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2019年06月24日

言葉遣いの揚げ足取り

 新聞・TV・ネットなどに、よく「日本語の乱れ」なるものが特集されます。
 どれを読んでも、正しいかどうかもよくわからず、かつ枝葉末節なくだらない事ばかりです。
 一時期よく流行ったのは、レジ打ちの店員さんが「○○円からお預かりします」という言葉への批判でした。べつに「から」という言葉があろうとなかろうと、自分が出した金額とあっている事が確認できれば何の問題もありません。こんな事を批判するほうがおかしいとしか言いようがありません。
 数日前には「おられる」という言い回しはおかしい、というのを見かけました。
 これもまた別にどうでもいい事です。意味も通じますし、敬意を持っている事も伝わっているので何の問題もありません。

続きを読む "言葉遣いの揚げ足取り"
掲載時刻 23:32

2019年06月23日

保険

 相方に、生命保険の検討を頼まれました。
 実は、20代の頃に簡易保険に入っていたのですが、満期になった時に色々あって、再加入しておらず、そのままになっていました。
 さすがに、50を過ぎて、相方も気になったのでしょう。そういう年ですから仕方ありません。
 そこで、営業の人に話を聞いたのですが、保険の基本が分かっていなかったので、色々と目からウロコ状態になりました。
 営業の人には迷惑をかけたくはないのですが、保険料も保険料なので、慎重に検討して決めようと思っています。

掲載時刻 22:36

2019年06月22日

嘘つき脳

 嘘を付き続けると、脳が変化して、嘘をつくことにためらいがなくなる、という研究結果を見ました。
 それを読んだとき、嘘つきが常態化した人とのやりとりが頭に浮かびました。
 その嘘つきは、まず「A」という嘘をつきました。ところが、その嘘は、先日話していた「B]という発言と矛盾します。
 その事を指摘したら、何のためらいもなく、即座に「実は今回もBだったんです」と嘘をつきました。そこで、「それは、さっき話していた『A』という言説と矛盾しますね」と指摘しました。当然ですが、嘘つきの人は反論不能に陥っていました。
 ほんの少し前に話していた「A」と完全に矛盾する「B」を平然と言った事にはちょっと驚きました。もう少し、うまい嘘をついてくると想定していたからです。
 なるほど、確かに嘘ばかりつくと脳が変質するのだな、と納得しました。
 同時に、嘘つきだけにはなるものではないな、と強く思いました。

 
掲載時刻 23:03

2019年06月21日

人員配置を完全に間違えている組織

 外出中に警察から電話がありました。折返し電話がほしいというので指定された警察署の代表番号に電話をしましたが、全然繋がりません。そのうち、「ただいま、電話が大変込み合っています、おかけなおしください」という自動音声が流れました。
 その後、何度かかけなおして、要件は片付いたのですが、その間、何度もこの「つながらない→自動音声」という対応をされました。
 よほど人手不足なようです。実際、交番をちょっとのぞくと「ただいま不在です」という表示があったり、人がいても警官でなく、シルバー人材センターから来た人だった、という経験をしたことがあります。

 その一方で、こんな事がありました。
 ある日、自転車に乗っていたら、公園の片隅に、五人くらいの警官がたむろしていたのです。
 その公園の脇には、時間限定で車両進入禁止になる道路があります。そこに入ってくる車を捕まえるために待ち構えているわけです。しかしながら、車の通行量が少なく、暇をもてあまして公園でぼーっとしているわけです。
 よほど暇だったのか、自分に声をかけてきました。自分の自転車は、購入時についている車輪鍵が壊れたので外しています。目ざとくそれに気づき、盗難車でないかと疑って「職務質問」してきたわけです。
 任意なので断ってもいいのですが、せっかくなので対応しました。登録番号を照会すれば、即座に盗難車でないことはわかります。するとゴマをするかのように「ヘルメットをかぶっているのですね。安全のためいいですね」などと言ってきました。
 そんな事をやっている暇があるのならば、本署で電話応対をすべきなのでは、と強く思いました。
 警察にも「民間の考え」とやらが浸透して、「市民からの電話に出るよりも、交通違反の反則切符で設けることが大切だ」となってしまっているのでしょうか。
 ちなみに、その職質された二日後に帰宅しようとしたら、後ろからバイクに乗った警官がまた職質してきました。さすがに呆れて「2日前にも聞かれましたよ」と言ってそのまま走り去りました。

 もっとも、これはまだマシなほうです。
 公安警察に至っては、何十年もずっと政党・ペンクラブ・平和団体などを「監視」し続けています。その結果判明したことは、「彼らの監視対象は平和的かつ民主的な団体である」という至極当然の事だけでした。
 莫大な税金を使って「安全性」を保証してくれているわけです。もちろん、監視対象の団体にとっては、迷惑以外の何物でもないわけですが…。

