルタイムで関根選手が足をつって10人になってしまった事もあり、最後まで決定的な好機は作れません。結局そのまま0対0で引き分け、チーム初のホーム4連勝を逸してしまいました。
 勝てば順位が9位に上がっていた事もあり、かなり残念な引き分けと言えるでしょう。次節はアウェイで2位の甲府という厳しい闘いが待っていますが、何とか頑張ってほしいものです。

2010年10月15日

失敗の指摘

 他人が失敗したとき、こちらは優位に立てます。失敗の度合いによっては、罵声を浴びせたり、人格を否定することを言うことすら可能とは言えます。
 ただ、だからといって、その「権利」を行使するのが得かというと、かなり疑問があります。
 一つには、その失敗をした相手が自分にどんな感情を持つか、という事があります。その場では、おとなしく叱責を受けるでしょうが、別の時に自分が困ったとき、叱責した人はどのように接するでしょうか。
 また、自分も完璧な人間でない限り失敗はします。その時、相手に叱責されるのも、「お前は叱責したけれど、自分は人間ができているから叱責しないよ」という態度を取られるのも惨めなものです。
 そんな事を考えるので、ついつい他人のミスで迷惑を被っても、笑って終わらせてしまいます。もちろん、これによって何か得するとも思えないのですが・・・。

2010年10月14日

現実離れした絵

 数日前にコンピュータの将棋プログラムと女流棋士の清水市代さんと対戦して、コンピュータが勝った、というニュースを見ました。
 今回対戦したコンピュータは、169台676コアというスペックだそうです。最近のハードウェアの事はよく分からないのですが、とりあえず、かなりとんでもないスペックだという事くらいは想像できます。
 ところが、そのようなスペックのマシンを組む一方で、情報処理学会は、別の意味でとんでもないイメージイラストを発表しています。

 この絵を見たとき、ふと15年くらい前の将棋専門誌で、今回の対局者である清水さんが将棋プロの似顔絵投稿企画の審査員を行った時の事を思い出しました。
 その総評において、、「(前略)現実離れしたものもありましたが、未来を予感させるものがあり(後略)」という一言がありました。
 まさかその時はさすがの清水さんも、このような「現実離れをした」イメージイラストを持つコンピュータと自分が対戦する、などという「未来を予感」することはできなかったでしょう。
 せっかくだから、対局後の談話でも、この現実離れしたイメージイラストに関する談話も発表すればよかったのに、などと思いました。

2010年10月12日

2010/10/12の更新

 翔みなら絵ブログらくがきちょうを更新しました。

2010年10月11日

墓参りと都まんじゅう

 墓参りに行きました。帰りには、八王子駅近くにある、「都まんじゅう」を買いました。このまんじゅうは、味もいいのですが、それ以上に印象に残るものとして、「店内をガラス張りにしての公開製造というものがあります。
 この饅頭は機械で作っており、金型に衣を入れるところから、最後に製品となるまで全て自動化されています。それを、全て見ることができるのです。

 子供の頃、初めてこれを見た時は、かなり心惹かれました。そして、墓参りの際の「楽しみ」となっていました。今回は、妹の子供が一緒に来ていたのですが、やはり興味深そうに、それを見ていました。
 初めて墓参りに行ってから30年以上経ちました。当然ながら、いろいろと街並みは変わっています。また、墓参りに行く我々も、それだけ年をとりました。その中で、この「都まんじゅう」の機械は何も変わらずに、今日も饅頭をつくっていました。
 世の中には変わりゆくものもあれば、そうでないものもある、というのは当然ですが、それを再認識させられました。同時に、もはや永遠に変わることがなくない存在である先祖たちに、我々の変化を伝え続けるためにも、もう少し墓参りの頻度を上げねば、と思いました。

2010年10月10日

水戸に行く

 水戸にある事業所でトラブルが発生したため、現地に出かけました。世間が三連休のなか、これで七日連続勤務です。
 その疲れのせいか、乗り換えでミスをし、予定していた電車に乗れませんでした。追い抜きの関係などもあり、次の電車に乗ろうと、五本後の電車に乗ろうと、水戸駅に着くのは同じ、という状況になってしまいました。
 ならば、その五本に全部乗ってやろうと思いました。漫画「鉄子の旅」などで知られている、「全駅下車」みたいな感じです。もっとも、ホームに下りるだけですが・・・。

