2018年02月28日

自動車と自転車

 普段、自動車で回っているところを、諸事情により自転車でまわりました。
 方向転換が多い業務かつ、狭い道を通る事が多い事もあり、「自転車で良かった」と思うことが少なからずありました。
 実際、所要時間もあまり違いがありませんでした。遠い距離を走るときは自動車のほうが早いわけですが、それと同じくらい、小回りがきく自転車の利点が出たのでしょう。
 思ったよりも、自動車と自転車の「速度差」はないものだと思いました。
 同時に、速度と小回りの双方を持ち合わせるオートバイの利点を感じ、「こんな思いをするなら、若い時にオートバイに乗れるようにするのだった…」などとも思いました。
 もちろん、この年でオートバイに挑戦する気は毛頭ありません。念のため、

2018年02月25日

稲毛との縁

 ここのところ、稲毛区での仕事が増えています。
 自分は花見川区の住人なのですが、自動車での移動距離だけを見れば、すでに稲毛区での距離のほうが、花見川区を上回っています。
 その自分が初めて稲毛に行ったのは、小学1年くらいの時でした。その頃住んでいた3Kの公団住宅が手狭になり、新たな家が必要になった両親が稲毛に新築された集合住宅のモデルルームを見に行き、それについていったのです。
 40年以上前の事ですが、とりあえず「稲毛に行った」事と、「団地の1階ベランダから、専用の庭に行くことができる設計になっていた」という事は今でも覚えています。
 結局、この「稲毛移住」は実現しませんでした。自分は「東京生まれの東京育ち」なのですが、もしこれが実現していたら「稲毛育ち」になっていたのでしょうか。
 その稲毛に、今になって深く関わるのですから、面白いものだと思っています。
 そういう事もあり、稲毛駅近くの団地を仕事で通るたびに、「もしかしてここは、あの時に見学した団地なのでは?」と思ったりもしています。

2018年02月23日

自殺のサイン?

 保守系評論家の大御所で、先日、入水自殺をしたN氏が最後に書いた本を立ち読みしました。
 N氏の思想にはあまり共感できませんでした。それに加え、電車の中で見かけた大学時代の友人がたまたまN氏に気づかなかったという理由でその友人の事を悪く言った、という若い頃の逸話を聞き、強く反感を持ったものでした。
 そういうわけで、強い哀悼の意があったわけではありません。ただ、その著書の「あとがき」が自殺を示唆していた、という話をネットで見たので、気になって読んでみたわけです。
 確かに、この結果を前提に読んでみれば、紛うことない「自殺宣言」でした。とはいえ、その本を口述筆記した家族や、その原稿を読んだ担当者などもそうとは思わなかったのでしょう。
 もしその人たちがあの文章を読んで、「真意」に気づいていれば、全力を賭して止めようとしたはずです。
 よく、お役所の自殺防止キャンペーンなどに書かれている「自殺のサインに気付こう」などという空虚な宣伝文句を見るたびに「事前に気づいていれば自殺遺族は苦労するわけないだろう」と呆れていました。
 それだけに、今回、遺族の方や周囲の方々が、あれだけ露骨な「自殺のサイン」に気づくことがなかった、という結果は、自分の「呆れ」が正しかったという傍証になりました。
 これを機に、「自殺のサイン」なる非現実的な言葉が消え去ってほしいものだ、と思っています。

2018年02月22日

変わってないように見えて…

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 前職でお世話になった人から、パソコンの様子を見てほしいとの電話がありました。
 そこで、ご自宅に伺って対応しました。その家に行くのは約2年ぶりです。
 依頼された方は、かなりの高齢ですが、相変わらずお元気でした。家の中も変わっていないな、と思っていたのですが、ただ一つだけ違う事がありました。
 前回も含め、これまで伺ったときはいずれも、居間に配偶者が座っていました。しかし、今回はその姿が見えず、代わりに居間には仏壇がありました。
 同時に、この家に最初の出張を頼まれたときは、スケジュールの関係で弟に行ってもらった事も思い出しました。その時の弟との会話は今でもよく覚えています。
 作業が終わり、コーヒーを淹れてもらいました。これも毎度の事です。初めて来た時と何も変わっていないようでしたが、その間に、お互い、大切な存在を失ってしまい、その思い出とともに生きているのだな、などと思ったりしました。