 ちなみに、冒頭の警察からの電話ですが、自分が犯罪者としてあらぬ疑いをかけられたとか、犯罪に巻き込まれたとかいう事ではありません。念のため。

掲載時刻 23:06

2019年06月19日

燻製たまご

 燻製のたまごを買いました。
 利尻昆布と伯方の塩で味付けして、6日間燻した無添加の食品です。
 パックから出すと、まず燻製の香りを楽しむことができます。
 そして、卵自体も、味も香りも最高で、何より、食べやすい硬さになっています。
 殻を向けばただのちょっとくすんだゆで卵なわけですが、そこに至る過程が凝縮されたような美味しさと香りを楽しめました。
 普段は安物ばかり買って食べているのですが、たまにちょっと根が張っても「本物の美味しさ」は楽しまねばな、と改めて思った次第でした。

掲載時刻 22:38

2019年06月18日

「悪気はない」という言葉の無意味さ

 他人を苦しめたり、嫌な思いをさせた人間がよく使う言い訳に「悪気はなかった」というものがあります。
 困ったことに、それを真に受けて、「彼は悪気がなかったのだから許してやってくれ」などと「仲介」する人間が現れたりします。
 しかし、加害者の「悪気の有無」など実は何の意味がありません。
 ストーカー行為においても、被害者に対する「強い好意」や「愛情」を加害者は自覚しています。しかしながら、それは被害者にとっては迷惑なだけです。
 「悪気はなかった」も同様です。本人が悪いことをしていると思っていなくても、被害者は精神的や肉体的な苦痛を味わうわけです。しかも、精神的な傷となれば、何年、何十年とその被害は続きます。
 その結果が全てであり、加害者の自己認識を根拠に免罪するなど、ありえないことです。
 加えて言えば、他人を苦しめておきながら「悪気はなかった」などという人間は、善悪の感覚が正常ではなくなっているわけです。
 そんな危険な人間を放置しておくと、さらに被害者は増え続けるでしょう。
 したがって、「悪気はなかった」などと言う輩については、むしろ加える処分をより厳しくするのが正しい対処法だと思っています。

掲載時刻 23:13

2019年06月17日

警官の危機管理

 関西で、警官が襲撃されて拳銃を奪われた、という事件がありました。
 幸い、容疑者の身柄は確保されましたが、一歩間違えれば、先日の登戸を上回る大量殺人が行われた危機があったわけです。
 実際、欧米やオセアニアで、銃を用いた大量殺人事件が起き、桁違いの死傷者を発生させています。
 それらを総合的に考えると、危機管理のため、警官に拳銃を持たせるのをやめさせたほうがいいのでは、と思いました。
 実際、昨年にも、警官から奪った銃で殺傷事件を起こした人とか、上司を射殺した警官などという事件が起きています。
 そもそも、警官というのは専門的な訓練を受けている上に、柔道や剣道などに熟達するなど、拳銃なしでも一般人が相手にならないほどの力を持っています。
 ならば、拳銃などなくてもいいのではないでしょうか。加えて、今回の事件のように、持っていても役に立たない上に、奪われることにより近隣に住む人を不安に陥れる事例が発生しているわけです。
 経費の削減にもなるので、ぜひとも検討してもらいたいものだと思いました。

掲載時刻 23:10

2019年06月16日

「FB疲れ」の実例

 お世話になっている人と、SNSの話になりました。その人は、フェイスブックの「誕生祝い」が鬱陶しくて、見るのが嫌になったという、懐かしの「FB疲れ」でした。
 実際、あの誕生日祝いというのは鬱陶しいものです。仮に「友達」が120人いたら、単純計算して、3日に1回は誕生祝いをしなければならない計算になります。
 ちなみに、機械的に「誕生祝い」を送る習性の人もいるようで、数年前に病死した大学の後輩のページを久々に見たら、逝去も知らずに、毎年「誕生祝い」を送っている人を見てしまい、ちょっと不気味に思ったものでした。
 とりあえず、その人には誕生日を非表示にできることを説明しておきました。
 改めて、この機能はデフォルトで使用不可にすべきなのでは、と強く思った次第でした。

掲載時刻 22:05

2019年06月15日

夢を語りすぎると

 最初に転職して二年ほど、自称「ベンチャー企業」で働きました。
 ちなみに、先日、久々にその会社のサイトを見たら、まだ「ベンチャー企業」を名乗っていました。
 創業が1995年だったので、四半世紀ずっと「ベンチャー企業」なわけです。
 基幹商品が動いているあるサーバーの保守契約費をケチって、サーバーダウンをした時に顧客に大きな損害を出すなど、素人レベルの会社でした。
 それが四半世紀ももったのは、創業者である社長のハッタリでした。
 「夢を語るのが大切」などと社内で公言しながら、技術的な裏付けのない計画を堂々と語り、それでカネを集め、自転車操業的に会社をもたせていました。
 それで四半世紀もやっていけるのですから、ある種の才能かもしれません。もちろん、零細「ベンチャー企業」を続けるだけの才能であり、そこから一歩も先に進めないわけですが…。
 2年弱のつきあいでしたが、「出来もしないことを言えば、騙される人はいる。だが、しょせんは一時しのぎだから、やはり、出来もしない事を言うべきでない」というのが、その会社で得た財産(?)だと思っています。

