鋼の錬金術師

 中世ヨーロッパで研究され、化学の礎となったと言われる錬金術を、「瞬時に物質をほぼ自在に変換できる超能力」としてアレンジし、それを用いて闘う人々を描いた格闘アクション漫画。
 その錬金術に格闘技が加わり、かなり印象深い戦闘描写が描かれている。また、主人公のエドワード=エルリックは、片腕と片足が機械鎧(オートメールと読む。高機能な義手・義足のこと)であり、それが加わるため、より特徴的なアクションが描かれる。
 ただ、この作品の面白さは、そのように斬新な設定・描写のみによるものではない。それらの技を使う登場人物たちの描写が極めて深く、それによって非常に深みのある作品となっているのだ。
 たとえば、重要なサブキャラの一人に、焔の錬金術師・ロイ=マスタング大佐というキャラがいる。空気中の物質を錬金術によって化学変化させ、敵や物を自在に燃やす能力を持ち、初登場でもその能力で列車強盗を一発KOしている。
 ところがその後、序盤での最大の敵キャラ・傷の男(スカー)と対峙するのだが、運悪くその日は雨が降っている。気にせず闘おうとするのだが、いきなり腹心の部下であるリザ=ホークアイ中尉に、後ろから足払いされた挙句、「雨の日は無能なんですから下がっていてください」などと言われてしまうのだ。
 それ以降、長い間、直接の戦闘はほとんど行わず、軍隊内で最高権力者にとってかわる野心を持つ策士的な存在として描かれていた。
 ところが、主人公達の真の敵であり、数回致命傷を与えても死なない「人造人間(ホムンクルス)」達との闘いで、強靭な精神力と技量を見せる。それにより、主人公をさしおいて、「初めて人造人間を倒した錬金術師」となったのだ。
 単行本1巻の最後で初登場したにも関わらず、人造人間相手に「焔の錬金術師」の真価を初めて見せたのは単行本10巻だった。いかに、各登場人物を綿密かつ深く描いているかの象徴と言えるだろう。

 他に登場する人々も、みなしっかり描かれており、短い出番であったにも関わらず、印象に残っているキャラが多々存在した。
 さらに、単行本の巻末やカバー裏には、作者によるパロディ漫画が掲載されていた。これがまた、各キャラの特徴を活かしつつ、質の高いギャグとなっていた。これなども、登場人物が「立って」いなければ出来ない事である。
 それだけ深く厚く描かれていた作品なだけに、終わり方も非常に独特だった。まず、雑誌掲載の最終回で、エドワード=エルリックを軸とした、「最終回」が描かれた。
 そして、単行本最終巻の発売直前に、副主人公であり、エドワードの弟である、アルフォンス=エルリックを中心とした「外伝 もう一つの旅路の果て」という作品が発表された。
 さらに、単行本では二人の両親である、ヴァン=ホーエンハイムとトリシャが、「あの世」で再会した逸話を描きおろしている。そして、それぞれが非常に印象に残るものだった。このような「三つの最終回」が描かれたのも、本作品の深さゆえと言えるだろう。