2018年02月21日

読みかけの教科書

 本棚の奥から大学2年の時に使っていた経済原論の教科書が出てきました。
 引っ張り出してみたら、あるページに栞が入っていました。
 さすがに29年も前の話なので、なぜそこに栞を入れたのかは覚えていません。
 ただ、他の教科書は全て処分したにも関わらず、この教科書だけは捨てずに、保管していたわけです。
 29年前の自分は、この教科書をもっと学びたいと思っていたのでしょう。
 それから29年間、自分の人生は、当時思い描いていたものと、大きく異なるものとなりました。
 そして、当時の想定以上に、その教科書に書かれている、経済の基本というのは、今の自分にとって非常に重要なものとなっています。
 そういう事もあり、当時の自分ができなかった「経済原論の復習」を29年ぶりにやってみようか、などと思ったりしました。

2018年02月19日

マイナス表示と警告音

 駅の改札にICカードをかざしたら、「残額不足です。精算してください」という音声が流れました。
 おかしいな、数千円入っていたはずなのに、と思ってディスプレイを見たら「-154円」と表示されていました。
 「まさか、いつの間にか残額不足?」と思って一瞬後ずさったのですが、よくよくディスプレイを見たら、「-154円」の下に、想定通りの残額が表示されていました。
 そこで初めて、残額不足だったのは、自分と同時に別の改札を通過しようとした人だった、という事に気づき、安心して改札を通り過ぎました。
 いつの間にか、引き落とし額に「-」をつける、という仕様変更が行われていたわけです。その結果、無用の心配をさせられました。これまで、マイナスをつけないで困っていた人がいたとは思えません。
 駅の改札に限った事ではありませんが、コロコロと仕様変更をするのはやめてほしいものだ、と強く思いました。

2018年02月18日

「冗談のつもり」で暴言

 非常識な発言をした人が、それについて指摘されると「冗談のつもりだった」と言い訳する事例が多々あります。
 冗談というのは他人を楽しませるためのものです。したがって、もし本当に相手を楽しませようとして失礼な事を言ったのだとしたら、その人の言語の伝達力には重大な欠陥があると言わざるを得ません。
 そう考えれば、「冗談のつもりだった」などと言って許される事などあるわけがない事は明らかなわけです。
 したがって、「冗談のつもりだった」などと逃げようとする人には、「貴方は冗談を言う能力が根本的に欠けていますね。今後一生、『冗談のつもり』で物を言うべきではないですね」くらいに返すのが適切なのではと思っています。

2018年02月17日

高速道路デビュー

 免許を取ってから初めて高速道路に乗りました。
 幸い、乗ったインターが、二年数ヶ月前、教習所の高速研修で使ったところと同じだったので、比較的安心して入ることができました。
 しかし、なかなかスピードは出せません。頭の中では、高速道路なのだから、時速100キロで曲がれるようにカーブを設計している、という事はわかっています。
 しかし、どうしても、100キロ出しながらカーブする、という事に恐怖心を感じ、結局、一番左側の車線を時速80キロで走る事にしました。
 とりあえず、無事に出ることができ、一安心でした。次に乗るときは、時速100キロでカーブを曲がりきる事に「挑戦」しようと思っています。

2018年02月16日

テロ事件における二重基準

 アメリカの学校で銃乱射事件がありました。
 この類の大量殺人事件がアメリカをふくめ、世界各所で起きています。ところが、それに関する報道で非常に気になることがあります。
 容疑者や犯人がテロ集団のISに共感していた場合、必ず「過激イスラム思想に影響された」などと、宗教名を書きます。
 ところが、今回の件や、より多数の死者がでた昨年のラスベガスの事件などでは、容疑者の宗教に関する報道は一切ありません。
 書くならどんな宗教を信じていても書くべきですし、そうでないなら、宗教を一切書くべきではないのではないでしょうか。
 率直にいって、今のやりかたは、特定の宗教に対する敵意を増幅させるために意図的にそう報じていると言わざるを得ません。