掲載時刻 22:13

2019年06月14日

40数年ぶりの上野動物園とモノレール

 昨日の続きですが、上野の美術館で写真展に行ったあと、隣接する上野動物園に行きました。
 半世紀近く関東に住んでいるのですが、上野公園とは縁遠く、今回が三回目くらいです。
 動物園に行ったのは45年ぶりくらいの事でした。
 正門から入ったら、いきなり大行列がありました。パンダを観るための行列で、60分待ちと書かれていました。相方はパンダを楽しみにしていたのですが、さすがに並ぶ気力は起きなかったようです。
 色々見たあと、西園行きのモノレール乗り場にたどり着きました。
 これに乗るのも、当然ながら45年ぶりです。
 「上野式」と呼ばれる、世界で唯一という特殊な形式のもので、何より面白いのが、完全に左右非対称だという事です。
 車両とレールを繋げる鉄アームは片方にしかついていません。また、乗降扉も片方にしかありません。
 そのため、東園駅から乗る時は、改札側のホームに扉がないので、わざわざモノレールの前を横切って、乗車ホームに行かねばなりません。
 鉄道が走る場所を歩行者が横切るのですから、定義的には「構内踏切」になります。他に「踏切」があるモノレールなどあるのだろうか、とちょっと驚きました。
 1分30秒で次の駅でかつ終点である「西園」駅に着きます。ただ、その間、森の中を走ったり、高いところから道路を横切り、車窓には不忍池が見えるなど、なかなか変化に富んだ車窓風景でした。
 残念な事に、今年の11月で老朽化により、一時休止となり、その後の再開は未定とのことです。貴重かつ面白いモノレールなので、ぜひとも継続運行してほしいものだと強く思いました。
20190613_1.jpg DSCN1793[1].JPG DSCN1794[1].JPG

掲載時刻 22:10

2019年06月13日

写真展に行く

 上野の美術館で開催された写真展に相方と行きました。
 さまざまな主題で、色々な写真が展示されていました。アニメキャラのコスプレから、福島原発事故後の状況まで、多くの人が、さまざまな主題で写真を撮っていました。
 改めて、世の中には色々な事象があるのだな、と思いました。
 自分的には、漁業の現場として、大量の魚が水揚げされた写真が印象に残りました。
 魚は好物ですが、それがどうやって漁をされているのかは見たことがありません。
 半世紀ほど生きましたが、改めて見たことがないものが山程あるのだな、と再認識させられました。
 見聞が広がり、大変有意義でした。

掲載時刻 23:23

2019年06月12日

モラハラの恐怖

 ネットを見ていたら、異常なまでのモラハラ事例を見てしまいました。
 結婚するまでは、ずっと女性の事を「さん」付で読んでいた男が、結婚したその日に、女性を「お前」と呼ぶようになり、女性がそれを嫌がったら「上下関係を明白にするためだ」などと言い出した、という話です。
 寒気がしたのですが、それに対する返信で「自分もそうだった」というのが多々あった事にもまた驚きました。
 どうやら、少なからぬ男性が、結婚したら、相手は自分よりも下の存在になる、と本気で信じているようです。
 それに端を発して配偶者や子どもに様々なハラスメント行為をするのを「モラハラ(モラルハラスメント)」と言う事をちょっと前に知りました。
 そういう人間が多々いることに驚きました。同時に、これまでいた組織の中で見聞きした言動を省みるに、もしかして、実は身の回りにそういうモラハラ人間は山程いたのでは、と思い、さらに不快感が増しました。
 この「モラハラ」、研究すると精神的に疲れそうです。それに耐えつつ、もう少し知識を深めてみようと思っています。

掲載時刻 11:59

2019年06月10日

掲載時刻 22:14

2019年06月09日

失敗を認められないと起きること

 一般的に、成功と失敗の判断というのは簡単だと思います。
 いい結果が出れば成功で、悪い結果が出れば失敗だからです。
 ところが、失敗を認めると責任を取ることになるから、という理由で、頑なに失敗を認めない事があります。
 そうすると、なんだかんだ理屈をつけて、失敗だったものを「成功」にしてしまいます。
 この典型例は、戦時中の大日本帝国並びに、いまだに大日本帝国が敗れ去った事を認められない今の権力者たちです。
 その結果、歴史的に失敗だった事が「成功体験」になってしまい、さらに酷い失敗をしてしまう、という結果になってしまいます。
 やはり、いくらその時は屈辱的な気分になっても、失敗は素直に失敗と認めないといけません。
 自分的には、成功だか失敗だかよくわからないくらいの結果が出たときも、失敗と判定して改善策を考えるくらいがいいのでは、と思っています。

掲載時刻 22:01

2019年06月08日

10個目の管理サイト

 色々あって、新たなサイトを立ち上げて管理することになりました。
 数えてみたところ、現在、管理しているサイトが10になっていました。
 もちろん、毎日毎日、10個のサイトを更新する必要があるわけではありません。
 なかには、年に数回だけ更新すればなんとかなるサイトなども含まれています。
 とはいえ、いくつもやっていると、色々と神経を使います。
 今日も、更新したつもりが、アップロードを忘れてしまい、指摘を受けたなどという事もありました。
 いろいろ大変ではありますが、やりがいもあれば、満足度も高い業務なので、頑張っていこうと思っています。
 もちろん、いくら増えても、自分の「原点」であるこのサイトは、これからもずっと更新し続けます。

