2016年09月25日

サブロー選手、引退

 プロ野球の千葉で、2005年のリーグ優勝・日本一の時に四番打者として活躍したサブロー選手の引退試合が行われました。
 サブロー選手の代名詞といえば「つなぎの四番」です。「四番打者にはチーム最大のスラッガーがつく」という「野球の常識」があります。にも関わらず、2005年8月13日に俊足巧打のサブロー選手がプロ初の四番打者としてスタメン出場しました。
 その時は、その年、苦手にしていた相手先発の吉井投手(現北海道投手コーチ)との相性を買っての一時的な起用か、と思っていました。ところが、そのままサブロー選手は四番に定着しました。そして、31年ぶりのリーグ優勝さらには日本一の「主砲」として活躍し続けたのです。

 それから数年後、自分は野球と縁遠くなりました。
 そして、2010年のシーズン途中に読売へトレードされたときも、「これでまた、2005年の優勝メンバーにひどい扱いをした事例が一つ増えたな」などと冷めた気分で見ていました。
 しかし、そのシーズンオフ、サブロー選手はFA権を行使して、千葉に戻ってきました。
 それまで、サブロー選手は何度もFA権行使をするかどうかで迷っていたとブログにも書いていました。しかし、それを使わず、ここで初めて使ったわけです。
 トレードされて半年でFA権を行使して古巣に戻ったというのは空前絶後ではないでしょうか。
 入団してから引退するまでずっと同じ球団にいる選手を「生え抜き」と言います。しかし、究極の「生え抜き」はサブロー選手のような人なのでは、と思ったものでした。
 そんな事を思いながら、引退試合のニュースを読みました。

2016年09月25日 22:28