謎の宴会芸?

2003/04/09

 ある日、仕事の関係で複数の会社の人と飲む機会があった。メンバーはどちらかというとベテラン中心で、世代が近い人は他社に一人いるだけである。ほぼ全員目上なわけだから、騒ぐわけにもいかず、退屈で肩が凝りそうだな、と思った。とはいえ、サボるわけにもいかず、渋々参加した。
 幸い、唯一筆者の同世代だった人の通っていた中学校で私は中学時代に部活の試合をやったことがある、という共通点があった。おかげで、「あの中学の校庭は・・・」などという話題でなんとか楽しく会話をすることがができた。
 宴が盛り上がり、日本酒の徳利も何本も出ていた。その時、ふと隣で奇妙な気配を感じたので振り返ってみた。
 筆者の隣に座った人物(以下「彼」と表記)は、ベテランに属するのだが、世代の近いほかの人たちとの会話にはなぜか加わっていなかった。確かに会話の下手な人で、以前、千葉の松戸から来た人たちに対して、何を勘違いしたのかいきなり、「遠い所から来られたのですか?」と尋ねて場の全体を呆れさせた事もある。また、普段から間の抜けた行動が多く、ある時など、私が嫁さんと一緒にいる時に偶然会ったので挨拶したら、いきなり嫁さんに会社の名刺を渡した事もあった。
 したがって、コミュニケーション能力の乏しい「彼」が、浮いてしまうのはある意味、必然だったのかもしれなかった。だが、筆者の目をひいたのは、その時に「彼」が取っていた行動である。

 机の上には日本酒の入った徳利が何本か出ていたが、うち半分くらいはまだ残っている。「彼」は二本の徳利を目の前に並べていた。そしておもむろに、片方の徳利の中身をもう片方に移しかえだしたのだ。
 確かに、その徳利を持って、会話の弾んでいる人々に強引に注いでまわるのは、場の雰囲気を乱す恐れがあるので行わないのが賢明だ。しかし、だからといって、お猪口のかわりに徳利に酒を注いでも意味がないと思うのだが。
 さらに、徳利はお猪口と違ってどのくらい入っているのかはなかなかわからない。数秒もすると、徳利の口から日本酒が溢れ出した。すると「彼」は今度は、溢れた徳利から、元の徳利に日本酒を注ぎだした。
 強いていうなら、徳利を使った、一人「まあまあどうぞ」「おっとっと」ゴッコなのだろうか。とはいえ、宴会芸を宣言して立ち上がってやるわけでもない。場の片隅で一人黙々とその行為を続けているのだ。筆者だって、もっと酒が入っていたら、会話に夢中で気づかなかっただろう。
 ただ、偶然見てしまった筆者には、その「宴会芸」は忘れられないものになった。目的も意味もなく、ただひたすら酒を移動させる。しかも、自らの服を汚すというリスクを負っての上だ。
 酔った勢いで叫ぶ人・絡む人・笑う人・泣く人・怒る人、などいろいろ見てきたが、「間の抜けた一人遊びを始める人」というのは初めて見た。そのあまりの「芸達者」ぶりを一人で堪能するのはもったいないので、その芸(?)を「間抜け徳利」と命名し、その後数日間、会う人毎に話しまくった。幸い、皆の受けも良く。中には「とっくりのセーター」の話が出ただけで、その事を思い出して笑う人まで出るほどだった。
 イヤイヤ参加したはずの会だったが、結果的には「もっとも印象深い宴会芸」を見た日になってしまった。もし何かの機会で、どうしても座を白けさせなければならない必要性でも生じたら、その時は私も勇気を出して、皆の前でこの「宴会芸」をやってみようかと思っている。もっとも、そのような機会など永遠に来てほしくないが。

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