掲載時刻 23:22

2019年06月07日

高齢者運転事故報道への疑問

 なんか連日、80代の運転手による交通事故が報じられています。
 先刻もネットニュースを見たら、どこにでもあるような交通事故を報じていました。これがニュースになるということは、おそらく、と思って詳細を読んだら、案の定、事故を起こした運転手は80代の人でした。
 以前よりはかなり減ったとは言え、交通事故は毎日どこかで発生しています。今年の千葉県だけを見ても、7千件以上発生し、61人が亡くなっています。1ヶ月に10人以上亡くなっているわけです。
 それだけ普遍的なものなのに、ことさら高齢者が運転していた場合だけを大きく報道するというのは、いかがなものでしょうか。

続きを読む "高齢者運転事故報道への疑問"
掲載時刻 16:27

2019年06月04日

「人減らし合理化」がもたらしたもの

 自分が社会の事を理解できるようになった1980年台から一貫して、「合理化」の名のもとに、さまざまな人員が削減されました。
 会社は受付を人でなく内線電話に任せるようになり、駅のホームから駅員がいなくなりました。他にも、様々な「人員削減」が各所で行われました。
 しかしながら、それは会社の人件費削減による利益増大には役立ったものの、利用する人にとってはサービス低下でしかありませんでした。
 同様に、働くひとにとっても、安定した身分と収入がある就労機会の減少になったわけです。
 その結果、日本はどんどん他国に追い抜かれ、格差ばかりが広がっています。
 その現状を見ると、やはり何かが間違っていたと言わざるを得ません。
 結果的に、人減らしは利用者や働く人にとっては「不合理化」でしかなかったのではないでしょうか。
 そろそろ、「人減らし」が素晴らしいことである、という考えから抜け出すべきでは、と思っています。

掲載時刻 22:19

2019年06月03日

同性婚雑感

 台湾で同性婚が合法化されました。日本でも、同性婚を実現しようとする動きがあります。
 結論から言えば自分は大賛成です。一刻でも早く実現すべきだと思っています。
 自分は異性愛者で、相方と結婚して21年半になります。
 好きな人と結婚し、二人で楽しく過ごしています。
 その理由は、相方が「自分が一番好きな異性」であるからではありません。「自分が一番好きな人」だからです。
 自分の場合は、たまたま、「一番好きな人」が異性だったわけですが、当然ながら、「一番好きな人」が同性である人もいます。
 かつては、それを異常視する言説が多数を占めていましたが、科学の発展もあって、今ではそれも普通の事であることが明らかになっています。
 もちろん、同性婚が制度化されたところで、自分たちを含め、異性愛者には何らデメリットはありません。ですから、一刻も早く合法化すべきなのです。
 ちなみに、同性婚に反対する口実として「子どもが生まれない」というのがあります。しかしながら、同性婚ができない現在、同性カップルは事実婚をして暮らしているわけです。どちらにせよ、子どもはできないわけですから、こんな言説は成り立ちません。
 加えて言えば、我が家は異性婚ですが、子どもはいません。したがって、子どもを理由に同性婚を否定するのは何重にも間違っています。
 というわけで、日本でも一刻も早く同性婚を実現させるべきだ、と強く思っています。

掲載時刻 23:55

2019年06月02日

久々の、とんかつ茶漬け

 秋葉原のすずやで、相方と二人で、久々に、とんかつ茶漬けを食べました。
 発祥の地は新宿で、もともと、母方の祖父が愛用しており、その紹介で母が、さらには息子である自分が、そして自分がきっかけで相方も大好きになった、という由緒ある店です。
 独特の味付けでソースをかけずに食べるとんかつと、つけあわせのキャベツ炒めが絶品です。おかずはおかわり自由なので、今日もキャベツを二回もおかわりしてしまいました。
 一番近い店が秋葉原店なので、千葉に住んでいるとなかなか行く機会がありません。
 それだけに、久しぶりかつ貴重な味を堪能しました。
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掲載時刻 21:06

2019年06月01日

先送りの功罪

 一般的に、先送りという言葉は、良くないこととして使われる事が多いようです。
 確かに、その場で決めたりやったりしないと多くの人が困ることを「先送り」してしまうのはよろしくありません。
 しかしながら、逆に急いでやる必要がない場合は、先送りしたほうがいい、という事例も多々あります。
 特に、対処すべき問題の全体がつかめていない時は、下手に急いで動くと、よくない結果をもたらします。
 そういう場合は、いったん、「先送り」にして様子を見て、もっと情報が揃った時に動いたほうがうまくいく、という事は多々あります。
 このように、「先送り」がいい場合も存在するのです。
 やっていはいけない「先送り」があるのも確かですが、一概に「先送りはいけない」という風潮ができるのも問題だと思っています。

掲載時刻 22:04

2019年05月31日

相手に伝わる話し方・書き方

 基本的に、ものを話したり書いたりするのは、聞いたり読んだりした人に、自分の考えを伝えるのが目的です。
 ただ、実際に、それが相手に伝わるのは非常に難しいものです。
 自分も、毎日、さまざまな形でネットを使って発信していますが、「少なからぬ人たちに伝わったかな」と思えることは、月に一度あるかないか、「これは多くの人々に伝わったに違いない」と満足できることは年に一度あるかないかです。
 それだけ、「伝える」というのは難しいことです。
 しかも、五年前の「正解」が、今では「間違い」になっている、というように、方法の流行り廃りも多々あります。
 それだけに大変ですが、これからも、この「伝え方」を色々模索していこうと思っています。

掲載時刻 22:56

2019年05月30日

誰のための報道?

