現在も「プロ野球」編が好評な「野球漫画の金字塔」だが、ここでは山田たちが1年の時の最大のライバルだった「土佐丸高校」に絞って、その心に残る衝撃の言動を紹介したい。
山田太郎たちが初の甲子園に出場を決めた時、彼らは登場する。最初は伝説の男としてだ。地元のライバルである雲竜と不知火が、全国の凄さを山田に教えるために特訓を行う。素晴らしい速球を持つ雲竜が、1m前から投げるのだ。「これが大阪代表の坂田三吉の速球だ。しかし・・・」と言いながらさらにもう1m前から投げる。ただでさえ凄い雲竜の球を2mも近づいて投げられたらさすがの山田でも打てない。「そんな男が・・・」と驚く山田に、雲竜は「これが、四国の『鳴門の牙』の球だ」と言う。つまり屈指の速球投手坂田より一枚上手の謎の男、というラスボス的設定の存在なのだ。
そして甲子園大会にそなえ、旅館に泊まる明訓高校。そこで偶然同じ宿舎になったのが、犬を連れて甲子園まで来た、高知代表の土佐丸高校・そしてそのエースが「鳴門の牙」こと犬飼小次郎だった。
これを読んだとき小学校低学年だった筆者は「鳴門」の意味もわからなかったが、「牙」なんて怖そうだな、と思った。したがって「徳島の地名の異名を持つ高知県代表」というシュールな存在に驚く事はなかった。
不思議なのは、この徳島・高知両県に喧嘩を売るような異名に誰もクレームをつけなかった事だ。編集部に一人くらい気づいた人がいてもいいと思うのだが。それとも、大御所ゆえに誰も意見できなかったのだろうか。
余談だが翌年も土佐丸高校の徳島県ぶりは続く。犬飼小次郎の弟、武蔵はホームランを打った時、阿波踊りをしながらダイヤモンドを一周するのだ。ちなみに、作中の表現はちょっと手を動かしているだけだが、本当に阿波踊りでダイヤモンド一周をやるとどんな風になるのか、ぜひ一度見てみたいものである。
しかし、これなどは序章に過ぎない。土佐丸高校のの驚異的な練習・特訓は人類の範疇を超えている。たとえばスライディング練習をするのだが、二塁ベースにいるのはセカンドでもショートでもなく、闘犬(確か「嵐」という名前だったと思う)なのだ。そしてへっぴり腰で滑り込んだ一番手は、哀れ犬に噛まれて大怪我をする。人権擁護団体と動物愛護団体の双方が激怒しそうな練習だ。
しかし、闘犬相手の特訓の成果も実らず、土佐丸は準決勝で明訓に敗れる。そこで、半年後の選抜大会で、専任監督となった犬飼小次郎はさらなる練習法と秘密兵器を連れて再挑戦するのだ。
その練習方法はなんと「片目を封印する」である。ナインが皆、眼帯をつけて試合をするのだ。試合だけではなく、練習も日常生活も全て片目だ。片目だと遠近感がないので野球をやるのは大変だ。しかしながら、その不利な状態で準決勝まで勝ち、決勝進出を果たす。
そして、決勝戦当日、相変わらず眼帯をつけた土佐丸ナインが、いきなり眼帯を外す。すると、これまで封じられた片目が働くため、選手たちの視力は大幅にアップしたのだ。暗闇に長い間いて、いきなり電気をつけると目がどう反応するかを考えれば、この「理論」が正しいかどうかはすぐに実証できる。しかしながら先頭打者も二番打者も「ボールが大きく見える」などと喜びながら打ち、四番の武蔵の本塁打で土佐丸が先制した。もっとも、この効果は最初の一回だけだったようで、中盤以降は誰も「ボールが大きい」などと喜んでいなかった。
選手に無理を強いる上に、リスクも高く、効果の持続時間が短い特訓である。しかし、視力を鍛えたのは彼らだけではなかった。我らが山田太郎も「五円玉の穴を凝視する」などの訓練を元に、特急電車に乗って通過する駅名を読めるという視力を得、それを用いて相手投手の球の握りが完全に分かるようになっていた。その視力を用いて武蔵の握りも見切り、あっさり同点本塁打する山田。しかし、その山田を封じる秘密兵器を犬飼は養成していたのだった。
