飛ばなかったジェットスター

2014/3/20

 昨年、格安航空会社(LCC)のジェットスターが、成田と松山を結ぶ便を開通させた。
 その値段の安さには驚かされた。
 日によって変動するが、だいたい片道が4〜5千円なのである。全日空や日航の羽田−松山の定価は片道で3万ちょっとだ。うまく季節を選んでフライトの2ヶ月前に「旅割」で予約すれば大幅に安くなるが、それでも片道で1万2千円くらいする。
 つまり、既存航空会社がバーゲンセールとして提供している片道の料金より低い額で往復できてしまうわけだ。
 もちろん、LCCだから、サービスが悪いとか、運休がある、というのは知っていた。しかしながら、この安さは衝撃的だった。
 さらに、成田空港で発着している、というのも、京成沿線に住む身としては有難かった。空港までの時間・交通費もかなり安くなる上に、羽田行きのリムジンバスで常に心配させられていた渋滞にも悩まされることはない。
 というわけで、早速予約してみることにした。

 出航予定日の2ヶ月前にサイトを開き、日時・利用空港・便を指定して予約画面に行く。
 ここまでは、全日空などとほとんど同じだった。
 しかし、続いての料金提示において、かなり不可解な画面がでてきた。
 画面の真ん中に「一番人気 プラスバンドル」と書いてあり、「1,200円払うと、「日時・座席の変更が可能」「スタンダードシートが利用可能」などと書いてある。
 これはまあ、「1,200円払えば、一番安い席よりまともな椅子に座れる」と理解できた。
 しかし、画面右側に出ていた「マックスバンドル」は理解不能だった。そこには追加料金を1万円払うプランが書かれていたのだった。
 ほとんどは、隣の1,200円の追加料金と変わらない。ただ、「エクストラ・レッグルーム・シートを含む全シートの座席選択が自由」と「払い戻し可」と書かれていた。
 さらにいい席に座れる、という事は分かった。よくわからないのは「払い戻し可」だった。キャンセルすれば、少額の手数料を除いた全額が戻ってくる、という事なのだろうか。

 確かに、全日空の「旅割」なども、払い戻し手数料はべらぼうに高い。まあ、定価の半額以下の料金を提示しているのだからそんなものだろう。
 だから、5千円という格安料金の場合、払い戻しができない、というのもまあ分からなくはなかった。
 しかしながら、この画面にある1万円の追加料金を払うメリットはどうしても分からなかった。
 席が良くなるといったも所詮は格安航空会社である。まさか国際線のファーストクラスのような席が提供されるわけではないだろう。仮に提供されても、飛んでいる時間は2時間弱である。1万円払うメリットはない。
 だいたい、この追加料金を払ってしまうと、全日空の「旅割」より高くなってしまう。
 そういう事もあり、これらのオプションは無視して、当初提示されていた最安値の料金で予約をした。ただ、なんだかんだと手数料が追加され、表示されていた料金よりも3千円くらい上乗せされたのが、最終的な料金となっていた。
 それでもまだ旅割の片道よりは安い。とはいえ、ちょっと引っかかるものがあった。

 出発日は2月11日だった。二日前にメールが来て、WEBでのチェックインを済ませておいた。メールに記載されたURLからPDFでの搭乗券を印刷する。
 予約すれば後はマイレージカードを持っていればいい全日空・日航に比べれば面倒だが、これも「格安」だからと思えば納得できた。
 フライトの4日前は大雪だった。成田・羽田ともかなりの運休があった。そして、11日も雪の予報が出ていた。
 朝起きたら、雪がちらついていた。しかし、4日前に比べれば大した事はなさそうだ。というわけで、予定通り京成に乗って成田空港に向かった。この時点では、「雪のおかげで、普段と違う京成沿線風景が見れたな。幸運だ」などと喜んでいた。

 そして成田空港の第2ビルに着く。ここから飛行機にのるのは今回で三度目だ。ただ、過去二階はいずれも団体旅行で、決められた通りに動いていた。そういう事もあり、今回はまず、空港第2ビルの中を少し歩きまわった。
 その後、搭乗口に向かう。途中、動く歩道に乗ったら、その途中にうジェットスターのカウンターがあり、驚いた。しかも、慌てて引き返してカウンターに行ったら、WEBでのチェックインを済ましている人はカウンターに立ち寄る必要がなかった事が分かり、えらく無駄な時間を過ごしてしまった。
 そんな事をしながら、手荷物検査場に進む。ところが、列に並んでいる間に、不思議な事があった。
 検査上の向こうから、逆方向に歩いてくる人達がいるのだ。飛行場なのだから入場と出場の導線は完全に分離されているはずである。したがって、彼らが飛行機から降りてきた客ではないはずだ。
 雪が降ってはいるが、数日前の豪雪に比べれば大した積雪ではない。にも関わらず、休航によって戻ってきたとしか思えない人々を見た時は、ちょっと不安になった。
 とはいえ、予定通りに行動するよりない。
 手荷物検査を経て、中に入ると、小さい売店があった。そこには、「ここが最後の売店です」と書かれていた。
 羽田はもちろん、これまで行ったどの空港でも、待合室に売店が隣接していた。したがって、このような表示を見るのは初めての事だった。
 そこから、エスカレーターを下って、LCC用の待合室に着いた。
 そこには、3つの搭乗口と、椅子と数台の自販機があった。あらかじめ表示があったとはいえ、売店が一切ない、というのはちょっと不思議な風景だった。
 さらに、椅子に座りきれず、床に座り込んでいる人が多数いた。雪のため、ダイヤが乱れているためなのだろうが、これまで空港で見たことのない光景だったので、これまた驚いた。