 先日起きた通り魔事件について、新聞やテレビが、「状況再現」をしています。
 そのようなものを報じる価値はどこにあるのでしょうか。
 仮に通り魔の手段が明らかになったところで、再発防止策にはなりません。このような予告なしの凶行を未然に防ぐのは不可能です。
 逆に、犯人と同じ考えを持っている人間が「なるほど、こういうやり方もあるのか」と理解し、類似事件を発生させる危険性すらあります。
 もちろん、そんな情報がいくら流れたところで、遺族の方々も悲しみが増すだけでしょう。
 このような悲しい事件を「ニュースのネタ」として「消費」するのは辞めるべきです。そんなことより、報道すべきことは山程あると思うのですが…。

掲載時刻 22:16

2019年05月28日

99.9%の人にとって迷惑でしかないキー

 ワードを使っていたら、文字の挿入ができなくなった、というSOS電話がかかってきました。
 そこで、「Insert(INS)キーを押してください」と回答し、解決しました。
 このキーを押すと、「上書きモード」になり、通常だったら文字やスペースが挿入される操作をすると、そこにあった文字が置き換わってしまいます。
 まだWindowsが普及する前のDOS時代のワープロでは、この機能は重宝されていました。当時は、消したい文字をマウスで選択して一気に削除する、という機能がなかったからです。

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掲載時刻 23:29

2019年05月27日

退化

 10年くらい前に読んで非常に参考になった本がありました。
 その作者にかなり関心は持ったのですが、その次に買った本は面白くなくて、途中で読むのをやめ、ついでに作者に対する関心もなくなりました。
 その作者の名前を久々に見ました。しかしながら、そこで書かれていた「作品」は、極めて残念なもので、かつて持っていた敬意が一気に吹っ飛んでしまったものでした。
 自らの「品質」を維持するのは簡単でないのだな、と改めて思いました。
 自分も年齢的には下り坂に入っています。「退化」しないよう気をつけねば、と他山の石としました。

掲載時刻 23:59

2019年05月26日

北海道が猛暑に

 一昨日、夏日になった、と書きましたが、今日の北海道東部は、真夏日になっていました。
 オホーツク沿岸にある佐呂間町に至っては、39℃を記録したそうです。もちろん、この地での観測史上最高気温でした。
 ちなみに、佐呂間町の5月平均気温は10℃とのことでした。いかに、異常な暑さだったかがわかります。
 仮に20年前に、「5月下旬の佐呂間で気温が39℃になった」などと言っても、誰一人信じなかったでしょう。
 しかし、今日のニュースは驚きはしたものの、ここ数年の温暖化の進行からして、「驚いたけど、こんな事もあるんだな」くらいの気分にしかなりませんでした。
 もっとも、このまま温暖化が続けば、沈む島も出てくるでしょうし、他にも様々な災害も起きるでしょう。
 次の世代が安心して暮らせるようにするためにも、この温暖化をなんとかせねば、と改めて思った5月の真夏日でした。

掲載時刻 21:35

2019年05月24日

夏日

 今日は、早朝にちょっと長く自転車に乗りました。
 その顔を見た家族に「日に焼けた」と言われました。
 実際、外にいると、日差しがきびしく、完全に夏という感じでした。
 帰りにちょっとバスを待ったのですが、他の乗客も日陰を探して、そこで待っていました。
 5月下旬だというのに、もう「夏」になってしまったようです。これから数ヶ月、暑さに耐える日が続くんだな、と思うと、ちょっとげんなりしました。
 同時に、地球温暖化の深刻さを改めて痛感しました。

掲載時刻 20:02

2019年05月23日

物持ち

 高校生だったとき、「DCブランド」なる言葉が流行していました。
 柄にもなく、「おしゃれ」に興味を持っていた事もあり、初めてもらったバイト代から奮発して、渋谷あたりのデパートに行って「DCブランド」のカーディガンを買いました。
 もっとも、買ったはいいけれど、「着こなし」などできるわけがありません。当時としては大枚はたいたわけですが、ほとんど着ることがありませんでした。
 それから34年経ちました。その間、体型がほとんど変わらなかったおかげで、そのDCブランドのカーディガンは、ちょっと肌寒い日に羽織る服として現役で活躍しています。
 せっかく50まで着れたので、ぜひとも還暦までは使い続けたいものだと思っています。

