2019年05月20日

GAFAとBATH

 読んでいる雑誌が、多国籍企業特集を組んでいました。
 こういうご時世だなだけあって、ネットの基礎部分で巨大な力を持つ、「プラットフォーマー」と呼ばれる企業に関する記事が多々ありました。
 アメリカ発であるGAFA(グーグル・アマゾン・フェイスブック・アップル)については、以前からよく知っていました。しかしながら、それと対抗して成長してきた、中国のプラットフォーマーであるBATH(バイドゥ・アリババ・テンセント・ファーウェイ)が、ここまで大きくなっていたとは知らず、驚きました。
 特に、テンセントというゲーム会社については、世界でもトップクラスの資産を持っているとのことです。
 ゲームとはすっかり縁遠くなっていたので、すっかり疎くなっていました。それだけに余計驚きました。
 やはり、経済に関する知識も定期的にアップデートしないと取り残されるな、と思いました。同時に、これだけの超巨大企業が育つ中で、アメリカでも中国でも貧困問題が深刻である、という現実にも考えさせられました。

2019年05月19日

自分の立ち位置をごまかす姑息な手段

 ネットで、よく「自分は中立だが…」などと前置きして、自らの主張を語る人が多々います。
 その主張をした時点で中立などというのが大嘘で、その人が特定の立ち位置のもとに語っている事は明白です。
 もし本当に「中立」ならば、その問題について、主張をすることはないからです。
 つまるところ、自分の主張の説得力を増すために、「中立」を偽るという姑息な手段を弄しているわけです。もちろん、そのような人の主張は、読む価値すらありません。
 こういうのは、ネットの常套手段だと思っていたのですが、今日、ある新聞社のサイトで、それの二番煎じとしか言いようがない記事を見ました。
 その記事の主題はヘイトスピーチ(差別扇動発言)でした。冒頭に、ヘイトスピーチをする人間に話しかけられた記者が、そのヘイターに同意しない、という記載をすることにより、自分はヘイトスピーチをする側の人間でない、という「ポジション設定」をします。
 しかしそこからは、客観性を装いつつ、ヘイトをする側の問題点をほとんど書かず、ヘイトされる側が悪いであるかのような「記事」が流れていました。
 読み終われば、この記事の目的がヘイトスピーチ擁護であることは明白です。それを隠すために、冒頭で反ヘイトであるかのように偽る導入文を書いていたわけです。
 その姑息さに心底呆れました。そして、そのような小細工を行いつつ、ヘイト記事を垂れ流すという腐敗した新聞社のことを、心の底から軽蔑しました。

2019年05月18日

望遠のマジック

 先日、ネットで、とんでもない急坂を車が登っていく写真を見ました。
 驚いて色々と調べたところ、デジカメの望遠機能を使った時に起きる現象だという事がわかりました。
 ものは試しにと、地元の西の谷跨線橋を撮ってみることにしました。かなり勾配のきつい陸橋で、疲れている時に自転車で登るのは大変です。
 それを望遠で撮ったのが最初の写真です。たしかにこれだとジェットコースター並の急坂に見えますね。
20190518-1.jpg
 しかしながら、普通に撮るとこんな感じです。確かに急坂ではありますが、これなら驚くほどではありません。
20190518-2.jpg
 というわけで、ネットで「急坂写真」を見ても、すぐに驚かないようにしよう、と思いました。

2019年05月17日

秋葉原と柏

 店舗限定商品の発売が発表されました。
 家の近くだとどこで売っているかを調べたら、秋葉原か柏となっていました。
 最初は、同じ千葉県内だし、柏に行こうかと思ったのですが、念のため検索したところ、電車で行くぶんには運賃は同じで、所要時間はむしろ秋葉原のほうが早い、という結果になりました。
 ちなみに車で行っても、やはり秋葉原のほうが早いという結果になりました。
 自宅と東京の県境の間には3つの市があります。しかしながら、比較的近いと思っていた県内の柏に行くより、秋葉原のほうが近いということに驚きました。
 もっとも、この幕張本郷に居を構えたのは、当時勤務していた都内の職場に行きやすいから、というのが理由でした。それを考えると、さほど驚くことではないのかもしれません。
 ただ、7年前から職場も千葉県内になったため、すっかり日常生活から「東京」が縁遠くなっていました。それだけにこのような事を思うのかも、などとも思いました。

