不可解な出場停止

2016/10/13

 将棋の三浦九段が対局中に不正を働いた疑いで出場停止処分となり、挑戦が決まっていた竜王戦は挑戦者決定戦で敗れた丸山九段が代わりに出場する事に決まった、というニュースが流れた。
 竜王戦を主催する読売新聞によると三浦九段には以前から対局中に不必要と見られる離席が多いと指摘されており、11日の常務会で理由を聞いた。「将棋会館内の他の部屋で休んでいた」などの三浦九段の説明に常務会が納得できないとしたのに対し、「疑念を持たれたままでは対局ができない」と三浦九段が竜王戦への出場辞退、休場の意向を示した。同連盟では12日午後3時までに休場届を提出するよう求めたが、届が出なかったため、出場停止を決めた。(中略)三浦九段は「不正行為はおこなっていない。弁護士に任せているので、それ以上のことは言えない」としている。 とのことだ。

 これだけ読むとわけがわからない。しかし、他メディアの記事によると、この不必要な離席の間に、スマホで指し手を調べた疑念がある、とのことだった。
 自分は今のプロ将棋界の事は全然わからないので、疑惑が事実なのかそうでないのか、判断することはできない。最後に将棋会館に行ってからすでに10年半も経っているくらい、プロ将棋とは縁遠い生活を送っている。
 しかし、10年半前まではそこそこ将棋界の知識を持っていた身として、極めて不思議な事がいろいろある。

 最初の疑問は、三浦九段の離席の件だ。かつて、三浦九段は、将棋会館で対局するとき、かなりの高頻度で、建物にある宿泊室を前日から予約していた。
 どのくらいの頻度でそこを使っていたのかまでは分からない。しかしながら、「自分の部屋」がある以上、対局中に離席して、宿泊室を利用していた可能性はあっただろう。
 もし今でもその習慣を続けていたのなら、それが「疑惑」のきっかけになった事は間違いない。
 実際、将棋会館の宿泊室を借りてしまえば、スマホどころか、ノートパソコンの持ち込みも、それを使っての局面検討も可能である。
 したがって、もし今でも三浦九段が対局日前から翌日まで将棋会館の宿泊室を借りていたとしたら、「三浦九段はこれまでの対局中で離席した時に、スマホやパソコンを一切使っていなかった」という事を証明するのは絶対に不可能だ。

 しかし同様に、記事として挙げられた情報だけでは「三浦九段が対局中にスマホやパソコンを使っていた」事の証明することも絶対にできない。
 一見、前節と矛盾した言説のようだが、単に「不正をしていない」事も証明できないし、「不正をした」という事も証明できない、というだけの話だ。何しろ、情報が少なすぎる。
 もし不正の有無を証明するとしたら、綿密な調査を行う必要があるだろう。
 まずは対局室から宿泊室に行き、そこでパソコンなりスマホなりに指し手を入力して回答を得て戻ってくるまでの時間を計測するところから始める必要がある。仮に、それが可能な時間が7分だったら、消費時間7分以上の指し手を一定数以上抽出したうえで検証すべきだ。そしてそれがコンピュータソフトの示す手と一致する率が極めて高かった、という結果を出てはじめて「スマホを使った不正疑惑が生じた」と言えるのではなかろうか。
 さらに、三浦九段と同レベルの棋士を対象に同様の調査を行い、「ソフトとの一致率」が明らかに違った、というデータも提示すれば、より正確な資料となる。
 その調査結果を明示した上で、「史上初となるタイトル戦出場停止を決めました」というのなら本人・関係者・将棋愛好家のいずれも納得できるだろう。