掲載時刻 22:26

2019年05月22日

半世紀生きる

 50回目の誕生日を迎えることができました。
 長年、お世話になった人たちには本当に感謝です。
 今日も、家族に祝ってもらいました。ありがとうございました。
 もう半世紀?という感じですが、確かに、自分が生まれてから今まで、世の中は大きく変わりました。
 ただ、率直に言って、この半世紀で世の中はこれだけ良くなった、とは言い難いものがあります。
 あと何年生きられるかわかりませんが、できれば、50年後に、「この半世紀、それまでと違って、世の中は良くなった」と多くの人が実感できるようになればいいな、と思っています。

掲載時刻 22:59

2019年05月21日

雨天の通院

 今日は朝から激しい雨が降っていました。
 あいにく、朝に病院の予約を入れていました。
 公共交通機関の便が悪いので、普段は自転車で通っています。
 しかしながら、この天気ではカッパを着て行くしかありません。
 その準備をしようとしたのですが、ふと「雨に濡れたカッパを病院のどこに置いておけばいいのだろうか?」という疑問が頭をよぎりました。
 病院の自転車置場は屋外なので、自転車のかごに入れておくわけにはいきません。
 そうやって悩んだ末、自転車をやめて歩いて行くことにしました。
 数年前に改定された道交法で、傘をさしての自転車運転は禁止されました。しかし、相変わらず、「傘さし運転」をする人の姿はよく見ます。
 今までずっと不思議に思いながら見ていたのですが、その理由が「カッパだと、行った先に置き場がない」なのだろうか、と思い至りました。
 多くの人が安心して安全に自転車で移動するためにも、病院・店・公的機関に「雨天時のカッパ置き場」を確保し、その存在を広報してほしいものだと思ったりしました。

掲載時刻 21:23

2019年05月20日

GAFAとBATH

 読んでいる雑誌が、多国籍企業特集を組んでいました。
 こういうご時世だなだけあって、ネットの基礎部分で巨大な力を持つ、「プラットフォーマー」と呼ばれる企業に関する記事が多々ありました。
 アメリカ発であるGAFA(グーグル・アマゾン・フェイスブック・アップル)については、以前からよく知っていました。しかしながら、それと対抗して成長してきた、中国のプラットフォーマーであるBATH(バイドゥ・アリババ・テンセント・ファーウェイ)が、ここまで大きくなっていたとは知らず、驚きました。
 特に、テンセントというゲーム会社については、世界でもトップクラスの資産を持っているとのことです。
 ゲームとはすっかり縁遠くなっていたので、すっかり疎くなっていました。それだけに余計驚きました。
 やはり、経済に関する知識も定期的にアップデートしないと取り残されるな、と思いました。同時に、これだけの超巨大企業が育つ中で、アメリカでも中国でも貧困問題が深刻である、という現実にも考えさせられました。

掲載時刻 22:24

2019年05月19日

自分の立ち位置をごまかす姑息な手段

 ネットで、よく「自分は中立だが…」などと前置きして、自らの主張を語る人が多々います。
 その主張をした時点で中立などというのが大嘘で、その人が特定の立ち位置のもとに語っている事は明白です。
 もし本当に「中立」ならば、その問題について、主張をすることはないからです。
 つまるところ、自分の主張の説得力を増すために、「中立」を偽るという姑息な手段を弄しているわけです。もちろん、そのような人の主張は、読む価値すらありません。
 こういうのは、ネットの常套手段だと思っていたのですが、今日、ある新聞社のサイトで、それの二番煎じとしか言いようがない記事を見ました。
 その記事の主題はヘイトスピーチ(差別扇動発言)でした。冒頭に、ヘイトスピーチをする人間に話しかけられた記者が、そのヘイターに同意しない、という記載をすることにより、自分はヘイトスピーチをする側の人間でない、という「ポジション設定」をします。
 しかしそこからは、客観性を装いつつ、ヘイトをする側の問題点をほとんど書かず、ヘイトされる側が悪いであるかのような「記事」が流れていました。
 読み終われば、この記事の目的がヘイトスピーチ擁護であることは明白です。それを隠すために、冒頭で反ヘイトであるかのように偽る導入文を書いていたわけです。
 その姑息さに心底呆れました。そして、そのような小細工を行いつつ、ヘイト記事を垂れ流すという腐敗した新聞社のことを、心の底から軽蔑しました。

掲載時刻 21:31

2019年05月18日

望遠のマジック

 先日、ネットで、とんでもない急坂を車が登っていく写真を見ました。
 驚いて色々と調べたところ、デジカメの望遠機能を使った時に起きる現象だという事がわかりました。
 ものは試しにと、地元の西の谷跨線橋を撮ってみることにしました。かなり勾配のきつい陸橋で、疲れている時に自転車で登るのは大変です。
 それを望遠で撮ったのが最初の写真です。たしかにこれだとジェットコースター並の急坂に見えますね。
20190518-1.jpg
 しかしながら、普通に撮るとこんな感じです。確かに急坂ではありますが、これなら驚くほどではありません。
20190518-2.jpg
 というわけで、ネットで「急坂写真」を見ても、すぐに驚かないようにしよう、と思いました。