2019年05月16日

八正道

 仏教徒ではありませんが、たまに仏典を読むことがあります。
 その中で、一番興味を持っているのは「八正道」というものです。
 正しく見て、正しく考えて、正しく語って…などと、一見すると「何を当たり前のことを…」みたいな事が述べられています。
 しかしながら、長年、社会で働いていると、これは確かに実践するのは難しいことだ、というのが分かります。
 一番最初の「正しく見る」ですが、自分的には「都合の悪いことも含め、現実を直視する」というふうに勝手に解釈しています。
 色々なしがらみがあると、明らかな現実でも、歪んで解釈して、自分に都合のよい結論を出そうとしてしまいます。
 これだと当然ながら、正しく思うことも、正しく語ることもできません。
 そういう意味でも、この「八正道」の冒頭が「正しく見る」なのだろうな、と素人判断しています。
 他にやることが多くてなかなかそこまで手が回りませんが、いつかこういう仏典も本格的に研究したいものだと思っています。

2019年05月15日

考える力を上げるために必要なこと

 考える力を上げるために必要な事は?と尋ねられたら、即座に「休むこと」と答えます。
 もちろん、大前提としては、知識・情報を得ること、そして考え方を学ぶことです。
 しかし、仮に休むことなしに、本を読んだりネットを見たりし続けて、それらを得たり学んだりしても、それだけでは考える力は上がりません。むしろ入手した情報に翻弄されるだけで終わってしまいます。
 入手した情報を元に、思考を行うには、絶対に休むことが必要です。それをしなければ、考えがまとまるわけありません。
 日本の企業が社員に長時間労働を強い続け、その一方で、日本のイノベーションが下がっているという現実があります。それも、この「休まなければ考えられない」という事を理解していないからだと思っています。

2019年05月14日

寒暖の差

 昼はかなり暑くなりました。長袖のワイシャツを着て歩いていると、袖をまくりたくなります。
 一方で、日が暮れると急に気温が下がります。そうなると、カーディガンを羽織らないと寒さを感じてしまいます。
 一日でこれだけ寒暖の差を感じるのは、これまであまりありませんでした。
 やはり、日本の気候は温帯から乾燥帯に移りつつあるのだろうか、と思えてきます。だんだんと過ごしにくくなっていますね。

2019年05月13日

時給1300円がニュースになる時代

 近所にある洋服通販会社の社長さんが、時給1300円のアルバイトを大量雇用する、と大大的に宣言して話題になっていました。
 社長さんは月に行くと宣言したり、野球場のネーミングライツを買ったり、100万円を配ったりと色々と目立っている人です。
 しかしながら、筆者は1991年に時給1200円で都内ホテルの鍋洗いをバイトをしていました。ちなみに契約していた会社はマンションの一室が事務所という零細企業でした。
 当時の東京の最低賃金は575円でした。そして今の千葉は最低賃金が895円です。それを考えれば、この「時給1300円」は、社長が自慢するようなものでないことは分かるのではないでしょうか。
 だいたい、月に行ったり100万円を配るくらいの利益があるならば、「月給40万円で社員を大量に雇う」と宣言することくらいできるはずです。
 それだけに、改めて、今の大金持ちがいかに低賃金不安定雇用で人を使い倒して儲けている、という事が浮き彫りになっただけの話題作りだったな、と思いました。

2019年05月12日

間違いを認める力

 世の中には自分の間違いを絶対に認めない人や組織があります。
 よく「謝ったら死んじゃう病」などと揶揄されますが、とにかく誤りを認められません。
 まあ、典型的なのは今の首相と内閣なのですが…
 本当に正しさに自信があれば、誤りを認めることは簡単な事です。なぜならば、誤りを認めないと、自分の中で「正しさ」の整合性が取れなくなるからです。
 言い換えれば、誤りが認められない、というのはそれだけ自分の正しさに自信がないから、と言えます。
 自分は、数年前にとんでもない誤りをおかしたことがありました。それゆえ、逆に自分が間違えをおかしたときは、それを冷静に評価することができるようになりました。
 それだけに、自らの誤りを認められない人や組織を見ると、滑稽に思えてきます。
 もっとも、その境地を得るために支払った代償はあまりにも大きいものでした。それだけに、今の自分の到達を喜ぶような気は毛頭ありません。

2019年05月11日

体育と簿記の「授業」を受ける

 昼に、整形外科に行きました。
 4月末に首から肩にかけて激痛が走った時に行った病院です。そこで、リハビリをすることになりました。
 生まれて初めての「リハビリ体験」です。
 トレーナーの方の指示にしたがい、体のさまざまな筋肉を伸ばしました。改めて、自分の体が固くなっていたのだな、と認識させられました。
 それが、2週間前の激痛になったようなので、再発防止かつ、今後の健康維持のためにも、このストレッチを習得しようと頑張りました。

