騙した事が評価される世の中
今世紀に入ったあたりから、嘘をついてそれで利得をえた場合、「利得をえた」事が大きく評価され、「嘘をついた」事など、どうでもいい、という風潮が目立ってきました。
特に、昨年あたりから、その風潮が顕著になっています。
最近では、政権与党の議員や、そこそこ知名度のある人が、嘘である事が明らかになっている事を、あたかも「新事実」であるかのようにネットに競って投稿したりしています。
それで多くの人を騙せたら、「評価」が上がる仕組みでもあるのか、などと思っています。
そうやって嘘で騙して、大きな利得をえることができ、しかも嘘つきであることがバレても、批判されない仕組みが一部で確立しているのでしょう。
別にこれははじめての事ではありません。80年前の戦争のときもそうでした。国も偉い人もマスコミも文化人も、様々な嘘を流し続け、しかもまともに責任を取りませんでした。
そのような時代が再現されれば、同じような結末をまた迎える事でしょう。そうさせないためにも、このような「嘘で利得をえて、しかも責任を取らない」という風潮を一刻も早く終わらせねば、と思っています。
2018年08月29日 22:34