 その混雑した待合室で座っていると、次々と運休の放送が流れた。そのたびに、座っていた人が立ち上がり、階段を上がっていく。
 その時点では、筆者の乗る予定であった松山行きは「遅れます」とアナウンスされていた。遅れるという事は飛ぶという事だと、最初は楽観していた。しかし、これだけ運休が続くと不安になる。
 そこで、手持ちのタブレットPCで、ジェットスターのサイトを見て、大幅遅延や運休時の対処法などを調べようとした。しかしながら、サイトが見づらく、今一つ良く分からなかった。
 また、航空会社のサイトを見ていると、成田便は遅れや運休が出ているが、羽田便は通常運行、と書かれていた。
 もちろん、2ヶ月前に、この日の天気を予想するなど不可能だ、という事は重々承知している。とはいえ、この時は、「羽田にしておけば…」と思ってしまった。
 そして、離陸予定時刻を15分過ぎた頃、ついに運休のアナウンスがあった。それを聞くと、松山行きを待っていた人達が一斉に立ち上がり、階段を上がっていった。
 筆者はちょっと出遅れてしまった。そのため、ジェットスターのカウンターに着いた時は、既に長蛇の列ができていた。
 とりあえず並んだが、列は全然動かない。そのうち、近くにいた人が、業を煮やしてジェットスターに電話し、「電話やネットでも払い戻し手続きができる」という事を確認しているのが聞こえた。
 もともと一泊の予定で、しかも特に用があるわけでもない。そこで、旅行は断念することにした。
 そして、帰宅し、家で払い戻し手続きを取ることにした。

 家に帰り、改めてサイトを見るが、よくわからない。そこで、電話することにした。
 かなり待たされた挙句、やっとつながった相手に、帰路の便のキャンセルを伝え、払い戻しの手続きについて尋ねた。
 すると、驚愕の回答が帰ってきた。
 払い戻しは、現金でなく、「バウチャー」なるもので行うというのだ。別にこちらの都合でキャンセルしたわけでない。にも関わらず、返金はできないというのだ。
 その「バウチャー」というものだが、半年以内にジェットスターを利用する際、今回の金額分のクーポンとして使える、という説明だった。
 半年以内に飛行機に乗る予定はない。仕方ないので、それを金券屋にでも売ろうと思い、「その『バウチャー』はいつ送られてくるのですか?」と尋ねた。
 それに対する返事は「メールに添付します」との事だった。つまり、物理的な券ではなく、「その金額を利用できる権利ならびにコード番号」なのだ。
 ここでやっと予約時に表示された「1万円追加すると払い戻しが可能になる」の意味がわかった。これ以外の料金を選択した場合、天候不良や機械故障による運休でも、この会社は現金での払い戻しは一切しない、という意味だったのだ。
 驚くと同時に、「なるほど、自社都合で運休しても現金では払い戻さない。これが格安料金で運航できる理由なんだな」と納得した。

 というわけで、人生初の格安航空会社は、「天候不良で飛行機は飛ばず、手元には『バウチャー』だけが残る」という結果に終わった。
 散々な目に遭ったわけだが、「格安航空会社の仕組み」を理解できた、という事に於いてはいい経験になった。
 あれだけ低い運賃で経営できる理由は、様々な経費削減・低サービスのみならず、「万が一飛ばなくても会社の腹は痛まない」という仕組みにもあったわけだ。
 国交省の発表によると、2012年の欠航率は2.5%だったそうだ。つまり、ジェットスターの航空券を買えば、1000人のうち975人は格安で旅行できる。しかしながら、残りの25人は飛行機に乗れず、「バウチャー」を受け取る、という仕組みなわけだ。
 運悪く、筆者はその25人に入ってしまったのだった。
 「勝率」は高いわけだが、一種の博打とも言えるだろう。
 それが嫌なら、割高の運賃を払って、全日空や日航に乗ればいいわけだ。こちらなら、欠航すれば振り替えもしくは払い戻しに応じてくれる。
 松山に行けなかったのは残念だったが、それを理解できた、という収穫もあったな、と思うことにしたジェットスター初利用だった。

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