 そして、夜は長年世話になっている団体が行っている簿記講座に行きました。
 今の仕事をしている限り、簿記の資格は必要ありません。
 ただ、決算書などの財務諸表が読めるようになれば、色々と利点があります。
 というわけで、簿記3級試験を受ける可能性は低そうですが、参加しました。
 以前、自営業だったときに、ネット講座で簿記の勉強をしたことがありました。そこで理解できないことが色々とあったのですが、やはりプロに教わると、勘所がつかめます。
 というわけで、有意義な時間を過ごせました。

 というわけで、当分の間、「体を柔らかくすること」「簿記の基本を身につけること」を目標に、「50の手習い」(50歳の誕生日まであと11日ありますが…)で二課目の「授業」を頑張ろうと思っています。

2019年05月10日

信頼と変貌

 自分は、他人の評価を簡単に変えるタイプです。
 かつて親友だと思っていた人に、極めて無礼な事をされ、口もきかなくなった、などという事も一度ならずあります。
 そんななか、一年以上、不審に思いつつも、それ以前の言動から、「この人は悪い人でないはずだ」と判断していた人がいました。
 しかし、現実が明らかになったとき、正しかったのは「不審に思っていた気持ち」のほうでした。
 改めて、昔の言動などは、現在自分が判断した事の参考にはならない、と痛切に実感させられました。
 この判断を一年前にできていれば…と後悔しつつも、現状の認識をもとに、被害を最小限に食い止めるために頑張らねば、と思っています。

2019年05月08日

不気味な集中報道

 保育園で園外散歩していた、お子さんたちと保育士さんたちが交通事故に巻き込まれ、幼い命が失われる、という事件がありました。
 すると、商業マスコミは、保育園の関係者に執拗な取材を行いました。目的が「こんなリスクのある場所に散歩をさせた保育園が悪い」という言葉を引き出そうとしているのが露骨に分かるくらい酷い取材をやっています。
 事故そのものは、交差点で右折車と直進車がぶつかるという、どこでも起きうる事故です。その危険性を前提に、その交差点を散歩ルートから外すなどありえない事です。
 にも関わらず、事故が起きた直後から、そのような保育園に責任を押し付けるような取材が行われた、というのは本当に気味が悪いと思いました。
 自分が子供の頃は、保育園が独自の園庭を持つ、というのが当たり前でした。
 それが、政府主導の「規制緩和」によって、園庭のない保育園が許可されるようになり、このような「園児を連れて公園に遊びに行かせる」という形態が日常化したわけです。
 つまり、そんな「規制緩和」が行われなければ、このような痛ましい事故は起き得なかったわけです。
 そのような事情には一切ふれずに、商業マスコミが保育園に責任を押し付けようとする「報道」を即座に始めたわけです。
 最初から、このような事故が起きた時は、そのように「報道」するように、とどこからか指示でもあったのだろうか、と思うほどの整然とした報道でした。
 改めて、今の報道の劣化を感じさせられて、暗澹たる気分になりました。

2019年05月07日

正義の暴走?

 最近、ネットで「正義の暴走」という言葉をよく見ます。
 正しい事をやっているつもりが、「暴走」して悪事になってしまった、という意味合いで使われているようです。
 しかし、この言葉はかなり非論理的です。
 正義というのは当然ながら「正しい事」です。一方、暴走というのは「間違った事」です。つまり、「正しいけれど間違った事をした」と言っているわけで、これは明らかな矛盾です。
 実際に「正義の暴走」などと評される事例を見ていると、そのどこにも「正義」など存在していません。
 よく使われる事例としては、悪いことをした人の個人情報をネットに出すなど過剰に攻撃するなどがあるようです。しかしながら、「相手が悪人なら何をしてもいい」という出発点がそもそも「正義」ではありません。
 悪いことをした人を裁くのはすべて法にのっとって行うのが「正義」です。それ以外の方法で、権限のない人間が「悪人」に制裁を加えようとした時点で、それは「正義」ではありません。ただの「悪」です。
 つまり、そもそもが「正義」ではないのですから、「正義の暴走」など存在しないのです。
 そういうわけで、「正義の暴走」などと論じている人を見たら、「この人は『正義』の事を知らないのか、知っていて人を騙そうとしているのだな」と理解し、その言説は相手にしないのが得策だと思っています。

 

2019年05月06日

期間限定で前職に?

