2017年08月19日

チキン南蛮と鶏南蛮

 鶏南蛮そばというメニューがあります。自分は食べたことがないのですが、色々な情報を見ると、つゆに鶏肉とネギを浮かべた蕎麦であることが分かります。
 一方、宮崎の郷土料理にはチキン南蛮というものがあります。こちらは、鶏肉の唐揚げにタルタルソースをかけたものです。
 鳥とチキンは同じ意味の言葉のはずですが、なぜか似ても似つかない料理になってしまっています。
 自分は大きなネギとタルタルソースはあまり好きでないので自分では試せませんが、だれか、鶏南蛮そばとチキン南蛮を一緒に食べる、みたいな事をやってみてほしいものだ、などと思ったりしました。

2017年08月18日

粘らない納豆

 行きつけの近所にあるスーパーで、その店のプライベートブランドである納豆を買いました。
 それを食べようとしたのですが、豆がパラパラしていて、粘り気がほとんどありません。
 45年以上納豆を食べ続けていますが、こんな粘り気のない納豆は初めてでした。
 これまでも、同じブランドの納豆を何度も食べていましたが、このような事はありませんでした。
 たまたま、失敗作が紛れ込んだのでしょうか。それとも、このスーパーが方針を転換して、「粘らない納豆」をプライベートブランドにしたのでようか。
 気になるところなので、もう一度だけ、このプライベートブランドを試してみようと思っています。もちろん、二度目も「粘らない納豆」だったら、それでお別れにするつもりです。

2017年08月17日

「現実」を作る人

 理不尽な現状を何とかしようとする人に対し、「でもそれが『現実』だから…」と冷笑する人が多々います。
 その人にとっては、「現実」というのは、人間がどうこう抗ってもどうしようもない、絶対的なもの、という認識なのでしょう。
 しかし、本当にそうなのでしょうか。
 実際に理不尽な「現実」を作り出したのは人間です。
 政治権力や財力などを使って、「現実」を産み出したわけです。
 逆に言えば、同じように人間が動けば「現実」を変えることも可能です。
 実際、歴史を見れば、そのような「民衆の力で現実を変えた」という事例はいくらでもあります。
 というわけで、どんな事があっても、「これが現実だから」と諦めたり冷笑したりするような立場にだけは立つまい、と強く思っています。

2017年08月15日

いくさ始まる柳条湖

 日本史の授業と言うと、「事件が起きた年を語呂合わせで覚える」を経験した人は多々いると思います。
 「794ウグイス平安京」とか「1192作ろう鎌倉幕府」といったたぐいです。
 率直に言って、平安京ができたのが794年だろうと795年だろうと意味があるのかとか、本当にウグイスが鳴いていたのか、などと中学生当時の自分は思っていました。
 ところが、高校三年の時に受けた日本史の授業で教えられた語呂合わせには、強く感心させられました。
 それは、「いくさ(193)はじ(1)まる柳条湖」および「いくさ(193)な(7)がびく盧溝橋」というものです。

 1931年に柳条湖事件が起きて満州事変が始まり、1937年の盧溝橋事件で日中戦争が始まりました。
 当初は短期間で中国を征服できると思って始めたものの、だんだんと泥沼化していったわけです。
 それがやがて1941年の真珠湾攻撃となり、各地で敗北を繰り返し、徴兵した多くの臣民(当時)が戦死・餓死しました。
 そして、本土空襲・沖縄地上戦などによる一般市民の虐殺を経て、1945年8月14日にポツダム宣言を受諾し、翌15日の降伏を告げるラジオ放送につながったわけです。

 その「始まり」が1931年の満州事変にあった事、そして日中戦争へと拡大していった事を、非常に分かりやすく学べる「語呂あわせ」でした。
 そして、最後の授業でその先生は、戦争で現地女性に性暴行を働いた日本兵が被害者と並んで撮った「記念写真」を掲示しました。
 その授業も非常に心に残っています。
 早いもので、あれから30年経ちましたが、ここまで鮮明に覚えているわけです。本当にいい先生に巡り会えたものだと、いまでも感謝しています。

2017年08月14日

掃除

 夏休みを利用して掃除をしました。
 放置しているものをより分けます。大半はいらないものですが、中には、探していたもの、もう使い切ったと思って補充するつもりだったものなどもありました。
 また、時間ができたら読もう、と思って溜めておいた定期刊行物もありました。読むと、色々有意義な事が書かれており、中には「もっと早く読んでおけばよかった」と思ったものもありました。
 部屋もきれいになったし、やはり掃除してよかったな、とつくづく思いました。
 ならば毎週の休みの日にやればいいのでは、となるわけですが、なかなかそうはいきません。
 とはいえ、せめて月に一度くらいは、このくらいきれいにしたいものだ、と思っています。

2017年08月13日

「優れた監督」の条件

 ツイッターのトレンドにある甲子園出場校の方針が上がっていました。その学校では、早朝から深夜まで半強制的に練習させるうえに、野球部に入部すると携帯は解約で、選手はかき氷を食べてはいけない、などと、昔で言うところの「スパルタ式」を売りにしているとのことです。
 呆れる人が多い一方で、「でもそれで不良高校を甲子園に出場させたのだからいい監督だ」みたいな擁護する論調も少なからずありました。

