山田牧場

 大学にいた4年間、サークルの夏合宿は長野県上高井郡高山村にある南志賀高原の「山田牧場」にある寮で行っていた。長野から私鉄の長野電鉄に乗って須坂に出て、そこからバスで1時間くらいの山の上に寮はあった。初めて行った1988年にはそのバスは1日3本あったが、1990年には1日1本になってしまった。
 合宿所のある山田牧場は山をほとんど登りきったところにある。名前の通り牧場で、牛が放牧されており、たまに道路に牛がいたりもする。また、ちょっと湿度の高い日などは、下を見下ろすと雲がかかっていたりする。いろいろな意味で、普段生活していた首都圏とは、かけはなれた環境だった。そんな所で毎年夏、6泊7日の合宿を行っていた。
 合宿所では朝食と夕食だけが出る。したがって昼食と間食は外から仕入れなければならない。しかし、山の上にはコンビニなど存在しない。先述したようにバスの本数も少ないので、車で行くしかない。しかも、一番近いコンビニですらほとんど須坂市まで降りるくらいの所にあり、車で30分くらいかかる。コンビニそのものは小さいし、周辺も畑なのだが、それまでの山の中から比べると「文明社会に戻ってきた」という感じだった。
 筆者は免許は持っていないが、荷物運びなどのためによく同乗して買い物に行っていた。そんなある時、いつものように買い物に行こうと先輩の車に乗ると、「どうも、ガソリンの残りがあぶなそうだ」と言われた。確かにガソリンの量を表すメーターはかなり空に近いところにある。
 牧場にはもちろんガソリンスタンドなどない。道路地図を見る限りは、買い物に行っているコンビニのあたりまで行かねばなさそうだ。それまでガソリンがもつという保証はないので、少しでも低燃費で行かねばならない。
 そこで先輩が取った方法は「下り坂はニュートラルで降りる」だった。そうすれば、仮にエンジンを切っていても車が動くらしい。当然、制御などは普段どおりいかないだろう。ある意味ジェットコースターみたいな感じなのかもしれない。よく分からないが、先輩を信用するよりない。というわけで、ガソリンスタンドを求めての山下りが始まった。
 乗っている分には、ちょっとエンジン音が静かなだけで、特に普通の運転と変わらない感じだ。幸い、たまに対向車とすれ違うだけで、追い越しなどもなかった。そのまま山道を下り、小集落にたどりつく。そこの一つに村営のような感じのガソリンスタンド(?)があった。しかし、機械は古びており、設備も貧弱である。先輩も「まだ残りの量はなんとかなるし、よくわからないガソリンを入れられても・・・」と言って見過ごす事になった。
 ある程度下ったところでガソリンメーターを見たら、まだまだ完全な「エンプティ」までには余裕があった。そこで後は普通に運転して、石油メーカー系のガソリンスタンドにたどりついた。スタンドを発見(?)した時は、「沙漠でオアシスにたどり着いた人の心境ってこんな感じなのだろうな」などと思った。

 このようにちょっと心臓に悪い経験もしたが、この山田牧場での合宿は全体的には楽し思い出が多かった。時間によって湯の色が変わる露天風呂がある「五色温泉」や、雄大な滝が裏側からも見ることができる「雷滝」など、特徴的な観光資源はいまでも鮮明に覚えている。
 社会人になってから数年後、その大学の寮は閉鎖された。また1日1本あった山田牧場行きのバスも廃止になった。したがって、再訪するのはかなり難しそうだが、一回くらいはまたあの山の上で夏を過ごしてみたいとたまに思ったりする。

※なお、調べたところ、ニュートラルで坂を下るのは、マニュアル車では効果があるようだが、AT車の場合は、故障の原因になりかねるのでやめたほうがいいらしいとのことだった。


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