 その結果、我孫子・取手・佐貫・荒川沖・土浦のホームに立ちました。我孫子駅では、ホームのはずれにシャッターの降りた売店があり、その裏で営業している蕎麦屋があったのが印象に残りました。
 シャッターには「裏で蕎麦屋が営業中です」と書いてありました。何かの記事で、我孫子には名物駅蕎麦屋がある、と書いてあったのを見た記憶がありますが、これがそこなのだろうか、と思いました。
 比較的時間に余裕があった佐貫では、改札の外に出ました。ここは関東鉄道竜ヶ崎線との乗り換え駅です。そして常磐線の上りホームと竜ヶ崎線の駅はほぼ隣接しています。直線距離で10mくらいでしょうか。
 ところが、その10mを結ぶ連絡通路は存在しません。乗り換えるには、跨線橋を上がって改札を出てから階段を降り、さらに50mくらい歩く必要があります。
 しかもダイヤを見たら、20分に竜ヶ崎行きが出たあと、上野からの電車が22分に着いたり、竜ヶ崎発が到着するのと同時刻に上野行きが出るなどというものがありました。
 何でも、現在の駅舎は昨年できたとの事です。なんか、意識して乗り換えを不便にしているのだろうか、と不思議に思いました。
 そうこうしているうちに、水戸に到着。仕事のほうは予想以上に時間がかかったものの、何とか片付きました。

 せっかく水戸まで来たのだから、と思い、駅の土産物屋で納豆を買いました。前のほうにあるのをレジに持っていったところ、店員さんがこれは古いから、といってわざわざ新しいのと交換してくれました。
 ナマ物という事もあるのでしょうが、このようなサービスを受けたのは初めてなので、驚きました。嬉しくは思いましたが、最初に持っていった納豆はこのまま売れ残り確定なのだろうか、と気になりました。
 というわけで、七日連続勤務ではありましたが、行き帰りを休日のように過ごすことができました。その点では不幸中の幸いと言えるかも、と思いました。

2010年10月09日

新たな店に行く

 半年ほど前に、家から歩いて2分くらいのところに串焼きをメインとした「もじょい」という居酒屋ができました。開業時から活気を感じており、出来てしばらくした頃、一度行ってみようとしました。ところがその日にサッカーW杯をやっていたせいか、満員で入れませんでした。幕張本郷で業種を問わず「満員で入れなかった」などという事は初めてなので、驚きました。
 その店に先日行ったのですが、相変わらず活気があり、「ほぼ満員」という感じでした。別に立地条件がいいわけでもありません。駅の裏手で、さらに通りに入ったところ、という不便なところです。かつてはラーメン屋があったのですが、たまに入っても他に客は数人しかいませんでした。

 入る前は激安店なのかと想像していたのですが、別にそんなわけでもありませんでした。確かに、メインの串焼きのうち、二種類ほどは1本90円で、他のも1本120円程度です。
 一方で、アルコールはチェーンの居酒屋よりちょっと安い程度でした。一人あたま3,000円程度でしたから、まあ普通と言ったところでしょう。
 ただ、店はやけに活気づいていました。面白かったのは、アルバイトの高校生が変えるときに、学生服に着換えて、客に挨拶してから出て行った、という事でした。
 ちなみに、トイレにいったら張り紙で店名の由来が書いてありました。なんでも「より楽しむ」を意識した「more joy」からきたとのことです。
 ちなみにその記述、「moer joy」となっていて「er」の上に「re」と「訂正」されていました。これは天然ボケなのだろうか、それとも狙っての事なのだろうか、と気になりました。
 あまり食べ物が口にあわなかったので、通うことにはならなそうですが、そのコンセプトとそれによって繁盛しているという事には興味が持てました。これからも、その活気を保ってもらいたいものだと思いました。