 率直に言って「甲子園に出場させたのだから許される」という考え方はまともだと思えません。
 しかし、これはツイッターの一部の人の考え方ではなく、マスコミも含めた社会全般に蔓延している考えです。
 先日も、骨折した生徒が活躍したら、それを美談であるかのように書く記事がありました。
 また、生徒を酷使して使い潰しても甲子園で勝てば「名監督」と賞賛される風潮もあります。
 生徒の人権を侵害しても甲子園に出れば許される、という考え方は完全に本末転倒だと思うのですが…。そして、その風潮が「ブラック企業」の蔓延や、「ブラック経営者」に対するマスコミの賞賛記事につながっていると思っています。
 未成年である生徒の暴力事件で出場停止になるわけです。ならば、大人である監督の人権侵害が発生した場合も、出場停止処分にするべきではないでしょうか。
 そんな事を強く思いながら「スパルタ高校野球記事」を読みました。

2017年08月12日

ビッグサイト価格

 ビッグサイトで食事をしました。
 開業以来、毎年盆暮れにはここで食事をするのですが、意外に入れ替わりが激しく、数年で八割が入れ替わる、という感じです。
 長年、愛用していたインドカレー屋があったのですが、そこも撤退し、昨年あたりから「C&C」という別のカレー屋になっていました。
 このカレー屋は、学生時代から馴染みがあります。京王線沿線にある大学に通っていたのですが、いくつかの駅ナカに、京王電鉄が出資しているこのカレー屋があったからです。
 そのリーズナブルさを覚えていたのですが、このビッグサイト店に入った時は驚きました。ビーフカレー一皿で千円もしたからです。
 「そんな高級カレーを扱っていたっけ?」と不思議に思ってそのビーフカレーを食べたのですが、味は駅のスタンドと何ら変わりませんでした。
 そして、あとでサイトを確認したら、スタンドでは同じビーフカレーを590円で売っていました。
 どうやら、ビッグサイト店特別料金だったようです。
 かなりの利益になると思いつつ、ではなんで、ビッグサイトに出店しているレストランの入れ替わりヒャこんなに激しいのだ?、と不思議に思いました。
 それだけ、出店料金が高いという事なのでしょうか。興味深い所です。

2017年08月11日

2017/8/11の更新

 翔みならブログ・めもちょうに、コミックマーケット92のお礼を掲載しました。

五輪でのビッグサイト使用不能

 コミケにサークル参加しました。ブースで、四半世紀ほど、サークル参加を手伝ってくれている大学時代からの友人と、2020年東京五輪における、ビッグサイト使用不能問題で盛り上がりました。
 この広大なビッグサイトを五輪のメディアセンターにして、展示場機能を停止するそうです。
 それで一年以上、ビッグサイトが使えなければ、このコミケはもちろんですが、様々な展示会に重大な悪影響を及ぼします。

 しかも、代替施設たりえる、幕張メッセやパシフィコ横浜も五輪のために展示場機能を停止する予定です。
 これが及ぼす「マイナス経済効果」はどれくらいでしょうか。率直に言って、「五輪開催による経済効果」が吹っ飛んで、お釣りがくるのでは、と思わざるを得ません。
 既に、新銀行東京や豊洲市場で大失敗しているのが今の東京です。そこにこんな五輪による「マイナス経済効果」が生じたら、取り返しのつかない事になるのではないでしょうか。
 話していた友人は大学卒業後、四半世紀市役所で働いています。その行政経験から、この異常さを「責任者が自分の任期中の事しか考えず、その後どうなろうと知ったことではない」という今の世の中の制度にあるのでは、と言っていました。
 将来の事を考えずに目先の儲けだけを考える「大洪水よ、我が亡き後にきたれ」の典型例だと思いました。
 こんな愚行を中止に追い込み、2020年もビッグサイトでコミケを楽しめるようにしなければ、と強く思いました。

2017年08月09日

2017/8/9の更新

 翔みならブログ・めもちょうに、夏コミおしながきを掲載しました。

新パターンの接続障害

 突然、ネットが繋がらなくなりました。
 原因が無線ルータにあることはわかったのですが、どうしても治りません。
 万策つきたところで、ルータに設定されていたプロバイダ情報のパスワードを入れ直しました。
 率直に言って、自分でもこれで治るとは思っていませんでした。まあ、やらないよりはマシか、という気持ちでした。ところが、なんと、これが正解で、再接続することができました。
 20年以上インターネットを使い、自宅・業務をあわせ、100回以上の接続障害に対処してきましたが、このような形で治ったのは初めてのことでした。
 ルーターの一時的な不具合だったのでしょうか。改めて、障害には様々な原因と治し方があることを、再認識させられました。

 