2018年02月15日

盗難防止装置誤作動

 自動車に乗ろうとして、鍵についている解錠ボタンを押したのですが、何度押しても反応しません。仕方ないので、鍵を直接差し込んで開けた所、急にクラクションが鳴り始めました。
 その車には盗難防止装置がついています。どうやら、それが作動したようです。
 しばらくすると、クラクションは鳴り止み、エンジンをかけたら普通に作動しました。とはいえ、その短い瞬間は、相当驚きました。
 後で尋ねたら、電磁波のあるところでは、鍵のリモコンボタンが作動しない事がある、との事でした。駐車場のすぐそばには高圧線の鉄塔があり、それの影響だったのかもしれません。
 また、盗難防止装置が作動したときの対応についても教えてもらい、一安心しました。
 いずれにせよ、今後は、駐車する時に、送電線が近くにあるかどうかを確認してから駐車場を選ぶ必要があるな、と思いました。

2018年02月14日

お好み焼き

 幕張にあるお好み焼き屋さんに行きました。
 一昨年、都内でお好み焼き屋に行きましたが、そこは客が焼く方式で、なかなか満足した味になりませんでした。
 一方、この幕張の店は、店員さんが一つ一つ焼いてくれます。やはり、プロが焼くと、ムラもコゲもなく、美味しく焼けます。一緒に食べた人も「家で作るのとはぜんぜん違う」と言っていました。
 改めて、お好み焼きは、店員さんが焼いてくれる店に限る、と強く思った次第でした。

2018年02月11日

遅延が当たり前に

 この一週間で、三回電車に乗りました。
 最初はJRに載ったら5分遅れ、次は駅についた時点でJRが30分遅れとのことで、京成に待避しました。
 そして今日は、JRが駅を出た直後に非常通報があったとかで停止しました。その後も、何度か止まりながら津田沼に着き、「車両点検のため、向かい側の電車が先に発射します」と乗換を余儀なくされました。
 理由は色々あるのでしょうが、とにもかくにも遅れすぎです。一方、先日も書いたように、幕張本郷駅は早朝は無人になるなど、20年前と比べると、大幅な「人員削減」が行われています。
 この二つは無関係ではないでしょう。少しでも儲けようとコストを削減し、それが乗客の利便性を下げているわけです。
 かつての国鉄は、「時計のように正確なダイヤ」と言われたものでした。それがすっかり、今では、「遅れるのがデフォルト」となってしまったわけです。
 毎度の結論ですが、国鉄分割民営化は根本から間違っていた、と言わざるをえないですね。

2018年02月10日

「技術的には可能」と「できる」の違い

 何かできるかを尋ねた時に「技術的には可能」という返答がされる事があります。
 自分もこの回答は何度か使いました。たとえば、昨日書いた、ワードプレスの構築のときも、「◯◯のような事はできますか?」と尋ねられた時に、「技術的には可能ですが、自分にはできませんし、またできる人に頼めば、高額の費用がかかります」と答えました。
 つまり、「技術的には可能」というのは、「今の人員・リソース・予算ではできない」という意味なのです。
 ですから、「技術的には可能」と言われた時に、「ならできるのだな」と思うのは正しい反応ではありません。「今のままではできないのだな」と思うのが正しい反応になるわけです。

2018年02月09日

久々にワードプレスをいじる

 ひょんな事から、ワードプレスで作成したサイトのデザインリニューアルと更新を依頼されました。
 ワードプレスは日常的に使っていますが、その内容は記事の更新だけで、デザインや設定に触る事はありません。
 前回、デザインをやったのは、市長選の時に選挙用サイトを造った時以来で、約1年ぶりになります。
 1年も触らないと、「この操作をするためのメニューは何だったっけ」みたいな感じで忘れてしまった事も多少はありました。しかしながら、しばらくしたら、思い出し、なんとか作業できました。
 やはり、定期的に触らないと忘れてしまいます。本業が忙しいのでみっちりやるのは無理ですが、年に1~2回くらいは、このような作業もし続けたいものだと思いました。

