2019年12月06日

目先の幸せと未来

 「将来の地球環境を守るために二酸化炭素などの温暖化ガス排出を減らすべき」という主張と、「そんな事より、今の経済成長が重要だ。そのためには化石燃料を燃やして利益を得る」という主張が激しく対立しています。
 自分は当然、前者の立場ですが、後者の気持ちもわからなくはありません。
 何しろ、後者の人々の住む豪邸は、温暖化ガスで海面が上昇しようと、台風が来ようと、まず被害は受けません。
 地球の気温が更に上がれば、より深刻な気象被害が発生するわけですが、その頃には、そのお金持ちたちは死んでいるから、関係ないわけです。
 にも関わらず、温暖化ガス規制に協力したら、目先の儲けが減って、贅沢な暮らしができなくなるわけです。
 だからこそ、執拗に反対するわけです。

 自分も、もう50歳ですから、生きている間に、深刻な被害を受ける可能性は相対的には低いわけです。
 しかしながら、前者の立場で、温暖化ガス削減をすべきだと主張します。
 人間誰も、いつかは死にます。そして、死んだあとに起きたことを認識する事はできません。
 とはいえ、生きている間に、自分が死んだあと、どうなるかを想像することはできます。
 そのときに、温暖化ガスの影響で、海面が上昇して島嶼国が滅亡し、気象災害が頻発して、多くの人の生活が脅かされる、などという「死後の世界」を想像しながら世を去るなどというのは惨めな生き方だと言わざるを得ません。
 一方で、温暖化ガス削減に頑張った。その結果、後世の人は安心して暮らせる、と思って世を去るのは、幸せな生き方だと思っています。
 いくら化石燃料を燃やして、多額の富を得たとしても、死ねばそれを使うことはできません。
 目先の利益を重視して温暖化ガス排出制限に反対している人たちに、その事をぜひ気づいてほしいものだ、と思ってやみません。

2019年12月06日 20:51