一日一本のバス停

   
 

1・謎の路線

 高校の時、「都営バス全区間踏破」などという変な目標を立て、都内のバスを乗り回った時期があった。学校帰りや休みを利用しては色々な所へ行っていた。
 1987年のある時、地下鉄東西線の西葛西駅(江戸川区)から「紅葉川高校」の間を結ぶ短い路線に乗ろうと思い、西葛西まで行った。駅のバス停で時刻表を確認する。本数は比較的多い。その中で、変な注釈があった。「*=葛西処理場経由」と書いてある。これだけなら別に変でもない。しかし、この記号がついているバスは平日朝の一本しかないのだ。
 不思議に思いながらも、バスがきたので乗った。駅前を出て少しすると団地の中に入る。「清新町」という町の団地だけあって外壁もきれいだ。団地を抜けるとしきなり正面に堤防と高速道路の高架が見える。最初に見たときは時は海かと思ったが、あとで確認したら荒川の河口付近だった。
 そして、堤防沿いに陸上競技場の前を通り、そこで再び曲がると「臨海町一丁目」というバス停につく。路線図を見ると、この手前で葛西処理場経由の路線が分岐し、このバス停で再合流することになっているので、後で歩いて探してみよう、などと思ったら終点についた。終点の時刻表で確認するが、こちらには「葛西処理場経由」のバスはなかった。
 周辺はほとんどが空き地だ。団地もいくらかは建っているが、まだ未開発のようだ。「何年もしたらここも清新町のようになるのかなあ」と、思いつつ臨海町一丁目まで戻った。
 付近に分岐している道は一本しかないので、その道を入った。まわりは空き地で見晴らしはいい。前方にはなんだかよくわからない建造物が見える。おそらくあれが「葛西処理場」なのだろう。そのまま道なりに歩くと、「葛西処理場前」のバス停がポツンと立っていた。時刻表を確認すると、やはり朝の下りが一本あるのみだ。
 一日一往復ならともかく、一日一本(週に六本)、というのは他にどのくらいあるのだろうか。いずれにせよ、「都バス完乗」を目指す身としては、この区間にも乗らねばなるまい。というわけで、次回の再訪を楽しみに、一旦帰った。

 

2・宿願を果たす

 夏休みを利用して、朝早く西葛西に行った。乗り遅れたら元も子もないので、少々早めに駅に着いた。一本通常のバスが来たがもちろん無視。そしてお目当ての「葛西処理場経由」がきた。前方窓に「葛西処理場経由」という小さいプレートがついている他は、何も変哲のない普通のバスだ。「葛西処理場」の通勤者がたくさん乗るのか、とも思っていたがそんな事はない。乗客数は少ない。
 前回同様、清新町の団地から荒川沿いを走り、陸上競技場を通過、いよいよ一日一本の区間だ。とは言っても本来の角を曲がらずに直進するだけ。知らなければ何も気づかないだろう。そして処理場の建物が見えるあたりで左折し、「葛西処理場前」に到着。数人降りてすぐに発車。そして左折して「臨海町一丁目」で元の路線に何事もなかったのかのように合流した(まあ、実際に運転手にとっても乗客にとっても何事でもなく、一人で「一日一本の路線に乗ったぞ!」などと喜ぶ筆者のほうが異常なのだが)。
 降車後、また葛西処理場前まで歩いた。つい今しがた「終バス」が出たバス停も、もちろん何事もなかったように立っていた。

 

3・倍増

 数年後、路線は少し伸びて、終点が「臨海二丁目団地」という所になった。そこでまた乗ったが、沿線の雰囲気にさほど変化はなく、相変わらず空き地が多かった。
 その後、このあたりに行くことはなく、何年もの時が流れた。そして一昨年、偶然葛西処理場の上のグランドで草野球の試合をする機会があった。数年ぶりに訪れる臨海町は、相変わらず空き地が多かった。
 時間があったので、「葛西処理場前」のバス停に行ってみた。バス停のポールは、渋谷駅前で使われているのと同じ物になっていた。そして、時刻表を見たら、夕方の西葛西駅行きが一本停車するようになっていた。