2018年02月07日

501円預けるのに1041円必要

 千葉銀行からの通達がまわってきました。そこには、一定枚数以上の硬貨を預かる際には、手数料を取るようにする、と書いてありました。
 入金する硬貨が500枚を越えると、540円(税込)の手数料を取られるとのことです。
 仮に、1円玉を501枚持参して「501円預けます」と言えば、「分かりました。では手数料540円をお支払いください」と言われるわけです。
 つまり、預金口座を501円分増やすために、1041円もの費用が必要となるわけです。
 あと、通達を読んでいて気になったのですが、ここでその「手数料」である540円を一円玉で用意した場合は、その「手数料を受け取る手数料」としてさらに540円が必要になるのだろうか、と気になったりしました。
 いずれにせよ、このような施策を銀行が取り続ければ、それだけタンス預金が増えることだけは間違いないだろうな、と思っています。

2018年02月05日

結果だけ見ると

 仮想通貨なるものを利用することは一生ないので、詳しく調べた事はありません。
 とはいえ、ここしばらく話題になっている、「取引所」の紛失問題に関するニュースを見て、気になることがありました。
 その取引所は580億円分流出し、その損失補てんを日本円で行う、と書かれていました。しかしながら、その間に価値が下がった結果、支払い総額は460億円になると報じられていました。
 とりあえず、利用者としては、大損したわけです。

 もちろん、今回の件は、発表どおり、不正アクセスによる流出が原因なのだろう、と思っています。しかしながら、仮に仮想通貨の取引所が自作自演で意図的にやれば、単純計算で120億円を濡れ手に粟で儲ける事ができるのでは、と思いました。
 いずれにせよ、このようなハイリスクな博打に手を出すものではないな、と改めて実感しました。

2018年02月04日

千葉駅周辺の「迷路」

 千葉駅というのは、かなり特殊な形状をしています。総武本線と内房線・外房線が分岐するところに駅を造ったため、全体の形が「人」のようになっているのです。
 そのため、降りる場所を間違えると、駅内の乗換にえらい時間がかかります。
 それだけでもかなり問題のある作りだと思ってはいました。しかし、自動車を運転するようになって、よりこの構造の問題点を実感することになりました。
 千葉駅周辺の二つの場所を移動する時、非常に道がわかりにくいのです。何しろ、一番の中心部に、多大な面積を取る駅設備があるからです。
 何度も通っているのですが、いまだに道のつながりが頭に入りません。おかげで、さほど離れていない所にいくのにも、えらく大回りするはめになります。
 車をかついで歩いて行けたら、苦労せずに目的地に行けるのに…。などと思ってしまうほどです。
 とはいえ、駅を動かすことはできません。なんとか早く、道を覚えようと思ってはいます。

2018年02月03日

最悪の失敗

 失敗をしない人間などいません。したがって、失敗自体は仕方のない事です。
 したがって大切な事は、失敗したあとにどうするか、という事です。
 失敗したという事実を認め、それに対する反省と改善をおこなえば、同じ失敗はもちろん、似たような失敗の再発も防げます。
 ところが、少なからぬ人は、失敗した場合、それを隠すことに全力を挙げます。その結果、ウソをついたり、責任転嫁を行うなど、失敗よりずっと問題のある行動に走ってしまい、より傷を拡げるのです。
 失敗を認めるのはその時点では気持ちいい事ではありません。しかし、隠すことによる弊害を考えれば、きちんと認めるのが最善の対応だと言わざるをえません。

2018年02月01日

首都圏の雪

 首都圏で雪が降って、交通などに多大な影響が起きると、雪国に住む方から「この程度の雪で…」と驚く投稿がネットにでてきます。
 確かにそうなのでしょうが、雪国においては、除雪車をはじめ、さまざまな雪に対応する仕組みがインフラとして整っています。
 一方で首都圏にはそれはありません。もしそんなインフラを整備したら「何年かに一度しかない積雪のために、そんな税金の無駄をするなんて…」と呆れられるでしょう。
 それを考えれば、雪国における「小雪」で、首都圏がパニックになるのも仕方ないと言える、と思います。
 そんな事を書いているうちに、地元でも雨が雪に変わりはじめました。積もったり、交通に影響を与えたりすることがないよう、願っています。