2010年10月08日

仕事の息抜きを仕事でする

 今週はえらく仕事がたてこんでおり、久々に、平均帰宅時刻が23時近くになっています。既に土曜日の午前中にも仕事を入れているのですが、仕事に追われている時には「どうせ体育の日は休むのだから、ついでに日曜も出ようか・・・」などと思ってしまうような状態です。
 そんな中、やや急ぎで、HTMLでページを作る仕事が入りました。ひたすら社内文書をテーブルに組む、という単純なものです。とはいえ、もともと、趣味でHTMLをいじりだしたのがきっかけで、コンピュータ関係の仕事をするようになった身です。そして、今でも家に帰れば趣味でHTMLをいじっています。
 というわけで、仕事でありながら息抜き、みたいな感じになり、ある程度、気が楽になりました。
 もっとも、その「気が楽」が、一時的な気休めレベルでしかない事は自分でも分かっています。何とか溜まっているものを片付け、本当の気分転換ができる時間を作りたいものだ、と思っています。

2010年10月06日

ありえない案内

 国体の開会式に行くのに、幕張駅からバスでマリンスタジアムに行こうとし、バス停が分からず、結局タクシーで行ったと、ツイッターでフォローしている人が書いていました。
 なんでも、案内状のみならず、国体のサイトにも「幕張駅からバス」と書いてあったとのことでした。
 幕張駅からマリンスタジアムへ行くバスは、休日の日中で、短くて24分間隔、長い時には48分間隔、などという事すらあります(時刻表
 48分もあれば、その間に総武線で幕張本郷まで行ってバスでマリンスタジアムまで往復し、さらに総武線で幕張駅まで戻れてしまいます。

 そのようなダイヤで走っているバスを案内すれば、それを読んで幕張駅で降りた人がどれだけ迷惑をこうむるか、ちょっと考えれば分かることです。にも関わらず、そのような案内を堂々と載せた人がいることには、呆れるよりありませんでした。
 かつて、幕張駅前に開かずの踏切があった頃には、海浜幕張方面に行くバスは一日二本くらいしかありませんでした。そのため、幕張駅の跨線橋階段には、「マリンスタジアム・幕張メッセに行く方は、幕張本郷駅からのバスをご利用下さい」という案内が出ていました。
 もしかして、開かずの踏切がトンネルになって、幕張駅から海浜に行くバスが増設されたため、その表示がなくなったのでしょうか。
 確かに往時よりは便利にはなりましたが、日本でもトップクラスの運行本数を誇る幕張本郷駅発とは次元が違いすぎます。総武線から海浜幕張およびその近辺にある施設に行く場合は、幕張本郷で降りるのが最善、という事になんら変わりはありません。
 いずれにせよ、案内を書くときは、もう少し「もし自分が遠方から来てその案内を読んだら」という事を考えて作って欲しいものだ、と強く思いました。

2010年10月04日

デマの発生と拡散の過程

 秋葉原に、若い女性が握ることを売りとした寿司屋がオープンする、という記事がありました。
 それに関するmixiの日記を見たのですが、少なからぬ人が「女性は手の温度が高いから寿司を握るのに向いていない」などと書いて批判していました。
 二十数年前に、同じ「批判」を目にしたことがあります。それは、「美味しんぼ」の1巻だか2巻で、女性の寿司職人の店に訪れた客の一人が、同じ内容の主張をし、同行者および山岡士郎にたしなめられていた、という内容でした。

 その「人気漫画で否定された説」を少なからぬ人が主張しているのに驚きました。さらに見てみると、「美味しんぼにも書かれていた」などと書いて、この説を主張している人までいましたのには呆れました。
 もしかして、意図してデマを広めようとした輩が、「『美味しんぼ』で書かれていたが、主人公に否定された説」である事を知りながら、あえて肝心なところを省略して「『美味しんぼ』で書かれていた説」として、掲示板に書き、それを信じた人たちが「拡散」したのだろうか、などと思いました。
 世の中には無責任なデマが日々発生していることおよび、それが無責任に広がる土壌が存在する、という事を改めて感じた一件でした。

