2008年05月10日

見ず知らずの「隣人」の不幸を喜びたくなるとき

 以前にも書きましたが、会社の近くに公園があり、昼休みに行ったりします。公園と言っても、平日の昼ですから、いるのは私も含めて、大人ばかりです。
 そういうわけで、この公園には、奥の方に「喫煙所」が設けられています。公園に入れば、ベンチが空いているにも関わらず、その一角で何人もの人が立って喫煙しているわけですから、煙草を吸わない私でも、一目で「あそこが喫煙所なんだな」と分かります。
 そういうわけで、喫煙所から離れたベンチに座っていたのですが、なぜか煙草のにおいがしてきました。その方向を見たら、すぐそばのベンチに座っている人が煙草を吸っていました。

 非常識な人だと思いつつ、その人を見ていたら、スーツの背中に何かついているのが見えました。よく見ると、鳥の糞でした。
 もちろん、禁煙スペースで煙草を吸っているのを見た神が鳥に命じて、彼のスーツを汚させた、などとは思いません。とはいえ、それを見たときは、見ず知らずの人であるにも関わらず、「そんな非常識な事をしているから、そういう目にあうんだ」とその「不幸」を喜んでしまいました。
 ちなみに、この公園には「喫煙は灰皿のある場所で」という立て札もあります。にも関わらず。他にもベンチで煙草を吸っている人が少なからずいました。なんで、ちょっと見まわせば「ここは禁煙」と分かるのに、そのような事をするのでしょうか。理解に苦しみます。

2008年05月10日 15:03