電脳やおい少女
- (中島沙帆子さん)
- 2007/4/1
- 掲載・1999年から2006年のまんがくらぶオリジナル
20世紀末のある日、コンビニで四コマ雑誌を立ち読みしていたら、突然、この作品が目に入った。今でこそ、「やおい好きの彼女」をネタにしたブログが単行本化して本屋に並ぶ時代だ。しかし、当時はまだ、「やおい」などという言葉は「知る人ぞ知る」という存在だった。それが漫画専門誌とはいえ、ヲタク向けではない雑誌に「やおい少女」などという題名が目に入ったものだから、かなり驚いた。
読んでみたところ、内容も「分かる人には分かる世界」の事が描かれていた。他に掲載されているのは会社や家庭を題材にしたものばかりである。よくこんな作品の掲載が許可されたものだ、と驚いたものだった。
とかいいながら、それ以来、この作品を毎月立ち読みするようになった。そうなった原因は、題材の特殊さのみでなく、作品として面白かったからだ。
題材が題材なだけに、やおい好きの主人公と、その仲間を中心に話が進む。ただ、主人公である「田中美月」は、たまに極端な言動をするものの、なるべく、普通の女子大生のうようにふるまおうと努力している「隠れヲタク」である。
この主人公のやおい趣味にかける情熱と、その一方で「やおい雑誌購入」が縁でつきあい始めたものの、そちらの趣味の事は知らないカレシにバレないようとする努力の描写が面白い。
その脇を固めるのが、主人公の「やおい仲間」たちである。彼女たちは、オリジナルBL漫画の「愛の泥沼」という作品が好きで、そのファンサイトを作ったり、入り浸ったり、オフで遊んだりする、という設定になっている。その仲間達の設定がなかなか濃いのだ。
まず、大手ファンサイトの運営者である、HN「わんこ」。彼女は、普段は製薬会社のエリート社員で、周囲にも一目置かれている。しかし、仕事を離れると(場合によっては仕事中も)プロ顔負けのサイト作成技術で、「愛の泥沼」ファンサイトの運営に没頭する。
また、HN「ポン太」は、大手企業の御曹司で秀才・スポーツマンという完璧超人キャラと結婚しながら、「夜のチャットの邪魔をする」という理由だけで三行半をつきつけた。そして、復縁を迫る元夫を適当にあしらいつつ、電脳やおい生活を満喫している。
他にも、双子の子育てと、やおい趣味を両立(?)させているHN「まめ吉」や、オンもオフもなく、生活の全てがやおい一色の、「遠野まりあ」など面白いキャラが出てくる。
そして極めつけは、HN「エリザベス」というキャラである。彼女は19世紀からの名家に嫁いだ社長夫人で、高校生の息子がおり、普段は和服を着ている。ところが、コミケなどに行くと、「これが本当の私」とピンクハウスを着てやってくるのだ。また、彼女の悩みは姑と折り合いが会わないことで、それがストレスとなっている。それを解消させるのが、WEBでやおい小説を書く事なのだ。そのため、姑ともめればもめるほど、内容は過激化し、「プロバイダから文句がつきそうな内容」となっていくのだ。
それらの濃い「やおい愛好家」たちに、一般人であるカレシの越村、さらにはそのカレシの友人ながら、主人公・美月のやおい趣味をバカにしているうちに、自分もやおい漫画にハマってしまった玉垣などがからんで、話が展開されていく。
また、この作品はその「やおい」の部分のみでなく、「電脳」の部分でも楽しめる。今ではすっかり昔話となった「つながりにくいプロバイダ」や「テレホーダイ」という制度があったインターネット黎明期から、常時接続が普通になった頃までを通して読むことができる。ある意味、日本のインターネットの歴史書とも言えるかもしれない。
また、キャラたちも時とともに、趣味がより深くなっていく。「わんこ」は、PCにハマるあまり、マザーボードを見てときめくようになる。その一方で「ポン太」はオヤジ化(?)して、エロゲーを買い出したりするのだ。
そうやって、時代にあわせて変化しつつ、各キャラの面白さがさらに引き出され、毎月、楽しむことができた。
その後、「げんしけん」のヒットなどで、「ヲタクもの」が漫画の一つの分野となった。そんな中、目立たないながら、その開始時期の早さといい、作品そのものの面白さといい、この作品は私にとって、「ヲタクもの」の元祖として忘れられない作品となっている。
なお、単行本は2巻まで出たが、なぜか終わって1年たった今でも3巻が出ない。作品の質においても、歴史的価値においても、是非とも全巻出してほしいものである。