早売り購入に情熱を燃やしていた頃

2007/6/3

 しばらく前に、発売日前の漫画雑誌をファイル交換ソフトを介してネット上に流した人が逮捕される、という事件があった。言うまでもなく、発売日前であろうとなかろうと、他人の著作物を勝手にネットに流すのは犯罪行為である。もし容疑が事実なら、逮捕された人のみならず、そのような行為があたかも英雄視されるような、一部のネット界での風潮も問題視すべきだと思っている。
 ただ、それとは別に、今回の騒動によって、久々に「早売り」という事について考えることができた。今では漫画雑誌は月に一冊しか買わなくなった筆者だが、高校時代から大学時代にかけ、最大で週刊3〜4誌に、月刊7〜8誌くらいを毎回買っていた。そして、その作品を一日でも早く入手することに異常な執念を燃やしていた。

 最初に「早売り」を買ったのは中学生の時だった。当時の住んでた家からバス停にして一つ分、歩いて10分くらいの所にその「早売りを扱う店」はあった。書店でなく、レンタルビデオ屋だったと記憶している。その、「火曜日にサンデーが買える」という事に衝撃を受けた。それ以来、毎週発売日前日にはその店に通うようになった。とはいえ、当時は弟以外に漫画の話をする相手はおらず、特にその「早売り入手」を自慢したりすることはなかった。
 ただ、しばらくして、その店は早売りをやめた。それが経営方針の変更なのか、版元にバレたのかは分からない。
 しかし、ほぼ前後して、新たな早売り書店を知ることができた。友人の家に遊びに行った際に偶然見つけた小さい古本屋だった。ただ、その店は家から遠く、歩けば20分くらい、バス停で5つくらい離れていた。とはいえ、中学生の足ではさほど厳しい距離ではなく、毎週火曜に、ちょっと時間を使って、そこまでサンデーを買いに行っていた。
 高校に入ると、この店の依存度は増大した。小遣いが増えて、購入雑誌も増えたためだ。また、家から遠い店であるが、ここは高校からの帰り道にあった。当時、バス通学をしていたのだが、この店のあるあたりで、バス路線は少々大回りをしていた。そして、その区間の最短距離を結ぶ線上にその早売り書店はあった。そこで、最寄りのバス停で一度下車して早売りの雑誌を買い、そのまま二つ先のバス停まで歩くと、数分後に先ほど下車したバスに再度乗ることができた。この「0分で早売り雑誌購入」をやった時の達成感はかなりのものだった。
 この早売り店の存在は地域ではそこそこ有名だったようだ。そして、特に人気のあったジャンプなどは「予約制」になっていた。予約者が来ると、店のおじさんが帳面とつけあわせて、名前を確認するのだ。
 土曜などは、授業が終わるのが午前中で、ジャンプの入荷は夕方である。効率は悪いが、当然のように、夕方に出直して、その店まで買いにいったものだった。買う雑誌の量は増え、いつしか少年誌と青年誌をあわせて週刊5誌、さらには当時妹が読んでいた「りぼん」までここで買うようになっていた。
 一方、それとは別に、この書店では扱っていない月刊誌、さらには漫画の単行本を神保町などで買っていた。この習慣は、大学入試のあった時でも変わる事はなかった。

 大学に入って、生活パターンはいろいろ変わった。しかし、この「一日でも早く雑誌を入手する」という習慣は変わることがなかった。授業が休みの日にはバイトを入れていたが、月曜販売の雑誌が早売りされる土曜日の夕方は必ず休んでいた。さらに、長期の休みの時には旅行をしていたのだが、例えば九州旅行をする時は、雑誌の発売日にはなるべく都市部にいるような日程を組んだほどだった。
 その後、高校時代から愛用していた店は代替わりで早売りをやめた。その時の衝撃と残念さは今でも覚えている。しかしながら、しばらくして、さらに遠い雑貨屋で早売りが行われている事を発見した。そこは土曜日など、店自体は休み、雑誌の早売りだけ営業をする、という所だった。場所は地下鉄駅で二つ分、バス停なら7つ分離れた所だ。定期の使えない休みの日などは、わざわざ自転車に乗ってそこまで買いに行ったものだった。
 今振り返ると、早売り入手のためにかけた時間・経費はかなりの額だった。さらに、バイトを入れなかった分の「逸失利益」を考えれば、購入した雑誌・単行本の料金とほぼ匹敵するかもしれない。

 その後、就職さらには結婚して、だんだんと生活が変化していった。そして、時がたつにつれ、雑誌・漫画の購入点数も減っていった。そして、「早売り」はおろか、公式発売日の購入に対するこだわりすらなくなっていった。
 そうなったいま振り返ると、一日や二日雑誌を早く買うことに異常なこだわりを見せ、交通費までかけた自分が不可解に思えてくる。とくに、貴重な旅行の時間までそれを意識していたあたり、我が事ながら、「アホか」と突っ込みたくなってくる。
 もっとも、当時の自分を否定する気にはなれない。今にして思えば、当時の自分にとって、一日でも早く雑誌や単行本を入手する事自体が「趣味」の一つだったのだろう。もう十年以上前の話ではあるが、当時の早売りを入手できた時の満足感並びに、入手できずに公式発売日に入手したときの敗北感みたいな感情はよく覚えている。
 ちなみに、今でも、経費や時間こそかけないが、当時の趣味が完全に消えたわけではない。唯一購読している月刊誌の発売が土曜だと、金曜の日付が変わった頃に近所のコンビニに行って、一晩だけだが早く最新号を入手している。また、早売り日前後に、今でも唯一知っている早売り書店の近くを通ったら、必ず入っている。
 いずれにせよ、「早売り購入」は個人のささやかな趣味としてとどめておくべきだろう。そういう意味でも、冒頭の事件を知ったときは、それを「逮捕」にまで進展させたという事に対する残念さを感じてしまったものだった。