山田の第二打席、武蔵を外野にまわし、「犬神」なる小柄な少年がマウンドに立った。他の選手は試合開始と同時に眼帯をはずしたが、彼はまだ眼帯をつけている。そして、「キエッヘヘヘ、ウエッヘヘヘ」という奇妙な笑い声を発しながら投じた最初の一球で、山田の「球種見破り」を完膚なきまでに封じたのだ。その方法は、アンダーシャツの袖で手を隠して投げるであった。
なるほど、これなら球種は絶対に見破られない。それによって球威や球のキレなどには相当の影響を及ぼすような気もするが・・・。いずれにせよ、あまりの奇抜な投球に山田は手を出せない。
しかし、犬神の脅威はこれだけではない。2ストライクに追い込んで投じた時、なんと犬神の腕が伸びたのだ。さすがの超高校級スラッガーでもこれでは打てない。
真剣に「彼は特異体質なのだろうか」と悩む山田。しかし、得意の眼力で、彼のアンダーシャツの左右の袖が連動して動くことを見破る。そう、犬神はアンダーシャツを着ずに、左右の袖だけ切り取ってそれをゴムでつなげ、グラブを持った手の動きで袖を伸ばして手を隠したり、袖を短くして腕が伸びたような錯覚をさせていたのだ。
実際にそんな事で腕が伸びるように見えるかはここでは問わない。それにしても、こんなこと考えるほうも考えるほうだが、見破るほうも見破るほうである。ついでに言うと、そのような選手を養成した「鳴門の牙」の精神構造がどうなっているかも興味深いところである。
しかし、それだけが犬神の全てではなかった。袖のトリックを見破られた彼は山田の手のあたりに死球をぶつける。殊勝にも帽子を取って誤る犬神。山田も特に痛くもないので、何ら気にしない。
ところが、次の回、盗塁した走者を刺そうと山田が二塁に投げると、手に激痛が走り、球はマウンドにも届かなかった。それを見てほくそ笑む犬神。なんと彼の投じた球は「死神ボール」といい、当たった瞬間は痛くもなんともないが、時間とともに効果が発生するのだ。ボールで経絡秘孔を突いたとでもいうのだろうか。
とまあ、「民明書房+北斗神拳」みたいな方法で山田を封じた犬神だが、調子に乗ってスパイクを立てて本塁突入しようとしたところ、山田の怒りのタッチを食らい、数メートル吹っ飛ばされて頭から地上に激突し、動けなくなった。おとなしそうな顔をしていて、山田もなかなか根性が入っている。しかも、土佐丸には他の控え選手がいないため、犬神は外野を守らねばならない。しかし、立つ事もできず、外野でうずくまるばかりだ。
そして9回裏、試合中に球場内のバット職人から長いバットを特注した殿馬の「秘打・円舞曲『別れ』」がその犬神の頭上を襲う。すると、それまで動けなかった犬神が必死に追うのだ。打球はラッキーゾーンすれすれのところに入る。それを金網に足をひっかけて犬神は捕る。しかし、助けに来たセンターがあと一歩及ばず、犬神は体ごとラッキーゾーン内に落下。サヨナラホームランで明訓が優勝する。
二度も頭に激しい衝撃を受けてしまった犬神は、命はとりとめたものの、次の夏の大会では腕の伸縮も「死神ボール」も忘れてしまい、弁慶高校の武蔵坊に本塁打を浴び、一回戦で敗退してしまった。その後カープに入団したそうだが、活躍しているのだろうか?
「ドカベン」のコンセプトの一つに「巨人の星」の「大リーグボール」のような非現実的な設定のない普通の野球漫画、といのがあったそうだ。しかし、この土佐丸高校を見ていると、これに比べればまだ「大リーグボール」のほうがリアリティがあるのでは、と思えてくる。
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