「あしたのジョー」と、減量と、うどん

2019/1/5

 日本の漫画史に残る名作の一つとして「あしたのジョー」は今でも多くのファンに愛されている。
 作中で、主人公のライバル・力石徹が死んだときは、多くのファンに衝撃を与え、講談社で葬式が行われたものだった。ちなみに、今から52年前の話である。
 自分も、子供の頃、矢吹丈と力石徹の戦いを熱中して読み、いまでも単行本を揃えている。

 ところで、この作品の初期から登場しているキャラの一人にマンモス西(本名・西寛一)がいる。
 矢吹丈が犯罪を行って少年鑑別所にいた時に知り合い、後に、ともに丹下段平のもとでボクサーになったキャラである。
 率直に言うと、矢吹丈の引き立て役、という存在だった。
 初登場のときは、矢吹丈と対決した。倍くらいの体重を持つ巨体でありながら、覚えたばかりのジャブだけでノックアウトされていた。
 そして、彼を象徴する場面として最も有名なのは、「減量から逃げ、隠れて、うどんを食べ、それを矢吹丈に見つかって殴られ、鼻からうどんを垂らした」である。
 矢吹丈の宿敵である力石徹は、過酷な減量に耐えきり、自らの命と引換えに矢吹丈に勝利する。
 また、後に矢吹丈も、過酷な減量に耐え、東洋太平洋チャンピオンになっている。
 その一方で、マンモス西は、うどんを隠れて食べて、殴られるわけである。
 ちなみに、「マンモス西」でグーグル画像検索をすると、一番最初にその画面が出てくる。

 なお、マンモス西は、その後は心を入れ替えて減量に励み、筋肉質の精悍な男となる。
 しかしながら、ボクシングのほうは、拳を痛めてしまいあっさり引退に追い込まれる。
 その後、矢吹丈が最後の戦いである世界タイトル挑戦をする直前に、デビュー前から働いていた乾物屋の娘・林紀子と結婚した。細かい描写はないのだが、紀子に他にきょうだいがいなかったところを見ると、そのまま、乾物屋を継いだのだと思われる。
 そこで、祝辞を述べた矢吹丈は、数日後、世界チャンピオンに挑戦し、善戦するも判定負けする。
 終了後、あの有名な「真っ白な灰に燃え尽きたジョー」になるわけだ。

 当時は、自分も矢吹丈や力石徹の壮絶な生き方に心を惹かれた。しかし、最近になって、ちょっと変わってきた。
 ボクシングだけやって、20代で命を落としたり、真っ白に燃え尽きるのは、本当に幸せな人生なのだろうか。
 矢吹丈の人生観は、作中でも語られている。先述した、後にマンモス西と結婚した林紀子に対し、普通に青春を謳歌しているような生き方は、不完全燃焼だと切り捨て、命がけでボクシングに取り組む自分は完全燃焼すると宣言していた。
 それを有言実行し、作品の最後で真っ白な灰に燃え尽きたわけだ。
 確かに、一つの事に全身全霊を込めて打ち込むというのは凄いことだし、感動を呼ぶものだ。
 しかし、今の自分から見ると、力石徹や矢吹丈の人生が幸せだったとは思えない。
 一方で、減量から逃げ、ボクサーとしてものにならなかったものの、林紀子や義父母と乾物屋を切り盛りするようになった、マンモス西はどうだろうか。
 確かに、世界チャンピオンに挑戦した矢吹丈に比べれば、平々凡々な人生を過ごしたわけである。
 ただ、10代の頃の自分と違い、今の自分にとっては、マンモス西の生き方を「不完全燃焼」だと切り捨てることはできない。
 力石徹も矢吹丈も、無理な減量を貫かず、うどんの一杯でも食べていれば、別の幸せを得ることができたのでは、と今では思っている。

ページ別アクセス数調査用