夙川公園の桜

2009/4/14

 10歳から11歳にかけて兵庫県西宮市に住んでいた。僅か一年数ヶ月の生活だったが、色々と記憶に残っている事が多い。その中の一つに、夙川という川があった。
 川岸は長い公園になっており、下流まで続いていた。筆者が住んでいた所の最寄り駅は阪急甲陽線の苦楽園口という所だったが、そこから一駅下流の夙川駅まではもちろん、そこから東海道線さらには阪神電車の香櫨園駅まで下っても、ずっと公園と並木は続いていた。
 そして、ここに咲く桜は、この地域の象徴的存在だったようだ。筆者の通っていた小学校の校歌の歌い出しは「桜がいっぱい堤に咲いて」だった。ただ、当時は桜とか花見とかを楽しむ感性はまだなかったようで、夙川の桜並木は見たはずだが、記憶には残っていない。
 ただ、夙川そのものは記憶に残っている。休みの日には山登りと称して、夙川に沿って登っていき、歩いて渡れるほどの狭さになった源流近くの水を飲んだりした。一方で、海辺のほうまで自転車で行って、河口付近を見たような記憶もおぼろげながら残っている。つまり、この川については、源流から河口まで見たわけだ。40年近く生きているが、そこまで見た川は他にはない。

 その後もちょくちょく関西に行った際に夙川付近には行った。ただ、桜の季節に関西に行くことはなく、「夙川の桜」を見る機会を得ることはできなかった。
 そんななか、今年になって春先に関西に出張に行くことになった。その時点では何も考えていなかったのだが、行きの新幹線の車窓から桜を見たとき、ふと「仕事が早く終われば夙川の桜を見に行ける」という考えが頭にひらめいた。
 幸い、特にトラブルもなく、仕事はほぼ予定通り終わった。難波での仕事だったので、開通したての阪神なんば線を使って香櫨園に出て、そこから夙川をさかのぼる経路にした。
 かつての香櫨園駅は、小さいながらも趣のある駅舎だった。高架化によって建て替えられていたが、地元の要望により、かつての駅舎を模した造りになっていた。
 ホームは、夙川の真上に建っている。したがって、改札を出てちょっと歩けば、もう夙川の河原にいくことができた。
 というわけで、約30年ぶり(といっても30年前の記憶はないが)に夙川の桜を見ることができた。まだ、日は沈んでいないが、既に花見をしている人がいた。集団で花見をしている人は、樹の下にシートを広げる、という「伝統的」な花見だったが、カップルなどで来ている人は、川縁にシートを引き、川を見ながら花見をしていた。
夙川の桜1 夙川の桜1
(※クリックすると同じ窓で大きな画像が開きます。以下同じ)
 そのまま川を遡ると、やがて国道2号線にぶつかる、そこを渡るとすぐに東海道本線だ。右側を見ると、駅舎が見える。数年前に新設された「さくら夙川」という駅だ。ただ、先述した香櫨園駅や、これから行く阪急夙川駅と違い、ホームは夙川をまたいでいない。それはともかく、この名前のつけかたは何とかならなかったのだろうか。趣のある「夙川」という言葉が「さくら」という接頭語のおかげで、えらく安っぽくなってしまっている。
 その東海道本線を越えると、まもなく阪急の夙川駅が見えてくる。ちょうど筆者が住んでいた時に駅ビルが出来たのだが、1995年の大震災でそのビルは跡形もなく消えてしまった。現在は、そんなビルは最初からなかったかのような感じで、駅前が整備されている。
 その夙川駅を越えると、桜の密度が高くなる。また、花見をしている人も増え、花見客相手の屋台も現れる。おそらく、ここから苦楽園口駅あたりまでが「夙川の桜」における中心部なのだろう。
夙川の桜3 夙川の桜4 夙川の桜5
 ここから先は、親水公園のようになっていて、川の中に立つこともできる。また、先述したように、桜の密度もより高くなっているので、より一層花見を楽しむことができる。しかしながら、残念ながらこのあたりで日が暮れてしまい、あまりいい写真を撮れなかった。
 というわけで、残念ではあるが、その中で比較的まともに撮れた、両岸の桜がくっついている様子の写真を掲載しておく。
夙川の桜6
 だんだんと暗くなる中、桜を見ながら苦楽園口駅まで歩いた。最後に、苦楽園口駅近くから見た、甲山の写真を載せてみた。冒頭に書いた校歌の二番は、「丸く優しい甲山」という歌い出しになっており、夙川の桜並木に次ぐ、この地域の名所となっている。
 これまた冴えない写真になってしまったが、夙川の桜越しに見る甲山の緩やかな稜線は、深く印象に残るものだった。
夙川の桜7
 率直に言って、川岸が桜でいっぱいになっている、というほどの花が豊かなわけではない。また、千鳥ヶ淵のように、桜が水面について、水と一体化した美しさを出しているわけでもない。川の水も清流という感じではない。
 しかしながら、その派手さがないながら、しっかりと咲く桜と、その間を流れる夙川は、「かつての地元」という事を差し引いても、十分心に残る美しさがあった。
 ヘタするとまた30年後、という事になりかねないが、いつかこの夙川と桜だけを見に西宮に行き、数日間泊まり込んでじっくりと堪能したい、と思ったものだった。