走れセリヌンティウス

 題名でわかる通り、太宰治の「走れメロス」のパロディ。といっても、元の作品を知っている必要はない。事実、筆者もこの作品を読んだ時点では、「メロス」に関しては簡単なあらすじしか知らなかった。
 話は、「悪事を重ねすぎたメロスに、王が死刑判決を下す」という場面から始まる。王は慈悲深いので、「本当は処刑などしたくないのだが…」と苦渋の表情で宣告するのだ。それに対し、メロスは「3日間の日限を下さい。もし私が戻ってこなければ身代わりのセリヌンティウスを処刑してください」と言う。
 こうして、キャラの性格は180度違うが、「メロス」と同じ設定が生じるのだ。
 そしてメロスはそのまま帰宅し、妹に「王はわたしを許してくれた」と言う。そのメロスを、脱走したセリヌンティウスが棺桶にとらえて連れ帰り、日限に間に合おうと必死に走る。
 走っている途中のセリフもすべて「メロス」の正反対になっている。
「気の毒だが正義のためだ」は「気の毒だがわたしのためだ」となり、「このまま逃げよう…とふと考えをたメロスが『先刻の、あの悪魔の囁きは、あれは夢だ。悪い夢だ。忘れてしまえ。』と自分に言い聞かせる」という場面は、「友のために死のうか…とふと考えたセリヌンティウスが『あの天使のささやきは、あれは夢だ忘れてしまえ』と自分に言い聞かせる」となる。
 そして期限ギリギリに王の前にセリヌンティウスは到着する。すると棺桶から出たメロスは「力いっぱいに殴らせろ!」とセリヌンティウスを殴り、対してセリヌンティウスも「殴らせろ、同じくらい音高く!」と怒りをぶつけあう。
 それを見た王は、「私は真の悪など存在しないと思っていた・・・」とまた、「メロス」と正反対のセリフを語りだす。そして最後の最後に「わしも仲間に入れてはくれまいか」と、初めて「メロス」と同じセリフを言う。

 一応、「メロス」との関連を軸に、話を紹介した。しかし、この作品にとって「メロス」とのセリフの相関性、などはオマケのようなものだ。
 この作品が筆者の心に残った理由は、元ネタを知らない読者も十分笑わせることができるギャグセンス。そして、「奇麗事などなく、ひたすら自分の命を守るために行動する」という単純ながら真理である、セリヌンティウスの行動と精神の描写にある。とくに、山賊を殴るときにセリヌンティウスが言った「気の毒だが、私のためだ」というセリフは特に心に残っている。
 なお、本作品を収録している「チャッピーと愉快な下僕ども 大増補版」は大都社より発売されている。

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