掲載時刻 18:46

2019年05月17日

秋葉原と柏

 店舗限定商品の発売が発表されました。
 家の近くだとどこで売っているかを調べたら、秋葉原か柏となっていました。
 最初は、同じ千葉県内だし、柏に行こうかと思ったのですが、念のため検索したところ、電車で行くぶんには運賃は同じで、所要時間はむしろ秋葉原のほうが早い、という結果になりました。
 ちなみに車で行っても、やはり秋葉原のほうが早いという結果になりました。
 自宅と東京の県境の間には3つの市があります。しかしながら、比較的近いと思っていた県内の柏に行くより、秋葉原のほうが近いということに驚きました。
 もっとも、この幕張本郷に居を構えたのは、当時勤務していた都内の職場に行きやすいから、というのが理由でした。それを考えると、さほど驚くことではないのかもしれません。
 ただ、7年前から職場も千葉県内になったため、すっかり日常生活から「東京」が縁遠くなっていました。それだけにこのような事を思うのかも、などとも思いました。

掲載時刻 22:37

2019年05月16日

八正道

 仏教徒ではありませんが、たまに仏典を読むことがあります。
 その中で、一番興味を持っているのは「八正道」というものです。
 正しく見て、正しく考えて、正しく語って…などと、一見すると「何を当たり前のことを…」みたいな事が述べられています。
 しかしながら、長年、社会で働いていると、これは確かに実践するのは難しいことだ、というのが分かります。
 一番最初の「正しく見る」ですが、自分的には「都合の悪いことも含め、現実を直視する」というふうに勝手に解釈しています。
 色々なしがらみがあると、明らかな現実でも、歪んで解釈して、自分に都合のよい結論を出そうとしてしまいます。
 これだと当然ながら、正しく思うことも、正しく語ることもできません。
 そういう意味でも、この「八正道」の冒頭が「正しく見る」なのだろうな、と素人判断しています。
 他にやることが多くてなかなかそこまで手が回りませんが、いつかこういう仏典も本格的に研究したいものだと思っています。

掲載時刻 23:50

2019年05月15日

考える力を上げるために必要なこと

 考える力を上げるために必要な事は?と尋ねられたら、即座に「休むこと」と答えます。
 もちろん、大前提としては、知識・情報を得ること、そして考え方を学ぶことです。
 しかし、仮に休むことなしに、本を読んだりネットを見たりし続けて、それらを得たり学んだりしても、それだけでは考える力は上がりません。むしろ入手した情報に翻弄されるだけで終わってしまいます。
 入手した情報を元に、思考を行うには、絶対に休むことが必要です。それをしなければ、考えがまとまるわけありません。
 日本の企業が社員に長時間労働を強い続け、その一方で、日本のイノベーションが下がっているという現実があります。それも、この「休まなければ考えられない」という事を理解していないからだと思っています。

掲載時刻 23:52

2019年05月14日

寒暖の差

 昼はかなり暑くなりました。長袖のワイシャツを着て歩いていると、袖をまくりたくなります。
 一方で、日が暮れると急に気温が下がります。そうなると、カーディガンを羽織らないと寒さを感じてしまいます。
 一日でこれだけ寒暖の差を感じるのは、これまであまりありませんでした。
 やはり、日本の気候は温帯から乾燥帯に移りつつあるのだろうか、と思えてきます。だんだんと過ごしにくくなっていますね。

掲載時刻 21:41

2019年05月13日

時給1300円がニュースになる時代

 近所にある洋服通販会社の社長さんが、時給1300円のアルバイトを大量雇用する、と大大的に宣言して話題になっていました。
 社長さんは月に行くと宣言したり、野球場のネーミングライツを買ったり、100万円を配ったりと色々と目立っている人です。
 しかしながら、筆者は1991年に時給1200円で都内ホテルの鍋洗いをバイトをしていました。ちなみに契約していた会社はマンションの一室が事務所という零細企業でした。
 当時の東京の最低賃金は575円でした。そして今の千葉は最低賃金が895円です。それを考えれば、この「時給1300円」は、社長が自慢するようなものでないことは分かるのではないでしょうか。
 だいたい、月に行ったり100万円を配るくらいの利益があるならば、「月給40万円で社員を大量に雇う」と宣言することくらいできるはずです。
 それだけに、改めて、今の大金持ちがいかに低賃金不安定雇用で人を使い倒して儲けている、という事が浮き彫りになっただけの話題作りだったな、と思いました。

掲載時刻 22:51

2019年05月12日

間違いを認める力

 世の中には自分の間違いを絶対に認めない人や組織があります。
 よく「謝ったら死んじゃう病」などと揶揄されますが、とにかく誤りを認められません。
 まあ、典型的なのは今の首相と内閣なのですが…
 本当に正しさに自信があれば、誤りを認めることは簡単な事です。なぜならば、誤りを認めないと、自分の中で「正しさ」の整合性が取れなくなるからです。
 言い換えれば、誤りが認められない、というのはそれだけ自分の正しさに自信がないから、と言えます。
 自分は、数年前にとんでもない誤りをおかしたことがありました。それゆえ、逆に自分が間違えをおかしたときは、それを冷静に評価することができるようになりました。
 それだけに、自らの誤りを認められない人や組織を見ると、滑稽に思えてきます。
 もっとも、その境地を得るために支払った代償はあまりにも大きいものでした。それだけに、今の自分の到達を喜ぶような気は毛頭ありません。