 ところが、どのメディアの報道を見ても、そのような事は一切書かれていない。単に「夏から席を外すのが目立った」「ソフトを使っていると主張をしている棋士がいた」くらいのものでしかない。
 さらに、将棋連盟が発表した出場停止までの流れも奇妙だ。上に引用したとおり、「三浦九段の離席について常務会で問いただしたが、三浦九段の説明に常務会は納得しなかった」→「三浦九段は出場辞退・休場を自ら宣言した」→「常務会は翌日15時までに休場届を出せと言った」→「期限までに休場届が出なかったので出場停止にした」となっている。
 これは極めて不可解な発表である。疑惑が出たから事情を聞くのはまあ当然である。それに対し、そこで本人が疑惑を否定しつつ自発的に「休場したい」と言うのも0.1%くらいの確率でありえるかもしれない。
 しかし、その「休場宣言」が発せられると、その席で即座に、「ならば明日までに休場届を出せ。出さなければ出場停止だ」と通告する、というのは尋常とは思えない。
 まさか、将棋連盟の理事たちに予知能力があり、こう糾弾すれば、三浦九段が自発的に「休場する」と言うと確信しており、それゆえ、休場届の提出期限を予め決めていたとでも言うのだろうか。
 確かに、彼らの本業である将棋対局においてなら、盤面の先を読む能力は超人的だ。しかしながら、経営だの事務だのについて、彼らの先読み能力が高いという事例は存在しない。むしろ、一般人より低いくらいだ。
 いずれにせよ、これを見て、「なるほど、三浦九段は自らの意志で休場の意思を示したものの、不運にも休場届が期限までに間に合わず、将棋連盟は仕方なく出場停止にしたのだな」とは判断するのはかなり無理がある。
 率直に言って、常務会で「疑惑が出ている。休場して竜王戦を辞退しろ。明日までに届けを出せば急病という事で疑惑の件は隠蔽してやる。ただ、言うとおりにしなければ、ソフト指し疑惑を発表した上で出場停止にするぞ」と言ったのではなかろうか。あくまでも推定だが、これなら不自然さはない。
 ちなみに、冒頭の引用にもあるように、三浦九段本人は、「不正は行っていない」としかコメントしておらず、それ以外については、「休場すると言った」も含め、将棋連盟側の発表しか存在しない。

 ところで、「疑惑の発端」となった「夏から離席が増えた」についても気になることがある。
 この時期、将棋会館は耐震工事を行い、別のホテルを対局場所にしていた。当然ながら、そこの空調は将棋会館と異なるわけである。
 三浦九段と言えば、温度に敏感な棋士だ。プロになりたての四段時代に対戦した大先輩の加藤一二三九段相手に「自分に取って最適な温度にするよう、空調の設定を変更しあい、譲らなかった」という話は有名だ。
 また、将棋会館に泊まるときも、既存の布団では足りず、別室から布団を持ち込むよう注文していた、という逸話もあった。
 そう考えると、臨時の対局場となったホテルの空調が体にあわなかった。そのため、対局場が変わった夏以降は頻繁に席を外して、自分好みの温度に調整していた宿泊室で休んでいた」という説も立てられると思う。常務会は、その可能性について十分検討したのだろうか。
 それも非常に気になった。

 繰り返しになるが、筆者の将棋界の知識は10年半前で止まっている。必然的に古い知識を前提にした文章とならざるをえない。とはいえ、一通り気になった事を書いてみた。
 あと、しばらく前に、コンピュータ将棋製作者が名誉毀損で将棋連盟を訴え、実質的に勝利したという話があった。
 一連の記事を読むと、被告となった将棋連盟の言動で非常に気になる事があった。特に、被告側証拠として、匿名掲示板の書き込みをプリントアウトしたものを裁判所に提出するという事までやっていたと知ったときは唖然とした。率直に言って、自分がプロ将棋にそこそこ詳しかった頃に、連盟理事会に感じていた問題点を濃縮かつ増幅したような言動だった。
 それだけに、今回の件も、そのような「世間一般の常識からズレた思考を前提に事を起こしたのでは」という疑念並びに、その質が裁判の時より悪化しているのでは、という疑念が強く残るのだ。
 まあ、今の将棋連盟の理事会がどうなろうと自分には関係ないことだ。
 しかしながら、三浦九段が「濡れ衣で将棋界から追放」などという事態になるのは、かつて将棋界にそこそこ詳しかった身としては極めて残念だ。したがって、そのような結果にならないだけはならない事だけは強く願っている。

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