はだしのゲン(中沢啓治氏)

2002/12/08

掲載・1970年代半ばの週刊少年ジャンプなど
 小学校に入ったくらいの時に読んだ漫画の一つだった。あまりの怖さに夢にまで見た。その後、何万本の漫画を読んだかわからないが、これ以上怖い漫画はない。なにせ、この作品は今から60年近く前に実際に起きた事実を直接体験した作者が描いたものなのだ。
 一番怖い描写は実際に原爆が投下された1945年8月6日を描いた第2巻だ。全身火傷で皮膚が垂れ下がった人、全身にガラス片の刺さった人、爆風で吹っ飛ばされて木に突き刺さった人、家の下敷きとなり生きながら焼け死んだ人など、さまざまな被害者の状況が描かれている。
 それだけでも万単位の人が死んだわけだが、被害はそれに止まらない。救援という事で動員された兵隊が、1日も歩き回っていると寒気を感じ、頭髪が抜け、あっさりと死んでしまうのだ。直接被爆しなくても、現場に残る放射能により、さらに多くの人の命が奪われたのだ。そして死体はもちろん、まだ生きている被害者の傷口にもウジがわき、それがハエとなって街中を覆い尽くす。
 このような原爆の恐ろしさの様子が克明に描かれている。もっとも著者の自伝によると、「かなり表現を甘くして描いた」との事だが。

 ただ、怖いのは原爆の威力だけではない。被曝前の家族の事を描いた第1巻では、戦争に反対する父親が官憲に拷問される場面がある。そして「非国民」とののしられ、そのため、子供たちの間でも主人公や姉弟が陰惨なイジメにあうのだ。また、第三巻以降では母子家庭となったゲンたちが冷遇される様子や、被曝したことによる非人間的扱いやイジメなどが描かれる。
 想像を絶するような爆弾がもたらした被害であっても、「弱いもの」「異なるもの」であれば平然と虐げ、その一方で米兵には媚びるという日本人の性質というものが端的に描かれている。そしてそのような状況だったら自分も同様の態度を取っていたのでは、と思い、それもまた怖かった。

 作中には米兵も出てくる。被曝した死体を「標本」として採集し、骸骨の山をブルドーザーで「地ならし」する。そこには被害者を人間ではなくモノとして扱っているという感覚がよく描かれている。もっとも人間だと思っていたら、最初から原爆など落としてはいないだろうが。

 これを書いている時点で、アメリカはイラクに難癖をつけ、ブッシュ大統領は「先制核攻撃も辞さない」という姿勢を取っている。核兵器のもたらす被害がどのようなものかを入念にデータを取った上でそのような事を言っているのだから、恐るべき残虐殺人中毒者である。そして、それに唯々諾々として軍艦を派遣するなどして協力しているのが「唯一の被曝国」であるはずの日本だというのだから、これまた恐ろしい話である。




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