「長嶋ジャパン」の敗因

2004/09/03



 アテネ五輪で、全員プロ選手でのぞんだ野球チームは、準決勝でオーストラリアに敗れて銅メダルだった。オーストラリアには予選リーグでも負けており、この大会で2戦2敗である。他にチームには全て勝ったとはいえ、日本チームが完敗した事は明白な事実だろう。
 一部では、「ドリームチーム」などと言われていたようだが、今回の五輪の日本チームには、とんでもない欠陥があった。誰でも知っている事だが、このチームには「監督」がいなかったのである。
 今更言うまでもないが、このチームのもともとの監督は長嶋茂雄氏だった。そして、各マスコミはこのチームの「主役」を監督にし、「長嶋ジャパン」などという言葉を連呼した。アジア予選最終戦などは、アナウンサーが選手の事もろくに言わずにこの「聖句」を連呼していた。

 ところが、その「長嶋ジャパン」は思わぬ形で終了した。長嶋氏が3月に脳梗塞で倒れ、野球の指揮どころか、体すら満足に動かせない状況になったのだ。この時点で後任監督を探すのは常識以前である。
 ところが、そうはならなかった。ヘッドコーチの中畑氏は「長嶋監督の登録?当然です。最後までその形でいくはずです。われわれはそのつもりで下準備とか継続しているし選手たちもそう思っているでしょう」などと、「容態に関係なく長嶋監督で行く」と明言した。これがまだ、「名目だけは長嶋監督にして、しかるべき監督経験者を代理監督にする」というのなら、それはそれで異常だがまだ話は分かる。しかし、そうではなく、中畑氏が指揮を取り、首脳陣の補充は一切行われなかった。
 はたから見れば、「監督なんていてもいなくても同じ」という、長嶋氏に対する非礼極まりない人事である。しかし、これが中畑氏やアマ野球連盟などにとってはそうでなかったらしい。報道を見る限りでは、長嶋氏がアテネで指揮をとれる事など無理だと思われたし、実際、いまだに長嶋氏は人前に姿を見せる事すらできない状態である。にもかかわらず、その長嶋氏が監督に復帰する事を前提にチーム編成をするなど、どう考えてもおかしい。

 ところが、この異常行為が、最後までまかり通ってしまった。結局、最後まで長嶋氏の離脱に対する人的補充はなく、中畑ヘッドが指揮とってアテネに挑むことになった。
 これが漫画なんかだったら、「アテネ決勝で日本チームは大ピンチ。皆が負けを覚悟した時に長嶋監督が登場。そして誰もが思いつかなかった采配で逆転勝利を達成して金メダル獲得」とでもなるのだろう。しかし、もちろん現実世界ではそのような事はなかった。
 そして、中畑ヘッドをはじめ、監督経験者がゼロというコーチ陣のもとに日本チームはアテネで戦った。しかも、彼らはパリーグ経験が三人あわせて高木コーチの現役最後の年1年のみ。そんな人々が、DH制を採用している五輪野球の指揮をとったのである(これは長嶋氏にもあてはまる事だが)
 にもかかわらず、相変わらずマスメディアは「長嶋ジャパン」という言葉を使いつづけた。氏が字を書いただけでニュースになり、その「日の丸に書いた『3』という数字」は、氏の「背番号『3』のユニフォーム」とともに、あたかも神棚のような扱いで日本チームのベンチに飾られた。
 そして、この「監督不在チーム」の異常性についてどのマスメディアも批判する事はなかった。その状態は、童話にある「全裸で街中を闊歩する王様に対し、群集が『素晴らしいお召し物だ』と称えている姿」のようだった。

 そして、五輪野球が始まった。日本チームは相手国の実力や先発投手が誰であろうと、準決勝まで全て同じメンバーで臨んだ。しかも、その打順は、読売球団をほうふつさせるような、「9人中7人がクリーンアップ」という「重量打線」だった。
 そして、初戦のイタリア戦こそ12点取ってコールド勝ちしたものの、その後は「重量打線」の爆発はなく、準決勝までに二桁得点はなかった。そして準決勝で予選でも負けたオーストラリアに完封負けを喫した。三決には勝って何とか銅メダルを獲得したにとどまった。皮肉にも、ベンチで崇められた(?)数字である「3」を具現化してしまったわけだ。
 この首脳陣の質量ともの不足を象徴したのは準決勝のオーストラリア戦で、0対1でむかえた9回裏だろう。この回、先頭の城島選手はセーフティバントを試み、結局失敗してストライクを増やし、最後は三振した。これには、昨年の日本シリーズや予選などでウイリアムス投手との相性を判断したゆえの行動なのだろう。しかし、普通に考えて、普段やっていないセーフティバントが成功するとは思えない。結果論だが、ここでちゃんとした監督がいれば、城島選手にもっと適切な助言ができたのではないだろうか。

 ところで、敗れたあとの日本チームに対しても妙な事が起きた。相変わらず「長嶋ジャパン」という言葉は残され、その監督不在を「敗因」とする論調はマスメディアではほとんどなかった。選手の帰国会見でも、「帰国後に長嶋氏と会った時の感想は?」という問いばかりが入った。
 一方、選手やその発言に関しては厳しい批判が加えられた。中にはホークスの和田投手のように、発言を悪意的に捏造され、それに扇動された連中のせいでサイトの掲示板を閉鎖せざるをえない状況に追い込まれた選手もいたほどだった。

 古い格言に「一頭の獅子が率いる百頭の羊は、一頭の羊が率いる百頭の獅子に勝つ」というものがある。実はこれまで筆者は、「いくら指揮官が重要とはいえ、そんな事はないのでは?」と思っていた。しかし、今回の五輪野球の結果を見て、「やはりあの格言は真理をついていたのだ」と認識を改めさせられた。
 同時に、あれだけの不備な体制のなか、予選リーグを1位を通過し、銅メダルを獲得した日本チームは、「想像を絶する大活躍」と言ってもよかったのかな、と思えてきた次第である。