掲載時刻 23:56

2019年05月11日

体育と簿記の「授業」を受ける

 昼に、整形外科に行きました。
 4月末に首から肩にかけて激痛が走った時に行った病院です。そこで、リハビリをすることになりました。
 生まれて初めての「リハビリ体験」です。
 トレーナーの方の指示にしたがい、体のさまざまな筋肉を伸ばしました。改めて、自分の体が固くなっていたのだな、と認識させられました。
 それが、2週間前の激痛になったようなので、再発防止かつ、今後の健康維持のためにも、このストレッチを習得しようと頑張りました。

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掲載時刻 22:20

2019年05月10日

信頼と変貌

 自分は、他人の評価を簡単に変えるタイプです。
 かつて親友だと思っていた人に、極めて無礼な事をされ、口もきかなくなった、などという事も一度ならずあります。
 そんななか、一年以上、不審に思いつつも、それ以前の言動から、「この人は悪い人でないはずだ」と判断していた人がいました。
 しかし、現実が明らかになったとき、正しかったのは「不審に思っていた気持ち」のほうでした。
 改めて、昔の言動などは、現在自分が判断した事の参考にはならない、と痛切に実感させられました。
 この判断を一年前にできていれば…と後悔しつつも、現状の認識をもとに、被害を最小限に食い止めるために頑張らねば、と思っています。

掲載時刻 23:10

2019年05月08日

不気味な集中報道

 保育園で園外散歩していた、お子さんたちと保育士さんたちが交通事故に巻き込まれ、幼い命が失われる、という事件がありました。
 すると、商業マスコミは、保育園の関係者に執拗な取材を行いました。目的が「こんなリスクのある場所に散歩をさせた保育園が悪い」という言葉を引き出そうとしているのが露骨に分かるくらい酷い取材をやっています。
 事故そのものは、交差点で右折車と直進車がぶつかるという、どこでも起きうる事故です。その危険性を前提に、その交差点を散歩ルートから外すなどありえない事です。
 にも関わらず、事故が起きた直後から、そのような保育園に責任を押し付けるような取材が行われた、というのは本当に気味が悪いと思いました。
 自分が子供の頃は、保育園が独自の園庭を持つ、というのが当たり前でした。
 それが、政府主導の「規制緩和」によって、園庭のない保育園が許可されるようになり、このような「園児を連れて公園に遊びに行かせる」という形態が日常化したわけです。
 つまり、そんな「規制緩和」が行われなければ、このような痛ましい事故は起き得なかったわけです。
 そのような事情には一切ふれずに、商業マスコミが保育園に責任を押し付けようとする「報道」を即座に始めたわけです。
 最初から、このような事故が起きた時は、そのように「報道」するように、とどこからか指示でもあったのだろうか、と思うほどの整然とした報道でした。
 改めて、今の報道の劣化を感じさせられて、暗澹たる気分になりました。

掲載時刻 23:59

2019年05月07日

正義の暴走?

 最近、ネットで「正義の暴走」という言葉をよく見ます。
 正しい事をやっているつもりが、「暴走」して悪事になってしまった、という意味合いで使われているようです。
 しかし、この言葉はかなり非論理的です。
 正義というのは当然ながら「正しい事」です。一方、暴走というのは「間違った事」です。つまり、「正しいけれど間違った事をした」と言っているわけで、これは明らかな矛盾です。
 実際に「正義の暴走」などと評される事例を見ていると、そのどこにも「正義」など存在していません。
 よく使われる事例としては、悪いことをした人の個人情報をネットに出すなど過剰に攻撃するなどがあるようです。しかしながら、「相手が悪人なら何をしてもいい」という出発点がそもそも「正義」ではありません。
 悪いことをした人を裁くのはすべて法にのっとって行うのが「正義」です。それ以外の方法で、権限のない人間が「悪人」に制裁を加えようとした時点で、それは「正義」ではありません。ただの「悪」です。
 つまり、そもそもが「正義」ではないのですから、「正義の暴走」など存在しないのです。
 そういうわけで、「正義の暴走」などと論じている人を見たら、「この人は『正義』の事を知らないのか、知っていて人を騙そうとしているのだな」と理解し、その言説は相手にしないのが得策だと思っています。

 
掲載時刻 23:30

2019年05月06日

期間限定で前職に?

 この三日間、前職だったパソコン教室の元お客さんに頼まれて、短期集中講座を行っていました。
 そのお客さんの家は、前職の教室だったところから歩いて3分くらいのところにあります。
 そのため、かつての「通勤ルート」とほぼ同じ道を自転車で通うことになりました。
 そして、久々に、複数の人にそれぞれパソコンを説明する、という「仕事」をしました。
 今の職場でもパソコンを教えたりトラブル対応するのはしょっちゅうありますが、このような形式でやるのは、3年半ぶりのことでした。それもあって、色々と前職の事を思い出したりもしました。
 なかなか充実した時間を過ごせました。
 もちろん、今の仕事は充実しています。
 しかしながら、やはりこうやって、一緒に前の仕事を続けることができたらな…、と寂しく思いながら、今は亡き弟と一緒に働いた時間を懐かしみました。

掲載時刻 22:38
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