仕事で成田空港に行くことになった。比較的時間に余裕がある。最初は少々寝坊してゆっくり出ようと思ったが、ふと成田空港の近くに「芝山鉄道」という路線が数年前に開業していた事を思い出した。せっかくだから乗ってみることにした。
この芝山鉄道は、京成線の東成田駅を起点とし、次の芝山千代田駅までの2.2kmの路線である。駅は終点の「芝山千代田」の一つしかない。全列車京成線と直通しており、ほとんどは普通列車だが、中には特急として本線に乗り入れて上野に行ったり、さらに都営地下鉄・京浜急行と「4線直通」で羽田空港まで行く列車もある。
さて、朝、通勤ラッシュが終わった頃に家を出て、京成津田沼から成田空港行きの特急に乗る。最初に停車した八千代台駅で隣のホームに各駅停車の芝山鉄道直通の芝山千代田行きが止まっていた。ここで特急が追い抜いて、先に京成成田まで行くわけだが、成田で乗り換えても八千代台で乗り換えても、芝山千代田に行くにはこの列車に乗ることになる。えらい効率の悪いダイヤだが、まあ、そのような接続の効率性を意識する必要のない路線なのだろう。
というわけで、八千代台で各駅停車に乗り換える。だんだんと住宅地から田園・草原に車窓が変わっていく様は面白い。首都圏私鉄の本線上にある駅とは思えないローカル色をかもし出している大佐倉駅の雰囲気に感心したりしているうちに成田市に入った。
京成成田駅から、成田空港に直通する路線と、これから筆者が乗る東成田駅を経由して芝山鉄道に入る路線に分かれる。といっても、京成成田駅を出ても線路が分かれる気配はない。市街地を出て、何もない草原の中を延々と走る。そして京成成田駅を出て数分後、突如大きなホテルが出現したかと思うと、線路が分岐した。成田空港へ行く路線が大きく左に曲がり、東成田・芝山鉄道方面の路線が直進する。そして線路が分岐するとすぐにトンネルに入り、前方に明かりが見えた。先頭車両から前方を見ていると、複線がそれぞれ2本ずつ分かれて、4本に分岐したように見える。ところが、到着した東成田駅は島式ホーム1面の2線しかない。
この東成田駅、1991年に現在の成田空港へ行く路線が出来るまでは「成田空港」を名乗る京成のターミナル駅だった。もっとも、駅は敷地内にあるものの、ターミナルビルから離れており、ここから飛行機に乗るのには一度バスに乗り換える必要があった。そして、1991年にターミナルビルに直結する新線が開業するのにあわせ、「成田空港」の名を新線に譲り、現在の「東成田」と改称した。さらに、2面4線のうち半分を閉鎖してしまった。
かつてこの駅が「成田空港」だった頃に一度行った事がある。当時もあまり栄えている印象はなかったから、現在はより一層寂しくなっているのだろう、などと思った。そして、東成田駅にちょっと止まると、電車は発車した。一応、別の鉄道会社に乗り入れたわけだが、乗務員の交代もない。
芝山鉄道線に入っても、あいかわらず線路は地下にはいったままだ。まさかこのまま終点直前まで地下を走るのか、と思ったが、しばらくしたら地上に出た。右側は成田空港の敷地で、飛行機も止まっている。道一本隔てただけなので、飛行機を間近に見ることができる。
羽田の東京モノレールでも飛行場のすぐ脇を通る区間があるが、そこから見えるのは新聞社の小型飛行機だけだ。もしかしたら、この芝山鉄道は、「最も飛行機を間近で見れる鉄道線」なのかも、などと思っているうちに、終点の芝山千代田駅に着いた。
さて、筆者の乗っていた電車は京成成田を過ぎてからはほとんどガラガラだった。というわけで芝山千代田駅で降りた人も10人もいなかった。しかも、うち三人ほどは改札への階段を下りず、そのままホームに立っている。つまり筆者と同じ「芝山鉄道に乗りに来た人」なわけだ。