2017年08月07日

「当たり前の事を当たり前にできない」理由

 以前、仕事関係のメール過去ログを見ていたら、基本的な箇所でミスをした人に対し、「当たり前の事を当たり前にできなかった理由を教えてください」と叱責している人がいました。
 このような経験は自分もよくあります。今日も、長年やっており、かつ作業時間10分でできることを、本来やるべき日から一週間遅れてやっと行った、という事がありました。
 なぜそのような「当たり前の事が当たり前にできなかったか」というと、それは疲れと多忙によるものです。逆に言えば、そのような要因がなければ、当たり前にできているに決まっています。
 それもあり、他人に「当たり前の事を当たり前にできなかった理由を教えてください」などと言う人に対しては、そんな無意味な叱責をする前に、まず自分の仕事の割り振り・管理が杜撰だったと反省するのが先だろう、といつも思っています。

2017年08月06日

稲毛区轟町をサイクリング

 所用で稲毛区轟町を自転車で走り回りました。自動車や宣伝カーでは何度か行った事がありましたが、自転車で行くのは初めてです。
 集合住宅・学校などの大きな建物がある一方、昔ながらの民家が建っている、という色々なものが混在した町並みでした。
 不思議だったのは、「轟町」という名前の由来です。
 「等々力駅」や「驫木駅」のように、「とどろき」という名前を持つ所は、滝や海などの音が「とどろく」事が名前の由来となっています。
 しかし、この街には、海や滝はもちろん、小川すらありません。いったい、何が「とどろいて」いるのか、と不思議に思いました。
 あとでネットで調べたところ、かつてこの地域に、軍隊による鉄道施設があり、そこでの音が「とどろいて」いたというのが由来だと書かれていました。
 自然現象に比べるとかなりショボい由来です。
 とはいえ、戦争が終わり、その後70数年間平和国家が続いているわけです。おかげで、この街に「とどろく」事がないというのが実態です。
 そんな事を考えながら、これからも「とどろかない轟町」で有り続けてほしいものだと強く思いました。

2017年08月05日

99%の努力と1%のひらめき

 発明王のエジソンが言った「天才は99%の努力と1%のひらめき」という有名な台詞があります。
 この言葉、色々と解釈されています。
 自分的には、エジソンの台詞については、「自分は多大な努力をし、その積み重ねの上に、誰もが思いつかないようなひらめきを得て、様々な発明をした」という意味なのだろうな、と思っています。

 ただ、世の中には色々な天才がいます。たとえば、数ヶ月前、マスコミが大々的に取り上げた将棋の藤井四段などは、将棋のルールを覚えて、しばらく指していたら周りの誰もがかなわなくなったわけです。
 しかも、似たような経歴を持つ人達の集まりであるプロ棋士養成機関に入っても、桁違いの強さで中学生ながらプロになり、さらに今度はプロ相手に勝ちまくっているわけです。
 これが「99%の努力と1%のひらめき」などではない事は明白でしょう。
 他にもそのような天才はたくさん存在します。
 それだけに、エジソンの台詞は、彼自身を振り返った言葉ではあるのですが、天才全般にあてはまる定義では絶対にないよな、と思っています。

 

2017年08月03日

AI雑感

 中国で作られたAIがSNS上で政権を批判し、公開停止になったというニュースがありました。
 個人的には、そのAIに共感したいところです。しかしながら、AIを作成した側としては「大失敗」したと言わざるをえないでしょう。
 同様に、1年ちょっと前に米マイクロソフト社がAIをツイッターに公開した所、短時間でナチスを信奉するようになった、という事例もありました。
 将棋や囲碁のようなゲーム専用なら、たしかにAIが人間を上回りました。しかしながら、社会生活を送る、という事においては、これがAIの現時点での到達です。
 にも関わらず、一部には、「これからはAIが進歩するから働き方が変わる」などという前提で「働き方改革」を行うのは、完全に間違っていると言わざるを得ません。
 そのような違和感を、昨今のAIに関する報道から感じています。

2017年08月02日

修理のほうが買い替えより安い理由

 職場の人から、自宅のパソコンのキーボードで、一部のキーが入力できなくなった、という相談を受けました。
 そこで、外付けキーボードを購入する事を助言したところ、あっさり問題が解決しました。
 相談した人は、キーボードを修理して使い続ける事を念頭に置いていたようです。
 しかしながら、修理代を考えれば、この解決策が最善であることは明白です。

 話が終わった後、最近よく聞く、「修理より買い換えのほうが安くつく」という現状を改めて思い直しました。
 直感的に見れば、この状況はおかしいように思えます。
 しかし、経済の基本を考えれば、大量生産できるパソコンや周辺機器を購入するより、専門的知識を持った人が故障の原因を分析し、それに対する適切な修理方法を決定したうえで部品を購入して修理作業を行うほうが高くなるのは、当然の事です。
 資源の問題を考えれば修理したほうがいいのですが、経済的理由により、スクラップ・アンド・ビルドが行われているわけです。
 もちろん、二つの問題を同時に解決するのが最善であるのですが、今の世の中ではそれを実現するのは難しいのが現実です。
 とはいえ、将来の事を考えれば、その「現実」を変える必要があるよな、などと、キーボード故障がきっかけで深いことを考え始めてしまいました。

2017年08月01日

2017/8/1の更新

 トップ絵を更新しました。
 翔みならブログ「めもちょう」を更新しました。