 この三日間、前職だったパソコン教室の元お客さんに頼まれて、短期集中講座を行っていました。
 そのお客さんの家は、前職の教室だったところから歩いて3分くらいのところにあります。
 そのため、かつての「通勤ルート」とほぼ同じ道を自転車で通うことになりました。
 そして、久々に、複数の人にそれぞれパソコンを説明する、という「仕事」をしました。
 今の職場でもパソコンを教えたりトラブル対応するのはしょっちゅうありますが、このような形式でやるのは、3年半ぶりのことでした。それもあって、色々と前職の事を思い出したりもしました。
 なかなか充実した時間を過ごせました。
 もちろん、今の仕事は充実しています。
 しかしながら、やはりこうやって、一緒に前の仕事を続けることができたらな…、と寂しく思いながら、今は亡き弟と一緒に働いた時間を懐かしみました。

2019年05月05日

20119/5/5の更新

漫画資料室ねこボラ部のみるくさんを掲載しました。

2019年05月04日

21周年

 本日をもって、「つれづれの館」は開設して21年目となりました。
 毎年書いていますが、ここまで続けられてきたのは、読んでくださる皆様がいてからこそです。ありがとうございます。
 21年間、同じ場所に住み、相方と自分という同じメンツで発信し続けてきたわけです。長いようで短い21年だなと思っています。
 その間、自分はさまざまな変化を経験してきました。
 仕事も何度か変わり、人間関係も変わり、悲しい経験や、とてつもなく忙しい経験もしました。
 そんななか、このサイトをやめようと思った事は一度もありませんでした。
 今後、我が家に何があろうとも、おそらく一生、このサイトは続くのでは、と思っています。
 そのためにも、まずは来年無事に22周年を迎えなければなりません。そのためにも引き続き、ちまちまと頑張っていきます。

2019年05月03日

逆方向の渋滞

 早朝に稲毛区で用事を済ませ、京葉道路で帰宅しました。
 平日だと、京葉道路の東京方面は6時前から渋滞が始まります。
 しかし、GWという事もあり、東京方面はガラガラで、東関道や館山道方面は6時台というのに渋滞になっていました。平日と正反対の状況だったわけです。
 そのガラガラの道を、快適な運転で帰宅しました。
 多くの人がGW渋滞で大変な目にあっているなか、「逆GW渋滞」で快走できたので、ちょっと得をした気分になりました。

2019年05月02日

疲れとルーティンワーク

 いくら疲れているときでも、定期的に行っているルーティンワークをこなす事は十分に可能です。
 言い換えれば、ルーティンワークもこなせなくなったら、その疲れのレベルは既に「過労死一歩手前」と言えると思います。
 いずれにせよ、ルーティンワークをこなせていると、問題なく仕事ができているように見えてしまいます。それだけに、自分も他人も、過労であると認識できません。
 しかし、それ以外の仕事は全然できなくなってしまいます。やる時間があっても、気力がわかないのです。
 こういう状態のときは、いくら普通に仕事ができているように見えても、即刻休養する必要があります。
 この認識が広まれば、過労による健康被害も減るのでは、と思っています。
 もちろんそれ以前の問題として、「過労死しても会社が儲かればいいや」という考え方で経営している「ブラック企業」を根絶する必要があるのですが…。

2019年05月01日

Windows10の「タブレット機能」

 Windows10パソコンを使っている人から、「パソコンが使えなくなった」というSOSがありました。
 電話で話を聞いたのですが、原因がまったくもって想像できません。
 そこで、実際にパソコンを見たら、画面上を「タイル」が占拠していました。
 Windows8でデビューしたものの、あまりの評判の悪さにだんだんと、表示されにくくなるよう「改善」され、だんだんと目立たなくなり、Windows10では大幅に縮小されました。
 しかしながら、スタートボタンを押すと、相変わらず効率の悪い画面を表示させ、Windows7以前のスタートメニューがいかにまともだったかを伝えてくれています。

 その、隠居したはずの「タイル」がデスクトップを占拠していたのです。
 Windows8の時は、その画面からスタートボタンを押せば、もとのデスクトップに戻りました。しかし、いくらスタートボタンやWindowsキーを押しても、画面はまったくもって変わりません。
 不思議に思いながら調べまくった結果、Windows10には「タブレットモード」なる設定があることを知りました。
 画面右下にあるアイコンをクリックすると選択画面が現れ、その「タブレットモード」なるタイルを押すと発生するモードとのことでした。
 確かに、「タイル」はタブレットパソコンのため、という名目で作られた画面です。
 しかしながら、あまりにも出来が悪すぎて、先述したように忌避された歴史があります。
 以前、我が家にもWinsdows8タブレットパソコンがありました。しかしながら、「タイル」などは一切使わず、通常のPCと同じくデスクトップを使用したものでした。
 それだけに、この「タブレットモード」なるものを実際に愛用している人はどれくらいいるのだろうか、と思いました。
 それにしても、あれだけ使われていないにも関わらず、マイクロソフトは「タイル」にこだわっているのだな、と驚きました。
 ただ、電話サポート担当者である自分としては、百害あって一利ない設定であると言わざるを得ません。
 ぜひともWindows11では、この「タイル」機能は完全に消滅させてほしいものだ、と強く願っています。