2010年10月03日

2010/10/3の更新

 つれづれの乗換案内を更新しました。

愛媛FC、終了間際に追いつく

 茨城の笠松で行われた、水戸ホーリーホック対愛媛FC戦を、後半だけ中継で観戦しました。
 前半は一進一退の攻防でしたが、30分くらいに、PKを取られてしまいます。しかし、これを川北選手が見事に反応して止め、前半は0対0で終わりました。
 後半、愛媛はなかなか攻めこむ機会は得られません。しかし、水戸の攻撃を早めに止めるため、危ない場面はあまり作られませんでした。
 そんな中、この試合初めてのコーナーキックで、うまくゴール前に球が上がります。これを、石井選手がヘディングで押し込もうとしますが、キーパーの脇を抜いたものの、クリアされて得点できません。

 そして後半36分、疲れが見えた守備陣の動きが落ちた一瞬の隙をつかれ、先制ゴールを許してしまいます。
 そして水戸はMFを下げてDFを入れ、逃げ切りをはかります。
 しかし愛媛は、終了が見えてきた後半42分、左サイドから三上選手が出したボールを、ジョジマール選手が冷静にシュートを決め、追いつきました。
 その後、アディショナルタイムとなり、ゴール近くでフリーキックを得られますが、これを防ぎます。そして反撃し、途中から入った福田選手がシュートを放ちますが、惜しくも相手キーパーの好セーブにあい、ここで試合終了。1対1の引き分けとなりました。
 勝てなかったのは残念ですが、終了間際に追いついての引き分けは大きいと思います。昇格はかなり厳しいですが、当初の目標である8位は十分に射程圏内にあるだけに、これからも頑張ってほしいものです。

 野球のほうですが、セ・リーグはドラゴンズが優勝しました。これで落合監督は就任7年目で三度目の優勝となりました。さらに、2007年はリーグは2位だったものの、CSさらには日本シリーズを制しており、「優勝以上」の成績を残しております。それを含めれば、7年で4回となり、既に名監督の域に達していると言えるでしょう。
 ましてや、競争相手に、他球団の主力を次々と金でかき集める、読売のような球団がいる事を考えると、その手腕の凄さに改めて感心させられます。
 現役引退後、コーチもやらずに監督となってこの結果ですから、打撃と同様、監督としても天才と言えるのでは、と思いました。ドラゴンズは、当分監督の人選に頭を悩ませる必要はなさそうです。

 ところで、昨日の六大学リーグでは、東大が早稲田に勝ち、斉藤投手に黒星がついたとの事でした。田中将大投手に甲子園で投げ勝った人が、東大に二年ぶりの白星を献上するのですから、野球というものは分からないものだ、と改めて思いました。

2010年10月02日

「駅直結」いろいろ

[ 交通 ]

 日比谷から竹橋にある施設に行く用事ができました。この施設の案内によると、竹橋駅直結となっており、実際、駅から地上に出たところに、施設の玄関があります。
 しかしながら、この「直結」には注意が必要です。その最寄の出口に行くまで、改札を出てからかなり長い通路を通る必要があるのです。さらに、竹橋駅の構造はかなり特殊で、ホームから改札に行くまでもかなり長い通路を歩く必要があるのです。

 というわけで、「駅直結」という言葉に惹かれて、日比谷から大手町に出て、そこから東西線に乗ると、大変な事になります。竹橋駅下車後は先述の通りですし、大手町で千代田線から東西線に乗り換えるにもかなりの距離を歩くからです。
 というわけで、地図を見て検討したところ、大手町からその施設までたいして距離がない、という事が分かります。そこで実際に歩いたのですが、竹橋の「駅構内」を歩くのと、さほど同じくらいの時間で目的の施設につきました。
 当然ながら、逆のパターンもあります。この施設から数分歩いたところには、「大手町駅直結」となっているビルがあります。しかし、そこから東西線九段下方面をを利用する場合は、延々と大手町構内を歩くより、竹橋駅の長い通路を歩いたほうが、早く目的地に着けそうです。
 普通、「駅直結」とあれば、その駅を使うのが普通です。しかしながら、それは都心の地下鉄駅にはあてはまらないものなのだな、とつくづく思いました。