循環しない「循環バス」

2007/1/18

 横浜市神奈川区新浦島町という海辺の町がある。周囲は普通の住宅街なのだが、この地域だけやけに近代的なガラス張りのビルが二棟建っている。一つは「テクノウェイブ100」でもう一つは「ニューステージ」。この「テクノウェイブ100」の「100」は横浜市創設100周年を意味しているそうで、その百周年の翌年である1990年に開業した。要は、なんだかんだ理屈をつけて、バブル真っ盛りの時に埋め立て地にビルを二本建てたわけだ。
 おそらくは、このビルを基軸に「副都心構想」みたいなものがあったのだろう。ただ、ご存じの通り、バブルが崩壊したため、それで開発は止まったようだ。おかげで、かなり浮いたような風景になっている。
 そのビルへの通勤路線として営業しているのが横浜市交通局122系統・東神奈川駅−テクノウェイブ100循環路線である。ところが、表題にあるように、この「循環」という言葉は非常に不可解だ。

 一般的に「循環路線」と言えば、山手線や大阪環状線のような、環状に一周できる路線の事を言う。ただ、実際のバス路線を見ると、テニスラケットのように、一部は環状だが、一部は同一経路を往復する、というのもある。中には、ほとんど直線で構成され、終点の一部分だけが環状になっている「耳かき型」とも言える「循環路線」もある。
 では、この「テクノウェイブ100循環」はどのへんが循環路線なのだろうか。
 起点の東神奈川駅前は文字通りJR東神奈川の駅前広場にある。ただ、この広場は京浜急行の仲木戸駅と共用なのだが、それに関する記載は一切ない。そして駅前広場を出ると、第一京浜に入る。そのあたりに「東神奈川駅入口」バス停がある。
 そして第一京浜を川崎方向に進み、京急の神奈川新町駅前で右折する。曲がるとすぐに川があり、それを渡ると「横浜集中局前」というバス停がある。さらに進むと、線路と踏切が見える。JRの貨物線だ。バスは踏切を渡らずに左折して、しばらくの間、貨物線に沿って進む。すると冒頭に書いたビルの一つニューステージだ。バスはわざわざビルの構内まで入って停車する。
 再び元の道に戻り、左折すると、似たような外見のテクノウェイブ100が見える。その正面玄関前にバスは止まる。
 ここで乗降をすませると、バスはテクノウェイブ100の敷地を出て、もときた道を戻る。そして再び、ニューステージ構内のバス停に入り、さらに横浜集中局前を経由し、川を渡って第一京浜に入る。ここで今度は「新町」というバス停があるのが行きと違うところだが、もちろん走っているのは行きと同じ道だ。そのままそして東神奈川駅入口を経て右折し、駅前広場に戻る。
 つまり、このバス、どこも「循環」などしていないのだ。強いて言うなら、東神奈川の駅前広場とテクノウェイブ100の入口広場を一周するくらいだ。もちろん、それをもって「循環」と言うのなら、日本中の全てのバス路線が「循環路線」になってしまう。

 ではいったいなぜ、このただ駅前とビルを往復するだけの路線にわざわざ「循環」とつけたのだろうか。一つ考えられるのが、テクノウェイブ100周辺の道路事情だ。
 先述したように、バスはニューステージから終点のテクノウェイブ100に到着し、再び元の道をもどっていく。実はこの道をそのまま進むと、先ほど渡った川に出るのだ。そして橋を渡ってすぐのところの第一京浜がある。車なら1分程度だろう。仮にこの橋を渡って第一京浜に戻って左折し、神奈川新町駅前で元の経路に合流すれば、確かに「循環バス」と言える経路になる。
 しかしながら、この橋は非常にせまく、一車線しかない。したがって大型バスは通れない。したがってバスはわざわざ大回りして、元の道を戻るわけだ。
 この事から、その一車線の橋を拡張する計画があり、その暁には名実ともに「循環バス」になる、という構想があったのでは、と想像できる。確かに、この周辺にもっとビルが建てば、必然的に橋の拡張は行われていただろう。しかし、バブルが弾けた結果、その二棟以外にビルは建たなかった。その結果、狭い橋がそのまま残った。にもかかわらずあえて「循環」と名付けたのは、橋の架け替えに対する思い入れなのだろうか、はたまたバス路線を設定した人の意地なのだろうか。
 さて、肝心のバス利用率だが、二棟とはいえオフィスビルがあるのだから繁盛しているように思われるかもしれない。しかし、ここでもバスの経路が大きく災いし、成績は芳しくない。
 とにかく、バスは神奈川新町駅前で曲がった後、四角形の三辺を進むような形でテクノウェイブ100に向かう。しかも、途中のニューステージではわざわざ構内に入るわけだ。これなら、神奈川新町駅から歩いてテクノウェイブ100に行ってもさほど変わらない。実際、テクノウェイブ100の案内には「駅から徒歩7分」となっているにも関わらず、ある日乗った時、テクノウェイブ100から「新町」バス停まで10分以上かかっていた。これで本数も通勤時に20分間隔なのだ。これでは、たいていの人は京急に乗って神奈川新町駅から歩くだろう。横浜線沿線の人など、東神奈川駅が便利な人でも、隣接する仲木戸駅から京急を使ったほうが安いし本数も多い。
 仮に橋の拡張が完了していたら、おそらくは朝はテクノウェイブ100まで最短距離を進み、夕方は逆回りになるという循環路線が誕生していたのだろうが・・・。
 という事情もあり、先日乗った時に車内の掲示を見たら「年度内に廃止が決定しました」との事だった。横浜市の方針にはいろいろ問題があり、この一連の廃止方針はかなり批判されていると聞いている。とはいえ、この路線については仕方ないと思った。これが、当初の構想通り「循環」が実現していればこのような結末にはならなかったのだろうが・・・。