伊予鉄道・古町駅

2006/3/19

 伊予鉄道の大手町駅は、知る人ぞ知る「鉄道スポット」である。伊予鉄道高浜線(以下・郊外電車)の踏切に路面電車(以下・市内電車)の線路がひかれており、二つの線路が垂直に交差する。
伊予鉄道大手町駅
 1984年に阪急・西宮北口駅の「ダイヤモンドクロス」が廃止されてからは、全国で唯一の「線路同士が垂直に交わる場所」となっている。

 その陰に隠れてあまり目立たないが、本稿の主役である、その一つ隣の古町駅もいろいろと興味深い特徴を備えている。
 大手町から古町へは、郊外電車でも市内電車でも行くことができる。市内電車で行こうとすると、大手町の次はJR松山駅前だ。ここから単線となってしばらく路面を行き、ちょっと左に入ると専用軌道になり、宮田町電停に到着する。
 マニアックな話になるが、同じ「市内電車」でも、この宮田町電停の手前までは軌道法が、宮田町電停からは、郊外電車と同じ鉄道事業法が適用される。もちろん、そのような法律には関係なく、市内電車は走り続ける。
 とはいえ、法律が変わるだけの事があって、立場も変わる。路面を走っていた大手町駅では郊外電車を待って歩行者や自動車と一緒に踏み切りで止まっていたのだが、専用軌道になると一転して踏み切りで歩行者や自動車を待たせる立場に昇格するのだ。
 そして、宮田町電停を過ぎてしばらくすると、左側から複線の線路が合流してくる。一見すると、市内電車同士の合流のようだ。しかし、実はこの線路、先ほど大手町駅では踏切で通り過ぎるのを待たされた郊外電車の線路なのだ。しかし、数分まえの「主従関係」が嘘のように、二つの線路は対等の立場で交差して、ともに古町駅に入っていく。
伊予鉄道古町駅
 ちなみに、上の写真は、市内電車の路線を走る「坊ちゃん列車」が、郊外電車の線路を横断して古町駅に入ろうとしているところ。同じ路線を大手町駅では踏切で、古町駅ではポイントで渡るわけだ。
 その古町駅では、市内電車が1番線と2番線、郊外電車が3番線と4番線となっている。きちんと調べたわけではないが、郊外電車と市内電車が同じ通し番号の番線を使っているのは、全国でもこの駅だけだろう。

 また、この駅は、郊外電車・市内電車双方の車庫がある。そして、上の写真に載っている「坊っちゃん列車」の終点駅にもなる。この「坊っちゃん列車」だが、郊外電車・市内電車をあわせて唯一の客車列車だ。しかも、牽引するディーゼル機関車はSLを模しているため、運転台が片方にしかない。そのため、機関車を回転させ、さらにその後ろに客車を取り付ける必要がある。
 この作業だが、何と「手動」で行われる。まず、客車を切り離し、機関車のみがある地点まで行く。そこには、線路の間に小型の転車台(?)がある。その部分に、機関車下のジャッキを使って車体を持ち上げる。そして、機関車の前後を乗務員が押すと、機関車が回り始める。
機関車の回転
 そして、先ほど切り離した客車を、別の乗務員が手で引っ張り、再び取り付けるのだ。
客車も手で動かす
 なお、この「手動での機関車の回転・客車の牽引」は、松山市駅・道後温泉駅でも見ることができる。特に、道後温泉駅は、併設されているバスターミナルには転車台がある。運が良ければ、機関車とバスが同時に回転しているのを見ることができるかもしれない。

 このように、古町駅では「坊っちゃん列車」については、少なからず人手を用いて、方向転換を行っている。ただ、この作業をするのは、「坊っちゃん列車」の乗務員であって駅員ではない。では、その間、駅員は何をしているのだろうか。
 バスと同じ車内精算の市内電車には駅員は必要はない。しかし、郊外電車は普通の鉄道なので、切符を販売し、改札もある。ただ、伊予鉄道には「ICい〜カード」「モバイルい〜カード」という仕組みがあり、JR東日本のSUICAなどと同様に、カードや携帯で改札をすることができる。特に、携帯での改札通過は、JR東日本の「モバイルSUICA」より5ヶ月早い、2005年8月より開始。全国初の「携帯で電車に乗れる」を実現したのは伊予鉄道なのだ。
 ということもあり、古町駅にも「ICい〜カード」の改札装置がある。JRなどと違い、「入場専用機」と「出場専用機」があるのが面白い。
い〜カード改札機
 とはいえ、まだまだ切符などの従来の乗車券を使用している客もいるわけだ。その集札だけに駅員を配置するのももったいない。普通なら、そういう場合、無人駅となるのだが、この古町駅は、逆転の発想で「駅員」を確保した。
 郊外電車が古町駅に停車して乗客が構内踏切を渡って改札に向かう。すると、その踏切の所に、蜜柑色の上っ張りを着て髪を染めた青年が立っていて、踏切を渡ろうとする人に声をかけるのだ。最初見た時は、「こんな所でビラ配りをやっているのか?」と思った。しかし、よくよく見ると、その青年は、乗客に「有り難うございました」と言いながら切符を回収している。そして、回収が終わると、青年は切符売り場に併設されているコンビニに入って、レジの内側に立った。
 つまり、この駅では、構内のコンビニの店員の業務の中に「駅員業務」が含まれているのだ。駅前の商店などで切符を売る「委託駅」自体は昔から地方によくある業態だ。しかし、このように駅構内のコンビニでそのような業務をやっているのは初めて見た。撮影のために、しばらく駅に滞在したのだが、郊外列車が到着するたびに、二人の店員の片方が集札に出て行っていた。
 郊外電車と市内電車が同格のような感じで交差し、乗務員が人力で機関車を回転させ、改札はコンビニ店員が行う。目立たないながらも、何とも言えない「味」のようなものを感じた古町駅だった。