そのような人々は、過去何十回も見ている。ただ、その顔ぶれにはちょっと驚かされた。うち一人は典型的な鉄道ファンの青年なのだが、後の二人は60歳を過ぎた感じの男性と女性なのだ。ちなみに、この二人、別に一緒にいるわけではないので、二人で来ているわけではなさそうだ。
考えてみれば平日の午前中なのだから、普通の鉄道ファンが来るわけがない。そう考えれば、「いかにもな鉄道ファン」である青年の存在のほうが不思議なのだろう。しかし、山奥のローカル線ならともかく、地上区間が1kmしかない鉄道に乗りに行く高齢者がいる事には驚いた。まさかと思うが、全鉄道完乗を目指しているのだろうか。いずれにせよ、「鉄道趣味」の層は年齢・性別とも、着実に広がっている、という事を実感させられた。
筆者は、もしこの駅から成田空港行きのバスがあったら乗ろうと思っていたので、一度改札を出た。パスネットを自動改札に入れたが、エラー音が出てしまった。すぐ脇にいる駅員さんの所に行くと、「一駅しかないという事で、パスネットに入れてもらえなかったんですよ」と愚痴のように説明し、慣れた手つきでパスネットの精算処理をすませ、芝山鉄道の運賃である190円を請求した。
駅前には広場があったが、これまた何か寂しい感じだった。駅前には芝山鉄道の延伸を求めるものと、「日本一短い芝山鉄道」と書かれた会社の宣伝という、二つの看板が出ていた。また、近くで「あじさい祭り」というのが近くで行われており、その会場に直通するバスが出ていたのだが、電車から乗り継いだと思われたのは二人だけだった。
乗り合いバスのポールは数本あり、うち一つに「成田空港行き」というのもあった。時刻表を調べたら、ちょうど5分後に来るとのことなので、それに乗ることにした。
この駅を通るバスは全て「千葉交通」という会社のもの。名前を見ると、県を代表するバス会社みたいだが、実際は京成系列のローカルバス会社だ。しばらくすると、その中型バスが駅前広場に入ってきた。芝山千代田駅から乗車したのは筆者のみ。また、車内にも二人しか人はいなかった。
発車してすぐに芝山鉄道の高架線をくぐると、そこはもう成田市だった。そのまま、今しがた乗ってきた芝山鉄道と成田空港の間の道を走る。そのうち、車内放送で「次は終点、空港第二ビルです」という案内があった。さらにしばらく走ると、高速道路の料金所みたいな場所があった。ここからが成田空港の敷地内になるようだ。そこを通り抜けると、バス停でもないのに停車し、中に係員が乗ってきて、身分証明書の提示を求められた。さすがは成田空港、という感じだ。それにしても、乗客三人の整理券式のローカルバスで身分証明書の提示を求められる、というのは、はたから見れば奇妙な風景だ。
幸い、仕事で来ていたので社員証を持っていたが、もし持っていなかったら、どうなっていたのだろうか、やはりその場で降ろされたりしたのだろうか。
などと思っているうちに、ターミナルビルが現れ、そこにバスが横付けされた。他のバス停には都心などに行くリムジンバスが止まっているだけに、このローカルバスはちょっと浮いている。あと、降りた後にそのバスの方向幕を見たら、「京成成田駅行き」になっていた。当然ながら芝山千代田駅とは反対方向である。ならば京成成田駅まで直通させるのが普通だと思うが、やはりこれも空港の警備とのかねあいもあるのだろうか。
こうして、「京成線−芝山鉄道−千葉交通」という経路で成田空港に着くことができた。途中で書いたように、これは「最も身近に飛行機を見ながら成田空港に行く経路」と言えるだろう。同時に、「理論的には存在するが、常識的にはこの方法で成田空港に行く人はいない経路」でもあるわけだが・・・。